ガチ本家設定です。
なお、今回『残酷な描写』タグが少々お仕事します。
苦手な方は薄目を開けてご覧ください。
★★★★★★★
牙大王。
中国拳法打雷台の流れを組む華山角抵戯の使い手にして、牙一族の長。
これまでも幾度となく統率された部下、いや息子を使い行ってきた、人質を使った一方的な蹂躙。
自身もまた優れた拳法家であり、さらにこうした場面にこの場にいる誰よりも多く触れてきた……その経験を持つ彼は、確信する。
────あれは、"間違いなく折っている"。
さすがの北斗神拳使いというべきか、アレほど派手に折ったにも関わらず悲鳴一つもらさなかったし、今でも痛みが顔に出ないよう必死にこらえようとしている。
しかし、かすかな身体の震えに加え、浮かび上がる脂汗まで隠すことは出来ない。
ましてや、周りの人間の狼狽までもが全て演技であるなど、まず考えられない。
故に、あれは演技などではありえない、と断じることが出来た。
そしてもちろん、牙大王はこれだけで済ますつもりはない。
何しろ北斗神拳だ。
それこそ、片手で残った指一本だけでも、自分ならともかく、息子の一人や二人程度簡単に片付ける実力は残っているだろう。
ならば手を緩めず、完全に無力化する必要がある。
見目美しく、また自身も非常に強い肉体を持つ若い女という、極上の得物を前にした牙大王。
この先、自分が思い描く最高の光景を作りあげるため。
牙大王は今、かつてない速さで自身の思考が展開していることを実感していた。
「よぅし、次は残った左腕と、右脚だ!」
「なっ!?」
南斗の男が驚愕し、仲間の女が悲鳴のような声を上げる。
「そんな、見たでしょう!? マコトさんはもう戦える身体じゃない! ましてやもう、自分の身体を折るなんて出来るはずが!」
「そうだ! だから貴様がやるのだ、南斗の男! 貴様が手ずから、北斗の女の左腕と、右足をへし折るのだ!!」
「ど、どこまで……! ……貴様ァ────!!」
怒りが沸点に達したのか、激高しながらこちらに向かおうとする南斗の男。が。
抱えた人質、アイリの胸元に再度剣を突き刺し、流れ出る血。
それを見せつけてやるとそら簡単だ。
こちらに向かっていた脚は止まり、唇から血を流しながら、その場で吠えることしか出来ない。
「うぅ、に、兄さん! 私のことなんて良い! 戦って!」
アイリが腕の中から叫ぶ。
見ず知らずの人間が今、自分のために犠牲になろうとしていること、そしてそれが自分の兄を苦しめていることが耐え難くなったのだ。
だが、無駄だ。この南斗の男がそれで割り切れるようなら、最初からこれほど有効な人質にはなっていない。
ただ、このままでは舌を噛み切って死なれる恐れがある。そう考え念のため息子に命じ、猿ぐつわを噛ませる。
これで余計なことも言わなくなり、一石二鳥といったところだろう。
「レイ、さん……」
その時、北斗の女が"これまでの強さが嘘に思えるような"弱々しい声で呼びかけ、南斗の男をじっと見る。
それをしばらく、煩悶の表情で見た南斗の男は。
「────すま、ん……!」
その言葉と共に、北斗の女の腕を掴み。
────ゴキィッ!
「ぅ……ぐ……ぎ……ぃ……!」
「すぐに脚だ! こちらに見えるようにやれ! 折れぇっ!!」
そして最後は、ベギョッという鈍い音。
「ぁ、ぅっぅ、ぐっぅ~~~~~~っっ!!」
「────ああ、胸が晴れる~~っ!」
本来、圧倒的な強者であるはずの北斗神拳と南斗聖拳の使い手。
それが自らの言葉一つで良いように踊らされ、ついには自ら壊されていく、この瞬間。
そして、無力感と屈辱感に満ちたやつらの表情。
それを見る牙大王は今この時、この上ない愉悦、悦楽を覚えていた。
「よぉしよし、よくやった! では、北斗の女を……そこの女! お前がここに連れて来い! それで南斗の男の妹は解放してやる!」
もはや北斗の女は歩くことすら出来まいが、当然残った北斗、南斗の男に連れて来させはしない。
指示通り肩を借り、ひょこひょこと。
焦れる程にゆっくり、自らこちらに向かう女達。
道中、何やら北斗の女がボソボソと女に囁いている、が。
残りの二人ならともかく拳法家でもないやつが出来ることなどあるはずが無い。
「……来たわ。さあ、アイリさんを離しなさい」
「フンッ」
そうしてアイリを投げ渡すと案の定、"何もせずに北斗の女を置き"すぐにアイリと共に戻っていった。
察するに自分のことは気にせず逃げろ、とでも言っていたのだろう。この状況下に置かれてなお、そう強がれるあたりは大したものだ。
────それでこそ楽しみがいがある、と牙大王はさらに笑みを深めた。
解放され、ようやく生きて再会した南斗の兄妹が涙を流し抱き合う。
しかし、牙大王がその時注目したのは当然そんな光景ではなく、残った北斗の男の表情だ。
(ククッ……!)
