【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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第三十話

★★★★★★★

 

 

「げ……ぶ、ぅぅ……!!」

 

「────」

 

「ぐ、ひゅぅ、げほっぐ、ぅぅ、ううぅ~~…………!!」

 

 

この戦場において何よりも、誰よりも速く、激しく、そして軽やかに。地を滑り、空を舞い戦っていた女、マコト。

 

……彼女は今、その顔を苦悶に歪め、血と吐瀉物にまみれた地面に、ただうずくまっていた。

 

 

(く……そっ……!)

 

 

「な……なんで、だ……!?」

 

 

信じられないものを見た、とばかりに力なく呟くのは、つい先程までマコトの勝利を予感していた少年、バットだ。

 

背後からの攻撃を迎撃され、戦いを再開した直後はまだ良かった。マコトは確かに、ダメージも動揺も感じさせない"これまで通り"の戦いを、こなすことが出来ていたように見える。

 

変わったのは、ラオウの方だ。

 

マコトが繰り出す様々な連撃をラオウは受け、防ぎ、捌く。

拳を交わせるたびに、加速的にその精度は増していき、ラオウ自身が反撃をする機会もみるみる増えていった。

 

そうして今、ついにその拳はマコトの腹部を捉え、彼女を地に叩き伏せた。

 

幸いというべきか、突き刺さった拳自体は速度を重視したもので、渾身の一撃、というほどのそれではない。

そのため、マコトはかろうじて意識を手放すこと無く、歯を食いしばり痛苦に耐えながら、ラオウを睨み続けることだけは出来た。

 

そのマコトの態度に警戒すべきものがあったか。それとも、確信した勝利の到来による余裕からか。

ラオウは一度追撃の手を止め、ただ静かにマコトを見下ろす。

 

 

そして、代わりとばかりにバットは困惑の声をあげ続けた。

 

「さっきまで、互角に戦えてたじゃねえか!? なぁケン、なんで、なんでいきなりマコトのやつがやられてんだよ!?」

 

「…………経験の差、だ」

 

詰め寄るようなバットの言葉に、重々しく、そして……どこか慎重に、言葉を選ぶように。ケンシロウは答えた。

 

「マコトは……ごく短期間で北斗神拳を使えるようになるため、北斗神拳の技の全てではなく一部……彼女に取ってより必要なものだけを選択し学んでいった」

 

「……他の拳法家が相手ならば、それでも十分すぎるほどにマコトさんは強くなった。しかし、同じ北斗神拳使いであり、ここに居る誰よりも戦闘経験を積んだラオウ。実力が拮抗したこの男を倒すには、絶対的な引き出しが……経験が、不足していたのだろう」

 

ケンシロウの説明をトキが引き継ぐ。しかし、バットはまだ納得がいかないとばかりに食って掛かった。

 

「な、なら! さっき、マコトが勝てないって言ってたってことは、それも分かってたんだよな!? どうして二人とも、戦う前に止めなかったんだよ!?」

「……それは」

 

「そ、れは……私が、頼んだ、から、ですっ……!」

 

ケンシロウたちの言葉を遮ぎり、腹を抑えながらの苦しそうな声で、それでも力強く吐き出すのは、マコトだ。

 

「厳しい、戦いなのは……承知の、上、ですっ……。でも……いや、"だからこそ"この戦いは止めないでくれるよう、私がお願いして、いたの、です……!」

 

 

────これは、原作の展開を知る彼女ならではの選択。

 

原作に於けるこの戦いでケンシロウは、ラオウに対する柔拳を身に着けていないことを理由に、秘孔を突かれるという形でトキに止められた。

 

それによりトキはただでさえ病に蝕まれる身体に傷を重ねる。

また、最終的にはリンの声によりケンシロウが秘孔を破るものの、それに至るまでにさらに死者も出る寸前、という危うい状況だった。

 

