月に桜、ありふれた初夏の小旅行   作:白亜迩舞

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がたん。

駅の近くになり、線路の切り替えで車内が大きめに揺れた。

プシュン、プシュンとデッキの外と中のドアが開き、乗客が流れ込んで来る。通路にも満遍なく人が立ち、そろそろ車内はいっぱいだ。

 

「さすがに、と言うべきかしら。いっぱいいるのね」

 

姉さんの声が吐息と一緒に耳を打つ。快速の始発である雲雀ヶ崎から乗っている私たちは座れているが、通路側に座っている姉さんは通路に人がいることで肘掛けが使いづらくなったのか、私に距離が近くなっていた。姉さんは居心地が悪いかもしれないけど、私としては嬉しい状況。高まってきたの人いきれが気にならないほどだった。

 

「大学の敷地内はもっといるんでしょうか?」

 

「でしょうね。さすが月ヶ咲ね」

 

「だとすると思うように行動できないプラン確認しておいた良いかもしれませんね」

 

「どうかしら…」

 

姉さんは私の言葉に首を傾げる。姉さんらしい強気さなのかもしれない。でも私は印刷してきたマップを見て優先度の高いポイントを確認していく。

マップには様々なポイントがチェックされている。主に明日歩さんと千波さんからの情報に基づく。二人とも私たちが月ヶ咲の大学祭に行くことを言ったら来たがっていた。でも明日歩さんはお店の都合がつかず、千波さんは小河坂が夢さんから離れられないので不許可。千波さんは蒼さんと飛鳥さんを頼ったが、蒼さんは断固拒否、飛鳥さんは伊麻さんのことがあって動けず。結局来年は必ず行くと小河坂さんに約束させていた。夢さんも行きたがってたから来年はそうなるでしょう。とにかくそういった二人の無念が大学敷地全域を覆い尽くすほどになっているが、どうやら無念を晴らすのは難しそう。くわばらくわばら……ってこれは違いますね。

 

「でも、こさめがそこまで前向きだとは思ってなかったわ」

 

私とマップを見ずどこか中空を見ていた姉さんが不意に言った。

 

「月ヶ咲、ホントは行きたかったの?」

 

その問いには姉としての心配、心遣いがこもっているようだった。

 

「……私は、単に姉さんとのお出かけを楽しんでるだけですよ?」

 

そう言ってから、姉さんが何か言う前に私は聞く。

 

「姉さんこそどうなんですか? 姉さんは……雲雀ヶ崎を出たくないんですか?」

 

「さあね。私は……そんなに深くは考えていなかったのよ」

 

一呼吸置いて姉さんは続ける。

 

「別に勉強が好きってわけでもないし、社会で役に立ったり活躍したりしたいってこともない。こさめを守らなきゃって気持ちもあった。それに小河坂くんからも南星さんからも雲雀ヶ埼を出るという話は聞いてない。だから……看護学校行って、看護師になったらお父さんの病院で努めて、それと並行して星天宮を継ぐ、それでいいと、それ以上は考えなかった、それだけよ」

 

「そうなんですね」

 

私も姉さんと同じように考えていた。それが普通だと思っていた。特殊な背景はあるけど、全部含めたそれらが私たちの日常で、日常がそのまま続くと考えること、それが普通だと思っていた。

 

「姉さんにとって、ちゃんと小河坂さんや明日歩さんは行動の参考になっているんですね」

 

「ま、まあね」

 

「てっきりお二人のことなんて歯牙にもかけてないのかと思いましたけど」

 

「そ、そりゃ、同じ部活の仲間だし」

 

姉さんが照れた様子を露に言う。想定どおりの反応。

 

「……で、こさめはどうなのよ」

 

と、姉さんが聞いてきた。

 

「……え?」

 

「あなたも、迷っているんでしょう? 言いなさいよ。聞かれたくないから私をからかったんでしょうけど」

 

どうやら私の考えも読まれていたようだ。それでも、普段ならこの状態で踏み込んでこないと思うが。

姉さんは私をじっと見据えていた。咄嗟に「詮索は悪趣味ですよ」と言いたくなったが、姉さん相手にそんなことを言ったら楽しくないおしおきをされてしまいそうだ。

 

「……わかりません」

 

私は正直に言った。

 

「私は、ずっと私を星天宮、神体、星霊、雲雀ヶ崎、……そしてあの展望台、悪夢、幽霊。そういった概念の中で自分というものを定義していました」

 

「……」

 

「でも星天宮や雲雀ヶ崎以外の選択肢を考えるということは、そういった概念から外れるということでもあります。それは私のような存在にとって……難しいことです」

 

本当に?

私は自分で言っている言葉を信じていなかった。だって、そうであるなら、私というものは何だと私は言いたいのだろう?

そんな私の迷いを見抜くように、姉さんは言う。

 

「嘘ね」

 

「……」

 

「……ひとつだけ、教えてあげる。こさめ。私はね」

 

言葉はぶつ切りで乱暴なようだけど、口調は優しい。私の、大好きな姉さんらしい様子で、姉さんは言ってくれた。

 

「あなたが甘えるのを拒んだことは、あまりないのよ」

 

そこで到着のアナウンスが流れる。

降りるわよ、と私の手を取った手は、やっぱり優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「身体は大丈夫?」

 

列車を降り、駅の人通りが落ち着いた場所で姉さんが私に尋ねる。

 

「あ、はい。大丈夫です、姉さん」

 

「そう。……じゃあ、無理はしないこと。何かあった言いなさいよ。それと…」

 

姉さんは繋いだままだった手に少しだけ力を込めてきた。

 

「人多いし、はぐれたら困るからね」

 

「はいっ」

 

「いい? 私の手を離すんじゃないわよ」

 

照れた様子が露わな姉さんが愛しく、抱きしめたくなるのをこらえて私は姉さんに続いた。

 

 

 

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