────未だ歪むことの無い無表情を装っているが、その内心はどうだ?
今自分の手の内にある女。同門か何かは知らないが、同じ北斗の拳を学ぶ身内、いうなれば妹と言えるだろう存在。
それを犠牲にし、代わりに今幸せを取り戻そうとしている他人を、南斗の兄妹を。心の底から祝福することが出来るか?
出来るはずがない。そんな人間がこの世にいるわけがない。
ならば、最後に取るべき詰めは、決まっている。
「グワハハハハハ!!」
「ぐぅっぁ!」
もたらされた人質……いや、生贄と言っていいそれを乱暴に抱きかかえる。
へし折れた部位に響いたか、その動作一つにも苦悶の声が上がった。
全身から流れる汗で乱れ、額に張り付いた髪。
歳不相応に、痛みによってなまめかしいほど上気した、それでいて苦悶に満ちた表情。
ようやく手に入れたそれを見た息子たちが、劣情の色を隠さず懇願する。
「お、オヤジ! その女、くれ、くれ! もう我慢できねえよぉ!」
「フフフ、そうだな……いや、この女はワシが手ずから楽しませてもらおう。思えばこの女含め、やつらにはずいぶんと我が息子たちが減らされたことだしなぁ」
そう言って腰周りを撫で付けるところを、やつらに見せつける。
「もちろん、役目が終わればお前たちにくれてやろう、切り刻むなりなんなり、好きに楽しめばいい」
「や、やった──! 俺、俺絶対残った左脚、欲しい!!」
「お、おのれ……どこまでも、外道な……」
「……悪魔ッ!!」
────そうだ、その反応だ。
そうしてこの女が迎える危機を煽り、奴らに強く意識させる。
その上で。
「だが、ワシも鬼ではない! 北斗の男!! 貴様、その南斗の男を殺せぇ!! そうすればマコトといったか、この女にも手出しをせず、解放してやろう!!」
「なに!?」
「当然、南斗の男! 貴様が北斗の男を殺してもいいぞ! どちらかが死んだならば、こいつは解放される!」
「…………ッ!」
南斗の男が驚愕に顔を歪め、北斗の男と視線を交わし合う。
この二人も、こちらの狙いは承知の上だろう、と牙大王は考える。
表裏一体の北斗と南斗が全力でぶつかったならば、その結果は当然、相討ちのはず。
仮にどちらかが勝ったとしても無傷ではいられまい。決着の瞬間にまとめて殺せばいい。
そこまで分かっていても奴らは、このマコトを見捨てる選択肢は取れないはずだ。
あのマミヤとかいう女に、アイリを約束通りあっさりと返したのも、このためだ。
こうして一方が助かり、一方が犠牲になるという構図を作り、奴らの仲に亀裂を入れ、殺し合いに熱を入れさせる。
もし、マミヤがこちらを殺そうとするなど、余計なことをしてきたならば改めて3人まとめて捕まえてやるのも手ではあったが……その辺りは奴らも賢明に判断したようだ。
「グフフ……なんとわしの頭の良いことよ」
そして、しばらく苦悩した上で、南斗の男が答えを出したようだ。
「……ケン! 俺は、アイリのために自ら命を張ったあの女を……マコトを死なせることは出来ん! そして俺もまた、やっと自由を掴んだアイリを守るため、生きねばならん!」
そう覚悟を決め、構える南斗の男。
「だからケン! お前も、俺を殺す気で来い! マコトを助けたいのなら、お前が俺を殺すんだ!」
「…………」
北斗の男はその言葉を受け、無言で構える。
それを見ると南斗の男は、先手を取って動いた。
「覚悟!!」
★
北斗、南斗の男の戦いは完全に五分と言えるものだった。
矢継ぎ早に繰り出される南斗の男の手刀に対し、見事な体捌きでそれを避け続ける北斗の男。
南斗の男の攻撃の余波で、巨大な岩石がバターのように溶ける様に、牙一族は感嘆の声を上げた。
「あの南斗の男、強えぞ!! おいどっちが勝つと思う!!」
「もちろん南斗の男だ! しかしよく北斗の男、無事だったな!!」
そんな息子たちの声をよそに、牙大王は人質の女、マコトにニヤニヤと声をかける。
「グフフ……おい、お前はどっちが勝ってほしい? お前のために争いそして死ぬのは、どっちの男が望みだ? ははは、こう考えるととんだ悪女だな!」
が、その挑発にもマコトは答えない。
それどころか、戦いをほとんど見もせず、折れた腕と脚を投げ出しうなだれながら、ブツブツと何事かを呟き続けるだけだ。
「ぃヶ……ぅ少……き…………右……」
(────チッ。追い詰めすぎたか?)
