【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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いわゆる修行回です
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第三話

北斗神拳の修行────その過酷さは、苛烈を極めた。

 

ただでさえ死者すら出るとされる修行。

ケンシロウさんもトキさんも最大限気を遣ってくれているが、それでも身にかかる負荷は尋常ではない。

 

おまけにそれは、ただこなすだけでは足らない。

脳細胞の一つに至るまでも燃やし尽くして、限られた時間内で極限まで学び取らなければならない。

 

時間────そう、とにかく時間が足りない。

というのも、世紀末救世主伝説を再現するに当たってまず考えなければならないものが"時期"だからだ。

 

いくら修行をして強くなっても、戦えるようになったのがラオウが世界を征服し終えたあとでした、では何の意味もない。

それによりもたらされる犠牲は原作とは比べ物にならない、戦うまでもない完全なる敗北といえるだろう。

 

原作のケンシロウさんが旅立ち、リンちゃんやバットくん達と出会いシンの前に再び立ったのは確か、シンに姉さんを奪われてから一年後……シェルターでの一件から数えると約二年後だ。

そして、私が今生きる世界はシェルターの件から一ヶ月経ったところ。

 

つまり、あと約二年以内に。

私は伝承者として戦えるようにならなければならない。

 

……正直なところ、この二年ですら不安でたまらない。

すでにシンの強襲の時期がズレていることを考えると、それ以上に致命的な歴史の転換点を見過ごしてしまう可能性もある。

 

それに何より、後に五車星に救われるとはいえ、今現在の姉さんがシンが人々に振るう暴虐を目の当たりにし、日々心を痛めているのは現実なのだから。

 

 

「ぐ、が……ハァ! ぅ、ぐぅ! ……まだ……まだっ……!」

 

だからこそ、一分一秒を惜しんで身体を、精神を追い込み続ける。

 

より効率よく血肉にするため、修行前にも合間にも食事を詰め込んだら、修行中に全て吐いた。

胃液にまみれた吐瀉物は、その場で全部拾って食べ直した。

貴重な食料を無駄にするわけにはいかない。

 

オーバーワークによる怪我で時間をムダにすることを嫌い、肉体の休養こそ必要分だけ取ったが、イメージトレーニングは寝ても醒めても行い続けた。

鋼のような筋肉の鎧ではなく、現代において最も質が良いとされる柔らかく、しなやかな肉質の身体を常に頭に思い浮かべた。

脳が酷使によりオーバーヒートを起こし、鼻血を吹いて倒れるときだけは唯一何も考えずに休んだ。

 

一度、秘孔をついて一時的に疲労を忘れればより効率良く限界まで追い込めるのではないか、と提案してみたことがあったが、にべもなく却下された。

その時周りに気を配る余裕は殆ど無かったが、断ったときのケンシロウさんは心なしか少し哀しそうな目をしている気がした。

確かに、楽をしようとしすぎたかと反省した。

 

こうした"常軌を逸した最低限"の修行が実を結び始めたのか、開始当初に比べるとかなり強くなってきているのを感じる。

すでにそこらの野盗ぐらいなら問題なく倒す程度の力はあるだろう。

 

しかし。

 

(足りない────この程度じゃ……まるで二人に勝てる気がしない)

 

力をつければつけるほど、本来の北斗神拳伝承者たちが住む世界との次元の隔たりを感じる。

トキさんは言うに及ばず、技術的にはこの時点ですでに世紀末救世主たる力を備えていたケンシロウさんも凄まじい。

 

……というか、あまりにも強すぎる。

死の灰の影響は受けているはずなのに、なぜここまで動けるのか。

 

一度、疲労で完全に身体も頭も動かせなくなった隙間のタイミングで、それを尋ねてみたことがある。

 

「北斗神拳は究極の暗殺拳……病魔に蝕まれた身体でも戦う術があり、また脅威そのものをやり過ごすための術も備わっている」

「あの日、マコトさんはシェルターの前に倒れ伏す我々を見ただろう。実はあの時、お互いに秘孔を突き合って仮死状態とすることで、死の灰の影響を最小限に止めていたんだよ」

