【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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第四十六話

★★★★★★★

 

────人生とは、空を流れる雲のように。どこまでも自由に、楽しく過ごすべきものだ、と。

 

常日頃からジュウザという男は、そんな考えのもと生き、育ってきた。

 

食事を楽しみ、睡眠を楽しみ、天才である自らの力を誇り、近い年代の北斗の修行者をからかい……

そして、幼い頃から共に育った女達を愛す。

 

その姉妹……歳が近く、時が経つにつれ美しく育った姉ユリアは一人の女として。

そしてその妹、マコトはユリアの妹として。

 

彼は無邪気に、奔放に、……そして、それでいて真剣に。

その愛する想いを深めていった。

 

 

物心ついたころから、やりたいと思って出来なかったことなど一つとして無い。

 

誰もが認める天才である自分はこの先、多少の苦労こそ経験するかもしれないが。

それでも最終的には、望んだ全てを、そしてユリアを手に入れることが出来るのだろう、と。

口には出さないまでも、そう心から信じていた。

 

 

「────────ならぬ! お前がどれほど愛そうとも、お前とユリアは決して結ばれぬ。……何故ならお前とユリアは腹違いの兄妹なのだ!!」

 

 

あの日、南斗に属する重鎮である男から、この事実を明かされるまでは。

 

 

……正直なところ、「それがどうした」と。

元より一般的な倫理観よりも、より楽しい道を選ぶことに喜びを感じるジュウザは、全てを無視して自分のものにする、という選択肢もあった。

事実、彼にしては珍しく迷い……ある日、現実にユリアの細い身体に、思わずその手を伸ばそうと考えたこともある。

 

「…………っ」

 

しかし彼はその時……ユリア自身の意志で選んだ男。

すなわちケンシロウに向ける、彼女の一点の"曇り"も無い笑顔を目の当たりにし。

伸ばした腕を下げるとともに、悟ったのだった。

 

────雲が、太陽と並び立つことはない、と。

 

その瞬間、何もかも全てがどうでも良くなった……とまでは言わないにしろ、少なくとも以前ほど何かに情熱を向けるということは無くなり。

いつしか一人で享楽的に、場当たり的にばかり過ごすことがジュウザの日常となっていった。

 

それは、これまでのようにユリアやマコトに近づき、関わろうとすればするほど。

どうしても恋敵であるケンシロウの存在を、ひいてはユリアを諦めなければならなくなったという現実を直視しなければならない、という心情的な理由が大きかった。

また、なまじ有り余る才能により、拳法の練習をほとんどしなくなってもなお、敵など殆ど居なかったということもある。

 

後に自らの使命として、南斗の将を守護する星としての役割も告げられたが。

当然、その時の彼にとって、そんなことはどうでも良いものだった。

 

今となっては、自分を縛る慣習だの掟だのよりも、広い外の世界に目を向け自由に生きる……

そんな、空を流れる雲のような生き様こそが、自分の生きる道だと。そう思っていた。

 

ただ、その時、ふと。

強くなって守るためだ、と。

あえてユリア達と離れていった、立場上自分の義兄に当たる男……リュウガのことを思い出す。

 

彼は、その後も宿命のために身を捧げるかのように、激しい修行に邁進していると聞いた。

とはいえ、ジュウザはそれを受けても、その事実に焦ることなども特に無い。

元よりクソ真面目な人間だという印象通りだ、ぐらいにしか思わなかった。

 

それも、もはや自分には何の関係もないことなのだから。

 

ただ。

 

「……やつのように、最初から兄妹だって知っていたなら、俺もちっとは違ったのかね……」

 

代わりにその時、羨むかのようなそんな言葉は、思わず口をついて出てしまったが。

 

とはいえ、そんな感傷も、空に在ってもやがて千切れ消えゆく雲のように。

すぐにこの世界に溶けて消えていった。

 

(やーめだやめだ、女々しい。……俺らしくもない)

 

 

そして、雲は流れ続ける。

 

 

 

 

ユリアやマコト、ケンシロウ達の情報も、慣習も因縁も何もかも。

遮断して好き勝手に生きていたジュウザも、それが続けばどうしても耳に入る言葉は出てくる。

 

北斗神拳伝承者候補だった男、ケンシロウが南斗六聖拳のシンに敗れたこと。

彼に拐われたユリアは命を落としたこと。

昔自分がからかってやった北斗四兄弟の長兄ラオウが軍を起こし、義兄リュウガがそこに身を置いたこと。

 

────そして。

 

 

「……はっ。よくやるぜ、どいつもこいつも」

 

ユリアの妹、マコトが北斗神拳を身に着け、様々な場所で悪党どもと戦っている、ということ。

 

まあ、姉のことを慕っていた彼女ならば。

奪い返すためにしろ、復讐のためにしろ、何かしらの行動を起こすのはそうおかしな話ではないだろう。

実際にわかには信じがたいことだが、(シン)を仕留めKINGを崩壊させたのはそのマコトだという話だ。

 

