【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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第三十四話

★★★★★★★

 

 

上手い"嘘"の付き方として、『嘘の中にもある程度真実を織り交ぜる』というものがある。

 

聖帝軍、レジスタンスによる戦いにおいて、レジスタンスに居た二人の嘘つき、マコトとダガール。

 

今回、彼女たちはどちらもその手法を使っていた。

 

 

マコトは、考えた。

 

おそらくレジスタンス内部に、虚偽の情報を流しているものがいる、と。

 

というのもやはり、聖帝を名乗り覇道を邁進しているはずのサウザーが、レジスタンスを警戒ないし恐れて自らの情報を隠している、というのは性格上考えづらかったためだ。

 

つまり、サウザーの情報が無いのでなく、手に入った情報が意図的に捻じ曲げられている可能性が高い、と。

そう思った。

 

その内通者が何者なのか……本気で洗い出し、一人一人徹底的に調べ上げれば特定することは不可能ではない。

が、レジスタンスの現状を考えれば、そんなことに多くの時間を割く余裕があるとは言いづらかった。

まさか全員に秘孔、新一や解唖門天聴をかまして回るわけにもいかない。

 

ゆえに、マコトは"ズル"をした。

 

論理的に作戦の全容を見破るのではなく、繰り返し読んだ原作で知ったキャラクター像から、一足飛びに答えが得られる状況を作る……

つまり、あえて敵が動くであろう隙を作ることで、無理やり望む形に動かそうとしたのだ。

 

レジスタンスが居る前で宣言した、攻勢に出るという言葉自体は嘘ではない。

 

ただし、それで狙われるであろう村にレイを、拠点にシュウを、と戦力は残した上で、偽装と思われる情報には念の為ケンシロウに向かってもらう。

もし仮に、その情報が本物だった場合も、最もサウザーと戦える、もしくは無事退くことが出来る可能性が高かったのが理由だ。

 

そして、おそらくもたらされたこの偽装情報も一定の真実……つまり、同タイミングでサウザーが何処かで動く可能性が高いことも、マコトは読んでいた。

完全に嘘の情報を流すよりも、サウザーが動いているという裏付けがあったほうが、より信憑性が増すからだ。

 

その上で可能な限りレジスタンス達から動きの兆候の裏を取り、さらに原作でケンシロウとサウザーが当たった風景も思い出し、彼が通りそうな箇所に当たりをつけた、という形である。

 

 

今回、その読みは運良く当たったが……実のところマコトとしては、これが空振りに終わったとしても、そこまで問題とは考えていなかった。

重要なのは、これまで策で散々振り回された、ユダを釣ることが出来るかどうか、ということ。

 

そう、今回マコトが狙い打った本命は、ユダだ。

 

マコトは、自身の介入の余地が無いユダとマミヤの過去を考えると、今回も間違いなくユダはレイに執着している、と考えた。

 

 

(……それなら、ユダがこの状況で最も望むことは、間違いなく────)

 

『絶対の自信を持つ知略を以てレイ達を罠にはめ、その隙にレイが愛する女マミヤに危害を加える』ということだ。

 

 

あとはその結論ありきで、あとからそれっぽい理屈を付け足し、信頼の置けるケンシロウ達普段の仲間に相談をする。

 

────こうして、ユダはレイが待つ村に、自らその姿をあらわすこととなってしまった。

 

 

…………ユダの策略に、ダガールの偽装に。最後まで落ち度は無かった。

 

ダガールの存在を知るマコトも、シュウすらをも騙し通したその実力は妖星の名に、知略の星に相応しいものだった。

 

まさか会ったことすらも無い女に、性格や癖まで計算に入れた破られ方をされるなど、夢にも思えるはずが無かったのだ。

 

 

 

────ゆえに。

 

 

 

「ば、バカなバカな…………!! 何故だ、ありえん! この俺の頭脳が、知略が読み切られるなど…………!!」

 

 

その時のユダが覚えた衝撃が、混乱が。

レイの肘鉄による痛みすらをも忘れさせるほどに大きなものだったことも、無理からぬことだろう。

 

「……まあ、それに関しては、同感だ。……マコトのやつは、俺ですらたまに何が見えているのか、と薄ら寒くなるときがあるよ」

「マコト、マコトッ!! 北斗の女か!! くそ、あのような傷まみれの女がこの俺に……!!」

 

