【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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三話見返しながら書きました


第四十一話

低く、低く。

 

地面スレスレまで、倒れ込むように沈み込ませた姿勢から、練り上げた闘気を蹴り足に爆発させる。

 

「────疾ッッッ!!」

 

鋭く息を吐く音と、爆発音を置き去りにするかのように。

高速の移動術である龍流を使った私は、その加速を乗せた拳をケンシロウさんに放った。

 

「っ!!」

 

これまでの私の格闘人生でおそらく最速であっただろう一撃を、ケンシロウさんは被弾する寸前で手を差し込み、受け止める。

瞬間、私は受け止められた手に柔拳を仕掛け崩そうとしたが、刹那で力の流れを見切ったケンシロウさんは手を離した。

そして初弾を防がれた私と、防いだケンシロウさんは同時に"軸の移動"を始める。

 

それは、北斗七星になぞらえた動き。

 

達人同士の戦いにおける死角とは北斗七星の星列にあるとされ、北斗神拳の使い手として拮抗した戦力、似た戦闘スタイルを持つ私達は、この北斗七星の"陣取り"を制することを要点とする。

これは過去の修行で、ケンシロウさんと戦った時と展開的には同じだ。

 

(……でも、今の私は!)

 

身軽な体躯、適性を活かした闘気の扱い、そして強敵たちとの戦いで刻まれた経験。

 

それらがもたらす純粋な速度で以て今、"ケンシロウさんより速く動く"私に対し、ケンシロウさんは技巧と超人的な勘の冴えを以て付いてくる、という状況となった。

 

移動のために脚を踏み出すごとに砂埃が舞い、接近するたびに炸裂弾もかくやという拳の弾幕が展開される。

 

 

(────よし、いける……!)

 

極限の陣取り合戦を続けるうち、天秤が少しずつ傾いたのは、速さで勝るこちらの方だった。

あの時は殆ど手も足も出なかったケンシロウさんを、純粋な立ち回りで制することが出来る────

思わずその感慨にふけりたい想いも芽生えたが、今はまだ冷静に、確実にその勝機を逃さないよう目を凝らす。

 

……そして攻防を続け。

その北斗七星の陣の制圧……つまり、決定的なチャンスに手をかけようとした────

その次の瞬間。

 

「っ!?」

 

私は、強烈なまでに降って湧いた危機感に。

それまでの戦術や立ち回りの一切を投げ捨てて飛び下がっていた。

 

下がりながらも私が目にしたものは。

本来手を向けられるはずがないその死角に向け。

世紀末を制するに足る神威の拳を、容赦なく差し込んでいたケンシロウさんの姿だ。

 

(…………っ、あっぶない!)

 

今ケンシロウさんが取った行動。

それは、私がリュウケンさんの魂的なアレと手を合わせた時に行使した、七星点心破りと同じもの。

死角以外の狙えるであろうポイントから死角を逆算し、正道でなくてもいいとばかりに、その拳をねじ込んだのだ。

 

最初からこれを狙ってわざと遅く動いていた……というわけではないはずだ。

おそらく、陣取りの段階でこのまま真正直に続けるのは不利と早々に悟った上で、臨機応変に切り替えたのだろう。

 

「ふぅ~~っ…………」

 

これだ。

これこそが、本来の世紀末救世主伝説を作るはずだったケンシロウさんが持つ力の一つ。

悪党の人質やジャギの武器を姑息な手と断じる傍ら、相手の戦術に対しては驚くほどの機転で対処をする。

勝利を確信していた敵対者の一体何人が、これにより苦渋を舐めさせられてきたことか。

 

 

……そして、ケンシロウさんの力について。

私が今、改めて認識したことは、もう一つ。

 

「…………ありがとうございます、ケンシロウさん」

「…………」

 

元々持っていた強さこそあれ。

本来の歴史と違い、強敵との戦いの数々をこなしていないケンシロウさん。

 

原作に比べ病や経験の不足という重荷を背負いながら、おそらく原作以上に困難な戦いを経て来た私の前に、今もなお彼が立ち塞がっている……

いや、"立ち塞がることが出来ている"。

 

その意味を想った私の口から漏れ出たのは。

この世界に目覚めて何度目になるかも分からない、深い深い感謝の言葉だった。

 

