【完結】北斗の拳 TS転生の章   作:多部キャノン

51 / 53

例の技の描写は媒体によって色々演出が変わりますが
今作はこういう感じでしています


第五十一話

★★★★★★★

 

そもそもの話、である。

 

ここに至るまでにマコトが持っていた、『不治の病を抱えながら宿命に殉じる薄幸の姉』という印象。

それは確かに事実ではあるが、それがユリアの全てというわけではない。

 

時に暴虐を振るう悪鬼フドウの前に幼いながらに立ちはだかり、命の大切さを諭し。

時に愛と覇道に狂うシンを止めるために、自らの命を投げ出した。

 

彼女は幼い頃よりずっと。

何よりも他者のためにこそ、ためらうことなく命を張るという生き方を貫き続けていた。

そんな彼女だからこそ、ケンシロウやラオウを始めとした多くの者が惹かれ、求めたのだ。

 

で、あるならばマコトが知る原作で見せた最後の姿も。

自分の命の使い道を、世紀末を統べるに相応しい漢達……すなわち北斗の兄弟に捧げることに決めた、と。

ただそれだけに他ならない。

 

────では、この世紀末で戦っているのが、元より才覚溢れ力を持っていたケンシロウではなく……自分の後を付いて回ってきていた妹、マコトならば。

ユリアは、どうしただろうか。

 

ころんだだけで大泣きして、自分や兄が励ましてようやく前に進めた。

そんな普通の少女だったマコトが、血反吐にまみれながら、今もなお運命に抗い続けていると知ったならば。

ユリアは、自分の命をどう使っただろうか。

 

"そういうこと"をする気質じゃない、と。

才覚や適性を理由に、彼女は諦めるだろうか。

 

自分が守ってきた妹に、強くなった最愛の妹にただ守られるなどと、常識的で賢い生き方を、彼女は良しとしただろうか。

 

「────────っ」

 

決意をした彼女が止まることは、無かった。

 

南斗の先達が多数居るこの環境で、彼女は自らの力で戦う力を求めた。

 

全ては自分を、この世界を想い戦い続ける……最愛の妹への愛のために。

 

 

誰に無理だと言われようと。誰に無茶だと咎められようと。

 

 

……誰に、()()()()()()()()()と諭されても。

 

 

 

 

ただ、全てをこの手に収めるために。

この世に覇道をとなえるために。

 

自らに歯向かう敵対者を、迷いなく討ち滅ぼし続けてきた男、ラオウ。

 

そんな彼は今、ここに来て初めて。

明確な迷いに押されながらに、その拳を振るうこととなっていた。

 

何しろ今、彼の目の前に立ちはだかるのは、彼が初めて心底から執着した女、ユリア。

幼い頃の修行で死にかけた時、たった一度撫でただけで傷の痛みを失せさせた神の手、母の星。

その時柔らかく開かれていた拳は今、闘気をまといラオウのもとへと迫り続けている。

 

わからない。

何故ユリアが戦っているのか、そもそも何故拳法を覚えているのか、何故自分の前に立ちはだかっているのか。

 

────何よりも。

 

何故、ここまで鋭い闘気と拳を振るいながらも……彼女のそれには、一欠片たりとも敵意、殺意を感じられないのか。

 

そう、これが今、世紀末最強となった男が敵対者に対し、未だまともに拳を振るうことすら出来ていない最大の理由であった。

もし、彼女が放つ拳が、これまで屠ってきた敵対者のように殺意を孕んだものであったなら。

如何にラオウが執着した女といえども、半ば本能的に敵対者として仕留めていたはずだ。

 

この困惑が、この動揺が。

ありえないはずの戦いを今、ありえないほどに継続させていた。

 

 

……そして、その戦況を鑑みた上で。

ラオウと同じく、一瞬自失状態になりかけながらも、目の前の状況を見つめ直したマコトは、確信する。

 

────────無理だ。勝てるわけが無い、と。

 

