【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

19 / 53

おもしれぇ女だぜ……は王道(純粋な女とは言っていない)


第十九話

★★★★★★★

 

最強の暗殺拳、北斗神拳伝承者候補の一人にして、北斗四兄弟の三男に数えられる男、ジャギ。

 

その立場だけを見て取ると、世の強さを求める多くの男たちが彼に羨望の眼差しを送ることになるだろう。

 

しかし、当の彼といえば今、一つの薄ら暗い感情にその心の殆どを支配されていた。

 

 

────────どうして、俺ばかりがダメなんだ。

 

 

比類なき剛拳を振るう長兄、ラオウ。

自分から見てもそのラオウすら超えるかもしれない天賦の才を持つ次兄、トキ。

なるほど、この二人の兄者はまだ分かる。この二人に比べ自分に現状劣っている部分があるのは、認めざるを得ない。

 

しかし、末弟ケンシロウはどうだ。

確かにやつも才能だけなら……まあ、あるのだろう。

しかし、この世界で生きるには、ましてや非情な暗殺拳を学ぶものとしては、心根が……そう、精神的な面が、向いてなさすぎる。

それは兄者達も分かっているはず。

 

なのに、やつは常に誰からも一目おかれ、ましてやユリアという美しい女にまで好意を抱かれている。

やつが認められるのなら、それ以上に伝承者に向いた自分は、当然それ以上に評価されてしかるべきではないのか。

 

 

ケンシロウなんかより、俺が伝承した方が、北斗神拳は強くなれるのに。

 

 

いつしか、ジャギは毎日のようにそう考えるようになった。

 

そう、彼は決して虚栄心や私利私欲のためだけに力をつけ、伝承者の立場にこだわっていたわけではない。

原作でもケンシロウに『手段を選ばず戦える自分が伝承すれば、北斗神拳はより強くなれる』と言い、師リュウケンに対しても、早く伝承者を自分に決めるべきと説いていた彼。

それは、ある意味誰よりも真剣に、北斗神拳の未来を考えていたことの裏返しとも取れるのだ。

 

 

が、その主張は誰からも、まともに取り合ってすらもらえない。

ケンシロウとの稽古でも不覚を取り、プライドが傷つけられたことも後押しし、彼は日増しに鬱屈した感情が増大するのを感じていた。

 

 

────こんな理不尽な世界、いっそぶっ壊れちまえばいい。

 

 

……そんな願いが通じたわけでは、もちろん無いだろう。

無いだろうがしかし、幸か不幸かジャギが思い描き始めていたその夢に、現実が追いつく時が来た。

 

すなわち、核戦争。これにより世界は核の炎に包まれ、暴力が絶対の法となる世紀末が訪れたのだ。

 

これだ、と思った。

この混沌とした世界でなら、自分の手段を選ばぬやり方こそが、最も生き残るにふさわしい。

俺こそが真の強者の在り方だと、そう誰からも認められるはずだ。

 

そう考えたタイミングだった。

手勢の部下が血相を変えてジャギの前に現れると、息を切らしながらそれを伝える。

 

「た、大変ですジャギ様! と、トキ様とケンシロウ両名が……死の灰を!」

「な、なにぃっ!?」

 

その報告を聞き、最初に頭を支配したのは、純粋な驚き。

 

「あ、兄者は!? ラオウは何か言っていたのか!?」

「そ、それがラオウ様は何処にもおらず……行方をくらませたものと思われます!」

「そ、そう、か……そうか……」

 

 

────そうか。

 

 

そして、次に到来したのは……(くら)い喜び。

 

 

(それなら、俺が……俺が伝承者だろ!!)

