第三十二話
「…………むっ」
ケンシロウさん達に成果と自身の無事を報告するため、村へと戻ろうとした私を出迎えたもの。
それは、バットくん達の歓迎でも、のどかな村人達の姿でもなく。
不気味なほどの静寂と、遠巻きに私を取り囲む複数の気配だった。
私がそれを察したことに、相手も気づいたのだろうか。
その気配の中から一人の男が、みなぎる闘気を携えながらゆっくりと私の前に現れる。
「遅かったな……お前がマコトだな?」
「……そういうあなたは? ……どうやら、目が見えていないようですが」
「されど心の目は開いている! 私は南斗
精一杯の悪そうな顔と語気で私と相対するその男は、南斗六聖拳、仁星のシュウさん(超いい人)だった。
★
原作という形で彼の人となりを知る私は、彼の真意や目の前に現れた目的をほぼ把握しているといっていい。
が、あくまでも原作は原作で、必ずしもそれが今と合っているとは限らない。
そう思い私は、このまま彼の思惑に乗って会話を進めることにした。
そう、もしかしたら彼が何かの影響でとんでもない大悪人と化していて、本気で私を倒そうとしている可能性も0ではないのだ。
「南斗六聖拳の……いえ、それよりこの村には私の仲間たちが居たはずですが、彼らはどこに?」
「フ……奴らがどうなったかを知りたければ、この私を倒して聞き出すことだな!」
「ぶふぇん、げほっごほん! ────なる、ほど。それならば望み通りぜ、ぜんりょくでお相手しましょう」
「……? ああ、その通りだ。命を賭してかかってくるがいい!」
(……いけない、いけない)
『ケンシロウさんトキさんレイさんが居る村をどうにかした』という、あまりに無茶な設定で押し通そうとするのを目の当たりにして、思わず咳き込んでしまった。
シュウさんの実力は確かなものだが、仮にこれをなそうとするならば、それこそ拳王ラオウと聖帝サウザーの同時侵攻でも持ってこないといけないのではないだろうか。
とはいえ。
今の会話でやはり彼の攻撃的な態度が、原作通りの演技であることはほぼ確定した。
悪党のマネはし慣れていないだろうが、それをする彼の目的自体は真剣そのもの。
私も気を引き締め直そう、と改めて口を引き結ぶ。
そして、戦いが始まった。
「ふ~~んっっ!!」
シュウさんは挨拶代わりとばかりに、おもむろにこちらに鉄球を振り回す。
その鉄球の行き先は当然私の顔面……ではなく、そこから少しズレた右肩だ。
そこに彼の、若干の躊躇と配慮の気配を感じた私は、あえてそれを正面から拳で粉砕。
粉々になった鉄球を見せることで、言外にシュウさんに伝えた。
────遠慮は無用、と。
それを見て取ったシュウさんが纏う雰囲気が、一段と戦士のものに変わる。
彼自身の目的……つまり、"北斗神拳伝承者の力の見定め"をするにあたり、本気で確かめるに足る相手だと改めて判断したようだ。
「っせい!」
挨拶への返礼として私が懐に飛び込み拳を振るう。
目が見えぬはずのシュウさんは、それを難なくバク転のような動作で避けると、その動作のまま流れるような蹴り上げで反撃をした。
「────ッ!」
直撃こそもらわなかったものの、それでも私の皮膚が浅く切り裂かれ血が流れる。
「これぞ! 南斗白鷺拳の真髄、烈脚空舞ッ!!」
「つっ……!」
さらにそのまま、地面に手をつきながらの息をもつかせぬ足技が私を追撃する。
流麗な動きによる回避動作から放たれる、刃物以上の切れ味の足技……この攻防一体の体技こそが彼の南斗白鷺拳の真価だ。
無数に迫りくる変幻自在の蹴りから、私はつとめて冷静に一つの本命を見出す。
バシィっと。
そうして差し出した脚で受けると、シュウさんがよくぞかわした、と感嘆の声をあげた。
(…………やっぱり、すごい動きだ)
私としてもこの技は是非一度見て、実際に手を……いや、脚を合わせたかった。
