★
「ふぅ────────っ……!」
体力というよりは、精神の消耗により。
息を切らせながら戻った私の姿に、真っ先に飛びついてきたのはリョウくんの父親だった。
「ま、マコトさん! りょ、リョウは……!?」
「大丈夫、です。……なんとか一命は取り留められました」
「あぁ……! よかった、よかった……! 気づかなくてごめんなぁ、リョウ…………!!」
原作において、おそらく今と同じ毒を盛られたであろうこの少年。
ケンシロウさんが解毒の秘孔を突いても助からなかったのは、おそらく解毒をした時点で、彼の体力が尽きてしまっていたからだろう。
今回、私は解毒とともに癒しの力を全開で行使することによりその症状を遅らせ、なんとか治癒まで体力を持たせることが出来たのだ。
……危なかった。
あとほんの数秒でも対処が遅れていたなら、おそらく彼の命は無かった。
服毒自体は先に食べてしまったことで起こったことだが、むしろ発見が遅れもし複数人が同時に食べていたら……と考えると、ぞっとする。
そして、その考えに至ったのは周りも同じなようだ。彼らは苦々しげに呟いた。
「ひ、ひでぇ……」
「これが……聖帝の、やり方……!」
(……聖帝の、か)
確かにこれは、原作でも取られた彼らのやり口だ。
敵対者であるシュウさん自身にはかからなくても、今回のように彼が守る者に対してその悪意の刃を向けるだけでも、十分に彼に痛手を与えることが出来る。
……ただ、今回気になるのはその時期だ。
私が知る流れでは……すでに若干薄ぼんやりとしたものにはなっているが、確か彼らとケンシロウさんが合流し……
そして、レジスタンス活動として敵軍を一度撃退したあと、同時期に奪取した食料が毒入りだった、と。そういう感じのはず。
ただ、今回は合流した時点で、すでに用意されていた食材に毒が混入されていた。
それは単なる偶然で、いくつも展開されていた戦術のうちの一つに、たまたま今引っかかっただけ、という可能性も高い。
ただもし、そうでなく。これが向こうの目論見通りのタイミングであって。
そして、その違いをもたらしたものが、原作に無い私の存在だとするのなら。
これまではともかく、今このときの聖帝軍の狙いは、彼らの矛先は……
もしかしたら、シュウさん達レジスタンスではなく。
「…………私、か……?」
「うん? どうしたよマコト?」
つい口をついて出た言葉にバットくんが反応したので、なんでも無いです、と返しておく。
────どうやら、今回も……簡単にはいかなさそうだ。
★
その後も聖帝軍の謀略との戦いは続いた。
聖帝先遣隊との戦いでは個で勝るこちらが勝利を収めるものの、その戦利品にもやはり毒が仕込まれていたり、聖帝軍が隠れていたりと、中々素直に喜べる戦果とはならなかった。
手に入った飲食物に関しては、まず私やシュウさんが率先して調べ、食べることにしている。
北斗神拳使いは基本的に毒への耐性を持っている。
また北斗神拳ほどでないにしろ、シュウさんも原作通り、並の毒ではビクともしない。
レジスタンスメンバーはそれに驚き、若い娘に毒味をさせるなど……と苦々しげな様子だったが、現状他に手立ても無かった。
……警戒を強めた甲斐もあってか、今のところはまだ全員無事ではある。
しかし、この先飲料水に毒が仕込まれたり、本拠地に火を放たれたりと、より直接的で致命的な被害をこうむると、犠牲は避けられないだろう。
そのため、可能な限り早めに聖帝打倒に討って出たかったところではあるが……
「……まだ、わかりませんか」
「えぇ、こちらも全力で探していますが……すみません、聖帝本隊の位置となると、不思議なほどするりと索敵網から抜けられているようで」
そう私に申し訳無さそうに返すのは、片目に傷を負った副リーダー的男だ。
念の為他のメンバーに聞いても、やはり聖帝本人の位置はまだ特定が出来ていない。