 

 

死の灰を浴びた二人は論外。

ラオウまでもが居なくなったというのなら、唯一残った自分が伝承者にならない理由は、もはや存在しないはずだ。

いや、たとえラオウがあとから帰ってきたとしても、自分が先に名乗ってしまえばこちらのもの。

もはや邪魔者はいない、ついに自分の天下が来る……そう考える彼の心は今、久しく覚えの無かった高揚感で満たされていた。

 

 

(ああそうだ、邪魔者といえば)

 

報告によると二人は、被爆したとはいえすぐに死んだというわけではないらしい。

北斗神拳の秘伝で影響を最小限に抑え、やり過ごしたという話だ。

 

ならば、一度様子を見に行ってみるべきだろう。

その上で、ケンシロウがまだ往生際悪く北斗神拳の伝承者を目指しているようなら……

 

「いっそ、この俺様が引導を渡してやろうか? 北斗神拳、伝承者様としてなあ!」

 

意気揚々と、彼はケンシロウ達が居るという村に向かったのだった。

 

 

 

「────────」

 

そして、たどり着いた村でケンシロウ達の姿を遠目で見たジャギは……自身が直前まで抱えていた殺意が、急速にしぼんでいくのを感じていた。

 

ユリアと……その妹の、確かマコトといったか。

見栄えの良い二人に甲斐甲斐しく世話をされる様は、それはそれで腹立たしいものではあった。が、それだけだ。

ジャギから見るに、伝承者としての修行はおろか、日々の生活を何とかするのに精一杯といった状況。

 

伝承者としての修行時代に静かに、だが確実に燃えていたあの強くなるための情熱や覇気は。今の彼らの姿からは、まるで見受けられなかった。

 

あれならば、わざわざとどめを刺すまでも無い。

それが示すものはすなわち、自身の想像通り、彼らが伝承者争いから脱落したということ。

 

それは紛れもなく、ジャギが心から望んでいた最高の展開であった。

 

その、はずだった。

 

 

「────────チッ」

 

 

にも関わらず、今この時のジャギが無意識の内におこなったもの……それは、舌打ち。

 

(……? 今、俺はなにに苛ついた? ……まあいい)

 

 

そうだ。

そんなことより、これでいよいよ何の心配も無く、自分が北斗神拳伝承者を名乗ることが出来る。

修行を始めた幼い頃から、ずっと見続けていた夢。その結実の瞬間だ。

 

そう、これで北斗神拳伝承者になりさえすれば…………

 

………………

…………

……

 

「あ……?」

 

 

────伝承者になれば、なんだ?

 

 

どう変わるというのだ? 伝承者になれば何がどう良くなる?

……いや、そうだ、認められる。

自分の血が滲むような努力が間違っていなかったと、伝承者になったことでようやく肯定される。

 

 

────誰に?

 

 

(……誰が、俺を祝福するんだ?)

 

 

ここに来てふと、冷静に状況を振り返る。

今までの自分の評価が、見る目が変わったわけでも無い。

ただ外的要因によって競争相手が居なくなり、勝手に空いた椅子に、消去法で勝手に座り込んだだけ。

 

それが、自分が目指してきた北斗神拳伝承者の姿なのか?

 

他の兄弟達も、師であるリュウケンも。誰の心も変わっていない。

伝承者になれたとして、自分はその看板だけをただの成り行きで背負うことになる。

 

そして、その評価が変わることはこの先、もう────。

 

(────ああ)

 

ここでようやく、先ほど自分が無意識に苛ついた理由を自覚する。

あの感情の正体は……落胆。

 

 

競争相手に、ケンシロウに勝てないまま、ケンシロウより認められていないままに脱落をされたこと。

これにより、劣等感に凝り固まったジャギの心の内の……数少ない、純粋で真っ白な競争心。

 

すなわち、誇り。

 

それが満たされる機会を永遠に失ってしまった……そのことに彼は、今この時になって気がついたのだ。

 

 

「くっっっだらねぇ……」

 

 

その日、ジャギは伝承者の道を目指してから、ずっと自ら禁じていた飲酒に手を出した。

 

 

 

 

結局、自分に残ったものは、兄弟たちに勝てない半端な北斗神拳と、銃や含み針といった小細工の技術。

そして、そんな力を恐れて自分にへりくだり、いたずらに持ち上げるばかりの部下達。

その程度の、空虚なものだった。

 

それが分かっていても……いや、分かっているからこそ何をする気にもなれず、アルコールの入った頭のままぶらぶらと街をうろつく。

 