このアクロバティックな動きと早さ、切れ味を重視した足技は、身軽な体格の私にかなり向いている……気がする。
「ふ……ならば、これはどうかな」
烈脚空舞を防がれ、距離を取ったシュウさんはその言葉とともに、おもむろに両手のひらを円の形に動かす。
そのまま幻惑するようにゆらり、ゆらりと揺れ動くと、そのまま私を中心にゆっくりと回り始めた。
リュウケンさんの七星点心にも似たこの技の名は、南斗白鷺拳奥義の誘幻掌だ。
揺れる動きで相手を惑わし隙を突く技だろうが、シュウさんが使う場合の脅威は、それだけに留まらない。
(────むぅ。本当に気配が読めない)
「フフ……恐怖は人の気配となり、容易に敵に間合いを掴ませてしまうだろう。しかし、盲目の私にはお前の拳に対する恐怖は、無い……!」
シュウさんにとって、目が見えないことはハンデですらない。
むしろ、それこそを強みとしたこの拳に、強い誇りを持っていることが見て取れる。
それは、これまでの私に足りなかったものである強い自負心であり……この世界に生きる強い漢の本領ともいえるものだった。
「……そう、ですね。おっしゃる通り、気配を掴めぬまま半端に手を出したところで、私はその隙を突かれるだけでしょう」
「フ……それが分かったなら、お前はどうする?」
「そうですね…………それでは」
────その対処法はいくつか考えられる。
原作でケンシロウさんがしたように、南斗聖拳で真空波を飛ばし、その音による恐怖で誘幻掌を破る、というのもそれだ。
ただ、シュウさんの目的と。
そして、ラオウとの戦いを経て改めて伝承者に至り……そして、ラオウへの雪辱を誓う私が今選ぶ方法は────
……決めた。
「────────それでは、気配を掴めぬまま。"半端じゃなく手を出すことにします"」
「ぬっ……!」
言葉と同時、爆発的に膨れ上がらせるのは、私の全身にみなぎる闘気。
そのままそれを一箇所……右腕に集約させて、シュウさんの声が聞こえたおおよその位置に差し向ける。
元より、早い段階で天破活殺を覚えたりと、闘気の放出に適性のあったこの身体。
それならば、ラオウとの剛拳との壮絶な打ち合いを経た今の自分ならば。この剛拳もまた『使えて当然』だ、と。
そんな、いっそ傲慢なまでの確信とともに、私は"それ"を。
圧縮され、破壊圧までもを纏うに至った闘気の塊を、打ち出した。
「────北斗、剛掌波ァッッッ!!」
「うおおぉッッ!?」
もちろん、直撃は考えていない。
シュウさんが居るであろう辺りの地面を狙い撃った剛掌波は、地を抉り風を切る音をシュウさんにもたらし、混乱させる。
そして、着弾。
足元が弾け跳び体勢が崩れたシュウさんを見た私は、彼のもとへ飛びかかった。
「くくっ!?」
が、シュウさんは抉れた地面にかろうじて手を付き、崩れた体勢から無理やり蹴りを繰り出し、迎撃を試みる。
そして、その振り上げられた脚を前にした私は────
「せぇえぇりゃあああっっ!!」
受けるでも回避するでもなく、そのまま脚を振り下ろし、シュウさんの蹴りと激突させた。
カミソリのような切れ味を誇るシュウさんの南斗白鷺拳に対し、私がイメージしたのは振り下ろされるナタ。
ギィンっと。鳴った音は、肉同士のぶつかり合いのそれではない。
まるで金属と金属が打ち合ったような、甲高い音が辺りに響く。
────そして。
「ぐあぁっ!!」
上空を取り全体重を乗せられた私の剛拳……いや、剛脚は、不十分な体勢から放たれた刃物を正面から打ち破った。
そのまま私は、打ち勝った勢いにあかせてシュウさんの懐に潜り、無防備な顔面に必殺の拳を走らせ────
それが刺さる寸前に、その拳を止めた。
「……甘いな。何故トドメを刺さん」
「その必要が無いからです。……あなたは、私を殺しに来たのでは無いのですよね?」
