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第四十五話
『拳王軍が本格的に活動を再開した』
この日私達が受けたその報せ。
それは、紛れもない緊急事態を告げるものではある、が。
幸いというべきか、今この場に直接彼らが攻め込んで来た、などというわけではなかった。
報せはあくまで、拳王軍が覇道に向け侵攻を始めた、というものなのだ。
そのため、私はまず血を吐いたケンシロウさん、そしてトキさんに
……どの道、時刻はすでに遅く、後ほど出発するにあたってもバットくん達の準備などは必要だ。
それならば、今日は。
死の病の進行が深刻化してきた彼らへの癒やしに、気力体力の全てを使い切り。
その上できっちり休み、明日から万全の状態で戦いに赴くべきだろう。
目前に控えた拳王軍との戦い、その修羅場を前に可能なかぎり取りこぼしがないよう。
出来る範囲で考え続けながら、癒やしに力を注ぎ込む。
(────よし、大丈夫だ)
突然重なった出来事にさすがに少し焦ったが、まだ頭はちゃんと回っている。
原作でも血を吐いたからといって、すぐ死んでしまうようなこともなかった。
そうだ、だから今はやるべきことをやるのに集中すればいい。姉さんを殺させずラオウをちゃんと倒して、拾える命を拾って、そして────
「……マコト……マコト、もう大丈夫だ」
「っ……と、分かりました。異常などありましたら、すぐに言ってくださいね」
考え込んでいたせいか、ずいぶん長く治療をしていたらしい。
ケンシロウさんが死……いや、症状が進んでしまった今を考えると、気持ちとしてはこれでも足りないぐらいだが。
とにかく、私が今出来ること、やるべきことはこれくらいだ。
同じようにトキさんにも癒やしを施し、明日の準備を整えると。
私はそれまでとは逆に、出来るだけ何も考えないように床についたのだった。
「…………大丈夫、大丈夫っ……」
瞳を閉じる瞬間、無意識に口をついて出たこのセリフが。
一体何を指してのものなのか、その時の私には分からなかったが。
★
翌日、私達は村を出発した。
メンバーはこのマミヤさんの村へと行き着いた時と同じでケンシロウさん、バットくん、リンちゃん、私の四人だ。
レイさんはマミヤさんを、トキさんは村の患者たちを守るという目的もあり、同行することは選ばなかった。
トキさんは因縁から考えるともちろん一緒に来るものと思っていたが……前回の手合わせは、そういう諸々を割り切るためのものだったのかもしれない。
来てくれれば当然助かりはするが、実際拳王軍の侵攻の手がどこまで及ぶかもわからないし、妥当な判断だろう。
トヨさんの村の件もそうだが、未来のある人間である以上、救うことが出来たからってハイそれで終わり、というわけにもなかなか行かないのだ。
……それに。
(後顧の憂いは、出来るだけ少ないほうが、いい)
戦略的には枷や負担となるかもしれないこの選択もまた、ラオウに立ち向かうための心の力となるはずだから。
さて、ラオウと戦うために旅立ったは良いものの。
いきなりこの場に拳王軍の本隊……つまりラオウ本人がおいでになるわけでもない。
そんなわけで私達は、まず村や集落を回り、活発に動き始めた拳王軍討伐を行うことになった。
原作で五車星の誰かが『拳王軍は頭さえ潰せば離散する烏合の衆』と断じたように、側近はともかく末端は外道な野盗とそう変わらない。
「おらおら~~!! でけえ図体ばっかりしやがってグズがぁ! これでぷす~っといっちまうぜ~~!!」
その考えを後押しするかのような野卑な笑い声。
それが私達の耳に飛び込んできたのは、そんな時だった。
★
(よくこの体格相手に手を出そうって気になれるなあ……)
彼らのボスであるラオウ以上の巨体を誇りながら、身を畳むようにうずくまって頭を抱える一人の男。
彼目掛け、今にもナイフを突き立てようとするのは拳王軍の配下だ。
原作を知る私はその巨漢の正体も、今このような"弱者の演技"をしている理由もよく知っているが、どの道彼らの蛮行を見逃す理由も無い。
「────────ふっ!」
軽く息を吐きながら飛ばした闘気の指弾は、突き刺すために振るわれた、配下が持つナイフの柄に命中し。
あらぬタイミングであらぬ方向に押し出された凶器は、その行き先を配下自身の胸元に選んだのだった。
「なっなんでろおれっ」
(また独特な断末魔を────────っと)
……その時、事前に知識を持つ私は。
うずくまっていたはずの巨体の彼がほんの一瞬、だけど鋭く覇気ある視線をこちらに向けたのを見逃さなかった。
思えば、彼はこの時点から北斗神拳伝承者の見極めを行っていたのだろう。
そして。
「ぷふぅ~~ありがとう、助かったよ」
難なく拳王軍の掃討を終えると、巨体の男は安心したという表情で私達に礼を言う。
……改めて見るとやばいサイズだ。
寄って行ったリンちゃんの小さな身体など、ぷふぅ~~、という吐息だけで飛ばされやしないかとハラハラする。
とはいえ、今の時点でリンちゃんバットくん達からすればただの被害者Aだ。
実際バットくんなんかは、そんなデケェ図体してもったいねえ、ウドの大木かよとまで呆れ声をかけている……第一声から言い過ぎでは?