故に、レイ達を追い村へと向かう道中、彼女は自分の柔拳を始めとした、ラオウと戦う武器をトキ達に提示し、約束を交わした。

『もし勝てる可能性があると思うなら、自分の戦いを止めないで欲しい』と。

二人……特にケンシロウは非常に複雑な表情こそしていたが、トキと一言二言何事かを話し合ったかと思うと、最終的には納得したようだ。

 

あの時の二人の態度から、おそらく二人から見ても厳しい……勝算の薄い戦いであることは、彼女もまた覚悟していた。

……その原因が経験不足ということには、この段階になるまで気付くことはなかったが。

 

 

とは言え、原因がそれだとしたら。

 

────────まだいける、と。彼女はそう考える。

 

(まだ一つだけ……私には、やれることがある……!)

 

 

……マコトがそう決意を深めるのとほぼ時を同じくして、それでもなんとか止めたい、と声をあげようとしたバット。

その時、彼の肩にそっと手が置かれる。

そうしてその男、ケンシロウはバットにだけ聞こえるように……迷いの無い、にも関わらず苦渋に満ちた複雑な表情のまま、ささやきかけた。

 

 

「────これは、彼女自身が気がつかなければ意味が無いことなのだ」

 

「…………っ!?」

 

それを聞いたバットは、ケンシロウが使った言葉にどこか違和感を覚え……だが、それ以上に有無を言わせぬとばかりの、ケンシロウの真剣な表情の前に、今自分が出来ることは何も無い、と理解させられることとなった。

 

 

ケンシロウ達が黙ったことで、再び戦いの空気に戻ったと感じたのだろうか。ラオウは警戒しながらも再び歩を進める。

無論、苦痛をこらえながらうずくまるマコトのもとへ、トドメを刺すためだ。

 

 

と、その時。

 

動き出したばかりにも関わらず、ピタッと。

ラオウがその歩みを止め、静かな……しかしよく通る声で呟いた。

 

 

「フッ、辞めておけ。そのようなもので俺は……────っ」

 

 

が、そのセリフは、予想外の光景を前に途中で打ち切られることとなる。

 

原作という形でマコトも知る、この場面に於いてラオウの動きを止めるもの。

それは『背後からボウガンで狙われる』という明確なる敵意の察知だ。

 

 

しかし、今回ラオウに対し向けられたものは────

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

「……"貴様ら"」

「え……ぇぇ……!?」

 

マコトからしても想定外の三つ……三方向からなる敵意。

 

すなわちマミヤ、アイリがボウガンにて。

そして、重傷の身をおしたジャギが、震える手で構えた銃にて。

 

それぞれ同時に、ラオウにその切っ先を向けていたのだ。

 

 

「どんな話をしていたとしても、村と、弟の恩人を……このまま殺させるわけにはいかないわ」

「マコトさん、今度は、私が……!」

 

「や、やめろ!!」

 

緊迫した声色で静止の声を上げた者。

それは当然、照準を突きつけられたラオウ……であるはずもなく、レイだった。

 

「北斗神拳には二指真空把がある! ボウガンなど役に立たん、矢を投げ返されて死ぬだけだ!!」

「…………!!」

 

レイの言葉に驚愕と恐怖を覚えながらも、それでも、それ以上の強い覚悟で撃つ決意を固めるマミヤとアイリ。

それを見たラオウは、笑う。

 

「フッ……面白い、やってみるがいい! なるほど、三発同時に撃ったならば、どれか一つぐらいは俺に当たるかもしれぬなあ!?」

 

この場に居る達人達は、ラオウのその言葉が欺瞞……嘘であることを確信している。

完全に不意をついたならばともかく、戦闘の緊張状態にある今、ラオウに並の飛び道具など何発重ねようと通じるはずもない。

 

それを察し、話している間にもトキはマミヤを、ケンシロウはアイリを守れるよう、さり気なく距離を詰めている。

もちろん、バットやリンは下がらせながらだ。

 

こうして、マコトのトドメへと向かうはずだった戦況は、ほんの一時だが、彼女たちによって膠着することとなった。

 