 

「あ……」

 

そうだ。あの日見た二人は、お互い寄り添うような形で倒れていた。

あれは、原作でケンシロウさんとレイさんが敵を欺くために披露した型と同じような状態だ。

 

思えば、原作でもトキさんは死の灰に冒された身体でありながら、あのラオウをあと一歩のところまで追い詰めるほどの実力を発揮した。

本来なら死の灰を浴びた時点ですぐにでも死を迎えておかしくない身体。

それがアレほどの輝きを発したのは、ケンシロウさんたちを救ったあの日、自らの秘孔を突いてその脅威を抑えていたからなのではないか。

 

そして、わざわざお互いの秘孔を突き合うという型があるぐらいなのだから、自分一人より互いに突いたほうがより強い効果を発するのは明らか……つまり。

 

(この世界での彼らへの死の灰の影響は、緩和されている……?)

 

これがこの世界にもたらす影響がどういったものになるかは分からない、それでも、少しほっとするのを感じた。

 

 

……それと同時に、疲れ切った身体と心に一瞬、ほんの一瞬だけ。

『それなら、私がこんな辛い目に合わなくても彼らだけで十分戦えるのでは』という思考がよぎったのを自覚した瞬間、私は自分で自分の顔を引っ叩いていた。

 

 

こんな弱い心のままで、ケンシロウさんのように戦えるはずがない。

 

 

 

 

さらに修行を続ける。

自分の心身を追い詰めれば追い詰めるほど、感覚が鋭敏になっていく。

 

暗殺拳たる北斗神拳の使い手が易々と背後を取られるようなことはあってはならない──その理念のもと行った、気配を殺したトキさんやケンシロウさんを捉えるという内容の修行。

これもかなり達成率が上がってきた。

 

そして、脳内のイメージと自分が出来る実際の動きもかなり近づいてきている。

もはや自分が男なのかマコトなのか、ケンシロウさんなのか……

そんな認識がぐちゃぐちゃに混ざり合い、曖昧に感じることも増えてきた。

 

上等だ、と思った。

自分の考えは間違っておらず、これを続けるほどに世紀末救世主に近づける、とすら喜んだ。

 

 

そんなある日、普段なら気絶するように眠っているであろう時間に目が覚めた。

ケンシロウさんとして戦い、しかし未熟なせいで強敵の前に敗れるイメージを夢として見たショックのせいだろうか。

 

すぐに寝付けるとも思えなかったので、近くで眠る二人を起こさないようそっと抜け出す。

少し汗を流してから寝ようと考え、月明かりをたよりにふらつく足取りで水場まで向かう。

 

 

────そして水場に着いた、その時だった。

 

 

「────────ッッ!?」

 

 

突然、何の前触れも無く視界の下に化け物が現れた。

 

すがたかたちこそ人間のシルエットをしているが、頬は痩せこけ、枯れ草のような艶のない髪は乱れ。

どんよりとした濃いクマは見るものに否応なく不吉な予感を与える。

 

そして何より異様なのが、眼だ。

自分は今にも死にそうな、そのくせ視界に映るものは全てを殺し尽くさんとするような、異様な眼光。

他全ては暗く陰鬱な印象にありながら、その光だけは爛々と獲物を求めているように見えた。

 

……ケンシロウさんは北斗神拳を使う自らを死神として例えたことがあったが。

今視界に映るこれは死を司る神ですらない、"死"そのものだ、と感じた。

 

当然、私が知る北斗の拳の世界にこんなやつは居ない。

それまで生き物の気配など一切感じなかったところに現れたその存在に、明確な恐怖を覚え私は叫ぶ。

 

 

「ぅぁ、わああああぁッッ!!」

 

