というわけで予選最終戦となる第88話です。
1回戦でカルミアを下して迎えた予選2回戦。
次に立ちはだかったのは、1ヶ月前にイソラによって叩きのめされたイワキ兄弟の長男・コウイチだった。
自分のポケモンすらよく観察せずにイソラに圧倒された1ヶ月前とはうって変わって、言動こそ荒々しいままながらも戦況を冷静に分析し、判断する事を覚えた彼は手強かった。
体力を奪う砂嵐吹き荒れる中、ゴローニャとバンギラスのパワー、そしてタフさに押されるミスティとシェルルであったが、まずシェルルがバンギラスと相討ちとなり、次いでミスティが天運を味方につけてゴローニャの撃破に成功。
強い信頼関係故にトレーナーの指示にもポケモンの行動にも迷いのほとんど無いツバキに敗れたコウイチはその姿に思うところがあり、もう1度ポケモンと向き合い、初心からやり直す決意を固めてセキエイスタジアムを後にするのだった。
「只今予選2回戦の全試合が終了いたしました! 5分間の休憩を挟んだ後、3回戦を開始いたします!」
2回戦のバトルはどうやら自分が最後だったらしい。
ツバキはアナウンスを聞きながら、スタッフから受け取ったキズぐすりと、万能薬ことなんでもなおしでミスティとシェルルの手当てを行う。
「……うん、これで大丈夫だね。それにしても、2人とも本当にお疲れ様、だったね! コウイチさん強かったなぁ……2人が精一杯頑張ってくれたからなんとか勝てたけど……」
回復した2体を撫でつつ、あわや敗退というところまで追い込まれた直前のバトルを思い出す。
この先のバトルはさらに厳しく、激しくなるだろうというツバキの不安を見抜いてか、どうにか励まさんとミスティとシェルルが身体をすり寄せてきた。
「ひゃっ! ……あはは……ごめんね、ちょっと弱気になるところだったよ。確かに厳しいバトルだったけど、まだまだ予選だもんね。うん、もっと前を見ていかないと! ありがとう、2人とも」
頷いた2体をボールへと戻したところで残り時間は1分ほどで、次のバトルでは誰を出すべきか思案する。
キズぐすりなどは傷は治してくれるが疲労はほぼそのままなので、できればここまで出していないポケモンで行きたい。
……と言っても、そうなると残りは2体だけで選択肢は無いのだが。
広範囲攻撃のできるナオとケーンを早々と出してしまったのは失敗だったかもしれない。
「選手の皆様、お待たせいたしました! これより予選3回戦を開始いたします! LSDにて指定されたバトルフィールドへ移動をお願いいたします!」
「あっ、もう時間……うん、考えてばかりでも仕方無い、か……。よぉし、ともかく次が予選最後のバトル……頑張ろう!」
アナウンスが響くとツバキは立ち上がり、肩を回して歩き出す。
そして、LSDの画面に表示されたフィールドに立つと……。
「あっ……ツバキ……」
「えっ…………ボック……さん……」
向かいに立っていたのは、フスベシティのボックだった。
お互い、こんなところで当たる事になるとは思っておらず、顔を見合わせてしばし硬直してしまう。
「両者、ポケモンを出して準備をお願いします」
「あっ……は、はい……」
「わ、わかりました~……」
しどろもどろになりつつも、2人はベルトのボールに手をかける。
「ポ、ポポくん! バルディ! お願い!」
「頼んだよ、ガブリアス~! クリムガン~!」
ツバキの投げたボールから、大きな翼をはためかせて飛び出したポポと、その背に乗ったバルディが現れる。
それに対するは、以前のバトルでガバイトから進化したガブリアス。そして、それより1歩引いた位置に従者のように現れたのは、鮮やかな青い体色と、それとは対称的な真っ赤な頭部を持つドラゴンポケモン……ほらあなポケモン『クリムガン』だ。
どうやらガブリアスとは結び付きが強いようで、互いに目配せして言葉少なながら何事か会話している。
「……ツバキとは決勝で戦いたかったな~……」
そんなポケモン達の様子を見ながら、両手を頭の後ろで組んだボックがぼやくように呟いた。
「そうですね……わたしもです」
出会ってさほど時間は経っていないが、2人はそれぞれ歳の近いライバルとして相手を認識していた。
だからこそ、戦うならばもっと先で……できる事なら優勝を賭けた決勝戦で全力で競い合いたかった。
それがまさか決勝トーナメントに進むための予選でどちらかが敗退する事になるとは。
世の中思い通りに事が運ばないなど往々にしてあるものだが、小さく年若い少年少女のささやかなライバル心にすらも手心を加えてはくれない神様のなんと意地の悪い事か。
いや、戦う機会を与えてくれただけ有情であろうか?