────買い出しか何かだろうか。

メモと荷物を片手にきょろきょろと街を歩く女……ケンシロウの婚約者であるユリアの妹、マコトを見かけたのは、そんな時だった。

 

 

今の所、彼女に特段恨みなどは無い。

ケンシロウは、このマコトやユリアを助けるために死の灰を被ったということだが、奴らしい甘ちゃんぶりだ、ぐらいにしか思っていない。

 

ただ、それはそれとして今の自分の気分は悪いし、憎らしいケンシロウの世話をしている女、ということもある。

軽くちょっかいを出して、憂さ晴らしでもしておこうか。

そんな軽い気分で、声をかけてみたのだった。

 

 

「よぉ~~。ユリアの妹の……マコトだったか?」

 

 

 

 

こいつ、こんなやつだったか?

 

会話を続ける内、ジャギの頭に到来したものは、困惑だった。

 

清廉潔白で母性にも溢れ、あのラオウすらをも惹きつける女、ユリア。

その妹ということで、このマコトもある程度の器量はあるとは思っていた、が、それも所詮小娘。

自分が軽く脅かしてやれば、すぐ涙目となりケンシロウのもとへ逃げ去る……その程度の相手だと認識していた。

 

が、彼女の応答はあくまでも冷静で、粗暴なばかりの部下と比べればはるか理知的。

何よりある程度緊張こそはしているものの、自分の力を恐れるでも侮るでも無く、あるがままを見て話をしている……そんな風に思えた。

 

この女なら、もしや。と、そう考えた瞬間。

次にマコトが発した言葉で、その熱は霧散する。

 

 

「……その、ジャギさんはどうして、そこまでケンシロウさんを嫌うのですか?」

 

 

────ああ、なんだ、そういうことか。

 

要はつまり、この女の目的は、自分が持つケンシロウへの悪意を取り除くことだ。

ケンシロウ本人から、愚痴でも聞かされていたのだろう。

せいぜいなだめて機嫌を取って、自分とケンシロウとの仲を取り持とう……そんな風に考えているから、今必死に話を続けようとしているのだ。

 

 

すぅ、とジャギは自身の頭が醒めるのを感じていた。

 

結局、この妹もユリアと同じで、見ていたのはケンシロウだけだ。

 

それならば、せいぜい突きつけて、分からせてやるとしよう。

自分がケンシロウに向ける憎悪を、やり場すらなくなった、自分の怒りを!

 

 

「当然だ! やつは甘ちゃんなくせに、才能だけで誰からも認められてやがる!! 俺よりも、やつのほうが伝承者に相応しいとな!!」

「…………」

「やつは俺に言った! なぜ含み針や銃に頼る、なぜ自分の拳だけで戦おうとせぬ、とな! おキレイなことだ!! 暗殺拳のくせに手を汚すことも嫌がるようなやつが、俺を差し置いて伝承者など、片腹痛いわ!!」

「────それは」

「黙れぇ!」

 

マコトが何事かを言おうとする。が、聞きたくない。こいつの、ユリアの妹の意見など、聞くまでもなく姉と似たものに決まっている。

ましてやケンシロウと常に一緒にいる女だ。

あいつの甘い考えに、ほだされていないわけが無いのだから。

 

「いいか、俺は拳法が全てだとは思ってねえんだ、要は強ければいいんだ! どんな手を使おうが勝てばいい! それが全てだ!!」

「ええ、それは私もそう思います」

「そりゃあそうだ! 貴様らはどうせ……あぁ?」

 

────なんだって?

 

「適性というものもありますし……純粋な拳以外のものでより勝利に近づけるというのなら、それは追求する価値があることですよね! 分かります、すごく」

 

…………。

 

…………なんだ、こいつは。

 

(ケンシロウの近くに居るくせに、やつだけが正しいって思ってないのか? ……いや)

 

ここで、ジャギはマコトの態度に得心がいく。

これはつまり、部下がするヨイショと同じだろう。

自分のことを持ち上げていい気分にさせ、態度を軟化させられれば御の字、といったところか。

そう、ジャギは考えた。

 

ただ、そうと分かってはいても、そこは承認欲求に飢えている男、ジャギ。

それならば、とより気持ちよくなれるための言葉を、眼の前の女から引き出そうとする。

 

「ほ~~? ならつまり、お前はケンシロウより俺のほうが強くて、伝承者にも相応しかったと思っているわけだな?」

 

「いえ、すみませんが現状は普通にケンシロウさんのほうが強いと思ってます」

 

(どういうことだよ!!)

