【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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前回までのあらすじ
ダムくん、生存


第三十五話

雪崩のように迫りくる手刀や蹴り。そして、それらから生まれる真空波を受け、捌き、避け続ける。

 

「くっ…………!」

 

驚嘆すべきは、そのスピードだ。

 

今対峙する男、聖帝サウザー。

彼が振るうそれは純粋な拳力、破壊力こそ拳王ラオウには及ばないものだが、とにかく速く、圧力に満ちていて、何よりも切れ目がない。

 

特に、原作でケンシロウさんをも驚愕させた踏み込みの速度は、にわかには信じがたいものがある。

 

単純な最高速度なら私の高速移動、龍流にはほんの僅か劣る。

しかし、彼の踏み込みには一切の予備動作がなく、加速というプロセスもほぼ皆無に等しい。

 

「────っと!!」

 

今、私の頬をかすめていった十字型に切り裂く一撃……サウザーが誇る極星十字拳。

突然目の前に現れたかのような動きから、こういった技が間断なく放たれるという戦闘スタイル。

それは、ラオウが振るう剛拳とはまた種類の違うプレッシャーを私に与え続けていた。

 

……正直なところ、純粋な相性という意味では、私からすればサウザーのほうが厄介かもしれない。

ラオウはお互いの強みが全く違う分、小細工や速度差で誤魔化せる要素も多かったが、サウザーの場合は速度がほぼ互角な上、私に取ってはまともに喰らえば必殺級の一撃であることに変わりは無いからだ。

 

「どうした小娘? 逃げまどうだけではこの聖帝の身体に拳は届かぬぞ!」

 

攻撃を続けるサウザーから距離を取り、息をついた私にかけられたのは、余裕……いや、嘲りの言葉。

その態度の理由にも思うところはあったが、今はそれを頭に追い出す。

 

……このセリフを吐いている間も、戦っている間も、サウザーは構えをとっていない。

開戦当初からだらん、と腕を下ろした自然体だけを取り、防御も回避も考えずに彼の言う"制圧前進"をし続けていた。

 

「……確かに、そうですね。まずは攻撃をしなければ話にならない、というのは同感です」

 

 

恐ろしく見切りが困難で、戦いづらい相手であることは間違いない。

この拳力一つだけを取ってみても、南斗最強の名は伊達ではなく、紛れもない難敵であるといえた。

 

 

────が、それでも。

 

 

スゥッと目を細め、目の前に立つ男の挙動により深く、強く集中する。

筋肉だけでなく、呼吸や目線から次の動作の瞬間を見切る。

……彼の拳の特性上、受けに回るために待機する、ということはない。

必ず動くと分かっているのなら、その予兆さえ、見逃さなければ。

 

 

「────────ッッ!!」

 

 

あたかも剣の達人同士が行う、居合のような。

 

そんな緊張を伴う静寂から一転、刹那。

 

爆発的に動き出したサウザーと、それと同時に前へと踏み込むのは私の身体。

 

「ぬぅっ!」

 

そして、あえてその勢いに任せたまま、まっすぐに伸ばした身体を、顔を。

目を見開くサウザーに肉薄させ────。

 

「つッ!?」

 

ガァンッ、と。サウザーの鼻柱に頭突きを食らわせた。

 

 

北斗神拳伝承者から頭突きが飛び出すとは予想をしていなかったのか、サウザーは鼻から血を吹き出し一瞬、動揺する。

しかし、流石というべきかすぐさまその心の乱れを捨てると、拳を十字に斬ってサウザーは反撃してきた。

 

が、しかし私はそれを見越して、すでに身体を沈み込ませている。

 

「はぁぁぁあっ!!」

 

そして繰り出すのは、北斗神拳が誇る経絡秘孔を狙った連撃。

寸分違わず秘孔に吸い込まれるそれは、如何に外側の筋肉を鍛えた巨漢が相手でも、内部から爆裂させ、たちまち死に至らしめる。

 

