こいついつもハードモードしてんな
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────おい! ……くな、マコト! ……前…………んだ、いいな!
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実のところ、私や姉さんとその兄リュウガとの間にある親交は、私が知る限りそれほど深いものでは無い。
マコトとしての記憶でも、覚えているのはかなり幼い時の……私に対し、リュウガが何事かを怒っている(?)というぼんやりとした記憶のみで、そこからはリュウガが修行に出たためか、特に会った記憶なども無い。
実際、姉さんがシンにさらわれた時も、私が北斗神拳の修行を始めたときも、リュウガが私達の前に現れることは無かったはずだ。
さらに言うと私個人のリュウガへの印象としては……その幼少期の記憶から来る感情に、"原作でのあの行動"という知識を加えた結果……
『ある程度理解は出来るが、共感からは程遠い』
そんな、若干の苦手意識と言っていいものに占められている、というのが正直なところだった。
「……マコト、やつは一体? 妹、と言っていたがお前の兄なのか?」
困惑しているのは私だけではないようで、ケンシロウさんが私に声をかける。
そういえばケンシロウさんも、この辺りの関係は知らないのだった。
「えぇ、そうなのですが……えっと、どうしてあなたがこんなところに? ウイグル獄長は仲間に向けるような態度でしたが、あなたがここの首領なのですか?」
実際のところは違うと分かっているが、それは原作知識によるものだ。
とりあえずは何も知らない体で聞いておこう。
「フ……このカサンドラを真に統べるのはこのような男でも、もちろん俺でも無い。カサンドラを、いやこの世紀末を統べるに相応しいお方こそ、我が主にして世紀末覇者『拳王』なのだ!」
────拳王。ついに、直接この名を聞くことになった。
北斗神拳を身につけると決めたときから覚悟はしていたとはいえ、いよいよ迫ってきた拳王との戦いという現実が、私の肩に重くのしかかる。
「拳王……ラオウ、か!」
「ほう、知っていたかケンシロウ。さすが我が……いや、今はいいだろう」
「そう、ですか、ラオウの……。つまり、ここに現れた目的は、ラオウの部下として私達の前に立ちはだかる、ということであっていますか?」
「…………」
「お、おいマコト……」
すでに闘気を練り出し、臨戦態勢を取りつつある私に対し、心配そうに声をかけたのはレイさんだ。
立場の違いがあるとはいえ、兄と妹が戦おうとしている、ということ。
それは、妹のために修羅道に堕ち人生を捧げた彼からすれば、容易に見過ごせるものではないのだろう。
が、おそらく……兄としてより、この世界に生きる一人の男としてのリュウガ。
それを原作で知る私は、彼と戦わない道はほぼありえない、とすでに覚悟している。
彼が原作と異なるこのタイミングで現れた理由。
それは当然、私の存在以外に考えられないだろう。
そして、彼が動くその目的が、原作と同じもの……すなわち『この乱世における巨木となりうる北斗神拳使いの見極め』とするならば。
────────すでに、彼のその身体は、これまで私が守ってきた人達の血にまみれている可能性すらあるのだ。
それを思うたび、ぶるっという震えとともに心に何か昏いものが立ち込めていくのを感じる。
が、かろうじて態度に出る前に抑えることは出来た。
……そうだ。リュウガのことも気になるが、今はそれ以上に大事なことがある。
「いえ、それよりも……ラオウは今、何処に居ますか? 彼もここに来ているのですか?」
その質問を受け、リュウガの目がギラリ、と鋭く光った。
「フフフ……あのお方はすでに覇道のため動かれている! 今頃、拳王侵攻隊がこの辺りの村々を蹂躙して回っていることだろう!」
「な、にぃ!?」
「…………ッ」
驚愕の声を発したのは、レイさんだ。
