【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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第二話

★★★★★★★

 

 

漫画、北斗の拳には様々な人物が登場する。

容姿、性格、そして生き様……皆それぞれに多角的な特徴・魅力があり、完結した今なお語るファンは数知れない。

 

そしてその中でも、最も話題として上げやすい要素といえば"強さ"になるだろう。

誰がどれほど強いか、また、どれほど強くなったのか……彼と彼が戦えば勝っていたのはどちらになるか……

北斗の拳ファンであるなら、そんな議論にロマンを感じないという者のほうが少ない。

 

では、北斗の拳における強さとは、どういった要因で決まるだろうか。

なぜ北斗世界において強者は強者足り得るのだろうか。

原作知識を持つ男でありながら、ユリアの妹として転生した女、マコトは考える。

 

(まずこの世界の人間は元いた世界に比べると、全体的に誰も彼もフィジカルが半端じゃなく強い)

 

根拠は絶対強者たるラオウやケンシロウといった北斗神拳の使い手……ではなく、そこらにいる悪役、いわゆるモヒカンだ。

終末戦争で大地は荒廃し、飲み水の確保にすら苦労することになったこの時代。

漁業は言うに及ばず、畜産も容易ではないであろう環境で食物によって得られる栄養成分の基準は、本来の世界とは比べるまでもなく低いはずだ。

 

実際、多数の悪党を束ね荒野を席巻する悪の親玉、ジャッカルでさえ井戸を追い求め「これで雨水をすすらなくて済む」とまでいう始末である。

 

そのくせ、ケンシロウにすれ違いざまに屠られては雨後のたけのこのように湧いて出るモヒカン。

彼らはその殆どが見るものを威圧する筋骨隆々の体躯を誇る。

かといって彼らが皆真面目に筋力トレーニングをしたりしている、という様子も当然無い。

ほぼ日々の略奪といった活動だけの、ナチュラルボーンであの体型が維持できているのだ。

 

また、彼らのような体格の持ち主で無くとも、例えばバットが居た村の少年、タキ。

彼は身一つで砂漠を渡りきり、紫外線に眼を焼かれ、最後はケンシロウの助けがありながらもその目的を果たした。

モヒカン以上に栄養の足りていないだろう幼い身体がなし得たこととしては、あまりに現実離れしているといえる。

 

つまり、この世界に産まれた人間はおそらく全員が、元の世界の常識では計れないポテンシャルを秘めていると考えていいだろう。

 

(ただ、今の私は────)

 

そう。フィジカルの話になると問題に上がるのが、マコトは現在女であるということ。

北斗の拳世界での女……例えばマミヤといった女の身で戦う戦士は居るが、ケンシロウ達と肩を並べるような一線級には程遠いと言わざるを得ない。

 

ではなぜ、彼女たちは強者たり得なかったのか?

 

(一つ確かなのは、元の世界と同じ理由ではないだろうってこと)

 

現代で女性と男性のフィジカルを比べるにあたって、まず最も大きな壁として当たるのは体格差だろう。

数kgとわずかな体重の違いで、試合の成立すらしなくなるボクシングの例にもあるように、体格・体重差は現代において非常に覆し難いアドバンテージとなっている。

 

それでは、北斗の拳でも同じことが言えるかと考えると、それは違う、となるだろう。

 

主人公、ケンシロウが戦っていた相手は一撃でやられるようなモヒカン含め大柄の男が数多く居る。

いや、むしろケンシロウ以下の体格の相手のほうが少ない。

 

もしこの世界が元の世界のように体格差で決まるなら、それこそデビルリバースを従えたジャッカルが天下を取り、ケンシロウはでかいババアにも勝てずに旅の終わりを迎えているだろう。

 

 

(この世界には、潜在能力を引き出すことで体格差を覆す技術がある。だから、体格はそう大きな問題にはならないはず)

 

つまり、単純なフィジカルや性差の問題ではない。

 

それらとは別にある、この世界における強さの最大の基準。

 

 

(これしか、考えられない)

 

 

それは────

 

 

 

("心"だ)

 

 

 

★★★★★★★

 

 

押し黙ったままのケンシロウさんとトキさんに、強くなりたい、強くなれると考えている旨の説明をする。

もちろん、原作で見てきた根拠といった部分はぼかしながらの拙い説明だが、それでも必死に自分が強くなることによるメリットを訴える。

 

今の乱れきった世の中では、ただ守られるより力をつけたほうがむしろ安全なはずだということ。

姉さん、ユリアを分かれて探すにしろ一緒に探すにしろ、目的を同じとするものが居たほうが効率が良いはずだということ。

これで私の後の人生が決まると言っていい、一世一代のプレゼンテーションだ。

 