おまけに、聖帝軍から秘孔で居場所を聞き出そうにも、前線で当たるような相手は、聖帝の正確な位置が誰一人与えられていなかったのだ。
(……周到な)
こうして、私達は閉塞感のある状況に、じりじりと焦れるような感覚に苛まれ続けていた。
★
「…………おかしい」
そんな報告が何度か続いたある日。
一人そう呟いたのは、シュウさんだった。
「おかしい、とは?」
「確かにヤツ、サウザーは自身の目的……覇道のために手段を選ばない……いや、選ばなくなってはいた。……しかし、ここまで悪辣な……姑息な手段ばかりを好んで行う男では無かったはずだ」
同感だ。
毒殺や奇襲までならまだ分かるが、自身の居場所を隠蔽し戦うこともしないというのは、少なくとも私が知る原作のサウザー像とは少々かけ離れたものがある。
ただそれとは別に、私はこういう……まるで人をおちょくるかのような知略を好むであろう人物に、一人ばかり心当たりがある。
その大きな根拠は、レイさん達と合流した際に聞いた、一つの情報だ。
あの時、私がした質問は、こうだ。
『自分が居ない間に何か起こらなかったか?』
それに対しレイさんは一瞬マミヤさんのほうに気まずそうな視線を向け……そして、マミヤさんが頷いたのを見て、私に答えた。
ひょんなことで、マミヤさんの後ろ肩に『UD』と描かれた紋章が焼き付けられているのを知ったこと。
これは南斗六聖拳の一人である、妖星のユダという男の所有物であったことを示す、消すことの出来ない証だ、という。
そしてレイさんは……自分が愛する女につけられたこの傷跡のために、"いずれユダとの決着をつける"と、そう決意したのだ。
……どうやらすでに愛する気持ちは隠さなくなっているようである。よきかな。
ただ、この出来事自体で何か特別大きな動きがあったというわけではない。
だからこそレイさん達は、いずれ来る決着を胸に秘めた上で、今はシュウさんと合流し聖帝との戦いを優先する選択を取った。
……つまり、ユダはまだ、撃退していないということ。
原作の流れを知る私は、この情報と原作の知識から、一つの考えに至る。
(おそらくユダとサウザー……彼らは今、組んで行動している)
思えば原作でも、『南斗六聖拳の崩壊を招いたのは始めに裏切ったユダだが、それを命じ動かしたのはサウザーである』と言われていた。
つまり彼らは同じ南斗六聖拳である、ということ以上の関わりを持っているといえる。
そして、同じ南斗六聖拳のレイさんに執着を見せる男、ユダ。
原作でラオウとケンシロウさんが相打ちになった際、レイさんが新血愁を突かれ死の運命が確定され、さらにマミヤさんが死兆星を見ていることをユダは知る。
その後ユダは、レイさんをあざ笑うために立ちふさがり……そして最後はレイさんに打ち倒された。
しかし、今回はレイさんが無事であるために、ユダが介入するタイミングが異なってきているのだ。
おそらく、ラオウの影響が弱まったことで、サウザーが覇を握るための後押しをするため彼のもとへ下り、まるで軍師のように仕えているのではないだろうか。
……サウザーがそのユダの作戦を採用している理由までは、まだ分からなかったが。
案外こういう手段も好きだったというだけか、もしくはユダが上手いこと説得したのだろうか。
ただ、だとすると。
(────やっぱり、このまま出方を待っているのは得策じゃないな……うーむ厄介だ)
原作でも、最終的には村のダムを破壊し猛毒を流し込もうとする、という暴挙にまで出ていたユダ。
そんな彼をこのまま自由にさせておくのは、どう考えても危険だ。
それならば…………割と毎度毎度のことにはなるが、こうするしかないだろう。
そう決意すると、私はシュウさんやレイさん達に向き直る。
そして、他のレジスタンス達にも聞こえるよう大きな声で。
自分の選択を伝えた。
「──── 一つ、賭けに出たい、と思います」
★★★★★★★
マコトが提案した内容とはつまり、『食料調達などに割く人手は最低限にして、聖帝の居場所把握に全力を注ぎ、早期に打ち倒そう』というものだ。