「セキエイスタジアムにお越しの皆様! 全選手の準備が完了し、いよいよ決勝トーナメントへ進出する8名が決まる予選第3回戦を始めたいと思います! 選手の皆様は、悔いの無い全力のバトルをお願いいたします! ……では、試合開始のカウントを始めます! ……5」
「……!」
とうとうカウントが始まってしまった。
いまだ覚悟の決まりきらぬ2人を置き去りにして。
「4」
だが、2人も若いとはいえここまで相応の修羅場を潜り抜けてきた実力派トレーナー。
「3」
いつまでも甘ったれた事を言うほど世間知らずでも素人でもない。
「2」
事ここに至ったからには、己の全力を発揮し、相手が終生忘れられないバトルをその網膜と脳裏に刻み付ける……それだけだ。もっとも、持ち物禁止というルールの都合上、メガシンカができないので真の意味での全力は出せないのだが。
ともあれ2人の思考は互いに全身全霊を以てぶつかるという、その一点に収束し、重なった。
「1」
故に、この5カウントの間に2人は……。
「バトル………………スタァァァーーーートっ!!」
互いを打ち壊すべき『壁』と認識した。
「ガブリアス、オノンドに“めざめるパワ~”! クリムガン、ピジョットに“かみなりパンチ”~!」
「ポポくん、“ぼうふう”! バルディは“りゅうのまい”!」
ガブリアスの身体から小さなエネルギー弾が飛び出すと、隊列を組んでバルディ目掛け飛翔。
クリムガンは右手に電撃を纏わせ、足音を立てながら地面を蹴り、空中のポポへ突進していく。
だが、相手の外見から近接戦闘を得意とするであろうと予想したツバキは、即座に“ぼうふう”による風の防壁構築を指示。
ポポが光輝き巨大化した翼を勢いよく振れば、周囲の風が前面に集中し、生半可な攻撃では突破の叶わぬ分厚い風のカーテンの出来上がりだ。
バルディはそのカーテンに守られながら、太い尻尾、刃の如き牙で風切り音を鳴らして荒々しく舞い、自身の中の闘気を高めていく。
相手方の技は“ぼうふう”によって阻まれ、どうやら初撃をやり過ごしつつ攻撃の下準備を整える作戦、その第1段階は成功したようだ。
そう思った次の瞬間、突然ポポの背中に衝撃が走り、地面に叩き付けられてしまった。
「うっ……!? ポ、ポポくんっ!」
バルディと起き上がったポポがそちらへ目を向ければ、そこにいたのは今まさに着地したばかりのクリムガンだ。
風を操って壁にするべく前面に集めてしまったため、横や背後への警戒が手薄になるのは予想できていたが、あまりにも速すぎる。
……だが、鈍重そうな見た目に反した速度で相手の背後から奇襲を仕掛けるその挙動には、ツバキも見覚えがあった。
「……“ふいうち”……」
現在は一時他の技に変えているが、シェルルの覚えていたそれと同じ、相手の攻撃技の隙を突いて死角から襲撃する技だ。
“でんこうせっか”と同等のスピードに加え、相手の意識の外から攻撃するために与えるダメージも大きい厄介極まりないこの技を習得しているのは明確な脅威と言える。
そして、風を操っていたポポの気が逸れた事で風のカーテンの制御が乱れ、一際激しく吹き荒れた後に霧散してしまった。
“りゅうのまい”を使って準備完了と思ったのも束の間、一瞬にしてガブリアスとクリムガンの挟撃態勢を整えられ、逆に不利な状況となった。
「くっ……! ポポくん! クリムガンに“でんこうせっか”! バルディはガブリアスに“ドラゴンクロー”!」
「“ふいうち”で迎え撃て~! ガブリアスも“ドラゴンクロ~”!」
小さく羽ばたいたポポが姿が霞むほどに急加速してクリムガンへ突撃し、相手方もそれに応じるようにその場に砂埃を残して姿を消した。
人間の目では追えない高速の世界で爪をぶつけ合う音が響く一方、バルディは全身から放出した覇気を両手に集約し、龍の頭のような形を形成する。トレーニング期間中に“ダブルチョップ”に代わって習得した“ドラゴンクロー”だ。
“ダブルチョップ”と比較すると手数で劣るが、口から突き出た牙を使っていたあちらに対し、こちらは両手を使用する技なので可動域が広く対応力に優れる。
何より“ダブルチョップ”連発=頭を思い切り振り回しまくるという図式となっていた結果、やりすぎると目を回してしまう重大な欠点があったのだが、それが無くなったのは大きい。