自分に逆らった敵対者が折れる様を見るのは気分が良いものだが、今の段階で自失状態となられても楽しみが減る。
おまけに、先程から北斗の男は防御に徹するばかりで、南斗の男は攻めあぐね続けている。
直前まで牙大王の心を満たしていた愉悦は、いつしか膠着した状況への苛立ちに変わり始めていた。
ギリッと歯ぎしりをすると、語気荒く牙大王は叫ぶ。
「貴様ら、何をもたもたしておる! この女の命が惜しくないのかぁ!!」
うなだれるマコトの頭を乱暴にわし掴み、押さえつける。
その時、ようやくマコトが顔を上げ、こちらを見る北斗の男達と視線を合わせた。
そして。
「はぁ~~~~ッッ!!」
マコトの顔を見ることで改めて危機感を煽られたか、初めて北斗の男が構えを取る。
「はっ! こ、この構えは……北斗神拳秘伝の聖極輪!!」
「この構えの持つ意味は貴様も知っていよう」
その後、お互いの隙を伺うかのようにしばらく睨み合っていたかと思うと、双方大仰な動作から、異様な構えを取りだした。
方や両腕を横に広げ、威圧するかのような体勢でジリジリと距離を詰める南斗の男。
「南斗虎破龍!」
方や両腕を前に突き出し、あたかも龍の口を思わせるような形を作り、迎え撃つ体勢を取る北斗の男。
「北斗龍撃虎!」
(グフフフ……!)
その構えが持つ意味は、牙一族達には分からない。
しかし、どう見ても防御を考えているようには思えないその構え。
それを受けて牙大王は、お互いが捨て身の覚悟で、次の打ち合いに臨むであろうことを察したのだった。
────そして。
「いやああ!!」
気合一閃。
南斗の男が雄叫びとともに、まるで手が無数に現れたかのように見えるほどの速度を以て、北斗の男に襲いかかる。
しかし、北斗の男はその中から一本の腕を選び取り掴むと、最短距離を取った右拳を南斗の男の顔面にぶつける。
凄まじい一撃をまともに受け、ゲフッと血を吐きながら吹き飛ばされそうになる南斗の男。
しかし、ただではやられない。その勢いを利用してぐるっと一回転したかと思うと、背中から回した手刀を北斗の男の胸に深く突き刺した。
「────決まった!!」
「…………!」
「やはり……相討ちか……」
表裏の拳法、北斗神拳と南斗聖拳。
その極まった使い手同士の最後の攻防もまた、牙大王の予測どおり……互角。
ほぼ同時に地面に倒れ込んだ二人に対し、牙大王の息子がソロリソロリと近づき、検分する。
そして、ニタァっと笑ったかと思うと、それを……牙一族にとっての紛れもない勝利の報告を口にする。
「オヤジ! 大丈夫だ、間違いなく死んでる!! 二人共心臓がぴくりとも動いてねぇ!!」
「フ……グハハハハッッ! この勝負、俺の切り札の方が強かったようだな!! さあ息子達よ、今こそこやつらを切り刻んで一族の恨みを晴らしてやれッ!!」
「おおお~~!!」
そうして刀を手に死体に殺到する牙一族達。
死体にたどり着くと同時、思い思いに殺意を振るう。
辺りに響くのは、肉が切り裂かれ、骨が砕かれる凄絶な音。
それを目の当たりにし、牙大王は感涙にむせび泣いた。
「ん~~~!! うう……気が晴れるぅ!! ……よお~~し息子たちよ、引き上げだ!! この女どもを殺せぇ!!」
「お~~!!」
死体への恨みを晴らしたなら、次は生きている肉で遊ぶ番だ。
歓喜の咆哮を上げ残った二人、マミヤとアイリに襲いかかる牙一族。
ようやく成就した理想の光景を前に、牙大王は目を細めながら、その幸せを噛み締めていた。
「────────お!?」
その時。
マミヤに斬りかかろうと振りかぶった牙一族の一人。
その首がずるぅっと横に滑り落ち、倒れた。
「んが!?」「んん!?」「はなな」「おぶっぇ」
それを皮切りに、次々と肉体が切断、ないし破裂していく牙一族達。
「な!!? ど、どうし……」
「おやじ……や、やつらが……やつらやつら……つらつら、つらららっ……らあ!!」
ありえない、あってはならないその光景に、大口を開けたまま完全に硬直する牙大王。
彼が見たものは、その言葉を最期に破裂した息子。