 

いよいよ訳が分からなくなった。こいつは持ち上げたいのか貶めたいのかどっちなんだ。

そもそも自分に対しこんな事を言って、殺されないのかとか考えないのか。

 

「ぐ、てめぇっなんだってんだ! それなら、俺が間違っていないっていうのなら! なんでその俺よりケンシロウのほうが優れているって言いやがるんだ!」

「む……私の考えで良いのなら。素人考えですし、ちょっと長くなるかもしれませんが……構いませんか?」

「ああ上等だ! 分かるっていうんなら、聞かせてみろや!!」

 

混乱と焦りのまま、頭に浮かんだ言葉をそのまま目の前のマコトにぶつけるジャギ。

曲りなりにも北斗神拳の伝承者候補で、プライドも高い彼が、素人の女に戦いの意見を求めるなんて、本来はまずありえないこと。

が、今の自分がどうにもならない閉塞状態にあることと、眼の前の女の態度が、これまで出会ってきた誰とも違うということも手伝った結果、彼は普段からは考えられないほど素直に耳を傾ける気になった。

 

 

そして、マコトは語る。

このまま自分がケンシロウと戦えばどういう風に負けるのか。

"まるで実際に見てきた"かのように鮮明に。

 

その上で、自分の今の北斗神拳の練度では、彼らにしてみれば銃や針だけ気にかければいい程度である。

だから侮られる、それはもったいない、と続ける。

 

「えっと、大事なのは多分、自信を持つこと……もっと言うと、自分が取れる手段に、心を通わせることなんです」

「例えば仮に、今からケンシロウさんやラオウ、さんが含み針を使ったとしても、それは何の脅威にもならないでしょう。彼らは、そんなものに頼るのは良くない、という考えで生きているために、この戦法に心を燃やせないからです」

「ただ、自分でそれに行き着いたあなたが使う場合は、別です。どんな技術もそれを突き詰めたなら、きっとこだわりが生まれる……つまり心が通うはずです」

「この北斗世界……ちがった。ええと、今私達を取り巻く環境では、純粋な拳法の力が重要視されています。ただ、だからこそそれに囚われないあなたの考えは、それらとは違った可能性を秘めてるかもしれない……そう、私は思うんです」

 

 

……こうして、一通り話し終えたマコト。それを受けたジャギが漏らした言葉は。

 

 

「────────はん、理想論、じゃねぇ、か」

 

 

────そう。彼女が語るそれは、理想論で、夢物語だ。

 

マコトが練度が足りないと言い捨てるこの北斗神拳でさえ、ジャギからすれば途方もない苦労の末手に入れたもの。

それをもっと強くして、その上でそれ以外の手段も磨けと彼女は言う。

そんなことが簡単に出来ると思っている辺り、やはり素人は素人だ、とジャギは思った。

 

 

…………だが。

 

 

なぜだろう。

 

 

(……なぜ俺は今、こんなにもやる気がみなぎってきているんだ?)

 

 

マコトが語ったのは、理想論の、夢物語。

そう、夢。夢だ。

希望と言い変えても良い。

 

 

────自分の拳に希望が、期待がかかることなど、一体いつぶりのことだろうか。

 

 

彼女はケンシロウやトキ、ラオウといった強者達の実力を、おそらく正確に把握している。

その上で自分の戦い方に、別の可能性を見出し、こちらがその熱に圧されそうになるほどに語った。

 

ただそれだけで、乾いた土に水が染み渡るように。

あるいはとてつもない空腹の末、ようやく口にする握り飯のように。

 