それに伴い、近くのマミヤの村やレジスタンス拠点防衛などのため残しておいた、自分たち主力の拳法家組も索敵に参加し、可能ならそのまま聖帝打倒に臨む。
どの道、規模で勝る聖帝軍にいつまでもゲリラ活動をしていては、先に限界を迎えるのはこちらのはず。
ならば、リスクを負ってでも短期決戦を挑もう、というのが彼女の考えだった。
「そ、それでは……皆様も、積極的に攻勢に出られる、ということなのですね……? おお、ついに……!」
その提案に感慨深げに賛同をするのは、目に傷を持つレジスタンスの男。
他のレジスタンス達も不安げな表情ではあったが、他に取れる手立ても無い、と最終的にはその案に賛同をしたのだった。
そして。
────聖帝の位置……正確には、彼が通るルートの特定が出来た、と報告が入ったのは、作戦を展開し始めて間もなくのことであった。
★
────マコトは、知らない。
「……ありがとうございます。それでは、作戦通りに。なんとしてもここで、聖帝サウザーを倒しましょう」
「えぇ……どうかよろしくお願いいたします」
今、サウザーのルート情報をマコト達に報告し、下がった男。
レジスタンスとしてこれまで献身的に活動し、誰からも信頼されるよう立ち位置を得た、片目に傷を持つその男。
「…………きひっ!」
報告を終え一人となった彼が今、トレードマークである眼帯をつけた本来の姿で、その顔を邪悪な形に歪めていることを。
────シュウは、知らない。
その男、名をダガール。
南斗六聖拳の一人、ユダの副官である彼は、ユダの命令により早期にレジスタンスへと潜り込んでいたことを。
心の目を開けていることで悪意や敵意といった気配には人一倍敏感ではあったシュウだが、相手は裏切りと知略を司るとされる、妖星を宿星に持つ男ユダ。
この男の陣営と、こうした化かし合いを制するには、彼は生来の根が善良にすぎた。
早くから協力しており、心を隠しながらの奸計に長けたダガールを疑うことまでは、さすがに難しかったのだ。
マコトの方はなおさらだ。
ダガールの存在自体は薄っすらと覚えてはいたが、トレードマークの眼帯が無いこともあり、変装した彼が始めから侵入していたとまでは、如何に原作知識があっても看破するのは困難だった。
ダガールは今、自分達の戦略が、目的が成就されたという確信に、これ以上無く笑みを深めながら歩き出す。
ダガール……いやユダの目的の一つは、マコトと合流後に命じられた、彼女を罠にはめて時間を無駄に使わせること。
……当然、先程教えた情報は偽物だ。
ダガールはマコト達が状況に焦り、一斉に攻勢に出るこの瞬間を待っていたのだ。
そして目的のもう一つは、もちろん────。
★
マコトは、向かう。
もたらされた情報から考えて、サウザーとはここで邂逅出来るはずだ、と信じ。
不安な内心を押し隠しながら、その場所へとひた走る。
その人影は、向かう。
作戦により無防備となったその地……マミヤが居る村へ。
この機を逃す手はないと、逸る気持ちを抑えながら、静かに歩み続ける。
────そして。
「はっ!? だ、誰…………!?」
村で仲間の無事を祈りながら佇むマミヤの前に、一人の男が現れる。
「久しぶりだな…………マミヤ!!」
その男の名は、妖星のユダ。
ユダは、マミヤに自身の……『UD』と描かれた紋章を見せつけながら、嗤った。
────それと同じ頃、人影はたどり着く。
奇襲のため、外套を深く被ったその人物は、ダガールから提示されたポイントに到着した。
が、しかし。
「へへへ……」
「馬鹿が、本当に来やがったぜ!」
「────────」
それを出迎えたのはサウザーではなく、聖帝軍の先遣隊。
足止めのために配置された男たちは、のこのこ現れた人物に対し、まんまと騙されたと嗤う。
そして、それを見た外套の人物は────。
★
「な、なぜ……あなたが、ここに……」
