え!!
決戦前に同じ世界観で日常回を!?
でき
第四十二話
★★★★★★★
マコトは、少しばかり悩んでいた。
聖帝サウザーとの戦いを終え、敵対者という形での南斗の因縁は終息し。
続けて行われた、北斗の兄弟との手合わせも乗り切った……もとい、ひとまず完了した。
その後に起こることといえば、マコトが覚えている限りの本来の歴史ならば。
残った北斗の漢、ケンシロウとラオウのどちらが世を統べる巨木に相応しいか、と。
泰山天狼拳の使い手であり、ユリアの兄でもあるリュウガが見極めを目的に強襲する、という出来事になる。
が、すでにリュウガと出会い決着をつけているこの世界において、それが起こることは当然無い。
マコトも一応何かが起こるかも、と警戒し村人などに様子を聞いて回ったが、返ってくるのは拍子抜けするほど平穏な答えばかりだ。
もちろん、ラオウが動き出した、という報告もまだ無い。
リュウガ周りの出来事が終われば、いよいよラオウとの決戦ということで、その対策に時間を使うべきだ、という考えもあったが。
すでに自身の存在により変わった部分も多い以上、取れる対策の手はそれほど多くは思いつかなかった。
どの道どんな策を取ろうとも、最終的に覇道を目指す彼と戦う、という結果が変わることもまず無いだろう。
(ぬ~~ん…………)
かといって、いつも通りケンシロウ達と修行をしようにも。
真剣勝負を終えた昨日の今日でじゃあもう一度……というのも『なんか違うな』となったりして。
……もう一つやりたいというか、必ずやるべきだと思っていることはあるが。
それは拳王との戦いを無事終えてから、腰を据えてやることだ、と決めている。
つまり、有り体に言ってマコトは。
この世界に来て初めて、やることが決まらずに困る……要は、暇になってしまったのだ。
(……ま、いっか)
とはいえ、それならそれでゆっくり落ち着いて、イメージトレーニングなりに精を出そう、と。
この世界で生き残るために、骨の髄まで修行癖が染み付いている女、マコト。
彼女はあっさりそう割り切ると、ラオウとの対決の脳内シミュレートに、その余暇を費やすことを選択したのだった。
早速座り込み目を瞑ると、何度
(ラオウの肉体に伝衝裂波の鎌風は風のヒューイよろしく効く気がしないしまずは龍流で回り込むかいやあえて効かないことに気づかない振りして本命は砂埃で視界を塞いでああでも気配読まれるしここはやっぱり────)
「マコトさーん! 今大丈夫かなー?」
マコト達の旅に付いてきて、今はバットや子どもたちと同じく村で腰を落ち着ける少女、リン。
そして、マミヤの二人の女性ペアが、珍しくマコトだけに声をかけてきたのは、そんな時だった。
★★★★★★★
「もちろん大丈夫ですよ、どうしまし────っ、と」
呼びかけに応え振り返った私の目に飛び込んだもの。
それは気配から予想した通りの二人、リンちゃんとマミヤさんだったが、それでも私は言葉を詰まらせることになった。
何故なら振り返った先に居たマミヤさんが、いつものような動きやすい服に革製のズボン、ブーツという装いではなく。
普段の固い印象とは対象的な、柔らかな絹のドレスにその身を包んでいたからだ。
豪華な装飾をあしらった綺羅びやかなもの……というにはいささか質素な作りだったが、むしろそのシンプルさがかえって、溢れんばかりのマミヤさんの魅力を引き立たせている。
……そういえば原作でマミヤさんが、ケンシロウさんに気がある素振りを見せていた時に、一度こうした姿を見せたことがあったっけ。
ただ、今このタイミングで、マミヤさんがこの衣装になっているってことは、つまり。
「ね! すごくキレイでしょう!? マミヤさん、この後レイさんと会ってくるんだって!」
「も、もう、リンちゃん。恥ずかしいわ……ごめんねマコトさん、考え事の邪魔しちゃって」
(あらあらまあまあっ)
と、口を抑えて内心でニヤつく。
……この世界では死別することの無かった、レイさんとマミヤさん。
彼らの関係は、どうやら今も順調に育まれているようだ。
さり気なく二人で行動する機会を作ったりと、接点を増やした甲斐があったのかもしれない。
まあ私が余計なことをせずとも、二人ならやがて結ばれていたとは思うが。死兆星は握りつぶすがこういう運命なら大歓迎である。
もちろん、この姿を見せられても、姉さんへの想いから眉一つ動かさなかったケンシロウさんとは違う。
