人は飛ぶ事が出来ない。羽が無いからだ。
でも...でも、もし飛ぶことが出来たのなら。
今この感覚が"飛ぶ"なのなら、俺は━━━━━━━━
━━━━━━━━飛び降りたのだろう
瞼の隙間から白い光が射し込んできた。太陽ってこんなに眩しかっただろうか。重い瞼を開けば、顔のすぐ傍に懐中電灯が付けっぱなしで置かれていた。乾いた眼を欠伸の涙と共に潤すと、やっと周りの情報が視覚として手に入る。
どうやら俺は、トラックの荷台の中にダンボールと共に積められてるらしい。小屋かと思ったが、エンジン音と乗り物特有の揺れから察せられた。
「...いや人攫いかよ。いや、まず俺死んだろ?なんで生きてんだよ。アレか?これってもしかして天国への階段なのか?......だとしたら夢無さすぎたろ」
今更この身がどうなろうと気にはしないが、折角なら楽に死にたいもんだ。こういう過程はいらないから、手を一回叩いたら音が簡単に消えてしまうように命も消える方がいい。そっちのが、絶対いい。
瞬間、俺の体は大きく揺らいだ。
「うをっと」
ダンボール箱が崩れ落ちかけている。何か入っているのだろうか。俺が支えなければ落ちてたぞ...
「ヤテツ!早く降りなさい!!」
ヤテツ...察するに、俺の事だろう。いや、俺の名前は〜.........名前、名前...なんだっけ。忘れてしまった。これはアレか?記憶喪失なのか?え、何かの実験...?え、怖過ぎだろ!?
「ほーら、着いたわよ。ここがミシロタウン!そしてこれが私達の新しいお家!!」
勢いよく開けられたドアと共に引っ張りだされた俺は、この女性に首根っこを掴まれながら目の前の家に視界をやった。二階建て、なのか?お世辞にも綺麗とは言えないのだけど...いや待て。なんで女性に軽々持ち上げられてんだよ。おかしいだろ?いくら俺が身長167cmのチビだから...って、待て待て。俺の感覚がおかしくなければもっと小さくないか?10歳ぐらいの身長な気が...てか、待て待て。今なんつった?聞き間違いじゃなきゃミシロタウンって言ったよな?え、え、え?もしかしてあのミシロタウン?ポケモンの?ホウエン地方の始まりの町の?あのミシロタウン?あー、ダメだ。頭が追いつかねぇ...
「なーにポッポが豆鉄砲喰らったみたいな顔してんのよ。あー、何?町の風景?」
「え?え、あ...」
町の風景...辺りはなんだ?砂利と砂ばっか。ミシロタウンってもっと緑じゃなかったっけか。
「そりゃ隕石の被害受けてんだからしょうがないでしょ?ほら、入った入った」
「うおっとっと」
首根っこ掴むの止めてくんない?なんて言葉を言う暇もなく、俺は家の中へと連れ込まれた。
家の中にはゴーリキーが2体...色違いか?荷物をせっせと運んでいた。うん、なぜだろう。俺も目がイカれちまったかな〜。ゴーリキーの顔がピカチュウに見えちまうよ...助けて。あ、誰も知らねぇから助け求めらんねぇわ。あっはっはっは。
「2階がヤテツの部屋ね。ほーら時計合わせなさいっ!」
「てっ!!」
俺は有無を言わさずに2階の部屋へと投げ飛ばされた。なんだアイツ...バケモンか?いやまぁいい。とりあえずこの部屋が俺の部屋らしい。見たところ、ザ!ポケモン主人公の部屋!みたいな感じだな。
「こういう時は大抵PCに傷薬が...って、電源付けねぇとな」
電源ボタンを押した俺は、ふらっと部屋の中を見て回った。特におかしい所は無さそうだ。主人公の部屋と全く同じ...同じ?主人公の部屋と?つまり?もしかして?
「...俺、もしかして主人公...?」
...これは、困った。もう一度死ななきゃなんねぇじゃねぇか!ちきしょう!