……当然だ。近隣の村ということは、まず間違いなくこの辺りで最も大きく、栄えている村……すなわち、アイリさんやリンちゃん達が待つ村も標的となることは間違いないのだから。
(……私が知る流れより、早くなっている)
この辺りの時期、タイミングの記憶は正直曖昧になってはいるが、確かカサンドラを解放し、村に戻るところで侵攻の話を聞く、というのが原作の流れだったはず。
この世界ではアミバを早いペースで倒したこともあり、侵攻の手よりも早くカサンドラを落とし、村に帰還して迎え撃てる可能性が高いと思っていたが……
もしかしたら、立場上拳王の配下であるアミバを倒したことこそが、侵攻を決断させるトリガーになっていたのかもしれない。
「……グッゥ!!」
「待て、レイ!」
苦悶の顔で駆け出そうとするレイさんを思わずケンシロウさんが止めようとする、が。
恐らく、レイさんが止まることはないだろう。
一旦落ち着かせる、というのも彼の妹への愛情と気性を考えると、今すぐというわけには行かないはず。
それならば、いっそ。
「……それでは、レイさんは先に村へ向かっていただけますか?」
……本来の歴史を知る私としても、ここでレイさんを行かせるという選択。
その意味を考えると、底冷えするほど恐ろしいものがある。
しかし、アイリさん達の身に危険が迫っていることもまた事実だ。
それならば、私は"────"の可能性を信じよう。
そして、これだけは……気休めにしかならないかもしれないが、それでもこれだけは言っておかねばならない。
「ただ、レイさん。本隊が動いているならば、場合によっては拳王本人が出てくる可能性もあります。……実際に会っていた私の記憶と、これまでに聞いた話が正しいなら、今の彼が持つ力は……想像を絶するもののはずです」
「む……」
「なので、約束してください。拳王本人と相対したならば、私達を待つ、と。無理に一人で倒そうなんて考えない、と」
「────アイリさん達のためにも、あなたは絶対に生き残らなければならないはずです」
「……」
…………まだ会ってもいない相手に対し、出会ったら戦うな、命を大事にしろ、という私の懇願。
それは、彼の拳法家としてのプライドを傷つける卑劣な行為なのかもしれない。
が、それでもレイさんは、私の目をじっと見ると何か感じ入るものがあったのか「────ああ、分かった」と。
そう力強く頷いてくれたのであった。
そうしてレイさんと、無茶を止める役目をお願いしたマミヤさんが、カサンドラから離れるのを確認すると。
次に私はリュウガから目を離さないまま、ケンシロウさんに声をかけた。
「……ケンシロウさん。ラオウが本格的に動き始めたのなら……ラオウ以外にやられることは無いでしょうが、トキさんを再び移送されたりして、居場所を見失うことになるのはまずいです。……なので今のうちに、トキさんの解放をお願いしてもいいでしょうか?」
拳王親衛隊達の姿はまだ見えていないが、彼らが現れるとライガさん達の命が脅かされる危険もある。
そうでなくても戦いが終わればスムーズにレイさん達を追えるよう、ここに来た大目標はこのタイミングで達成しておくべきだろう。
────そうだ、私の目的はあくまでトキさんを解放し、ライガさん達の犠牲も出さないこと。
その上で、今は可能な限り早く……レイさんがラオウに秘孔・新血愁を打たれる前に追いつかなければならない。
それを邪魔するために立ち塞がるのが、このリュウガだというのなら。
(…………たとえ実の兄だとしても、私は────)
「マコト」
「っと、どうしました? ケンシロウさん」
この先の流れと、その対策への思考にふけっていた私だったが、ケンシロウさんの声ではたと呼び起こされる。
手分けすることや方針に何か不備でもあっただろうか、と内心身構える私に、ケンシロウさんは言い含めるように口を開いた。
「今、お前の目の前に居る男を、真っ直ぐに見ろ。それが出来るなら、俺は言うとおりに動こう」
