【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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第二十九話

★★★★★★★

 

格下と呼ぶのもはばかられる程、歯牙にもかけていなかったジャギに、予想を大きく覆された。

最も警戒していた、自分を倒す腕を持つであろう男、トキが現れた。

そして、何より今目の前に立つ女の拳と、闘気を目の当たりにした。

 

この事態を受け、世紀末覇者拳王……ラオウは。

 

「ふん……確かに、ジャギをここまで変えた女という興味もある。……良いだろう!」

 

と、そう高らかに声を上げると、ついにその巨体を黒王号から下ろし、両の脚で地面を踏みしめることとなった。

 

 

「ならば、望み通り! この拳王の力を目の当たりにし、ひれ伏すが良い!!」

 

 

 

 

「はぁぁあッ!!」

「どおおぉりゃッッ!!」

 

 

────北斗神拳。

 

地上最強の暗殺拳であり、本来同時に存在するはずではない、一子相伝の秘伝。

 

その伝承者候補のうち二人は、核がもたらす死の灰によりその道を降りることを余儀なくされた。

一人は独自の、自らの道を選んで進むこととなった。

 

そうして、最後に残った二つの巨星。

それが今、この地にて、文字通り"雌雄"を決しようとしていた。

 

 

「ぬぅぅん!!」

 

やがては天をも掴むことになるであろう稀代の豪腕。

それを目の前の……ラオウはもちろん、並の拳法家と比べても幼い、矮小といっていい体躯の女に惜しむこと無く振るうラオウ。

 

その圧倒的な破壊圧を前にした女、マコト。

彼女はいずれの拳もまともに受けるのではなく、するり、という音をイメージさせる流麗な動きで流すことで対応し続けている。

 

……だが。

 

「づ、ぅう……っ!」

 

その柔拳は本家本元……トキの練度にはまだまだ至らない。

それぞれの目的のため別行動をしていた期間もある。

如何に心を燃やし、最高効率での修行に臨んでいたとしても、天才である彼の動きを真似るには、どうしても時間が足らなかったのだ。

 

結果として、トキに並ぶ天禀より繰り出される剛拳に曝されたマコトは、流そうと試みるたびに身体を削られるような、苦しくも危うい立ち回りを余儀なくされていた。

 

とはいえ、彼女ももちろん、それだけでは終わらない。

 

 

「疾ッッぃぃい!!」

 

受け流しきれなかった余波で身体は傷つき、体勢は泳ぐ。

しかし、マコトはその勢いを利用してそのまま一回転。遠心力を載せた渾身の裏拳をラオウの肩部に命中させ、追撃の手を止めた。

 

「ぬぅっ!!」

 

その一瞬の硬直を見逃さず、蹴りが、拳が、肘が、刺突が。ラオウの全身を覆う。

 

 

(────速い!!)

 

いや、速いだけではない。

 

確かに、彼女の攻撃一つ一つ取っても、そこらの達人より遥かに勝るものではある。

が、この男世紀末覇者ラオウの前に立ち、対抗するにはさすがに威力不足と言わざるを得ない。

しかし、彼女は戦いの流れの中、要所要所でそれを補う術を見せ、ラオウの猛攻に歯止めをかけていた。

 

その一環が、先程の回転による遠心力を利用した攻撃だ。

まるで踊りのように軽やかでいて、刃物のような切れ味で襲い来るその一撃。

それに加えラオウの力を利用した、カウンターによる痛撃と、純粋な速さで撃ち抜く攻撃。

 

それら全てを縦横無尽に組み合わせたその戦いぶりは、ラオウをして厄介な、攻めづらい相手である、と判断せざるを得ないものだった。

 

 

────ブォンッとラオウが突き上げた拳を寸前でかわしながらも、カウンターを打ち込むマコト。

が、それを物ともせず二の矢を放とうとするラオウを見て、一度後ろに大きく飛び、距離を取った。

 

 

「────ふぅ~~……!」

「ふん…………」

 

滝のように流れる汗を拭いながら、大きく息をつくマコトと、複数穿たれた傷口から流れる血も顧みず、そのマコトを見据えるラオウ。

 

