You Are Shock?
「…………っ」
死を受け入れたサウザーに向け、放った最後の拳。
それを止めたのが自分自身であることに気づいた私は、目を閉じたまま顔を天に向け……考える。
その後ばっ、とサウザーを見ると、困惑が張り付く彼の顔を、そのまましばらくじっと眺めた。
「……な、んだ……? 何をしている、貴様」
図らずも、サウザーに遺言状を読ませた時と真逆となった状況に、サウザーが口を開く。
その言外にあるものは、決着がついたのだから早くとどめを刺せ、という催促だ。
(…………)
私は、それを……聞こえていながらあえて無視すると、自分でもあやふやな思考を。
そして、自分が拳を止めた意味を。
もしかしたらさっきまでの戦い以上に、真剣に整理するよう腐心していた。
理由はたくさん、たくさん思い浮かぶ。
(それは多分……"殺す理由"も"殺さない理由"も)
……まず、愛が深すぎたためにオウガイの死のショックにより狂ってしまった、という経緯こそあれど。
その後覇道を進み、多くの部下を率い罪なき子どもを従えてきた、というのは彼自身が取った選択だ。
その上で、彼自身がオウガイの後を追って死ぬことを望んでいるならば、その意志を酌むのも彼のためだ、と私は最初に考えたはずなのだ。
ただ裏を返せば、身一つで数多くの部下をまとめ上げ、また子どもを管理した上でこの聖帝十字陵を完成させた、という事実。
これが示すものは、この乱世において得難い統率力と知力、武力の全てを兼ね備えているということ。
そんな人物がこれまでの道を悔いたことに、この戦いの結果があるのだとしたら。
この類まれなる才覚をただ葬る、というのも……おかしな言い方になるが、この乱世に取っての大きな損失に他ならないのではないだろうか。
……そう。サウザーは多分、きっと。
師オウガイのように、愛を捨てたこれまでの道程を今、悔いているように思える。
私の知る原作で、今回と同じようにケンシロウさんの天破活殺を受け、満身創痍になった彼は言った。
『ひ……退かぬ!! 媚びぬ省みぬ!!』と。
これは、サウザーの帝王としての誇りを示す力強い覚悟の言葉であり……
そして、内心の傷を覆い隠すための強がりでもある、と私は思っている。
『退かぬ』と『媚びぬ』は言葉そのままに受け取っていいだろう。
ケンシロウさんの前に立ちふさがる南斗最強の男として、彼が退くことも媚びることも、無い。
だが、『省みぬ』はどうだろうか。
そのセリフを放った場である聖帝十字陵こそが、彼が過去を、想い出を省みた結果生まれたもののはずなのに。
最初から愛と情という過去に縛られていなければ、愛と情の墓などわざわざ作る必要もないはずだ。
事実、その後有情拳を受けたサウザーは最期の瞬間も、師のぬくもりを求めて死体に寄り添い、散っていった。
……そして今回。
オウガイの遺言で戦いに臨む前からぬくもりを思い出したサウザーは、このセリフを吐かなかった。
それは、原作で見て見ぬ振りをしていたそれを、彼自身自覚した上で、この伝承に臨んだという証左なのではないだろうか。
こういった、私が殺す理由と、殺さない理由。
相反する考えが有情拳を放つその刹那、私すら自覚していなかった心の奥底で。
頭痛すら引き起こすほどにバチバチぐるぐるせめぎ合い続けて……そして。
最後に残ったものは、やはりというべきか。
この世界で目覚める前……つまり、前世からずっと抱えてきたロマン、憧れだった。
(私はきっと……見たいんだ。サウザーが"────────"した後の、その先を)
……だから。
★★★★★★★
たっぷりと時間を使い考えた末……マコトは、口を開く。
「……ごめんなさい、サウザー。私はあなたを殺せません。……あなたの、師匠の後を追いたいというその気持ちに、応えることが出来ません」
「っそこまで! そこまで俺の考えが分かっていて、何故だ……!? 貴様は、俺がこれまでやってきたことも知っているはずだろうが!!」
正確には全部ではないが、その通りマコトは知っている。
……でも。いや、だからこそ彼女は。
「でも、今は。それを悔いているのではないですか? だからこそ師と同じ伝承の儀を、やり通すことを選んだ」