戦うものとしての気質を持たないながらに、図らずしも……おそらく心の力により尋常でない速度で拳法を修めたユリアとはいえ。

鍛えたとするならばタイミングとしてはシンにさらわれ、南斗五車星に救われた後しか考えられない。

そして、そうであるならば、いくらなんでも時間がなさすぎる。

 

シンにユリアを奪われた直後から、原作知識と現代知識、そして心の力をフル活用したマコトでも、ここまでに至るまでの苦労は計り知れないものだ。

ましてやそのような知識のない姉が、どれほど才を持ち、どれだけ心を燃やしたとしても。

自分とも、ましてやラオウとも並ぶような力を持つことなど、絶対に不可能なのだ。

 

 

────止めなくてはならない。

 

呆然としながらも半ば無意識に自身にかけていた、姉譲りの癒しの力(ヒーリング)も。

この戦いで受けた傷の全てを治すには到底至らないものではあったが、かといって呆けて見ているわけにはいかない。

いくら今はラオウが迷いの中にあるとはいえ、彼がそれを振り切った時。

差し向けられる拳は、確実にユリアの命を絶つものになるのだから。

 

 

そうしてマコトは足を踏み出そうとする……と、その時だ。

いつ死んでもおかしくない、何一つとして余裕の無い状況にありながら。

 

不思議なことにユリアはラオウではなく、マコトと。

その視線を、交わし合ったのだ。

 

「────────ぁ」

 

そして、その眼に宿った。

彼女のあまりに強い覚悟と……そして"────"の色を悟ったマコトは一瞬、その足を止められ。

 

同時に、ぎゅっと。

力強く、だけど優しく。

後ろから肩を抑えられたことで、その場に留まることとなってしまった。

 

「────ケン、シロウ、さん…………」

 

振り返りながら力なく発したマコトの言葉に。

この場にたどり着き、それを見たケンシロウもまた。

愛と誇らしさと……そして哀しみに彩られた眼とともに答える。

 

「…………見届けるのだ。ユリアが選んだ……その道を」

 

 

 

 

「────────ッ、いつまでも……!」

 

如何に他ならぬユリアと相対するという混乱の極地にあり、思うままに拳を振るえない状況にあったラオウでも。

その状況が続いたなら、戸惑いは焦れに、焦れは仄かな怒りへと変わっていく。

 

ユリアがラオウに向け使った拳は、攻めではなく守りに主眼を置いた動きだ。

その特性は南斗でありながら、どちらかというとトキが扱う柔拳に近しいもの。

 

すべての攻撃を受け止め、守り。そして見せた隙には喝を入れるかのように鋭く攻撃を差し込む。

そんな、ユリアが持つ慈母星という宿星に表されるような、母性すら感じる拳であった。

 

そしてそれは、紛れもなくにわかの真似事の範疇にない、確かな意思を、力強さを感じるもの。

あのユリアがこのような力を身に着けた、というその事実自体の困惑も手伝い、ラオウはここまでロクに手を出すことが出来ずにいたのだ。

 

 

……だが、それももう終わる。

 

 

現実にここにある力として。

彼女のそれはマコトにもサウザーにも、トキにもケンシロウにも及ばないものだ、とラオウは見定めた。

 

必然、一合、また一合と。

ラオウの心が平静を取り戻すにつれ、ユリアの防御も追いつかず、玉のような肌に生傷も刻まれつつあった。

 

無論ここに居るフドウやリハクがそれを良しとするはずもなく、無理矢理割って入ろうと幾度となく脚を踏み出す。

しかし、そのたびに全てを見透かしたようなユリアの視線が走り、彼らの身体をそこに縛り付けていた。

何より、最も真っ先に動くであろうマコトが、そしてここにたどり着いたケンシロウが、未だ手を出さないことを選んでいるのだ。

 

それもまた、ラオウには理解が及ばない。

何故周りの者は手を出していない……いや、ユリアは手を出させないのか。

 

そもそも、元の力を考えれば信じがたいほどの実力を身に着けたとはいえ。

今の自分には到底及ばない力と分かっていて、何故今もなお必死に抗おうとしているのか。

見ろ。すでに表情には隠しきれない苦悶が浮かび、顔色も青ざめたものへと変わりつつあるではないか。

 

(分からぬのなら、その身体に訊くまでだ……!)