そして半ば狂乱状態に陥りながらも、繰り出した拳。

修行で染み付いた型通りのそれはあやまたず目標に飛び、化け物を捉える。

 

────瞬間、化け物の身体が歪んで弾けたかと思うと、冷たい水の感触が全身を叩いた。

 

「…………ぁっ…………」

 

そして、気づく。

 

……なんてことはない。

眼にするまで一切の気配を感じなかったのも当たり前だ。

 

それは、月明かりに照らされた水面に写った……ただ無様に淀んだだけの私の顔だったのだから。

 

「…………なに、やってるん、だろう」

 

汗を流すどころか、身体も頭も完全に冷えてしまった。

のそのそと身体を拭いた私は、結局そのまま寝床に戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

「…………私がやるか?」

 

「いや……俺がやろう」

 

「そう、だな……それがいいだろう」

 

 

 

 

翌日課された修行は、ケンシロウさんと行う組手だった。

 

修行を続けるうち、勝手に見学するだけという建前はすでに消え失せ、こうした実践さながらの項目を取り入れてもらえるようになっている。

 

しかし、今回それをするにあたってのケンシロウさんの様子は、普段とは違っていた。

実践さながらどころではなく、"実戦そのもの"のような鋭い気迫。

トキさんと組手をする際でさえ、ここまででは無いかもしれない。

 

そのさまに否応なく感じるのは緊張感と……

なにか、言いようのない悪い予感……恐怖。

 

そんな私をよそに、ケンシロウさんは口を開いた。

 

「マコトよ」

「……っ、はい」

 

「今日はお前が、北斗神拳を伝承するに足る存在かを確かめさせてもらう。全力でかかってこい」

 

………………。

 

……彼は、なんて言った?

北斗神拳を、伝承出来るかどうかを、試す?

 

……なら、今までの修行は?

これだけのことをしてきて、これで認められなければ、私は北斗神拳を使えない……?

 

 

「なっぇ、待」

「言葉は不要! この俺の身体に一撃でも浴びせられなかったなら! お前はその場で伝承者足る資格を失うと思え!」

 

そう気焔を吐き襲い来るケンシロウさん。

思考はまだ"突然つきつけられた終わり"という混乱から醒めていなかったが、それでも身体の方は反射的に動き、紙一重でケンシロウさんの拳を避けることに成功した。

 

そのまま後方に跳び距離を取ろうとするも、ケンシロウさんはそれを超える速さを以て距離を詰める。

 

「────ッ!」

 

とっさに拳打による迎撃を行うが、崩れた体勢からの苦し紛れの攻撃が通じるはずもなく。

難なく受けられると、そのまま腹に痛烈な殴打を浴びた。

 

「がっ、はっ!」

 

その衝撃に、私の軽い身体は鞠のようにたやすく地面を跳ね回る。

すでに後ろに下がりながらだったことと、咄嗟に腹部に意識を集中させていたおかげで、見た目の派手さほどの致命的なダメージはもらっていない。

しかし、ケンシロウさんが如何に本気で私を打ち倒そうとしているかは、今の打ち合いで十分すぎるほど感じられた。

 

グルンッと身体を回しながら地面に着地し、こちらの様子を伺うケンシロウさんを見据える。

 

……今になってケンシロウさんが、伝承の道を絶えさせるかもしれない苛烈な選択を取った理由はわからない。

しかし、かといって私もここで終わるわけには行かない。

 

だから、今出来る全力を持って抗う覚悟を決める。

 

「ふぅ~……ッ!」

 

イメージするのは、何度も何度もトレースを繰り返してきた世紀末最強の男、ケンシロウさんの動き。

それを自らの身体により再現する。

 

これまでの修業で身につけた力でもある、北斗神拳が真髄の一つ、闘気。

身体中に流れるこの力を呼気と共に練り上げ、高めていく。

 

そして前にくっと倒れ込むように身体を沈ませると、蹴り足に闘気を一気に流し、爆発的な加速で飛び掛かる!