すでに両想いであるレイさんへの効果はてきめんだろう。
少なくとも私の中の男の価値観でも、マコトとしての価値観でも満場一致でパーフェクトだ。一言付き評価で10点満点を入れてるね。
リンちゃんがはしゃいでこちらに見せに来た気持ちも、よく分かる。
花が咲いている、という光景を見ただけでも感動に打ち震える、この荒れ果てた世紀末。
そもそもキレイなもの、美しいものを見る機会自体が少ない今の世界で、年頃の少女がファッションに楽しみを見出すのは至極当然の話なのだ。
「おお、どこの天女様かと思ったら知り合いだった……めちゃんこキレイですよマミヤさん!」
「ま、マコトさんまで、な、何言ってるのよ、もう……!」
と、いうわけなので、リンちゃんに乗っかるような形になるが。
私はせっかくなので、心に浮かんだままのそんな感想を、思いつく限りの語彙を以てマミヤさんへの賛辞の言葉とした。
『こんな上玉になびかねえなら、南斗ん家の水鳥ってやつは去勢されてやがるぜぇっ!』ってなものだ。
……もちろん実際にそんな言葉遣いをしたわけではないが、要約すればだいたいこんな感じである。
そして。
微妙に暇であったこと。
レイさんとの仲が順調と知りいい気分になったこと。
さらに、褒めるたびに恥ずかしそうに身を捩るマミヤさんが、新鮮で可愛かったこと。
これらの要素があわさり妙にハイになったこの時の私は、その後も調子に乗ってやんややんやと褒め続ける。
……すると、だ。
そんな私に対し、もう辛抱たまらんとばかりに。
それまでほぼ一方的に言われるがままだったマミヤさんが、突然私を指差し────
叫んだ。
「そ、そんなに言うなら、マコトさんもこういう格好してみたらいいじゃない! 私が似合うならあなたも似合うはずでしょう!?」
っと。
「………………………………」
ほんの、一瞬前まで。
この世界に来て以来、一番といっていいほど饒舌に動いていた口はピタリ、とその活動を止め。
その上でゆっくりと目をそらした、私の視線の先にあったものは。
『ハッ確かに!』とでも書いてあるかのような、そんないかにもな表情でこちらをガン見する……リンちゃんの姿だった。
────────やべぇ。
★★★★★★★
元々大人しく女性的だった姉ユリアに比べると、動きやすさや着やすさといった実利を重視していたマコトの意識。
それに加わったのは、趣味=漫画でファッションのファの字にすら興味の無かった男の記憶。
そんな存在をかけ合わせたキメラであり、これまで世紀末で戦い抜くという目的に邁進していたマコトが、キレイだなんだというものに憧れなど持つはずもなく。
いかにも女性的な格好をすることなども、当然のように避けて過ごしてきた。
が、今この時はそれも通用しない。
『いや私はそういうのいいんで』『ちょっと今更にも程があるし』『ほら世紀末まだ終わってないし』
などと垂れ流される世迷い言を無視し、リンとマミヤは万力もかくやという圧力を以てマコトを連行する。
普段なら使えた『かー、修行が忙しいからなー』なんて言い訳も。
調子に乗って長々とマミヤを弄り倒した今に限っては、説得力欠如も甚だしい。
結果的にマコトはろくに抵抗も出来ず、言われるがままに服屋の更衣室に放り込まれることとなった。
……もちろん、マコトが本当にその気になれば。
如何に彼女たちの心が謎の執念に燃えていようが、逃れる事も拒否する事も可能ではある。
しかし、マミヤを弄ったこともあるが、それ以上に。
『修行や戦いばかりで殆ど彼女たちと絡めていない』という、これまで効率を求め生きていたからこその、ちょっとした負い目のようなものも普段からあったりして。
似合うにしろ似合わないにしろ、二人……
特に今、心から楽しそうなリンちゃんが満足するならまあ、しょうがないか、と。
結局、彼女たちの意向通り着せかえ人形になる覚悟を、彼女は決めたのだった。
(────この世紀末では女は翻弄され、流されて生きるしか無いのね……なんてね)
★
「わー、キレイー! こうしてみると、マミヤさんと姉妹のお姫様みたい!」
「ぅぐ……ぁ、ありがとうございます……しかし、マミヤさんのような用も無いのにドレスでうろつくのはちょっと……」
「お姫様……確かに……あれだけの強さなのに、どうしてこんなに柔らかい身体なのかしら……」
着せ替えショーの始めは、マミヤとお揃いのデザインであるドレスだった。