マミヤからすれば、何年も影も形もなかった因縁の男、ユダ。
それが今、この場に現れたことに、動揺を隠せないとばかりに呟く。
そしてその言葉は、自身の知略に絶対の自信を持つユダにとって、今この時は最も聴き心地のいい称賛に他ならなかった。
「フフ、フ、フハハハハハ!!」
「…………!?」
突然笑い出した男の姿に戸惑うマミヤに、ユダは言葉を続ける。
「お前は北斗七星の脇に輝く蒼星を見たことがあるか……?」
「……それは」
「ふふ、いや! もはや聞くまでもない! こうして俺がここに現れた以上! お前がその星、死を予言する死兆星を見ているのは間違いあるまい!」
────ユダのその言葉は、事実だ。
マミヤはユダが言う星、死兆星を目にしている。
そして、その死の運命の鍵を握る男が目の前で笑う男、ユダであることもまた、間違いないだろう。
「フハハハハハハ! そうとも知らず聖帝軍にかまけている男、レイ! 賭けのつもりで取った大攻勢が空振りに終わり、戻ってきたときには愛する女の姿はない! こんな間抜けな様があるか!!」
「…………! では、ユダがここに来たのは……!」
「そうだ! 愛した女を奪われ、泣き叫ぶピエロの姿を嘲笑うためよ! そのためにレジスタンスにスパイを送り、破壊工作をし、守りの手を無くすよう仕向けたのだ!!」
────なんという、歪んだ執着。
この男に取っては、聖帝の命令も南斗の宿星も、何も関係ない。
この男にあるのはただただ、己の手のひらで盤上をかき乱す快楽。
そして……絶対の美と知を持つはずの自分よりも美しい男、レイへの憎悪を晴らすという妄執だけだ。
「なんて、こと……本当に……」
「フハ、フハハハハハ!!」
「フフハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
「────────そうか。それでは、気が済むまで笑ってみせるがいい」
空に顔を向け、大口を開けて高笑いする……端正に整ったつくりの、その顔面に。
容赦の無い肘鉄がめり込み、ぐしゃぁっと歪められたのは、その時だった。
「おっごわあぁぁああっっ!!?」
そして、男は現れる。
「な、あぁッ!? き、貴様はぁッ!!?」
「ユダよ。…………決着を、つけようか」
そこに居たのは、マコトの作戦により聖帝討伐に出たはずの男────レイ。
マミヤは一人、未だに信じられないとばかりに、小さく呟いた。
「……なんてこと……本当に、言ったとおりになるなんて……」
★
聖帝は、走る。
自身の威容を示すかのような、威圧的な装飾が施されたバイク。
その後部に取り付けられた椅子……いや玉座に腰かけ、進行する。
目的は、自身が治める領地の視察……もとい、その地で暴威を振るい、より恐怖を与えるため。
その道を塞ごうとするもの、すぐに頭を下げかしずかない者は『汚物』として火炎放射器を抱えた聖帝軍の部下が処理を行う。
そんな残虐な覇道を、笑みさえ携えながらひた走る聖帝のもとに。
────突然、ゴオォォっという低い音が迫り、サウザーは目を見開いた。
「ぬぅっ!!」
音の出どころは、聖帝めがけて投げ込まれた、とある物体。
火を吹きながら高速で飛来するその物体は、つい先程まで無辜の民を焼き払い蹂躙せんとしていた、火炎放射器だ。
南斗鳳凰拳を極めたサウザーなら鉄製のそれを切り裂くことは容易かったが、燃料も詰まったままのものに迂闊に手を出す必要もない、とその場から跳躍し、身をかわす。
そして着地したサウザーは、彼の威光を象徴するかのようなバイクと玉座が、引火し爆発する様を背にしながら。
この事態の仕掛け人……つまり、聖帝軍の部下を始末し火炎放射器を放ったその人物に、声をかけたのだった。
「ほう……そうか。貴様が、ここに来たか。……いや、好都合だ」
「暴虐にかまける人生はもう十分でしょう……あなたを、止めに来ました。サウザー」
「でかい口を叩くではないか、小娘……マコトよ」