ユリアには及ばないまでも癒やしの力を身に着けているマコトは、現在のところ一般的な価値観で目立った傷跡などは残ってはいない。

 

が、身にはべらす女性の、髪に隠れた傷跡すらをも敏感に捉えるユダにとっては。

マコトとは、自身の預かり知らぬところで傷だらけで戦い続けるという、ユダの考える美しさとは遠くかけ離れた女だ。

 

「おのれ、おのれ、たかが女の分際で、この俺の策を、よくも……っ!!」

 

彼に取っての女とは、この世で最も美しい自分を飾り立てるための存在、装飾品だ。

そこから考えると手に取る前から傷がついている装飾品など、ユダに言わせれば論外もいいところなのである。

 

そんなユダの歪んだ価値観からすれば、たかが女の分際で逆らい、自らの策を破算させたマコトは当然、到底許せる存在ではなかった。

 

 

とはいえ。

 

「────ふんっ!!」

「ぐぬぅぉあっ!?」

 

レイからすればユダのそのような感情、怒りなど知ったことではない、と容赦なく拳を振るう。

 

ユダもさすがに南斗六聖拳の一角といった実力で、なんとか致命傷こそ避けてはいたものの、動揺のせいもありほぼ一方的に劣勢に追い込まれていた。

 

 

「遺言はその醜悪なたわごとでいいようだな。……恩ある女を悪し様に言われることも許せぬが、何より俺はこの女……マミヤのために。今ここでお前を倒さねばならん」

 

それは、レイとしては覚悟を促すためのセリフではあった。

が、この発言によってユダは、自らが握る情報……それも、決定的な"それ"の存在を思い出す。

 

 

「…………ふ、フフ、フハハハハハハ!! 女、女、女かっ!! 南斗水鳥拳のレイともあろうものが、なんて様だ!! そんな無意味なことのために必死になって動いていたなんてな!!」

「なにっ!?」

 

「今、俺がしていた話を聞いていなかったのか!? 良いかよく聞け~~!! その女、マミヤはな~~!! すでに……死兆星を見ているのだ────っ!!」

 

「────────っ」

 

その言葉を受けゆっくりと、マミヤに目を向けるレイ。

マミヤはその視線に対し、気まずそうに目を背けた。その所作が意味するもの……それは、肯定だ。

 

「……やはり、あのやり取りは本当だったのか……そうか、そしてその死をもたらすものが貴様……ユダということなのか」

「そぉうだ!! その通りだ!! 残念だったな、貴様がこれまでやってきたことは、まさにピエロの────────」

 

口の端から泡を吹きながら、自身が優位に立てたという確信から顔を歪め、詰め寄るユダ。

 

そんな彼を目の前にし、愛する女マミヤに。

死の運命が迫っていると知ったレイは。

 

 

「────フッ」と。

笑って。

 

目の前の男に、再び拳を叩き込んだ。

 

 

「ごぶぇ」と潰れたカエルのような悲鳴と共に、再び吹き飛ばされるユダ。

ふらふらと彼は起き上がると、再びの混乱に支配された頭のまま、ただ呆然とレイを見ていた。

 

「…………ぁ、なぁっ……?」

 

このレイが。

人のためにこそ生きる義星の男が、最も愛した女が死ぬと聞かされて。

その上で笑う理由も、すぐに迷いなく拳を振るえたことも、まるで理解が及ばない。

 

自身が告げたこの事実によりこの男は感情を乱し、泣き。

そして、迷いのある拳から放たれる水鳥拳を、自らが誇る南斗紅鶴拳で自在に料理する……そんな甘美な未来は、目の前にあるはずだったのだ。

 

だというのに、このときのユダの耳に入ったものは。

嘆きも憂いも一切無い……目の前の男からの力強いその言葉。

 

「フフ、そうか。……安心した」

「レイ……?」

「あ、安心、だと? 一体何を……」

 

ますます訳がわからない。こいつはマミヤを愛しているのではなかったのか。

そう口を開けて見やるユダに、レイは言い含めるように言葉を続けた。

 

 

「ユダよ……教えておこう。……この俺もまた、その死兆星というものを見ていたのだ」

「なっ……! い、いや、当然だッ!! 貴様はここで、俺に」

「いや違う。俺に死をもたらすもの……それはお前も知るであろう、拳王ラオウだったのだからな」

 