単純に与えられた打撃の数やダメージ量を比べるならば、ラオウが受けたそれのほうが遥かに多い。

しかし、一度でもまともに受ければ即座に敗北に……いや、場合によっては死に繋がる攻撃を捌き続けるという、まるで地雷原を全力で駆け抜けるような攻防。

それは、戦う前から覚悟を決めていたはずのマコトの精神をも、尋常ならざる速度で削り続けていた。

 

 

と、その時。

 

マコトと同じく息を整えたラオウが、彼女に対し口を開いた。

 

「お前には問うて無かったな」

「む、なんでしょう」

 

消耗した精神を少しでも持ち直したかったマコトとしても、会話で一息つけるというのは渡りに船だ。

特に深く考えずにラオウの問いかけに食いついた。

 

「お前は、北斗七星の横で輝く星を見たことはあるのか?」

 

「…………あ~~……」

 

────そういえば、この時期のラオウは戦う相手に聞いて回っていたんだっけ、と。マコトは思い出す。

しかし、この問いかけに明瞭な答えを返すことは、彼女には出来なかった。

 

「……死兆星のことなら、わかりません。……というより、ここしばらく北斗七星自体見てないんですよ」

「ほう、何故だ?」

 

死兆星の存在を知っていてなお、見ていない、と。意外な返答を受け、続きを促すラオウ。

 

それに対しマコトは……少し迷ったような、こころなしか恥ずかしがるような、そんな面持ちで。

 

理由を語った。

 

 

「……だって、死兆星見えたら、怖いだけで全然メリット無いじゃないですか。……どうせ、見えても見えなくても、やることなんて変わらないのに」

 

 

────────その言葉を受け。

 

 

「……フ、フフ……フハハハハハハッッ!! メリット!! 死兆星をそう捉えるか!!」

 

 

なるほど、面白い。

 

ラオウからして、にわかには信じがたい速度で強くなり、ここに立ちはだかった想定外の存在(イレギュラー)

その強さの、在り方の一端を、ラオウはこの問答で感じとることが出来た。

 

"やることは変わらない"……道理だ。

なにしろラオウ自身も、仮に自分がそれを見たからといって、覇道を止めるつもりなど毛頭無い。

 

実際本来辿る原作において、彼が死兆星を見たからといって、それが彼の道に陰りを与えることなどついぞ無かった。

 

 

(ケンシロウたちに見出され、ジャギを変えた女、か)

 

この世界の人間は、自身の力を信じながらも、過去の伝統や言い伝えなども強く重んじる傾向がある。

 

しかしこの女は、紛れもなくラオウが知る者たちと異なる視点を、価値観を持っている。その上で、それから来る行動を成し遂げるだけの力を持つ傑物だ、と。

これまでの戦いとやり取りから、改めてラオウはそう評価し……

 

 

(…………惜しい、な)

 

 

…………そして、だからこそ彼女の"それ"を惜しんだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

問答の最中、急にラオウが笑い出した時はぎょっとしたが、特に気に障ったわけでは無さそうなので、とりあえず今は気にしないでおく。

別に、憎さや好悪で戦っているわけでもないし。

 

それより私が考えるべきは、話が終わった今と、これからの話だ。

 

 

(────やっぱり、正面から打ち合うのは厳しい。……いや、あのラオウ相手にここまで戦えている今が、奇跡みたいなものなんだけど)

 

 

どのみち、厳しい戦いになるのは、始めから分かっていたことだ。

そう改めて気合を入れると、私は戦いの方針を定め直した。

 

(削り合いで勝てないのなら……"想定通り"、賭けるしか無い)

 

この立ち回りに移行する時を考えて、これまで私はあえて基礎的な動きに終始……

つまり、自ら名付けた奥の手とも呼べる技の数々を使うことを避け、お互いの力量把握につとめていた。

 

そしてそれは、ラオウも同じだ。

彼は手抜きこそ一切していないが……かといって全力の本気というわけでは、間違いなく無い。

そうでなければ、この程度の被害で済んでいるはずがない。

 

そして、その様子見の必要は、お互いにもう不要だろう。

 

 

────つまり、本番はここから。

 

 

私にとってこの先の戦いは、この時のために覚えた技……すなわち。

 

 

(龍渦門鐘。これをぶち当てるための、戦いだ)

 

 

★★★★★★★

 

 

「はぁぁぁぁあ…………!」

「……! その構えは……お前はそれまでも、使えるのか」

 