修行の日々でも。

そして、その先の旅の道中でも。

ケンシロウさんはずっと、ずっと強く在り続けてくれていた。

 

私が知る限り、彼にこの世界で最強になりたいだとか、世に名を知らしめたいなどという野望は存在しない。

その上、旅の目的であった姉さん、ユリアはすでに死んだものだと思っている。

 

ケンシロウさんのことをよく知る私だからこそ、確信を持って言える。

 

それでもなお、病に弱る身を押してまで一緒に修業を続けてくれたのは、私のためだ、と。

 

修行をしていた時も、その二年後旅に出た時も。

まだまだ北斗神拳伝承者を名乗るには未熟な身であった私は、修行のためにずっとケンシロウさんと手合わせをしてきた。

この経験が無かったなら、私はきっとジャギやリュウガ、サウザーといった強敵に勝つことなど出来なかっただろう。

 

日増しに強くなっているであろう私と手合わせをし続ける……つまり、私を成長させるという形で守る。

そのために彼が裏にどれほどの努力をし、どれほど心を燃やして来たのかは、もはや想像もつかない。

 

(────やっぱり、ケンシロウさんは)

 

死の灰を被った今、世紀末にとっての直接的な救世主にはならないのかもしれない。

それでも間違いなく、私がこの世界で目覚めた時……いや、元の世界に居た時からずっと、依然変わらぬ私のヒーローなんだ。

 

 

そして、だからこそ改めて……この人に勝ちたい、と強く思う。

 

この戦いの勝利を以て、私はもう大丈夫だ、と。

いつまでも、そんな果てのない苦労に縛られる必要は無い、と伝えたい。

 

……それに。

 

勝算、と呼べるほどはっきりとした形のあるものではないが、それでも。

 

 

────私は、この戦いはきっと勝てるだろう、と。そう思っている。

 

 

★★★★★★★

 

 

マコトは、この戦いにおいて。

トキに用いた、無呼吸連打による短期的持久戦をしかける気は、無かった。

それは当然、彼の体調を想った遠慮や容赦から出た判断ではなく、逆。

 

特に口などは出さなかったが、自分とトキとの戦いをケンシロウが見ていない理由も無かった以上。

彼に一度見せた同じ手が通じる可能性は、極めて低いと考えたからだ。

 

 

そして、そこまで考えたマコトが選んだ戦術。

お互いの手が届かない位置で、様子を見るケンシロウに対し。

答え合わせをするかのように、マコトの体内に、闘気が満ちていく。

 

「────フッ!!」

 

一閃。

マコトの手刀が空を薙いだかと思うと、ケンシロウの胸元から浅く血が吹き出した。

 

続けてマコトが腕を振るうたびに、地面が浅く裂け、砂埃が舞う。

 

それは南斗紅鶴拳、伝衝裂波。

 

サウザーとの戦いを経て身につけた南斗聖拳が放つ衝撃波。

これによりマコトは、その場に居ながらにしてケンシロウに攻撃を加え続ける。

 

並の人間なら瞬く間にバラバラに刻むであろう、地を裂き抉る鎌風。

……しかし、()()()()()()()が、ケンシロウにまともに通じるはずもない。

回避ではなく、あえて防御に注力し受けることで、攻撃の癖を見切ることをケンシロウは選択する。

 

「むっ!?」

 

────が、巧妙に混ぜられた、一際大きな圧を放つ衝撃波を前に。

ケンシロウは、その場からの離脱を強制させられた。

 

南斗聖拳で最も蹴り技に長けた、南斗白鷺拳。

その真髄と伝衝裂波を組み合わせることで、手から出すそれを大きく超える衝撃波を飛ばしたためだ。

 

……そして、本来ありえざる南斗同士の組み合わせにより生まれたこの"陽動"は。

ケンシロウ相手に確かに実を結ぶ。

 

「ぐぅっお!!」

 

強烈な南斗の衝撃波を回避したはずのケンシロウ。

その地点に向け、すでに放たれていたのは、北斗の御業。

 

すなわち、マコトの得意技────天破活殺。

 

