【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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独自設定の時間よー


第三十七話

★★★★★★★

 

サウザーが初めてマコトと邂逅し、遺言状を手渡された時のこと。

 

マコトが想像していた通り。

オウガイがサウザーに遺した遺言は、特別劇的な名文が刻まれていた、などとというわけではなかった。

 

……当然だ。小説家などではなく、あくまで拳法家である彼が遺せるもの。

それはただ師として、そして父として如何に自分がサウザーを愛していたか、という溢れる想いだけなのだ。

 

「────────っ」

 

ただ、それで十分。

目の前で死に果て、冷たく降り注ぐ雨によりあっという前に失われた、師の体温(ぬくもり)を、生きた言葉を。

心の底から渇望していたそれを、サウザーは確かにその手紙から感じることが出来たのだから。

 

……そして、その中にあって、一つ。

特にサウザーの目を惹き脳裏に焼き付けた、とある事実がある。

 

それを見たサウザーは……ある一つの選択をした。

そして、直前までの強さ激しさが嘘のように、所在なさげに佇みチラチラとこちらを伺うマコト。

彼女に向け、伝える。

 

()()()に決着をつけよう、と。

 

一度レイ達と合流したかったこともあり、その時のマコトは特に疑問も抱かず了承した。

……翌日ならばともかく、本来あえてわざわざ二日置く必要はなかったはずなのに、だ。

 

そして、この提案を経て手にした一日を使い。

彼は、溢れる才覚と精神の力により、"それら"を一線級のものに、磨き上げたのだ。

 

それらとは、当然────────

 

 

「────っサウ、ザー……あなたは……"同じこと"、を……!」

 

聖帝十字陵における決戦。

その最中サウザーが繰り出した、南斗鳳凰拳以外の南斗聖拳。

 

それを目にした上で、マコトは……今のサウザーの顔を。

 

 

原作における彼の最期の瞬間と全く同じ、険の取れた純粋で穏やかな……

まるで、子どものような、そんな表情を見ながら呟いた。

 

 

「────"同じ"、だったのだ」

 

サウザーが、静かに返す。

 

「我が師オウガイ。あの人もまた、俺と同じ哀しみを経て……そして、愛を捨て去った経験がある、と。そうつづられていた」

 

そのまま、彼は語った。

 

オウガイ自身もまた、サウザーと同じ境遇……つまりみなし児だったところを先々代の伝承者に拾われ、南斗鳳凰拳を身に着けたこと。

その後、サウザーと同じように伝承の儀で師を失ったこと。

……そしてオウガイの場合は、サウザーのように別れ際に話すことも出来なかった。

師に襲いかかられた理由も、自分が師を殺さなければならなかった理由も分からず荒れに荒れ……時には、その手を血に染めたことすらあったと言う。

 

その後鳳凰拳伝承の……一子相伝の宿命を知ったことで、ようやく。

オウガイは師の真意を悟り、そして悲嘆と後悔に塗れた。

 

……サウザーを拾ったことも、始めは愛のためなどでは無かった。

幼い身を抱き上げながら恐れられないよう優しく微笑む表情の裏で、節くれだったその心を表に出さないよう必死に努力をしていた。

師の真似事でも何でも良いから、師の意思を踏みにじったことへの罪滅ぼしをしよう、というのがその理由だった。

 

そして、始めはそんな真似事のつもりで始めた修行の日々。

それを経るにつれて、オウガイがサウザーに向ける感情がどうなっていったか……それに関しては今更これ以上、言う必要も無いだろう。

 

────唯一つ、言えることがあるとすれば。

あの愛に溢れた、陽だまりのような優しい時間に救われていたのは、サウザーだけではなかった、ということだけだ。

 

 

「────────っ」

 

サウザーが戦闘の最中に語ったこの話。

その意味を理解できたものは、ほとんどこの場には居ない。

単に聖帝の力に従えられてきただけの部下はもちろん、レジスタンスの面々も訳がわからないと首をかしげるばかりだ。

 