マコトが気合と共に取ったそれ……"天破の構え"を目にしたラオウが、さらに感心したとばかりに呟く。

 

「生きるために、超、頑張って覚えましたよ……! いきます、天破、活殺ッッ!!」

 

それは、闘気を以て触れずして敵の秘孔を打ち貫くという、北斗神拳の奥義。

天破の構えで表した、北斗七星。それをなぞるように打ち出された、七つの弾丸が高速でラオウのもとへ迫る。

 

「────だが、このラオウに通用するか!!」

 

しかし、他流の拳法家が相手ならともかく、今対峙しているのは北斗神拳の極みに至り、特性も熟知する男、ラオウ。

 

如何に強力な奥義でも、予備動作まで見せられて対処できないはずはない、と同じく闘気を込めた腕で、七つの弾丸のことごとくを弾く。

 

 

が、弾いたと同時ラオウは、驚愕に目を見開くことになる。

 

「ぬ、うおぉおおッ!?」

 

目に飛び込んだそれは、七つの闘気弾に遅れてやってきた、ひときわ大きな闘気の塊。

 

最初の弾が七つの小さな綺羅星とするなら、最後に飛来するそれは、帯を引き迫りくる一つの彗星。

そして、その彗星の先にあったものは、"闘気を足先から打ち出した"マコトが、蹴り足を上げたままラオウを見据える姿だ。

 

天破活殺に加え、北斗七星の脇……死兆星を示す位置に追撃するという、闘気の扱いを練り上げたマコトの本領とも言える、その一撃。

動揺をもたらされながらもラオウはかろうじてそれを防ぐが、その衝撃によりこの戦いで始めて、身体が揺らぐ。

 

 

すかさず、マコトは龍流の高速移動にてラオウのもとへ肉薄する。

当然、ラオウはそれに対し迎撃のため拳を突き上げる、が。

マコトは寸前で、突然急停止することでそれを回避……そして、その動作に引っ張られるままに、腕を振るった。

 

狙いは、目だ。

 

「────龍尾」

「ぐぬっ!?」

 

両目そのものでなく、その間を弾くような感覚で打たれたその一撃に、一瞬ラオウの視界が闇に染まる。

 

如何に北斗神拳使いが、目が見えずとも気配で動きを察知する技術を持つといっても、これまで活用していた五感の一部。これが機能を停止させられた直後に満足に動くことは困難だ。

 

だが、このチャンスにマコトはすかさず、大技に繋げる……のではなく。

足刀でラオウの強靭な両足、その甲の破壊にかかった。

 

当然来るものと思っていた、次の致命打に備え急所を中心に張り巡らせていた闘気。

その隙間を縫うような末端への攻撃に、ラオウの身体が硬直する。

 

間髪入れずラオウの両膝に、蹴りによる追撃。

速度を重視した連打のため、足の甲も膝も完全な破壊には至らない。しかし鍛えるのが困難な箇所への容赦のない攻撃は、ラオウに確かなダメージを刻んでいく。

 

ここで、ラオウはマコトの狙いが関節や末端を狙うことで、こちらの力を削ぐことにある、と判断する。

体格で劣る小兵のセオリー通りではあるが、それもこれほどの速度と練度で行われるならば、十二分に厄介な代物だ。

 

だが、削り合い自体は望むところだ、とラオウは多少の被弾を折り込んで力強い歩調で前進しようとし────

 

 

唐突に、目の前に居たはずの女、マコトの姿を見失うことになった。

 

 

「な……に……!?」

 

 

マコトが突然上空に、高く飛び上がるところまでは確認した。

意表を突かれたことで一瞬反応が遅れるものの、逃げ場が無く、姿勢の制御も難しい空に逃げるのならば、むしろ対処はしやすい。

 

 

しかし、それを追って上に向けたラオウの視界に入ったもの……それは、何もない空のみだった。

 

 

────飛龍。

 

 

北斗神拳には、剛掌波のように闘気によって触れたものを吹き飛ばす術がある。

ならば、逆に足先から噴射した闘気を利用することで、あたかも空中を蹴るように、一度だけなら急激な方向転換をすることも可能かもしれない……そう考えたマコトが編み出し、ここまで温存していた奥の手だ。

 

 

ここに来て放った常識外れの、壁も天井も用いない三角飛びによりマコトはすでに、ラオウの背後に潜り込んでいる。

 