精巧極まる闘気の配分により、脚から打ち出す伝衝裂波と別口に、すでに指先から放つ闘気を練り上げていたマコト。

彼女の攻撃は、彼女とケンシロウの通算二度目となる真剣勝負において、初めて。

ケンシロウに痛撃を与えたのだった。

 

しかし、与えたとはいってもそれは、伝衝裂波と同時に打ち出したために、必殺と呼ぶには足りない闘気量。

秘孔を突いたことで一瞬硬直はするが、それもすぐに解除されると分かっているマコトは、彼のもとに疾走(はし)る。

 

 

そんなマコトの姿を視界に収め、衝撃に揺れるケンシロウ。

……そして、彼が取った選択は。

 

「ほぉぁあっ!!」

 

(────なっ、前っ!?)

 

トキの柔拳すら破った彼女を前にして、このまま防戦するだけでは一方的に打ち倒されるだけだ、と。

本能とも呼べる勝負勘による、極めて迅速な判断からもたらされたケンシロウの迎撃に、マコトは目を見開いた。

 

「それならっ!!」

 

即座にマコトは踏み込みにブレーキをかけると、その慣性を利用した一撃、龍尾を繰り出す。

鞭の原理を以て放たれる最速の拳は、ケンシロウの拳より先に彼の目の合間を目掛け放たれ……

そして、空を切った。

 

(消えっ……!?)

 

それを自覚すると同時、マコトは湧き上がる闘気を全て防御に回した状態で、トンッと脚を地面に離す。

 

「あぁたたたたた────っ!!」

「うぐっぶっ、ぐっぅぅう~~っ!」

 

その瞬間、全身を覆うのはケンシロウの突きの連打。

 

────マコトの記憶からは薄れて消えかけていたこれは、原作でケンシロウがサウザーとの戦いで用いた技能だ。

相手の意識が攻撃に転じるその瞬間を狙い、自身を死角に潜り込ませることで、正面で対峙しながら姿を見失わせる。

 

リュウケンが見出した北斗神拳伝承者候補……その中でも拳法家でなく、あくまで暗殺者として。

ラオウを超える適性を持った、ケンシロウならではの絶技だ。

 

暗殺拳、北斗神拳。

その北斗二千年の歴史の真髄と言っても良い攻撃に晒され。

まともな回避も迎撃も間に合わないと悟ったマコトは、柔拳の応用によりその拳の被害を最小限に抑えることを選択した。

 

吹き飛ばされながらも自らの秘孔を突くことで秘孔外しをすると、今の攻防で受けた痛みを隠すように、ケンシロウに鋭い目線を送る。

 

そして、そんなマコトに対し、ケンシロウは構えを解かぬままに口を開いた。

 

「────技の選択肢が広いのは良いことだ。だが、それぞれの技の繋ぎにはまだ課題が残るようだな」

「ぅ……確かに。はい、覚えて帰ります……」

 

端的な。

しかし鋭い洞察力からもたらされるこうした指摘は、稽古中にも何度も受けていた。

 

ただ、実戦に等しい場でもこうした発言をするのは。

原作でも強敵相手に勝因の解説をする、彼の癖のようなものなのだろう。

マコトは、自分が知る彼と変わらぬその姿に、いつ負けるともしれないこの状況を一瞬忘れ、素直に喜んだ。

 

 

が、すぐにそれも切り替える。

 

そう、この場においても真剣である以上、ケンシロウは原作と遜色ない実力を発揮しているように思う。

 

……ただ、それでも一つだけ。

経験でも、死の灰の影響でも無い、それ以上にケンシロウの強さを支える、とあるもの。

それがない以上、この勝負で勝つのは自分だ、とマコトは考え。

 

決着をつけるため、内に残る闘気を全開にし構え直した。

 

それ、とは。

本来辿る歴史の戦いにおいて、ケンシロウが最も力を発揮する理由となってきたもの。

 

 

────すなわち、悪への怒りだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

執念、と言い換えてもいい。

 

ともかく、世紀末という舞台においてケンシロウさんを主人公たらしめる最大の要因。

それは、私自身が強くなれた理由でもある、心の力だと考えて間違いないだろう。

 

そして、ケンシロウさんがそれを最も発揮してきたのは、いつだって。

絶対に負けられない強敵、それに対してのものだった。

 

恋人の仇や、その男を仇敵に仕立て上げた、かつて兄と呼んだ男への怒り。

恩人を目の前で喪った哀しみと、それをもたらした暴虐の聖帝への怒り。

そして、幼い頃からの因縁の対象であり、最大の強敵である兄に対しつける、決着への執念。

 

それらと比較すると、今のこの手合わせは如何に真剣なものとはいえ。

彼を支える怒りや執念といったものは、まず存在しないはず。

……私が知らない間に、彼の怒りを死ぬほど買ってたってわけでもなければ、だが。

 

(それならば……!)

