【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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第三十一話

★★★★★★★

 

 

「────────ッ」

 

 

悔しさと。

何かに気づいたかのような、少しの驚きと。

そしてそれら以上に、不思議と誇らしげな。

 

そんな、形容しがたい複雑な表情を最後に、倒れ込んだマコト。

 

そんな彼女の姿を見届けたラオウは────。

 

 

「ガッフゥッ…………!!」

 

その瞬間、地面に膝を。

拳王として、決してつくまいと心に決めていたはずのそれを、つくことになった。

 

 

「フ……フ……! なんという、女、よ…………!」

 

「ラオウ…………」

 

「……トキ、か」

 

 

満身創痍、という言葉も生ぬるい傷の海。

その痛みをこらえながらマコトを見下ろすラオウに、静かに弟から声がかけられた。

 

そして、その呼びかけに対するラオウの答えは、言葉では無く。

 

「ぬ、ぐ、ぅうおおお……!!」

 

さらなる限界を振り絞って両の脚で力強く立ち上がり……そして、そのまま立ち去るというものだった。

 

 

「………………」

 

「…………そう、か」

 

 

────ラオウは、分かっている。

 

死の灰に冒されているとはいえ、今トキやケンシロウが自分に襲いかかれば、さすがに自分はひとたまりもなくやられる。

が、彼らは今、決してその選択を取らないであろう、ということを。

 

 

────トキ達は、分かっている。

 

今、自分たちの存在という抑止力が無かったとしても……恐らく、ラオウはこのマコトを殺すことはなかっただろう、ということを。

それは当然、敗者への情などではなく……むしろ、逆。

ラオウは、このマコトに対する"真の勝利"という執着を得て、完璧な形で叩き潰そう、と目論んでいることを。

 

 

────ラオウは、分かっている。

 

次に会うときまでこのマコトが生き残ったなら……それは、今回勝敗を分けた弱点を克服した、世紀末における最大最強の敵となるだろう、ということを。

そして、その上で彼女を打ち倒すことが出来れば……それこそがまさに、自身が目指した野望。

すなわち、天を掴む、ということに他ならないということを。

 

 

「フ…………」

 

 

世紀末覇者として全てを掴むため、カサンドラを作り、トキを幽閉し。

そうして、自らに逆らう者という、禍根を断つ生き方をしていたラオウ。

 

彼は今、この戦いを経て……逆らう者の存在を許容した上で、正面から叩き潰す。

……奇しくも本来辿るはずだった、ケンシロウやトキの存在を認めた歴史のような。

 

そんな、真の意味で全てを統べるための、彼だけの覇道を歩みだしたのだった。

 

 

「征くぞ、黒王」

 

 

まずは傷を癒やし、そして。

 

 

────────鍛え直しだ。

 

 

 

 

拳王侵攻軍という暴風、脅威は過ぎ去った。

 

アイリや村人たちの尽力の甲斐もあり、誰一人死者を出すこともなく、確かな平穏を取り戻したマミヤの村。

 

……が、しかし。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

今、この瞬間だけは。

ともすれば、侵攻軍の手が及んでいた時以上と言えるかもしれない、それほどの緊迫した空気に辺りは包まれていた。

 

 

その空気をもたらす主は、三人。

 

傷の手当を終えた南斗水鳥拳の使い手、レイ。

レイの妹、アイリ。

 

そして、マコトの要請によりこの村へと駆けつけ、初めて顔を合わせた形になる男……ジャギだった。

 

 

彼らの感情は、複雑だ。

 

 

まず、レイからすれば当然、何の罪も無いアイリをさらい売り払ったこの男を許せるはずはない。

 

アイリを取り戻し、下手人である胸に七つの傷を持つこの男を殺す────。

そのためだけに彼は修羅道に堕ちてまで、さまよい歩いていたのだ。

 

ただ、かといって今においては、即断で殺す、という選択は……取れない。

 

何故なら、そのアイリのために自ら身体を傷つけ人質になり、最後には彼女を救い出し、失ったアイリの視力まで取り返させた女、マコト。

 

この時牙大王に命令され、彼女自身にも促されたとはいえ、彼女の手足を折ったのは、レイの手によるものなのだ。

 