そして、バラバラになった息子たちの死体の中から現れた、五体満足で佇む北斗、南斗の二人組だった。
「き……貴様たち、は、図ったな~~!!」
牙大王の言葉に、男たちが静かに勝ち誇る。
「敵をあざむき、活路を開くのも我らが拳法の奥義!! 聖極輪の構えとは互いの秘孔を突き一時的に仮死状態になることの合図だったのだ!!」
故に、牙大王が抱えていたのは、切り札などではない。
「────貴様は最初から
しかし、その言葉を突きつけられてなお、牙大王は自身の勝利を疑わない。
なぜなら。
「ば、バカが!! こちらには切り札が、人質がいることを忘れたか!! 逆らうというのなら、こいつを」
その言葉を言い終わらないうち。
「────────は??」
牙大王は今度こそ、絶対にありえない、ありえるはずがないものを目の当たりにする。
眼前に迫りくるそれは、拳。
(ば……か……な)
撃ち出すのは、自分の足元で、身体も心も完全にへし折れていたはずの女。
間違いなく完璧にへし折れていた右腕を全力で、躊躇なく振るい叫ぶ女の名は、マコト。
「でぇえあぁりゃああああああッッッ!!!!」
「ぼっぎょああああぁぁぁぁ!!?」
寸分違わず牙大王の顔面にぶち当たったその拳は、その衝撃のまま牙大王を後方に吹き飛ばす。
奇跡的に、すんでのところで鋼鉄化が間に合ったため致命傷こそ避けたものの、衝撃までは殺せず、踏ん張る暇も無く牙大王は倒れ込む。
マコトはそれを確認すると、あんぐりと口を開けて佇む牙一族達を意にもかいさず、かがむ。
そうして右手と左脚を地面につけた、四足獣を思わせる体勢を取り。
「フゥッ────!!」
バァンッと地面が破裂したかのような音を響かせ、その場から跳躍。
そのまま崖の下に居た北斗の男に抱きかかえられ……そして笑った。
「────すみません! ただいま、戻りました!」
★★★★★★★
────
その名の通り、触れることによって相手の傷を癒やす力だ。
世界観、間違えてません? と思わず言いたくなるような、まるでロールプレイングゲームか何かから出てきたかのような単語だが、これはれっきとした
…………それも、他ならぬ私の姉さん、ユリアがおそらく生まれつき備えている力だ。
過去、激しい修行により傷だらけで倒れ伏したラオウ。
彼に対し意識的か、あるいは無意識にか。ともかく姉さんの癒しの力によって痛み、怪我を和らげられたラオウ。
私の記憶が正しければ、この出来事をきっかけに彼は姉さんに心惹かれるようになったはずだ。
この能力があったからこそ、南斗最後の将にして慈母星の守護者として数えられた、と考えるのも、そうおかしな話では無いだろう。
そして、ここからは私の推測、あるいは妄想のようなものになるが。
この力は薄っすらとケンシロウさん自身、彼もおそらくは気付かないままに備えているのではないか、と私は考えている。
根拠は原作での、ケンシロウさんが繰り広げた死闘の数々だ。
例を挙げると、初めにマミヤさん達の村でラオウと激戦を繰り広げた後。
お互いもう拳の一つも繰り出せないだろう、とトキさんが判定するほどに満身創痍となった彼らは、一時休戦に入る。
にもかかわらず、ケンシロウさんはそのすぐ後に狗法眼ガルフやユダの副官ダガールといった、彼から見れば格下とはいえ、一般人からすれば十分強者というべき相手を、その怪我を感じさせない動きで圧倒している。
一方ラオウはその間も怪我の回復につとめ、その後回復を図る稽古台としてコウリュウをその手にかけようやく完全復調と、明らかにケンシロウさんより遅いといえるペースで完治させている。
それ以外でも聖帝サウザーや羅将カイオウに対する敗戦後も、しばらく休んだ後はすぐに元通りか、それ以上の強さを身に着けて再戦。見事リベンジを果たしている。
特にカイオウ戦では攻撃を受けた腕が、明確に骨が粉々に砕けるような音を鳴らしていたのにも関わらず、だ。
おそらく、姉さんのように明確に他者を癒やすようなものではなくとも、他を圧倒する治癒力を備えていたのは、自分自身に対しこの癒しの力を持っていたからではないだろうか。
(────なら、私はどうだ?)