 

 

────もはや、小細工は不要。

 

どの道今、この場で生半可な戦術を使ったとして、似た戦闘スタイルを持つケンシロウさんを完全にやり込むのは、難しいだろう。

 

だから、私は持てる技術と闘気と拳力と……

何より、トキさんに続きこの戦いに勝ち、先に進むという明確な目的、すなわち執念を胸に。

ケンシロウさんを"北斗神拳により"真正面から打倒することにした。

 

その正攻法こそが、最も勝率が高いと判断した。

 

そして、その想いのまま構えた私に向け。

 

 

「…………そうか」

 

 

ケンシロウさんはそう一言だけ呟くと、同じように闘気を高める。

 

 

「…………行きますっ!!」

 

 

私はその言葉とともに。

最短最速の突貫にてケンシロウさんに肉迫すると、全てを出し尽くす勢いの連打を仕掛けた。

そして、ケンシロウさんもそれに応え、連撃を以て迎え撃つ。

 

この世界で言うならば、幾十幾百ものダイナマイトが連鎖的に破裂したかのような。

そんな爆裂音が辺りに響き続ける。

 

 

お互いが知る限りの打撃を、お互いが出せる限りの速度を以て。

 

そして、お互いが心の力により、高まり続けた拳の速度が限界を超えて────

 

 

(────今ッ!!)

 

「ぬっ!?」

 

その瞬間、私は極限まで上り詰めた速度を投げ捨てて、ズラした間を以てケンシロウさんの腕を絡め取る。

戦術は使わないとは言ったが、持ち得る技を使わないとは言っていない、と。

私はお互いの意識が打突のみに傾いたのを見て、柔拳により体勢を崩す選択を取った。

 

相手を欺く、詭道もまた北斗神拳。

今度は修行時のあの時のように、追い詰められた状況を覆すために使うのではなく。

五分の状況であえて用いることで、より虚を突く形となっている。

 

憧れたケンシロウさんやラオウの力を。

伝えてくれたトキさんの技を。

自らにも言い聞かせるよう指し示したジャギの詭道を。

 

これら全てを引っくるめたこれこそが私の正道、これこそが私の北斗神拳なのだ。

 

 

そしてその集大成は今、ケンシロウさんの体勢を致命的なまでに崩すことに成功し。

私は再度、引き絞った渾身の一撃をケンシロウさんに放つ。

 

 

それと、同時。

 

 

「っほぉぉぁあああああああっっ!!!」

 

 

「────ッ!!?」

 

 

突然ケンシロウさんが私に浴びせたもの。

それは、これまでの戦いで一度も見せなかった、尋常でないほどの気合、叫び、執念。

 

これらをむき出しにし、大地を割りながら脚を踏みしめ、崩れたはずの体勢を持ち直す。

 

そしてそのままカウンターの形で、私に拳を叩き込んできた。

 

 

「な…………っ!!」

 

 

以前のラオウとの戦い。

その最終局面で叩き込まれたものか、それ以上と言えるものかもしれない、埒外の心の力。

 

瞬間、私が感じたものは当然、この戦いにおける最大の危機感。

それ以上に頭を埋め尽くす混乱。

それらに圧され、全身を縮こませようと襲いくる恐怖。

 

 

(な、なんで、なんで!? わけがわからない────)

 

 

そして。

 

 

(────でも、ここで負けたら! あの時と、変わらない!!)