ただ、その奇跡で満足してやめておけば良いものを。

マコトはその後も北斗神拳伝承者として、世を乱す悪との戦いに身を投じ続けているという。

 

これも乱世の平定だのなんだのといった、北斗の掟に従っただけなのだろうが、つまらん生き方を選んだものだ、と。

過ぎゆく日の、自分や姉に向けていた無邪気な笑顔を思い出し、ジュウザは一人嘆息した。

 

ユリアの死は紛れもない悲劇であり、実際初めて聞いたときには悲嘆にくれたが、それもこの世紀末では話自体はありふれたものだ。

それならば、生き残ったなりに自由に楽しく生きるのが一番だろうに。

 

そんな、僅か芽生えた同情心。

それも彼は意識して忘れるようにする、と。

 

マコトに当てつけるわけではないだろうが、ますます享楽的な……

それも、悪党がさらってきた女をまた略奪したり、女風呂に飛び込んで反応を楽しんだりといった乱痴気な行動を増やしていった。

 

 

……そんな行動に対し。

五車星としての使命を果たすよう再三苦言を呈しに来ていた、フドウの部下である男。

 

彼から放たれたこの言葉は、激高し「その事を忘れねば叩き殺す」とまで脅したあとも。

抜けない棘のように、心に刺さり続けたが。

 

 

────どんなに無頼を装っても我々の目には……ユリア様(あのお方)を忘れようとする哀しい行動に見えまする!!

 

 

 

 

それは、偶然の出来事だった。

 

「……おいおいおいマコトよぉ、さすがにサウザー(そいつ)相手は無茶なんじゃねえかあ?」

 

その日耳に入った、北斗神拳伝承者の女がこれから、あの聖帝サウザーと雌雄を決する、という情報。

曲がりなりにも南斗に連なるものだったからこそ、たまたまとは言えその情報を仕入れることが出来たわけだが、だからこそ彼が覚えたのは呆れの感情だ。

 

元より、南斗五車星とは南斗六聖拳最後の将を守るものであり、基本的に六聖拳より立場的には下の存在である。

もちろん、ジュウザはユダだのといったそこらの六聖拳に自分の腕が劣るはずなどない、と自負してはいたが、さすがに南斗最強の男の実力は認めざるを得ない。

 

ましてやサウザーは、北斗神拳に対する絶対的な強みを備え、拳王ラオウも相手取ることを避けているという話だ。

自分でも勝てるかどうか怪しいような男を相手に、その条件で挑むマコトが勝てるとは、ジュウザにはとても思えなかった。

 

「…………ちっ、あ~あ! しょうがねえなあ」

 

すでに過去に目を背け、奔放な雲として流れることを決めた人生だったが。

"よく知った相手"がこれから死ぬと分かっていて、あえて無視するのも収まりが悪い。

 

ひとまず戦いを見届け、マコトが死ぬ前に横槍をくれてやるのもまあ『雲ゆえの気まぐれ』の範疇だろう、と。

 

そんな、まるで何かに言い訳をするかのような理由付けを終えた雲は、久方ぶりに目的を持って流れたのだった。

 

 

 

 

「は……はは、はははっ……!! おいおい、なんだそりゃ……見たかよ、おい!!」

 

 

バンバンバン、と。

同じように隣で見上げていた、全く知らない男の背中を無遠慮に叩きながら。

興奮しきった様子でジュウザは呟いた。

 

叩かれたなんの関係もない、聖帝軍だかレジスタンスだかの男は心底迷惑そうに顔を歪めていたが、その時のジュウザにはそんなもの視界にも入らない。

 

あの日、聖帝十字陵の決戦にひそかに紛れ込んでいた男、ジュウザ。

そして、彼の眼前で繰り広げられた、マコトとサウザーの戦い、その結末。

 

それを見届けたジュウザの心に、はじめに最も強く浮かんだ言葉は……一つ。

 

 

(────バカヤロウ、なぁにが"よく知った相手"だよ……!!)

 

 

その強さはもちろん、考えも、生き方も、出した答えも。

ジュウザが知るあの時のマコトとは、何もかも違っているではないか。

 

自身が認識していたよりもさらに強くなっているサウザーを破り、そして誰も測りきれなかった彼の哀しみを知り……

その上で、最後には凝り固まったその生き方すらをも変えてみせた。

 

北斗の掟に従い乱世の平定だけを目指すつまらない生き方……なんて、とんでもない勘違いだ。

 

掟と過去と、情愛に縛られがんじがらめとなった敵にすらその手を伸ばし。

果てに、自らが望む未来を掴み取るその在り方は────雲。

 

いや、もしくは雲のそのさらに上で、自らの光を発し続ける星のようにだろうか。

ともかく、その時のジュウザには、そんな感慨が浮かぶほどにひどく眩しいものに見えたのだった。

 

「……俺なんぞより、よっぽど自由に生きてやがるじゃねえかよ」

 

ユリアを愛する資格を奪われ、遠ざけ。

そのくせ、彼女の死すら受け入れられずに忘れようと粗暴に振る舞う。

 

フドウの従者に言われたあの言葉は、図星だ。

 

