陰腹しながら書きました
この作品を始めて以来最大の苦渋の決断となります
全国138名の『アミバ強敵の会』会員の方には誠に申し訳ございません
第二十二話
「く、ぉっおお~~……!! バカな、バカな……俺様が…………この、天才の俺様がァァ!!」
今、私の目の前で傷だらけの身体を引きずり、苦悶の声をあげる男。
私が数え切れないほどお世話になったトキさんのような髪型をし、トキさんのような髪飾りを付け、そしてあんまりトキさんじゃない凶悪な人相を、更に歪みに歪めたその男が、私に吠える。
「貴様、貴様ァ……! この俺様にこんなことを……俺は、俺様はトキだぞぉ!?」
そして、それに対する私は。
「いや……アミバでしょう。知ってますよ?」
表情を変えないままに、目の前の男にその正体を突きつけたのであった。
★
「そういや、お前はこれからも旅を続けるんだったな」
ジャギとの戦いが終わり、彼の今後に関する話も一段落となった時、ふとジャギが思い出したかのように私に声をかけた。
「それなら……今も生き残っている兄者二人とまた会うことになるかもしれねえな」
あ、そういえば確か原作でもジャギと、これから戦うことになるであろうもうひとりは、最終的に拳王の命令で動いた~なんて事になっていたんだっけ。
正直あの私怨っぷりを考えると、どちらも命令なんてまるで関係なく動いていたとしか思えないが。
「今のあの二人のことを、ご存知なんですか? これまでに接触でもあったとか?」
私の質問を受け、ジャギは語る。
拳王の配下を名乗る男に、こちらに協力するよう命令されたが、無視したこと。
その後、アミバと名乗る南斗聖拳の使い手が接触してきたこと。
協力する気は無かったが、南斗聖拳のさわりを教えることと引き換えにトキの情報を求めて来たため、メリットを感じ利用したこと。
(なるほど……原作でもアミバがトキさんの怪我のことやらを知っていたのは、やはりここで情報を得たからだったのか)
「つまり、そのアミバという男は今、トキさんになりすまして殺戮を繰り返している、ということなんですね?」
「あぁ、そうだ。……一応言っておくが、俺にかけたような情けは要らねえと思うぞ。あれは秘孔を探すために殺すことを楽しんでいるし、説得も無理だ。お前らとは相容れんだろ」
人のことなんて言える立場じゃねえがな、と自嘲しながらジャギは言う。
「ん……そうでしょうね、やっぱり」
原作を知る私は、彼は彼で……なんというか哀しい、もったいない男である、という思いも強く持っている。
が、まずそもそもこの世界で彼との関わりなどは無いし、今行っている所業を放置する理由もない。
そんなわけで、ジャギが知る限りの詳しい情報を聞かせてもらった私は、
★
そうして始まったものは……ほぼ一方的な圧殺。そういってしまって差し支えの無いものだった。
そもそも私の知る原作における、ケンシロウさんとアミバの戦い。
その焦点は結局の所『これはトキなのか? トキじゃないのか?』の一点に尽きるもので、その迷いがあった心のままに拳を振るったせいで、ケンシロウさんは苦戦を強いられた。
逆にレイさんの登場で彼がトキさんではない、と判明してからは、まさにワンサイドゲーム。
もはや勝負にもなっていなかった。
で、ある以上、別モノに生まれ変わったジャギとの死闘を乗り越え、その上最初から彼の正体を、裏付けまで取った上で知っている私が負ける道理は……正直なところ、無いに等しい。
もちろん、油断しなければ、の話ではあるが。
「く、クソ~~! クソ~~ッ!! な、なんで俺のことを……だ、誰から聞きやがったんだ!!」
追い詰められた上にアミバ自身が正体を認めたことで、これまで従っていた部下達も見捨てて逃げていった。
その様を見てアミバが出来ることは、誰も彼もトキのことばかり、なぜ天才の自分を認めない、と憤慨の声をあげるのみだ。
────本当に、もったいない。
当然、彼の実力は本物のトキさんには遠く及ばないものだ。
しかし、それでもにわか仕込みのはずの北斗神拳で、迷いがあったとはいえあのケンシロウさんを追い詰め、今も激しい抵抗をしていたその実力は、確かなものだ。
レイさんを前にしても自分が誰よりも早く拳法を覚えた、と誇っていたことからも、彼が天才だったことは疑うべくもない。
……一応、本当に一応だが、聞いておこう。
