【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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独自設定、独自設定です
一話のまえがき通り外伝設定は知らぬ存ぜぬ省みぬ


第二十五話

★★★★★★★

 

リュウガという男を語るにあたって、天狼星という宿星の存在を外すことは出来ないだろう。

 

何処にも属さぬ孤高の星でありながら、世が乱れた際には天帝の使者として北斗神拳伝承者の覚醒を促す……

その使命に、宿命に。殉じることこそが彼の在り方なのだ。

 

といっても当然、彼は生まれたときからそう在ろうとしていた訳ではない。

彼がその使命を知ることとなったのは、修行に出た先、泰山天狼拳の師の口から聞かされてのことだ。

 

 

そして、元々責任感が人一番強い男、リュウガ。

 

彼はそれを初めて知ることで、その時点では幼いながら、その宿命に殉ずる覚悟を決めていくことになる……

 

 

────と、いうわけでも無かった。

 

 

何故なら、()()()()()()()、その時のリュウガに取っては大事なものが他にあったからだ。

 

 

それは。

 

 

(────世が乱れるというのなら、もっと強くなって、俺が絶対に守ってやるんだ。ユリアと、マコトを!)

 

 

そう、元より修行に出た理由こそが『兄として妹を守る』という、ごく普遍的な……それでいて強い責任感から来るものであったリュウガ。

 

今、妹たちと離れることへの不安もあるにはあったが、妹たちがいる場には今の自分よりもずっと強い、北斗神拳の使い手達がいる。あそこよりも安全な場所などそうは無いだろう。

ならば、自分は自分で修行をすることで、世が乱れるというのならそれに備えるのがいい。それこそが、妹たちを最も確実に守ることに繋がる……と、そう信じた。

 

そして、告げられた自らの使命を果たすことが、より妹たちを守ることに繋がるのなら、将来はそうするのもいいんだろうな、と。

そう無邪気に考え、厳しい鍛錬にはげんでいた。

 

 

────────妹ユリアが、シンにさらわれ……そして死んだことを知るまでは。

 

 

 

 

「ば、かな……ユリア…………ユリア…………!」

 

望郷の念を抱き、修行がおろそかになることが無いよう、それまでは情報が届きにくい場所に居たことも災いした。

結果としてリュウガはさらわれた時点でその報を知ることは出来ず、全てが終わってしまってからようやく、それを耳に入れることとなったのだ。

 

 

当然、リュウガは強い哀しみと、それ以上の怒りと復讐心を胸に、討って立とうとした。

 

 

が、詳しい死因……すなわち、"彼女は自ら身を投げだした"ということを聞かされた時。

彼に到来したのは、深い絶望……そして、天啓のように頭に浮かんだ、全く別の考えだった。

 

 

それは、修行を始めた頃に師に聞かされた、宿星という考え方。

 

────自身の妹、ユリアが背負う星、慈母星。

────そして、ユリアをさらった男、シンが背負うは愛に殉ずる星、殉星。

 

ならば。

 

これら宿星によって、愛に殉ずるためにこそシンは行動を起こした。

そしてその狂気を、覇道を諌めるためにこそユリアは身投げという選択を取った。

そして、それでも今なおシンが止まらないのは、ユリアへの愛に殉じた行動を、最後まで止められないからだ、と。

そう考えられるのではないか?

 

そうだ、北斗神拳使いが周りにいる環境で、妹がみすみすさらわれ死ぬことなど、そうそう考えられることではない。

しかしそれらが、宿星によって導かれた宿命であるのなら、避けられない運命だったと言える。

 

それならば、自分もまたそれに倣い、宿命の下に生きなければならない、と。

そう自らに刻みつけるように信じた。

 

 

そう、これは宿命、宿命だ。そうに違い無い。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

なにしろ、なにしろ……そうでなければ。

 

 

 

「────────我が妹は……無駄死にでは無いか…………!!」

 

 

 

 

 

そうして、天狼星の宿命に導かれるままに、リュウガは北斗神拳使いを見極めるため、拳王の下に走った。

名目上は配下だが、実際のところウイグル獄長や拳王親衛隊のような直接の配下というよりは、現時点では協力者や同盟相手といった方が近い。

実際に、彼自身が積極的に拳王の敵を殺したり、略奪に加わったりという行動を取ることもまだ無かった。

 

それはリュウガの宿命が、見極めが。まだ終わっていないためであったが、拳王はそれも良しとした。

 

 

そして、リュウガは知る。

 

もう一人の妹、マコト。

彼女が北斗神拳伝承者候補だったトキ、ケンシロウに代わり北斗神拳を身につけたということを。

 

