この手のSSやるなら一回ぐらいはやっておかないと、ていうアレです。
★★★★★★★
────死に、魅入られている。
ダメ元でしてみる軽い提案。
例えるなら少々高い買い物をねだる年頃の娘のような、そんな程度の温度感を以て願われたその内容。
「私の秘孔を突いて、一時的に疲労や痛みを忘れさせてもらって、その間に修行を進めまくる! ……とかダメ、ですかね? その、とても効率が良いと思うのですが」
その時の娘……すなわち婚約者ユリアの妹、マコト。
表情こそ笑っているがその実、まるで光を灯していない彼女の眼を見た時。
北斗四兄弟が末弟、ケンシロウはそう考えざるを得なかった。
★
道を踏み外し悪鬼へと堕ちたシンにユリアを奪われ、ケンシロウが自身の力不足を痛感したあの日。
残されたユリアの妹、マコトはケンシロウとトキの二人に北斗神拳の師事を請うた。
その場の復讐心に囚われた激情のまま、とにかく身に着けたい、と言っているのであればケンシロウもトキも切り捨てていただろう。
しかし、彼女に出来る精一杯の理と感情両面での説得を経て、どうなるにせよ彼女が納得出来るところまでやらせてみよう、と判断した。
北斗神拳の修行は過酷なものだ。
覚悟を持った上で門戸を叩いたものの、修行の辛さに耐えきれず、あるいは才能が無いと判断され挫折していく男は数知れない。
ましてやユリアよりは快活だったとはいえ、これまで本格的な修行などしたことのない少女の身……伝承者としての力を身につけるのはまず不可能だ。
ただ、それでも護身術程度の効果は期待出来る。
何より、最愛の姉を失ったショックをこれにより紛らわすことが出来るのなら、それだけでも良いだろう、そんな風にケンシロウ達は考えていた。
しかし、実際に修行を開始してみれば、その考えはすぐに誤りだったことを知る。
ただ言われたままにこなすだけでも並大抵の労苦ではない北斗神拳の修行。
それを彼女は自分自身でハードルを上げ続け、知と力両面からなんとしてでも学びつくそう、という気概を燃やし続けていた。
年頃の娘相応の楽しみや幸せへの憧れも持っているだろうに、まるでそれを遠い過去に捨て去った修験者や修道女を思わせるような……そんな印象を抱かせることも珍しくはなかった。
思えばこういった大人びた表情を見せるようになったのは、シェルターのあの日からだろうか。
あの日以来、表面上は変わらないままの表情をしつつも、時折目に深い覚悟や決意の色が宿っているところを目にした。
自らが助かったことによる、二人への罪悪感も影響しているのだろう。
それに溺れそうになっていることも心配ではあったが、これに関しては罪悪感を向けられている側の自分達が、如何に言葉を弄そうとも意味がない。
彼女自身が割り切れる様になるまで、見守るしか無かった。
ともかく、通常では考えられないほどの精神、心の強さを以て行う修行。
それに引っ張られるかのように彼女の肉体も強くなる……いや、期間を考えれば強くなりすぎている。
すでにそこらの腕自慢など歯牙にもかけない実力を備えていると言っていいだろう。
…………しかしそのために、彼女が犠牲にしているものは。
★
「────それは、出来ん」
故にこそ、その場でケンシロウが返せた言葉はそれだけだった。
「あ、はははそうですよね、変なこと言ってすみません」
……それを聞いた彼女が、あくまで明るい態度のままだったことも、危機感を加速させた。
しかし、かといって修行を止めるという決断をするのも簡単ではない。
事実として、彼女は目を見張る速度で進化をしていき、それは彼女自身の意向にも沿っている。
また、この先の混迷する世界において、力を持ったほうが結果的に安全になる、という彼女の言葉もまた現実としてあるだろう。
何より、例えばただ無理やり彼女を打ち倒し、説き伏せようとしたとして、それではむしろ力不足を感じた彼女の無茶に拍車をかけるだけだ、という確信もあった。
もちろん、このままにするつもりはケンシロウにもトキにも無い。
なにか、なにか。彼女が致命的に間違っている理由を、問題を。具体性を以て示さなければならない。
復讐心という動機が問題か?
