【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

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第五十話

★★★★★★★

 

 

────立場だとか、適性だとか、宿命だとか運命だとか。

 

自分がする"それ"を許してくれないモノなんて、数えあげたらキリがなかった。

 

 

それでも、自分より小さな身体で、幼い年齢で、自分と同じ女の性を持ちながら。

 

頑張って頑張って、戦って……

自らの意思を通し続ける"あの子"のことを知った私は、思った。

 

 

『ああ、頑張ろう』と。

 

私も負けてはいられない、と。

 

 

誰に無理だと言われようと。誰に無茶だと咎められようと。

 

もう、私が止まることは、ない。

 

それをする理由なんて、はじめから決まっているのだから。

 

 

それは、ただただ"────────"を一心に想い続けた…………愛の、ために。

 

 

 

 

「ヌゥゥウゥ────ッッ!!」

 

「ほぉおあああ────ッッ!!」

 

気合一閃。

互いに必倒の気迫を込めた拳を、叫びとともに打ち交わす。

 

……そして彼らのそれは。その一合のみで、十分だった。

 

「────────っ!」

 

「────ぐっ、は……!」

 

拳より血を流しながらも依然佇む拳王と、身体の多くの箇所を傷つけながら膝をつくケンシロウ。

いつ以来になるかもわからない、北斗神拳伝承者候補同士の戦い。

今この場においてその天秤は、ラオウに傾くことを選んだ。

 

……しかし、その勝利を受けても、傷ついた自身の拳を見やるラオウの口から漏れ出たのは、勝利を誇る口上ではなく。

憂いすら含むほどに、神妙な言葉だった。

 

「……あの甘かったケンシロウが。病に倒れ、一線を退いた上でなおこの拳圧を……なるほど、師リュウケンもただ耄碌したわけではなかったということか」

「…………」

 

「俺の敵はトキだけではなかった……もしケンシロウ、病に倒れたのがお前で、お前でさえ無かったならば……お前は…………いや」

 

一瞬彼の目に覗かせた、確かな……覇道だけを生きる男のものとは違う、確かな感情の色。

それもラオウはギュウっと、拳で握り潰すようにかき消すと。

 

「……くだらぬ感傷よ。……天が選んだのが我であった、ただそれだけのことだ!」

「…………ラオウ」

 

そう言い放ち、愛馬黒王号にまたがる。

すでに戦闘不能となったジュウザ達五車星が、それでもなお制止しようと身体を起こすが、ラオウがそれで止まることはない。

 

何故なら。

 

「無駄だ。貴様たちの……何よりジュウザが見せた戦いぶりが俺に将の正体を悟らせた! お前の心を蘇らせ、あれほどまでの執念を呼び起こす者など、この世に一人!」

「な……に……っ!!」

「…………」

 

「────ユリア! このラオウに相応しいあの女以外に存在せぬわ────!!」

 

そう、ラオウはジュウザとの戦いに決着をつけた時点から、その正体を見切っていた。

そうと分かったならば、優先すべきは当然この場で時間をかけてまで、すでに決着のついた彼らを始末することではない。

 

 

「…………驚かぬか、ケンシロウ。どうやら、うぬも知っていたようだな!」

「ああ。そして……"彼女"も知っている」

 

あくまで冷静に返すケンシロウに、ラオウは嬉しそうに笑う。

 

「フハハハハ! そう、マコト! 最後に残った、我が最大の敵! やつもまた、ユリアの下へと走っていることだろう!」

「…………」

 

「ならば今、全てがユリアの下に集う!! 俺が目指した天も!! 俺に相応しい女も、何もかも!!」

 

今、ラオウが行き着いたこの事実。

それがもたらす喜びは、これまでの戦いで受けた傷が問題にもならないほどの……

そんな、かつてない沸き立つ力となって、ラオウの心に火を灯したのだった。

 

「ハハハハハッ!! ゆくぞ黒王!!!」

 

そうして走り出したラオウを止められるものは、もはや居ない。

 

この世紀末の、その宿命に。

全ての決着がつく瞬間は、もう間近に迫っていた。

 

 

 

 