北斗神拳の存在を知るものなら誰もが畏れ、避けるであろうこの必殺の攻撃を前にして────

 

────サウザーは、すんなりとその攻撃を受け入れた。

 

 

「…………ッッ!」

 

 

肉体に深く突きこまれたその一撃は……

表面こそ抉りサウザーに流血をもたらすが、それでもサウザーはニヤリと笑う。

 

「────────フッ!!」

「ぐぅっ!?」

 

そしてそのまま、極星十字拳で私を切り裂いてきた。

間一髪で直撃こそ避けたものの、最初から防御や回避を勘定に入れていないその一撃は、私の身体に確かな傷跡を残したのだった。

 

そして、傷跡を抑えながら距離を取った私は、そのままサウザーに問いかける。

 

 

「…………確かに、致命の秘孔を突いたはずですが」

 

……私の、その言葉を待っていたとばかりにサウザーは口角を上げると、見下ろしながら高笑いをした。

 

「────フ、フハハハハハハッ! この俺に貴様の北斗神拳は通じぬ! 神はこの俺に、不死身の肉体をも与えたのだ────ッ!!」

 

 

────そう。これこそがサウザーが聖帝を名乗り、ラオウと敵対しているにも関わらず今日までその覇道を歩んでこられた理由。

彼の身体に、私やラオウが用いる北斗神拳の秘孔は通じない。

この謎があるからこそ、ラオウはこれまでもサウザーとの戦いを避け続けていたのだ。

 

まさに北斗神拳の天敵とも言える存在。

素の実力だけでも相当なものにも関わらず、このような特異性までも持ち合わせているのならばなるほど、自身こそが神に選ばれたものとして頂点を目指すというのもうなずける話だった。

 

 

…………ただ。

 

 

「…………」

 

「────解せんな。貴様は何故今、畏れていない? もはや貴様に勝ち目は無いのだぞ」

 

サウザーからすれば、今の私のリアクションは肩透かしもいいところだろう。

北斗神拳使いにとって秘孔の存在とは、文字通り戦いにおける死活問題。

それが通じないことを初めて知らされたであろう私が、恐怖に震えながら慄く様をサウザーは当然幻視していたはずだ。

 

「……いや、まあ。やけにあっさりと秘孔を突かせてくれたので何かあるんだろうな、とは」

 

 

この返しは嘘である。

 

原作を知識として知る私は、当然この謎。

 

すなわち、サウザーが逆心臓……現代の言葉で言うならば『右心症』であるがために、秘孔の位置が逆になっていることを把握しているのだ。

……あとトキさんも知っている。

 

それでもなお今、リスクを負ってまで本来ある位置の秘孔を攻撃したのは、その事実とサウザーの戦闘スタイルを見極めるため。

 

そして、私は……サウザーの最大の謎を事前に知識として持ち、今改めて確認した上でなお、こう考える。

 

────厄介だ、と。

 

まず、サウザーが北斗神拳伝承者と戦うときの強みは、自身の秘孔を守る必要が無いことにある。

それはつまり構えの必要が無いだけでなく、本来強者が無意識のうちに秘孔に張り巡らせている闘気をも、ほぼ全て攻撃動作のために使えるということ。

 

これにより単純な闘気量ならラオウに劣るサウザーが、原作でサウザーの謎により持たされた動揺もあったとはいえ、あのタフなケンシロウさんを正面から撃退するほどの攻撃力を持つことが出来たのだ。

 

そして、秘孔の位置が表裏逆だということ。

この事実だけを取ってみれば、ならば逆の方を突けばいい、と思いがちだが、そう単純な話でもない。

 

原作でもサウザー自身が「表裏の謎が分かっただけでは正確な位置までは把握することは出来ない」と言っていた通り。

北斗神拳を極め、本能レベルで正しい秘孔を狙えるに至った者ほど、位置の異なる秘孔を正確に突くという修正をするのは困難となるのだ。

サウザーほどの強者を相手にしたならばなおさらである。

 