元々、彼女はシンに見逃されたことで生きていることは知っていたが、それで一足飛びに北斗神拳を身につけるとは。

「我が妹ながら、息災にも程がある」と。ほんの少しの苦笑と共に無事を喜んだ。

が、それも一瞬のこと。リュウガが知る北斗神拳使いの宿命を考えると、やはりどうしても暗く、重い気持ちを拭うことは出来なかった。

 

何しろ、北斗神拳の宿命であり、真髄……それは、哀しみだ。

ただでさえ乱れた今のこの世の中だ。彼女の行く先には多くの哀しみと別れがあることは避けられない。

いや、それどころか道半ばにして敗れ、地に還る可能性のほうが高いだろう。

どちらにせよ、一人の娘が掴むべき当たり前の平穏は、もはや望むべくも無いはずだ。

 

 

ただ、それは今自分達が生きる世紀末では、どこを見渡しても同じことだ、といえる。

そして、その道は他ならぬ彼女が決めたことで、心配ではあるが尊重したい、とも思っている。

 

それならば、と。今リュウガは自分がやるべきことを考える。

 

一つは、このまま順当に、ラオウが世を統べる巨木となるまでを見届けることだ。

そして、その上で可能ならば、その巨木の陰にマコトを入れるよう取り図らう。

見極めを終えた先、本格的に配下として貢献をしたならば、その妹を傘下に入れる提案をラオウが無下にすることは無いだろう。

 

 

…………そしてもう一つ、マコトが北斗神拳使いとして、さらに道を進み続けるというのならば。

その宿命を後押しするため、自身もまた宿星に殉ずる……すなわち。

魔狼となってでも、彼女に哀しみを背負わせ、覚醒を促すことになるだろう。

 

 

────たとえ、ただ一人残った最愛の妹に嫌悪され、その果てに殺されることになろうとも。

 

 

 

 

その後、自身に与えられた部下の情報網を通じて、マコトの足跡を追ったリュウガだったが……

そのうち、不可解な事実に困惑させられることとなる。

 

(信じられん……どういう、ことだ……?)

 

────始めは、たまたま上手くいっているだけだと思っていた。

期間が期間なのでまだ未熟な部分はあるだろうが、それでも北斗神拳の力は凄まじいものだ。

困難を前にしてもその力が上手くはまったなら、目の前の人一人救えるということは、確かに不思議な話ではない。

 

しかし、それは裏を返せば、哀しみをまだ体感出来ていないということ。

ならばいずれ、力不足により守りきれない者が出たり、場合によっては敗北することになるのは必定といえる、と。そう思っていた。

 

 

が、マコトは違った。

そんな宿命など我関せずと言わんばかりに救い、守り続けた。

 

さすがに完全に全ての足取りを把握できたわけではないが、それでも伝え聞く限り、マコトが関わる範囲でマコトが守ろうとした者は、未だ誰一人として犠牲になっていない。

 

……つまり、北斗神拳使いに、哀しみを残していない。

 

にも関わらず、彼女は勝ち続けている。

ユリアをさらった男シンを破ったかと思うと、明らかに強者といえるほどに生まれ変わったという伝承者候補のジャギや、拳王軍のアミバといった相手にも勝利を収め、今拳王軍と敵対するところまで来ようとしている。

 

それはユリアの殉死によって、宿命こそがこの世の全てと信じざるを得なかったリュウガにとって、その全てがひっくり返る偉業……いや、異形というべきものであった。

 

……もし、これまでの彼女の道程が、宿命通り哀しみを糧に勝ち残って来たものというのであれば、リュウガはそれを後押しするため、魔狼となることをためらわなかっただろう。

 

────だが、もしかしたら、と思う。

 

そもそも、たった二年やそこらで北斗神拳を使えている、ということがまず常識外のことなのだ。

 

そんな彼女が、もし宿命にも縛られない、彼女だけの道を歩もうとしているのならば……

その可能性に賭けるという選択肢も、もしかしたらあるのではないか。

 

この考えに兄としての欲目が、ひいき目が一切ない、とは言い切れない。

それに、宿命を否定することで、ユリアの死に意味を見出だせなくなるのでは、という恐れも強くある。

 

しかしそれでも、確かめたい。その可能性に……希望に賭けたい、と。

リュウガは今、自ら彼女の前に立ちはだかり、その目で見定めることを決意したのであった。

 

 

天狼星の宿星を持つ魔狼ではなく、妹の可能性を信じるただの兄、リュウガとして。

 

 

★★★★★★★

 

 