あ、PC付いた。傷薬を引き出...せた。PCの隣に設置されてる機械から転移して来た感じか?...凄いな。
「うん。一旦状況を整理しようか」
脳内で言葉を発するよりも口に出した方が時間は長い。故にその言葉の重みが変わってくる。
少し落ち着いたか?えー、では状況整理会議、始めましょうか。進行は私...ヤテツが行いまする。はい。
俺のポケモンの記憶と照らし合わせると、恐らく俺は第三世代のポケモンシリーズの世界に主人公として転生させられたのだろう。トラックの荷台に揺られてミシロタウンへ辿り着く...うん。母はこんなに乱暴じゃなかった気がするが、まぁいいや。そうだ。あの母親。彼女は俺の存在が異物ではなく、当たり前のように扱っていた。俺の記憶は無いのに、だ。って事は、この身体に俺の精神が入り込んだって認識でいるのが正しいか?所謂憑依ってやつ。
うん...うん...これは夢だ。夢だな。そう思う事にしよう。走馬灯ってのがあるんだ。死ぬ間際に見る夢だってあるだろう。
「...よし決めた。旅に出て、そんで楽しむ!!」
夢の中でなら...楽しめるよな?
「ヤテツ!早く降りて来なさい!!早く!」
母さんの呼ぶ声が聞こえる。記憶が正しければ、父であるセンリのインタビューがテレビに映ってるんだったか。降りるのも面倒だが、"楽しむ"のならココはストーリー通りに行くとしよう。旅に出るまでは俺の記憶に従うべきだろうな。
ダメだ。ちょっと顔が緩んできたぞ...
「遅い!!...まぁ、結局パパは映らなかったからいいのだけれど。ウツギ博士も映ったから出ると思ったのに...」
案の定観れなかった。
...待て待て。ウツギ博士?センリとウツギ博士に何の関係があるんだ?ダメだ、頭が追いついかない。一旦リセットしよう。
「...外行ってくる」
「あー、外行くんならついでにお隣さんに挨拶して来てくれない?オダマキ博士っていうパパのお知り合いの家なの。はいこれ持ってって」
「はーい」
...自然と会話出来たな。口調は体が覚えてるのか?母親は気にしてなかったし、会話の際は何も考えずにいけばいいか。
とりあえず隣だ隣。ハルカの家に行って...なんだったか。顔合わせで終わりか?拙いな。かなり忘れている。とりあえず外へ出よう。
日差しが眩しい。気の所為か若干蒸し暑い。さっきカレンダーを見たら、6月になっていたな。そりゃ暑いわ。砂と砂利の音が耳に心地好く入ってくる。海岸にでも来た気分だ。
にしても、お隣さんって遠いな。全く家が見えねえ。そりゃゲームじゃないから距離も現実に近くなるのか。これからの旅、結構しんどくなるぞ〜?
「ん?見掛けない子だね。もしかして、今日引っ越してきた子?」
「あ?俺?」
「そうそう。初めまして、僕はスグ。よろしくね」
「あー、初めまして。ヤテツ...です」
「どうだいミシロは?驚いただろう」
「えぇ...まぁ」
「3年前の隕石落下の被害でね。ホウエン地方の殆どは復旧に勤しんでるんだ」
「へぇー。じゃ、俺用あるんで」
「用?どこにだい?」
「オダマキ博士の家へ」
「...オダマキ博士のお宅は逆方向だよ?」
...マジで?
マジか。マジだ。俺の歩いた方向の逆方向にありやがったちきしょう。しかも本当にお隣さんの距離じゃねぇか。え、俺そんな方向音痴だったか...?いや、注意力散漫なだけか。
そして遂に来てしまったかオダマキ博士宅。こういう時、普通にチャイム鳴らすべきなのだろうか?ゲームなら普通に凸るが、不法侵入とか怖いし安牌を取ろう。
...あー、ダメだ。待って緊張する。クソっ。自動進行とか無いのかよこれ。めちゃくちゃプルプルする...