 

未だ、目の前の女を完全に倒すべき敵として割り切ることは出来てはいない。

しかし、それでもラオウはすでに、彼女を倒すには十分な力をその拳に込め始めている。

あとはこれを振るい、自白のための秘孔をついてでも。

 

彼女が見せた戦いの意味を、その意義を。拳を以て問いただそうとし。

 

 

「────────ぅ、こっふ…………!!」

 

「────────ッッッ!?」

 

 

これまで真っ直ぐ伸ばした姿勢で、鮮やかに拳法を振るい続けてきたユリアが、突如。

反射のように背中を丸めると、その口から多量の血を吐き出すところを目にすることとなる。

 

 

────ラオウはまだ拳を当てたわけでも、闘気弾を撃ち放ったわけでもない。

無論、周りの人間がユリアに害を為したなどということもありえない。

 

それは、つまり。

 

 

「吐血…………そしてその顔色……! まさかユリア、お前は……トキやケンシロウと同じ死の病に……! い、いつからだ……!?」

 

 

再び沸いた驚愕に身を震わせながら、ラオウが放ったその質問。

それにユリアは静かに微笑み、返した。

 

「シンに連れ去られたあと……すぐに。……あと、数ヶ月の命でしょう」

「────────っ」

 

そしてユリアは、語る。

 

自分に与えられたのは限られた命……

ならば、何事にも抗うことなく天命の流れに生きようと、南斗の将が動けば北斗が、天が動くというその宿命に生きようと。

始めはそう考えた、と。

 

そして、妹マコトは本来の血筋を辿るなら、自分と同じ南斗の者。

ならば、南斗でありながら北斗の業を身に着け伝承者となったマコトは。

『北斗と南斗が合わさるとき天が平定される』という宿命を、一人きりで達成することも叶うかもしれない、ただ一人の存在なのだ。

 

故に、ユリアを最後の将に据えた周りの者は言った。

ケンシロウも病に倒れた今、そのマコトを戦いへといざない宿命を果たさせることだけを考えるべきだ、と。

それこそが南斗の将としての、我々の役目に他ならない、と。

 

────でも。

 

「でも、ダメでした」

 

「…………ダメ、だと……?」

 

しかし。誰よりも他者を想い、何よりも妹を想うユリアは。

その宿命に、運命に従うという当たり前の選択を、許すことが出来なかった。

 

「だって、そうでしょう? ……もし本当に宿命の通りだとしたならば……マコトは、一人ぼっちになってしまうかもしれないもの」

「────ッ!!」

「…………ぁ……」

 

そう。北斗、南斗の宿命を一人で完結させられるということは。

それは、ただ一人きりでどこまでも行ける……いや"行くことが出来てしまう"、ということ。

 

それこそ、マコトが修行時にケンシロウの代替としてそれを目指したような。

そんな、宿命を叶えるためだけの、たった一人きりの舞台装置。

 

導く者であるケンシロウとトキが、死の灰で明日をも知れぬ身となったこともあり。

ユリアは、ここにたどり着くまでにマコトがすり切れてしまう可能性があると考え、それを恐れた。

 

結果的に、それは杞憂だった。

マコトは、マコトが望んだ誰一人として死なせず。多くの者の支えのもと、ここまで生き残ることが出来た。

しかし、ユリアが危惧したそれは、ある意味ではとても正しい。

 

……事実としてマコトは、この世界でただ一人。

未来の知識という異端を持つことで、他者とは違う視点を生き……

それにより今、ユリアが辿る運命をも、たった一人で背負い憂い続けていたのだから。

 

 

────だから。

 

すぅ、っと息を吸うと。

ユリアは、静かにマコトに。

口から血を流した、痛々しい……その上で気丈な、柔らかな笑顔を向ける。

 

「…………マコト」

「…………うん」

 

「私が連れ去られたあの日から、あなたはずっと、ずっと頑張ってきましたね。きっともう、これ以上無いくらいに頑張って頑張って……ここまでたどり着くことが出来たのでしょう」