 

 

それら以上に魂を燃やしたもの。

それは、北斗神拳伝承者としての矜持であり……反骨心。

 

 

「────ッッ!!」

 

 

ぎりぃっと。

歯を食いしばり、混乱から弱気に流れかけた心を灼熱させる。

 

そしてラオウに負けたあの時より、ほんの一瞬でも早く。

その拳が到達するよう、どこまでも前のめりに拳を放ち。

 

 

「どぉぉぉお、りっやぁああああッッ!!!!」

「ほぉぉぉお、あたぁあああああッッ!!!!」

 

 

北斗の拳が、交錯した。

 

 

 

 

「……強くなったな。マコト」

「……ケンシロウさん達の、おかげですよ……えっと」

 

 

「────────"どうして"、て。聞いても、いいですか?」

「…………」

 

ばたん、と仰向けの大の字で倒れたままに。

対照的に、うつ伏せで行儀よく倒れ込んでいるケンシロウさんに、私は力なくそう質問した。

 

 

……結局、最後は完全に相打ち、同士討ちとなった。

 

当代の伝承者として、何よりケンシロウさんやトキさんに教えを請うた身として。

今回はなんとしても勝ちたい、と考えていたからもちろんショックに思う気持ちはある。

 

しかし、それを阻んだものはそんな私の心の力以上に燃える、ケンシロウさんの気力、底力だ。

一体何故、この手合わせに彼がそこまでの執念を燃やしたのか。

それを、私は知りたかった。

 

 

そんな私が投げかけた質問に対し、ケンシロウさんはしばらく無言を貫き……

そして、ごく淡々と。彼らしくあっさりと。

 

私に、その返答をした。

 

 

「……マコトよ。此度の戦いは引き分けに終わり……決着がついていない」

「……? えっと、はい」

 

 

「だから、生きて戻ってこい。……続きを、せねばならん」

 

 

「────────ぁっ」

 

 

……ケンシロウさんが言ったそれは、一見何でも無い再戦の約束。

 

それでいて、ラオウとの決戦を鼓舞する激励。

 

 

(あぁ……そっか……)

 

 

……そして、そして。

 

 

「……っはい、はい…………必ず、また…………っ!!」

 

 

────────そして何より…………()()()()()()だった。

 

 

……私は、彼らが臨んだ手合わせについて。

その目的がラオウとの対決で苦しんだ、私の経験不足を補うことにある、と思っていた。

実際、この実戦まがいの死闘によって、私はさらに北斗神拳相手の真剣勝負に順応することが出来ただろう。

 

でも、それだけではなかった。

 

この世界において。

私という存在が始まったきっかけである、シェルターの……死の灰の一件。

 

私が、いくら目についた人を助けても、苦しむ人の力になれても。

心に沈み込んだこの哀しみ(トラウマ)が払拭されることは、無い。

 

言ってもどうしようもないことだ、と心の奥底にしまい込んでいたはずのそれに彼らは気づき。

その上で、決戦に赴く私に手合わせを挑み……

私の想像など及びも尽かないほどの気力で、全力の実力を見せつけることで。

 

 

心配などするな、と。そう言ったのだ。

 

 

(────ヒーロー、だなあ……本当に、どこまでも)

 

私が彼らに心配をかけまいと、力を見せようとする想い以上に。

彼らは私に心配をかけまいと、その力を振るった。

 

私がどんな選択を取って、どんな道を歩もうとも。

彼れは彼らで、ただヒーローとして在り続けるだけなのだ。

 

 

「────────っ」

 

もう一度、改めて深呼吸をした。

 

 

仰向けに寝転がる私の視界いっぱいに広がる、青空。

そして、私達を照らす太陽。

 

そんな真っ白な光に向け、私は倒れたままゆっくりと。

……この世紀末を勝ち抜くには、まだまだ小さく見えるその手を伸ばす。

 

 

……現実問題として、彼らの病に関しては何も解決したわけではない。

そうである以上、どれだけ今この場で救われた想いがあったとしても。

それを完全に吹っ切るということは無いだろうし、しようとも思えない。

 

「…………でも」

 

 

それでも、今。

二人が伝えてくれたこの想いは、決して無駄にすることだけはしない、と。

 

ひとまず、目の前に広がるこの蒼天に拳をかざし。

 

これから、この天を競う相手である、ラオウとの戦いに向け……私は、誓ったのだった。

 




いやあ、主人公は強敵でしたね

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