あの時の彼女の、苦悶を押し殺す表情と声は、到底忘れられるものではない。

何度この身を捧げても返しきれないほどの、途方も無い借りが出来ている。そうレイは認識していた。

 

そして、そんな彼女自身の手で撃退し……

どのような説得をしたのだろうか。

これまでと全く違う道を。人のための、確かな正道を歩み始めたという男、ジャギ。

 

事実、村に駆けつけたこの男によって自分の命は一度救われ、その後も命がけでラオウと戦うことでマコトの助けにもなっている。

 

…………マコトはレイ達にジャギのことを話したが、今この時に至るまで。

一度も『彼を殺さないで欲しい』という言葉を吐くことはなかった。

 

今、仮に自分が衝動のままにジャギを殺したとしても、彼女は決して責めることも、こちらを嫌うこともしないだろう。

 

ただ、それでも……これまで懸命に、自分の周りの命を拾うために生きてきたマコト。

彼女はきっと、言葉に出さずに嘆き、哀しむだろう。

 

もしかしたらそれにより、彼女の生き方自体に、拭えない影を帯びさせることにすらなるかもしれない。

 

 

────ああ、やはり無理だ。とレイは考える。

今、自分の手で、自分の感情のために殺すことは、出来ない。

 

 

……だが、もし。

それでも妹のアイリ自身がジャギを許せない、と殺したい、と。

 

そう少しでも考えるのなら、その手を汚させないために、レイは────。

 

 

 

アイリは、ただじっと、言葉を待っていた。

 

それは、話す言葉が見つからないわけでも、自分から喋るのが怖いわけでも無い。

目の前の男の様子から、きっとこの場面は、彼自身から動かなければならないのだろう、と。

なんとなく、そう理解していた。

 

……自分にとっての悪夢が始まったきっかけ。

あの出来事を忘れることは出来ないし、もう気にしていないから大丈夫、なんて許すことは当然、出来ない。

 

ただ、今はそんな恐怖の象徴を目の前にして、自分でも不思議なほどに穏やかで……

落ち着いた気持ちでいられている、と他人事のように感じていた。

 

この場で彼が何を言って、どういう結果になろうとも。

きっと後悔する選択は取らない、取りたくない、と。

 

そんな、まっすぐに澄んだ願いだけに、集中出来ていたからかもしれない。

 

すでに、彼女の肝は、据わっていた。

 

 

 

そして、ジャギは。

 

(……………………)

 

彼女たちに掛ける言葉として、単に謝罪をするというのは……多分、違う。

謝罪は、自らの過ちを認め、間違った自分を許して欲しいと。そんな気持ちを表明するためのものだ、とジャギは考えている。

 

だとすれば「いきなり攫って売り飛ばして人生壊してごめんなさい」と。

……そんな謝罪をしたところで、自分が許されるなどとは欠片も考えられないし、彼女達からしても許せるわけがない。

 

かといって、気が済むように殺してくれ、というのもまた、違う。

彼ら自身が始めからそれを望むならともかく、自分から殺されに行こうとするのは、マコトに言われたように楽をしようとしているだけだ。

 

……それに、今は……彼からして口の減らないガキ共と。

強くて、だけどか弱いばぁさんが残る村を、放っておきたくない、という気持ちもある。

 

 

「スゥ────、フゥ────…………」

 

 

……それなら、自分に出来ることは。

 

 

ゆっくりと、ジャギは無言で。

アイリに、両腕を差し出した。

 

その手に持ち、アイリが差し出されたもの……それは、銃。

 

それも、マコトやラオウ相手に勝利を収めるため、金と手間暇をかけてカスタムした、世界に一つだけの特別なものだ。

 

 

彼女は今日、戦うことを選び、ボウガンを手に取った。

そして、これからもその在り方を崩すつもりが無い、というのなら。

 

 

────かつて自分のためだけに道を、すなわち選択肢を奪った女。

 

そんな彼女に、今の自分が返せる誠意もまた、道……選択肢しか、無い。

 

 

「…………使え。使い方を間違えなければ、ボウガンよりよほどつえぇ。……自分も、周りの身も、守れるかもしれねえ」

 

