(そ、そう来たかぁ~~……)
……実際のところ、このタイミングでトキさんが切り出す話としては。
ラオウとの因縁や、それを解消するための戦いについてになるんだろうなあ、と。
原作から一応アタリを付けてはいた。
だから、トキさんにまだ時間があることや彼を待つ患者達を引き合いに止めるか、それとも彼の意志を尊重してラオウとの決戦を応援するか……
そんな判断にばかり頭を悩ませていたところに、突然向けられた矛先。突然叩きつけられた闘気の圧力。
それは、強烈なショックとなって『どのみちしばらく戦いは無さそうだし修行頑張るか~』なんて緩みかけていた私を叩き起こしたのだった。
────今一度、醒めた思考でトキさんの行動の真意を探る。
トキさんが私と戦ってみたい、と考えたのは本心だろう。
自分で言うのも照れくさいというか恥ずかしいものがあるが。
客観的に見て私の存在は、この世界の強い漢達から見ても『おかしなことやっとる』となっていても……まあ、不思議ではない。
原作知識やこの世界の理を利用した、抜け道的な方法を用いているとはいえ。
それでも結果を見ればトキさん自身が指導した素人一人が、短い期間でラオウやサウザーに対抗出来るようになったという事実。
これは、彼の拳法家としての興味を惹くには十分ということなのだろう。
……理由がそれだけなのかどうかまでは、まだわからないが。
ともあれ、この戦いで私がトキさんに敗れたなら。
トキさんはそれで満足して隠居する……なんてことには多分なるまい。
拳法家としての欲求に赴くまま、ラオウとの戦いにも臨むはずだ。
それは、必ずしも致命的な事態になるとは限らない。
原作でもラオウは、トキさんに対しての愛を捨てきれずに、勝利したにも拘わらずトキさんへのトドメを刺さなかった。
ただ、状況もトキさんの体調も異なる今回同じことになる、という保証は無い。
病の進行が遅い分、より拮抗した戦いとなり、余裕がなくなったラオウがトキさんを殺めてしまう可能性も捨てきれない。
おまけに彼の実力を考えると下手をすれば、トキさんがラオウを倒してしまうことすらも考えられる。
北斗の拳第一部-完-、というやつだ。
さすがにそれは……宿命という正当性こそあれど私としてはまあ、困る。色々と。
というわけで例によって例のごとく。
私としてはこれから、負けられない戦いに臨む形になる。
……ある意味では、好都合だ。
あのトキさんがここまで私を真剣に見て戦ってくれるという、ファンならずとも誇らしくてたまらないこの出来事。
で、あるならば私も、それに見合うほどに心を燃やして……全身全霊を以てぶつかりたいと思ったから。
だから、トキさんの言葉に対する私の回答は決まっている、と。
私はあえてそれを口に出さずトキさんに向かい合う。
そして、握った右拳を胸の前で、もう片方の手のひらに当てる姿勢を見せることで、返答とした。
────北斗天帰掌。
これは、北斗の使い手同士で真剣勝負を行う際、たとえその結果命を落とすこととなったとしても、悔いなく天へと帰るという意思表示であり、儀礼だ。
とはいえ、これはどちらかというと。
こういう儀礼を示さないと本気でぶつかるのがはばかられる戦いに、『全力でお願いします』と願うというのがその本懐になるだろうか。
原作でもこの世界でも、同じ北斗の者であるジャギやラオウとの戦いでは用いなかったのは、おそらくそういうことだろう。
少なくとも、私個人としては正直なところ。
ここで死んでも、はたまた殺してしまっても悔いなんて残りまくるに決まっている。が、それはそれだ。
トキさんの想いに答えるためにも、私はその内心を自覚した上で、この返答をする。
そして、トキさんも。
もしかしたら私の内心まで分かっているかもしれないが、それでもかつてない真剣な様相で、同じく天帰掌を返した。