そして、レイは語る。

 

確かに自分に死の運命は迫っており、事実それは実現する刹那というきわまでいったということを。

しかし、それは……複雑な相手ではあるが、確かに人の手によって防がれたということを。

 

そして、その救援をもたらしたものも、また────

 

「やつは、マコトは俺に示した。死の運命は……人の手によって、変えられるということを。……ユダよ、俺の前からは今、あれほどはっきりと見えていた死兆星が、死の運命が。もはや影も形も無くなっているのだ!」

「な、なんだとぉ!?」

「そして!」

 

ズバァっと、力強い動作で振るわれた手刀で、ユダの身体が浅く切り裂かれる。

 

しかしユダは今、その痛みではなく。

目の前の男から発せられる圧倒的に充実した気力、圧力によって。

知らず知らずのうちに後退させられていた。

 

 

「それならば、マミヤの死の運命もまた変えられる、ということ! ……いや! この俺が変えるのだッ!! この先もマミヤを狙い死兆星が堕ちてくるというのなら……この俺がずっと傍で、全て! この手で!! 細切れに切り裂いてくれるッッ!!!!」

 

 

「レ、レイッ……!!」

 

「ぐ……ぐぅっ……!」

 

そのレイの……あまりにも力強い、啖呵の名を借りたプロポーズ。

 

それを聞いたマミヤは感涙にむせび、ユダは────

 

 

────それでもなお、嗤った。

 

 

「…………ク、フ、クック……! おめでたい奴らだ! この場で死ぬ貴様らにそのような未来など、あるはずも無い!」

「……貴様がこの俺を倒せる、と?」

 

「当然だ! 貴様はこの俺様に勝つことは出来ん、絶対にな!」

 

「────俺様は、妖星のユダ!! この天において最も輝く美と知略の星!! 貴様がいることは多少想定外だったが、何も問題は無い!! この俺様は常に、二重三重に策を用意しているのだ~~!!」

 

 

そんな、ユダのセリフと同時。

 

 

ドォンドォンッという轟音が鳴り、レイ達の下に届いた。

 

 

「ぬ、今の音は……!」

「まさか……! ダムを……!?」

 

この村に生きるレイとマミヤは、今の音がこの村の要である、ダムのある方角から鳴り響いたことに気づき、焦燥の声を上げる。

 

「そうだ! この村の豊富な水源を利用してやったのよ! 所定の時間に俺が合流しなかった時は爆破する手はずだったのだ! 万が一感づいた貴様が戻ってきたとしても、南斗水鳥拳の要である機動力を封じるためにな!」

 

「そんな……!」

 

 

「フハハハハハハ! そぉら水が流れてくるぞ、もはやお前たちは終わりだぁ! フ、フハハハハハハハハハハ!!」

 

「────────ッ!」

 

 

「フハ、フハハハハハハハハ!!」

 

 

…………

 

 

「フハハハハハハハハ!! フハハハハハハ、ハハ……………………?」

 

 

────しかし、そんなユダの願いとは裏腹に。

 

 

「…………?」

 

「…………?」

 

「…………??」

 

 

待てども聞こえるものはユダの高笑いと、それが困惑と共に止んだあと訪れた、静寂。

 

 

そして、そこから遅れてやってきた……

ずーる、ずーるとゆっくり何かを引きずるような、どこか気の抜けた音だ。

 

「…………??」

 

引きずられているのは、二人の男。

眼帯をつけた男と、丸いサングラスで目を隠した小さな男は、身体に開けられた風穴の痛みに呻きながら、力なく身体を投げ出している。

 

それを引きずるのはレジスタンスの男と、大人のその男にも負けない力強い歩みで手伝う、一人の少年。

 

そして、その最前を堂々と歩くのは……先程二発の轟音を奏でた銃を手にした、一人の女だ。

 

 

「あ、アイリ……!?」

 

「兄さん。マコトさんの助言で見回りをしていたら、今にもダムを壊そうとしている人が居たわ。……だから、ここにいるシバくん達と協力して捕まえたの。こっちは大丈夫よ!」

 

そう落ち着いた、しかしそれ以上にみなぎる自信を胸に報告をするのは、レイの妹アイリだった。

 

 

────ユダの副官ダガールと、部下コマク。

 