「…………!」

 

「……俺に使い方を教えられるのは嫌だろう。……この近くの、オアシスがある村の村長、ばぁさんに仕込んである。その気があるなら、教えてもらえ。…………いらねえなら、売り払えば金になる」

 

 

静かな口調だが、おっかなびっくりといった体で、いっぱいいっぱいになりながら。

かろうじて、それを告げるジャギ。

 

彼に対し、アイリは返答をしようとして……彼女もまた、少し言葉に迷った。

 

 

────ありがとう、というのは、きっと違う。

 

彼は、礼を求めているわけでは無いから。

ただ、自分に返せるものを必死になって考え、差し出したものなのだから。

 

 

ならば、私がすべき返答は、と考え……

 

 

「────────確かに、受け取りました」

 

 

そう力強く、厳かな口調で銃を手にした。

 

……重い。

 

でも、だからこそ、この重さを抱えた上で。

心から役立たせよう、と。そう改めて決意させられた。

 

 

「…………じゃあ、な」

 

話は終わり、ゆっくりと立ち去ろうとするジャギ。

 

その歩みの遅さは、"他にやりたいこと"があるなら好きにすればいい、と。そう言外に伝えるかのようなものだった。

 

 

そんな不器用な彼を見て。

……最後に、アイリは言葉をかける。

 

 

自分に差し出された可能性の、未来に対しての礼は、言わない。言えない。

 

ただ、"それはそれとして"、これならば、言ってもいいだろう、と。

 

 

少しだけ頭を下げると、昨日までの彼女からは考えられないほどの、よく通るはっきりとした声で。

 

その想いを、伝えた。

 

 

「────────兄を、助けていただき、ありがとうございました。……いつか、あなたからも、(これ)を教わる日が来ることを……願っています」

 

「────ッッッ!!!!」

 

 

一瞬、ぶるっと身体を震わせたかと思うと、そのまま片手だけを上げ、ジャギは振り返らず去っていった。

 

…………その足跡には不思議と、血で無いなにかの液体で濡らされたような、そんな不思議な跡が、点々と残っていた。

 

 

「きゃっ!」

 

それを見届けたと同時、がばっと。アイリの肩が抱かれる。

そうして、抱き寄せた妹の頭を撫でる兄、レイ。

 

彼の顔に先程まで張り付いていた険は、今はもう。

綺麗サッパリ、失くなっていた。

 

 

 

「────────お前を、誇りに思うよ。我が自慢の妹よ」

 

「ん……えへへ……マコトさんやリンちゃんに、負けてられないから、ねっ」

 

 

かつて未来を失い、自ら目を塞ぎ。

 

ようやく開いた目で、自ら未来をつかみ取り。

 

……そして、新たにひらけた未来に、新たな約束を、希望を取り付けた南斗の兄妹。

 

 

彼らはどこまでも晴れやかな顔で、その新たな一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

「へへ、良かったな。あいつらが何話してたかはよく分からなかったけど、トラブルは起こらなかったみたいだぜ」

 

「む……そうだな」

 

「……んん? なんか変っていうか……やけに嬉しそうじゃね? あの男がレイ達におかしな手出さねえかって、隠れて見張ってたんじゃねえのか? ケン?」

 

 

「…………さあ、な」

 

 

 

 

「そうか……マコトは一人で旅立ったか」

 

 

一連の騒動も終わり、人心地ついた様子で集まる、マコト以外のメンバー。

その中で始めに声を上げたのは、レイだった。

 

それに対し、全てお見通しとばかりに返答をするのは、トキ。

 

「一時的なもので、目的を果たしたら戻るはずだろうがな。彼女の様子からして、そう遠くはあるまい」

 

「そう、それだよ! マコトのやつ、敗因を探るために旅に出たんだろ!? 結局経験不足じゃない、ラオウに負けた理由ってのは、何だったんだよ!!」

 

勢いよく食って掛かるのは、あの場で誰よりもマコトの敗北に衝撃を受けた少年、バット。

戦闘の最中ケンシロウにささやかれた言葉と、マコト自身の反応から、マコトの敗因に別の理由があることを、彼もすでに察していた。

 

「……そうだな。話すとしようか」

 