「────────」
…………今、その言葉の意味を、真意を。
私が十全に受け止められたのかどうかは、まだ分からない。
それでも伝わった、この言葉に込められた重さを噛み締める。
「────はい!」
と。そんな私の返事を聞き、ケンシロウさんは何かに納得したようにしばし目を瞑ったかと思うと、そのままトキさんのもとへ向かったのだった。
「……ふっ。年上の男たちをアゴで使うとは、少し見ぬ間にたくましい女になったものだな」
「私のワガママに、付き合ってくれているだけですよ。……私もそれに、報いなければなりません。……立ち塞がるあなたを、倒してでも」
改めて構える私を見やり、リュウガもまた無言で構える。
突き出されたその手は、狼の牙を象形した威圧的なもの。
これこそがリュウガが使う拳法、泰山天狼拳。
そして、ここから繰り出される技の名は。
「イヤ────ッッ!! 天狼凍牙拳!!」
★
泰山天狼拳。
ケンシロウさん曰く、あまりに早いその拳は流血の間もなく敵を穿つ。そして、その餌食となったものは死の間際、凍気すら感じさせるという。
そして、私の知る原作においてリュウガはその拳を、まずケンシロウさんでは無く周りの人達。
ラオウとの戦いを終え残り少なくも幸福な余生を過ごしていたトキさんや、トキさんの村の住人に突き立て、殺戮を繰り返した。
その目的は、自身が血に濡れた魔狼となることで、北斗神拳の真髄である哀しみ。それをケンシロウさんに纏わせた上で戦い、ラオウを倒し乱世を治めるに足る器かどうかを確かめるため。
そして少なくとも、その手にかけられたトキさんは今際の際にこれが宿命である、と納得しケンシロウさんに全てを託す。
そして、殺戮の前に陰腹という形で、すでに自らの命を絶っていたリュウガ。
彼と共に静かに別れを告げ、天に還ったのであった。
……彼らのその行動に、理念に。今更私がどうこう言うことは無い。
あくまで今、私が生きているこことは別の世界での出来事なのだから。
が、しかし。
この世界で今、目の前にリュウガが現れた理由が、それと同じであるというのならば話は別だ。
その場合狙われるのはケンシロウさんか、解放されたトキさんか、はたまたこれまで関わってきた村々か……
いずれにせよ、どんな大義名分を掲げられても到底看過出来るものではない。
事実、彼は現時点で拳王軍に身を置いており、こうして私達の前に立ちはだかっている。
それに加え、アイリさん達が待つ村に侵攻の手が及ぼうとしていること、リュウガ自身がそれを良しとしている様子を目にしたことで、その疑念は膨れ上がる。
そうして私は半ば無意識の内に、この場で始末をつける……つまり、リュウガを殺すことにその思考を傾かせていた。
ケンシロウさんからその一言が、かけられるまでは。
★
「────づっっ!!」
狼を模した拳撃が、避けきれなかった私の身体をかすめる。
これまで目にしてきた使い手……その内、南斗六聖拳と比べても遜色が無いといえる、相当なスピードだ。
すべての攻撃を無傷で防ぐことは困難だろう。
────が。
「せぇええりゃあぁぁ!!」
「グ、ウゥ、オォオ!?」
速さ比べなら私もそうそう負けてはいない。
拳の速度はほぼ五分といったところだが、あくまで拳による打撃が主体の泰山天狼拳に対し、私の北斗神拳は足運びや体捌きにおいて遥かに勝っている。
そうして有利な位置関係から攻撃を続け、リュウガの身体に傷が刻まれていく。
すると、単純な殴り合いでは不利と踏んだのだろうか。
リュウガは右手を引き、左手を前に出す構えで静止すると、一層ギラついた目で私を睨んだ。
それを見た私がイメージしたもの……それは、獲物を前に今にも飛びかからんとする飢えた狼。
いうなれば、雌伏の構えといったところか。
その狙いは、おそらく────。
「疾ッッ!!」
私はその予想を確かめるためにも、リュウガが対処しづらい横面を取り、中段への回し蹴りを放つ。