儀礼を終え通常の構えに戻ると、私とトキさんは静かに向かい合う。
もうこの時点ですでに、戦いは始まっている。
トキさんは当然、押せば押すだけ引く澄んだ柔拳。
対する私は、剛柔織り交ぜた雑食染みた拳。
────トキさんから攻めに動くことは、おそらくない。
そう判断した私は、リスクを承知で。
先にトキさんの下へと飛びかかったのだった。
★
「────っうわ、とぉっ!」
幾ばくかの攻防の後、またも流され、泳いだ身体に迫る追撃をかろうじて受け止め、距離を離す。
……強い。
原作のケンシロウさんとトキさんの戦いは、結果はどうあれその後ラオウと戦うという前提があった。
なので一瞬の交錯のみで終わったが、今回はそうではない。
数多の敵を打ち倒してきた拳が。
シュウさんとの対決を制した蹴りが。
当代の誰よりも扱いに自信があった闘気の放出が。
トキさんが見たことは殆どないはずの、元の世界での格闘技術が。
ほとんど、通用しない。
ゆらり、ゆらりと揺れながら待ち構え、私の多種多様な攻撃のことごとくを受け流すその手管。
これがトキさん本来の戦い方であり、北斗神拳の歴史上でも類を見ない才覚が成す本領なのだ。
私がそれだけ受け流されてなお、かろうじて致命的な痛打をもらっていないのは。
ひとえにトキさん自身から学んだ柔拳のおかげだと言えるだろう。
ただこれも当然、目の前の天才が放つ柔拳……それに正面から対抗出来る練度とは、まだ言えない。
トキさん達に師事し修行を始めた時から分かっていたつもりだったが……
それでもここに来てトキさんが発揮するその全力までは、まだまだ測りきれていなかったようだ。
……当然といえば当然だ。
彼は、さらに病が進行した原作でもなお、あのラオウを紙一重のところまで追い詰めた、この世界屈指の傑物なのだから。
(…………さて、どうしようかな)
感動も感嘆の言葉も尽きないが、いつまでもただのファンでは居られない。
私はトキさん達の弟子として、そして当代の北斗神拳伝承者として。
今この場で、全力の彼を打ち倒さなければならないのだから。
────改めて、目の前の漢を倒すべき相手として、戦力の分析を行う。
まず純粋な技術において私が彼に勝てる目は……ほぼ無い。
私も技術においてはこの世界でもかなりの水準にあると自惚れてはいるが、トキさんはさすがに別格だ。
かといってフィジカルという点でもトキさんは決して弱くはない。
病に弱っているというイメージからは想像しづらいが、意外に体格的にもケンシロウさん以上と十分に恵まれているトキさん。
単純な力だけで比べても私を上回っているのだ。
当然、心も強い。
驚愕したり涙を流したりということこそあれど、その精神は柔拳の達人にふさわしく強靭。
全てを受け流す柳のようなその心の強さは、案外割と動揺することが多いラオウ以上と言えるかもしれない。
……考えれば考えるほどに、いっそ笑えてくるぐらい強く。
そして、隙など全く無さそうに思える。
だが、それは錯覚だ。
トキさんとて、絶対無敵の存在では断じて無い。
何故なら。
(────トキさんは原作で描写されている中でも、三度敗れている)
そのうち一戦はケンシロウさんに哀しみを残すため、兄リュウガの手にわざとかかった、ということでノーカウントとしても。
残り二戦のラオウとの戦いでは、どちらも追い詰めこそすれ最終的には敗れている。
圧倒的な強さの描写こそ目立つが、純粋な戦績だけをフラットに見てしまうなら。
実はトキさんは、いわゆる名無しのモヒカン以外には一度も勝利を収めていないはずなのだ。
そこまで考えた上で、そんなトキさんの戦いから、今の自分に出来ることを、逆算すると。
今、私がトキさんに対し突ける点は、二つある。
そして、それを実践するための具体的な方法を模索した結果……それは一つに絞られた。