案外、ケンシロウさん達への強さの憧れから、割と本気で今の自分の小さな体と比べて、この体格を羨ましいと思っていたりしたのかもしれない。
さて、そんなバットくんの発言を受けても面目ない、とただにこやかに笑う……傍から見れば純朴なだけにも見える男。
彼の正体は、南斗最後の将を守る守護者である南斗五車星の一角、山のフドウだ。
原作でも今でも、最初に会った時に素性を隠し弱者の振りをしているのは、北斗神拳伝承者の実力や人柄を見極めるためだったはず。
悪意で動いているわけではない以上、彼の意向通りそれに乗っても、別にそこまで不都合があるわけではない。
……とはいえ、だ。
「────それで、私に何か用があるのではないですか? わざわざ実力を隠して接触されたほどに、特別で重要な何かが」
「────────っ」
私の言葉を受けた瞬間、緩く作っていた表情に驚きの色が混ざり……そしてすぐさま、先程も一瞬見せた、鋭い拳法家のそれに変わった。
「さすが、ですね。よく人を見ておられる……あの方にそっくりです」
突然始まった緊迫感のあるやり取りに、先程まで軽口を叩いていたバットくんは、訳がわからないとぽかんと口を開けていた。
リンちゃんも同じようなものだが、無言のまま表情を変えないケンシロウさんは、やはり気づいていたようだ。
……実際、彼の本当の目的。
すなわち『ラオウより先に私を南斗最後の将に会わせる』ということを考えたなら、結論を勿体ぶらせる必要はあまりないはずだ。
如何に気弱で温厚な態度を見せていても、鍛え上げられた巨体と闘気までは隠せるものではない。
おそらく原作のケンシロウさんもある程度察した上で、あの時点で言及する理由も無かったということで黙っていたのだろう。
が、その裏を知る私としては当然、さっさと答えを言ってもらったほうがいい。
そのためちょっとしたズルにはなるが、彼に何かしらの目的があるとお見通し、という態度で核心を話してもらうことにしたのだ。
そして、彼は私が知る原作通り、語る。
自分が南斗六聖拳のうち、最後に残った将を守護する五人の拳法家……南斗五車星の一人であるということ。
接触の目的はやはり、この乱世の平定のため、南斗最後の将に私を会わせることにある、ということ。
(…………姉さん)
……後に彼自身の口から語られるだろうが。
その南斗最後の将こそがシンに拐われ死んだとされていた、ケンシロウさん最愛の恋人でもある私の姉、ユリアその人なのだ。
私がこの世紀末で生き、旅を続けていた大目的でもある姉さん。
彼女のもとへ行くということに、もちろん異論などあるはずもない。
ただ、それにあたり。
たとえ原作を知らずとも、口にしていたであろう懸念事項。
これはどうしても聞いておかねばなるまい。
「……しかし、現在拳王ラオウの軍が村々を蹂躙している最中です。それを捨て置くというのは……」
「そのご心配はもっともです。ですがご安心を。すでに私以外の五車星が向かい、命を賭して恐怖の暴凶星、拳王の狂気を止めにかかっていることでしょう」
「……ッ!」
半ば分かっていたとはいえ、その言葉に私は息を呑む。
……私が思わず取ったこの反応。その理由をわかるものは、居ない。
(…………もう、動いてしまっていたのかっ……)
フドウさんがしたこの返答。
それは、ある種予測通りのものであり……そしてその上で、私の胸にキリリとした痛みを走らせる宣告でもあった。
原作の流れを知る私は、彼ら五車星の命を賭けた献身。
それがもたらす結果のことを……よく知っていたから。
そもそもこの時点でのラオウは、南斗最後の将という存在そのものに特に興味はなく、ただ侵攻をしていただけのはず。
そんな状況でまず五車星の一人、風のヒューイが「天を握るは我が南斗の将が相応しい」と高らかに名乗りを上げ……そして、ラオウの拳の前に一撃で葬られる。
そして続けて襲いかかった炎のシュレン。戦いにおいて彼が見せた異常とも言える執念、死に様の前に、初めてラオウは南斗最後の将に興味を持ち……