かといって原作のケンシロウさんのように秘孔の位置をあらわにしようにも、それを為すために結局一度は秘孔を突かなければならない。

おまけにあれは確か、大技である天破活殺を当てたことによってようやく剥がれた鎧だ。

同じ条件を今、この場で達成出来るかと言われると怪しいものがある。

 

 

────と。ここまで悪い条件ばかりを洗い出したが……

 

一応対処法は、ある。

 

 

たとえばラオウほどの剛拳なら、秘孔など関係なく北斗剛掌波なりを当てることが出来たなら、それだけで十分にサウザーの肉体を破壊することは可能かもしれない。

ただ、それに至るまでにラオウ自身が受ける傷も相当なものになるだろうし、だからこそ今は対決を避けていたのだろうが。

 

また、私にしたって、ラオウにしたように北斗神拳以外の拳法を織り交ぜることで、力を削ぐやり方も考えられる。

それこそ余裕をかまして無警戒で突かせてくれたなら、そのまま指の力にあかせて肉を抉り、皮ごと引っ剥がすなりしてやればいい。

 

……スマートな戦い方とは言えないが、たとえ秘孔を突けずとも痛撃を与えることが出来る、と知らしめサウザーの危機感を煽れば、秘孔に頼らずとも幾分戦いやすくはなるだろう。

 

────ただ。

 

 

「…………すぅ……ふぅ~~っっ…………」

「…………?」

 

この戦いが始まる以前から。

考えていた"それ"に思考を巡らす、と同時。

私は、思わず息が詰まりかけたことを自覚し一度大きな深呼吸を挟んだ。

 

息が詰まった理由は、明白。

今私は……この選択に強い緊張と、少しの恐怖と……そして、それら以上の躊躇を覚えている。

 

なぜなら。

 

この戦いを通して抱いた私の印象と、私が知る彼、サウザーという存在を考えると。

今から私がすることは……先程火炎放射器を投げたことなどとは、比べ物にならないほどに。

 

 

"────これ以上無く彼に喧嘩を売る"という、そんな選択となるだろうから。

 

 

────あぁ、と思う。

 

敵とはいえ。目的のためとはいえ。

 

 

(…………やだなぁ)

 

 

★★★★★★★

 

 

自らが誇る帝王の肉体。

その謎の驚異を知らしめられた上で、未だ冷静に見える目の前の女、マコト。

 

その態度自体にも業腹なものはあったが、内心の動揺を必死に隠している、とするならばそれも可愛い、健気なものだ。

どのみち、マコトの放つ北斗神拳はこの帝王の身体には通じないのだから。

 

そして、性懲りもなくリスクを負って懐に潜り込み、突き入れてきたマコト。

先ほどと同じく秘孔を狙ってきているそれは、もはや回避を考えるまでもない。

今度こそ食らうと同時に極星十字拳によって、"忌々しい"その肉を切り裂いてくれよう、と攻撃に意識を寄せる。

 

それでも、南斗最強の拳、南斗鳳凰拳を極めた者として、念の為視界の端にマコトの拳を収めることは忘れない。

 

とはいえやはり、その拳はまたも寸分違わず秘孔を狙い撃つための、流麗かつ精美な軌道を描く。

だが、サウザーが誇る肉体の前では、それこそがドツボである。

秘孔の狙いが正しければ正しいほど、表裏逆であるサウザーの身体には通じない、無意味な一撃にしかなりえないのだから。

 

 

そうして、迫りくるマコトの拳にやはり脅威は無いものとして、攻撃に集中するために目を切ろうとした……その瞬間。

 

「ハッッ!?」

 

 

サウザーの身体に届く寸前、マコトの拳が突然"ブレ"て、あらぬ場所に突き刺さったことに、サウザーは目を剥いた。

 

 

「なっ……にッ……!?」

 

 

刹那、ブワッと吹き出した悪寒と汗の感触に惑いながらも、これまで前進しかしていなかったサウザーが、大きく後ろに跳んだ。

距離を取ることには成功したが、その時自覚したものは、左足の若干の痺れと、腹の中がぐるぐると回るような不快な嘔吐感。

 