 

 

 

 

────ラオウは、考える。

 

ケンシロウとトキがどういうつもりで、マコトの戦い……いや、敗戦をただ眺めているのかは分からない。

が、奴らの性格から考えても、女二人への反撃を見過ごすということはしないだろう。

 

だが、それならそれで、別の形で代償を支払ってもらうだけだ。

この拳王に楯突いた者に、何の痛みも与えずに済ませては、世紀末覇者の沽券にも関わるというもの。

 

(…………フッ)

 

そこまで思考したところでラオウがチラりとねめつけたのは女二人では無く……

守るものもおらず、息も絶え絶えという様相で銃を構える男、ジャギだった。

 

狙いは、こいつだ。

 

 

 

────ジャギは、考える。

 

マコトの仲間の女達は、自身の死を覚悟して撃つつもりだろう。

しかし、この状況でラオウが狙うのは、恐らく自分だ、と。

 

 

そうすることで、自分が放った矢が原因で、助けに入った男を死なせた……そのトラウマを、恐怖を与えることで、歯向かう気概を折ろうとしているのだ。

……まあ、妹アイリの方からすれば、自分を攫い売った仇に対する正当な復讐なわけだが、とジャギは自嘲する。

 

正直なところ、今の自分の状態では、ラオウの二指真空把による反撃を防ぐことは難しいかもしれない。

だが、それでも、とジャギは引き金にかけた指の力を強める。

 

これによってほんの少しでもマコトが回復する、もしくはラオウの隙を見出すきっかけになるのなら、十分に命を張る価値のある場面だ。

 

『たとえ99%負ける場面でも、1%の勝機があれば戦うのが北斗神拳』……だったか。

聞いた当時はくだらないと吐き捨てたこの信念にも、今この時なら。

何のためらいもなく、身を委ねることが出来そうだった。

 

……それに、何より。

 

この状況で一瞬だけマコトと交わした視線……痛みにうめいているだけのはずの彼女が一瞬覗かせた、その目を見て。

 

『ああ、こいつはまた何かやるんだな』と。

不思議なほどの確信を持って、理解することが出来ていた。

 

 

 

────────そして、マコトは。

 

 

 

全く同時、三つの音が鳴った。

二つは、ドヒュッという風を切るボウガンの矢の音。

一つは、ガァンッという空気を破裂させたような銃声。

 

銃口を突きつけられながらも、膠着状態に飽いたラオウがマコトのもとへ踏み出した瞬間、三人が同時に放った攻撃によるものだ。

 

文明の利器がもたらす三方からの脅威に曝されても、拳王ラオウが動じることは無い。

小さく速い銃弾は銃口から弾道を読み冷静に避け、ボウガンの矢は二指真空把により二つとも難なく受け止める。

 

「あぁっ!!」

 

そうして、受け止めた矢をその技本来の使い道通り、彼女たちに返す……のではなく。

 

ギロリとジャギをにらみつけると、手を翻してその瀕死の男に、持った矢を容赦なく放とうとして────。

 

 

────その手を、上空に跳ね上げられた。

 

「ぬ、ぅっ!?」

 

ラオウの手を弾いたのは、天を向くように真っ直ぐに上げられた、脚。

 

 

「────十分です。皆さん、ありがとうございました」

 

 

そこに居たのは、直前まで深刻なダメージにうめいていたはずの女、マコト。

 

彼女たちによる、覚悟の足止め。

その最中も、焦る気持ちをこらえて絶えず発動させていた癒しの力。

 

 

復活したマコトは、童女のように朗らかに……それでいて鮮烈に、笑った。

 

 

「おかげで、私はまた戦える。……第3ラウンドといきましょう、ラオウ!」

 

 

 

 

「き、貴様っ……なぜここまで……!!」

 

 

────危険、だ。

 

即死にこそ至らないまでも、十分な手応えの一撃を叩き込んだはず。

にも関わらず、まだ声を発することが出来ていた、というのもそもそもおかしな話だった。

 