ドゴォっと。

何者をも通さないためと頑丈な鋼鉄で形作られたはずの巨大な扉は、世紀末最強の剛拳の前になすすべなく砕かれる。

 

そうして全ての敷居を、障害を突破した暴虐の覇王ラオウは。

 

「────────ユリアッッ!!」

「……ラオウ…………」

 

「ようやくお前をこの手に握るときがきた……永かった……!」

 

南斗最後の将としてあてがわれた、全身を覆う鎧と兜。

その中から美しい瞳の光を覗かせる彼女の下へとたどり着くと、その手を差し出した。

 

「さあ、その仮面を取れ!! 顔を見せてくれ!!」

 

が、ラオウがユリアに焦がれていた想い。

彼自身は愛と呼ばれることを否定するそれはこの時、その仮面の人物が目的のものでは無いことを悟らせる。

 

「────貴様、ユリアでは無いなッ!!」

 

言葉と共に突き出された二本の指からなる拳。

それは荒々しさとは裏腹に絶妙な力加減を以て、彼女が被る仮面のみを砕いたのだった。

 

あっけなくあらわにされたその顔は、ラオウもよく知る人物のもの。

 

「貴様は、トウ!! そうか、貴様が足止めを……!」

 

ラオウも知る女。

南斗五車星の残る一角、海のリハクの娘であるトウは、ラオウの言葉を受け……

美しい造形のその双眸から唐突に涙を流し、答えた。

 

「足止め……それもございます。……ですが本心はあなたに、あなた様に会いとうございました!」

「なにィ!!」

 

そう、トウは南斗五車星の娘ながら、幼い頃より。

ラオウが覇道を進むに至った今になってもなお、一途に、一心に彼のことを想い続けた。

 

そしてそれを、その愛を。

今この場で、初めて言葉として伝えたトウは、ラオウに強い意思で呼びかけ続ける。

 

「どうあっても、ユリア様を諦めることは出来ませぬか……ユリア様の心は、ケンシロウ様達にあると分かっていても!!」

「くどい!! 誰を愛そうがどんなに汚れようが構わぬ、最後にこのラオウの横におればよい!!」

「そ……それほど、までに……!」

 

対して、ラオウが見せたその執着。

トウはそれを、母を知らぬラオウが、ユリアが持つ慈母星に打たれたことによるものだと言い……そして、泣いた。

 

自分ではどうあがいても敵わない、ラオウを一心に想い続けたこの愛が届くことはない、と。

 

「…………ユリアはどこにいる!」

 

「────────ッ」

 

 

そうして、トウが選んだ行動は。

ラオウの想いの前に身を引くことでも、五車星の娘としての足止めの役割に殉ずることでも無く。

 

「ぬっ!!」

 

ラオウが腰につけていた短刀、目ざとく見つけていたそれを素早く奪い。

それをラオウではなく、自分の胸にかざすというものだった。

 

無論それは、選んでくれなければこのまま死ぬ、なんて情に訴えるものであるはずも無い。

無いが、それ以上ともいえる狂気の選択。

しかし、少なくとも愛憎に狂ったその時のトウは、こうする以外の選択肢を持つことが出来なかった。

 

全ては、ラオウを一心に想い続けた愛のために。

 

────彼に届かぬこの想いならば、せめて目の前で死に果てることで、彼の心に自分を残そう。

そうすれば、彼の中に自分は生き続けることが出来る、と。

 

 

そして。

 

目の前のラオウがそれを止めることも当然無く。

手にした短刀は柔らかい皮膚に抵抗なく、無情に突き刺さろうとし。

 

「────あぁッ!?」

 

ギィンっと。

 

瞬間、横側から与えられた"見えない衝撃"によって、宙を舞うことになった。

 

「────────来たか!!」

 

同時に、目の前の女の告白も、自死ですらも無表情に見ていたばかりのラオウは。

現金なほど凶悪に頬を歪めながら、衝撃を加えた方向へと顔を向ける。

 

そこに居たのは、闘気を打ち出した構えのまま息をつく一人の少女。

 

すなわち、最後に残った最大の強敵……マコトの姿だった。

 

 

★★★★★★★

 

 

(……危なかった)

 