「その……あなたはトキさんではありません。ですがその短期間で、それもおそらくほぼ独学でここまで北斗神拳を使えたことは、本当に素晴らしい才能だと思います。だから────」
「黙れぇえッッ!! 女のくせに上から偉そうにしやがって!! 貴様の戦い方だって、どうせトキに教えられたものなんだろうがぁ!!」
(…………ッ)
言葉を遮り、口の端から泡を吹き出し叫ぶ狂気に染まった形相を見て……私は、日和見に傾きかけていた自身の思考を、改めた。
彼もおそらく、ジャギと同じく承認欲求が肥大し暴走したケースだが……ジャギとはそこに至るまでの道筋も、今の状況も全く違う。
ジャギの件はあくまで例外的なケースと考えるべきだろう。
「────そう、ですね。……では」
私は、この世界で初めて地に足がついた時の初心を、もう一度思い出す。
────私なりに生きて、楽しんで。その上で、拾える善良な人達の命を拾う。
私は、私の大事なものを、これからもブレずに守っていこう。
そう決意を新たにすると、私は倒れ込むように身体を倒し……
「ヒッィィ……ッ! うわ、うわあああ~~っ!!」
足から爆発させた闘気による加速で、怯えながら構えるアミバのもとへたどり着き。
そして、躊躇なく致命の秘孔を叩き込んだ。
「うわらば!?」
(……出来れば、こうなる前に会いたかったな)
────さようなら、天才。
★
「……カサンドラ」
「えぇ、そこにトキさんが囚われているらしいわ」
アミバを倒し、村で待っていた仲間達と合流した私は、トキさんの情報を探してくれていたマミヤさんからその情報を得る。
……いや、正確にはマミヤさん達、からだ。
「ああ、その情報を掴んだ頃、口封じのために襲ってきた奴らも居たからな。その意味でも信憑性は高いはずだ」
初めは一人で探しに行こうとしていたマミヤさんだったが、私が一人では危ない、とレイさんに同行してもらうよう提案したのだ。
レイさんはレイさんで村のアイリさん達のことも心配していたが、そこは療養中のケンシロウさんが残っている以上問題ない、ということで二人で行くことに決まった。
原作では何気に拳王の配下に襲われ危機一髪、という状況だっただけに半ば無理やり案を通す形になったが、無事に情報を得られたところを見ると正解だったようだ。
これからも出来るだけ一緒に行動してもらうのが良いだろう。レイさんからしても悪い気はしないはずだし。
そして、後のことも考えたいくつかの準備を行うと、私と回復したケンシロウさんは、彼らの案内のもとカサンドラへ向かう。
もちろん道中、目的地に関する説明を受けながらだ。
────曰く、鬼の哭く街。
一度収容されたが最期、二度と生きて門を出ることは叶わないとされる地獄の監獄。
鬼や悪魔と畏れられた犯罪者達も哭いて出獄を乞うた街。
そしてその実態は、この世の多くの拳法家、武道家の伝承者達から極意を奪い、そして飼い殺すための修験場にして処刑場だ。
そんなカサンドラを統べる男は獄長であるウイグル……などではなく。
(…………拳王……いや、ラオウ)
北斗四兄弟が長兄、ラオウ。
原作という形で、そしてこの世界の記憶という形で、それぞれのラオウを知る私から見て、彼は決して心根が悪人というわけではない、と思っている。
が、かといって当然、善人でもない。
自らの覇道のため、弱者を食い物にすることへの躊躇など彼には無い。
そして、それが最も悪辣な形で出たものが、このカサンドラという存在になる。
どのみち、彼と敵対することは避けられないことだ。
ならば、悲劇を生み出し続けるだけのカサンドラは、当然叩き潰さねばならないだろう。
────大口を開け、待ち構えているかのようにそびえ立つ巨大な門……カサンドラの入り口にたどり着いたのは、私がそう決意を新たにした頃だった。
★
たどり着いたその門の両脇には、巨大な仁王像が二つ。
その異様さに押されながらも、一歩前へ進もうとするマミヤさんを、レイさんが止める。
「フ……マミヤ、よく見てみろ」
「…………? ハッ!! レ、レイッ!!」
これまで微動だにしていなかった像……いや、巨大な二人の人間がギョロッとマミヤさんをねめつけ、慌ててマミヤさんは下がったのだった。
……そう、この見るものを威圧する二つの仁王像は、何も飾りで取り付けられているわけではない。
拳王に取っての重要拠点であるこの場所は、ただ門をくぐるだけでも一筋縄ではいかないのだ。