語り口は特段秀逸でもない、凡庸と言っていいものであるにも関わらず、彼女のそれは驚くほどあっさりと、またたく間に。

 

ジャギの心に、火を点けた。

 

「ふ……ふん……まあ、暇つぶしにしては悪くない講釈だったがな」

 

その衝撃に揺れる彼が辛うじて言葉に出来たのは、そんな素直じゃない言葉だけだったが、彼女は特に気にした様子も無く。

そのまま別れ、アジトに戻ると、ジャギは持っていた酒を全て部下に投げ渡し……

それを始める。

 

 

────北斗神拳の、基礎の基礎。こんな初歩からの修行を行うのは、一体いつぶりのことだろうか。

 

 

目を見開きながら心配の声をかける部下も目に入らず、彼は取り憑かれたかのように、自分の可能性の追求に没頭したのだった。

 

 

 

そして。

 

ケンシロウ、ユリア、マコト。

この三人がシンの強襲にあったことが、報告として部下から上がったのは、それからしばらく経った日のことであった。

 

 

「じゃ、ジャギ様! な、南斗聖拳のシンが……!」

「なにぃ?」

 

シンの暴走と、ユリアの拉致……全てが終わってしばらく後に聞かされたその報告。

それを受けて最初にジャギが思ったことは、『言わないこっちゃねぇ』というものだった。

 

この世界に於いて彼は、シンをそそのかしたりはしていない。

シンは元々彼が持っていた思想に加え、ケンシロウ自身が被爆したという事実を知ったことで、彼自身の意志を以てあの選択をしたのだ。

 

そもそもこの頃のジャギといえば、修行で手一杯の状況であり、他のことにかまけている暇など無い。

 

(やはり、甘ちゃんのケンシロウではこうなるだろうな……いや、待て)

 

「…………ユリアがさらわれたと言ったな? やつには……まあ、妹が居たはずだが……一応聞くがそいつは?」

「いえ、さらわれたのはユリア様だけのようで、妹の方は無事のようです! ……えっと、妹が何か?」

「何でもねえ、下がれ。……ふん、そうか」

 

この時、ジャギは自分が極めて自然に、ケンシロウはもちろん美しいと感じていたユリアでも無く、マコトのことを一番に心配したことを自覚した。

 

そして、その思考に至った理由。それを理解するのは簡単だった。

当然だ。その女、マコトは。

誰からも……もしかしたら、自分ですらも見限りかけていた、自分の拳を。可能性を。

世界で唯一期待してくれた存在だったかもしれないのだ。

 

それこそ、もはや正当な伝承すらもジャギに取っては半ばどうでもよく、それよりもあの期待に応え……いや、いっそそれ以上に強くなった姿を見せて、大口開けて驚かせてやりたい。

自分が強くなろうとしているモチベーションすらも、ジャギはすでにマコトを中心に考え出していた。

 

 

────自分には、マコトが必要だ。

 

 

そして、その感情を自覚した時。

途端に、このシンの強襲が……そして、今生きる世紀末というものが、とてつもなく危険なものであることを認識する。

もしこれでマコトが拉致されたり、殺されていたとしたら……そう思うと全身に怖気が走り、それと同時、無事であることに素直に安堵した。

 

 

気がつけばジャギは、マコト達が居るであろう場所に足を向けていた。

向かっている最中も思考は続く。自分がやりたいこと、やるべきだと思うことを整理していく。

 

まず、これまではケンシロウの側に居たようだが、それではダメだ。

今回のシンの事件一つ取ってみてもそうだ。

やつではマコトを守ることなど出来ない。マコトも今回のことでそれが分かったはずだ。

もしまだ理解が及んでいないようなら、多少強引にでも、自分が目を覚まさせてやる必要があるだろう。

 

では、そのマコトは誰が守る? それは、自分を置いて他に居るまい。

さらにいうとラオウ、トキ、ケンシロウの三人が懸想しているのはユリアである。その意味でも、自分がマコトを手にすることに余計な障害は無い。

 