姉さん、ユリアが居るという居城にたどり着いた私を出迎えたもの。

それは、倒れ伏す多数の五車星配下と思しき人達と、まさに今砕かれたばかりと破片をこぼす、かつて門だった建造物だった。

 

これによりタッチの差でラオウが侵入してきたことを知った私は、バットくん達をフドウさんに任せ即座に先行。

姉さんより前に、彼女を……このままだと間違いなく死を迎えることとなるだろう、トウさんの下へと向かったのだった。

 

……原作で彼女が見せた、『愛した男の心に残るために自殺する』という選択。

それは、私が持つ現代の倫理から見ても、おそらくこの世紀末の多くの人から見ても歪んだものではあったが、だからといって全てを否定することは出来ない。

それで彼女の愛がラオウに届くのならば、少なくともそれもまた一つの愛の形……そういう見方も出来ないわけでもないからだ。

 

────しかし、その想いがラオウに届くことは、無い。

 

原作でその死に様を見たラオウはただ「馬鹿な女よ」と一言言い捨て。

そして自らがユリアにかける執着の形を再認識するのみだった。

 

結局、その後邂逅を果たした姉さんと、ケンシロウさんとの死闘……そして最期を迎える瞬間まで。

ラオウが彼女の愛を想うことは、ついぞ無かったはずだ。

 

それに、仮に私が持つ、ラオウが辿る生き様という知識をすでに忘却していたとしても。

今この世界で生き、実際に目にしてきたラオウという存在に対し、あの手段での愛が届くことは無い、と断言出来ただろう。

 

……ついでに言えば、もしラオウが目の前で死なれたことを気にするようなメンタルなら、それはそれで彼女の行動は問題だ。

少なくとも私は、仮に私を好きだと言ってくれる人が居たとして。

「あなたの中で永遠に生きるために目の前で死にます!」なんてやられたら「マジで勘弁してくれ」と返さざるを得ない。

 

というわけで、半ば私のワガママによるものではあるが、ともかく彼女の自死という道を私は止めることを選んだのだ。

 

 

そうして今、最優先でラオウの足跡を追いたどり着いた今、この場で。

今にも彼女が突き立てようとしていた短刀を弾き、私はラオウと相対することとなった。

 

「────フ、姉との再会よりこの場で割って入ることを選ぶか……愚かではあるがなるほど、貴様らしい選択と言えような!!」

「…………」

 

私としては正直なところ、このようななし崩し的な形で、この最強の男と決着をつけることになるのは、あまり歓迎出来る事態ではなかった。

だがラオウの解釈を受け自分でも一理あるな、と納得するとともに。

やはりこの選択は間違ってはいない、と密かに心を奮起させる。

 

そうと決まれば、と。

私はあえて彼の言葉に返事することなく、まず呆然とこちらを見る彼女、トウさんを問答無用で気絶させた。

 

「────うぅっ!」

 

(……ごめんなさい)

 

申し訳ないが、ラオウが目の前に居る今この場で、彼女を説得している暇は無い。

かといって放置をしていて、隙が出来た途端自殺を完遂されたらなんて思うと、気が気でない。

 

決戦に集中するために、私は彼女の説得は父であるリハクさんや仲間のフドウさんに任せることにしたのだ。

……文句はお互い生き残れたなら、その後に聞かせてもらおう。

 

 

そして。

 

「お久しぶりです……というほど間が空いたつもりはないですが。どうも、以前お会いした時とは別人に見えますね」

 

「────フ」

 

改めて私は、今の彼が放つ圧倒的な存在感、闘気量。

それを目の当たりにし、圧されかけた心をつとめて隠しながらに言葉を交わす。

 

「貴様とてあの時とは違う、と。その自信があればこそ俺の前に立つのだろう。…………ならば、名乗るがいい」

 

「────────そう、ですね。では改めて」

 

 

「私は北斗神拳伝承者、マコトです。…………今、この場で、私の全てを懸け。あなたを倒しに来ました、ラオウ!」

 

「フハハハハハッッ!! よう言った!! ならばその望みごと、今!! このラオウの拳で砕き散らしてくれようッ!!」

 

 

「はぁッッ!!」

 