迎撃に動いたガブリアスもまた、手の先端の鋭い爪を同様のオーラでコーティングして走り出した。
体格差を埋めるかのように大きくジャンプし、落下速度を加えた斬撃を繰り出すバルディと、地面を蹴ってそれを迎え撃つガブリアス。それは2体が初めてバトルをした時の再現であるかのようだ。
あの時は空中での押し合いの最中に両者が同時に進化したが、今回は互いに龍のオーラを纏う両手を幾度も振り上げ、振り下ろし、薙ぎ払い、剣戟を重ねていく。
オーラ同士の激突は極小規模の爆発を引き起こし、2体はその衝撃でさらに上昇して空中戦を繰り広げる。
「(……冗談でしょ~……ガブリアスの方がオノンドより2倍近く大きいのに、互角に切り結んでる……)」
ボックはその空中戦を見守りながら、表情こそ平静を装っているが内心驚愕のあまり冷や汗を流していた。
当然だろう。体格の差というのは特に格闘戦において優劣を分けるほどに大きな意味を持つ要素だ。
無論、それだけが絶対に結果へ繋がるわけではないが、無視できるものでもない。
だというのに、あのオノンドはガブリアスの半分ほどの体長でありながら、驚異的なパワーで1歩も引かぬ戦いぶりを見せているのだ。
「(……でも、あくまで互角……負けてるわけじゃない~!)そこで“アイアンテ~ル”~!」
打ち合いによってわずかに距離が開いた瞬間、ガブリアスは身体を捻って勢いよく尻尾を振り回す。
あいにくとリーチではガブリアスに軍配が上がり、硬質化した尻尾を横合いから叩き付けられ、バルディは墜落してしまった。
「! ポポくん!」
ポポはクリムガンとの高速戦闘の只中にあったが、ツバキの呼びかけでその意図を理解し、一際大きく振った爪でクリムガンの身体を弾いて体勢を崩してから身を翻すと、落下するバルディへ接近し、強靭な脚でガッチリその両肩を掴んで救出に成功した。
「そのまま“りゅうのはどう”!」
ポポに吊り下げられた体勢のまま、バルディが口を大きく開き、身体の奥底から青いエネルギー波を発射する。
“ドラゴンクロー”同様、新たに習得した“りゅうのはどう”だ。
放たれたエネルギーは追撃を狙っていたガブリアス目掛けて飛んでいきながらその形を巨大な口を開いた龍の形へと変化させる。
「っ! 下降だ~!」
鳥ポケモンのように自由自在にホバリングや旋回とはいかないものの、ガブリアスはガバイトからの進化に伴い飛行能力を得ている。
肘を曲げ、腕の翼を左右に広げた飛行形態を解除し、ガクンと急下降する事で“りゅうのはどう”を回避する事はできたが、バルディは取り逃がしてしまった。
「(仕留めきれなかった~……でも、手応えはあった。それにしてもピジョットはスピ~ド、オノンドはパワ~がすごいな~……早いところどっちかは倒さなきゃ~!)」
現状でボックが最も警戒するのはポポとバルディの連携である。
ポポのスピードとバルディのパワーを組み合わせた機動戦闘を展開されるとかなり厄介なので、2体は常に分断しておきたい。
無防備状態への“アイアンテール”の直撃で与えたダメージは決して小さくはないはずであり、バルディが“アイアンテール”のヒットした脇腹をしきりに気にしているのを見るに、追加効果である防御力の低下が発生した可能性が高い。
もしそうならば、ここで一気に畳み掛ければバルディの撃破は不可能ではない。無論、高い機動力を誇るポポの介入が予想されるが、クリムガンの“ふいうち”を駆使した妨害で対処できるだろう。
「……よし。クリムガン、“いわなだれ”~!」
作戦を決めたボックが指示を飛ばし、クリムガンの両腕が地面に叩き付けられると、無数の岩が上空まで浮かび上がってからポポ達の頭上へ降り注いだ。
「よけて!」
ポポは飛び退こうと必死に羽ばたいたが、バルディを掴んだままでは思うように速度が上がらず、“いわなだれ”の範囲から逃れる事が叶わない。
無理も無いだろう。バルディはオノンドへの進化によって体重が36kgまで増加している。
ピジョン時代にはすでにツバキをぶら下げて飛ぶ事のできたポポであるが、それも目的地に着いた途端にバテてしまったし、何より今は運搬能力よりもスピードが欲しい局面であり、荷をぶら下げていては通常時と同じ速さなど出せようはずがない。