正直に白状すると、私はこの場でリュウガが現れたときから、原作での行動を理由に彼を色眼鏡で見てしまっていた。

それだけならまだしも、実際に戦おうとしている態度などから、ほぼ倒すべき敵だと断定しかけていた。

まあ、これに関してはラオウの配下として振る舞っていたリュウガもリュウガだとは思うが。

 

ともかく、そんな私の危うい方向に傾いていた思考を、たった一言で諭してくれたのがケンシロウさんだった。

 

 

────今、目の前に居る男を真っ直ぐに見てみろ。

 

その言葉を受け、実際に手を合わせ、改めて息を整えながら……

私は、再会してからのリュウガが取った行動を、出来うる限りフラットな目線で振り返ってみる。

 

 

私が仕留めきっていなかったウイグル獄長へのとどめを代わりに刺した。

本来言う必要がないはずの、拳王軍の侵攻をこちらに知らせた。

そして、止めに走るレイさんやトキさんの解放を目論むケンシロウさんに対しては、一切妨害などのそぶりを見せなかった。

 

 

────うん。

 

(…………どう考えても、敵のやることじゃない)

 

思えば、最初にここに現れた時から違和感はあった。

ウイグル獄長を殺した時のあの目。

一見、周りの看守たちを怯えさせたほどの冷たい目だったが、その根底にあったものは……そう、どちらかというと、慈悲。

無駄に苦しませることが無いよう、介錯をする者の目に見えた。

 

つまりはまあ、そういうことなのだろう。

 

 

……これまで私は、たくさん原作知識に助けられてきたが、それによって逆に見るべきものが見れなくなることもある。

結果的にそのことに気づかせてくれたケンシロウさんには、改めて感謝しなければならないだろう。

 

 

────さて、と。考えがまとまったところで、改めて戦況を見直す。

 

リュウガが敵ではないことが分かったとはいえ、目的に見極めが含まれていることはほぼ間違いないはずだ。

 

で、あるならばこれもまた、負けられない戦いである。

というか私が負けたらそれこそ、『こいつやっぱダメだわ、哀しみ足りてない!』なんて言いながら魔狼にジョブチェンジされるかもしれない。

 

かといって、今の状況を考えると、この調子で長々と戦い続けるのも得策ではない。

 

 

それならば。

 

 

「リュウガ。どうですか? ……見定めは、大体終わったのでは無いですか?」

「フ……見抜いていたか。そうだな、確かにお前は強くなった。……しかし、俺ごときを圧倒出来ないようでは、この先拳王に勝つことはかなわぬぞ」

「そう……かも、しれませんね。ならばどうでしょう。このままだらだらと、削り合いをするのはお互い本意ではないはず。ならば、次の奥義を尽くした一撃を以て決着とする、というのは?」

 

 

その私の言葉に、「いいだろう」と。

改めて雌伏の構えを取り直すと、これまでにないほどの闘気がリュウガの腕に集まっていくのを感じた。

 

 

一瞬、ぞわっと。震えが来たのは、単なるプレッシャーによるものだけではない。

 

(────ここまで寒気が、冷気が。伝わってくる)

 

了承した通り、これが彼の……泰山天狼拳の最大にして最後の一撃となるだろう。

 

 

そして、私もそれに応えるため、リュウガに負けないほどの闘気を溜める……ということもなく。

 

 

────逆に、全身から可能な限り力を抜いた、穏やかな……自然体のままにリュウガを見据えた。

 

 

★★★★★★★

 

 

リュウガが誇る泰山天狼拳が奥義。

その名を天狼絶凍牙(てんろうぜっとうが)

 

凍結を伴う全闘気エネルギーを集中させて打ち出すその拳は、相手の"身体に触れる寸前"から凍結効果をもたらす。

それにより攻防の刹那、敵対者の行動を一方的に鈍らせた上で、必殺の一撃を突き立てる。

 

これを破るにはその"凍気"をも超える闘気を込めて防御をするか、この奥義を遥かに超える速度により、凍結が届く前に打ち倒すしか無いといえる。

 

しかし、それを放つのはただでさえ拳速の凄まじさを称えられる泰山天狼拳。その速度を超えるというのは当然容易ではない。

さらにその中でも、血筋も手伝った結果、歴代屈指の才覚を誇る男、リュウガ。

十全に気力が満ちた彼が放つこの奥義は、必勝の型といっても過言ではなかった。

 

 

それに対しマコトが取った構えは、その闘気の激しさと対極にあるような、静かな自然体のもの。

とはいえ、リュウガはこれが、嵐の前の静けさであることを見切っている。

 

そうしてじり、じり、と。二人は間合いを詰める。

やがて、お互いの拳が届きそうな距離にまで近づくと……リュウガが、吠えた。

 

「ゆくぞマコト! 天狼、絶凍牙ッッ!!」

 

莫大な闘気は獲物を食らう狼のような形となり、マコトに襲いかかる。

 

そしてそれがマコトを捉えようとした瞬間────リュウガは、彼女の姿が"ブレ"る姿を目にした。

 

それに続けて、自身の拳を超える速さを以て今、リュウガの目の前に迫るもの、それは……

 

(────鞭ッ!?)