だが、サウザーとのこれまでの交流から、過去をある程度知る北斗の兄弟と南斗六聖の面々は。

揃って噛みしめるように、静かに目を閉じた。

 

 

────サウザーの真意が、このオウガイと同じ。

 

……すなわちこの場で南斗鳳凰拳の、いや()()()()()()()()()()()()()を行い、そして死ぬことにある、と理解出来たから。

 

 

一瞬、これが決戦の場であることを忘れさせるかのような、静寂が場を支配する。

 

その空気を作り出したのがサウザーなら、壊すのもまた、サウザーだった。

 

「────話は、終わりだ」

「……サウザーっ……!」

「敵の心配をしている場合では無い! 貴様がここで俺に破れる程度の者ならば! 俺の覇道が止まることもないのだからなッッ!!」

 

それもまた、本心である。

伝承の儀は、弟子も命がけで師を超えるという凄絶さがあってこその伝統であり、だからこその南斗鳳凰拳なのだから。

 

北斗神拳伝承者としてふさわしい力の一端を見せた上で、サウザーに師オウガイの手紙を届け。

そして何より今もまだ、愛を持った上で戦い続けているという女、マコト。

そんなマコトだからこそ、サウザーは伝承の……最期の相手に彼女を選んだ。

 

しかし、それが見込み違いだったならば。もはやサウザーが伝承するべき相手なども存在しえない。

そうなればその身が朽ち果てるまで、これまで通りの覇道を貫き続けることになるだろう。

 

 

サウザーは今、マコトが止めなければならない。

 

 

再び険しい表情に戻ると、鬼気迫る勢いを以て拳を振るうサウザー。

 

彼を前に、マコトもその事実を改めて認識し────

そして、覚悟を決めた。

 

 

★★★★★★★

 

 

実際のところ。

今サウザーが次々と私に放つ、鳳凰拳以外の南斗聖拳は。

戦術的な面だけで見るとそこまでの脅威では……ない。

 

といっても当然、それはサウザーの練度が低いからでは無い。

むしろ、もともとある程度身につけていたのかもしれないが、それでもたった二日空けただけで、シュウさんやレイさんといった本来の使い手に劣らないほどの鋭さを身に着けてきたのは、驚嘆すべきことだ。

 

おそらく、これを使われたのが北斗神拳伝承者以外なら……そして、私以外なら。

この圧倒的な技のバリエーションの前に、成すすべもなく敗れていただろう。

 

(────でも、私は知っている)

 

シンやレイさん、シュウさんの戦いで。

そして何より、散々見漁った彼らの原作の活躍という形で。

 

多くの技が初見でありながら初見で無いという矛盾。

それは、水影心による吸収も手伝い、サウザーが振るう拳のほぼ全てに対応する確かな糧となっていた。

 

……そして、それは私に防がれ続けているサウザーも感じているだろう。

彼がただ勝つことだけを考えるならば、自身の体力を消耗してまで私の手札を増やす理由はない。

他の技に慣れだした今、すぐさま最も得意とする南斗鳳凰拳に切り替え攻めた方が、よほど勝機があると言える。

 

もちろんそれは私の方も同じだ。

このまま攻めさせるよりも、技と技の隙間を計らい距離を詰めて攻めきってしまうのが最も有効だろう、と。

頭の中では冷静に算出出来てしまっている。

 

 

それでも、辞めない。辞められない。

サウザーがそれらを振るうことも、私がそれを吸収することも。

 

 

ずきん、ずきんと心が痛む。

 

今はもう、サウザーが振るう技に見覚えのあるものはほとんど無い。

 

それはつまり、サウザーが知る南斗の技が残り少なくなっている、ということ。

……終わりが迫って来ている、ということ。

 

 

────あぁ、と、"今一度"思う。

 

倒すべき相手とはいえ。何より、彼自身の意志を汲んだ結果のものとはいえ。

 

 

(…………やだなぁ)

 

 

 

 