いや、ケンシロウ自身が持っている復讐心がある以上、それを咎めるのは筋違いもいいところだ。
時間────あまりにも急ぎすぎていることを咎めるべきか?
しかし、さらわれたユリアのことを思うと焦る気持ちはケンシロウも共感出来てしまう。
それに、肉体的な休養は必要なだけ取っている。
心だけを休めろと言って簡単に聴けるなら、このような無茶は最初からしていまい。
才能不足を理由に……いや、この短い期間ですでに北斗の二兄弟の気配を捉えることが出来始めている者に、そのような嘘は欠片の説得力も持たせられないだろう。
しかし、何も問題が無いはずはない。
何かしらの違和感────歪みのようなものは、すでに二人とも感じている。
なんとしてでも、それを早く見つけなければ。
……見つけることが出来たならば、それでいい。
しかしもしも、もしもそれが叶わなかったなら。
──────ユリアに続いて、その妹マコトまでをも、失うことになるのかもしれないのだから。
★
その後、修行の項目にケンシロウ、トキ両名との組手が追加されたのは、彼ら二人にとっては苦肉の策であった。
ダメ元と言っていい。
拳同士でぶつかることによって、これまで見えていなかった何かが見えるようになるかも知れない……そんな淡い期待を込めた、試行錯誤の末の施策だった。
が、それを行ううち、一つの事実に気づく。
────似ている、いや似すぎている。
それは、単純な構えや呼吸が同じ、というわけではない。
それならば、拳を交わらせるまでもなく二人のどちらかが気づいていただろう。
しかし実際に戦ってみて、初めて目に見えて分かった、これまで感じていた違和感の正体。
初めに気づいたのは、トキだった。
(これ、は……ケンシロウ……?)
彼女なりの工夫はある。
そっくりそのままの動きではなく、彼女自身が使うためにしたのだろう、ある程度の改変はある。
しかし、その拳が。
その動きの結果が目指すものは。
紛れもなくこれまで何度も手を合わせていた弟、ケンシロウのものと同じであった。
なぜ、本来の伝承者候補としてトキではなく、同時に灰を浴びたケンシロウを目指しているのかは分からない。
しかし、この事実を踏まえた上で今思えば、彼女が持つ罪悪感の目は、よりケンシロウの方に向けられることが多かったようにも思える。
ここで、ようやく全てがつながる。
彼女はこの修業を、強くなろうと、自分が生きるためにしようとしているのでは、ない。
ただ、一刻も早くケンシロウになろうとしているのだ。
そして、そのためなら命を投げ捨ててもいいとすら考えている。
そこまで見抜き、トキはケンシロウと情報の共有を図る。
ケンシロウもほぼ時を同じくして同じ結論に至っており、その考えが間違いでないことを確信する。
……ここまでマコトが他でもないケンシロウに執着する理由は、ケンシロウ自身にもついぞ分からないままだったが。
とはいえ、理由さえわかったならば、出来ることはある。
そう言ってすでにその方策を打ち出し始めたケンシロウを、トキは見やる。
────存外、ケンシロウに深い想いを向けている女性は、一人とは限らないのかもしれぬな
そんな詮のないことも口に出かかったが、今言う必要も考える必要も無いことだ、と思い直しトキは口をつぐんだ。
★
そして、ケンシロウとマコトの……組手に名を借りた、限りなく実戦に近いそれが行われる。
初めにこの組手の結果次第で北斗神拳の伝承を禁ずる、と言った時に見せた、この世の終わりを迎えたかのような表情。
それ自体には一瞬胸が痛むものがあったが、年相応に感情を表に出すところを見るのが久々だったこともあり、それ以上の安心感を覚えた。
今なら、まだ間に合う。
だからこそこの戦いで、その歪みを突きつけなければならない。
自身がそう決意するのと同時。
すぅ、とマコトが目を細め戦う覚悟を決めたのを確認する。
そして。
ボッという炸裂音に近いそれとともにマコトの身体が消え、戦いが開始された。
(────強い!)