 

まるで一本の、しなる線のようになったかと見紛うほどの、超々高速のマコトの一撃。

それが、パァンッと。

小気味のいい"空気の破裂音"と共にリュウガの顔を弾き、そして。

 

「おぉぉおおお!!」

「ごっふ……!!」

 

続く二の矢となる渾身の拳が、リュウガの身体を打ち貫いたのであった。

 

 

(これ、は────! フ、フ……そう、か、そういうこと、か)

 

 

驚愕と共に崩れ落ちる刹那。

今の一撃の正体に、その意味に。

リュウガは思い当たると、思わず心の中で笑う。

 

おそらく、今彼女が体現したものは、鞭の特性(メカニズム)だ。

 

鞭を振るう際、それが最も早くなるのは、振る動きではなく、鞭を引いて戻す動作の時。

その瞬間に、先端が音速を超えたことを示す破裂音が鳴る、とされている。

 

そしてマコトは、余分な力を抜いた脱力状態から、北斗神拳の歩法を以てごく短距離を高速移動しながら腕を振るった。

あとは、鞭のようにしならせたその腕を、移動が止まり引き戻される瞬間を狙って対象にインパクトさせる。

これにより今、マコトの拳はリュウガの拳速を大きく超える鞭となり、奥義を打ち破ったのだ。

 

 

……そして、この場面でこの技を使う、ということが意味するもの。

 

それは、今マコトが倒した敵、ウイグル獄長。

鞭の達人である彼の動きをも取り入れ活かす、という意識であり、宣言であり……そして、可能性だ。

 

 

マコトは今、この戦いでリュウガが見定めたかったもの。

 

すなわち、哀しみに依らないこの先の希望を、可能性を示すことが出来て……

そしてそれは、確かにリュウガに伝わったのだ。

 

 

…………ただ、それはそれとして。

 

 

(フッ、抜け目、無いものだ…………)

 

 

最後は奥義の一撃で決めよう、なんて提案しておきながら、当然の権利のように二撃目を見据えた技を打ってきたことに、やはり苦笑の念は抑えきれなかったが。

 

 

────たくましく、なりすぎだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

(上手く、いった……)

 

直前に観察したウイグル獄長の鞭のしなりと、それを活かす達人の技術。

レイさんの南斗水鳥拳を真似た時のように、水影心の練度も増してきている今の私なら、それらを自身の拳に取り入れることも不可能ではない。

 

ひとまず、"龍尾(りゅうび)"と名付けたその技の感覚を反芻していると、私は崩れ落ちながらこちらを見つめるリュウガと、目が合った。

 

それは、単純に勝者を称えるようなものだけでなく。

別のなにかの感情も混じっているような……複雑で、だけど嫌な感じは全くしない、そんな不思議な色。

 

 

(あれ、この目……どこかで、見たことが…………)

 

 

────あっ。と、思ったその瞬間。

 

これまでモヤがかかっていたようにぼんやりとしていた記憶が今。

 

私の中に、蘇った。

 

 

 

 

「────おい泣くな、マコト! 泣いてたってなんにもならないぞ、がんばって前に歩くんだ、いいな!」

 

 

ゥビィヤアアアア、ギェャアアアア、と。

聞くに堪えないほどの大音量で、その時その場所に木霊するのは、泣き声だ。

 

その泣き声の主は、今よりもずっと幼い頃の私。

 

そう、確か一緒に走りだそうとしたその第一歩目かなにかで盛大にすっ転んで、痛さやら情けなさやらでもう訳が分からなくなって、ひたすらに泣き喚いていた、という場面だったか。

 

(うわーあ、我ながらこれはひどい)

 

涙に鼻水に涎にと、顔からあらゆる液体を撒き散らし訴えるその泣きっぷりときたら、とても人様にお見せ出来るようなものではない。

にも拘らず、元の世界の男としての意識や記憶が影響しているのだろうか。

自身のことながら、まるで他人事のように俯瞰して見えてしまっている今の状況が、かえって恨めしく思えた。

 