「────見事なものだ」

 

一対の美しくも力強き鶴を思わせるような、そんな闘気の刃をやり過ごした私に対し、一言。

だらん、と腕を下げ息をつきながら、サウザーは静かに口を開いた。

 

「我が師オウガイの言葉を届けた者へと。そして、南斗聖拳そのものの最後の敵である、北斗神拳伝承者へと。……俺が果たすべき義理は、果たしたと言えよう」

「……間違い、ありません。戦いはまだ途中ではありますが。……それでも今、この場で。北斗神拳伝承者として、あなたに心よりの感謝を」

 

サウザーが知る限りの。伝承すべき技はもう、無くなったのだ。

 

それを悟った私が返した言葉を聞くと、サウザーはたんっと軽く。だけどどこまでも厳かに。

自分が捨て去るはずだった愛の象徴、すなわち聖帝十字陵の頂点に飛び移る。

 

…………そして。

 

「ならば、その礼に。何よりお前の力に。我が奥義を以て応えよう」

 

 

「南斗鳳凰拳に、構えが……!!」

 

ラオウですらも見たことが無かったそれを。

これまでの動きとは、精度も身にまとう雰囲気も全く異なる、彼本来の構えを取る。

 

 

まるで彼の拳法が示す鳥────鳳凰が翼を広げたような。

それでいて、神への恭順と贖罪を示す十字架のような。

両握り拳を大きく横へと広げた、そんな荘厳に過ぎる構えを取り……彼は、叫んだ。

 

 

「南斗鳳凰拳奥義、天翔十字鳳ッッッ!!!!」

 

 

(ついに、これが出た…………!)

 

南斗聖拳最強であるサウザーという存在を象徴するかのような、その奥義。

これを破らずして、サウザーへの勝利はありえない。

 

「…………破ってみせよ、マコト!!」

 

「そのつもりで、来ていますっ!!」

 

 

サウザーが吐き出す気合の声と同時、宙を舞う巨体。

それに対し私はまず、真っ直ぐに拳を振るう。

 

……本来、拳法の達人同士の対決において、不用意に飛びかかるのは自殺行為である。

攻撃することだけを考えたならば、体重や勢いが乗ることで相応の威力も期待できるだろう。

しかし、いざ迎撃された時を考えると、空中では姿勢の制御が困難なため、敵の攻撃を回避するすべがないからだ。

 

当然、私が彼に放った拳もサウザーは無防備に受けることになるだろう、と。

ここに居る殆どの人間が考えたはずだ。

 

が。

 

 

「────────つッぅ!!」

 

 

私が鋭く放った拳打は、そこに居るはずのサウザーの身体をすり抜けると、逆に私の肩口から血が吹き出す。

先に攻撃を当てたはずの私が、一方的に傷を負う……

そんな世の理に反する光景を見た、サウザーの部下か誰かの驚愕の声が耳に入った。

 

(……本当に、当たらないんだ……っ)

 

対峙する私から見てもただの的にしか思えない、ゆったりしたその動き。

それに吸い込まれるように手を出し、味わわされたものは、連綿と受け継がれて来た技巧の極みだ。

 

(……でも)

 

でも、私は知っている。

こことは違う世界で。私が知る北斗の拳の世界で。

これを破った漢が居ることを。

そして、その技をすでに私は、血がにじむような努力の末、手にしていることを。

 

再び私に向け飛びかかろうとするサウザーを目に収め。

私は、躊躇なく。

それを放つための、構えを取った。

 

 

「────────っ」

 

私の手の動きを見たサウザーが、静かに息を飲み込み、そして再び飛びかかる。

 

北斗七星の動きとともに、爆発的に闘気を高めるこの構えの名は、北斗神拳秘奥義────天破の構え。

そして、ここから放つ技の名はもちろん────

 

 

「────────天破活殺ッッ!!」

 

 