 

「────疾ッッ!」

 

常人には消えたようにすら見えるだろう速度での疾走も、目の前の強者は容易く見切る。

連続して繰り出す拳を防がれると、そのまま死角を取るための"軸の移動"に流れる。

 

それは、北斗七星になぞらえた動き。

 

達人同士の戦いにおける死角とは北斗七星の星列にあるとされ、北斗神拳伝承者はそれに沿った動きをすることで勝機を得る。

つまり、北斗神拳の使い手同士の戦いは、この北斗七星の"陣取り"を制することが肝要となる。

 

純粋な肉体の強度の差で以て私より速く、鋭く動くケンシロウさん。

それに対し、私はあえて動きを落とした上での、急激な緩急の変化を以てそれに付いていく。

 

「あたぁーっ!」

「せあぁーっ!」

 

互いに気迫と共に拳を交わしては即座に移動に流れ、また打ち合いを繰り返す。

 

そして幾度かのぶつかり合いを経て、その均衡は崩れた。

 

「ぐッ────ぅ!」

 

この北斗七星の陣を手にしたのは、地力で勝るケンシロウさんだ。

決着を狙うその右拳が私に振るわれようとする。

 

「ほぉぉ! あたぁ!」

「ふぅっ、でぇりゃぁあ!」

 

そこで私が取った選択は防御ではなく、カウンター。

それも先に拳を入れる完全な形ではなく、ほぼ同時か自分のほうが僅か遅れて刺せるような、玉砕まがいの稚拙な攻撃。

 

追い詰められた結果純粋な勝利を捨て、せめて継承の条件にある一撃を浴びせる。

ただそれだけを狙った無様な抵抗。

 

 

────と、そう思わせるための攻撃だ。

 

 

「むっ!?」

「疾ッ、ぃいッッ!!」

 

ケンシロウさんが私の拳に意識を向け、お互いの拳が刺さる寸前。

私はカウンターのため流れていた重心の移動先を無理やり歪め、コマのように片足を軸に回転させた。

 

相手を欺く、詭道もまた北斗神拳。

それはケンシロウさん自身も言ったことだ。

 

目論見は刺さり、ケンシロウさんの拳は私の腹部を掠めながら通り過ぎる。

そのまま回転に身を任せ、無防備な身体に、今度こそ本命の蹴りを炸裂させる────っ!

 

 

「ごっふっ…………!」

 

あと、ほんの僅かで届く!

……残ったケンシロウさんの左拳が、再び私の腹に突き刺さったのは、そう希望を抱いた瞬間のことだった。

 

 

今度は、先程のように受け流せてはいない。

逆に受けた形となるカウンターは、身体の内部から噴火したかと錯覚を起こすほどの衝撃を私に与える。

 

「ぐ……ぐ、あっぅぅ、うぅう~~~~~ッッ!!」

 

────これすらも、届かない。

 

苦痛にまみれ、涙に滲んだ視界で強大過ぎる目の前の漢を、地べたから見上げただ呻く。

 

一体、何をすればこの人に届くのか。

揺れ動く足になんとか力を込め立ち上がるものの、じわじわとした諦念と絶望が、私を満たそうとしていた。

 

 

……いや、考えてみれば、これは当然のことと言えた。

私が目指す動きはケンシロウさんのもので、それは現状においてはケンシロウさん自身の劣化コピーに過ぎない。

 

私に出来る動きがケンシロウさんにも出来る以上、何をしても現時点で上を行くのは不可能に思えた。

私がこれまで身につけた力は、ケンシロウさん以外の強敵を倒すためのもので、ケンシロウさんそのものと雌雄を決することはそもそも想定していないのだ。

 

……ならば……この戦いは……

 

 

「……よい動きだった。かつて北斗神拳を学び始めてから、これほどの早さでここまでの戦いが出来たものは、おそらくおるまい」

 

だが、とケンシロウさんは続ける。

 