さらに、その後に戦った"一人の漢"が見せた態度や戦いぶりに、最後の将が自身が愛した人物、ユリアであることを確信する。
その後紆余曲折の末、姉さんと先に出会い、さらい。
最終的にケンシロウさんと相見えることとなった。
……つまり、彼らの目的、願いとは裏腹に。
皮肉にも姉さんと会わせないがために命を散らせたことが、ラオウと姉さんの邂逅を実現させてしまったのだ。
おまけに、根本にあった『ラオウと将が会えば将は哀しみの涙に濡れる』という理念すらも、実現してみれば『そうでもなかった』のである。
(────無駄死に、とは言わない……言えない)
このめぐり合わせにより愛と哀しみを知ったラオウ。
そんな世紀末最強の
……それに、姉さんもまたラオウと会ったことで……いや、今はこれについて考えるのは辞めておこう。
ともかく。
彼らの行動、献身によって、結果的に世の中は一時の平和を取り戻した。
そんな側面は確かに存在している。
……だが。
(……そのために、五人の命は……重すぎる……!)
状況が動いた結果、たまたまそうはなったとはいえ、彼らが本来持つ願いに沿ったものとはまるで言えない。
そして、それを知る私は……彼らの犠牲が無くとも、出来うる限り最良の結果を呼び込むために動くことが出来る、はずだ。
だからこそ今、早い内に彼、フドウさんの素性を聞き出し、可能なら彼らの動きを止めたかったのだ。
しかし、それももう……
(────いや、まだだ。……まだ、間に合わないとは限らない)
「……失礼を承知で言わせてください」
「伺います」
フドウさんからすれば、最後の将と会うための懸念が無くなったはずの私が、神妙な表情で食い下がるのは不思議に思うだろう。
……でも、それでも私は。
「拳王、ラオウは南斗六聖拳をも大きく上回る実力を持つ、本物の怪物です。あなた方五車星が六聖拳より圧倒的に強いという訳でもないのなら……はっきりいって足止めすらままならない、と私は考えています」
「…………」
「元より、私が彼と決着をつけるのは遅かれ早かれ避けられないことで、避けるつもりもありません。……今からでも五車星を引いてもらうことは、出来ないでしょうか」
私が放ったそれは、言外に『無駄死にだからやめろ』と伝える、懇願の体をなした忠言。
彼らの心を、誇りを知った上で踏みにじるかのような暴言であるとも言える。
如何に北斗神拳伝承者で、南斗最後の将の妹とはいえ。
はるか年下の小娘からそんなセリフを叩きつけられて、内心穏やかでいられるものはそう多くないだろう。
しかし、フドウさんはあくまで穏やかなその態度を崩さず。
その上で、溢れんばかりの自信を持ってドンっと胸を叩きながらに答えた。
……そしてその答えは。
フドウさんとの会話で初めて、私の予測が覆されるものとなる。
「……ありがとうございます。ですが、将の永遠の光のためなら、我々五車の星は粉塵に砕け散っても本望」
「……っ! 私は、それが」
死を前提とした彼の言葉に、昂ぶりかけた感情を自覚しながら返す言葉。
それを遮るかのように、フドウさんは続けた。
「それに、ご安心ください! ……ええ、たしかにあなたのおっしゃる通り。我々では、あのラオウに対し単純な力で対抗をすることは難しいでしょう……ですが」
────ですが。
「彼なら……マコトさんもよく知るであろう、あの男が加わった今ならば。間違いなく五車の星は、ラオウの肝を冷やすことになるでしょう」
「っ……その、人は」
目を見開きながら聞き返す私にええ、と頷くフドウさん。
彼が示唆したのは、五車星の一角たる一人の漢だ。
……私は、その人のことを知っている。
知っているに決まっている。
この世界の知識を知る前世の記憶はもちろん、純粋なこの世界に生きた一人のマコトとしても。
どちらの記憶にも確かに存在する、とある天才。
本来の歴史では役目を放棄し奔放に振る舞いながらも、風のヒューイ、炎のシュレンの死後、南斗最後の将の正体を知ったことで動き出したはずの、その漢は。
「────ジュウザ。マコトさんの腹違いの兄でもある、あの天才は……"雲"は。すでに風や炎と共に、動き出しております」