触れずして敵の身体を貫く、不可視にして究極の、七つからなる闘気の弾丸。

これまでの旅の間も、欠かすことの無かった修業によって高め続けてきたその練度は。

Z-ジード-に放った時よりも……うぬぼれでなければ、原作でケンシロウさんが放った時のそれよりも高いはずだ。

 

そんな天破活殺は当然、宙に舞う羽根となったサウザーの下へも、一分の狂いもなく向かい────

 

 

「────鳳凰纏(ほうおうてん)

 

 

そして、前方から後方へと。

翼を思わせる形でサウザーが纏う、()()()()()()()()()

 

 

「────────ッッ!!」

 

 

大技を放ち隙を見せる私の下にふわり、と。五体満足のサウザーが降り立つ。

全力で身をかわすが、避け切れなかったその手刀により、この戦いで最も大きく私の身体が傷つき、血を吹き出すこととなった。

 

「ぐっぅぅ、ぁ…………!?」

 

「なっ…………」

「なんだと……っ!?」

 

膝を付き痛みにこらえながら見上げる私に、再び頂点へと戻ったサウザーが、聖帝が。

見下ろしながら、告げた。

 

 

「────見たか、マコトよ。貴様の天破活殺は見切り……今、鳳凰は成った!!」

「…………っ」

 

「これこそが、絶対不敗の秘奥義、天翔十字鳳!! そして俺こそが!! 究極の南斗聖拳、南斗鳳凰拳そのものなのだ!!」

 

いつしかこの戦いを彩るように、天から降り注いでいた雹。

それに打たれながら、慢心も悪意も無く、ただ師から受け継いだ自らの拳を誇る、サウザー。

 

 

(────ああ)

 

そして、私は今。

 

そんな彼の姿を見上げながら。

 

 

(キレイだなあ……)

 

 

と。場違いなほどに素直な、そんな感想を抱いていた。

 

 

サウザーが私の天破活殺を破ったこと。

もちろんそれはとても凄まじいことだし、事実トキさんやラオウの驚愕の声も漏れ聞こえた程だ。

 

……だけど、私はどこかで、こんなことになるのではないか、と予感していた。

何しろ、この場で初めて使った原作と違い、この世界での私はこれまでも何度も天破活殺を行使していたのだから。

 

特異体質にあぐらをかいて突かせるのではなく、全力を以てぶつかる今のサウザーなら、もしかしたら得た情報をもとにこれぐらいやるのではないか、と。

そんな予感……いや、"期待"をどこかで私はしていた。

そうでなければ、防がれてからの反撃に対し回避が間に合うことはなかっただろう。

 

南斗鳳凰拳が奥義、天翔十字鳳。

これはおそらく、自身の闘気を極限まで抑え、さらに全身を脱力させることによって成立する、カウンター技だ。

これら脱力により相手の敵意をはらんだ攻撃を見切り、長年の修行の末身に着けた技巧を以て受け流し、そして一方的に反撃する。

 

さらに、サウザーはそれに加え不可視の攻撃である天破活殺に対してすらも、後出しで纏う闘気の衣、すなわち鳳凰纏により対処を可能にした。

 

それは、拳でも、闘気でも捉えることが出来ない、人の身では触れることすら叶わない幻の存在……まさに鳳凰。

サウザーは今ここに来て、そのような存在へと至り。

 

そして私はその姿に。

南斗究極と言って過言ではないその秘奥義に、見惚れた。

 

 

……南斗紅鶴拳のユダは、レイさんの美しさに見惚れたことを不覚だと、生涯の恥だと考えていたようだが。

私は、追い詰められながらもなお、素直に憧れることが出来るこの心を、誇らしく思う。

 

たとえ北斗神拳伝承者になったとしても。

私という存在を始めてくれたこの憧れは、これからもきっと捨てることはないだろう。

 

 

……そして。

 

「本当にすごいです、サウザー」

「…………」

 

「拳も、闘気も通じない相手が居るなど、これまでの北斗神拳伝承者も考えたことすら無かったでしょう。……あなたのような本物の強者が、全てを出し尽くして私と戦ってくれていることを、心より嬉しく思います。…………ですが」

