【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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第十四話

「────ッ」

 

ビレニィプリズンに着くとやはりというか、想像以上というべきか。

そこかしこに散乱していたのは、ジャッカルの部下らしき男たちの死体だった。

 

この、バーと思われる店の中で、まとめて焼け焦げているのも間違いなくそうだろう。

 

『お前たちは絶対に追いかけて殺す』『ジャッカルの首を獲るまで諦めない』と、柄にもなく強い口調で脅しつけた成果は、彼らの裏切りと同士討ちという形で実を結んだようだ。

 

そして、風景の中でもひときわ目立つ大きな建物。

そこにあったのは一つの縦に割られた死体と、一人の看守らしき男。

 

「ひ……ひ……ジャ、ジャッカルが悪魔の封印を解きに!!」

 

男はこちらが話しかけるまでもなく一方的に叫ぶと、そのまま悲鳴を上げながら脇目も振らずに逃げ出していったのだった。

 

 

 

 

「おお、弟よ!! 幼い頃生き別れた俺とお前だ! 俺のことを忘れていても仕方がない!! だがな、俺はお前の兄として、命を賭けてでもここから逃してやりたいんだ!!」

 

地下の最奥……地底特別獄舎についた私の目に飛び込んできたもの。

それは巨大、という言葉で形容するのもバカバカしくなるような……

普通の人間と比べれば十分巨漢の域に入るジャッカルが、ままごとの人形か何かに思えるほどの、およそ人とは思えないサイズの大男。

そして、その男に握られたまま、自分を兄と偽り手懐けようと弁舌を繰るジャッカルの姿だった。

 

「昔、俺に見せたあの無邪気な笑顔をもう一度見せてくれ! 見てろ! いま外に出してやる!! 空を見せてやるぞ!!」

 

そう言うと手投げ式の爆弾を天井に放り投げ、暗い地底の監獄に風穴を開け、光を差し込む。

 

「お~、お~~。う……うっ……空…………お前、光くれた……」

 

この行動と言葉の前に、すでにこの大男……デビルリバースは出会ってまだ1分程度のジャッカルに、すでにほだされかけている。

 

(うーん、名演技だ)

 

原作のケンシロウさんが嫌味でとはいえ称賛の声を送ったのは伊達ではない。

機転の利かせ方といい、自分の命をチップにする度胸といい、道を誤らなければ彼はひとかどの人物になれたのかもしれない。

そう考えると少しだけ惜しい気持ちにもなったが、どのみち私がやることは変わらない、と彼らの前に出る。

 

「き、来たな! 弟よ! やつだ! やつこそがお前をここに閉じ込めた張本人だ!!」

「私何歳でその人閉じ込めたんですかね……」

「だ、だまれぇぃ!! 騙されるな弟よ! やつは恐ろしい女なのだ! だが心配はいらん、俺は死んでもお前を守ってやるぞ────ッ!!」

 

少々無理のある設定だと思ったが、どうやらその言葉で、デビルリバースは完全にジャッカルの味方をすることに決めたようだ。

ジャッカルを守るように抱えて移動させると、そのまま私に向けて殺意をみなぎらせる。

 

 

「お前か……俺を……閉じ込めたのは~~……殺すぅぅ!!」

 

 

デビルリバースが力任せにぶつけてきた岩を回避すると、そのまま破壊された瓦礫や壁を伝って、天井から外へ出る。

この狭い位置で戦うのは不利と判断してのことだ。

 

以前は闘技場か何かだったのだろうか、外は円形にかなりの範囲にまで地形が広がっていた。

 

 

「デビル! 追え、逃がすな!」

「うごお!」

 

ジャッカルの指示を受けると、その巨体からはとても想像が出来ない機敏な動作で跳び、私と同じく外に出るデビルリバース。

 

そのまま私を見据えると、これまた体躯に似合わない精美な動作で、戦うための型を取る。

 

 

────この構えから繰り出される拳法の名は、羅漢仁王拳。

 

 

そう、彼はただ巨体にあかせて暴威を振るうだけの獣では決して無い。

5000年と、歴史の長さなら北斗神拳すらをも超える拳法、羅漢仁王拳の使い手なのだ。

 

