うなだれてばかりいる場合じゃない。
神の国-ゴッドランド-を崩壊させたものとして、遠巻きに私達の動向を探られていたか、はたまたこの村を捨てた人間から元々情報を得ていたか……
ともかく、この偵察隊が襲ってきた以上、ジャッカルがこの水を狙ってくるのはほぼ間違いないだろう。
水を狙い襲ってきた男達は、すでに外に出ていたケンシロウさんが"北斗虚無指弾"で倒そうというところだが……
「あ、待ったケンシロウさん! 気絶させるのは二人だけで、一人残してほしいです!」
バットくんが『あ、またなんかやろうとしてる』って顔で見ているが気にせず、一人残った男の背に回り、問いかける。
「あなた達は何故ここに? ただ通りすがった野盗ですか? それとも誰かの命令を受けて来ていますか?」
「あぁ? 誰が野盗だコラァ! てめぇなんざに言うわきゃねぇだろぉが!」
まあそうですよね。
口を割ってもらうためにスペードと同じように
意志の強い相手でも無さそうだし、ここはつい先日ケンシロウさんに教わった秘孔を活用しよう。
「へへ、バカが……はぐ、な、なんだ!? 口が、勝手、に」
「意志と関係なく口を割る、新一という秘孔です。改めて聞かせてもらえますか?」
「う、くそっ俺たち、は、ジャッカルの命令で見張ってた! 水が、出たから、先に奪おうと、したんだ!」
「ジャッカル……! 村に居た男から聞いたことがあります。恐ろしく狡猾な上、かなりの規模の野盗一味だとか」
と、補足してくれたのはトヨさんだ。
……これで必要な情報の共有は出来た。
改めて野盗の処理を終えると、私達は顔を突き合わせて考える。
「しかし、そんな連中もいるんじゃ水が出ても安心出来ねぇな」
「……こちらから倒しに行けるなら良いのですが、噂になるほど狡猾というのなら、ただ襲いに行っても逃げられるだけでしょうね」
実際、これはかなり難しい状況だ。
彼らの情報網によって私達の力……北斗神拳も知られている以上、私とケンシロウさんが村から出ることを確認しない限り襲ってくることは無いだろう。
かといって私達がこの村に永住する、というわけにもいかない。
悩む私達にガシャッという音とともに、心配ご無用っとトヨさんが虎の子を見せる。
「いざとなったらこれがあります! ふふ、弾も何発か残っておりますでな」
そういって掲げたのはかなり大きな銃だ。
リンちゃんも「スゴい!」と感動しているだけあって、鍛えた拳法家でも無い野盗を倒すぐらいなら十分な火力と言えるだろう。
「だから、この村のことは心配なされず、行ってくだされ。……この世の中にはわしらみたいな人間がいっぱいおります。あなた方が現れるのをきっと待っていることでしょう」
「む……」
「え、いや……だってよ、それは……ど、どうするケン、マコト」
私達のために気丈に振る舞うトヨさんと、それを心配するバットくん。
バットくんはどうする、と聞いてきているが内心どうしたいと考えているかは、こちらから聞くまでもないだろう。
そんな二人の顔を見比べて……私は、決めた。
「……わかりました。トヨさんのお言葉に甘え、私達は一度旅立たせていただきます」
「ぅ……」
「えぇ、えぇ。それが良いでしょう……はっなんだいあんたその目は? ドラ息子のくせにいっちょ前に私の心配かい?」
「な! そ、そんなんじゃねえよ! 勝手にしろババァ!」
心配をかけまいと送り出そうとするトヨさん。
……そんな彼女に向けて、私は出る前に声を掛ける。
「────ただ、トヨさんにちょっとお尋ねしたいことがあるのですが」
★★★★★★★
夜間、村から歩いて出る複数の影をジャッカル達は確認する。
……村のことが気になるのか何度か振り返ってはいたが、やがてその動きもやめ離れていった。
「よっしゃ、今なら行けますぜジャッカル! 村の連中を皆殺しだ!」
意気軒昂に声を上げるのは部下の一人だ。しかし、組織の長であるジャッカルはまだあくまで冷静に観察する。
「…………いや、まだだ。まず、アイツラの中に本当に北斗神拳使いの二人は居るんだろうな?」
「それはもう、何度も確認しましたって! 間違いなくあの女と、胸に七つの傷がある男の二人……あとはついでにガキも付いています!」
「そうか、だがもう少しだけ待て! ガキどもの悲鳴が聞こえんぐらいにな……………………よし、これだけ離れれば十分だ! 邪魔者はいなくなった!! いくぞ!!」
そうして、待ちわびた水と血を求め……飢えた獣どもは動き出したのだった。
★
「お……おばちゃん一体あれなぁに……まるでバケモノの大軍だよ」
「大丈夫、心配はいらん。……しかし、アレ程の規模だったとは……」
村の長、トヨは迫りくる脅威と、自身が抱える銃を交互に見比べ、考える。
さらに引きつけ、首領をこれで撃ち抜き殺すことが出来れば、やつらは銃を恐れ逃げ出すかも知れない。
他に手が無いならおそらくそうしていただろう。
が、ここで思い出すのは一人の女……マコトが村を出る前にかけてきた言葉。
────トヨさんは、銃を確実に当てる事が出来るような訓練を積まれていますか?