しかし、それでも二人の表情は。硬い。

それは単に、私が危険な目に会うことを心配しているというだけで無いのは分かっている。

 

────なぜなら。

 

 

「マコトさん、あなたの気持ちはよく分かるが、あなたもまた分かっているはず。北斗神拳は一子相伝の秘技であり、おいそれと人に教えられるものではない。……ましてや、我々は今、正当な伝承者でも無いのだ」

 

ゆえになおさら、軽々に教えることが出来る立場にはない、とトキさんは続ける。

 

そう、北斗神拳は一子相伝の暗殺拳。

それゆえその正体不明の力に人々は畏怖し、『伝説であり最強』の名を欲しいままにしてきた。

ユリアの妹として関わる私ももちろんそれを知っている。だからこその当然の説得であった。

 

しかし、だ。

 

「……ならば、誰なら教えられますか? …………ラオウですか?」

「────!」

 

二人の表情が驚愕に変わる。

そうだ、本当は二人も分かっているはずだ。

現在は生死不明とされているが、あの男が核戦争などで死に絶えるような輩ではないということ。

そして。

 

「ラオウが生き残って伝承者となれば、その覇道と欲望は留まること無くこの世界を覆い尽くすはず。そうなれば、弱者のままの私は、真っ先に食い物として淘汰される対象となるでしょう」

 

ラオウの気質はケンシロウさんもトキさんも嫌というほど承知している。

ラオウが愛する姉さんのような存在はまだともかく、そうでない無力な女まで庇護されて安穏と暮らせるはずというのは、あまりに楽観的な考えだろう。

 

だからこそ、強さは絶対に、絶対に必要だ。

取り返すために、守るために…………生きるために。

 

「むぅ…………」

「すでにそこまで考えていたか、マコトよ」

 

「────それに、です」

 

……ここまでは、打算と理屈の話。

そしてここから噴出するのは、ずっと抑えてきた"心"の衝動。

それが赴くままに、彼らにぶつける。

 

「それに……それに! ケンシロウさんを傷つけて、姉さんを泣かせて奪ったあの男を! シンをぶん殴ってやりたいという気持ちは! それは、私にだってあります!」

 

そう、感情のままに私は叫ぶ。

婚約者のケンシロウさんに復讐の権利があるのなら、妹の私だってあるはずだ、と。

いや、足を引っ張るだけだった私こそが、それをしなければならない、と。

 

 

────その時、くしゃっと。

 

興奮のあまり息を切らせてしまった私の頭に、温かい感覚が宿る。

ケンシロウさんが私を撫でてくれた音だ。

 

 

「そうか……ありがとう。マコトは、ユリアだけでなく……俺のためにも、怒ってくれているのだな」

「…………っ私は……」

「兄さん」

 

ケンシロウさんが私を撫でたまま、トキさんに声を掛ける。

トキさんは少しの間目を瞑り、何事か頭を巡らせてから、返した。

 

「…………北斗神拳が一子相伝の秘技であることは変わらない、ゆえに我々がマコトさんを弟子にすることはない」

「…………」

 

「…………さて、それはそれとして、この先の乱世を生きるために、弱った我々もまた力をつける必要があるな、ケンシロウよ」

「ああ、そうだな。兄さん」

 

「マコトさん、我々は明日より北斗神拳の使い手同士での組手も交えた修行を行う。修行には非常な集中力が要されるゆえ周りのことなど見る余裕は無いだろう」

 

 

────だから、決して、覗いたりしてはいけないよ。

 

 

「はぃ…………! はい…………ッ!」

 

 

再び地面に伏した体勢のまま応える。

実質的な伝承の許可をもらえた私に今到来したのは、彼らの優しさに対する深く大きな感謝。

 

 

────そして。

 

 

(…………ごめんなさい)

 

 

 

その優しさを……"想定通り"利用しきったことへの強い罪悪感だった。

 

 

 

そう。この話をするにあたって私は、確かな打算と勝算を抱えて臨んでいた。

 

その勝算とは、今トキさん自身が告げた掟について。

 

北斗神拳が一子相伝であるということは、原作でも何度も語られていることだが、それは今でも本当に絶対の教えたり得ているのだろうか、と。

 

私は違う、と考える。

 

原作でジャギはこう言った。

 

「伝承者争いに敗れた者はあるものは拳を奪われ、あるものは記憶を消された、それが北斗千八百年の歴史の掟だ!」

 

っと。

 

しかし、実際のところはケンシロウさんが伝承者となった後も、残りの兄弟はバリバリ北斗神拳を活用し、世に混乱あるいは救いの手をもたらしている。

 

