とにかく、時間との戦いだった。
慎重なジャッカルは、私達北斗神拳使いが二人同時に離れるまでは襲っては来ないだろうという推測。
その上ジャッカルにとっての脅威が一人ではないということから、場合によっては原作以上の距離に離れてようやく動き出す、という可能性すらあった。
そういった理由から、後から村の異変を察知する必要があり、そのために頼ったのがトヨさんが使う銃の音だった。
実際に原作でも、ケンシロウさんが村に駆けつけられたのは、ジャッカルを狙い撃った銃声によるものだ。
が、原作でのその弾丸は額を掠めるだけであえなく外れ、その後すでに距離を詰めているジャッカルによってトヨさんは突き刺される。
だからこそどうせ外れるなら、ということで威嚇を兼ねて先に撃ってもらうことを提案したのだ。
これにより私達の察知が早まり、さらにジャッカル達の行軍を遅らせるという効果も期待出来た、が。
(────それでも、おそらくこれだけじゃ時間が足りない)
原作でケンシロウさんが駆けつけた時には、すでにトヨさんは刺されたあと。
さらに子どもたちも完全に捕まり、その処刑の真っ最中という状況だ。
トヨさんの死という悲劇を防ぐため、それら全てに先駆けて馳せ参じようとするならば、もう一手必要だったわけだが……
「────」
バットくんが、私を見る。
その目に宿るのは、村を案じる想い。
村が、トヨさん達がジャッカルに狙われていることを知った上で、自分に何か出来ることは無いか、と訴えかける強い意志だ。
これはおそらく、村の困窮を見かねて自分が口減らしになる、と決意をした時の。
そして、本来辿るはずだった遠い未来で、ケンシロウさんのために自分の命を捧げる覚悟をした時と同じ目なのだろう。
少年時代と大人で、強さも立ち振舞いも大きく変わったバットくんだが、その根底にある気高さは、今この時から何も変わっていない。
だから、私は。
「……では、バットくんも戦っちゃいましょうか」
原作ではとても考えられなかったこの選択肢を、選ぶ決意が出来たのだった。
★
そうして今、彼らの奮闘の末、私達はジャッカルの下にたどり着くことが出来た。
部下が殺されるところを目の当たりにし、私達の姿を認めたジャッカルは、舌打ちとともに距離を取る。
「チッ! 銃声を聞きつけて戻ってきたか……引き上げだ」
「ははっ」
その命令を受け撤退の準備を始める部下。
が、それに対し部下のうちの一人が『なんであんな青二才どもに逃げなきゃいけねえんだ』と不満げに前に出た。
シュッシュッとシャドーをしながら私達の下ににじり寄る。
その姿をバカが、と吐き捨てつつも、これ幸いとさらにジャッカルは距離を取った。
命令を聞けない部下を囮に安全を確保できるのなら、儲けものとでも思っているのだろう。
「おうおう、こらチビガキども。 元プロボクサーだった俺様が相手してやろうじゃねぇか、お~?」
「それはすごいですね。デビューしたてでもプロはプロですが」
「おい、こいつから殺していいのか」
……私も結構ひどいことを言ったつもりだが、隣のケンシロウさんが吐いた剛速球にはちょっと勝てる気がしない。
当然男は怒り、歯を剥きながら叫んだ。
「なっ!? このガキャ~!! 死ねぇ!!」
元プロボクサーの男が大振りな右フックを放つ。
私達をまとめて殴り飛ばそうとしているようだが、その速度はこれまで戦った相手と比べても遥かに遅い。
私はケンシロウさんの邪魔にならないよう回避し、ジャッカル達の動きの牽制につとめる。
一方ケンシロウさんは高速でその腕を何度か軽く突くと、もはや見るまでもないと後ろを振り返った。
「北斗断骨筋」
「ん!? なんだ……? ……ゲッ!! あ~~!! あ~~!!」
するとみるみる男の腕が破壊音とともに変形し、その歪みが肩まで登り詰め……
最期はその顔までグシャッと陥没させるように破壊した。
「あべし!!」
その凄惨な処刑を見て戦慄するジャッカル一味だったが、それでもすでにバイクにまたがり、逃走の準備を完了しようとしていた。
そのまま、吐き捨てるように……それでいて懇願するように、ジャッカルは私達に言う。
「さすがの北斗神拳だな……フフッ俺達は逃げるが、俺はお前らとは争う気は無い」
「…………」
とにかく、ここまで来ても自分と私達は関係がない、というスタンスは崩す気が無いようだ。
「それに、俺達はお前らの誰も殺していない。ならばなおさら、わざわざ追う必要もないはずだ。そうだろう?」
「なるほど」
確かに、この世紀末の世では人は……特にジャッカルのような気質の人間は損得勘定で動くのが常識だ。