……銃の使い方こそ知られてはいても、専門的な訓練……ましてや人に向けて撃った経験など如何に世紀末といえど、一般人がそうそう持つものではない。
トヨもその例に漏れず、必中させる自信がある、とはとても言えない。
ただ、弾が複数あることから、ある程度至近距離でなら十分倒すことは可能だろう、と考えていた。
そしてそれを聞いたマコトは、うつむきながら少し考えて……その後、何かの覚悟を決めたように顔をあげると、使い方の指定をしてきた。
マコトに教えられた使い方は……正直なところ、素人目から見てもそれほど効果的なものには思えない。
少なくとも言われない限りは、自分でやろうとは考えはしないだろう。
……どうも、彼女自身もそう思っているのだろうか、真剣ではあるが若干不安げな内心は隠しきれていない。
「────ええ、分かりました。あなたの言うことを信じましょう」
が、しかしそれを伝えたのは他ならぬ村の救世主。
何より、最後まで自分たちの身を心から案じていることが目で、態度で伝わったからこそ、トヨはその策に命を預ける覚悟が出来た。
教えられたことを反復するとトヨは一人、ジャッカル達の進路上に出る。
そして、ジャッカルがギリギリ自分が視界に収められる程度の距離になった……
────その瞬間。ジャッカルに向けて銃を発砲してきたのだった。
「な、にぃ────!?」
当然、驚いたのはジャッカルだ。
村に残った無力な老人と子ども達を殺し水を奪うだけという、簡単かつお楽しみなだけの時間だったところに、突然自分を脅かしかねないものが現れたのだ。
悲鳴こそ上げずに済んだが、突然鳴り響いた轟音に内心ではかなり冷や汗を流していた。
「────ふん、こざかしいわ!」
が、状況を冷静に見られるようになると、その恐怖もすぐに無くなった。
何しろ使い手はどうやら素人も良いところのようだ。
あのような当たるはずもない遠い位置から発砲し、この時代において貴重な弾を無駄にしたのがその証拠。
大方、その発砲音や銃の存在で脅かすことで逃げ出すと思ったのだろうが、身をかがめてバイクを盾にする形で距離を詰めればこちらのものだ。
そう考え、着実に……先程までよりは若干慎重なペースで村へと迫るジャッカル一味。
そしてトヨ達の目前までたどり着き、バイクから降りたところでトヨが銃を構え声を張り上げる。
「出ていきなさい、撃つわよ!」
「グフフ……撃つなら撃ってみろ!!」
そう言って自分の服の中を……正確には自分の身体に大量に巻きつけてあるソレを晒すジャッカル。
ジャッカルが愛用するソレの名は。
(ダ……ダイナマイト!!)