「(さぁ、これから逃れるにはオノンドを放すしかないよ~!)」
ボックの狙いはまさにそこだ。
掴んだバルディを放さず共倒れするにしても、放して分断するにしても、状況は自身に優位に動く。
言ってしまえば、相手のポケモンに相方を見捨てるか否かの選択を迫る、冷酷とも取れる戦術である。
しかし、バルディがポポへ向けて何かを伝えるかのように鳴き声を上げると、ポポは急に停止して、降ってくる岩へと向き直った。
「えっ!? …………そっか……! よぉし……“りゅうのはどう”!」
その動作からポポとバルディが起こさんとする行動を察し、ツバキは指示を下した。
待っていましたとばかりにポポがバルディを空中へ放り投げると、その身体は1回転してからポポの背中に着地。
そして、大きく息を吸い込んでエネルギー波を放出して射線上の岩を吹き飛ばすと、ポポは“でんこうせっか”で全身の筋肉を無理矢理フル稼働させ、“ブレイブバード”の要領で翼を畳んだ高速飛行形態となり、“りゅうのはどう”で岩の雨に空いたトンネルの中へと突っ込んでいった。
そう、まさかの選択肢は『回避』ではなく『突破』。
まさにボックの危惧するパワーとスピードの組み合わせそのものの、強引ながらも最も被害の少ない解だった。
とはいえ大きな岩にこそ当たりはしなかったが、小さな破片は降り注ぎ続け、それに対してこちらから高速で当たりに行っているのだから、ダメージはそこそこ入ってしまった。無論、直撃よりは遥かにマシではあるが。
「(ど、どうにかダメージを抑えられた……ポポくん達の閃きに感謝しないと……)」
「(ま、まさかあんな無茶なかわし方するなんて……ホントに面白いなぁ、ツバキ達は~)」
ツバキとしてはポポとバルディの咄嗟の思いつきを察し、そのアイデアに合わせた指示を出しただけなのだが、ボックにとってはそれを思いつくポケモンもポケモンなら、即座に理解して指示するツバキもツバキである。
が、相手に与えた総ダメージはまだボックの方がリードしており、ツバキ達はその攻勢を一時的に凌いだだけだ。重要なのは、ここからいかにして反撃するかだ。
「(相手はどっちもドラゴン……やっぱり攻撃の要のバルディをポポくんでサポートするしか勝てる見込みは無い!)」
ここまでの攻防で、ボックがこちらの連携を断とうとしているのはわかった。
だが、それだけ必死に分断しようとするという事は、同時にそれこそがボックの恐れている戦い方である事をツバキに確信させる結果となった。
意地悪というわけではないが、バトルにおいては相手の嫌がる事をする方が有利になるものなのだ。
「バルディ、“りゅうのまい”!」
2度目の“りゅうのまい”。荒々しく暴れ狂うかのような激しい舞で自身を鼓舞して戦意を奮わせ、攻撃力と敏捷性を劇的に強化する技だ。
いわゆる『積み技』と呼ばれる中でも非常に優秀な部類に入り、それを2度も使ったとなれば、戦闘力の向上はかなりのものとなる。
「っ! させるな~! “ドラゴンクロ~”!」
ただでさえパワー自慢のバルディにこれ以上舞われれば、本当に取り返しのつかない事になる。
そうなる前に仕留めようと指示を飛ばすボックに応え、ガブリアスは地面に大きく足を踏み込んで姿勢を低くすると、マッハポケモンという分類に恥じぬ加速力でバルディへ突進していく。
ドラゴンタイプにじめんタイプを併せ持つガブリアスは、空中での小回りこそポポには及ばないが、地上での機動力は数多のポケモンの中でも群を抜いている。
「ポポくん、“でんこうせっか”で食い止めて!」
「邪魔させるな~! “ふいうち”~!」
加速しながらの急降下でガブリアスへ襲いかかったポポを、真横からクリムガンが急襲した。
そちらに対処している間に、その背後を狙いのバルディへ向けて一直線に駆けるガブリアスが横切り、爪に激しく波打つオーラを纏わせる。
「“すなかけ”!」
咄嗟の指示で、ポポは脚の爪で蹴るように地面を引っ掻き、腕を振り上げたクリムガンの顔面に砂を浴びせた。
近接戦闘中のわずかな隙の中で繰り出したため、翼を羽ばたかせて大量の砂を巻き上げるいつもの“すなかけ”とは規模が雲泥の差ではあるが、一時的に視界を奪えれば十分だ。