何合かの打ち合いを終え、ケンシロウは内心、戦慄する。
速度、技術、足運びのスムーズさはもちろんだが、何より戦いに臨む気迫が凄まじい。
彼女自身も、これがただの訓練では済まないものであることを察しているのだろう。
その上、バカ正直に攻めるだけでなく、詭道を以て相手の隙を作る老獪な術もすでに持ち合わせている。
しかし、その在り方は
本来あるはずの無い強さを、出来るべきではない動きを、持つはずのない少女が持ち合わせている。
そこに至るまでに少女が積んだその努力、想い。
考えれば考えるほど深まるのは『なぜ、ここまでになるまで気づいてやれなかったのか』という悔恨。
しかし、ケンシロウはそれを微塵も態度には出さず、ただただ冷静に対処し、勝利へと歩を進める。
ここで一撃をもらい、彼女が今向かう道の正しさを証明してしまうようなことがあるならば、もはや取り返しがつかない可能性がある。
故にこそマコトが抱える以上の、絶対たる必勝の気迫を以てケンシロウはこの戦いに臨んでいたのだ。
────そして、決着がついた。
強烈な一撃を受け、うずくまるマコト。
涙と反吐に濡れながら……彼女は、ケンシロウに漏らす。
『これで勝てないのなら、どうすればいいのかわからない』と。
……おそらく、彼女自身も薄々、自分が誤った道を進んでいることに気づいていたのだろう。
気づかないフリを、蓋をしていたその想いの端を、この時このタイミングになってようやく吐露できたのだ。
だから、今なら。
今でこそ、この言葉を突きつけることが出来る。
「北斗神拳は、誰かの真似をするだけの人形に扱えるものではない!」
────そこから彼女がどう考え、どう整理をつけたのかは彼女にしかわからない。
しかし翌日……水浴びをしていたのだろうか。
柔らかな朝日を少し濡れた髪に反射させながら、こちらに向かって来る彼女のその顔を見た時。
『もう、心配は要らない』とケンシロウとトキは微笑みあったのだった。
★
シンの部下にして特異な肉体を持つ巨漢、ハート。
これまでにないタイプの厄介な特性こそあったが、種が割れれば北斗神拳の敵ではない。
撃退し、階段を昇るとそこにあったものは……ケンシロウが始まる前から予測していた光景だった。
一撃による手傷こそ負っているものの、圧倒的な差を以てシンを追い詰めるマコト。
彼女自身は自分が不意をうって抜け駆けし、シンに戦いを挑んだと考えているだろうが、実のところケンシロウとしては元々譲るつもりであった。
自身が戦い、この手で復讐心に決着をつけたいという欲求は当然ある。
しかし、それ以上に彼女がもたらす、その可能性を見ていたくなったのだ。
病に冒されたトキやケンシロウに代わる……まだまだ小さな"北斗神拳伝承者"として。
そして今、彼女はあの南斗六聖拳の一人にして自分たちの因縁の相手、シンに堂々たる勝利を収めた。
……まだまだ伝承者として足りないものは多い。
この先戦う敵……特に、ケンシロウやトキから見ても本物の怪物と言わざるを得ない北斗四兄弟の長兄。
彼といつか雌雄を決することを考えると、不安要素など数え始めればキリが無いだろう。
────だが、それは。
「ケンシロウ!!」
と、シンが叫ぶ。
「この女、この世紀末の世で! 決して死なせるんじゃないぞ! 何があってもだ!」
……そのとおりだ。足りないものがあるのなら、側に付いている自分が言葉で、力で補えばいい。
だからこそ、そんな想いも込めた言葉を以て、強敵-とも-を安心させるために。
そして自分の決意を再確認するために。
ただ一言、マコトにもよく聞こえるよう力強く、彼はその言葉を返す。
「────無論、だ」
───────死なせはせん。おまえは、オレにとっても妹だ───────
★★★★★★★