 

 

────それでも、この憧れが私の心にある限り。

 

 

「勝つのは、私です」

 

 

★★★★★★★

 

 

マコトのその言葉を、苦し紛れと笑い捨てるのは簡単だったが、サウザーはそうしようとは思わなかった。

……いや、正確にはもはや、そのようなことはどうでも良かった。

 

サウザーにあるのはただ、自分に出来るあるがままを目の前の相手にぶつけ。

そして、目の前の相手が繰り出すあるがままを、見届けるだけだ、と。

 

 

そう考えるとサウザーは、最後の。

決定的な一撃をマコトに与えるため、これまでで最も高く、美しく。空を舞った。

 

最大最高の闘志を内に秘め、それでいて表に出すのは最も静かで軽やかに。

 

そんな、最後の天翔十字鳳の舞いを目の前にし、マコトは────

 

 

サウザーと同じか、それ以上に。

ふっ、と険の取れた、穏やかな表情で微笑むと、同じく宙を舞った。

 

 

「なっ────」

 

 

そのままマコトは、両手を広げてサウザーの下へ向かう。

その動きに、手に、脚に、闘気に、表情に。

天翔十字鳳が見切るべき敵意はどこにも、欠片すらなく。

 

何人にも捉えられぬ宙を生きる羽根となったサウザーは……

今、それと同じ存在、羽根となったマコトに。

 

ぽんっと、生まれたての赤子をあやすように。

どこまでも優しく、暖かく抱きとめられた。

 

(────慈母、星……っ!?)

 

究極と言っていい戦いの最中起こった、あまりにも場違いなその動作。

 

それに、一瞬彼が知る、南斗最後の将の幻影を見た、と同時。

 

 

「でぇえああああ、りゃぁああああッッ!!!!」

 

 

一転。

 

完全な密着状態からいくつもの秘孔を押し込みながら、全身をフルに使った烈火の如き激しい動きで。

サウザーの巨体を投げ飛ばし、十字陵の石面に叩きつけた。

 

「がっ、はぁぁあッッ───────!!」

 

直前まで完全な脱力状態だった上、予想外の動きにより一瞬生まれた、思考の空白。

 

マコトの動きに反応し反撃を試みるも間に合わず、サウザーは無防備な状態で全身を打ち、叩きつけられた反動で宙を浮くことになる。

そして、致命的な隙を晒したサウザーに間髪入れず迫るのは。

 

「────────ッッ!」

 

北斗七星と死兆星をかたどった八つの闘気からなる、"マコトの天破活殺"。

 

サウザーはそれを、今度こそ受け流す事が出来ず、まともに食らうこととなった。

 

 

★★★★★★★

 

 

(…………なんだか、ひどいことをした気がする)

 

サウザーが完成させた究極の天翔十字鳳の前には、通常の拳も天破活殺も、おそらく剛掌波なども通用しない。

まるでこの世の理から飛び出たかのようなあの軽やかな舞いの前では、どれほど鋭くとも殺気のこもった攻撃は無意味だ。

 

だから私はまず、攻撃だとか攻略だとかそういうことを考えずに。

ただ、同じ位置に行きたい、たどり着きたい、と。

そんな純粋な憧れのままに、全身から力を抜き、飛んだ。

 

天翔十字鳳は使えないが、もとより力の配分に関しては潜在能力を操る北斗神拳こそ本家本元だ。

ましてや私は、柔拳や虚気という形でそれを活かした戦闘スタイルを用いている。

 

もちろん、如何に北斗神拳伝承者としての適性や水影心による吸収があるとはいえ、南斗最強の秘奥義をいきなり使用することは不可能である。

あれは、宙を舞った後の、相手の動きに対する完璧な見切りと反撃があってこそ成立する技だ。

 

だが、その前の宙を舞うだけなら。同じステージにただ立つ、というだけなら。

今の私ならきっと出来る、とそう信じて私は飛んだ。

 