そうだ、北斗神拳の伝承者になったなら、その威光も自分の下にいる者を守るには最適と言えるのではないだろうか。

そのためなら空虚になりかけたあの看板も、再び手にする価値がある……いや、むしろ絶対に必要なはずだ。

 

そうして、正式な伝承者となり、マコトの希望を超えるほどの強さを手にし、彼女と思うがままに生きる……そんな生き方をすることが、もし出来たのなら。

 

 

「────────フンッ。悪く、ねぇな」

 

 

ジャギは今、確かな希望を胸に、力強く歩を進めていた。

 

 

 

 

「────────は??」

 

 

だからこそ、その光景を目にした時に芽生えた彼の激情。それは、筆舌に尽くしがたいものであった。

 

 

────なぜ、マコトが血反吐を吐きながら修行をしている?

────なぜ、その修行をケンシロウとトキが行っている?

 

────────なぜ、マコトが北斗神拳を……それも。

 

(ケンシロウの、動き、だとぉ!!??)

 

マコトが目指す動き。

皮肉にもこれまで、嫉妬心によりケンシロウを見続けていたジャギは、それを一目で看破する。

……看破、出来てしまう。

 

 

そこまで分かった時点でジャギが感じたもの……それは、これまで持っていた妬みも、空虚感も……そして、直前に抱きかけた希望すらも。

 

 

その全てを吹き飛ばすほどの、激烈なる怒りであった。

 

 

(ケンシロウッ……!! 貴様は、貴様はどこまで、どこまで俺から奪いやがれば気が済むんだァ!!)

 

 

ありえないにも、程がある話だった。

 

後から現れて北斗神拳を学んだくせに、またたく間に自分よりも認められて、ユリアの心まで射止めた男。

その後、自分の力不足で、甘さのせいであっさりとユリアを奪われ、マコトまでをも危機に晒した男。

そして今、そのマコトに地獄のような訓練を課し、その上でマコトに嫌われている様子もなく、新たな伝承者を作ろうとしている男。

 

……そう、伝承者だ。ようやくジャギが、マコトのためにかきむしる程に欲しくなったその立場に、有ろう事かマコト本人を据えようとしている。

それは、ジャギに取って唯一残った大事なものを二つ同時に奪わんとする、悪魔の所業にすら思えてならなかった。

 

 

この時のジャギが、この修業がマコトたっての希望で行われていることなど、知る由もない。

ただ、もとよりケンシロウに抱いていた悪感情。

それが今、この眼の前の状況に、致命的なまで悪しざまに穿った理屈を付けてしまったのだ。

 

 

マコトやトキも居るその場で襲いかからなかったのは、ぎりぎり残った彼の最後の理性と言えるのだろうか。

 

しかし、その日の修行を終えたか、マコトが倒れ込み、ケンシロウが一人になった……その瞬間。

 

 

「ケンシロォオォオオ────────ッッッ!!」

「────ジャギッ!?」

 

 

沸き上がる憤怒の化身となったジャギが、有無を言わさずに襲いかかったのだった。

 

 

 

「ぬ、ぅう────っ!?」

「オオォォオオ、ラアアァア!!」

 

気迫が違う、練度が違う……執念が違う。

 

マコトと出会い、ジャギが基礎から見つめ直した北斗神拳。

極めて高いモチベーションに後押しされ、短期間で確かな成長を果たしたそれは、ケンシロウの知る動きのものではなかった。

 

それに加え、今回襲い来るは、ユリアを連れ去ったシンに勝るとも劣らない、凄まじい執念。

 

二つの要因が合わさり振るわれる拳に、ケンシロウは今目の前にいる男が、かつてのジャギとは別物の存在である、と強く認識せざるを得なかった。

 

だが。

 

 

「ほぉお、アタァ────ッッ!」

「ぶぅ!? ぐっはぁあ!! クソ、クソ……!!」

 

別物であるのは、ケンシロウも同じ。

シンの一件によりその心に執念を宿し、甘さを捨て去ったケンシロウ。

本来の才能に心も追いついた男の拳は、ジャギの執念すらも粉砕する。

 