「……ッッ!! それが、どうした!! 仮にそうだとしたならば、なおさら俺が同じ宿命に殉ずることは間違っていないはずだ!!」
「────いいえ。サウザーには一つ、やり残したことがあるはずです」
「なんだと……!」
真意が掴めないマコトの問いに、サウザーは顔を歪めながら続ける。
「俺が知る拳法はすでに伝え、その上で全身全霊をかけた戦いにお前は勝利した! これ以上、俺がお前に伝えるものなどっ……!」
内心に抱えていた想いを、感情を絞り出すように。
苦しげに吐露するサウザーに、マコトはゆっくりと首を振りながら、言い含めるように伝えた。
「違います、違うんです。拳法とか技術だとか、そんなことじゃないんです。……聞かせてください、サウザー」
「あなたが師オウガイから受け取ったものは、南斗鳳凰拳の力だけなのですか?」
「…………ッ!!」
その言葉が届いた瞬間、サウザーの脳裏を巡ったもの。
それは、厳しい修行を終えた一日の終わりに、優しく頭を撫でるオウガイの手のぬくもり。
それは、厳しい修行を終えた一日の終わりに、腹を空かせたサウザーに振る舞われる料理のぬくもり。
それは、厳しい修行の最中に向けられる……厳しくも、どこまでも暖かな眼差し。
……そして。
「ぅ……あ、ぁっ……!」
そして、オウガイが最期に記した遺言状の、そのさらに最後を締めくくる言葉。
それと、今ここにいるマコトの言葉が、同時にサウザーに叩きつけられる。
『先程も書いた通り。わしがお前を拾い育てたのは、それを捨てたことへの罪滅ぼしだった』
「私も、あなたが関わってきた者たちも。その誰も、あなたが師から受け取ったはずのそれを、まだ受け取ってはいません」
『わしは、この伝承の儀でそれを捨て去り、そして数多くの者に迷惑をかけてきてしまった。そこはもう、取り返しがつかん』
「あなたは、これまでそれを捨て去り、そしてたくさん取りこぼしてきました。そこはもう、変えられない」
故に、オウガイとマコトは今、サウザーに求めた。
一度歪んでしまったサウザーが、再び……"────────"した、その先を。
『だから、出来ればお前はそうならないで欲しい。わしが捨て去ったはずの……しかし、お前と出会い過ごして、ようやく再び手にできたそれを────』
「だから、あえて強くこう言います。それのために今死ぬのではなく、これからはそれを全部……全部、未来のために、目についた片っ端から拾い集めて────」
「────────愛をとりもどせ、と」
……そして、今度こそ。
完全に、険の取れた。
そんな表情のままの、サウザーの慟哭が響いた。
それは、産まれたての赤子のようなか細い声量ではあったが……
不思議と、その場に居る誰の耳にも届き、そして強く。
心に、残り続けた。
「……お……オォ……ぐ、……うぅ……!! お、お師、さんっ…………! お師さんっ…………!!」
★★★★★★★
「────これで、良かったのか?」
……戦いが終わり、帰還しようとする道中。
最初に口を開いたのは、レイさんだった。
サウザーはあのあと……長く長く黙り込んだ上で、たった一言。
『しばらく、一人にしてくれ』と、小さく呟いた。
私があの場で言えることは多分、全部伝えた。
あとは、サウザー自身が決めることだと判断した私達は、一度村へと戻ることにしたのだ。
そして、このレイさんのセリフは、私に対してのものでもあり。
サウザーとずっと戦ってきて……おそらく、これまでにも犠牲を払ってきたシュウさんに対してでもあるだろう。
シュウさんはそれに対し、何の憂いも無いとばかりに、ただにこやかに頷いた。
その一方、私は……すぐに答えを返すことが出来なかった。
……先程の、私のサウザーに向けた発言と、選択を思い返す。
正直なところ、私は名も顔も知らない人たちが受けた苦しみから、その義憤のままに殺してやろう、という考えはあまり持ち合わせていない。
かといって、サウザーの願いと伝承の儀の伝統を覆してまで、生かそうとした理由に関しては……一体、何故自分でもあれだけ強く推し進めたのか。
答えはさっき伝えたはずにもかかわらず、まだ喉の奥で何かが引っかかっているような、不思議な感覚が残っている。
(私は、どうして────)
この世界を愛する人間として最初に抱いたもの。