「……みんなの、おかげです」

 

「……そう……良かった。……でも、そんな頑張ったマコトに、姉さん、あと一つだけワガママを言いますね」

 

そして、一拍。

 

吐血とともに弱まった闘気を再び、精一杯。

ラオウに、そして何よりラオウに挑まんとするマコトの闘気に。

少しでも、少しでも近づけようとするかのように。

 

命を燃やし高めながら、ユリアは叫んだ。

 

「…………頑張って、マコト! あなたを絶対に一人にはさせない! 私も最後の最後まで、あなたと一緒に、頑張るから!!」

 

「────────ッッ」

 

「なん、と、いう……!!」

 

 

マコトとラオウは、今こそ悟る。

 

 

たった、これだけだ。

 

たったこの一つの言葉のためだけに、ユリアは残り少ない命を燃やすことを選んだのだ、と。

マコトはユリアの言葉と同時、ガバっと、表情を髪で覆い隠すように顔を伏せる。

 

そして、ラオウは。

 

「なんという女よ!!」

 

ぶわっと両目から涙を溢れさせ……これまで否定し続けていた哀しみを、そして愛を知った。

 

この時ラオウの感傷を爆発させたのは、無論その無限の献身性を見せた最愛の女、ユリア。

そしてもう一人、ラオウが目指した天そのものである最大の強敵、マコト。

 

なんという、ことだろうか。

 

最愛の女は、愛する男と妹から引き剥がされ、そして再会したときにはすでに命は風前の灯となっており……それでも、その命を戦い続ける妹のために使い。

最大の強敵は、愛する姉を失い、それでも戦い続け……ようやく生存を知らされ再会出来たと思ったら、またもその命に手が届かないことを知る。

 

その、ラオウから見た二人分の、二つの悲劇は。

 

皮肉にも当のマコトに対する、最大にして究極の力を今、ラオウの身に宿すことになった。

 

 

「────────ユリアッッ!! お前の覚悟、想い! 見届けた!! うぬへの愛を、一生背負っていってやるわ────ッッ!!」

 

 

涙で歪んだ顔で……今度こそ迷いなく。

 

ラオウが真っ直ぐに突いた秘孔により、ユリアは静かに、力なく。

眠るように、崩れ落ちた。

 

 

「…………生まれてはじめて、女を手に掛けた……このラオウにも、まだ涙が残っていたわ……!」

 

それとともに完全に目覚めたもの。

 

それは、ラオウの身体を纏う。

蒼く澄んだ、どこまでも純粋で、どこまでも崇高な闘気。

 

ただでさえ隔絶した力を持ちながら今、究極奥義────無想転生をラオウは会得した。

 

彼は、今も顔を伏せ表情を消したマコトに目を向ける。

 

(…………)

 

彼女が追い求めた姉を喪い、さらに絶対たる存在となった漢が目の前にあるという状況。

もはや闘気も失せ果てた彼女に対し、ラオウが手を出す必要すらもないのかも知れない。

 

だが、それでもラオウは背負ったユリアへの想いのため、そして何よりここまでたどり着いたマコトの矜持のため。

滑るように脚を踏み出すと、この場の誰も反応が敵わない速度、精度を以て拳を差し出す。

 

 

「────せめて、姉と共に……眠れ!!」

 

 

それに込められたものは敵意でも、殺意でも無い。

 

 

無想にして究極の拳は、世紀末を生き抜いた、幼い身体を看取るように振るわれ────────

 

 

「…………ふふっ」

 

 

そして、確かにそこにあった、マコトの身体を。

 

 

最初から誰も、何も居なかったかのように…………"通り抜けた"。

 

 

「…………ッッ!!」

 

 

 

 

────枷は、二つあった。

 

 

一つはもちろん、彼女が目覚めたきっかけでもあるケンシロウ、トキの死の灰被爆。

 