「フフッ、俺達が居なければ死んでいたな。……おい、そんなところで突っ立ってねえでかかってこい! 俺が相手だ」
さりげなくマミヤさんをかばいながら前へと出るレイさんへ、門番を任される屈強な二人の男が応える。
「カサンドラの衛士、ライガ!」
「同じく、フウガ!」
「「この門を通ろうとするものには、死あるのみ!!」」
言葉と共に同時に襲いかかる二人。
そして、それを前にしても、レイさんは余裕の表情で迎え撃つ。
────だが。
「ムッ!? こ、この拳法は……!?」
このカサンドラの門番もまた、紛れもなく強者。
二人の間に張り巡らされた鋼線────
これを用いた特異な攻撃を受け、辛うじて身をかわすものの、レイさんは浅く頬を切り裂かれてしまう。
「やつら、何か妙なもの持ってやがる!!」
レイさんの戦慄の声に、誇るように相並び、構えながら彼らは告げた。
「「二神風雷拳!! 二身一体、同じ血、同じ筋肉、同じ感性を持つ者のみ習得可能の拳!!」」
「クッ……なかなか手ごわいな……。 よし!」
その拳法の脅威を知らしめられた上で、なお不敵に笑うレイさん。当然、彼はまだ戦うつもりのようだ。
「────」
私の記憶が正しければ、確かここでケンシロウさんが下がっていろ、とレイさんの代わりに出るのが、本来辿る歴史のはず。
当然今回、彼らの特性や攻略法を知る私が出たとしても、それは何の間違いでもないわけだが……
(……いや)
ここはレイさんに任せて、問題ないだろう。
もし私からすることがあるとすれば……念の為に、一声だけかけるぐらいだ。
「レイさん、その、彼らはおそらく────」
「ああ、大丈夫だマコト……分かっているさ」
うん、やはり大丈夫だった。
「「ゆくぞ!!」」
気勢を上げ、レイさんを挟み込むようにして再び襲いかかるライガ、フウガ。
そして、それをほぼ棒立ちのまま迎え入れ、彼らの間に挟まれる形となるレイさん。
拳法に明るくないマミヤさんでも、その危険性は分かったのだろう。
目を見開き「レイ!」と叫ぶが、それを受けてなおレイさんは涼しい顔のままだ。
「シャオッッ!!」
そして、気合一閃。
残像すら見えるほどの速さで腕を振るったと思えば、彼らの武器……鍛え上げられた大人ですら簡単に切り刻むはずの鋼線が、見事に断ち切られていた。
そのまま驚愕に目を見開く彼ら二人の首元に手を当てると、静かに笑うレイさん。
敗北を認めた彼らは、腕を下ろしたのだった。
原作では、レイさんの代わりに出たケンシロウさんが糸を断ち切り、同じ形で勝利したが……こういった戦い方をするなら、ケンシロウさんや私よりも、レイさんの南斗水鳥拳こそが相応しいと言えるだろう。
初見こそ見慣れない動きに戸惑うことこそあれ、タネさえ分かればレイさんの敵ではないのだ。
と、内心で勝手に鼻高々となっている私を他所に、彼らの話は進む。
なぜ殺さぬ、と疑問を投げかける兄弟に、レイさんは言った。
「フ……大方、身内でも人質に取られ従わされているのだろう。お前たちの目は、そう言っているぞ」
よしよし、とほくそ笑む。
原作でもケンシロウさんが看破したことだが、やはりレイさんも気づいていた。
これでこれまでの挑戦者と異なることを感じた彼らが、カサンドラの門を自ら開けてくれるはず。
そうして、私の知る流れ通りに目配せをし合うと、彼らは門に手をかけ…………。
────────ふと、その手を止めた。
彼らのその挙動に、表情に……浮かぶものは、迷いの色。
(…………んん?)
動きを止めたまま、ぽつぽつと二人は呟く。
「……確かに、あんた達は待ち望んでいた救世主かもしれぬ」
「あんた達なら、不落のカサンドラ伝説を打ち破ることも出来るかもしれない……だからこそ」
だからこそ。
「今は…………帰れ」
「……あのお方が居る今だけは……あまりにも危険なのだ」
────それは、私が知る流れには、無かった反応。
まさかレイさんの実力に今更不安を覚えたわけでもあるまい。
実際、ウイグル獄長も強者とは言え、レイさんだけで戦っても十分に勝てる相手のはずだ。
にも関わらず、躊躇を見せる彼らの反応。
それが指し示すものは、すなわち。
(今、このカサンドラで待つのは、獄長だけではない……?)
────────何かが、居るということ。
原作で一発もらっただけで「さがっていろ!!」されたレイくんの表情は忘れられない
どうでもいいですがマコトくんは前世で『アミバ強敵の会』愛読者でした(サイト消滅済み