「────────ッ」
「お~い、マコト~~っ!!」
……この会話を決着と見たのだろうか。
私達を囲む気配の中から、聞き覚えのある声が私を呼ぶ声が聞こえた。
声の主は、リンちゃんとバットくん。かけられた声の内容はもちろん、私が知る原作と同じくシュウさんは味方だ、というものだ。
「……強い。聞いていたより、遥かに……私の南斗白鷺拳を、脚で破るものがいるとは、な」
「────ああ、そうだろうとも」
(あ……)
そして。
それに続いて。
…………かかる声は、もう一つ。
「フ……手酷くやられたな、シュウ。どうだ、マコトの力は」
「ああ、レイ……お前が言っていた通り……いや、それ以上だ。彼女ならば、聖帝も……」
「すまぬ、マコトさん。命を賭けねば、あなたの力を量ることが出来なかった! む…………マコトさん、何か?」
(────────ああ…………)
……この時、私は。
シュウさんのセリフが殆ど頭に入っていなかった。
演技による険も取れ、自然な、穏やかな表情で並ぶレイさんとシュウさん……
親友という間柄でありながら、本来辿る歴史の、ケンシロウさんの前ではついに会うことのなかった、この二人の姿を前にして。
この世界を愛するものとして、胸にこみ上げる感慨を、感情を。
表に出さないようこらえるのに、精一杯という状況だったから。
……私は別に、この光景のためだけに今まで行動をしていたわけではない。
そもそもまだ何も終わっていないし、この先始まるであろう聖帝達との戦いも考えなければならない。
ただ、それでも今は。
私の知る流れでは決して見ることが出来なかったであろう、優しい二人が無事再会出来た、この温かい光景を素直に喜ぼう、と。
そう思った。
これまで頑張ってきて……そして、ラオウによりもたらされる死の運命を、変えることが出来て────
「────────よかった」
「……フ! なんだ、村がどうにかなっているとでも思ったか? 心配性なやつめ」
私が一人漏らした呟き。
それを拾ったレイさんに、私は目頭を抑えながらも笑顔で返す。
「……ふふ、そうです、ね。私は生まれた時から、ずっと心配性なんです」
★
こうして、シュウさんの傷……特に正面から打ち合った脚に癒しの力をかける傍ら、詳しい話を聞く。
世紀末覇者拳王……ラオウが手傷を負い行軍が止まったということもあり、メキメキと勢力を伸ばしたという聖帝軍。
それを統べる男は、聖帝サウザー。
宿星として将星……極星を持ち、南斗六聖拳にして最強の拳法、南斗鳳凰拳の使い手である、紛れもなく南斗聖拳最強の男だ。
彼の軍の特徴といえば、その労働力。
通常では大人の男を使うところを、各地から幼い子どもをさらうことで、逆らうこと無く従わせ続けているという。
……正直、拳法家でもない未成熟な子どもが、食料といった管理コストに見合うだけの労働力となっているのか、私としては疑問なものがあるが……
この世界は砂漠横断実績があるタキくんのように、子どもでも並の現代人より高い身体能力を持っている、ということでその辺りの問題はクリアされているのだろうか。
当然、このような非道を同じ南斗六聖拳の一人で仁星を持つ漢、シュウさんが見過ごすはずもなく。
レジスタンス、つまり反乱軍を率いて聖帝軍に弓を引いている、というのが現状だ。
「────ただ、ここ最近はどういうわけか、その侵攻の手が若干止まっているように思えるのが、少し気になるところです」
「……む、そうなのですか」
ここで少し、気になる情報が出てきた。私が知る原作ではこうした会話は無かったはずだ。
……そういえば、ここに来るまでに子ども狩りをしている様子や、聖帝軍に襲われるということも特に無かった。
とはいっても、それは脅威が無くなったことを示すわけでも、レジスタンスとしての活動を止める理由になるものでもない。