そして今、ほんの数瞬前までの苦悶の表情が嘘のように、軽快な動きで再びこの拳王に牙を剥いている。

 

思えば、ジャギとの戦いから今に至るまで、ずっと覆され続けた自身の想定。

そのジャギを変えた者もまた、この眼の前の女であったことを今、改めて思い返し……

 

「ぬぅぉおおお────!!」

 

ラオウは今、背中を流れた冷たい汗の感触を振り払うように、激しい気合とともに応戦した。

 

 

────こいつは今、ここで(たお)しておかなければならない!!

 

 

「はぁぁぁぁあ!!」

「うぉぅっ!!」

 

復活劇に動揺した、心の隙を縫うようなマコトの拳がラオウを捉え、鮮血が噴き出す。

 

身体は癒しの力で万全とは言えないまでも治し、心は仲間たちの助けによってかつて無く燃えている。

ラオウは、想定外の事態が重なった動揺もあり、今明確にマコトの勢いに押されだそうとしていた。

 

 

が、しかし。

百戦錬磨のラオウはその動揺も戦いの中で、驚くべき速度で鎮める。

 

そもそも、マコトが追い詰められた原因は純粋な実力ではなく、経験不足。それは復活した今も何も変わらない。

で、あるならばラオウがやるべきこともまた、何も変わらない。

 

そう判断したラオウは今、マコトが繰り出した、予測通りの軌道で秘孔を狙った左拳をかわす。

 

そして、技の終わり際に今度こそ致命の、渾身の一撃を放ち────。

 

「疾ッッぃぃい!!」

「ぶふぉッッ!?」

 

その顔面を、大きく弾かれることとなった。

 

 

胴回し回転蹴り。

マコトは左拳を"外した"勢いのまま倒れ込むように回転し、全体重を載せた蹴りを叩き込んだ。

 

突然の衝撃にぐらつくラオウに、追撃のローキックが迫る。

丸太のようなラオウの脚すらをも、刈り取らんとばかりに腰の入ったそれは、強力だが大振りだ。

逆に脚を破壊しようと闘気のこもった指で迎撃……その瞬間、突然軌道が変わった脚に顔が薙ぎ払われる。

 

立て続けに脳を揺らされたラオウに続けて迫るのは、鼻下の急所……人中目掛けて放たれた一本拳。

かろうじてそれを防いだかと思えば、肝臓を狙った三日月蹴りが。鎖骨を砕こうと打ち下ろす鉄槌が。肉ごと削ぎ落とさんとする勢いの肘打ちが。

間髪入れずラオウに襲いかかる。

 

このマコトの戦いに覚えた違和感……最初にそれを声に出したのは、レイだった。

 

「な……マコトのあの技は……? あれも、北斗神拳なのか!?」

 

 

(────────否ッ!! これは────)

 

 

連撃に曝される中、北斗神拳に習熟するラオウは心の中で叫ぶ。

 

そう。

今、マコトが使う技は北斗神拳ではない。

マコトの元の人格……前世で身に着けた格闘技経験と、知識から振るわれるものだ。

 

 

────マコトは、考える。

 

当然、元の世界で生きていた頃に今ほどの修行をして、この力を身に着けていたわけでは無い。

 

しかし、北斗神拳ほどの圧倒的な、ファンタジー染みた力で無くとも、この現代に至るまで継承され、科学的に強さが実証されている現代格闘技。

北斗神拳で身に着けた転龍呼吸法……人体の潜在能力を100%発揮するこの奥義を用いた上で、今の自分の技術で、力で以てそれを振るったなら。

 

それは、一つの立派な武器……選択肢になってしかるべきなのではないか、と。

 

そして、その武器に、ラオウがほんの僅かでも脅威を覚えたなら。

 

「天破活殺ッッ!!」

「ぐぅぅぉ!!」

 

本命である、北斗神拳の一撃を通すための、十分すぎる布石となる、と。

 