普段は露出度の低い服に覆われながら今、珍しく外気に晒すことになった瑞々しい肌をぷにぷにとつつかれる。
最も万能で強いとされている、柔らかな肉質。
これを強くイメージして修行を続けた賜物ではあるが、当然筋肉とは硬いもの、という常識で生きるマミヤ達からすれば理解不能の産物だった。
「こっちのアイリさんと同じ服もステキ! お金持ちの家のお嬢様みたいだわ!」
「リンちゃんやけに詳しいですね……って、これよく見たら膝上まで透けてるじゃないですか! 無理、無理です絶対無理!」
次に着せられたアイリのものと同じそれは、肩を出し胸元は強調し。
下のスカートはロングでありながら、薄い素材により透けたシルエットが、素肌を晒すよりも一層扇情的に映える服装。
鍛えられ磨かれたスタイルによりマコトは、衣装の魅力を引き出すに十分な素材ではあった……が、それが逆にマコトの羞恥心に触れた。
(……今思い出したけど、原作で着てた姉さんの服……あれのスリットも結構エグかった覚えが……この世界の女性達って……)
ここでふと、今いる世界は現代ではなく、世紀末である、ということを改めて思い出す。
強い男に守ってもらう、という染み付いた価値観のために、美をウリにするということへの抵抗が薄いのだろうか。
マコトの知るそれとは全く違う方面で感じる強さに、マコトは圧倒されていた。
その後、ひとしきり彼女たちが満足するまでファッションショーは続き。
結局マコトは交渉と抵抗の末、一つの衣装に落ち着くことになる。
それは、胸元に装飾としてスカーフをあしらった、シンプルなブラウスのような半袖のトップスと、リン達の強い勧めによる膝上ぐらいまでを覆うスカート。
生足を晒すのは勘弁ということで着けたタイツに、普段履くものより小さめのブーツという装いだ。
これならまあ、ちょっと思春期の子供がおしゃれしだしたくらいに収まるからぎりセーフだろう、というマコト独自のボーダーラインが働いた結果である。
「…………スースーします」
それでもやはり、長年短パン小娘として培われた感覚は、突然もたらされた開放感にどうしても抵抗の念を拭えなかったが。
そして例によって囃し立てられる、カワイイ、可愛いとお褒めの言葉。
それ自体にはもう慣れたが、それでも普段より遥かに女性的なこの格好への羞恥心が無くなるわけでもない。
……が、それはそれとして。
(全くもう…………でも、うん。ちょっぴり強引だったけど)
それでも、この過酷な世界で、楽しそうに笑っている彼女たちと過ごせる時間。
それがどれだけ尊いものかということにふと、想いを馳せたマコトは。
「まあその、えっと。色々ありましたがこういう事はしたことがなかったので、今日は良い気分転換になりました。二人とも、ありがとうございます」
っと。
そんな、心に浮かんだままの感想を、彼女たちに伝えたのだった。
★★★★★★★
ふぅ、と内心で一息つきながら、私は思う。
実際、リンちゃん達の楽しみに付き合うため、のつもりではあったが、決戦を前に随分と肩の力が抜けた気がする。
優しくて気が回る彼女たちのことだからもしかしたら、根を詰めているように見えた私のためにしてくれた、なんてことも十分にありえる話である。
だとしたら、やはりすごい人達だ。
たとえ拳法の実力を持たずとも。
この世紀末でたくましく生きる彼女たちという存在に、私が持つこのリスペクトが失われることは。
この先何があろうとも、決して無いと断言出来る。
だからここはきっと、ありがとうでいいんだろう、と。
そう素直に思えたのだ。
「…………?」
「…………?」
(…………?)
私のその言葉に対し。
まるで『何言ってんだこいつ』とでも言うような、そんなありえないものを見たという表情の二人に気がつくまでは、だが。
「……なんだか、まるで締めようとしているような言葉だけど……本番はここからでしょう?」
「本、番……? いや、この後は帰って着替えるだけですけど」
私の返答にいやいやいや、と二人揃って手を振ると、リンちゃんがマミヤさんの困惑を引き継ぐ。
そして。
大昔から定められた、当たり前の掟を言い聞かせるがごとく。
何の迷いも無く、その言葉を発したのだった。
「ダメよマコトさん! せっかくステキな衣装に着替えたんだから、お世話になってる男の人たちにも、ちゃんとお披露目しなきゃ!」
────────何言ってんだこいつら。
一話でさらっと終わらせる予定だったんです
本当です