掛け声と同時、早速とばかりに私は龍流によりラオウの下へと駆け出す。

ラオウはその速度をも捕捉することが出来ている、が。かといって安易な迎撃の手を向けることは無かった。

 

理由は、以前繰り広げたあの戦い。

純粋なフィジカルや闘気量で劣る私は、徹底的に真正面からの打ち合いを避け、隙をつくという立ち回りに終始していた。

そしてそれは確かに、彼を追い詰めるほどに効果を発揮していたのだ。

 

ましてや今回、より強くなったラオウの前に、私が取れる戦法など。

以前以上に慎重に逃げ回りながら戦う以外に無く、如何にラオウがそれを捉えるかの戦いになる────と、ラオウがそう考えるのは当然だった。

 

 

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高速で走りながら、自分の左手を右手首に添える。

磨き上げた精微な技術により、傍目では認識できないほど静かに、さり気なく突かれた秘孔はほんの一瞬、私の右手指に剛力を宿した。

 

なおも真正面から迫りくる私の身体に、警戒を外さないままに。

それでも、風圧だけで全てを砕きかねない威力を伴う、ラオウの剛拳が突き出され────

 

 

「────────龍牙穿孔(りゅうがせんこう)ッッ!!」

 

「ぬ────これは、凍気ッ!?」

 

その拳を狙い螺旋状に放たれた私のそれは、過去ウイグル獄長に放った時とは違う。

ただでさえ鋼鉄を容易く貫く一撃は、実際に手を合わせ、またより進化した形を目にした、血の繋がりを持つ兄の凍気をも再現している。

 

純粋な凍度ではリュウガに及ばないまでも、対象に突き刺さる前に僅か凍らせ鈍らせることに成功し。

リュウガの名も冠する真なる螺旋は、巨大で岩堅なラオウの拳をも今、正面から穿つことに成功した。

 

「ヌゥッ!!」

 

「どおおぉお、り、やあああああっっ!!」

 

ラオウの拳を止めると同時、限りなく全力に近い闘気を込めた右回し蹴りを放つ。

立て続けの"真正面からの奇襲"という想定していなかっただろう戦法に、ラオウは僅か反応を遅らせる……

が、それでもとっさに差し込んだ腕で私の蹴りを受け止めた。

 

「────────ッ」

 

ざざざっ、と圧倒的な体格を持つラオウが、踏ん張りながらも僅か後ずさる。

元より、ここまで来て私を舐めていたというわけは当然ないだろうが。

それでも予測とは異なった戦い方に、ラオウはこれまで以上に緊張感を持ったように私には見えた。

 

本格的に高められた闘気に押しつぶされそうな重圧を覚えながらも、私はさらに前へと踏み出す。

 

 

────もはやこの期に及んで、出し惜しみは不要。

 

 

私が学び、身につけてきた、これまでの全て。

 

それをぶつける時は、今この場を置いて他に無いのだから。

 

 

決戦の時は来た。

 

 

★★★★★★★

 

 

マコトは、強くなった。

 

以前の戦いで抱えていた『伝承者としての自負心の欠如』という弱みは当然消え去り。

また、経験の浅さ故に突かれた手数の少なさも、サウザー、トキ、ケンシロウとの死闘を経てほぼ克服している。

無論、北斗神拳だけに頼らない戦い方は健在で、剛柔織り交ぜた多彩な立ち回りは、確かに今のラオウとすら戦うに足る力を発揮していた。

もし、始めにマコトと戦った時のラオウと今のマコトが戦ったならば、勝利を収めていたのはおそらくマコトであったことだろう。

 

……だが。それでも、だ。

 

「……つっぅ、ぐうぅ……!」

 

此度の決戦の戦局は。

半ば一方的と言っていいほどに、ラオウが優位に進め続けていた。

 

幾重ものフェイントを織り交ぜた多種多様な拳が、蹴りが、闘気弾が打ち払われる。

トキとの手合わせも経て、世界屈指の練度を誇るに至った柔拳も今のラオウを崩し切ることは出来ない。

返礼とばかりに差し込まれた一撃はどれも必殺のもので、紙一重の回避のたびにマコトの全身が総毛立つ。

 

 