「はあっ!! はははは~~!! 撃てばお前もそのガキどもも、粉々に砕け散るぞ!!」
「う……う……」
「さあどうするババァ! 撃て! 撃ってみろぉハハハァ~~!!」
剣を構え一歩、また一歩とジャッカルはトヨに近づく。
すぐに殺すつもりはない。自分を脅かそうとしたこの女への怒りはそれでは済まされない。
急所を外して突き刺し、じわじわと弱らせた上で、子どもたちと共に苦しめてやろう。
そんな風に考え、狂気にまみれた笑みで距離を詰め続ける。
────そして、その凶刃が今まさにトヨの身体を串刺しにしようとし……
それと同時。
「────ボゲェアッ!!?」
高速で飛来した拳大の石が、凶悪に歪められたジャッカルの顔にぶち当たった。
突然自分を襲った予想外の衝撃にたまらずジャッカルの巨体は倒れ伏す。
「な、なんだ!? 誰だぁ!!」
動揺し声を張り上げるジャッカルの部下に対し、暗闇からかかるもの。
────それは、生意気そうな少年の声。
「へ! 歓迎しないやつに石をぶん投げるのはこの村流の挨拶だぜ! ざまぁみやがれ!!」
そう言って笑うのは石を投げた……マコト達と共に村を出たはずの少年、バットであった。
★
激高するジャッカル達を前に立ちふさがり正面から戦う……なんてことはもちろんせず、バットはそのままトヨを連れ逃げ出した。
当然、立ち上がったものの怒りの収まらないジャッカル一味は全力で追う、が、ここはバット達からすれば勝手知ったる生まれ故郷。
入り組んだ路地裏や近道をたくみに使い、一味を翻弄していった。
さらに。
「せ──のっ!」
「ぐぇぁ!?」
「くっそ、またか!!」
村の子ども達の中でも比較的年長……特に、バットと仲の良かったいたずら好きの子ども達が中心となって、時には岩を落とし、時には落とし穴にはめてと妨害を繰り返す。
トヨだけでなくバットも戦っているというのに、 自分たちだけが守られている訳にはいかない、と村が一丸となって恐ろしい大人達に立ち向かっていた。
「そぉら、くらえ!!」
「ぐわぁあ!!」
その子どもたちの中でも、最も活躍をしたのはやはりバットだ。
この世紀末を一人で生きてきたメンタルとバイタリティに加え、直接切った張ったをしたわけでは無いにしろ多数の修羅場を経験している。
その経験を、知恵を。
全力で活かし、村を襲う魔手からトヨ達を守り続けていた。
それに、なにより。
(マコトのやつがいつもあんなに頑張ってんだ。俺だって、俺だって!)
ケンシロウに比べると自分とそれほど歳も離れておらず、おまけに女であるマコト。
そして、そんな彼女にいつも守られるばかりだった自分。
そのことに感じていた不甲斐なさが今この時、大きな心の炎となって燃え盛っていた。
が、しかしその懸命の勇気も、巨大な悪意の前にはやがて限界が訪れる。
「てめぇらぁ……あんなガキども相手にいつまで手こずってやがる!! クソ、もういいどきやがれ!!」
ジャッカルはそう言うと手持ちのダイナマイトに火を点け、標的が潜んでいるだろうというところに、怒りのままに投げつけたのだ。
「うわぁ──!!」
そうしていぶり出されたのはバットとトヨ、そしてタキを含む子ども数名。
「はぁ……はぁ……クソババァにガキども、よくもやってくれたな」
「う……クソ……」
「うぅ……バット……みんな、逃げて……」
物陰にいたため直撃こそ免れているが、爆風の衝撃でしばらくまともに走るのは難しいだろう。
そんな彼らの前に立ち、ジャッカルは勝利の確信とともに笑い、声を上げる。
「フォ────ックス!!」
「はは!!」
「わが軍団が誇る最高幹部よ、貴様の知恵を借りよう! こいつらを始末するにはどんな方法がいい?」
そうして軍団の中から現れた男、フォックス。
彼もまたジャッカルに負けず劣らず凶悪な人相をニマニマと歪めながら、卑劣をはたらくための頭脳を回す。
「は!! そうですね……ではババァの前でガキを一人ずつ絞首刑、ジャッカルに石をぶつけやがったガキは最後にはりつけにし、部下に死ぬまで石をぶつけさせる的当てゲーム、というのはいかがでしょう」
「うむ……そいつは面白い」
「……!! お、お願いじゃ、わしはどうなっても良い、子どもたちだけは殺さんでくれ、バット達をどうか、許してやってくれぇ……!!」
「…………ッ!」
顔を地面に擦り付け懇願をするトヨに、ジャッカルは自身の溜飲を下げながらも、さらに残酷に告げた。
「フッフフ! これは俺様達に楯突いた罰だ! ガキどもは一匹残らずぶち殺してやる、よ~く見ておけ!! さあ、ガキどもを捕まえろぉ!!」
「う、く……!」
その言葉を受け部下の男がトヨ達に迫る。
「さあ~~来いやガキどもぉ! ヒヘヘ! ガキのくせに手こずらせやがって!! 無駄な抵抗だったってのになあ!!」
「────────いえ、最高の仕事だったと思いますよ?」
突然後ろからかけられた女の声。
それに対する『へ?』という気の抜けた返事を最期に、部下の頭は弾け飛んだ。
★★★★★★★
子どもたちでもやり方次第でモヒカンを倒せるのが北斗世界
コウケツ様はそう教えてくれました