師であるリュウケンさんが亡くなったということを差し引いても、その掟が絶対のものだというのなら。

ラオウ、ジャギはともかくしてトキさんは北斗神拳を捨てているはずだ。

 

自身がラオウを止めるため、という大義名分はあったかもしれないが、掟を第一とするなら正当な伝承者のケンシロウさんだけに任せるのが妥当である。

 

そもそも、一子相伝にするほど門外不出の秘技というのなら、一般人の前でホイホイと使っているのもおかしな話だ。

それこそ暗殺拳の本分にならい標的のみを闇討ちし、仮に目撃者が居たら全員消してしまうぐらいのことはしていてもおかしくない。

 

しかし、そうはされない。

 

ケンシロウさんやトキさんは人々を守り、救うために力を振るい、ラオウは覇道のために力を示す。

ましてやラオウはバランという子供に北斗神拳を見せたことにより、将来的にバランは剛掌波や秘孔による奇跡をはじめとする力を身につけることとなる。

 

(つまり、北斗神拳が一子相伝であるという伝統は、もう形骸化しているんじゃないか?)

 

もしくは今、この世紀末によって形骸化したと考えるべきだろうか。

 

そしてそれはおそらく、この二人もなんとなく察しているはずだ。

 

私が北斗神拳の教えを乞うたとき、彼らは即座に切って捨てることをしなかった。

最後まで黙って話を聞いてくれたのは彼らが持つ優しさによるものだけでなく。

この先の世界、古い慣習が陳腐化する可能性にまで、考えが至っていたからではないか。

 

その上で、自分自身が強くなったほうが安心、逆に弱いままでは死ぬかもしれない……と。

半ば自分の身を人質にするような形で説得を続け。

そして最後はケンシロウさんにも共感出来るはずの、復讐心を伴った意志を叩きつける。

 

こうすれば、ほぼ間違いなく説得は出来ると考えた上での挑戦だった。

特にケンシロウさんは、原作でもリンちゃんやバットくんを始めとした者たちの願い……ワガママを最大限汲み取ってくれている。

 

そしてその目論見は成功し、私は北斗神拳を身につけることとなった。

 

……言っていることに嘘は一つも無い。

この先の世界が迎える苦境を考えれば、私は何一つ間違ったことはしていないはずだ。

 

 

────それでも。

 

(……苦しい、な)

 

ケンシロウさんの犠牲で生き残った私が今再び、その優しさに甘えて利用しているという事実。

 

そのトゲは、私の心に深く突き刺さったままだったが。

 

 

 

 

翌日から、北斗神拳を身につけるための修行が始まった。

 

もともと姉ユリアに比べると快活だったこの身体。

現状でもそこそこの身体能力こそ持ち合わせているが、当然この世界で生き抜くための武力としてはまるで足りない。

 

ましてや学ぶのは究極の拳法、北斗神拳。

ただがむしゃらに鍛えるのだけではいかに時を重ねようともモノにならないのは明白だった。

 

そんな中、私が最初に行った鍛錬……それは。

 

(────イメージ、しろ。これまで何度も見てきた強者達の動きを)

 

そして、自分がその力を振るうところを想像する。

今、自分の身体がどのように動いて、この先どう動けば再現出来るか思考する。

さらに、目の前で組み手を行う二人の姿も目に焼き付けながら、脳にも強く、強く刻み込む。

 

……そうして、戦っているイメージの中の自分を。

自分でなく脳内の強敵たちに……そして、『ケンシロウさん』にする。

 

 

そんな、"都合のいい妄想"からだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

────心。

 

元の世界でも心・技・体という言葉の一番上にあるとされる、強さはもちろん人を人たらしめるための最も大きな要素だ。

しかし、北斗の拳世界におけるそれが持つ力……エネルギーは元の世界の比ではない、とマコトは考える。

 

(一番わかり易い例は、ケンシロウさんとシンの力関係だ)

 

ケンシロウはシンに敗れ、ユリアを連れ去られた。その際シンはケンシロウに欲望、執念の差が勝敗を分けた、と言う。

そしてその一年後、シンの前に再び立ったケンシロウはシンに勝利を収めている。

 

────それも、圧倒的な力の差を以て。

 

そしてその後はほとんど期間を置かないまま多くの強敵と戦い、時に敗れることもあれど再戦し、最終的にはその全てに勝利している。

 

(シンは紛れもなく強者だった。でも、聖帝サウザーや拳王ラオウといった漢たちと比べると、さすがに力は数段劣るだろう。そして、ケンシロウさんは原作でも今回でも、そのシンに一撃で敗れている)

