グランバニア王女異時空旅行記   作:ティムアル

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旅行前記1

 いつか見た老婆の魔女。どこか虚ろ目の彼女は抜けた歯で笑いながらこちらを見上げる。

 開いた両の手のひらを透明な珠にかざしては私と対照して何かを紡ぐ。

 

「ー―お前さん、運命という言葉を信じるかね?」

 

 

 

***

 

 

 

 かつてこのグランバニアを統べていたデュムパポス王の話題を、ここ最近よく耳にする。

 

 大魔王ミルドラースを始め、人間に対して明確な敵意を持つ魔物が淘汰されたためだろうか、民が昔話に耽るのも自然なことかもしれない。

 

 先王は決して人当たりが良かったわけではないが、勇猛で仁義に厚く、そして何より誰とでも対等な立場を築いた。

 時に着古された作業着を身に纏い、民とともに農耕や伐採に精を出す王は人々から「庶民派王」と揶揄されたり「パパス王」と親しみを込めて呼ばれたりもした。

 

 私も、一度だけ会ったことがある。祖父、いやパパス王は噂とは違い、温厚で優しそうな印象だった。

 

 祖母に向ける眼差し故だろうか、はたまた私達の願望が生み出した幻だったのかは分からないが、ひどく優しい目をしていた。私は、それだけでパパス王に対する興味が尽きなくなった。

 

 強くて優しくて頼れるだなんて、人としては完璧な存在だ。そんな人と、私は会って話がしてみたい。

 そして父は、パパス王の話になると嬉々として会話に参加してくる。童心に立ち返ったようなその瞳に、またしても心は動かされる。

 

 

 それからパパス王のことを訊いて回った。移民や子供にまで声をかけたのは、正直自分でもどうかと思ったけど。

 

……あー、そうか。道理でパパス王の話をよく聞くと思えば、全て私が蒔いた種のせいじゃないか。私が持ち込んだ話題で、皆は盛り上がっていたのだ。

 

「そっか。ははは……」

 

 思わず乾いた笑いが漏れる。笑うしかなかった。嗤うしか、なかった。

 

「ポピー、あまり夜風に当たっていると体に障るぞ」

 

 振り向いた先にいたのは、いつもの父ではなくて、緑翠の短髪を風に揺らした軽い感じの男性だった。彼はヘンリーおじさん。

 お父さんと若い頃に苦楽を共にしたとかいう話だけど、華奢な体躯にきらびやかな衣服、性格に至っても父とは正反対な人だ。

 本当にお父さんと仲良くしていたのか怪しいところではある。

 

「何か悩み事でもあるのですか、ポピー?」

 

 隣に立つ女性は母と同じ金髪だが、醸し出される雰囲気が上品というか……

 これ以上言うと母の悪口のようになってしまうので控えるが、育った環境の違いだろう、気の強いおかみさんに育てられたらしい母とは培ってきたものが違うのだ。

 

 そのマリアさんという女性は、元教団の信者で元奴隷、さらには元修道女と、なんとも波乱万丈の人生を送っている。

 まあ、さすがにお父さんには負けるけど。

 

「えぇと、火照った体を冷まそうと……すぐ部屋に戻ります。心配かけてすみません、お父さん(・・・・)お母さん(・・・・)

 

「そうか。何にせよ困ったことがあれば聞けよ? ポピーはこの国の王女だ。ラインハットの顔が落ち込んでいたら民にも影響するからな」

 

「まあ。娘のこととなると素直じゃないんですから」

 

 結論から言えば、私の目的は達成された。パパス王は、この時代で生きている。私が、過去を変えたのだ。たぶん。

 

 面と向かって憧れの祖父と話をする、そんな夢を叶える足掛かりができた。……だけなら良かったが、私はラインハットへ飛ばされ現状の通りヘンリーおじさんとマリアさんの娘となっていた。

 

 元々おじいちゃんの亡くなった原因である幼少期のヘンリーおじさん誘拐を、時を遡って解決することから私は手を付け始めた。

 

 宛はあったためそこから手段を練る……ことにしたのだろうが、どうにもそこからの記憶がない。

 

 これも歴史を変えたことによる弊害、というやつだろうか。

 

 ともかく大事態だ。私の過ちが、世界をあらぬ方へ変えてしまった可能性がある。即刻、現状の把握と原因の究明に乗り出さねば。

 

 そのためには……

 

「ポピー、お前背がでかくなったか?」

 

 おじさんの手が私の頭に伸びる。なんだろう、お父さん以外の人に触られるのあんまり好きじゃなかったけど、少しだけ安心する、かも。

 