同じ血を引く実の姉が。そして同じ北斗神拳を身に着けた憧れの存在、ケンシロウさんが持つ癒しの力。
そんな能力があることを知識として知った上で、この自分だけが一切振るえない、ということは果たしてありえるか?
(ありえない。そんなはずはない。使えるに、決まっている!)
…………いや、正直なところ、実際に私にも備わっているかどうかは分からない。少なくとも修行の段階で自覚を出来たことはなかった。
が、それでもいい。この世界では心の力が……使える、と信じ込むことこそがきっと大事なのだから。
そしてそれが前提としてあるならば今回、牙大王からアイリさんを救い出し、打倒する方法は一つ。
すなわち、自分から傷ついてでも代わりに捕まり、癒しの力で一部分だけを牙大王の常識を超える速度で治し、一撃をぶち当てて隙を作る。
私は、アイリさんの正面からの救出が不可能と悟ったその時から、これを目標に動いていた。
闘気を放出し、殺気に鋭いマダラを呼び起こし、あえてケンシロウさんに始末を任せることで最大の脅威が彼であるとアピールする。
そしてケンシロウさんの身内としてマークされているだろう私に対し、代わりに人質になれと命令するよう流れを誘導する。
有情拳を応用すれば、痛みなど一切なく骨だけを折ることは可能だったが、あえてそれもせず言いなりのまま折って、痛みにあえぐだけの無力化された女を装った。
優しさのために思い悩むレイさんに、折ってほしいことを目で以てなんとか伝えることも出来た。
マミヤさんに担がれている時には、時間さえ稼いでくれれば私が隙を作れること、アイリさんを確保できたらすぐに戻ってケンシロウさん達にそれを伝えてほしいことを囁いた。
そうして捕まったあとは、ただただ自分の闘気の流れを右腕に集中させ、自分が癒しの力で治すところを強くイメージするため、心を燃やし続けていたのだ。
ここまで詳しい説明をする暇も無かったため、私がしたことはケンシロウさん達にも分からないだろう。
しかし、ケンシロウさんに抱きかかえられ、おそらく"してやったり"と笑っているであろう、私の顔を見たレイさんが、呟く。
「フッ……やはり、あの男が引いていたのは、
★
「貴様らぁ~~っ!! よくもわしを騙しおったなぁ────っ!!」
鼻息荒く叫び、脚を踏みしめる牙大王。
そのまま彼は最後の奥の手、華山角抵戯が奥義、華山鋼鎧呼法を発動させる。
全身が真っ黒に変色していく様に、レイさんが困惑の声を上げた。
全身を鋼鉄の鎧と化すことであらゆる打撃に対し耐性を持たせるこの技。
それを誇ったまま牙大王はケンシロウさん達に襲いかかろうとし。
「あぁたたたたたたた────!」
有無を言わさず打ち込まれたケンシロウさんの拳撃に、全身を覆われた。
(────うわっ。あの秘孔は……)
が、牙大王からすれば無駄な攻撃。
「グフフ、効かぬといっておろうが……」
一瞬ひるんだものの、自慢の肉体の前には蚊に刺されたようなものだ、と笑う。
そして、今度こそ目の前の男達を押し潰してやろう、と地面を鳴らし踏み込もうとする、と。
────グシャグシャグシャッ。
「…………は??」
紙か、あるいは発泡スチロールか。
それを力任せに握りつぶしたかのような軽い音が響いたかと思うと。
牙大王はあっさりと、その巨体を地に横たえていた。
────そしてその脚は、もはや元の形がどういうものだったかが分からなくなるほど、グシャグシャに変形してしまっている。
「あ、ぁぃっ……いぎ、へ、あぎゃぁあああぁあ、げぶぅあ!!?」