むしろ、これからの大攻勢の準備をしている可能性もある、と彼らは警戒を強めている。
今回私の力を量るため接触したのも、こうしたレジスタンス活動の一環……つまり。
「マコトさん、どうか聖帝を打倒するため、我らに力を貸してはくれないだろうか」
────当然、こちらとしてもどの道決着をつける必要がある相手だ。
自分一人でもするつもりだった以上、断る理由は無いだろう。
「もちろんです。微力を尽くし……ああいえ、必ず倒しましょう。聖帝を」
つい口をついて出そうになった『いつもの感じ』な言葉を改めた上で、そう返答する。
……伝承者になったからといって、強気にばかり無理して振る舞う必要はないとは思っているが……
聖帝軍の暴虐に苦しむ彼らが、今。
北斗神拳伝承者から聞きたい言葉として考えると、こちらの方がきっとふさわしいはずだ。
鼓舞するという意味でも。
こうして、合流してきた仲間たち……といってもトキさんは今、彼の村へ戻って医療活動に勤しんでいるとのことなので、彼以外のメンバー。
つまりバットくん達年少組と、ケンシロウさん、レイさん、マミヤさんと共に、私はシュウさんのレジスタンス本部へ向かうこととなった。
「……向かわれるお仲間様は、こちらで全員でしょうか?」
と、ここで私に話しかけてきたのは、片目に傷をつけた出で立ちの男。
特に覚えのない人物だったが、シュウさん達レジスタンスの一員、と紹介を受ける。
シュウさんの手足として尽力されている彼は、実質副リーダーのような働きをしているそうだ。
確かに私から見ても、他のレジスタンスに比べ実力者のように見えた。……もちろんシュウさん程ではないだろうが。
「ええ、ちょっと大所帯ですが……問題なさそうなら、よろしくお願いします」
「いえいえ、問題などとんでもない……大歓迎ですよ。これからも何かご相談などがあれば是非、私にどうぞ」
「……えぇ、わかりました。こちらこそ、今後ともよろしく。……では、出発ですね」
────こうして、改めて私達はレジスタンスに向かったのだった。
……ああ、そうだ。
道すがら、これだけはレイさん達に聞いておこう。大事なことだ。
「ところでレイさん、私が居ない間────────」
★
「おお、シュウさん! 彼女が例の……!」
「ああ、歓迎の食事の準備は出来ているか?」
かくして案内を受けた私達をにこやかに出迎えたのは、シュウさん率いるレジスタンスの人達だ。
その構成は大人から子どもまで大小様々。
食糧事情に苦労しているのだろうか。
誰も彼も痩せてはいたが、その表情は悲壮の色を感じさせない、力強い活力に満ちていた。
「もちろんですとも! 今日は勝利祈願と歓迎会を兼ねた大盤振る舞いですよ! ……ただ」
「ただ?」
「ああいえすみません、大したことじゃあないんですが。待ちきれなかった子どもが先にちょっと食べてしまって……」
────────。
和やかな空気の中、そんな他愛のないセリフを聞いたその瞬間、私が覚えたものは。
後ろ髪が焦げつくような、それでいて顔中の血の気が引いて凍えるような。
そんな、とてつもなく悪い予感……焦燥感だった。
「む……全く。まあ、仕方あるまい。これほどの食料が並んだのは久しぶ────────」
「────その子どもは、どこにっっ!!?」
私が声を上げる、と同時。
「────────あっ……げ、ぶっ」
手に持っていたパンを取りこぼした一人の少年が、口から血を吐きながら。
その場に、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「りょ、リョウッッ!?」
私の記憶にある流れよりさらに早い、今このタイミングで差し向けられた、これは。
聖帝軍の謀略による……致死性の、猛毒だ。