 って、そうじゃない。まず私には色々とこの世界のことを知る必要がある。だが詮索のようなことを一人でしても怪しいだけだから、先に理解者を作っておくべきか。

 

「それに……このところ雰囲気変わったよな。遭難先でなんかあったか?」

 

「う、うん……その……」

 

 やはり、親の目は誤魔化せない。特別行動を起こしていなくても、バレてしまうのは時間の問題か。

 私は意を決した。

 

「私がこの国の王女、ポピーじゃないって言ったら信じる?」

 

「ん?」

 

 私の言葉を聞き、瞬きをする二人。理解が追いついていない、といった表情だ。

 おじさんは少しして、苦笑を浮かべた。

 

「おいおい、変な冗談はよせって。どこからどうみてもポピーじゃないか」

 

「外見は同じでも、中身が違うって言ったら?」

 

「……ふーむ。そうきたか」

 

 そして、顎に手を当ててまた考え込んだ彼。すぐには信じてもらえないだろうと睨んではいた。が、おじさんは今度は悪い笑みで私を見据えてきた。

 

「冗談にしては数日前からと随分手の込んだいたずらだが、それに乗っかるのも面白そうだ」

 

「面白そうって……」

 

 これが冗談や夢なら私の憂鬱もここにはないというのに。自業自得だけど。

 

「ええと……私はまだ何が何だか分からないのですが……」

 

 マリアさんが困惑気味に瞳を泳がせる。

 うーん、なら説明を加えたいけど、これは信じてもらえる方向で行っていいのだろうか。

 

「……じゃあ、順番に話してくね」

 

 

 表情を窺いながら、私は口を開く。

 どう伝えたものか悩ましかったが、必要なことは言い切れたと思う。

 

「歴史を変えたって……まずそこが信じられないぞ」

 

「まあ、そうだよね」

 

「だが面白い!」

 

「えぇ……」

 

 私の体験を余興か何かと捉えているんだろうか、と呟くとマリアさんが横で「昔はこぞってカジノに足を運んでいましたからね」と微笑む。何やってんだこの王族。

 

「でも、私達の娘ですもの。あなた、信じましょう?」

 

 元修道女のありがたい言葉に心が救われる。あなただけが王族の良心です。

 ただ、一言言わせてもらえば、私の言葉を信じてしまうと私はマリアさんの娘ではないことになるのだが……

 

「お前、それ信じるとここにいるポピーは俺達の娘じゃないってことになるけどいいのか?」

 

 なんで言っちゃうの!?

 あんなに優しくて暖かくて清らかな笑顔だったのに、彼は何を思ってそれを崩しにかかったのか。見えてなかったのか?

 

 と、必要なものも捉えられない目なんて不要だという決定的事実は置いておいて、先の発言で混乱に陥ったマリアさんを宥めて落ち着いたところで質問攻めにしよう。

 

「気になってたんだけど、デール王は?」

 

「デール? あぁ……二人目の母親の子か。幼い頃に死んだよ、どこぞの盗賊団に拐われてな。本当は俺が狙いだったみたいだけど」

 

「それって、お義母さんが……」

 

「ああ。仕向けたんだろうな。結局計画がバレて盗賊ごと捕まった。……さっきデール()って言ったか? そっちじゃ俺じゃなくてデールなんだな」

 

 おじさんは避けるように話題を変えた。自分を亡き者にしようとした母に思うところがあるのは当たり前だろう。

 

「うん。おじさんは光の教団っていうのに売り飛ばされて10年以上奴隷として働いていたんだよ」

 

「うわ、悲惨だな」

 

「話だとマリアさんとはその先で会ったらしいけどね」

 

「まあ。出会いというものは不思議ですね。たどり着き方は違えど、必ずこうして引かれ合う」

 

 そうだ。歴史が変わり、現在も大幅に変わったはずなのに、所々で元いた世界と似ている。

 

 いつか見た魔女に、運命を信じるか訊かれたことがある。その時はよく分からなかったが、今ならはっきりと言える。

 

 私は運命を信じる。

 

 ラインハットに生まれても、私がポピーとして存在していられたように、おじさんとマリアさんが変わらず出会えたように、大きな流れに逆らえる事実があるんだ。

 

 ならば私も、その運命と同じように抗ってみせよう。

 ラインハットのポピーではない、誇り高きこの、ポピレア・エル・シ・グランバニアが。

 

 私達に都合のいい未来を必ず手に入れるんだ。

 

 方法は……これから探すけど。

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