そんな彼と、よく状況が分かっていない者にも伝わるよう。

ゆっくりと、トキは語り始めた。

 

 

「その原因は……深くは、彼女の生来の気質と、もしかしたら過去の……彼女が強くなることを志した出来事にも影響されているかもしれない」

 

「…………」

 

「これまで、彼女と関わってきたあなた方なら分かるだろう。……彼女は、北斗神拳を身に着け、すでに世界でも指折りといっていい実力を身に着けている。にも拘らず、ここに居る誰に対しても丁寧に、細やかに……まるで自分の立場を、常に一歩下に置くような接し方をする」

 

「え……それって普通じゃねえの? いや今の世の中だと普通じゃないかもしれないけど、良いことじゃねえか」

 

トキの言葉に、バットは困惑する。

暴力が全てを支配する世紀末においては確かに珍しい考え方だが、そんなマコトだからこそ、自分たちはここまで付いてきたのではないか、と。

 

「もちろん、一人間としてはとても好ましい考えだ。如何に強い拳を振るえるようになろうとも、目の前の、敬意を表すべき相手からもそれを無くせば、たちまちただの獣の拳と成り果てるだろう」

 

「だが、彼女は……以前話した死の灰の一件からは特に、周りや我ら北斗兄弟に対し、その敬意と遠慮のような感情が大きくなりすぎてしまっているきらいがある。……修行時代にある程度は吹っ切れたが、その根底部分はカサンドラで再会したときも変わってはいなかった。ただの一拳法家ならばともかく、彼女が目指すものを考えると……この考えだけでは不足があるのだ」

 

────これに関しては、ずっと共にいたケンシロウの方がより分かっているだろう、とトキは促した。

 

それを受け、ケンシロウは言葉を引き継ぐ。

 

 

「……マコトは修行時代から今に至るまで。恐らく無意識のうちに、自分を指した"ある言葉"を使うことを避けている。少なくとも彼女の口からそれが出たことを、俺は聞いたことが……ない」

 

 

「そう、それこそがあの時のラオウが持ち、マコトさんが持ち得なかったもの。それは、つまり────────」

 

 

 

★★★★★★★

 

 

 

──────── 一言でいってしまうなら、プライド。…………自負心、になるのだろう。

 

 

別に敵を侮ったりだとか、原作のケンシロウさんを真似て、やたらとウィットに富んだ殺し方を実践すればいい、というものでもなく。

 

ただ、ケンシロウさんが当たり前のように、自然に誇っていたこと……

 

「北斗神拳は最強で、それを使う自分にもまた敗北はない」という、絶対の、確固たる自信。

 

多分、私はそれを持っていなかった。

そう思う理由も、そうなった理由も、今の私はたくさん思い浮かぶ。

 

例えば────

 

「────と、もう着いちゃったか…………むっ」

 

なんて考えている間に、早くもたどり着いたのは、私や姉さん、ケンシロウさん達が育った北斗の修行場。

そして、リュウケンさんが眠るであろう地だ。

 

 

さすがに、この地を出た頃に比べると、一人で行動していることもあって移動が速い。

しばらく考えことにふけりながらの、のんびりした行程の予定だったが、思いの外早く着いてしまった。

 

……そして、思考を追い出した理由は、もう一つ。

それはこの場に居る複数の……おそらく、招かれざる存在だ。

 

 

「へへ……」

「女だ、女……」

「こんなところに、こんな美味そうなやつが居るなんてな……」

 

 

(うーん、分かりやすい)

 

 

目で、態度で、言葉で。

彼らが何を考えているのかは十全に伝わってはいるが、とりあえず一応、対話だけは試みてみる。

 

「えっと、あなた方はここで何を? 外に出て長いとはいえ故郷なので、あまり踏み荒らされるのは困るのですが」

 

「あぁ~~ッッ!?」

 

そんな私のセリフに対して返ってくるのは、想定通りの聞くに堪えない罵詈雑言。

とりあえず彼らはこの辺りを荒らしている野盗で、今若い女を見つけてラッキーだから襲って売りさばこう、と考えていることだけは分かった。

 

ならもう、十分だ。

 