「如何に完成度を高めようとも、今のマコトが北斗神拳の極みに至ることはないだろう」

「……どう……して……ですか……これだけの修行をしてダメなら、こふっ、これ以上……これ以上、どうすればいいって言うんですか」

 

それがわかるなら、なんだってしてやる。

例えその先に命を捨てることがあったとしても、私は、私はケンシロウさんに────

 

 

その時、これまで黙って戦いを見つめていたトキさんが、初めて口を開いた。

 

 

「……北斗神拳の伝承者はしばしば人外のものとして例えられる。曰く死神、曰く闘神(インドラ)の化身。形容される言葉は数あれど、どれも正確とは言えない」

 

「なぜなら、北斗神拳はどこまでいっても人が振るう拳だから。……人が、人のままで、人の世のために使う。そこにこそ意義があるからだ」

 

 

──────あっ。

 

 

ゆえにマコトよ、とケンシロウさんが言葉を継ぐ。

 

 

 

「北斗神拳は、誰かの真似をするだけの人形に扱えるものではない!」

 

 

 

────────────。

 

 

 

その言葉を聞いて呑み込んだ瞬間────

私はまるで、今までモノクロにしか見えていなかった世界が、初めて色を持ったような感覚にとらわれていた。

 

 

私は、今まで、何をしていたんだろう。

 

 

「マコトよ。修行をしている時のお前は、いつも不思議な眼をしているな。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ぁ……ぅ……」

 

「お前がどれほどの覚悟を持って修行を始め、あれほどの痛苦に耐え続けているのかは、俺には計り知れん。だが────」

 

 

「────お前はその道の先に、何を見ている?」

 

 

「なに、って……それは、シンを倒して……姉さんを……」

 

────その先は?

 

…………それは、世にはびこる悪党を倒してまわって、人々を助けて……

 

────その先は?

 

その先は……そうだ、北斗と南斗の宿命に決着をつけなければ。

サウザーを、ラオウを倒して、世に一時とはいえ平和をもたらすんだ。

 

────その先は?

 

その後も天帝軍が世を乱す。

……それに決着をつけたら修羅の国にも渡り、カイオウの野望を食い止めなければならない。

 

────その先は?

 

そうしたら世を巡って過去の因縁の精算をしていって……ボルゲを倒して……

 

 

──────────その先は?

 

 

…………ない。あるはずがない。

なぜなら、ここで原作は完結しているから。

私が知る限りの北斗の拳は、ケンシロウさんの物語はここで終わっているから。

 

ケンシロウさんやトキさんが私の事情……ましてやこの世界が辿る本来の流れなど当然知る由も無い。

しかし、その上で修行に臨む私の姿を見て、その在り様の本質を見抜いた。

 

それは、元の世界に生きる男としてでも、この世界に生きるマコトとしてでもない……

ただただ、ケンシロウさんの代わりに生きて、そして死ぬ"舞台装置"だ。

 

ケンシロウさんを犠牲にして生き残った私は、それの代わりを果たすためなら死んでも構わないと……

いや、それどころか、それを果たして死ぬべきではないかとすら無意識の底で考えてしまっていた。

 

 

私は、今まで、何を見てきていたんだろう。

 

 

人を人たらしめるものとして、役割というものは欠かせないものだ。

この世界に生きる誇り高き漢たちは、皆その役割に殉じ鮮烈に散っていった。

だが、決してそれだけではない。

 

眼の前にいる漢……ケンシロウさん。

彼は婚約者を奪われた復讐の道中でも、復讐を果たした末での北斗・南斗の因縁の精算でも、決してその役割だけに腐心していたわけではない。

 

弱く、儚い者たちの願いを聞いた。

自分の意志で力を振るうことで時に人を助け、時に悪をくじいた。

 

 

つまり、ケンシロウさんは"それ"のためにその道を歩いたのではない。

ケンシロウさんという一人の漢として歩いた道…………その軌跡を指したものが、初めてこう呼ばれるんだ。

 

 

 

()()()()()()()()と。

 