この状況をもたらしたものは、純粋な、圧倒的なまでのラオウの実力。

 

元より究極に限りなく近い体と技を備えていた彼、ラオウ。

それにマコトが対抗するためには、それ以上に心を燃やし、知恵を回して戦うしかなかった。

しかし、今のラオウはその心すらもマコト以上に燃えたぎっているのだ。

 

如何にマコトが技術と知恵で立ち回り続けても、それを覆すには至らない。

ともすればその差は、以前に戦った時以上と言えるかもしれない。

それほどまでに、今のラオウは隔絶した存在となっていたのだ。

 

……付け加えるなら、当のマコト自身が、今は────

 

 

「ば、バカな……!」

 

「な、なんという力……見誤っていた……まさか、まさかこれほどの怪物となっていたとは……!」

 

そんな状況に愕然と声を漏らしたのは、追いついてきた山のフドウ。

そしてもう一人、残る五車星の一角であり気絶したトウの父親でもある壮年の男、海のリハクだ。

 

世が世なら万の軍勢を縦横に操るとされる五車星きっての軍略家として、対拳王戦略の大部分を担ってきた彼だが。

この力の前には、足止めなど何の意味もなかった、と。このような相手なら始めから逃げに徹するか、玉砕前提で罠にかけるべきだった、と。

ここに来て、自らの見通しの甘さを痛感させられることとなっていた。

 

「この海のリハク、一生の不覚……! このままでは、マコト様まで……!!」

 

苦汁にまみれながらうなだれるリハク。

それに押されるようにフドウ、そして彼と共にこの場にたどり着いたバットやリンの胸中にも絶望感がのしかかり始める。

 

そして、そんな中にあって。

 

このまま順調に、順当にマコトが敗北することなどありえ無い、と。

誰よりも確信している者が居た。

 

……それは。

 

「────この程度の、はずがなかろう!!」

 

「っぐ……!!」

 

ブオン、と豪腕を振るいマコトの小さな身体を弾き飛ばした男……すなわち、他ならぬ敵対者、ラオウだ。

 

マコトの存在に幾度となく想定を覆され続けた男は、この戦況にたどり着いてなお。

このまま押し切って勝てるなどと、甘い現実に浸ることは断じて選ばなかった。

 

『マコトは前回の敗因こそ克服してこの場に立ったが、自分が圧倒的に強くなったことで為す術もなく敗れる』

 

……あり得ない。

マコトがそんな程度で終わってくれる"殊勝な化物"なら、自分がここまで強くなる必要など無かったのだ。

 

 

そして、ラオウは。

マコトが未だ残しているであろう確かな勝因、それにもすでに見当をつけている。

 

純粋な北斗神拳同士でも、マコトが使うそれ以外の拳法でもラオウを相手に勝ち切るには至らない。

そのような状況でマコトがラオウを倒す手段があるとするならば……それは、たった一つ。

 

 

すなわち、北斗神拳究極奥義────無想転生に目覚めることだ。

 

 

今際のきわの師リュウケンからラオウが聞かされたこの奥義。

それは、哀しみを知るものだけが目覚めることが出来るという、北斗神拳二千年の歴史上最強の秘伝だ。

当然、マコトもケンシロウやトキからこれの存在を知らされているだろう。

さらに言えば、マコトが拳法を身に着けた経緯を考えるならば、間違いなく条件となる哀しみも抱えているはずだ。

 

で、あるならばマコトがこの場に立ち、未だ絶望に沈まず戦い続けている理由。

それは、この無想転生の発動に望みを繋いでいるからである、と。

ラオウはそう考えた。

 

────そしてラオウは、それを止めるつもりはない。

最強の強敵となったマコトを、それをも超える自らの拳で打ち破り、天を掴むと。

 

あの日倒れ伏したマコトに止めを刺すこと無く去っていったのはただ一つ、その目的のためにあったのだから。

 

 

さあ、早く見せてみろ。

 

お前はここで終わるような存在ではないだろう。

 

 

……そして。もしも、もしもそうでないというのなら。

 

この場でお前は、何も残せず、姉にも再会できず……天に滅することになるのだ、と。

 

 

……そんなラオウの、仮定に仮定を積み重ねた想像であり、確信。

 

今この場に置いて、それは……完膚なきまでに、正鵠を射ていた。

 

 

(……くそ、くそ……!)