そうして私の脚が当たるとほぼ同時、リュウガの天狼凍牙拳が私に迫る。それを私は闘気を込めた腕で受け止め……
「うっぐっ!!」
その腕の皮ごと、浅くだが削り取られることとなった。
掠める以外の形で、初めて天狼凍牙拳を受けた私。
その時覚えた感覚は────
(……冷たい、な)
拳の特性に違わず、冷気をもたらすその一撃に、まさに"冷や汗"が一筋流れたのだった。
……事前の予測どおり、あの構えは相打ち覚悟でのカウンターを狙ったもののようだ。
リュウガは今、自身が倒れることもいとわずに私と戦おうとしている。
それ自体は驚くべきことではない。原作でのリュウガも自身の死を織り込んだ上で見定めようとしていたのだから。
が、しかし。
(────────ああ、そっか)
これまでの攻防は短いものだったが、その中でも私はいくつもの『気づき』があった。
リュウガが自分からは攻めてこない構えということも手伝い、私は油断なく見据えながらも、それらを頭の中でまとめる。
気づきの一つは、泰山天狼拳の特性だ。
『あまりの速さに食らったものは冷気を感じる』というのがそれだが、この説明だけでは少し不可解な点がある。
何しろ原作でのケンシロウさんは、この拳以上の速さで攻撃を受け止め、一方的に反撃しリュウガを打ち倒している。
で、あるならばケンシロウさんの拳を受けた者たちも、泰山天狼拳以上に冷気を感じていてもおかしくはないはずだ。
つまり、純粋な速さ以外にその冷気をもたらすものがある、ということになるが……それも原作を知る私には見当がつく。
(────闘気だ。ほぼ間違いなく)
もしかしたら、未来で雌雄を決することになるかもしれない天帝の守護拳、元斗皇拳。
これは、闘気の放出において北斗神拳を超える力を持つ拳法だ。
そしてそれを極めた男、ファルコは闘気によって相手を焼き切ったり、逆に凍らせたりとまるで魔法使いか何かのような闘法を可能としている。
おそらく、泰山天狼拳もこの元斗皇拳に近い闘気を拳に纏わせることで、打撃を与えた箇所を瞬時に凍結。
それによって容易に骨肉をこそぎ落とすことが出来ているのだ。
その威力は今、闘気を纏った私の腕をも裂いたことでも分かるだろう。
穿つという一点において、北斗神拳でもそう簡単にはなし得ない攻撃力を持った、恐るべき拳法といえた。
(受けるのは、得策じゃないな)
この後に控えるであろう戦いを思うと、これ以上苦戦をするわけにはいかない、と改めて気を引き締める。
そう……苦戦。
私は今、本来の流れでのケンシロウさんが一方的に撃破したリュウガを相手に、苦戦を強いられている。
要因としてあの時点でのケンシロウさんが、ラオウやサウザーとの死闘を終え、またレイさんやシュウさんの死という哀しみを背負い強くなっていた、というのもあるだろう。
しかし、それ以上に断言できることが、一つ。
それこそが、二つ目の気付き……すなわち。
(…………強い。私の知るリュウガより、ずっと)
────当然、ジャギの時のように私が彼にアドバイスなどの介入をしているわけでもない。
それでこうも違うというのなら、それはやはりこの世界における最重要ファクターである、心の持ちようが違う、と考えるべきだろう。
では何故、その心が違うのか?
原作と同じく拳王の配下という立場で立ち塞がっているのなら、心も同じであるはずではないのか?
その疑問への解答を得るために私が放ったのが、先ほどの中段への回し蹴りだ。
"右脇腹"を狙ったそれを受けた時の彼の顔色と、その後の反応。それら全てを観察した上で、私は判断し……
────ふぅ、と。心に溜まっていた淀みを吐き出すかのように、軽く息をついたのだった。
「どうしたマコトよ、まだ戦いは終わっていないぞ」
「失礼、少し……ほんの少しだけ、余計な力が抜けたものでして」
…………
それは、つまり。
────────まだ魔狼として、その手を血に染めてはいない、ということに気づいたから。
四話に挿絵追加しました(小声
pixivにあげてるのと同じです