特に構えを取ることもなく、私は無造作に彼らのもとへと歩き出した。

 

 

 

 

「ぐぶぇぇえ!? な、なんだこの化け物ッ!! 逃げろぉ~~ッッ!?」

「なんなんだこいつ!? ち、ちくしょう、兄貴が居れば……!! 兄貴ぃ~~ッッ!!」

 

 

特別、殺めないよう気を遣って戦った……なんていうわけではないが、なんとなく今は、北斗神拳を振るう気にはなれなかった。

そんな気分のもと、力任せに殴り飛ばされた彼らは命を失うこと無く、ほうほうの体で逃げ帰る。

 

────ふぅ。

 

「…………なんなんだこいつ、か。…………本当に、なんなんでしょうね」

 

彼らが残した捨て台詞。

 

普段なら聞き流すだけのその言葉を受けて今、思い返すもの。

それは、ラオウに敗北し目覚めた時にかけられた、一つの言葉だった。

 

 

『────────あんなの、バケモンだぜ! 伊達に世紀末覇者なんて名乗ってねえよ』

 

 

あのバットくんのセリフには、全てが集約されている。

 

ラオウが名乗った、世紀末覇者という称号。

これが示すものは、自分こそが最強でこの世を統べるべきものであるという、絶対たる自負心。

 

こんな肩書き一つでそんなに変わるものか?

と考える人も多いだろうが、現代世界の基準でもこれは馬鹿にできない。

 

『立場が人を作る』なんて言葉がまことしやかにささやかれるように、立場によって自分も、周りの見る目も変わることで、本当に人格や能力まで変わってくるなんていうのは、全く珍しくもない話だ。

 

ましてや、この心の力が何よりも強く影響する北斗の拳世界。

多くの部下や敵に畏れられる、世紀末覇者という看板。

そして、その看板に恥じぬよう高め続けた自負心、プライドが実際の拳にもたらす影響力は、計り知れない。

 

 

────対して、私は。

 

修行を始めてから旅に出たあとも、トキさんと再会したときも、自分のことを何だと思っていただろうか。

 

…………ラオウと相対し、彼に名乗りあげた時、私は自分のことを何と言って表しただろうか。

 

そう考えると。

 

 

「……もしかしたら、あの時点でもう、勝負はついていたのかもしれないな」

 

 

私が、"あの言葉"を使うことを避けていた理由。

 

それは多分、単純な修行期間の短さから、全ての技を覚えられていないだとか、ケンシロウさんやトキさんに直接勝っていないだとか。

そういう、実力的な不足に対する謙遜の表れもあったが、何よりも。

 

……怖かったのだ。

 

生前の、子供の頃からずっと、ずっと憧れだった漫画のヒーロー。

そんなケンシロウさんやトキさんに成り代わり……退路のない、あの称号を名乗ることが。

 

その憧れは、立ちはだかった相手……ラオウにしたって変わらない。

あの戦いの最中考えた『これほど戦えているのが奇跡』なんて言葉。

あんなものは、無意識に相手を上の存在として見ていないと出てくるような言葉ではない。

 

彼らのようになりたい、追いつきたいと。

その一心で耐えてきたこれまでの修行、その道程。

 

抱えたこの憧れは、辛い道のりを乗り越えるためのとても大事な力で……私という存在の、根源。

 

 

でも、これからはもう、それだけでは、ダメだ。

 

 

今の私はもう……憧れで終わらせては、ダメだ。

 

 

今回、私がここに来たのも……ある意味では、それを吹っ切らせるため。

 

本当は、こんなことをせずとも、自分の意思だけで名乗らなければならないとは分かっている。

しかし実際に敗北した以上、区切りを付けるための荒療治を以てでも、それをしなければならない、と思った。

 

 

それとはつまり……リュウケンさんとの、手合わせ。

 

そしてそれを経ての……北斗神拳の、伝承だ。

 

 

 

 

リュウケンさんの墓の前に立ち、目を瞑り静かに手を合わせる。

 

(よろしく、お願いします)

 

そして、強くイメージする。

原作で私が知るリュウケンさんの技と、幼少期ユリア(姉さん)と共に覗いた修行風景での、実際の動き。

 