前世から無邪気に愛してやまなかった彼ら……特に本来被害を受けるはずではなかったケンシロウが、自分の存在により死の運命を背負ったという事実。

それは確かに彼女の心に影を落としてはいたが……しかし、他ならぬケンシロウ、トキの働きかけにより、完全では無いにしろマコトは割り切ることが出来ている。

 

だが、早くからもう一つ、マコトが抱えていた大きな大きな枷。

それこそが今ここにいる彼女、ユリアの……正確にはユリアが背負った病という、避けられなかった死の運命であった。

 

マコトが知る原作でもこの世界でも、ユリアはシンにさらわれた後、すぐにこの病を患う。

マコトが北斗神拳を身に着ける前に起こったこの出来事に、彼女が干渉できることは、無い。

そして原作の未来においても、結局ユリアはようやく結ばれたケンシロウを残し……静かにこの世を去ることとなるのだ。

 

彼女は、ずっと心の中で叫んでいた。

「どうして姉さんばかりがこんな目に」と。

 

北斗神拳を身に着け、原作の知識を活かし、そして多くの人を力の限り助ける。

自らの意思で選んだこの道程自体に、後悔することは何もない。

これらが無意味だったなんてことは、今生きている人々のためにも、絶対に思うことは無い。

 

しかし、皮肉にもその道行きが順調であればあるほど。

光が強ければ強いほど、裏側にある影もまた濃くなっていくように。

()()()()()()()()()()()()()()()()()という変えられない事実は、救いを続けるほどに、より重くのしかかり続けていた。

 

故に、マミヤとリンによりつかの間の平穏を楽しんだあの日、最後の戦いを知らせる合図があった時から。

マコトは改めて突きつけられたケンシロウ達の運命と、この戦いの先で目にするであろう姉ユリアの運命に思い至り……揺れたのだ。

 

────死なせたくない。

 

助けなければならない。

 

でも、具体的にどうすればいいのか……わからない。

 

ユリアのことだけを考えるならば、原作でラオウがユリアに突いた延命の秘孔に期待して、そのまま会わせるべきかもしれない。

しかし、すでに自分がラオウに干渉をしている以上、ラオウの心向きが原作通りかどうかもわからない。下手に邂逅させた時点で姉が殺される可能性は十分ある。

そして当然、原作通りに行くならば腹違いの兄を含めた五車星やリハクの娘トウの命も、無い。

 

ならばやはり、五車星の犠牲を可能な限り回避した上でユリアと先に会い、ラオウを撃退し。

もしあの延命の秘孔が彼以外知らないものだったならば、彼から聞き出して、それを実践して、その後はあてもなく完治の可能性を追って……と。

 

そんな、他人も自分の命も綱渡りにすぎるあやふやな思考。浮ついた絶望。

それが、この決戦に臨むにあたり彼女が一人、抱えていたものの正体だった。

 

(…………大丈夫、大丈夫っ……)

 

ただ、マコトはその状況に、この悲劇だけに腐ることはしなかった。

 

どうしようもないように見えるこんな状況ではあるが、”だからこそ"追える可能性もある、とか細い希望を求め。

出来るはずだ、と自分に言い聞かせ続けた。

 

それこそが、北斗神拳の究極奥義────すなわち無想転生。

 

本来辿る道筋にて、ケンシロウは多くの強敵(とも)達と戦い、看取り、喪ってきた。

この道のりで得た『哀しみ』によって、ケンシロウは究極奥義の開眼に至ったのだ。

 

しかしもちろん、マコトはケンシロウと同じ道を生きてきたわけではない。

故に単純に考えれば、マコトがケンシロウと同じ無想転生に至れる道理は、無い。

 

だが、ここでマコトが注目したのは、ケンシロウではなくラオウの方だ。

ラオウはそれまで自らの力を、覇道をのみ信じ、哀しみを背負うことなどしなかった。

にも拘らず、原作でも……そして今もまた、ユリアという存在に哀しみを知り、無想転生に目覚めた。

 

このことからマコトが出していた結論。

それは、無想転生の条件に哀しみの多寡は重要ではない、ということ。

大事なのは無想転生を使うに足る拳力と……そして何より、その哀しみにどれだけ多くのものを感じたか、ということなのだ。

 