クリムガンが両手で目に入った砂を払い落とそうとしている内にポポは方向転換し、改めてガブリアスの背中を追う。
「後ろから来てるぞ~! 弾き飛ばせ~!」
ボックの指示でガブリアスも背後から高速で迫るポポの気配に気付き、足裏を接地させて急停止すると、上半身を捻ってオーラを纏ったままの左腕を後方へ向けて振るった。
“でんこうせっか”で追っていたポポは慣性によって止まる事ができず、振り回された腕が横っ面を打ち、吹き飛ばされてしまう。
ガブリアスはそんなポポには見向きもせずに舞の終わらぬバルディへ再度突撃していく。
だが。
なおも追い縋るポポは、両脚でガブリアスの肩を掴んで必死にバルディへの妨害を阻止せんと翼をいっぱいに羽ばたかせて揉み合いとなる。
その執念の裏には、ツバキの期待に応えたい想いもあるにはあるが、ツバキのポケモンの中でも最古参の立場として、最も加入順の若いバルディを助けようという、親心のようなものもある。
ポポにとって後から仲間に加わったポケモン達は、皆弟のような妹のような存在なのである。
それ故、彼らがケンカをしたり悪戯をすれば叱るし、危険が迫れば護るし、ツバキが望むなら共にバトルへも挑むのだ。
『決死』という言葉の通り、持てる力を全て脚と翼に込めて抑え込むポポの気迫に圧されてか、ガブリアスも暴れるが拘束を外すには至らない。
「クリムガン! ガブリアスを助けるんだ~! “ドラゴンクロ~”!」
ようやく砂を落としたクリムガンがまばたきし、揉み合うポポとガブリアスの姿を視界に捉えたところでボックからの指示が耳に入る。
ガブリアス達同様に腕をオーラでコーティングしたクリムガンは、相方を阻むポポへと襲いかかる。
「……! ポポくん後ろっ!!」
ツバキに注意を促されたポポは、クリムガンが腕を構えると同時に脚に全力を込めて大きく振り、掴んだガブリアスを後方へ押しやる。
当然、振り抜かれたクリムガンの“ドラゴンクロー”は本来狙うべきポポではなく、よろめいたガブリアスの背中にその一撃を打ち込んでしまった。フレンドリーファイアである。
「ガブリアスぅっ!!」
『目には目を、歯には歯を』の理屈なのか、ドラゴンタイプの技は同じドラゴンタイプの強靭な皮膚にも大きなダメージを与える事ができる。それを背後から受けてしまっては、無視できないダメージとなるだろう。
だが、ガブリアスは苦悶の表情を浮かべつつも、転んでもただでは起きない。
立ち位置的に自身に背中を晒す事になったポポへ、“ドラゴンクロー”を叩き付けたのだ。
あまりの衝撃にポポの瞳の焦点が揺れ、地面を何度もバウンドして天地がひっくり返る。
「ポポくんっ!」
「仕留める! “かみなりパンチ”だ~!」
地に伏したポポへトドメを刺さんと、ガブリアスの脇をすり抜けたクリムガンが電撃を帯びた右腕を振りかぶる。
「……“ドラゴンクロー”!」
が、倒れたポポの上を放たれた矢のような影が飛び越え、迫っていたクリムガンにオーラ纏う一撃を叩き込んだ。
予想外の攻撃を受けたクリムガンは目を白黒させ、衝撃に備えていなかった事もあって派手に吹っ飛ばされてしまい、横倒しになって地面を滑っていく。
「クリムガンっ! ……遅かったか~……」
ポポを守るように立ったその相手を見て、ボックが嘆息を漏らす。
……そう、“りゅうのまい”を終えたバルディである。
2度に渡る舞によって高められた闘気が、視認できるほどのエネルギーとなって全身から迸り、空気に触れてバチバチと音を立てている。
意識をポポへ向けていたとはいえ、クリムガンが攻撃を受ける寸前まで反応できなかったのだから、その速度も舞う前とは比較にならない。
「(こうなっちゃうと簡単には行かないな~……向こうもダメージはかなり溜まってるはずだけど~……)」
「(かなりダメージは受けちゃったけど、まだまだ反撃はできるはず……! ……ポポくんの体力が保てばいいんだけど……)」
バルディに助け起こされ、頭を振りつつ素早く羽ばたき、身体に付いた砂を払い落とすポポ。
同様にガブリアスに助け起こされたクリムガンは、先ほどの誤爆を詫びているようだが、ガブリアスはポポ達を指して何事か鳴いている。「謝っている暇があったら、あいつらを倒すぞ」とでもいったところだろうか。