 

その様を見て、先ほどまでの必死さは何処へやら。

瓦礫に腰掛けて葉巻をふかしながら、デビルリバースの強さを私に自慢するジャッカル。

 

……いっそこの場でジャッカルから倒してやろうかとも思ったが、デビルリバースのこちらを見る目に隙の色はない。

まずはこちらに応対することに決める、と同時。

 

「つッ────!」

 

デビルリバースが振るう腕にあわせて、見えない無数の斬撃のようなものが私の服と皮膚を浅く切り裂く。

羅漢仁王拳の真髄である、風圧を利用した攻撃だ。

 

逃れるために横に回り込もうとすると、それに合わせてデビルリバースも機敏に回転する。

 

────が。

 

「ぐ、ぅ……うぅぅ……?」

「くっそ、ちょこまかと……」

 

……流石に巨体の割に速いとは言っても、限界はある。

速さを意識して動けば、今の時点でも見失いかけている通り、小回りの利く私の動きに付いていくことは難しいだろう。

 

おそらく、このまま翻弄を続けて足の指先などの先端部分から潰し、崩していくことで確実に勝利をすることは、そう難しくは無い。

 

が、私が今回その戦法を選ぶことはなかった。

 

「えぇい何をやっているデビル! そんな小バエさっさと押し潰してしまわねえか!」

 

その言葉を受け、腕を振るうデビルリバース。

力と質量にあかせた強烈な張り手が、私の進路上に突如立ち塞がった。

それを見た私は即座に上に跳んで回避……するのではなく、逆に足を踏みしめ、迎え撃つ姿勢を取る。

 

「ハハ、バカが! 潰せデビル!」

 

私の身体をすっぽりと覆えるサイズの手のひらが高速で迫る。

 

「おぉぉおおお!!」

 

それに対し私は、井戸の岩盤を叩き割った時……いや、それ以上の気迫と力を込めて、闘気をまとった右拳をぶつけた。

 

 

────その力と力の勝負の結果は。

 

 

「がっふッ……!」

 

 

打ち合った瞬間なす術無く、闘技場の客席にまで吹き飛ばされた私の姿が示していた。

 

 

────さらに、そこに迫る容赦のない追撃。

 

 

「風殺金剛拳!!」

 

デビルリバースが誇る奥義。

羅漢仁王拳によって練り固められた圧倒的な風圧が、大質量を以て客席ごと私を押しつぶす。

前世の感覚で例えるなら、暴走するトラックに正面衝突したような衝撃か、それ以上だろうか。

 

潜在能力を解放し全力で防御するも、私の小柄な身体は踏ん張りきれずに転がりまわり、そのままあえなく瓦礫に埋もれた。

 

 

(……勝てない、か)

 

 

「ハ、ハハ、ハハハハ! 一瞬何をやるのかと思えば! この巨体に女のガキの力が通用するわけが無い! とんだ間抜けヤロウだったな!」

 

瓦礫の中倒れ伏す私を見上げると、ジャッカルは勝利の確信に笑った。

 

「さあ行くぞデビル! 俺たちは無敵だ! 今度こそ村に行って、ババァやガキどもを潰し殺してやる!!」

「ぅ……ぐ……」

「? おい、どうした、なんだってんだデビル」

 

「ぃ……いた、ぃ……手……」

 

その声と同時、瓦礫が吹き飛ばされる音が耳に入り、驚愕の表情で振り返るジャッカル。

 

「な、バカなっ! まだ生きて……そ、それに、デビルの手に傷を!?」

 

私の渾身の拳は、確かにデビルリバースの強靭な肉体を抉っていた。

それによって奥義の要たる拳が傷ついたことも、まともにもらった私が意識を失わずにいられる理由だろう。

 

が、しかしそれでも受けたダメージで比較するならば、私のほうが遥かに大きい。

それを改めて確認したジャッカルは、ならばもう一度同じことをすればいいだけだ、と再び笑う。

 

「ふ、ふん! よく生きていたものだな! だが貴様の力などデビルの前ではゴミのようなもの! さあやれ、とどめだ、デビル!」

「ぅ…………」

 

 

────ああ、そうだ。

 

 

(来い……もう一度!)