様子見を終え突如牙を剥いた、ラオウの身体を削り取るような立ち回り。

それの対処に心が傾いた瞬間での、予測を外す大胆な飛びかかり。

そして、その軌道の予測もさらに外す、誰にも見せていなかった奥の手。

 

二重三重の策が実り、ラオウは今この瞬間、完全にマコトの影を見失っている。

そして、当然マコト自身それは認識している。

だからこそ、飛龍により背後に降り立ったときからすでに、"その動作"は半ば完了していた。

 

 

その動作とは、自らの秘孔を突きながらの、回転。

その動作からもたらされる、マコトの切り札とは、当然。

 

 

(────────龍渦、門鐘!!)

 

 

より心の力を乗せるためにも、気合とともに叫び出したい思いも強くあった。

 

しかし、完全に裏を取った無防備の身体に放つという、決定的なアドバンテージを逃さないため。

マコトは心の中でのみ、その技の名を強く叫ぶことを選んだ。

 

 

そして、ラオウの背に迫る拳を、絶対的な勝機を前にしたマコトは────────

 

 

「っっうっあぁ!!??」

 

 

まるで首元の後ろが焼き尽くされるような、これまでの人生でも最大級のおぞましい死の予感。

猛然と襲いかかるそれを知覚すると同時、半ば反射的に、転げ回るように身をひねった。

 

 

その動作と全く同じタイミングで、寸前まで自分が居た場所をまるで大砲のような勢いで物体が通過する。

完全に体勢が崩れ、背後への意識など無かったはずのラオウが放った、触れるもの全て消し飛ばす後ろ蹴りだ。

 

 

(そう、だ……! ラオウには、これがあった……!!)

 

 

無想陰殺。

気配を、殺気を読むことで、思考を介さず無意識での反撃を試みる。

意識がないからこそ攻撃に対する恐怖も何も捨て去った上で、ただ純粋な迎撃を最速で放つことが出来るという、拳を極めたラオウだからこその北斗神拳奥義だ。

 

マコトとしても当然、察知されることを警戒し声に出さず、気配も限界まで抑えてその一撃を放った。

しかし、それでもなおわずかに漏れ出る殺気を読むことが出来たのは、ラオウの圧倒的な力と才覚を示すものに他ならない。

 

マコトの原作知識が、大まかな流れはともかく技の一つ一つとまでいくと、すでに薄まり始めているというのも災いした。

……いや、むしろ寸前で察知し、かろうじて致命傷を避けることが出来たのは、知識があったからこそか。

 

 

しくじった、と。そう彼女は考えながらも距離を取り、再び息をつく。

 

 

(────さて、次はどうしようかな……)

 

……決定的な勝機を逃し、ましてや無想陰殺の余波でさらにダメージを負ってなお、マコトの心は乱れない。

 

無想陰殺といった技の精度やフィジカルの違いは重要だが、それ以上に最も大事なことは、心で負けないということである、と彼女は今も忘れていないから。

 

 

そうして、何事も無かったかのように再び戦い出したマコトを見て────

 

 

「す、すっげぇ~~……」

 

 

そう口を開いたのは、ケンシロウ達の隣でこの戦いを見ていた少年、バットだった。

 

 

「マコトのやつ、あんなに強かったのかよ……。拳王もやべぇけど、まだまだ全然戦えるようだし、行けるんじゃねえかこれ……?」

 

思えば、そこらの悪党を圧倒的な力で倒すところは何度も見ていたが、全力で戦う彼女を見ることは初めてだったバット。

未だ底を見せない彼女の力を見て、応援の気持ちからくる希望的観測も込めた上で、勝利を信じるのは当然といえた。

 

……しかし、その言葉を受けた三人……ケンシロウ、トキ、そして傷口を抑えるレイの表情は、固い。

 

やがて、ゆっくりと。

バットの願いに対するような、苦い表情で声を上げたのは、ケンシロウだ。

 

「……トキ……これは」

 

「ああ……再会した時から、薄々感じてはいた……今のこの戦いと、何より彼女自身の言葉が、それを示している」

 

 

────それとはすなわち……この相並び立つ巨星の、その戦いの行く末。

 

 

「……おそらく、今のマコトでは……ラオウには、勝てない」

 




今のマコトくんなら鷹爪三角脚も完璧に使えます(やらない)

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