 

一合、また一合と。

拳を重ねるたびに、明確に追い詰められる感覚に、マコトは歯噛みし続ける。

 

ラオウが考え、口にしたとおり。

マコトは確かに、今の立ち回り以外の可能性を、勝機を抱えてこの戦いに臨んでいた。

 

にも拘らず、戦況は刻一刻とマコトを不利たらしめ続けている。

それは当然、マコトがこの期に及んで出し惜しみをしているわけではなく、むしろ逆。

 

マコトは、始めからラオウが指摘したそれを……北斗神拳究極奥義を使いたい、使うべきだ、と。

脳が焼けるほどに意識して戦い続けていた。

その結果が、この戦局なのである。

 

この程度のはずがない、とラオウの言葉を受けても、マコトに出来ることは変わらない。

マコトは未だ無想転生に至ることが出来ず、ラオウが最大限に想像……いや期待したそれは起こらず。

 

「がっぶ、は、ぁっあ…………ッ!!」

 

剛爆靠(ごうばくこう)

ジュウザを破った爆拳がマコトの腹部に突き刺さった。

似た技を使う自らの経験から寸前で察知、後ろに飛び下がることこそ叶ったものの、強烈無比な剛拳は、減衰されてなお驚異的なものだ。

 

 

血反吐を吐きながらも、震える脚で立ち上がろうとするマコト。

彼女の目は、心は。未だ折れるには至っていない。

 

だが、あまりに絶望的なこの状況。

それは、マコトの敗北をこの場の誰しもに確信させるに足るものだった。

 

 

 

────だから。

 

 

 

カツ────ン、カツ────ン、と。

 

 

戦いの激しさと裏腹に、絶望の静寂に満ちたこの場において、その足音は。

 

場違いなほど高く鳴り響き、一時。

 

彼らの思考を、視線を一身に集めるものとなった。

 

 

「────バカな!? なぜ、なぜ出てこられてしまったのか!!」

 

階段からゆっくりと、だけど圧倒的な存在感を持って降りてきたその姿に。

はじめに悲痛な声をあげたのは、リハクだ。

 

「フ、ハハ、ハハハハハハハハハッッ!!」

 

次に上がった笑い声は、当然ラオウのもの。

 

「……ぁ……ああ…………!」

 

そして最後に、小さく漏れ出た、数え切れないほどの感情が載せられたそれを、マコトが発する。

 

 

この場に現れた足音の主は。

すでに仮面を外した、本来の姿で現れた人物は。

 

彼らが追い求め続けた南斗最後の将にて慈母星の象徴……

 

 

すなわちマコトの姉、ユリアだった。

 

 

 

 

「ゆ、ユリア様、何故……!」

 

「リハク……私の身を案じこの場から遠ざけたあなたの想い、とても嬉しく想います。……ですが」

 

ユリアはキッと強い意思を携えた眼差しで場を見渡すと、そのまま階段を降りきり、彼らと同じ場に立ったのだった。

 

 

(……姉さん……!)

 

彼女を見て、傷ついた身体を押さえるマコトは。

ユリアとまた生きて再会出来たという喜びを感じるとともに、それ以上の危機感に焦りを募らせることとなる。

 

何故なら彼女が降り立ったのは、マコト以上にラオウと近い位置なのだ。

当然、今からマコトがユリアを確保しようと走っても、先にラオウの手が届くことになる。

 

ラオウの手にかけさせないために必死に戦い続けていたマコトからすれば、内心はどうあれ涼しい顔でラオウの近くに降り立ったユリアに。

困惑と焦りと……いっそ怒りに近いまでの感情を覚えたのは、無理からぬことだろう。

 

 

そして、事態はマコトが危惧したとおりに動き続ける。

 

「フハハハハハ!! ユリア!! 天を握った俺に相応しい女よ!! 俺のものとなることに決めたか、それとも────」

 

「────傷つき敗れる妹の姿を見ていられなくなったか!! いずれにせよ、出てきたからには逃しはせんぞ!!」

 

「────────ッ」

 