そして、それをなんとか抑えながらも目にしたものは。

 

そんなサウザーの様子と、自分の手を見比べながら、まるで。

 

「…………??」

 

『ん? まちがったかな?』とでも考えているかのような。

そんな、気の抜けた表情で首を傾げる、マコトの姿だった。

 

 

「────────ッッ」

 

────それを見て、"今の一撃の意味"を悟ったサウザーは、今度こそ。

 

さきほどまでの、見下ろすような。

余裕に満ちた外面すらをも投げ捨てて、激昂をむき出しにし……

 

 

つまりは。

 

 

ブチギレた。

 

 

「────貴様、貴、様ァァッッ!! まがりなりにも、北斗神拳伝承者ともあろうものが!! まさか、まさかこの俺と、()()()()()()で戦おうというのかぁあああ────ッッ!!!!」

 

 

「────ああ、すみません。にわかなので、慣習(そういうの)にはあんまりこだわりは無いんですよ」

 

 

★★★★★★★

 

 

────虚気(うつろぎ)、と。

今サウザーに使った技に、私は名付けた。

 

とはいっても、御大層な名前をつけるほど上等な技でもなんでも無い。

 

格闘技において、大事な要素の一つとして、脱力という概念がある。

これはつまり、拳などを繰り出す際、余計な力を可能な限り省くことで、より正確に、無駄なく、速く当てるという基礎技術だ。

 

当然、経絡秘孔への攻撃という寸分狂わぬ精度が求められる北斗神拳において、その重要性は他の拳法とはまるで違う。

恐らく、北斗神拳使いはこの世界の拳法家の中でも最も、力の配分に長けている存在と言ってもいいだろう。

 

だが、先程行った技に関しては、その真逆。

精美に狙い撃った拳が突き刺さる瞬間、あえて身体に余計な力を入れて緊張させることで、意図的に狙いをブレさせる。

 

するとただでさえ表裏逆となっているサウザーの身体に、さらにランダムで秘孔を突くような形となる。

これにより、『放った私にすらどうなるか分からない』という、そんな一撃となったのだ。

 

……言うまでもなく、これは私が勝手に思いついた技であり、邪道も邪道。

 

秘孔の位置が分かる普通の相手ならば、そのまま突いた方が当然早いし、サウザーのような相手にしたって、秘孔に頼らず勝つ方法を探したほうが遥かに確実だ。

戦術的な価値はほとんど無い、技というのもおこがましいような、そんな小手先の技術といえる。

事実、先程当たった一撃による効果も、今のサウザーを見る限りすでに治まり出していた。

 

だが、それでも。

 

 

「~~~~ッッッッ!!」

 

 

目の前で憤怒の形相をもってこちらを睨むサウザーを見て、私は。

 

(……ここまでは、良し。……多分)

 

 

この技を放った目論見。

すなわち、サウザーを怒らせること……ではなく。

聖帝という立場の鎧に包まれた、サウザー自身の心を剥き出しにすること。

 

これに成功したことを、悟ったのだった。

 

 

 

 

────私が繰り返し読んだ原作、北斗の拳の中で、このようなエピソードがあった。

 

幼き頃のケンシロウさんが、おそらくラオウの計らいにより南斗十人組手なるものに挑むこととなった際。

その素養を感じ取り、相手として名乗りあげたシュウさんに敗れ、その後命を救われるという、そんなやり取り。

 

この時、サウザーはケンシロウさんの助命を願い出たシュウさんに「たとえ貴様でも勝手な真似は許さん」「掟は掟だぞ!」などと食って掛かる。

北斗、南斗の他流試合において敗者は生きて帰れない、というのがルールだったためだ。

 