それらをかけ合わせて、あたかも本物のリュウケンさんと相対しているかのように、戦い始める。

 

……幸い、イメージは得意だ。修行を始めた頃、ケンシロウさんの真似をしていた時に、散々やったから。

 

あの頃の価値観やらもろもろは、私的に黒歴史に近いものがある。

が、それはそれとして当時に得た経験は今、まるで実体が現れたかと思うほどに再現出来た、リュウケンさんの影という形で活かすことが出来た。

 

 

「────────っと!!」

 

 

鋭く突きこまれた幻影の手刀を、かろうじてかわす。

 

ラオウやケンシロウさんのような激しさは無いが、流麗で老獪な動きから繰り出されるその動きは、トキさんに似ている。

原作本来の流れでラオウを追い詰めただけあって、非常に洗練されたものだった。

 

 

……いや、それにしたって。

 

 

(なんだろ……なんていうか、イメージに"淀みが無さすぎる"……)

 

 

原作知識や、幼少時に見た動きの記憶があるとはいえ、ケンシロウさん達に比べればその情報の絶対量は少ない……端的に言えば、完全再現するには資料不足であるはずだ。

 

にも拘らず、今目の前で揺らめくリュウケンさんの影は、驚くほど楽に、ブレずに正確にイメージし続けることが出来ている。

 

……戦いを経て強くなったことで、私自身のイメージ力も上がっているのだろうか。

 

それなら分からなくもないが……もし仮にそうでないのなら、これはまるで。

 

 

(と、あまり本筋じゃないことばかり考えてる場合じゃないな)

 

 

私が今考えるべきは、この幻影に打ち勝つことだ。

 

改めて気を入れ直すと、天破活殺も使った本来の戦闘術に切り替える……もちろん、墓石には万が一にも当てないようにしながら、だが。

 

ジャギやリュウガ、ラオウといった強者との戦いで強くなっていることもあり、老獪な技術を振るう幻影に対し、速さと勢いを以て優位に押し込む。

 

────このままいけば勝てる。とそう思ったその時。

 

私がイメージしているリュウケンさんの手が、脚が、全身が、複数に"ブレ"た。

といっても、これは私のイメージが失敗しているわけではない。

 

そのまま私を中心に円を描くように、分身しながら囲い込み、幻惑する。

 

この特徴的な動きから放たれるであろう、リュウケンさんが誇る北斗神拳の奥義は、一つ。

 

 

(……七星点心!!)

 

 

それは、人間の動きにある七つの死角に同時に拳を叩き込むことで、決して読ませず、回避も許さずに一方的に打ち沈めるという凄まじい奥義だ。

 

事実この七星点心は原作に於いてもリュウケンさんが振るい、本来地力で大きく勝るはずのラオウをも致命傷寸前というところまで容易く追い詰めている。

何も知らず、無策で突っ込んだなら、どのような達人でもなすすべなく死に導かれるだけだろう。

 

 

……だけど。

 

 

────すぅっと。私は目を閉じ、あえて微動だにせず、その七星点心に身を晒す。

 

そして、拳が私に届くであろう瞬間、その拳を全て弾き、受け止めていた。

 

『────ッ!?』

 

幻影のはずのリュウケンさんが、こころなしか驚愕したような表情を見せているように思えたのは、気のせいだろうか。

 

 

七星点心とは、人体唯一の不可視の死角に攻撃を加えることこそを奥義とする技。

完全な初見や、並の武術家がこれを受けて対処する方法は皆無といえる。

 

だけど、この技のからくりを知る私は、こう考える。

 

 

「……100と93が分かるなら、残りの7も分かる、よね」

 

 

そう。拳法家の急所である七つの死角。

 

ならば、北斗神拳を覚えることで人体に精通し、"死角になり得ない位置"が分かっているのなら。

あとはそれ以外の箇所だけを防げば、たとえ拳など見ずともその死角を防ぐことは……可能だ。

むしろ、来る場所が分かっている拳は、通常のそれよりも対処しやすいとすら言える。

 

 

────リュウケンさんの奥義は、打ち破った。……これで、決着だ。

 

 

そうして私は、深く拳を構え。

その風圧で幻影ごと振り払うかのような。

そんな勢いを乗せ、最後の拳を突き上げた。

 