ラオウの言葉に、顔を青くしながら息を呑むマコト。

彼女の反応の理由は明白である。

もしユリアが出てきた理由が、ラオウが言った通りのものだとしたならば。

 

あの日、狂気に走ったシンの前に何も出来ず倒れ、そして姉が自分たちを守るために連れていかれた悲劇の過去。

そこから自分が、何も変わっていないということの証明に他ならないのだから。

 

「さあ、来い……ユリアッ!!」

 

ユリアに伸ばされた、世紀末覇者ラオウの、天をも掴む剛拳。

 

それを見て違う、あの時の自分とは違う、と。

 

降って湧いた絶望を、再び味わうことになりかねない喪失感を、否定するように力を込め。

 

マコトは無謀を承知で、ラオウを止めるために駆け出し────────

 

 

────────バッシィッ!! と。

 

 

強烈な勢いで弾かれた、いっそ爽快なまでに小気味の良い音を耳にすることになった。

 

 

「────────ッ!?」

 

 

音の正体は、ユリアに伸ばしたラオウの腕が弾かれ、跳ね上げられた衝撃によるもの。

 

そして、それを成したのはマコトでも無ければ、この事態に悪鬼としての力を解き放った山のフドウ……でも無く。

 

海のリハクでも、もちろんリンでもバットでも無い。

 

 

「な……に……!?」

 

「…………」

 

ラオウの腕を弾いたもの。

 

それは、手を伸ばされた他ならぬその女……無力なはずの慈母星、ユリアが振り上げた細腕であった。

 

ラオウが掠れた声を漏らすほどに愕然としたのも、当然だ。

如何にユリアを手にするための、相応に力を抜いたものだったとはいえ、彼女に伸ばされた屈強な腕は、生半可な衝撃ではびくともしないもの。

それを弾いたユリアの手は、信じがたいことに、間違いなく『闘気』を携えたもので。

 

────同時に、ダンッと力強い音を鳴らし、ユリアの身体が宙を舞う。

 

軽やかな宙返りをしながら、呆然とするラオウから距離を取ったその動作は。

紛れもなく、練り上げられた拳法……南斗聖拳の動き。

 

 

ありえないにも程がある、その光景。

 

それを前にラオウは、ユリアに声をかけるよりも先に、またか、と。

またも貴様の差し金か、と勢いよくマコトに顔を向けた。

 

これまでも数え切れないほどの『ありえない』を起こしてきたこの女。

それを目の当たりにし続けてきたラオウが、またもこの状況をこいつが作ったのだ、と真っ先に考えたのは当然のことだ。

 

そして、その目を向けられた当のマコトはというと。

 

 

例のごとく『上手く行った』だとか、『してやったり』とでもような自信に満ちた表情で佇む……

ということなど、当然無く。

 

 

「は…………ぁっ…………??? …………はぇ?????」

 

 

ただただ、あんぐりと口を開けた……

そんな、この世界に生まれてこのかた、これ以上驚いたことは無い、と言わんばかりの呆けた表情を晒していた。

 

ただ、ふと。

ありえない、という思いと同時。

幼い頃に確かにかけられた姉の言葉が今、マコトの脳裏に蘇る。

 

 

"────────ええ、もちろん、私も。"

 

 

それは、この世界に生きるラオウは当然、先の世界を知るマコトも、考慮に入れたことすらなかった未来。

 

 

"────────マコトががんばるなら"

 

 

今、その女。南斗最後の将にして慈母星の象徴たるユリアは、目一杯高めた闘気と共に構え、ラオウに鋭く声をあげる。

 

 

"────────私もがんばるからね!"

 

 

それは、ただただ────最愛の妹を一心に想い続けた…………愛の、ために。

 

 

「ラオウ……マコトを倒し、私を手に入れるというのなら……この私を倒していきなさい!!」

 

 

ラオウが手にしようとした、ただ全てを癒す女としての慈母星は。

 

マコトが知っていた、ただしとやかに世紀末で生き、そして運命に殉ずる哀しき姉は。

 

 

ユリアはもう、死んでいた。

 

 

★★★★★★★

 




???「マコト……マコト……姉より優れた妹はいません……いいですね……」
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