「……ポポくん! バルディを乗せて!」
「させるか~! “めざめるパワ~”と“いわなだれ”~!」
バルディを背中に乗せて飛び立とうとするポポの正面からはエネルギー弾の弾幕。上方からは降り注ぐ岩塊の雨が襲いかかる。
「“でんこうせっか”で突破! バルディは“りゅうのはどう”を弱めに連発! しっかり掴まっててね!」
一際大きく羽ばたいたポポはホバリングの後、“でんこうせっか”で一気に加速し、エネルギー弾の中へと飛び込んでいった。
“いわなだれ”の中を抜けた時のように翼を折り畳む事で極力被弾面積を抑え、右に左にロールして紙一重でエネルギー弾を回避しつつ前進。
そして、ポポに乗ったバルディは、上から降りかかる岩の中でも直撃コースにある物に狙いを絞り、威力を抑えて連射可能にした“りゅうのはどう”を発射して迎撃していく。
ポポのみ、バルディのみのどちらでも実現しえない、髙機動戦闘の真骨頂だ。
「そのままガブリアスに!」
ツバキの狙いは、クリムガンのフレンドリーファイアで大きなダメージを負ったガブリアス。総合戦闘力的にも、クリムガンよりこちらが脅威となるのは明らかなので、先に討っておきたいというわけだ。
今のスピードならば、ガブリアスに取り付いて一気に撃破可能だろう。
……そう思っていたのだが。
「“ふいうち”~!」
その攻撃指示が聞こえた瞬間、ポポもバルディも周囲に警戒の目を向ける。
右か?
左か?
はたまた後方か?
……否。
正面だ。
クリムガンは引き上げられるスピードのみを目当てに“ふいうち”を発動し、ポポ達とガブリアスの間に仁王立ちしてポポの翼を掴み、力尽くで止めたのだ。
だが、“でんこうせっか”によって生まれた慣性は簡単には殺せない。クリムガンの身体は大きく後方へと押し出され、胴体にはポポのクチバシがめり込み、クリムガンは歯を食い縛ってその痛みに耐える。
急激に動きを止められた事でポポの体勢は前のめりとなり、当然シートベルトなど無い背中に乗っていたバルディは空中へ放り出されてしまった。
そして、機動力の要である翼を掴まれてもがく事しかできないポポの身体に、電流が流れ始める。
「“かみなりパンチ”~!」
左腕でポポを持ち上げたクリムガンは、右腕を振りかぶってそのがら空きの胴目掛けまさに雷のごとき打撃を放つ。
「っ! “りゅうのはどう”! 間に合って!!」
空中で体勢を変えたバルディの口から強力なエネルギー波が地上へと発射される。目標は当然ポポを討たんとするクリムガンだ。
光の柱のように空中から降り注いだエネルギー波が、ポポを掴んだ左腕だけは避けるようにクリムガンを飲み込む。……だが、クリムガンはその拳を止める事は無かった。
膨大なエネルギーの渦を浴びながらも、まったく勢いを減衰させず、握り込んだ拳を電撃と共にポポへと打ち込んだのだ。
「あぁっ……!?」
宙を舞ったポポが地に墜ちるのと、敵に一矢報いてニヤリと笑ったクリムガンが倒れ伏すのは同時だった。
「……ピジョット、クリムガン、共に戦闘不能!」
動かない事を確認した審判が、両者共に戦闘継続不可能と判断した。
「……ご苦労様、ポポくん。ボールで休んで待っててね」
「頑張ったねクリムガン~……後は任せといて~」
ツバキとボックは同時にポケモンをボールへと戻して労いの言葉をかけた。
恐らくクリムガンはガブリアスへのフレンドリーファイアを気にして、埋め合わせの意味を込めて最後に意地を見せたのだろう。
「(……真面目だよね~、クリムガンは~……)」
ガブリアスがフカマルの時から共にいたクリムガンはその才を見抜いていたのか、自分の方が強い頃から彼に仕えるように行動を共にし、戦い方を教えてきた。
それだけに、故意ではないにしろ彼を攻撃してしまった事には大きく責任を感じていたのだろう。
「……負けられないね~……そんな意地見せられたら負けられないよねガブリアス~!」
その問いかけに答えるようにガブリアスが吼える。
供にして友であり、そして師でもあるクリムガンの捨て身の覚悟を目の当たりにし、奮起しないはずがない。
対するバルディも、信頼する仲間であり先輩であるポポの敗走に憤り、負けじと咆哮した。