 

 

「────────」

 

 

私は天を仰いだ姿勢のまま、暫くの間目を瞑っていた。

……その間、ケンシロウさんもトキさんも何も言わず見守ってくれていた。

 

────考えたいことがたくさんある。

彼らに伝えたい言葉が、感情が、溢れ出して止まらなくなりそうだ。

 

それでも、今は。

 

 

静かに眼を開き、戦うための構えを取る。

半身に構え左拳は前に突き出し、右拳は顔に近い位置で止める。

 

……それは、今までしていたようなケンシロウさんの猿真似ではない。

 

この世界で学んだ北斗神拳。

それに、元いた世界で学んだ格闘技の要素を取り入れた上で、今の私が出来る一番自然な構えを意識すると、この形になった。

 

「…………そうだ」

 

ケンシロウさんがここまで穏やかな顔で笑うのを見るのは、この世界に来て初めてかもしれない。

いや、これまでも見ていたはずのものに、今ようやく気づけただけか。

 

「…………行きますっ!」

 

代替のモノではなく、初めて(マコト)として振るわれたその拳は真っ直ぐにケンシロウさんに向かい…………

ドッと私の胸部を打ち抜いたケンシロウさんの拳の前に、その動きを止めた。

 

 

意識を失う直前に認識できた光景は、ほんの僅か……

ケンシロウさんの服を抉っていた、私の拳だった。

 

 

 

 

目が醒めると、辺りはすっかり暗くなっているところだった。

今は目に映る範囲に誰も居ないが、冷えないよう布団を被せられ、寝床に運ばれている優しさが暖かった。

 

身体を動かせることを確認すると、そのまま起き出して歩く。

目的地は今では数少ない、この世紀末でもたくましく咲き誇る品種の花畑。

なんとなく、なんとなくそこに行きたいと思った。

 

花畑に着いて腰を下ろす。

そのまま先程の組手で気づかせてもらったことを一つ一つ反芻していく。

 

その上で、最初に口をついて出たものは。

 

 

「…………原作愛の強さも、考えものだなあ」

 

 

そんな、自嘲の言葉だった。

 

原作を愛するあまり、シェルターでその記憶が覚醒した時のショックが大きなものになりすぎた。

登場人物を愛するあまり、その役割を自分のせいで歪ませてしまったと考え、それを贖おうとしていた。

 

ただでさえ罪悪感を始めとした、マコトが元々持っていた感情。

それらにこの原作への愛が上乗せされ、自分でもコントロールが出来なくなる程にまで膨らんでしまったのだ。

 

思えばシンにかけた言葉も、ケンシロウさん達に教えを乞うた言葉も何もかも。

『マコトならこう言うはず』『世紀末救世主になるためにこう言わなければならない』という義務感からくるものに過ぎなかった。

 

つまり、なんてことはない。一言で言ってしまえば、私は。

 

 

「あのシェルターの日から今日に至るまで、ず~~っと、テンパっていたんだ」

 

誰に強要されたわけでもないのに勝手に責任感を暴走させ、周りに心配をかけてしまった。

 

……おそらく、あのまま進んでいたなら自分で自分の胸に七つの傷をつけて伝説の再現を~ぐらいのことはしていただろう。

というか、今日までその発想に至らなかった幸運に感謝せざるを得ない。

昨日までに思いついていたなら、酔った勢いで目立つところに痛入れ墨を彫ってしまった人みたいになるところだった。

やってること半分原作のジャギじゃないか。

 

「心が大事だ~とか言っておいてこれはちょっと……恥ずかしい……」

 

冷静になった今思えば、強い人の真似だけをして自分の意志はほぼ介在させない~なんて、創作ならせいぜい中ボス止まりのやられ役マインドだ。

北斗の拳で出るとしたら、アニオリの尺稼ぎ用使い捨てキャラがいいとこで、とてもじゃないが主人公のやることじゃない。

……今の自分なら主人公に相応しいのかどうかは置いておくとして。

 