 

────ラオウが持つ、経験による読み。北斗神拳同士の戦いにおける絶対的な優位性は今、崩れた。

 

 

これが、ケンシロウとの実戦まがいの組手や、シンとの戦いでも使った、今のマコトが切ることが出来る最後の札。

 

しかしこの戦いすらも、長く持つものではない、とマコトは考えている。

 

如何にラオウに馴染みのない戦術といっても、その習熟度も脅威も、北斗神拳に比べれば浅いと言わざるを得ないもの。

ラオウに時間を与えれば、これすらも何時しか読まれ、今度こそ勝機は無くなるだろう。

 

しかし、今に限ってはその心配をする必要はほぼ無い、とも考えている。

 

何故なら。

 

 

「ぬぅぅぉおおおおお────ッッ!!」

 

 

鬼気迫る勢いでラオウの拳が振るわれる。

それは、この攻撃を耐えしのぐなどという気配など欠片も覗かせない、決死の猛攻だった。

 

紙一重で避けるたびに、裂かれた皮膚から鮮血が舞い散る。

すでにラオウもマコトも、血で濡れていない箇所を探すほうが難しい、極限の戦況。

 

致命打寸前の拳を叩き込んだにも関わらず、あり得ざる復活を果たしたマコト。

彼女に対し、さらに時間を与えるという選択肢は、今この時のラオウには無かった。

 

 

────今、この場でなんとしても決着をつける。

 

互いの利害が、方策が一致した結果、戦いは急速に終局を迎えようとしていた。

 

 

…………そして。

 

 

「岩山両斬波ッッ!!」

 

一瞬の隙を突き、マコトが放った闘気のこもった手刀。

かろうじて首を捻るものの、肩部を大きく裂かれる痛みにラオウは呻く……が。

 

(────抜けな……っ!?)

 

ズタズタのはずの筋肉を無理やり固めたことで、一瞬マコトの動きが止まる。

 

刹那のチャンスを逃すまいと、マコトの顔面に、ラオウの拳が振るわれる。

 

ラオウ自身の闘気による圧力も手伝い、マコトの顔より遥か巨大に見える、圧倒的迫力。渾身の拳。

それを目にしたマコトは、瞬時の判断により完全な回避を諦め……

 

タンッ、と。両足を地面から離し、極限まで脱力した状態でそれを受けた。

 

「ぶ、ぅぅうう────!!」

 

当然、マコトの柔らかな頬肉は無残に破け、顔は歪み弾かれる。

しかし、柔拳により可能な限り威力を殺したそれは、マコトの命脈を断つには至らない。

 

(────痛い、痛い痛い痛い、本当に痛い…………! でもっ…………!!)

 

「ッッ! ここで反撃だとッッ!?」

 

その弾かれる勢いを利用し、回転。

これまで以上の威力をその身に受けたなら、これまで以上の速さで、勢いで回り、攻撃に転化する。

 

今にも倒れこみたい、とガクガクとわらう脚に力を込め、霞む意識に喝を入れ。

マコトは、自身の秘孔を突いて、驚愕の声を上げたラオウへの最後の一撃を放つ。

 

 

「龍、渦……ッ!」

 

 

その気迫を、彼女が繰り出そうとする、小さな……だが明らかに自身を食い破るに足る"牙"を携えた、その拳を目にしたラオウ。

 

 

(…………負け、る……? この俺が…………!?)

 

 

瞬間、感じたのは明確な敗北の予感。

 

そして。

 

 

「ッがぁああああ────ッッ!!!!