だから、最初の時点で大きな哀しみを知る自分にも。

この最後の場面で無想転生を使う資格はきっとあるはずだ、と。

 

 

────でも。

 

(ダメ、だな……やっぱり、私には)

 

そんなすがるような想いとは裏腹に、マコトの心にある冷静な部分は、その結論を否定していた。

 

……当然だ。

北斗神拳究極奥義を使うに足る、極まった武力を持ち合わせた上で、最後の最後で最大のショックとともに哀しみを知り、目覚めたラオウ。

対するマコトは、北斗神拳を欠片も学んでいない一般人であるうちに大きな哀しみを知り……その後はそれを覆い隠し、その上で哀しみを否定する道程を選んできたのだから。

 

 

だから、マコトが無想転生に目覚めることは無く。

 

今、無想転生に目覚めた世紀末最強の男、ラオウを前に無残に敗れ去るのみ。

 

 

────────その、はずだった。

 

 

 

 

「ぬ……ぅ……ッ!」

 

 

無想転生に目覚めしラオウが放った、必殺にして必中のはずの拳。

それをふわり、と事も無げに、まるで"通り抜けるように"避け……それでも、究極の拳の余波により、顔に痛々しい切り傷を刻まれながら。

 

「ふ……ふふ、は、あはは……ははははははっ!!」

 

マコトはそんなことを意にも介さぬ、とでもいうかのようにただ、笑った。

 

そしてすたすた、と無造作に、静かに横たわる姉ユリアのもとへと歩を進める。

 

「…………マコト、さん……?」

「……お、おい…………っ!」

 

ショックのあまり気でも触れてしまったのか、とリンとバットが心配そうな声をかける。

ラオウですら、何を考えているのか図れぬと、黙ってマコトの行動を見ることしか出来なかった。

 

そしてマコトは、ユリアの元へとたどり着くと、がばっとその身体を抱きしめ……

手にかけた、というラオウの言葉とは裏腹に、今もまだ確かな生命の鼓動を刻む、姉のぬくもりを感じながら、感極まった声色で。

 

ただ、一言だけつぶやいた。

 

 

「……もう大丈夫。本当に、ありがとう……姉さん」

 

 

そして、それと同時。

 

「────なん、だ、と……!?」

 

ゴォッ、と。

 

これまでの彼女とは比べ物にならないほどの闘気が、離れた位置にある拳王の肌に突き刺さる。

 

質量を伴うほどの闘気に圧された空気が、渦を巻くように彼女の元へと集い、物理的な圧力すらをもラオウに感じさせる。

 

 

────枷は、二つあった。

 

 

ケンシロウとトキの身体も、ユリアの身体も。

ラオウとの決着がついたなら治す方法を探そうと、そう心の表面で決意しながらも……どこかで冷徹に、きっと出来ないだろうと見切りをつけている自分が居た。

 

何故なら、他ならぬ彼らが……特にユリアは、その死もまた宿命だ、と。

そう静かに受け止めるばかりだと思っていたから。

事実、原作においてユリアはこの残り少ない命ならば、とラオウの手にかかり天へと送られることを選んでいた。

 

そしてそのことをマコトは哀しんでいた……いや、哀れんですらいた。

 

だが、違った。

 

決戦の前、マコトがずっと尊敬していた救世主(ケンシロウ)達がマコトに挑み、未来を示したように。

 

彼女は、マコトもケンシロウもラオウも、他の誰も。

考慮の余地すらなかったはずの選択を……未来を今、見せた。

 

たとえ、結果的に死の運命は変えられずとも、それがどうした、とばかりに。

それ以上の、絶対にありえない光景を、自分のために見せてくれた。

 

────ユリアが取った行動は、決して最善で、効率的で、賢い選択というわけではない。

同じ運命に抗うにしたって、マコトを激励するためにしたって。

彼女の適性にあわせて取れる手段は他にもあったはずであり、だからこそ周りの人間も無理だ、無茶だと忠言していた。

 