そして、そんな状態の私にかけられたのが兄、リュウガによる先ほどの厳しい言葉だ。

当時の私は、こんなにひどい目にあっているのに、なんでまた怒られなきゃならないんだ、とますます泣き声を強めたものだ。

そうだ、確かこの時の記憶が強くて、リュウガは厳しい、怖い人、という印象を覚えたのだろう。

 

 

────が、今思い出すことが出来たこの記憶には、まだ先がある。

 

 

「……もう! 兄さん! そんなきびしいこと言わないで! マコトはまだこんなに小さい、女の子なのよ!!」

 

リュウガに対してぷりぷりと憤るのは、女の子の声。

当然それは、泣いているばかりの私のものではない。

ここに居る三兄妹のうちの残る一人……すなわち姉さん、ユリアのものだ。

 

誰よりも優しく、それでいて当時から確かな芯の強さを持っていた姉さんは、私をかばいながらリュウガに対して詰め寄っていたのだ。

 

「ぅ、し、しかしだな、マコトのためを思えば厳しくするのも」

「それにしたって、言い方ってものがあります! 本当は兄さんも、こんな言い方したいんじゃないでしょ!?」

 

────姉さんつえぇ……

 

すでにしどろもどろになっているところに、さらに追撃を受け、リュウガはう~、と。苦悶するようにしばらく目を閉じたかと思うと。

 

考えをまとめながら喋っているのだろう。

たどたどしく、だがそれ以上の熱を持った弁を以て、改めて私を真っ直ぐに見ながら言い含める。

 

「えぇっと、だな……そう! コケるのは、良いんだ。だが、泣くんじゃなくて……ああいや、その、別に泣いてもいいんだ。ただ、泣きながらでもちゃんと前に進むんだ。そうしたら、俺も一緒に手を引いてやれるし、えっと、強くなったり出来るからな!」

「????」

 

そのリュウガのセリフを受けて、泣き声が小さくなる私。

といってもそれは、別に内容に感銘を受けたわけでもなく。

単に幼い当時の私の頭では『なにいってんだこいつ』という失礼な困惑だけが先に来たためだ。

 

その様子を見て笑いながらも、姉さんが横から声をかける。

 

「フフ、まだマコトにはむずかしいって。えっとね、マコト。リュウガは、マコトががんばって歩くなら、リュウガもいっしょにがんばって守ってやるって言ってるのよ」

「……がん、ばる……?」

「ええ、もちろん、私も。マコトががんばるなら、私もがんばるからね! ね、兄さん!」

「……あぁ、そうだ! マコト、がんばるんだ!」

 

……これでもまだ、当時の私は完全に理屈で理解できていたわけではない、が。

それでも、先ほどまで覚えていた不安は、もう。

その時の私の中からは、消え去っていた。

 

 

 

 

(ああ、そうだ…………)

 

 

あの時の、私に必死に説明する時の……『困ったな』というようでいて、それでいて何処までも優しい、その目。

 

 

今、崩れ落ちるリュウガが私を見る目は、それと同じなんだ。

 

どうして、忘れていたんだろう。

幼い頃から、最初から。今の今に至るまで。

 

────リュウガは、ずっと不器用で。そして優しい、私の兄だったのだ。

 

 

(……いや、多分)

 

それでも、多分完全に忘れていたわけではない、と私は思う。

 

何故なら……今にして思えば。

 

 

龍尾(りゅうび)

龍渦門鐘(りゅうかもんしょう)

────龍牙穿孔(りゅうがせんこう)

 

 

半ば無意識の、フィーリングで付けているつもりだった私の技の名前にも、しっかりとその影は顔を覗かせていたのだから。

 

 

(…………生まれ変わっても、自分のことですら中々分からないことって、あるんだなぁ)

 

 

と、そこまで考えフッ、と。息を吐いた私は。

 

 

今にも地に倒れようとしているリュウガの身体を抱え、支えていた。

 

 

「……どうしたマコト? 敵に対し手を差し伸べるなど、北斗神拳使いとして────」

 

「────いえ、もういいでしょう。…………お手合わせ、ありがとうございました」

 

いまだ不器用さを見せるその兄の言葉を、私はさえぎり。

 

 

…………そして。

 

 

「────改めて。久しぶり、兄さん」

 

 

「────────ああ、久しぶり。大きくなったな、マコト」

 

 

そう言って、倒れながらも微笑を浮かべ頭を撫でるリュウガと、支えながらもそれを受け、目を閉じる私。

 

 

…………こうして、兄妹喧嘩というにはあまりに激しく、殺し合いというにはあまりに優しい、そんな戦いは終幕し。

 

 

私達は今、ここカサンドラにて。

ただの、何処にでも居る……一つの兄妹に、戻ったのだった。

 


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