 

「…………あれ?」

 

 

……が、その拳は予想を外れ、むなしく空を切る。

イメージなのだから手応えが無くて当たり前だとか、そういう話ではない。

 

その拳が当たる前に、幻影は確かに拳から逃れ、私の想像を飛び越えて……そして、宙に跳んだ。

 

 

その幻影を追って見上げた私の視界に広がったもの。

それは、すでに夜も更けたこの時間、満天に広がる星空……ではなく。

 

 

「うぇ、ちょ、ちょっと!?」

 

 

その空を埋め尽くさんばかりに分身し降り注ぐ、無数のリュウケンさんの幻影だった。

 

 

────北斗仙気雷弾。

 

 

これは、若かりし頃のリュウケンさんが、北斗琉拳の力に呑まれ魔界に踏み入った友、ジュウケイさんに向けて放った技。

七星点心を超える量の分身と共に空から飛びかかり、秘孔を突くという、七星点心と双璧をなすリュウケンさんの奥義だ。

 

原作という形で知るため、私から見たそれは、完全に初見の技というわけではない。

にも拘らず、このインパクトのある光景を見た私は今……一瞬、極度の混乱状態に陥っていた。

 

────何故、イメージがこの技までもを正確に再現出来ている?

それも若いころではなく、歳を召した身体で無理なく撃てるような、そんな極めて自然な形で。

 

幻影がもたらす動きの精巧さといい、私のイメージ力が増しただけで説明するには……今目の前にいるリュウケンさんはあまりにも強く、かつ"そのもの"すぎる。

 

 

ここでふっ、と。思い出す。

 

この世界は、何よりも心の影響力が、元の世界の常識を遥かに超えるものであることを。

そして、原作でもケンシロウさんの前で散っていった者たちは……まるで彼の心の中で生きているかのような、そんなただの思い出に収まらない影響を彼に与えていた、と。

 

────だとするなら、今私の目の前にいるこのイメージ……いや、"この人"は。

 

 

その思考に至った瞬間私は、揺れていた精神を自分でも驚くほどの早さで締め直す。

 

これは、願ってもない事態だ。

 

────ここに来た目的のためにもこの人の前で、無様を見せるわけには行かない!!

 

 

そうして改めて、私に迫りくるこの北斗仙気雷弾を見据える。

 

回避や防御は……出来ない。七星点心と違い、この分身から繰り出される攻撃箇所の特定は至難だ。

それに出来たとしても、今私はそれをすることはない。

 

私がこの、彼の渾身の奥義を前にしてやることは、一つ。

 

 

ドンッと脚で地面を踏み鳴らし、腰を深く落として構える。

 

────私なら出来る、と。いや、出来なければならない、と。

そう心より信じながら私は……リュウケンさんに向かって拳を走らせ、吠えた。

 

 

 

「一つ残らず────撃ち落としてやる!!」

 

 

 

 

「────────ぶ、はぁっ! ぜはぁっぜひゅぅ────っ!!」

 

 

こうして私は、正面から力技で。

息も絶え絶えとなりながらだが、北斗仙気雷弾がもたらす分身全てに拳で打ち勝ち、その幻影を吹きちらかした。

 

(し、死ぬかと、思った…………!!)

 

幻影のはずなのに、私に迫りくる突きの現実感は、迫力は。

どう思い返しても本物の、真に迫ったもの。

あれを無防備に食らっていたら、自分がどうなっていたかすらもわからない。

 

メチャクチャやってくれる……と思ったところで、ふと思い出した。

……そういえば原作でも、リュウケンさんはメチャクチャやってる人だった。……主にラオウやトキさんの回想とかで。

 

 

と、そこまで考えたところで。

 

────ぽんっと。

重量の無い手が私の頭に乗せられたような、そんな不思議な感覚に、私は顔を上げた。

 

そこには、満足気な顔で微笑む……そんな、初めて見るような笑顔の、リュウケンさんの幻影があった。

 

「────────」

 

結局のところ。

今の戦いもこの瞬間も、全て私の都合の良い妄想だ、と言われればそうなのかもしれない。

 