飛んだ後のことは、考えていなかった。そういう目論見は全て、サウザーを打ち倒すべき相手としていだく敵意に繋がってしまうから。

 

だから、とりあえず一緒に真似して飛んで、そうしたら近づいてきたから、とりあえず手を差し出して優しく抱きとめてみて、そして────────

 

『あ、今捕まえてる』となったのでぶん投げたというわけだ。

 

絵面だけ見たら赤子のように抱き上げておいて、すかさず地面に叩きつけるという酷いものとなっているが、あくまでお互い真剣に勝ちに行った結果である。

……この行動に移るのがあと一瞬遅ければ、正気に戻ったサウザーの攻撃を食らっていただろうし、実際のところ紙一重だったのは間違いない。

 

そして、これにより。

決着は"ほぼ"ついた、と見ていいだろう。

 

 

「ぐ……ぬ……ぅお……っ!」

 

 

かろうじて起き上がったサウザーが呻く。

投げる直前に突いた秘孔や天破活殺により、彼の全身はすでにまともに動かせる状態ではない。

特に、脚は地に縫い付けられたように動かない。

 

────鳳凰すでに飛ばず、である。

 

だが、それでも。

 

 

「────引く気は、無いのですね」

 

その私の分かりきった質問に、彼はただ一言『無い』とだけ答えた。

 

(…………っ)

 

彼が、ここで。

私が知り、そして予感していた"あるセリフ"を吐かなかったことに、ほんの少し私の心が揺れる。

 

が、彼の真意が、この戦いの最中に私が悟ったもの。

つまり、伝承の儀を最後まで果たすことにある、ということに変わりはない。

 

 

ふぅ、と小さく息をつき、構える。

 

(…………ならば、私は)

 

サウザーのその意思を汲み取り……その上で、最後に。

それでも、彼に一片の救いだけでもありますように、と。

 

その技の使用を、改めて心に決めた。

 

 

────技の名は、北斗有情抱朐夢(ほうきょうむ)

 

これは原作本来の流れでケンシロウさんが放った、北斗有情猛翔破を元にした技だ。

 

苦痛を生まない有情拳本来の効果に加え、打たれるとともに秘孔の力で身体の芯から暖かな熱が灯り……さらには、ある種の幻覚作用をもたらし、打たれた者が最も欲する夢に抱かれ、そのまま眠るように逝く。

そんな、まるでサウザーのためだけにあるような技だ。

 

……いや、まるで、ではない。

私は貴重な修行時間を使ってまで、実戦の役には立たないであろうこれを、わざわざ編み出したのだから。

 

私がそんなことをした理由。それに想いを巡らせる前に、サウザーが最後の一撃を繰り出す。

 

飛びかかるような、堕ちるような。

美しさと儚さを併せ持った、そんな動きのままに、彼は満身創痍の拳を走らせた。

 

そして、私はその動きにカウンターをする形で……それを、放つ。

 

 

「北斗、有情抱朐夢────ッ!!」

 

 

鋭く息を吐きながら打ち込まれた、私の拳を目の前に。

 

「────────ふっ」

 

サウザーは、満足そうに笑い、目を瞑り……その身を委ねた。

 

 

(…………っ、さようなら、サウザー)

 

……そして、お互いが予見した形の通り、私の拳がサウザーの身体に吸い込まれ────────

 

 

 

命中する、その直前で。

 

 

ピタッ、と。

 

 

止まった。

 

 

 

「────────っ」

 

 

「…………?」

 

 

……来るはずの、終わりが、来ない。

 

 

そして、終わりをもたらすはずの、この場所にあったのは。

 

 

困惑したように、うっすら目を開けてこちらを伺うサウザーと。

 

 

「……………………あ、あれっ??」

 

 

……多分、そのサウザー以上に、困惑で頭をいっぱいにしながら。

 

 

ただ、"自分で止めた自分の拳"を見ているだけの、私の姿だった。

 

 


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