(……おそらく今出来ることは、これしかない)
私が原作知識と、これまでの経験全てを活かし。
導き出した対トキさん最終戦術……それは。
────────作戦名……死ぬ気でがんばる、だ。
★★★★★★★
何度目かになる攻防を終え。
距離を離したマコトが自分を見る目を見て、トキは思わず苦笑が漏れそうになった。
まるでこちらを恐ろしい化け物か何かを見る目で見ているが────その目をしたいのはこちらの方である、と。
確かに今の攻防において、優位に立ち回ったのはトキの方だと言える。
マコトの攻撃はことごとくが防がれ、逆にトキの反撃の多くはマコトの身体を掠め、少しずつダメージを与えている。
だが、逆に言えば。
歴代最高の才覚を有し、マコトより遥かに早くから北斗神拳を修め。
さらにマコトにそれを教えたトキの全力を以てして、"優位止まり"なのだ。
ラオウやサウザーとの戦いを見て分かってはいた。
分かってはいたが、それでもなお信じがたいと理性が拒みたくなるこの現実。
トキは内心、マコトと出会ってから何度目になるかも分からない戦慄を、今もまた感じていた。
────はっきり言って、トキは彼女にここまでの才能があるとは思っていなかった。
いや、正確には今でも思っていない。
たとえば、同じ技一つの伝授をしたとしても、才能とは習得速度の違いという形で如実にあらわれる。
そして、トキやケンシロウ程の天才ともなると一を聞いて十も百も知る、といった形であっという間にモノにする。
また北斗以外でも、我流でありながらそれに等しい速度で拳を磨き上げたという男のこともトキは知っている。
ジュウザという名のその男はマコトやユリアの腹違いの兄であったが。
そこまでの才能、理解力というべきものがマコトに引き継がれている様子は、トキから見ても無い、と言わざるを得なかった。
(だが、現実として彼女は、ここに立っている)
異常なまでの精神の強さと執念を以て、そして単純な才能ではない、思いもしなかった抜け道的な手段を用いて。
まるで強くなる、勝利をするという結果を直接引き出しているようなその在り様。
それに空恐ろしいものを感じたことがあるのは、おそらくトキだけではないだろう。
「────────っ」
そして、そんな彼女の目に今。
これまでも何度か見せてきた、決意の光のようなものが宿ったのを見て。
トキは思考を中断し、それに備える心構えをした。
一挙手一投足を漏らすまいと凝視するトキが見た、マコトの次の動きは。
「ふぅ~~~~…………」
自分の中に留まる空気を、一片も残さないとばかりに全て吐き出す深い息吹。
そして。
「すぅぅぅ────────っっ!!」
肺の容量限界を超えるような勢いで。
呼吸法を奥義の要とする北斗神拳使いが全力全開を以て行う、深呼吸だった。
姉譲りの美麗なスタイルにより形よく突き出た胸が、さらに膨らむその様は。
そこらの野盗からすれば、扇情的なものにしか映らないかもしれないが、この時のトキが覚えたのは────とてつもない危機感。
そしてそれをトキが自覚すると同時、そのままマコトが飛びかかり、再び攻撃を加えてきた。
「────っ!!」
繰り出す攻撃は、一見先程までと同じ。
打突、刺突、手刀、足技、闘気術……数多の手段を以て展開されるその攻めを、トキはこれまで通り全て防ぐ。
(…………っこれは……)
が、今度は先程までと違い、トキの反撃の手が追いつかない。
マコトの苛烈な攻撃の前に、トキは防御手だけで精一杯となり、一方的に攻撃に晒される。
あのトキをして、防御だけに追われる。
この状況をもたらしたものは、マコトが振るう異常極まる拳の速度だ。
と言っても当然、マコトが突然覚醒しこれまでより早く動けるようになった、というわけではない。
(っ、無茶を、する……!)