 

 

「ぅ……うぅ……ぅ……?」

 

 

────力で押し勝ち、優位な立場にあるはずのデビルリバースが今、明確に躊躇している。

それは、直前の抵抗でもたらされた攻撃への警戒か、はたまた危機的状況にも関わらず、まるで折れていない私の表情に思うものがあったか……

ともかく、武人としての勘の冴えは、長い投獄生活に置いても完全に失われてはいなかったようだ。

 

が、横で指示を出す、完全に勝利を確信し増長をしている男、ジャッカルがそのような機微など察するはずもなく。

 

「おい、何をやっている! こんなボロボロのガキ一匹、さっさととどめ刺しちまわねえか!」

「う……ぅう~~……ころすぅ!!」

 

そうして、ジャッカルの言葉に押されるように、そして嫌な予感を無理やり振り払うかのように、デビルリバースの渾身の一撃が放たれる。

先程のような面積を重視した攻撃ではなく、純粋に打ち倒すことを目的とした、羅漢仁王拳による拳撃。

 

明らかに先程、私が打ち負けたものより強力なそれを目の当たりにした私は……

 

 

自分の肩を抱くように身を縮こませながら、その攻撃に背中を向けた。

 

 

それはまるで、突然暴力にさらされた臆病な村娘が、痛みから逃げる本能のままに取るような、敗者そのものの動作。

いよいよ以て大笑いを始めるジャッカルの声も、変わらず迫りくる大質量の拳の音も、殆ど耳に入れないまま……

 

私は考える。

 

 

────結論から言うと、この戦いに私が持ち込んだコンセプト……課題は、『剛拳』の完成だ。

 

デビルリバースは確かに圧倒的な体躯と、それを活かすための拳法も使いこなす傑出した存在ではある、が。この世界においては決して最強の個体でも何でも無い。

この先、私が必ず超えなければならない、高い高い壁。

同じ剛拳の、純粋な破壊力だけで比較したとしても、このデビルリバースが及びもつかない使い手が存在している。

 

その男……すなわち北斗四兄弟の長兄、ラオウ。なにも彼を剛拳で正面から打ち破ろうというわけではない。

しかし、小手先の技や技術だけでどうにかなる相手でも決して無い以上、選択肢の……敵にとっての脅威の一つとして、剛拳を身につけることは必須事項だと考えていた。

 

 

だからこそ、修行をしている時から考え続けていた。

ケンシロウさん達に劣るフィジカルで、ほんの一瞬、一時でいい。彼らに迫る程の剛拳を、一撃を放つためにはどうすれば良いのか。

 

 

(…………ヒントになったのは)

 

 

この技の着想を得たのはケンシロウさんでも、原作で死してなお、強敵として語られ続ける誇り高き漢たちでも無く……ある一人の歪んだ天才。

 

名をアミバという、トキさんの名前を偽りケンシロウさんの前に立ちふさがり、敗北した男。

秘孔の探求に執心する彼がケンシロウさんとの戦いで用いた……いや、用いかけた戦術だ。

 

 

「フッッ!!」

 

 

背を向ける動作と同時、左手によって右肩から二の腕にかけての秘孔を数箇所、幾度もの訓練を経て計算され尽くした力配分で突く。

 

コンマ数秒にも満たない速度で私の右腕が、右拳が改造……いや『進化』していく。

 

そうして、回転によりもたらされる遠心力、解放された100%の潜在能力、練り上げられた闘気、秘孔により強化された筋力。

そして、"────"の全てを載せた、現時点における私の最大最強の一撃が……

 

放たれた。

 

 

 

「────龍渦門鐘(りゅうかもんしょう)ッッ!!」

 

 

 

この闘技場から地下深くの獄舎まで響き渡らんとするほどの炸裂音を響かせたそれは。

 

 

「ぁ……ぁ……あぁっあぁ……?」

 

 