 

「────ッ!!?? 門、鐘────ッ!!」

 

 

────だからこそ、これまでに無く燃え盛った、自身の誇り、矜持だ。

 

今、"こいつにだけは"何が何でも負けるわけには行かない。

 

その強い想いのもと、ほぼ同じタイミングで剛拳が振るわれる。

 

 

そして、拳が届く。

 

先に刺さったのは……速度、拳速で勝るマコトの拳。

それは、確かに頑健なラオウの皮膚を貫き、致命の急所を穿とうとしていた。

 

 

「が……ふっ……!!」

 

 

…………だが、その急所に届く前。

ラオウの拳による破壊圧は、表面に刺さったその時点で、マコトの内部に浸透し────

 

 

────今度こそ、マコトは、崩れ落ちた。

 

 

最後の攻防を経て今、意識を失うこの瞬間……マコトは、悟る。

 

 

(ああ、そう……か…………そりゃ、負け……る……か)

 

 

経験、なんかじゃなかった。敗因は……自分に、足りなかったものは────。

 

 

(やっぱ、り……強い、な…………)

 

 

 

 

★★★★★★★

 

 

「…………生きてる、か」

 

パチリ、と。直前までの意識にあった戦いが嘘のように静かに、穏やかに目を覚ます。

私の目に入ったのは、自分に被せられた布団と、何度か活用した覚えのある、マミヤさんの村の寝所だった。

 

敗れた以上、あの場で死んでいてもおかしくはなかったが……ケンシロウさん達に守られたか、はたまたラオウに見逃されたか。

どうやら幸いというべきか、私の道はまだ途切れてはいないようだ。

 

「マコトさん!!」

「おっ起きたかマコト!! 心配させんなよ~~!!」

 

喜色を隠さずに私に飛びついてくるのは、リンちゃんとバットくんだ。あとはケンシロウさんも居る。

……ここに居ないメンバーのことが気になるが、彼らの表情を見るに、最悪の……私の昏倒中に死者が出るといった事態は、恐らく免れている……はず。

 

 

ならば、今私が気にすべきことは。

 

 

「心配をかけてすみません。……ラオウは、どうしましたか?」

「やつは、再び旅立った。……しばらくは、受けた傷を癒やすために潜伏するだろう」

 

やはりというか、私の知る原作と、流れ自体はほぼ同じような形に収まったようだ。

 

ただ……原作との明確な違いは。

 

 

「…………敗けたん、ですね……私は」

 

その言葉を吐き出すとともに、私は無意識のうちに布団に顔を突っ伏していた。

 

敗けた。今まで覚えたことを、これまで身に着けたものを総動員して、私は彼に勝てなかった。

修行でケンシロウさん達に負けていた時とはまるで違う、どうしようもないほどの無力感に、心が打ちのめされるのを感じる。

 

無茶を通してくれたジャギや、マミヤさん達の助けを得てなお、届かなかったという事実。

それを飲み込む程に、今ここにいる彼らの心配そうな顔を見るのが辛くなった。

 

 

「しょ、しょうがねえよマコト……あんなの、バケモンだぜ! 伊達に世紀末覇者なんて名乗ってねえよ」

 

「……っ!! えぇ、そう、ですね」

 

 

……ああ。

 

 

「────────本当に、その通りです」

 

 

「…………」

 

 

ケンシロウさんは、ただ目を瞑って私の言葉を聞く……いや、恐らく、続きを促している。

 

そんな彼の態度に押された訳ではないが、私はなんとか一度気持ちと……そして、これからやるべきことの整理をつける。

そして、改めて姿勢を正し、彼らに言葉を続けた。

 

 

「皆さん、ご迷惑をかけたばかりですみませんが、一つワガママを許してほしいです」

 

 

今ここに居ない人達や、このあと本来辿るであろう道筋……気になることはいくらでもある。が、今は。

 

 

「少しの間、旅を……いえ、一人で向かいたいところがあります」

 

「た、旅? 向かうって、どこへだよ?」

 

「……それは」

 

 

そこは、今の"何者でもない"私にとって、きっと一番必要な、大切な場所。

 

 

 

「……ケンシロウさんや私達が育った地、北斗神拳の修行場…………そして、お墓へ」

 

 

 

「────────リュウケンさんに、会いに行こうと思うんです」

 

 




次回の後始末もろもろで北斗の兄妹編-2は終わり(の予定)です

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