誰よりも自由を愛して生きると豪語していながら、その実自身という存在全ては過去に縛られていた。

遠ざけたマコトも含めた、今現実に自分の前にあるはずのものすら、見ようとしていなかった。

 

ジュウザは変わったマコトと、変わらない今までの自らを振り返ると、そう自嘲した。

 

 

「…………ハッ!」

 

 

────だから。

 

マコトに会い、話をしたい、話を聞きたい。

何よりこれまでの頑張りを褒めてやりたい、と。

 

そんな、再び芽生えた兄としての当然の感情。それらもあえて飲み込むと、その場から立ち去り。

 

 

「……よぉ、ちょっといいかよ?」

「はっ! いかが致しましたか、ジュウザ様!」

 

────ジュウザの方から声をかけられることなど、滅多に無い。

この珍事に姿勢を正し返答するフドウの部下たちに、ジュウザは頭をかきながら、努めてぶっきらぼうに伝えた。

 

 

「まあ、なんだ……そこまで言うのなら、一度会わせてみろよ。……その将ってやつと」

 

 

────最初から何も見ようとしないのと、見た上で選択し生きるのは、違う。

 

その日、初めてジュウザは。

まず、自らに示された役割に、自らの意思で向き合うことを選んだのだった。

 

そして、ジュウザが将と対面したその日から。

 

 

「…………はぁ~~……ッ! ふう……、はぁ~~……ッ!!」

 

 

五車星の従者である彼らは、いつぶりになるかも分からない……

 

これまで投げ捨ててきた時間、その全てを取り戻すかのような鬼気迫る勢いで。

 

激しい修行に臨む、一人の天才を目にするようになったのだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

「ジュウザ、が…………」

「ええ、彼はある日から、人が違ったかのように厳しい修行に励み……溢れる本来の才覚を存分に発揮する、稀代の拳法家と成っております」

「人が違ったように~~? マコト、おめーまぁたなんかしたんじゃねえのかぁ?」

 

しっ、知らないアルよ……

 

バットくんが呆れたような目を向け突っついてくるが、さすがに今回は濡れ衣だろう……多分。

少なくともこの世界において、私が目覚めてから彼と話したりしたことはなかったはず。

 

彼が人が違ったように動き出した、というのに理由があるとするならば。

やはり原作でそうであったように、最後の将の正体……つまり姉さんの存在を知ったからになるだろう。

 

覚えている限りの原作では、ヒューイとシュレンがラオウに敗れた後。

切羽詰まった五車星の部下が、薬かなにかでジュウザを強引に拉致した上で将の正体を見せ、ジュウザは本気になった。

今回、そのタイミングがずれたことに原作に無い私の存在が影響しているかも、と考えると間接的にはなんかした、とも言えなくもないが。

 

 

ともかく。

 

「そういうことなので、マコトさんがご心配を頂く必要はありません。……それに、我ら五車星はこの時のために生きていたようなものなのです」

「…………」

「それに、何より……我が将は、あなたと。あなたこそとの対面を、熱望されておられるはずです。……どうか!」

 

……それを言われると、弱い。

 

私としても、可能な限りラオウに先んじて姉さんに会いたいとは思っている。

それは、単に心情的なものだけではなく、姉さんの無事に関わる都合上でも、だ。

……どちらを優先するにせよ、失いたくない者の命はどうしてもかかる場面である。

 

それに、フドウさん達五車星がこの任務にかける気持ちも、ただ無下にして良いものではない。

究極的に彼らが命を賭けているのは(マコト)ではなく、(ユリア)のためなのだから。

 

その考えのもと、澄んだ……真っ直ぐな目を私に向け続ける漢、フドウさんを今一度見る。

 

今では五車星の一角として頼られ、多くの子ども達に慕われる彼だが。

実は彼はかつて、悪鬼として欲望のままに暴を振るい、自分以外の命を虫けらと踏みにじり……そして、姉さんの慈愛によって生まれ変わったという過去を持つ。

 

だからこそなおさら、その罪滅ぼしのための献身を惜しまないのだろう。

もしかしたら、他の五車星にも同じような事情があるのかもしれない。

 

……それならば、と私は結論を出す。

 

 

「……分かりました。お時間を取らせてしまい、すみません。向かいましょう、あなた方が言う将の下へ」

「おお……! ありがとうございます、この山のフドウ、必ずや身命を賭して将の下へお送りいたしましょう」

 

思えば、ずいぶんとこの場で話し込んでしまっていた。

道中、拳王軍たちの襲撃で足止めを食うことも考えると、どちらにせよだらだらと長居するものではないだろう。

 

こうして、私達はフドウさんの案内に従い、歩き出そうとした。

 

 

「…………ただし」

 

────ただし、だ。

 

この世紀末で生きる私は、この選択だけを安易に結論とするわけには行かない、と。

 

フドウさんに向き直ると、力強い口調を以てそれを伝えた。

 

 

「────ただし……二つほど、条件をつけさせてください」

 




悪鬼フドウとかいう世紀末前から世紀末ファッションに生きていた
北斗の拳住人の鑑

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