2体のドラゴンの咆哮がぶつかり合い、混ざり合い、まるで周囲の空間を震わせるかのように共振する。
その共振が最高潮に達したその時、バルディの身体が突如として眩く光輝いた。
「「っっ!!??」」
ツバキもボックも、突然の現象に目を丸くする。無論ガブリアスもだ。
そんな周囲の驚愕を余所に、光を放つシルエットは見る見る形を変えていく。
身長がぐんぐん伸びていき、それと共に頭の横の突起物は弓形に変形していく。手足も尻尾も同様に長くなり、高さがガブリアスに迫るほどになったところで、覆っていた光が弾け飛んだ。
開かれた瞼の向こうに光る丸く赤い瞳がガブリアスを睨む。
左右に長く突き出していた牙は変形し、斧の刃のような形状となっており、さらに身体を覆っていた鎧は面積が広がり、色合いも緑から一転、金色とでも言うべきものへと変化した。
キバゴ系統が到達しうる最終形態……あごオノポケモン『オノノクス』へと進化したのだ。
「バ……バルディすごい……本当の本当にドラゴンみたい……。すっごく格好良い……!」
みたいも何も正真正銘のドラゴンなのだが、今のツバキにはそんな理屈はどうでもいいようだ。
興奮冷めやらぬといった表情で、その見違えた背中に釘付けとなる。
「……は……ははは…………う……そでしょ~……? こ、ここで進化する~……?」
一方のボックは乾いた笑いを漏らす。
それは、強敵がさらに強くなった事への不安と、ライバルとのバトルがさらに熱い展開となった事への喜びがない交ぜとなった複雑な心境故だ。
「……まったく……予選でやるような内容じゃないよね~……! ガブリアス! とんでもなく手強くなってるよ~! 力を全部出しきるぞ~!」
一瞬気圧されたガブリアスであったが、ボックの檄を受けて奮起する。それに、宿敵が強くなった事はますますガブリアスの闘争心に火を点けたようだ。
「バルディ! 強くなったその力で絶対に勝とう!ポポくんのためにも!」
ツバキもバルディへと檄を飛ばし、より荒々しくなった咆哮が周囲の人々にビリビリと振動を与える。
「オイラだって……負けられないんだぁ~っ!! “めざめるパワ~”!」
「わたしだって……こんなところで終われません! “りゅうのはどう”!」
ガブリアスから放たれたエネルギー弾がマシンガンのように次々とバルディへ撃ち出される。
対するバルディの口からは、オノンドの時よりも激しくなったエネルギー波が発射され、“めざめるパワー”を飲み込む。
だが、単発火力では勝るが手数で押され気味となってしまう。
「なら、接近戦! “ドラゴンクロー”!」
斧のような牙を振り回して唸り声を上げたバルディの両腕をオーラが覆う。“りゅうのはどう”と同様にそのエネルギー量はさらに大きく、そして激しくなっており、膨大なエネルギーの奔流で周囲の空間が歪んで見える。
前傾姿勢となり、長い尻尾を揺らして走り出したバルディに対して身構えるガブリアス。だが、“りゅうのまい”2回によって強化された瞬発力はとてもマトモな反応速度で追えるものではない。
「“アイアンテ~ル”っ!」
見てから使うのでは遅い。あの速度に合わせて攻撃するならば、事前に放った攻撃に相手からぶつかるよう仕向ける『置き』しか無い。
ガブリアスが長い尻尾を銀色に光らせて硬質化し、身体全体を大きく振り回す。
予想的中。相手の迎撃が始まる前に懐へ飛び込もうとしていたバルディは、頑強になった尻尾に遠心力も加わった一撃を真横から受けてしまった。
……だが、耐える。
オーラを纏った左腕で受け止めたバルディは、決して小さくはないそのダメージを無視してガブリアスの胸に右腕を叩き付けた。
ガブリアスは目を見開き、地面に爪跡を残して大きく後退させられてしまう。
「ガブリアスっ! まだ行ける!?」
よほど切迫しているのか、普段の間延びした口調が鳴りを潜めたボックが懸命に呼びかける。
膝をつきそうになったガブリアスは、執念で立ち上がって吼えて見せた。
「このまま決めるよバルディ! “ドラゴンクロー”!」
再度ガブリアスとの距離を詰めるバルディ。
「地面に“めざめるパワ~”っ!」
対するガブリアスは、エネルギー弾を浮遊させると、拡散させて地面へ叩き付けて砂埃を巻き上げる。