それに照らし合わせて考えるとなるほど、自分と戦う気が無い者たちを、わざわざ苦労してまで追うということは、如何にも不合理な話と言える。
ジャッカルもそれが分かっているからこそ、自分たちを追うことの不毛さを説き、身の安全を確保しようとしているのだ。
そうして十分に……私達の手が届かないぐらいにまで距離が離れると、安心したように笑う。
「よし、そういうことだからな! 貴様ら、全員バイクに乗ったな! さらばだハッハハハ!!」
「いえ、普通にダメですけど」
────天破活殺。
話の最中から溜めていた闘気を放出し、尻尾を巻いて逃げようとする獣達を無慈悲に撃ち抜く。
今回、この気を撃ち出す先……私が狙ったのは、三点だ。
まず二点。
「ぶぎゃっ!! な、俺が、なんでぇ!?」
最高幹部でありジャッカルの右腕とも言える存在、フォックスの両脚だ。
あまりにも唐突に訪れた痛みと衝撃の前に、フォックスはたまらずバイクから転げ落ち、のたうち回る。
「ぎゃあぁ!! いっでぇ肩が、肩が!」
そしてもう一点が、首領ジャッカルの右肩。
根本を抉るように穿たれたその傷は深く、激痛でまともに動かすことは困難となるだろう。
狙い通りに獣達に攻撃が刺さったのを確認すると、私はすぅっと大きく息を吸う。
そして苦悶と混乱の表情を浮かべるジャッカルに対し、声を張り上げた。
「お世話になった村に! このような真似をされて、そんな虫のいい話が通るわけがない!」
「ヒッィィッ!」
「どうやら! "運良く急所は外れた"ようですが、ここから逃げても私はお前達だけは、絶対に絶対に追いかけて殺す! ジャッカルの首が穫れるその時まで、何があっても諦めることは無いと知れ!」
その言葉を聞くとジャッカルは、元々痛みで青くなっていた顔色をさらに蒼白にし、ほうほうの体で逃走していったのだった。
もちろん、最高幹部として貢献してきたフォックスは置き去りにして、だ。
────ふぅ。
(多分これで良し、のはず)
この時、私があえてジャッカルにとどめを刺さず、逃したことには理由がある。
フォックスを生かしたまま捕らえられたことで、これからその理由の裏付けが取れるはずだ。
というわけで。
「……フォックスと言いましたね。置いていかれたようですが、覚悟は出来ていますね?」
私と、ゴキゴキッと拳を鳴らしたケンシロウさんが近づくと、フォックスはヒィッと甲高い声を上げた。
「ま、待った! 待って! 俺はあんたらに逆らう気はないぜ!!」
そう言うと動かない脚のまま頭をペコペコと下げて懇願する。
「ほら、この通りだ! こんな状態でやりあう気なんて毛頭ないぜ!! 誰にも手なんて出してねえんだ、見逃してくれよ!!」
「……『ガキ共を絞首刑にして、石を投げたガキは的当てゲームで殺すのはいかがでしょう』」
「う、あっいや、それは、冗談っていうか、ま、待てよ! や……やつ! ジャッカルの居場所を知りたくないか!? 見逃してくれたら教えようじゃないか!」
それはもちろん教えてもらうが、北斗神拳の前にはフォックスの意志などもとより関係がない。
故に、そのまま一歩、また一歩と近づく。
「お、おい! 俺はお前らとやる気は無いって言ってるんだぞ!」
この通りだっという言葉と共に仰向けに、五体投地の形で地面に横たわるフォックス。
「こ、こんな無抵抗の、ましてや怪我で戦えない男を殺そうってのかい! え!? おい!!」
……確かに、身を投げ出し命乞いをするばかりのこの男は、傍から見れば完全に戦意を喪失した無力な存在にしか見えないだろう。
バットくんたちも困惑しているようで、どうしようか、という顔で私達を見る。
────が、しかしこれは。
(────殺気が、悪意が。まるで隠しきれていない)
油断なくこちらの挙動と位置関係を伺う視線。全身の……特に首から背筋にかけての筋肉の盛り上がり。そもそもまだ手放さずにいる薄く光る刃。
それら全てが私とケンシロウさんに、この男の本心を雄弁に物語る。
これでは、例え原作の知識がない、あるいは忘れていたとしても引っかかることは無いだろう。
原作でケンシロウさんが所詮虚拳と断じた通り、あくまでこれは……ジャッカルが使う跳刀地背拳は、自分より弱いものを騙し討つためのものなのだ。
だから、私はその懇願を無視して闘気を練りながら、告げる。
「……跳刀地背拳なら通用しませんよ? ……今から3秒後に、先ほどあなたを撃ち抜いたもので攻撃します。死にたくないなら、跳んで避けてください」
「3」
「な、ぐ」