先程までとの違い。それは、彼女の攻撃に切れ目が一切存在しない、ということ。
深く深く吸い込んだ息が続く限りの、完全なる無呼吸で連打をし続けることで、呼吸の隙という攻撃の間を無くして攻め立てているのだ。
攻撃を流し反撃をする、というトキの基本プロセスに対し、今のマコトは"攻撃しながら攻撃している"。
これを行うのが並の達人ならば、当然トキは歯牙にもかけずに打ち破るだろう。
しかし、当代北斗神拳伝承者にして、現存する北斗神拳使いで最速と言っていい拳のマコトがそれを振るったならば、別。
飛んできた拳に対し、トキが攻撃を流そうとした瞬間には次の拳が飛ぶという状況。
これでは如何にトキの技術が優れていたとしても、それを発揮する機会そのものが訪れない。
……そして、この戦法による効果は、トキのカウンターが封じられただけに留まらなかった。
「ぅ……ぬっ……むっ……!」
自身と同等以上の速度で、切れ目なく放り込まれ続ける攻撃。
それに対応するには当然、自身も切れ目なく防御をし続ける必要がある。
ましてや一見軽い攻撃に見えてもそれは、経絡秘孔を狙う暗殺拳、北斗神拳。
強靭な皮膚と溢れんばかりの闘気に包まれた肉体を持つラオウならばともかく、それ以外の者からすれば捨て置くにはあまりに危険過ぎる一打だ。
必然、その全てへ対応するためトキは、いつしかマコトに続き無呼吸で立ち回ることを強制されていた。
実時間にすれば、わずか数分にも満たないもの。
だが、その間に交錯した無呼吸の攻防は、実に数百手。
────先に、賭けに出ることを決意したのは、トキの方だった。
(ここだっ!!)
「────────っ!!」
視認すら困難な速度で無数に迫るマコトの拳。
その中からほんの僅か、大振りとなった一つを選び掴み取る。
猛烈な勢いで削り合う呼吸、そして体力。
その限界が訪れる前にトキは、多少の被弾を覚悟の上でマコトの拳を抑え、柔拳に移行しようとし────────。
「なっ!?」
────その瞬間、マコトの柔拳により投げられ宙に浮かされた。
(読まれていたっ!!)
ここでトキは、自分がその拳を選んだのではなく、選ばされたということに気づく。
無呼吸の連打で体力の削り合いに持ち込んだのは、それにより選択肢を狭められたトキが放つ柔拳を狙い撃つため。
トキより練度の劣る柔拳でも、最初から打つ前提で待ち構えているならば、マコトが先手を取ることは、容易い。
────────が。
「まだ、だ!!」
「ぅ、わっ────!?」
それでもなお。
依然、トキは天才。
完全に不利な形で始まった柔拳対決で、すでに宙に浮かされたという、これ以上なく崩れた体勢でありながら。
極みに至った技巧の冴えにより、掴んだままのマコトの手を利用し、逆に投げ返した。
「ぐっ……!」
結果、トキに続き、マコトは宙に放り投げられることとなる。
それも、トキ以上に体勢が崩れた計算外の形で。
「────勝機!!」
トキはこの瞬間、訪れた確かなそれに、ギラリと目を光らせた。
自身の体勢も完全なものではないが、お互いが体勢を変えられない空に居るというこの状況。
ここでトキが。
北斗二千年の中で最も華麗な技を持ち、空中戦こそをその真髄とするトキが放つ技は、当然────
「いや────ッ!! 天翔百烈拳!!」
類まれな実力に似合わぬ穏やかな気性でありながら、それでもなお内に秘めたる熱い激情。
それを全て吐き出すかのような、気合の叫びを携え放つのは、トキの奥義である拳撃の嵐。
それは、逃げ場の無い空中に追いやられ、為す術もないマコトのもとへと吸い込まれ……
そして、命中の寸前。
目の前からマコトがかき消えたことで、虚しく空を切ることとなる。