だが、そんな中にあってなお、ユリアは。

誰もが一番ありえないと思った、マコトと並んで戦う力をつけるというために、命を使うことを選んだ。

 

ラオウはそのユリアの行動を、残り少ない命を妹に捧げる、これ以上も無く不器用で哀しみに満ちた選択だ、と受け止め。

 

 

そして、マコトは。

 

 

「────ありえない、は」

 

「…………」

 

再びユリアを横たえると、ラオウの元へと振り返り。

顔を伏せたまま、静かにマコトは口を開く。

 

「ありえないは、もう見ちゃった、見せてくれた……

最初から、恐れることなんて何もなかった……

ケンシロウさんもトキさんも、姉さんも……そう、教えてくれた、()()()()()

 

 

段々と強くなる声色に合わせるように、マコトの身体に、力が宿る。

 

そしてマコトは今度こそ、一点の曇りもなく、"心"の底の底から信じ、叫んだ。

 

病に冒されながら、彼女が知る歴史以上の力で勇気づけてくれる……救世主達が起こした、奇跡。

ユリア自らが拳を振るい、ラオウに立ち向かう……そんなありえるはずがなかった、奇跡。

 

それに比べたら、自分がラオウを倒し、その後ユリア達の死の運命をも捻じ曲げる、なんて都合のいい……

 

そんな奇跡など、起こらないはずがない、と。

 

 

「いいや、"その程度の奇跡"……起こせない……はずがないッッ!!」

 

「────ッッ!!」

 

 

マコトが切った啖呵と同時、弾いたかのようにラオウの巨躯を動かしたもの────それはやはり、ラオウをここまでの存在に押し上げたもの、危機感。

致命的な殺気に本能的に反応する技、無想陰殺もかくやという速さにて。

ラオウが持つ神がかり的な戦闘センスは、目の前の女を今、流れも矜持も全て無視してでも仕留めるべきだ、とそう判断した。

 

「オォォオォッッッ!!」

 

そして、その拳は究極の一。

 

無より転じて生を拾う無想転生の、蒼い闘気からなる残像とともに。

滑るように近づいたラオウは、マコトにそれを振るい────

 

ふわり、と。

再び、踊るような舞うような。

そんな足運びを刻むマコトに、回避されることとなった。

 

そして、今度はマコトの動きを目に捉えたラオウは、改めて驚愕に目を見開く。

 

 

「違う、貴様、その闘気は……ッ!! 貴様のそれは……()()()()()()()()ッ!!?」

 

 

ラオウが目にしたものは、自身と同じく闘気の残像とともに回り込んだマコト。

 

だが、その残像の色は…………無想転生の哀しみからなる、澄み切った蒼色では、無い。

 

 

「────お待たせしました、ラオウ」

 

 

今のマコトならば、言える。

 

かつて、人が創り出した北斗神拳。

その究極奥義が無想転生だというのならば。

それに代わる究極奥義を生み出すのもまた、人である、と。

 

 

ワガママを聞き入れ、鍛え、見守り続けてくれた漢、ケンシロウとトキを想う。

────古きよりの掟ではなく、新たに芽生えた可能性を。

 

異なる道を指し示すと、自ら変わることを選んだ漢、ジャギにリュウガ、サウザーを想う。

────後を託す死に様ではなく、後に残る生き様を。

 

自身ですら諦めかけた命の輝きを、これ以上無い形で見せてくれた最愛の姉、ユリアを想う。

────避けられなかった哀しみではなく、心の力で叫ぶ希望を!!

 

 

この哀しみに溢れた世紀末において。

 

全ての夢と、全ての希望を抱え続けた、マコトだけが至った究極奥義。

 

 

今、蒼く澄んだ闘気に相対する、彼女が放つ闘気は────────虹色。

 

 

「これが、私が選んだ生き方。たどり着くことが出来た、答え。……これが、私の────」

 

 

 

────────()()転生。

 

 

 

「ラオウ……決着をつけましょう!!」

 

 

究極の蒼と、無限の虹が。

 

 

激突した。

 

★★★★★★★

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。