「2」
「クク!!」
「1」
「うおおお、ぶっ殺してやるぅ!! ハァッ!!」
……そうして本性をあらわし、派手に跳躍し暴れまわるフォックスの秘孔を突く。
「ぐぼぉ!!」
理由はもちろん、情報を得るため。
こちらからの質問は、この状況でジャッカルはどこに向かうか?だ。
そして、それに対して帰ってきた答え……それは、私が想定していた通りのものだった。
────ジャッカルの行き先はビレニィプリズン……
(やはり、そうか)
ジャッカルの目的は、ビレニィプリズンという凶悪犯ばかりを集めた刑務所の跡地……正確には、そこに眠る彼の切り札。
原作でもケンシロウさんに追い詰められたジャッカルが、無理やり封印を解いたその男の名は、
私の記憶が確かなら、過去七百人を殺し、死刑執行もそのことごとくを生き延びたという怪物だ。
実際、一度ジャッカルを逃し、さらにこの生き物を解き放つという動きはリスクが高く、実行するかどうかは最後まで迷った。
しかし、原作でも鍵も無しにあっさりと個人の力で牢を解き放ち、さらに手持ちの爆弾で天井を破壊し完全に開け放つことまで出来ていた。
そのような簡単に解ける程度の拘束では、仮にここで見逃しても後の世の禍根となる可能性は極めて高い。
故に、ここでジャッカルとまとめて倒してしまうことにしたのだ。
欲しい情報は、得た。
最後まで抵抗してきたフォックスを改めて倒すと、訪れるのは一時の静寂。
残心……まだ周囲に気を張りながらも、私は改めて状況を考える。
周りにこれ以上の敵の気配──無し。
トヨさんや子どもたち、バットくんの犠牲──無し。
アレほど追い詰めたジャッカルが、のこのことこの村に戻ってくる可能性──まず無し。
(……つまり、これは)
「……お、終わったのか……? マコト……ケン……」
そう半ば"それ"を確信しながら言うバットくんの声を聞き、私は。
「────ふぅ~~~……!」
思いっきり息をつきながら、腰が抜けたかのように座り込んだのだった。
私達の……この村の、完全勝利だ。
★
普段の態度は何処へやら、飛び跳ねるように喜び、互いを称え合う子どもたちとトヨさんと……そしてバットくん。
明日をも知れないほどに困窮していた状況。
そこにもたらされた水の恵みに沸き立ち、それを襲う脅威に震え……
その上で、ただ守られたのではなく、自分たちの手で窮地を乗り越えられたことが、一際大きな喜びとなって彼らを包んでいるようだ。
……本当にみんなよく頑張った。
特に子どもであることを逆手に取ってジャッカル達の警戒から抜け、その上で勇気を振り絞って中心で戦い続けたバットくんは、MVPと言えるだろう。
彼の頑張りがなければ、ほぼ間違いなくトヨさんは犠牲になっていたのだから。
私としてはそれこそ、今すぐ彼らの輪に混じって抱きしめながら振り回したいぐらいの気持ちではあった、が。
(ここは……そうだな)
彼らの頑張りを労うのは、多分私よりも、と"彼"の背中を押すようにして、願う。
「────ケンシロウさん、お願いします」
「む……」
意図を汲み取ってくれたケンシロウさんは……彼にしては珍しく少しだけ迷ったような素振りを見せ。
そして、バットくんに近づく。
「バット」
「あ、ケン……」
「よく頑張ったな。────お前は男だ」
「…………!」
憎まれ口を叩いていても、実は心の中では兄貴と慕っている人からの最大の賛辞。
普段の口数が少ないケンシロウさんだからこそ、この言葉は……重い。
「う、ぅぅ……うぅぅ~~~~ッッッ!!」
感情を抑えきれなかったバットくんは、溢れ出る涙と共に、その喜びに浸ったのだった。
……自分が守った、トヨさんと子どもたちに、抱きとめられながら。
……ちょっとおせっかいだっただろうか。
しかし私の知る原作で、ケンシロウさんがバットくんに真っ直ぐな賛辞を送るのは、ずっとずっと後の話だ。
原作とは違う形で今頑張ったのだから、今それを受けてもいいじゃない、と考えるのは決しておかしなことではないはずだ、うん。
(────────さて、行くか)
心温まる光景を満足行くまで見届けた私は、最後の後始末の準備をする。
……帰るまでのこの村の防衛は念の為ケンシロウさんに任せれば安心だろう。
そうして私は一人、歩き出す。
────目的地は、ビレニィプリズンだ。
SLGで、クリアだけなら簡単だけど全員生存のS+クリアを狙うと難易度が跳ね上がるステージ。ジャッカル編はそんな感じです
デビルリバースまで終わらせる予定でしたが、一話が長くなりすぎたので分割します
次は多分早いうちに