「────っ!?」
驚愕に見開いたトキの目が次に捉えたのは、あとから宙を舞ったにも拘わらず、すでに地面に両の足を踏みしめ構えるマコト。
そのありえない光景を実現させたのは、ラオウとの戦いでも用いた一度だけのマコトの空中歩行……飛龍。
トキに投げられた瞬間から、全力で練られていた体内の闘気。
それを噴出することで、天翔百烈拳を回避しながら地面へと降り立ったマコトは。
トキに向けて、拳を打ち上げる。
それに対するは、再び放たれたトキの天翔百烈拳。
片や、予期せぬ回避に心と体勢を乱され、さらに本領ではない地上への相手に向けたトキの拳。
片や、安定した地面で待ち構え狙いすました一撃を放つマコト。
幾重の策を以て作り上げられたこの状況において、それは本来の技量差を覆し────
マコトの拳は今、トキの身体を捉えたのだった。
★★★★★★★
「────────ぶっ、はぁっ! はぁっ! はひゅ! はひゅ~~っ!!」
私の拳を受け、トキさんが地に倒れたのを確認し。
私はようやく、まるで溺死寸前といった風情で酸素を吸う権利を得た。
そして、拳を受けたトキさんよりよほど酷い顔をしているであろう、そんな私を見やったトキさんは再びの苦笑とともに。
『あなたの勝ちだ』と。
ただ一言、そう告げた。
「は、はひっ……!」
(う、上手くいった……きつかった……!!)
────死ぬ気でがんばる。
私がトキさんに対し取ったこの作戦は、簡単に言えば『ごく短期的に挑む持久戦』だ。
私の知る原作でもこの世界でも、無双の実力を誇るトキさんだが。
その戦いぶりには、二点ほど……かろうじてだが、弱点と呼ぶべきものがある。
一つはやはり、持久力。
つまり、スタミナ面だ。
死の灰の影響を受けたトキさんは、原作でも戦いが長引けば長引くほど動きに精彩を欠いていき、最後には巨漢のラオウにも攻撃をあっさりと避けられるようになる。
それは、影響が弱くなっているこの世界でも、本質的には変わらない。
また、おそらくだが死の灰の影響を差し引いたとしても、やはりスタミナは狙い撃って損が無いポイントと言える。
なぜなら世界最高の技術を振るうからには、それに要される精神力もまた、膨大なものとなるからだ。
それは、自分でも柔拳を使っているからよく分かる。特にラオウとの戦いは不完全な柔拳でも恐ろしい速さで精神がすり減ったものだ。
そしてトキさんは、体格面でラオウやカイオウなどには劣りながら、それでも彼らに劣らない出力を発揮する。
それを実現するためには、その分ある程度以上燃費を犠牲にしている、と考えるのが自然なのだ。
そしてもう一つは、戦術性。
……普段の理知的な姿を考えると意外に思えるが、実はトキさんは戦いにおいてほとんど戦術を用いない。
むしろ、ラオウに足を槍で縫い付けられたりと、相手の発想の前に後手に回っている。
残るケンシロウさんやジャギも戦術を以て敵と戦っていることを考えると、トキさんはその分野において一歩譲る、と言えるのではないだろうか。
拳法を始めた時点からすでに天才であった彼は、おそらくその身と技術だけでどのような相手とでも渡り合えた。
だからこそ、そのような手段を使う癖が付かなかったのかもしれない。
そこまで考えた私が取ったもの。
それが先程の、速度とスタミナにあかせた無呼吸連打により、強制的に泥仕合に引き込む、という戦術と呼ぶのもはばかられるゴリ押し戦法だった。
実際、今の私がトキさんを破るとするなら、アレしか考えられない。
如何に持久戦が有効とはいえ、長々と戦い続ければ頭の良いトキさんは、対応策などあっさりと考えるだろう。