でも、今はそれに気づけた。

どこまでも優しくて強い、あの二人のおかげで。

 

私は、あの人達みたいになれるだろうか。

いや、もう無理になる必要はない。

私は私だ。私は私のままで、この世紀末で戦って、この世紀末で生き抜いて。

 

「────そして、この世紀末を楽しもう」

 

そうだ、私はあれほど愛した世界に今両の足をつけて立っている。

それなら誰かが歩いた道ばかりなぞるのではなく、私なりのやり方で関わっていくことが出来るはずだ。

 

思えば、原作は救世こそなったが、それにより犠牲になったものも多すぎる。

ラオウを始めとした雌雄を決するべき相手は、その使命に殉ずることは避けられないかもしれない。

しかし、そうでない、ただこの世紀末を精一杯生きる善良な人たち。

 

彼らの全てを拾うことは無理でも、知識を、力を持った私なら、その取りこぼしを少しでも防ぐことが出来るかもしれない。

 

それが、この世界に生きるマコトとして……私として、選ぶ道だ。

 

 

考えをまとめるほどに、これまでぼやけていた視界がクリアになっていくのを感じる。

そのままバタンっと仰向けの大の字に寝転がって、空を見上げた。

 

そういえば、この世界を象徴するほど大事なもののはずなのに、ちゃんとした形で星を見るのも、今日が初めてな気がする。

 

「…………キレイだなあ」

 

視界いっぱいに広がるのは、満天の星空。

そして、たった七つにしてそれら全てに負けないほどの輝きを放つ北斗七星。

 

 

…………その脇に輝く星は……見えない。

 

 

多分、昨日までの私ならそれを……死兆星を、見ていたことだろう。

もしかしたら落ちる前の秒読み段階だったのかもしれない。

だからこそこのタイミングで、荒療治をもって諭してくれた……というのは、さすがに考え過ぎだろうか。

 

そのまましばらく感慨にふけったあと……今日はまだ何も口にしていなかったことを思い出し、戻る。

鍛錬のためだとか、栄養がどうだとか、今回は考えることなく食べたいように食べて、ストレッチ程度に少し身体を動かしてから、寝た。

 

……眠りに入る直前、ケンシロウさんとの戦いの最後を思い出す。

繰り出した拳が一撃の条件に入っているのかどうかだけは少し心配になったけど、それも明日考えよう、と思った。

もしダメでも土下座でもなんでもしまくって頼み込んで、それでもダメならいっそ自分で拳法を作ってやろう、とまで開き直っていた。

 

 

────今日は、誰と戦う夢を見ることも無く、完全に熟睡できた。

 

 

 

 

翌朝、目を覚ました私はそのまま水場に向かう。

そこで顔を洗い身体を拭き、手櫛で髪を整えて……そして、水面に映るその姿を見た。

 

 

「────なんだ」

 

 

そこにあったのは、以前とは打って変わっていっそ現金なまでに血色の良くなった肌。

姉さん……ユリアに比べると短めにある程度切り揃えられた、艷やかな黒髪。

これまた姉さんに比べると若干幼い印象があるものの、切れ長で快活な瞳に整った目鼻立ち。

まだ若いながらも出るところの出た無駄の少ないプロポーション。

 

……そりゃそうだ。

ただでさえ美女揃いの北斗の拳世界の女性で、さらにその中でも一番美しいと言っていい存在である、姉さん。

 

私は、そんな彼女の実の妹なのだ。

 

 

「私もちゃんと、美人なんじゃないか」

 

 

そんな"当たり前"にすら、今この時になって初めて気づけたんだなあ、と。

 

私はひとり、笑ったのだった。

 

 

 

 

そして、修行を始めた日から約二年の時が過ぎた。

 

 

────────私の道が、始まる。

 

 




この主人公三話目にしてガチSEKKYOU(?)受けてる……

お待たせしました。次回から原作一話の範囲となります。
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