懐郷赤朱
落ち着いた部屋のなか、周りを囲む四人の少女。
彼女はいまだ、穏やかな夢の中にいる――
☆★☆
――それは一面の、燃えるような夕焼けだった。
校舎の屋上から覗いた空の景色。
斜陽に照らされる街の姿。
行き交う赤い人の波。
暖かな昼の終わりと、深い夜のはじまり。
その境目である黄昏時。
思えばその光景を一度も忘れたことはなかったろう。
すべてが行き着く原初の風景。
なにがあっても、どんなことがあっても。
彼女たち五人は、この夕焼けのもとに結ばれた。
――『Afterglow』
そう名付られたバンド名は、悪くない、と思う。
不意に、そっと瞼を閉じる。
茜色の空の下には、いつも声が飛び交っている。
初めは雑で、次第に固まって、結局自分たちらしいものとなった音が響く。
――次に目を開けると、そんな、幼馴染みたちの顔が見えた。
「大丈夫か、蘭!?」
「学校来てないから心配したよ~!」
「蘭のクラス覗いても居なかったから、また屋上にでも行ってるのかと思ったよー」
「…………っ!」
霧のかかったみたいに朦朧とした意識でも、その言葉は聞き逃せなかった。
「モカ……ッ、ぅ、げほっ、ごほっ」
「蘭! おまえ声が……!」
「大丈夫……!」
――ああ、でも、なんでこんなに苦しいんだっけ。
記憶はごちゃごちゃしている。
たしか朝方に香澄たちと会ったのは覚えている。
けれどそこから、どうやって。
どういう経緯で、こんなコトになってんだっけ――?
「蘭、本当に辛そう……」
「もういいから寝てろ!」
巴の言葉に抵抗もせず、ゆったりと体をベッドに戻す。
〝……そうだ。たしか、喉を、裂かれて――〟
どうなったのだろう、と首元に手をやった。
包帯の感触、手当てした痕、傷口のカタチは……ない。
「(あれ……? ああ、でも、そっか……)」
〝――これは、夢〟
ガラにもない――こともなく感傷に浸っていたところを切り上げて、彼女はほうと息を吐いた。
体が妙に熱い。
全体的に怠くて力も入らない。
夢の中で眠る……というのも変な話だが、とりあえずは眠りに就くことにした。
幸い、眠気はすぐにやってくる。
苦しみから遠退く意識が気絶ではないことを祈って、そっと自分を手放す。
「ウンガロホガンガ族は風邪を悪魔の仕業と考えて、精霊ババンボに祈りを捧げて――」
まだ遠い本当の夢見を、心から待ち望んで。
☆★☆
翌日の朝、当たり前のように熱は下がっていた。
「(なんだったんだろう……昨日の)」
なんかみんなが必死で看病してくれていたのは思い出せるが、どうも意識がはっきりとしなかったせいか記憶が曖昧だ。
蘭はぐっと一日ぶりに起きた体で伸びをしながら、ベッドから腰を上げる。
「……顔、洗わないと」
今日は学校だ。
授業もある。
いつも通りの一日。
とりあえずと洗面所まで向かった彼女は、無意識のうちに掴んだコップに違和感を覚えた。
「……あれ?」
〝そういえばいま、あたしコップなんて持ったっけ――?〟
……鏡を、見る。
彼女の右手は蛇口を捻っている。
左手はいまだ眠気の残る寝惚け眼をこすっている。
ならば、今し方コップを取ったのは何者か。
「……な、に? これ……」
その背後に佇むのは、緋色の輝くヒトガタの像。
彼女が初めて神秘に触れた、忘れがたい――けれど直ぐさま上塗りされることになる、奇妙な一日のはじまりだった。
☆★☆
家から出た瞬間、美竹蘭の赤メッシュが爆発した。
「うわァッ!?」
ドパン、と血がはじけ飛ぶ。
ドクドクと流れる赤い液体に思わず動揺する。
「(え、なに……? なにが起こって……!?)」
「――おはよう、蘭ちゃん」
「つぐみ……?」
玄関の先には、彼女の幼馴染みが待っていた。
羽沢つぐみ。
羽丘女子学園生徒会に所属する少女。
実家は喫茶店を経営しており、時折そのお手伝いを彼女もしているのだが――
「どう、したの……っていうか、なんでそんな平然と……」
「――蘭ちゃんこそ、どうしたの? その傷」
「え、いや、あれ……?」
どくん、と蘭の心臓が跳ねる。