ましてや、ジャギの漏れ出る言葉を聞くに、この男の目的はマコトを奪うこと。

このタイミングになって、彼が突然マコトを狙った理由は分からない。

しかしユリアを奪われ、ましてや今、自ら過酷な道を歩もうと必死に努力する妹までもが、狂気の手に落ちようとしている。

それはケンシロウからすれば、到底看過出来るものではなかった。

 

 

そして、本来辿る歴史より遥かに高い次元で繰り広げられた戦いは……本来辿る歴史と、ほぼ同じ形で決着を迎える。

 

「ぎぃ、やぁああああ────!!」

「終わりだ、ジャギッッ!! 北斗八悶九断!!」

 

今のケンシロウに、甘さはない。

故に、すでに秘孔の効果で頭部が抉れ始めているジャギにも、そのままトドメを刺そうと一撃を振るう、が。

 

「カァアアアァァッッ!!」

「な、に!?」

 

その無慈悲な拳を前にしたジャギは、避けるでも硬直するでも無く、なんと自ら頭部を突き出し、頭突きのような形で迎え撃った。

結果、予想外の動きにより目測が外れ、傷つきはするもののケンシロウの一撃は致命の秘孔に至らない。

 

「ぐっ!!」

 

さらに、そのすさまじい気迫でケンシロウがほんの僅か怯んだ瞬間、この戦いで一度も使っていなかった含み針を使う。

狙い通り命中したそれは、ほんの一瞬だが、ケンシロウの視界を奪う。

 

 

それを確認するとジャギは……これまでの烈火のような攻めと正反対を行く、脱兎のごとき速度で逃げ出していったのだった。

 

 

ここに来て逃げの手を打ったその理由もまた、ジャギの執念。

 

(くそ、くそがぁ────! 死ぬわけには、まだ何も見せてねえのに、死ぬわけには────!!)

 

この場での勝ちがありえないことを判断したジャギ。

それによるケンシロウへの怒りや屈辱も、当然凄まじいものではあったが……

 

それ以上に、秘孔により顔がぐちゃぐちゃに変形するに至った今になって吹き出したもの……それは、恐怖。

 

何も為せていないうちに、マコトに力を見せていないうちに死ぬことへの恐れだ。

 

それに突き動かされるまま一心不乱に走る、走る。

そしてとても無事とは言えないまでも逃げおおせたジャギは、一人怨嗟の言葉を吐く。

 

「このままじゃあ、すまさねえ……絶対に、絶対に……強くなって、今度こそ取り返してやる……!!」

 

本当にほしいと思ったもののために。

そして、それを阻む怨敵への復讐のために。

 

希望と怨恨。

その二つの感情を併せ持ったまま、彼はその一言だけを呟くと、そのまま姿をくらませたのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

「ということがあった」

「あ、はい……」

 

…………。

 

(えらいことになっていた……)

 

 

私が聞いたのはあくまでケンシロウさん視点での話のため、ジャギが襲うに至った本心などは、正確には分からない。

が、私が彼とした会話と、原作での彼の考え、行動と照らし合わせると……さすがに、そうした感情にはあまり敏感とは言えない私でも、感じ入るものはある。

 

まず間違いなく、彼がここまでの執念を燃やした理由は、私になるのだろう。

ただ、あの修行中の余裕のない状況で、実際に私のもとにジャギが現れたとしても、私や彼が望むような流れにはならなかったはず。

その意味で、私がしたことの尻拭いをし、守ってくれた形になるケンシロウさんには、改めて感謝しなければならない。

 

 

そして、それを示すためにも……この問題には、私自身が出て決着をつける必要がある。

 

自分の責任だと無理を押して出ようとするケンシロウさんに、半ば無理やり話をつける。

 

そして案内人に待たせたことを詫び、私はジャギの根城に向かったのだった。

 

 

……緊張する。

私の言葉で、生き方を、運命を変えてしまったかもしれない男ということもあるが、それ以上に。

 

ケンシロウさんの話と、私が示したその可能性。その行き着く先を考えると、これから対峙する男は。

 

 

おそらく、これまで戦った敵の中で……最強の存在となっているだろうから。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。