出来るだけ無駄に死なせたくない、というその想い自体はおかしなものではない。
だが、それは果たして本人の意志を遮ってまで通す程に、尊いものなのだろうか、と。
……そう、好きな世界の、好きな人物達だからこそ、個人の意志は尊重すべきと頭では分かっているはず。
だから、サウザーに限らず、この世界のそうした意志は出来るだけ通そう……と。
(…………あっ)
そうして、これまで出会った人物に思いを巡らせた途端。
私は、気づいた。
(────────あぁ、そっか)
サウザーに対して想い、そして示した未来というロマン。
それは、確かに私の本心ではある。
でも、そのさらに先。
最後の最後心に残った、私自身の素直な気持ちにして、本音の本音。
……それは、最も原初的な、なんでもないただの"好き嫌い"の話だった。
────シンの時は、私にもまだ余裕が無く、また彼自身が歩んだ道を一切悔いてはいなかった。
だから、彼が望むまま天に送り……いや、迂遠な言い回しはやめよう。
私の意思で、殺した。殺すしかなかった。
────ジャギの時は、私の影響により彼が変わり、それにより本来もたらす被害がぐっと小さくなり、彼がこれからそれを為す理由も、新たな道の提示により無くなった。
だから、私の意思で、殺さなかった。死のうとしているのを、止めた。
────リュウガの時は、考えるまでもなく、殺す必要が欠片も無かった。
これまでの戦いで強く印象に残った、彼らと今のサウザーには、共通しているものが一つある。
それは、私と戦い敗れたならば、その私の拳にかかり死のうとしている、ということ。
つまり、それぞれにそれぞれの思惑があるとはいえ。
全員がこの世界の漢の価値観によって、当たり前のように。
私に自分の屍を超えさせようと、哀しみを背負わせようとしている、ということだ。
これは、この世界に生きる強い漢達に認められたということで。
間違いなくとても名誉で、光栄なことで。
……そして、それでいて。
「…………冗談じゃないや」
「? マコト……?」
私はそれが、
今このときになって、ようやく気がついたのだ。
それは、この世界に来て自己を確立して。
その上で、ただの使い手から北斗神拳伝承者として生きることを決意した今、初めて芽生えた……
いや、自覚できた、私だけの激情。
…………なんで。
(なんで、すでにケンシロウさんを犠牲に生きている私が、他の人の死まで背負わなきゃならないんだっ……!!)
そもそも、この世界で生きたマコトとしての価値観もあるとはいえ、元の現代一般人としての記憶や常識も残る私は。
いくら生きるためと割り切ったからといって、多くの敵対者をこの手で殺している、というだけで十分に重すぎる話なのだ。
ましてや、シェルターでの慟哭により生まれた、強い強い哀しみから始まっている私の道程。
そのケンシロウさん達の犠牲と、これまでに倒した者の返り血に染まった私が、これ以上不要な死を背負うのは。
心という力を維持することを考えても、単純にデメリットが大きすぎる。
北斗有情抱朐夢なんてものをわざわざ編み出したのもそうだ。
あれは、サウザーに対して心の救いを……という想い以上に。
そうすることで、自分の心の負荷を少しでも和らげようとしたのが、その本質なのではないか。
……それに、ラオウの存在もある。
彼は、サウザーのように覇道を悔いるようなことは絶対にありえない。
命ある限り世に覇をなそうとする以上、私が生きるためには彼の命を奪うことは……
北斗の拳の一ファンとして憧れた、彼を殺すことは、まず避けられないだろう。
それならば。それならば、もう。
────────もう、哀しみは、お腹いっぱいだ。
(…………ははっ)
……ああ、なんとも。
この世界の救世主っぽくない結論だなあ、と私は自嘲する。
でも、それと同じぐらい。それでいいんじゃないか、とも思った。
ケンシロウさんの道を。
世紀末救世主伝説を再現する代替品ではなく、私なりの世紀末を生きよう、と。
この世界で目覚めて初めて得ることが出来た、その選択こそが私の初心だったのだから。
…………だから。
「────ええ。"私は"、これでいいんです」
っと。
少し間が空いたが、心配無用とばかりに力強く応えると。