この時、シュウさんは自らの両目を裂くことと引き換えにサウザー達を引き下がらせ、ケンシロウさんを助けることに成功した。

それがケンシロウさんにとって返しきれない恩となっているわけだが……

逆に言えば、南斗六聖拳の一人であり、サウザーからして「たとえ貴様でも」と言わしめるほどに親交を持つ漢がそこまでしなければ、サウザーは掟に従うことを止めなかった、ということ。

 

……考えてみれば、おかしな話である。

すでに"あの出来事"により歪んでいるであろう時期のサウザーが、未だ昔からの慣習に強くこだわりを見せている。

弱者を蹴散らし、倫理不要の覇道を歩みだしている……いや、むしろ自らをこそルールとするかのような帝王、聖帝の在り方とはまるで逆ではないか。

 

私はそこにこそ、今現在、彼が私に向ける怒りの正体がある、と。

そう考えた。

 

 

だから、私は。

 

 

「聖帝ともあろうものが、たかが技一つにずいぶん鼻息荒くしてるじゃないですか。……私の戦い方が……いえ、私の存在が。そこまで気に入りませんか?」

 

「……貴様ッ…………」

 

 

"分かった上で"、それを突っつき回す選択を取ることにした。

 

 

「私は……どう思われようと、自分に出来ることを精一杯やるつもりです。私の拳にかかっている期待は、想いは。私一人だけのものではないから。……"愛する人達のためにも"私はもう、負けられないんです」

 

「────────ッ」

 

 

そうして私から出た、この言葉を聞いたサウザーは────

 

 

★★★★★★★

 

 

聖帝サウザーという男。

彼を、原作を見たマコトや、本来の流れで彼を撃退したケンシロウが一言で表すならば。

 

「誰よりも愛深く、故に間違えた男」である。

 

 

幼少期の彼、サウザーはオウガイという南斗鳳凰拳の伝承者に育てられ、南斗鳳凰拳を学ぶこととなった。

修行は厳しいものではあったが、それ以上に父としての愛を惜しみなく注がれた彼は、オウガイを心から慕うようになる。

 

しかし、彼が十五の時に行った南斗鳳凰拳を伝承するための『継承の儀』にて、目隠しをされた上で迫りくる刺客を倒したサウザー。

目隠しを取った彼は、血溜まりに倒れ伏すその刺客こそが最愛の師、オウガイであったことを知る。

 

……目を隠した上で師匠を倒し、超える。それが、南斗鳳凰拳伝承の掟であったためだ。

 

 

そうして、自らオウガイを手に掛けることとなったサウザーは────狂った。

 

 

「────────こんなに苦しいのなら、悲しいのなら……愛などいらぬ!!」と。

 

 

それ以来、彼は彼いわく愛を捨て、南斗鳳凰拳によりこの世の覇権を握るために動き出すこととなったのだ。

 

……その目的もまた、彼の師、オウガイの遺体を弔う墓標、聖帝十字陵を築き上げるという、愛のためのものではあるのだが。

 

ともあれ、これこそがサウザーが歪んだ理由。そして、歪んでいてなお、掟や慣習にこだわる理由だ。

 

彼からすれば、自らの師と死別したことで哀しみ、苦しんだのは愛のせいではあるが、その死別自体は掟のせいであるといえる。

愛を捨てると決意してもなお、死したオウガイへの愛の墓標のため生きているように、全てを蹂躙する覇道を突き進んでもなお、どこかで掟や慣習の存在が心に影を落とす。

 

それが今の、サウザーという男の生き方であった。

 

 

……そして、そんなサウザーが、目の前の女、マコトに対し向けている怒り、敵意の正体は────明白。

 

それまでは拳法のけの字も知らなかったはずの小娘が、本来の伝承者であるトキやケンシロウの代わりにぽっと現れては北斗神拳を振るっている。

 

ましてや、どうたらし込んだのかは知らないが、北斗神拳は一子相伝という掟の秘拳。

本来なら習うという土俵にも上がれないはずのそれを、これまで前例など無いはずの『女』という性を持つ者が覚え。

そしてその上、師であるトキやケンシロウを含めた周りの誰をも失うこと無く真っ直ぐと立ち、使い続けて、今に至って目の前に立ちはだかっている、という事実。

 