 

そこからたった一年でシンに影すら踏ませないほどの圧勝を収め、果てはサウザーやラオウまで倒し世界を救う……それはあまりにも異常……いや、異形といっていい成長ぶりだ。

 

そしてその成長をもたらしたものこそが、シンを悪鬼に変えケンシロウを世紀末最強の存在にした執念、すなわち心なのだ。

それは、ケンシロウ自身「俺を変えたものは貴様が教えた執念だ」とシンに突きつけていることからも明らかだろう。

 

────なぜケンシロウより体躯的には遥かに勝るモヒカンが、純粋な力比べですらまるで強者たちの相手にならないのか?

それは、心が"下っ端のやられ役"という型に当てはめられた弱いものだからではないか。

 

────なぜあれほど多くの強い男たちが居る世界で、体格のハンデなどあってないような条件で、なお女性は戦士たり得なかったのか?

それは、"女は男に守られる弱い生き物"という固定観念のもと育った心が影響しているのではないか。

 

(マミヤさんが村の代表として戦っているのは、あの世界でもかなりめずらしい光景として認識されていたはず。それも代表だった親の後を継ぐ形で、本来の彼女の気質からは離れた、言ってしまえば無理のある行動だった)

 

だからこそレイはマミヤに女であることを突きつけ、自分の幸せだけを考えていればいい、と守ろうとしたのだ。

 

一方、異なる価値観である現代の、ましてや元男としての感性を併せ持つマコト。

彼女にとって、本来女であることで受ける固定観念など、障害になるはずもない。

 

さらに、ケンシロウとの旅を経て成長したバットの存在もある。

少年時代、ケンシロウとの旅の中では一度も戦闘などしなかった彼も、大人になると黒王号に選ばれ、あの修羅の国を闊歩できるほどの強さを身につけている。

 

北斗神拳や南斗聖拳の使い手に師事したという描写も無いため、彼もケンシロウの戦いを見たという経験と……

何より、旅で育まれた心によってその強さに至ったと考えられるだろう。

 

……こうした、心が最重要ファクターであることを念頭に置いた上で、マコトは自身が置かれた現状を振り返る。

 

まず才────慈母星を宿星に持つ南斗最後の将たる姉、ユリア。

気質の問題もあり彼女自身は戦う者では無いが、その血を引く自分が一般人より武の才を持ち合わせていない、ということは考えづらいだろう。

 

体────フィジカルではどうか。

ケンシロウ以上に小さな体だが、前述の通り潜在能力の解放と技術によるカバーが不可能な範囲とは思えない。

そもそも、黒夜叉というもっと小さな体躯ながら強く、誇り高く在る漢も居る。

 

技術面での心配は不要だろう。

ケンシロウとトキという最高の手本が目の前に居るという贅沢すぎる環境。

これで不安があるなどと言っては、世の修行者達に囲まれ石を投げられて然るべきだ。

 

そして、心。

最も重要でかつ不安定なものだが、これに関してもマコトは他者が持ち合わせていないアドバンテージを持っているといえる。

 

なぜなら。

 

(私の心は、感情は、執念は……すでに、二人分ある)

 

元の世界で北斗の拳を愛する一人の男として。

この世界での一人のマコトとして。

それぞれの性でそれぞれが背負ったモノ。

 

それは、心が力と在り様を決めるこの世界における、マコトただ一人だけが持つ特異性。

これを活かさない手はない、と考えていた。

 

そうして才・体・技・心。

これら全てを改めて振り返り終えたマコト。

 

その上でマコトは、"これから自分が強くなることは可能だ"と断じた。

 

 

────誰よりも心を燃やして修行をしよう。

同じトレーニングでも、完成形をイメージするかしないかで結果に全く違いが出ることは、現代でも証明されている。

ましてやこの世界の心がもたらす影響を考えれば、その在り様で効率の差は別次元のものになるはずだ。

 

────食事や休息にも気を遣おう。

栄養を摂取するタイミングを始めとした現代の科学面での知識は、必ずこの世界でも役に立つはずだ。

 

────自分の限界を超え続けよう。

もとより高いポテンシャルを持つこの世界の身体は、常軌を逸した負荷にも耐えられるように出来ているはずだ。

 

 

────そして。

 

 

(私が、ケンシロウさんの代わりをつとめるんだ)

 

 

自分のために、この世界から喪われたモノ……"世紀末救世主伝説"を、自分の手で、取り返そう。

 

 

★★★★★★★

 




本日はある程度キリがいい三話まで同時投稿しています。
よろしければそちらもどうぞ。

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