構わずその中に突っ込んだバルディは、ガブリアスの立つ位置にアタリをつけて大きく右腕を振り抜いた。
「“ドラゴンクロ~”!」
だが、その爪は虚しく空を切る。
そして、同様のオーラを纏う鋭い爪が頭上から振り下ろされ、バルディの身体を切り裂く。
咄嗟に身を引いたので致命傷には至らないながらも、オーラの余波で後退りする。
「“カウンター”!」
やられたらやり返す。
ギロリとガブリアスを睨み、尻尾で地面を叩いて大きく上半身を捻ったバルディは、口から突き出た斧のような牙を振るい、意趣返しのごとくガブリアスの胴を斬り付けた。
「負けるな! “アイアンテ~ル”!」
よろめいたガブリアスも目を開いて睨み返し、倒れそうになるところを右足で地面を抉るように踏みとどまると、体勢を戻す際の勢いのままに尻尾をバルディの胴に叩き付ける。
どちらもすでに限界を超えるダメージを負っているにもかかわらず、決して倒れようとしない。
無様に負けたくない、宿敵に勝ちたい、トレーナーに勝利を届けたい……この2体にとって理由などはもはやなんの意味も無いし、考えるつもりも無い。
細かい理屈も気高い信念も無く、その思考にあるのはただ『勝つ』というシンプルな2文字だけ。
故にその身体を動かすのは意地以上にもはや本能。
だが、限界まで研ぎ澄まされた本能は、時として平時の実力を遥かに凌駕する力を生み出す。
現に今の2体は、トレーナーの指示を頭で考える事無く即座に身体で実践している。
相手の攻撃も『どうすればよけられるか』など考えず、ダメージを最小限に抑える防衛本能のままに動いている。
……しかし、それすらももはや限界。
立っているのが不思議なほどの状態で、2体はひたすらに相手を視界に収めたまま戦闘態勢を崩さない。
「……バルディ……」
「……ガブリアス……」
……恐らく最後。次が最後の攻撃。当てようが外そうが、それで体力の全てを使いきる。
だから。
「「“ドラゴンクロ~ー”っっ!!!!」」
右腕の先端、その一点にのみ全エネルギーを集束した双龍が同時に地を蹴り、宿敵を討ち倒すためだけに振りかぶり、そして打つ。
交差する腕。
顔前に迫る爪。
だが……。
突き出されたガブリアスの爪がバルディの牙で受け流され虚空を切り……。
その顔面にバルディの爪が打ち付けられた……。
――――
―――
――
―
「…………ガ、ガブリアス、戦闘不能っ!! オノノクスの勝ち! ツバキ選手、予選Bブロック突破!! 決勝トーナメント進出っ!!」
静寂の中で、そんな声が聞こえた。
ツバキはなおも他人事のように呆然と立っていたが、バルディがガブリアスの上に折り重なって倒れた音で我に返る。
「っ!! バルディっ!!」
フィールドへ駆け込んだツバキは、必死にバルディに呼びかけ、彼がうっすら目を開いた事に安堵の息を漏らした。
バルディは地面に両手をつき、痙攣しながら身体を起こしてうつ伏せ状態から寝返りをうつように仰向けになる。
「ガブリアス……」
ガブリアスもまた、ツバキ同様に駆け寄ったボックへと目を向ける。
「……いい、バトルだったよ。ガブリアス~…………ありがとう」
ボックは倒れたままのその身体を両腕で抱き締め、精一杯の労いの意を込めて頭を撫でる。
そして、同じようにバルディを撫でていたツバキと視線がぶつかり、特別な言葉も笑い声も無く、ただ微笑みを交わした。
全てをやりきった、友達へ向ける柔らかい微笑みを。
つづく
今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!
Q.他の人が2話も3話も更新できる期間、あなたは何をしていたのですか?
A.仕事が忙しくて筆が…。
Q.忙しくなってるのは他の人も同様では?
A.はい、ごめんなさい。怠惰でした。
というわけでまずは平謝りです。本当にごめんなさい!でも本当に執筆の時間が全然取れなかったんですごめんなさい!
お詫びに龍舞2積型破りオノノクスと戦う権利を差し上げますから!
…ところでなんで相方が舞ってる間600族含むドラゴン2体相手に大立ち回りしてんのこの序盤鳥。
ん?ドラゴンクローがガチゴラスの使った時と描写が違う?こまけぇこたぁ(以下略