その考える暇を与えずに攻め立てることで、ようやく全力の彼を相手にワンチャンスを掴み取ることが出来たのだ。
(…………)
この勝利を喜ぶ心がある一方、ずきんっと心を痛める想い。
トキさんが死の灰に侵されたのが私達のためだ、という事実がある以上。
私がこの戦術を取ることに思うことは……当然、ある。
だが、それを理由に私が躊躇し、取れる手を取らず敗北などしたならば。
トキさんが願った全力という言葉も、先程取った北斗天帰掌も、ひいてはこれまでの戦いも全て無意味なものとなる。
だから私は、その痛みを覆い隠すように。
努めてしっかりとした口調で、改めてトキさんに挨拶をする。
「っありがとう、ございました!」
その私の声と顔を見て。
トキさんは一瞬、何かを言いたそうな顔をした気がした。
「────いや、そうだな。こちらこそありがとう、満足の行く戦いだったよ」
が、すぐにそれを飲み込むように表情を戻すと、そう挨拶を返してくれたのだった。
……今、トキさんが。
本当は私に何を言おうとしたのかは、まだわからない。
が、おそらく。
それは今考える必要がないことだろう、と思う。
私がそう判断した理由は、とある一つの予感。
トキさんに話があるとするならば、きっと明日、私が"それ"を終えてからになるだろうから。
だから私は、今は詳しいことも聞くこと無く。
この時点で修業を切り上げると身体を休め、明日に備えたのだった。
★
そして、次の日。
トキさんと戦った同じ場所で一人佇む私のもとに。
予測通り現れたのは、一人の漢の気配。
(…………)
トキさんが戦うことを願った時点から、多分こうなるだろう、という予感はあった。
その意味も意義も分かるし、これはきっと私のためになることだ、と頭でも感覚でもちゃんと理解出来ている。
……でも、それはそれとして、現れたその人に対して。
昨日、トキさんという掛け値なしの強敵と戦ったばかりの身として。
せめて、せめてこの一言ぐらいは、言わせてはもらえないだろうか。
「…………エグくないですか?」
「……だが、お前は。それも、超えてゆくのだろう」
静かに。
私の言葉にそう返したのは、北斗四兄弟の末弟……そして本来の世紀末救世主、ケンシロウさん。
元より無口な彼が訪れた理由は当然、暇だから話に花を咲かせよう、なんてものであるはずもなく。
早速とばかりに私の予感に違わない……
だけど、私の予想の斜め上な言葉を用い、"それ"を告げた。
「マコトよ」
「……っ、はい」
「今日はお前が、北斗神拳を伝承するに足る存在かを確かめさせてもらう。全力でかかってこい」
「────────ふふっ!」
真剣な場面にも拘わらず、思わず笑みがこぼれる。
それは今となっては懐かしい、私が道を誤りかけていた修行の日々。
その中で、私を引き戻すための戦いの前に、ケンシロウさんが放ったこのセリフ。
ケンシロウさんも分かっていて、あえてその時と全く同じセリフを使っているのだ。
"あの時とは、違うのだろう?"と。
ああ、初めてこの言葉を聞いたあの日は。
比喩でもなんでもなく、世界の終わりを告げられたように感じたものだ。
私にも、そしてこの世界にも。
ケンシロウさんが世紀末救世主になれない以上、私がなる以外の道はない、と。
そうとばかり思っていたから。
……でも、今は。
「────っ」
万感の思いごと身体に溜め込むように。
胸いっぱいになるまで息を深く吸い込む。
そして、ドンッと。
あの日の心に渦巻いていた暗雲ごと、力強く振り払うように、脚を踏みしめ構えながら────
私は、叫んだ。
「────────っはい! よろしく、お願いします!!」
ケンシロウさんは子供の頃に南斗十人組手をやったのよ!
北斗二人組手ぐらいなによ!!