迫りくるデビルリバースの……過去七百人を血に染めたとされるその拳を、完膚なきまでに破壊し尽くしていた。

 

 

「ッ……!!」

 

私は、それを確認すると同時、すぐにもう一度自分の秘孔を突き、右腕の膨張を止め抑える。

 

原作のアミバが、強化は出来たのにも関わらず両拳が破裂したのは、おそらく膨張を止めるプロセスが不足していたこと。

そう解釈した私は、それならばインパクトのほんの一瞬にだけ、最大まで強化されるタイミングを合わせることが出来れば、極限までリスクを抑えた上で決定打になりうる一撃を放てる、と考えたのだ。

その目論見は無事成功し、今この時、デビルリバースの拳にも打ち勝つことが出来た。

 

 

(でも、多分この技の本質はそれではなくて────)

 

 

「な……は……? デビル……? なんだ、なにが起こった……?」

 

余裕の表情はすでに消え失せ、目を剥きながら呟くジャッカル。

その声を尻目に私は、デビルリバースの身体を駆け上がり、そして胸元……顔に手が届く位置までたどり着いた。

 

そして、何の遠慮も躊躇もせず、とどめの一撃のための構えを取る。

 

 

────龍は、もう一度轟く。

 

 

「で、デビル! 片腕ぐらいでなんだ! 早く残った腕で叩き潰せぇ!」

 

危機意識によるものだろうか、ジャッカルの言葉に先んじて振るわれていた拳が、私に迫る。

 

「ぐ、おぉおおおお!!」

 

が、もう遅い。すでに私は回転を始めている。

 

先程は正面から迫る拳にぶつけるための横回転……しかし、今度は北斗神拳の使い手として鍛えられた体幹を活かし、縦方向へくるん、と曲芸師のように軽やかに回った。

 

その上で、同じプロセスで強化され、アッパーのように撃ち出された右拳は、轟音と共にデビルリバースの顎をとらえんとする。

 

 

────プラシーボ効果、というものがある。

本来は有効成分が無い薬を、効果があるものと偽り飲ませることで、有効成分が働いたかのような効能が現れる現象のこと。

それは、すなわち思い込みの……心の力だ。

 

 

ただでさえ元の世界でも多くの例が挙げられているこれを、心の影響が強いこの世界で働かせたなら、どうなるか。

北斗の拳を知る一ファンとして、北斗神拳を身に着けた者として、秘孔がもたらす力を信じきっている私が使ったなら……どうなるか。

 

 

……それこそが、私が考える、この技の本質。

 

 

龍渦門昇(りゅうかもんしょう)!!」

 

 

遠心力、潜在能力、闘気、秘孔による肉体操作……そして何より、『これだけやったのだから強いに決まっている』という、いっそ子ども染みた憧憬の……心の力。

 

 

活火山をすら思わせるエネルギーが集約された、その一撃を受けたデビルリバースは、その巨体を天高く浮かせ、そして。

 

 

「はっあ────!? な、おい待て、おいっおいおいおいおい!?」

 

 

吹き飛ばされた大質量はそのまま"狙い通り"ジャッカルのもとへと向かう。

 

「ふざ、ふざけっデビル!! 来、来るんじゃねえこのバケモノがぁ!!? た、たすけ」

 

……すでに絶命しているデビルリバースに対する、無意味な言葉と命乞いを最後に。

 

 

「あ、ぐびゅぇ」

 

 

皮肉にも、彼が繰り返し命令していた通り……まるで虫かなにかのように押し潰されて、野盗の王は最期を迎えたのだった。

 

 

「ふぅ……終わった」

 

 

…………どうしようもない悪党である、彼らのために祈る言葉は、無い。

無い、が、これぐらいは言っておこうと思い最後に振り返った。

 

 

「さようなら、ジャッカル、デビルリバース」

 

 

そうして私は新たに確立された力の、その手応えを確かめるように右拳を握りしめながら……仲間達が待つ村へ帰っていったのだった。




「ぬぅ、あれはSS神拳奥義、緖利和座!」
「知っているのか、ライガ!」

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