でも、その時の私は……確かに、リュウケンさんがここに来て……そして、彼のその心残りが今この時になって果たされた、と。

不思議なほどの確信と共に、そう信じることが出来た。

 

 

だから私が今、彼に……そして、自分自身に対し送る言葉は、決まっている。

 

 

「────ありがとう、ございました」

 

 

そして。

 

 

「…………北斗神拳と、この世界のことは……私に、任せてください」

 

 

私の言葉が届いたのか、ポンッポンッと。軽く二度、頭を叩いたかと思うと。

スゥ……っと、これまでの存在感が嘘のように、リュウケンさんはあっさりと光となり、消えていった。

 

 

そうして誰もいなくなった空間と、その先の墓石。

 

 

そこに向け私はもう一度深く、長く。頭を下げ続けたのだった。

 

 

(……生きてるうちにもっと、話しておけばよかったな)

 

 

 

 

 

 

「さて、目的も果たせたし、後は帰るだけ、なんだけど……」

 

 

思う存分感慨にふけ、再びクリアになった思考。

 

気分を新たにした私はこの先起こることと、それに対しやるべきことに思考を巡らせる。

 

 

────そして、一つばかり。

原作を読んだ時からどうしても気になっていたこと……確かめたいものがある、ということを思い出した。

 

これは、誰とも行動していない一人の、自由な今だからこそ出来ること。

少々帰りは遅くなってしまうが……まあ、元々期間は定めて無いしこれくらいは良いだろう。

 

 

そうと決まれば早速情報集めから……と考えたところで、ピリッという緊張が私の身を覆う。

 

 

ドカドカと乱雑な音と共に迫りくる無数の足音。

やがてその足音の主は私を見つけると、その印象にあやまたず野卑な口調で声を上げてきた。

 

 

「ああッ!! 見つけたぜこのアマァ!? 兄貴、あいつだ! あいつが俺たちに逆らいやがった拳法使いの女だ!」

 

 

兄貴なる人物に呼びかける男の声は、ここに到着した時に倒した野盗団のものだ。

どうやら援軍を用意し、今度こそ私を捉えようと引き返してきたらしい。

 

 

「お、お前が何者だろうと、もう終わりだぜぇ!? 兄貴は、南斗黒烏(こくう)拳を極めてる! なんたってあの、南斗六聖拳の候補だったくらいだっ!!」

「ク、ク……ッ」

 

そう部下の紹介を受け、不吉な笑い声と共に現れたのは、彼らの中でも一際オーラを放つ黒衣の男。

 

「……南斗、ですか」

 

……なるほど、その言葉はハッタリではないようだ。

 

その立ち振舞いは間違いなく強者が持つ特有のそれ。

おそらく南斗無音拳の大佐や羅漢仁王拳のデビルリバースと比較してなお、さらに上を行く達人なのだろう。

 

 

…………だけど。

 

 

「お、おい……? てめぇ、聞いてるのか!?」

 

 

その紹介にも、リーダー格の男にも構わず前に進む私へと、威圧しながらもどこか困惑したような部下の声が向けられる。

 

彼らからすれば、同じ拳法家として南斗六聖拳というブランドを出した以上、震えて命乞いに走るのが当然だ、という常識があったのだろう。

実際、これまでもそうして金品や、時には命を奪ってきたのかもしれない。

 

 

「────ご紹介、痛み入ります。それでは、私からも自己紹介を」

 

「……?」

 

 

これは、油断でも、余裕でも、自信でも無く。ただの事実であり……決まっていること。

 

そうでなければ、ならない、と。

 

"他ならぬ私が"、そう知らなければならないこと。

 

元南斗六聖拳候補で、達人級の実力を持つ拳法家。

そんな相手に相対し、今この場においては……私はあえて強い言葉で、高らかに叫ぼう。

 

 

────それがどうした、と。

 

 

『使い手』だとか『それを目指す者』だとか『候補』だとか。

 

そんな、曖昧な言葉で自分を形容する時間はもう……終わったのだから。

 

 

 

「私は……当代の()()()()()()()、マコトです。……一度拾った命を今、あえて捨ててでも前に立つというのなら────」

 

 

 

「────────かかって、こい」

 

 

 

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