本来、彼らの実力……特に、原作で一蹴されたとはいえ、ケンシロウに一度は拳法での勝負を挑んだほどに自信を持つダガール。

彼は、如何に銃を学んだアイリや並の大人を叩き伏せるシバといえども、そう易々ととらえられる相手ではない。

 

とはいえ、今回はさすがに状況が悪すぎた。

 

そもそもユダと同じく、作戦が看破されているなど……

ましてやピンポイントにダム周りに警戒の手が及んでいるなど、特に潜入に成功していたダガールが、勘定に入れられるはずもない。

 

発見されるなどとも当然考えていなかったし、仮に見つかったとしても相手は拳法家でもない村人や自警団がせいぜいといったところで、自分たちの敵ではない。

むしろ、こんな"ぬるい"任務に自分たちが遣われるということを、若干不満に思っていたフシすらある。

 

 

……まさか、見敵と同時に躊躇なく発砲する女……それも、よりによって北斗神拳の使い手を相手取ることを想定された、常識はずれの性能の銃を使う相手に見つかるなど、一体誰が想定出来ただろうか。

 

原作においても、ボウガンを手に戦う決意をした直後から、害なす相手(モヒカン)の命を奪うことにためらいを見せなかった彼女。

生来穏やかな気質だったとはいえ、やはり芯の部分ではレイと同じく、戦う南斗の者なのだろう。

 

 

そうして、想定外にすぎる攻撃がもたらす混乱と痛みに、侵入者である彼らの頭が支配されたその瞬間。

疾風のように駆け出した、まだ幼いながらも仁星の心を受け継ぐシュウの息子、シバによって叩きのめされ、彼らは結局何も出来ずお縄に付き、ただ痛みに呻くこととなった。

 

 

「…………うぅ…………ぐぅぅぉぅ~~~~ッッッ!!」

 

 

……そして、その様を。

ダムを爆破し水浸しにする策も、その後コマクにより猛毒を流させるという策も、何もかも。

自らの策が、勝機が今、全て崩壊したことを突きつけられたユダ。

 

彼が出来たこともまた、何も出来ずにその場に呻くことだけだった。

 

 

「────────」

 

アイリは、そんなユダを目にし……この男がくだんの因縁の人物なのだろう、と理解する。

 

それに対し言いたいことや聞きたいことも確かにあったが、それよりもまず、どうしても今すぐ伝えたいことがある、と。

レイに、その神妙な表情を向けた。

 

 

「兄さん……大変よ」

「どうした、アイリ」

 

「……この銃、すごいわ」

「そ、そうか……よかったな……」

 

 

繰り返しになるが。

 

 

すでに、彼女の肝は、据わっていた。

 

 

 

 

────全て、失った。

 

地にうずくまり、苦悶するユダは、半ばぼやけた意識でそれでも思考する。

 

絶対の自信を持っていた知略は全て破られ、自身の美貌はレイの拳によりおびただしい流血と共に歪められ。

そして、元々信頼などしていなかったとはいえ部下もとらえられた。

自身の知略を頼りに着いてきた残りの部下も、この惨状を見れば当然脇目も振らず見捨てて逃げ出すだろう。

 

ユダは、思う。

 

 

──── 一体、どうしてこうなったのだろうか。一体、何が間違っていたのだろうか。

 

この、暴力が支配する世紀末で、知略に頼って成り上がろうとしたことか?

聖帝と手を組み、行動を起こしたことか?

今、策が看破されることを知らずに、のこのこと村へと来てしまったことか?

 

 

────いや、違う。間違いは、それよりもずっと前。

 

 

かつて、南斗聖拳の修行者達が集まり、技を披露したあの時。

 

そこで目にしたレイの南斗水鳥拳、飛燕流舞。

この技のあまりの見事さに、美しさに。心から見とれてしまったという事実。

 

それに嫉妬し、憎悪したことが今のユダという人格を形成したのだ。

 

 

そこから彼は、これまで以上に、狂気的なまでに美しいものだけを追い求めた。

そして、そんな中でも自分が最も美しい存在であるという自負心だけを支えに、これまで奪い、殺し、生きてきた。

 

……だが、その生き方には一つ、致命的な問題があった。

それは、進む道が外道である、だとかそういうものではない、もっと根本的な問題。

 

 

それは、ユダという人間が、本当に美しい……自分よりも美しいものへの憧れを捨てられなかった、ということだ。

 