掟のために失い、愛のために狂いここまで来たサウザーからすれば、その存在全てが自分を否定するかのような。

そんな、まさしく不倶戴天の敵であると言えたのだ。

これならばまだ、最初から伝承者候補として育ったラオウが立ちはだかる方がよほど納得が行く話だ。

 

これら全てをひっくるめてサウザーは今、この女マコトだけは。

絶対に自分の手で殺さなければならない、と。そう考えていた。

 

……たとえそれが、マコトにしてみれば何の関係も無い……ただの八つ当たりであり嫉妬である、ということを、心のどこかで理解していたとしても。

 

 

(………………)

 

────ただ。

 

今のマコトが発したセリフ……愛のために、という言葉を聞き。

湧き上がった怒りが、むき出しになった心が。別の色を持ち始める。

 

そして、その代わりとばかりに顔を出したのが、"哀れみ"のような感情。

 

それは、本来たどる原作で、子どもを人質に取りシュウの命を絶った彼が。

レムという、ターバンを巻いた一人の少年の手により釘を突き刺された時と、同じ。

 

それまでの暴君である彼なら、一も二もなく怒りのままに殺していたであろう、シュウへの愛がもたらしたこの行為。

それを受けてもサウザーはただ、愛の哀しさに想いを馳せ、自らの過去を語ったのだ。

 

……この愛に対する哀しみこそが、怒りや憎悪よりも更に深いところ。

 

心の根底にある、サウザーの本質。

 

 

それを今、サウザーは自覚し、その上で。

 

 

「────愛するもののためにだと……? くだらぬ、くだらぬ!」

 

「……っ。何故、そう思うのですか?」

 

「決まっている! 貴様もまた、愛のために立ちはだかったことでここで死に、後に哀しみを残すこととなるのだ!! 愛ゆえに人は哀しまねばならぬ! 愛ゆえに人は苦しまねばならぬ! 愛ゆえに────────」

 

 

────自らの口で、マコトに。

 

原作の彼が、名も知らぬ少年に語ったように。

今にも溢れ出しそうなほど抱えていたその哀しみを、苦しみを。

全て、さらけ出したのだった。

 

 

…………こうして、サウザーの口から過去を明かされ、自らが知る歴史と、サウザーの想いに相違が無いことを確認したマコトは。

 

 

「……………………そう、ですか。わかりました」

 

と、一人つぶやく。

 

 

そして。

 

 

「…………では、やはり、あなたで。間違いないのですね」

 

 

その言葉とともに懐に手を入れると、お互いの手が届く、極めて近い位置まで歩み寄った。

 

 

「────────なん、だ。何を、言っている?」

 

 

今の彼女から闘気や害意は、感じない。

 

かといって、敵である彼女の不審な動きを、本来のサウザーが見逃すはずもない。

にも関わらず、それを通してしまったのは……まるで、彼女の目が『それどころではない』と。

そんな風に訴えかけているように、見えてしまったからかもしれない。

 

 

「あなたに、渡すものがあります」

 

そう言って彼女がゆっくりと差し出したもの。

それは、古く変色した、しかし丈夫な作りで確かな存在感を放つ、折りたたまれた紙。

 

ほとんど無意識のままそれを受け取り、書かれている文字を見たサウザーは。

 

 

「────────ぁ」

 

 

言葉も発せず、ただ、立ち尽くした。

 

 

書かれていたのは、二つの名前。

差出人と、宛名という形で記載されていたそれは、サウザーが誰よりもよく知る名前。

 

 

宛名は、サウザー。

 

差出人の名は、オウガイ。

 

 

「────────こ、れは…………」

 

 

この日、この時のために。

 

マコトが見つけ出し、今、渡したそれは。

 

 

「……………………っ」

 

 

彼の師匠、オウガイが。

 

 

最期に遺した……遺言状だ。

 

 




アミバ様の遺志は死なないんだ

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