なんだろう。
こう、なんというか。
凄い不思議で奇妙な感覚だが……けれども、たしかに。
「(あたし、つぐみにドキドキしてる……?)」
「ほら、絆創膏だよ」
「あ、ありが、とう……」
照れながら受け取って、蘭はハッとした。
〝――ダメ! なんか違う!〟
なにが違うのかは分からないし、なにがダメなのかと聞かれれば反応に困るが。
とにかくダメなのだ、と彼女は直感した。
つぐみからもらった絆創膏をすぐにポケットへしまい込んで、一歩、距離をとる。
「……? 蘭ちゃん?」
「つぐみ……だよね?」
「そうだよ。……どうして離れるの?」
「それ、は――」
――どうしてなのだろう。
そんなことは蘭自身にも分からないし、分かりたくもない。
大体、朝からおかしなことばかりが続いている。
これもその延長線上だろうかという疑心まで抱いている。
鏡に映った背後霊、爆発する赤メッシュ、突然家の前に現れたつぐみ。
どれもこれもが、彼女のペースを乱していた。
「……足りないのかな、やっぱり、一発じゃ」
「え……?」
「じゃあもう一回っ! ごめんね、蘭ちゃん!」
「つ、つぐみ……?」
「『
「ッ!?」
ゾン、とつぐみの背後から現れた像が蘭を睨む。
――同じだ。
同じヒトガタの、背後に佇む謎の悪霊。
どうしてつぐみが、なんて驚く暇もない。
「――爆発させるッ!!」
カチ、とつぐみの悪霊がなにかの
「ッ!!??」
ボゴン、と二度目の爆発が蘭の赤メッシュを襲う。
にわかには信じがたい。
いや、彼女にとっても信じたくもないが――
「(いま、の……さっきの爆発は……つぐみ、だった……!?)」
そんな馬鹿な、と現実と直面したいまでも考えてしまう。
なにかの間違いだと。
こんなのはつぐみじゃない、と叫んで飛び出したくなる。
けれど、でも、それより、そんなことより。
二度目の爆発は彼女の皮膚を裂いたのに、そんな傷すら気にする余裕はなく。
――ドクン、と一際大きく心臓が跳ねた。
目の前で、幼馴染みの――綺麗な――普通の――美少女の――いつも通りの――いつも以上に――普通のつぐみが――素敵なつぐみが――こちらを見ている。
「(な、に……これ……ッ!?)」
思考が混線している。
ダメだ、違う、そうじゃない、となにかが訴えている。
けれども分からない。
分かるハズもない。
大体眠る前から状況なんてさっぱりだ。
やっぱり夢は夢で、今もまだ夢で、とにかくこんな現実はありえない……ハズなのに。
「(
「……あ、あれ? 蘭ちゃん……?」
もはやワケが分からない。
思考回路はすでにショート気味だ。
目の前の幼馴染みに不自然なぐらいドキドキするし、爆発された赤メッシュのあたりがズキズキと痛むし、なにより目の前の光景を直視したくない。
悪霊が堂々と、つぐみの声に応えるみたいに動いた。
もしかして、と彼女は欠片ほどになった冷静な部分で考える。
まさか、とは思うが。
あの悪霊は、自分たち自身で操作できるものなのか、と――
「な、ならもう一発!」
「――――ぅ」
「……?」
〝――そうだ。〟
でも、ひとつだけ、たしかに言えることはあった。
それだけはたしかだ。
曖昧で、ぼやけていて、自信なんてこれっぽっちもないけれど、これだけはたしかに言える。
美竹蘭だからこそ、胸をはって言える事実がある。
「違う……」
「え……?」
「こんなのは、つぐみじゃない……! あたしの知るつぐみじゃない! うわああああああッ!!」
「ら、蘭ちゃ――」
『
――その想いに、ソレは応えた。
絶対と信じる精神の強さ。
困難を撥ね除けた揺るぎない心と身体。
血に塗れてなお赤い緋色の幻影が、悠然と蘭の背後に立つ。
「だから、とりあえず!
――ガルパ☆ピコの奇妙な冒険 第二部
『スカーレットは曇らない』
ガールズバンドを巻き込んだ奇妙な戦いは、次のステージへと向かう――!
>爆発する個性
つぐってるからね
>赤メッシュ
イキリ赤メッシュはやめてさしあげろ
>大いなる普通
あのッ! 約一名ッ! ネタに塗れるしかない娘がいるんですけどッ!?