 

だからこそ村を襲撃し、彼女の両親を殺してまでさらい、手に入れたはずの女マミヤにも何も出来なかった。

 

美しいものだけを求めていたにも関わらず、いざ美しいものを前にすれば無力になる……その矛盾した在り方こそが、今のユダという存在の本質だった。

 

 

「────────ッ」

 

 

そして、今。

最も強く憧れた、誰よりも美しく舞う男、レイ。

 

彼を前にし、その全てをさらけ出されたユダは。

 

 

「む……」

 

────────スゥッ、と。

 

直前までの苦悶の叫びも、憎しみに歪んだ表情も嘘のように。

静かに立ち上がり、レイを真っ直ぐに見据えた。

 

その淀みのない目を見て、レイもまた。

何を聞くでもなく、恨み言を吐くでもなく。

 

ただ、構えた。

 

 

「────ユダ」

 

「南斗紅鶴拳、奥義……」

 

ユダは、両手を虎の爪か……もしくは、名が表すような鶴のクチバシか。

対峙するものにそんな印象を想起させる圧力を伴った、最後の構えを取る。

 

 

なぜ飛燕流舞を見たあの時、狂おしいほどの嫉妬の炎に包まれたのか。

それは、本当に美しいものには自分の手は届かないのでは、という自身の最も弱く、目を背けたい部分を突きつけられ、それを認めたくなかったからではないか。

 

だからこそ、手が届かないものを地に堕とすことが出来たなら、その心も慰められるのではないか、と考えたのではないか。

 

 

あの日、歪み始めてから歩み、積み上げてきた全てを失ったユダ。

 

……いや、全てではない。自分にとって、最も大事な原初の想いだけが残った。

ゆえに彼は今、自分でも不思議なほどに、クリアになった思考で自身の全てを見つめ直し……その上で、目の前の男と相対することが出来ていた。

 

そして、本当に美しいものに手が届かないのならば、憧れが、自分の手に収まらないのであれば────

 

 

────自分にできることは、やれることは、たった一つ。

 

 

「今、この俺が! 貴様を超えてやる!! ────血粧嘴(けっしょうし)ッッ!!」

 

 

ユダの両手から放たれる、闘気を纏った神速の突き。

 

それを、レイは自身が誇る南斗水鳥拳の真髄、すなわち流麗華麗な跳躍を以て回避する。

 

その美しさに、その場にいる誰もが目を奪われ、見とれ、身体の動きを止め────────

 

「ぬぅぉおおおおあああッッ!!」

 

それでも、なお。

その憧れを無理やり振る切るような、裂帛(れっぱく)の気合と共に、ユダは自らの奥義を突き上げる。

 

「れ、レイッ!!」

「兄さん……!!」

 

触れるもの皆突き貫くその手刀が、闘気が今まさにレイに触れようとした、その瞬間。

 

 

「────────見事だ、ユダ」

 

 

白鳥が、ゆっくりと羽を広げるかのような。

そんな、神秘性すら感じさせる動作で、神がかり的なタイミングを以て。

 

レイは、ユダの両拳を左右に受け流した。

 

 

「お……おぉっ……!?」

 

そして、その動きにより天を向いたレイの両腕は、そのまま流れるようにユダの両肩へと吸い込まれ────────

 

 

「南斗水鳥拳奥義!! 飛翔白麗!!」

 

 

二人の南斗の男の因縁に、決着をつけたのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

「────────つっ……」

 

聖帝サウザーとぶつかり、何合かの拳を交えた私は。

今この場において、私が知る原作にはない要素が戦場に渦巻いている、と。そう感じていた。

 

 

「フッ…………」

 

 

彼の表情は、原作でもよく見かけた、余裕のあるもの。

敵はすべて下郎と見下す、聖帝という在り方を象徴するかのような、傲慢な表情だ。

 

だが、様子見と状況把握を主目的に拳を振るった私に対し返された、その拳の質は、動きは。

 

原作でのケンシロウさんとの戦いでは見せなかった、彼の内心に渦巻くある感情を雄弁に私に物語っていた。

 

 

何故かは……ある程度は察しがつかなくもないが、まだ完全に分かったとは言えない。

ただ、恐らくは間違いないだろう。

 

 

彼が……聖帝サウザーが今、私に向けている感情……それは────

 

 

『怒り』だ。

 

 


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