レイさんも聞いていたケンシロウさんも、こころなしか満足したように微笑んだ。
その彼らの態度に背を押されたわけではないが、それでも私はピンっと胸を張ると。
サウザーと、この先の未来に想いを馳せ、村へと帰っていったのだった。
この選択が正しかったのかどうかは、まだ分からない。
この世界における救世主としての、ただの甘さや弱さでしかないと言われたなら、そうなのかもしれない。
それでも、下を向いて歩く必要は、無い。
────改めて、私の進む道は、決まったのだから。
★★★★★★★
「……師よ」
聖帝十字陵。
その中に作られた、とある一つの小さな空間。
サウザーが『聖室』と呼ぶその場所には最愛の師、オウガイの遺体が安置されている。
その聖室を開き、座したまま佇むオウガイの姿を目に収めながら、サウザーは。
聖帝十字陵の、とある箇所に手をかけていた。
……それは、大きく見事にそびえ立つこの聖帝十字陵の。
"致命的な構造上の欠陥"の要点となる箇所だ。
「…………」
原作において、サウザーが師の遺体に寄り添い死んだ際。
聖帝十字陵がまるでその後を追うかのように、ひとりでに崩れていったのは、その直後の話だった。
なぜ、ケンシロウが意図的に十字陵を破壊したという描写が無いのにもかかわらず、そのような現象が起こったのか?
それは、十字陵がこの致命的に脆い欠陥を抱えた作りであったことが理由だ。
……ある意味、当然とも言える。
如何にこの世界の子どもが強い身体能力を持つとはいっても、子どもは子ども。
建築のプロでもないであろう彼らが、あれ程の巨大な建造物を。
満足な食事も与えられない状況で作らされて、完全完璧な出来栄えとなる方が不自然な話なのだ。
────そして、それをサウザーは建設後に気づいた……いや。
本当は建設途中の段階から知っていて、気づかないふりをしていた、という事を。
今戦いを終えて初めて、サウザーは自覚した。
それは、愛を捨てたと豪語した上で師の愛を求めていたのと同じように。
愛と情の墓を、オウガイを眠らせるための墓を、十字陵という威容を持つ形で残すこと。
それが根本的に過ちであることを、心の奥底では悟っていたからに他ならない。
そして今、その箇所に。
原作では、戦いにおける余波で傷つき崩れたほどに脆いその部分に今、サウザーは手をかけたまま、語りかけるように呟いた。
「……俺は、あなたの愛を知り、愛によって救われたにもかかわらず……それを捨て……いや、捨てた振りをして生きていた。……とんでもない、親不孝者だ」
「あなたは言った。自分のようにはなるな、と。
それは、一人残ったサウザーが。
考え抜いた末の、決意の言葉。
「俺に、そのようなことが出来るかなどは、分からぬ。……おそらく、ただ暴を振るうだけのこれまでの覇道などよりも、よほど困難な道なのではないかと思う……だが」
それでも。
「地獄に行くであろう俺が。あなたに、向こうで会えることは無いかもしれぬ。だがもし、その時が来たら、やつの生き方のように、胸を張って。あなたに会いに行けるように……俺は」
言葉に押されるように、サウザーの手に。
握る力が、加わっていく。
────そして。
「……もう二度と。退かず、歪まず、そして省みず。その未来のために、生きていこうと思う。……だから」
「今はしばし、さらばだ……お師さん……!!」
サウザーは、その箇所を。
心に残った過去の残骸ごと打ち砕くように、力のままに────握りつぶした。
ガランガランと、上からゆっくりと階段が崩れる。
辺りに響く鳴動が、これまでのサウザーを支えた、過去の終焉を伝える。
────この日、聖帝十字陵は。
先代鳳凰拳伝承者、オウガイの遺体を覆い隠すように崩壊し……
それと共に、聖帝サウザーという存在は、死んだ。
この場に残ったものは、身一つ。
これまでの道でそぎ落としてきた、その全てを拾い集めるため生きる、一人の漢。
すでに夜も更けた今、その身体に吹き付ける風は、ひどく冷たい。
だが、それでもサウザーは。
今の何者でも無くなった自分を見て、師がどこかで笑ってくれている気がする、と。
そんな、心に灯ったかすかな……だけど、確かなぬくもりを抱いて、一人。
その道を、歩き出したのだった。