その様を見て、ようやく自分の身に起こった異変に気付き、牙大王は叫ぶ……が、その瞬間、胸元……肋骨が音を立てて粉微塵になった。
ただ叫ぶという運動に対してすらも、ケンシロウさんが突いた秘孔は無慈悲に追い打ちをかける。
「ぁ、げぇ……? んな、な……にが……?」
「骨粗忘という秘孔を突いた。お前の全身の骨は、もはや肉体を支える事もできずに朽ち果てるのみ」
息も絶え絶えに漏らす牙大王に対しケンシロウさんはそう言い捨てる。
そして、倒れ込む牙大王に脚をかけ、踏みしめた。
「げゅ……! ひぐぇ……た、たす、いでぇ、いでぇぇ…………」
当然、踏まれた箇所からも無慈悲な破砕音が響き渡り、そのたびに牙大王は絶叫の声を上げることすらも許されずに、悶え苦しむ。
「た……たしゅ、たずげ……む、むずご、だぢ、ぃ……わしを、わしを、まも、れぇ……」
かろうじて意識と声をつなぎ、自身の息子たちに助けを乞う牙大王……だが。
「ひ、ひぃ……! 無理だ、オヤジが勝てない相手な上、あんな……ぃ、嫌だぁあ!!」
あまりに凄惨な光景に恐れを抱き、我先にと逃げ出す残った牙一族。
当然、レイさんが彼らを逃がすはずもなく、一人、また一人と首を狩られていった。
やがて彼らの悲鳴も止み。
最後に残ったものは、まるで高いところから落としてしまい壊れたガラス細工のような、無惨な姿に変わり果てた牙大王。
「ひ……ぃ……ゆる……も、もぅ……ごろ、じ、で…………ぁぼぇ!」
そして、最後はその額に指を突き刺すと、ケンシロウさんはただ一言。
怒りと殺意を凝縮させたかのような、たった一言を送ると……爆散させた。
「死ね」
(怖いっっ!!)
……とはいえ、私も牙大王に対する怒りは思いっきりあるのでまあ、うん。
良い子は、ケンシロウさんを怒らせないようにしましょう。
★
牙一族達を倒し、今度こそ心の底から、再会の喜びを噛み締めるレイさんとアイリさん。
その様をマミヤさんの肩を借りながら見やり、私は肩の荷がおりるような思いを感じていた。
(────はぁ、怖かった)
それは痛みに関してや、一応女の身に対して向けられる牙一族の目やら何やらももちろんあるが……何より。
(他の人に全部任せるということが、これだけ怖いことだなんて)
自分の運命を……役割を考えると、もしかしたらこの世界そのものの命運を、他者に委ねることになる、というのは、本当に怖いことだった。
私は今回、牙大王に選択を迫られた結果、自力での事態の解決を諦めざるを得なかった。
出来る範囲で努力し、隙を作ることには成功したが、マミヤさんやケンシロウさん、レイさんが何か一つミスをしたならばたちまちそれで詰みかねないという、綱渡りの連続だった。
いくら信頼をしている人と言っても、全面的に任せることが恐ろしいことには変わりがない。
────それでも、この選択を取ることが出来たのは、多分……そう、意地によるもの、になるだろうか。
そう思い、私が見るのは、マミヤさんの方だ。
「? どうしたの、マコトさん? 怪我が痛むの?」
「いいえ。…………ただ」
ただ。
────自分一人で持てないような荷物なら、誰かに投げてしまってもいいのだ。
(……なんて、偉そうなことを言った手前、自分がそれを出来ない~なんて、通りませんよね)
そんな言葉を口に出すことすらも気恥ずかしくて、ただ笑う私。
それに釣られるように、良く分からないな、という顔のまま、マミヤさんも一緒に笑ったのだった。
こうして、村に犠牲を出すことなく……牙一族は、壊滅した。