「...ふぁっ!?」
あ、ありのまま今起こったことを...いや面倒だなポルポル構文。気が付いたら瞬間移動してやがった。新手の幽波紋使いか!?
...記憶に薄らとオダマキ博士の奥さんとの会話をした物がある。えっ、何これ便利...ま、それは置いておこう。恐らく、ここはハルカの部屋だな。先ずは物色...だな。うん。これは夢だ。女の子の部屋の物色ぐらい、男の子なら誰でも夢見るよな。だよな!!
「ん...PCにメールが...なになに?トレーナー講座?ポケモンが覚えられる技に限度は無く、その種族が覚えられる物ならば、一度覚えれば忘れない...?え、なんだこのシステム画期的だな」
この機能、アニポケで実装していればピカ様がボルテッカーを忘れる事も無かったのでは無かろうか...あ、ピカ様で
さてさて、また物色を...
「えっ............あの、誰...です?」
...うん。ポルポル状態でテンションが上がっていたな。これは非常に拙い。そうか、そうだな。普通自分の部屋に知らない人間がいたら警戒するわな。誰だってそうする。俺だってそうする。
「あー、隣に越してきたヤテツ。よろしく」
「...あっ、そう。君が...ヤテツ、なのか。今日越してきたヤテツ君ね。うん。私はミドリ、よろしく」
......心臓バクバク過ぎて死にそう。
いや死んだ?のだけれども。
まぁまぁ、とりあえずこの...ハルカじゃない!?ふぁっ!?どういう事だ...新手の、いやうん。まー、なんかもう考えるのやめよう。そうだそうだ。あのカーズ様だって思考放棄したんだ。
とりあえずこのミドリちゃんは警戒を解いてくれたらしい。
「...あっ、私おじさんのお手伝いで野生のポケモン捕まえに行くんだった」
「おじさん?」
「あ、オダマキ博士ね。出掛ける準備しなきゃ」
「...そうか。じゃあまた」
「うん。またね、ヤテツ君」
さて、と。このイベントはクリアしたし、上の道路へ行くとするか。俺はこのオダマキ博士宅を後にして、次のイベントへ向かった。
向かったのだけれど...
「たっ、助けてくれーーーー!!!」
あー、オダマキ博士みーっけ。
確かポケモンに追い掛けられてて、ここで俺に助けを求めんだよな。うん。分かってる。それはよーく分かってる。分かってるんだけどな。
「キャタピーから全力で逃げる大の男があるかよ」
そう。オダマキ博士はキャタピーから逃げていた。傍迷惑な大人もいたもんだな。
「そ、そこの君!助けておくれー!そこにあるカバンにモンスターボールが入ってる!」
俺の独り言は聞かれてないみたいだな。うん。悪口は人の心を蝕むから良くないんだぞ。でも聞こえてないなら結果オーライだよな。
さて、記念すべき相棒の決定の瞬間だ。どいつにするか決めて無かったなそういや。とりあえずアチャモ、てめーはダメだ。レートでボコボコにしやがってマジ許さねぇ。で、残り2匹だけど...キモリの方が好きだし、キモリだな。こっちならあの忌々しいバシャーモをぶちのめせる。
「さてと。これからヨロシクな、相棒」
綺麗に3つ並んでいたボールの一番左端を取った俺は、少しカッコつけて構えてみた。イメージとしてはAtoZの仮面ライダージョーカーだな。
小さくなっているボールの開閉スイッチを押すと、本来のサイズに戻ったこのボール。こいつを裏拳の要領で...
「投げる!!」
軽快な音と共にボールが開き、外へと出てくる俺の相棒となるポケモン。さぁ行くぞ。祝え!新たなる伝説の誕生だぁ!!
「行け...キモリ!!」
「...リプン?」
━━━━━━━━これが俺とコイツ───リープン───との出会いである。
...いや誰だテメェ