グランバニア王女異時空旅行記 作:ティムアル
フローラさん達と別れて私達はアルカパへ向けて北上していた。
勇者が隠れる場所といえば妖精の国あたりが怪しいが、崖に阻まれて船では上陸できない他、魔法の絨毯もないしマスタードラゴンも呼びかけに応じてくれないため今は捜索の術がない。
「ねえベネットお爺ちゃん。勇者について何か知ってることない?」
ポートセルミより出港した船の上で、私は尋ねる。ここでの世界のこと、歴史でさえ私は何も知らないと今更気づいたのだ。
「勇者、のう……生憎かつて世界の支配を目論んだ魔王を、彼の者が退けたという伝承しか知らんのですじゃ」
「そっか……」
年長者だからという理由で訊いてみたものの、あまり多くの情報を持っていないようだった。
それ自体は残念ではあるが、大昔に顕現して以来勇者の姿はなかったという情報が知れただけでも聞いた価値はあった。
その後、ベネットさんは頭を捻りながら頑張って思い出そうとしてくれたが、魔王の手先の幻影を打ち破った真実の鏡の話と、既知の事実であったためそれ以上の情報は得られずのまま。
することもないのでしばしの間甲板から広大な海を眺める。
「海が珍しいのですか? ラインハットからはあまりよく見えませんからね」
「ううん。広いなーってぼんやり思ってただけ」
「確かに。あの地平線の先にもまた海が広がっていると思うと、偉大ささえ感じますね」
「うん……」
隣で同じようにして海を眺めるピピンが、しかし手すりにも寄りかからず兵士然と立って私に同調してくれる。
よく、揺れる船上であの姿勢を維持できるものだと少し思考が逸れる。ちなみにお爺ちゃんは少し休むと言って船内に戻ったようだ。
「姫、無理をなされてはいませんか?」
「え?」
「時折、姫は思いつめたような顔で俯かれます。ご自身を責めるような、そんな表情に痛々しささえ覚えるのです」
ピピンが突然、真剣な顔でそのようなことを言うものだから私は少しの間呆けてしまった。そして、まさにそれだと言われんばかりに私は俯いてしまい、
「あはは……顔に出ちゃってたんだ」
乾いた笑いを漏らした。
「私は仕方なしに同行をお許し頂いた一介の兵に過ぎませんが、それでも姫の旅の苦悩を取り払いたい。そう思っております」
だから溜め込まずに話してほしい。ピピンはそう言った。
でも私は躊躇ってしまった。信じることが怖かったのか、懺悔が怖かったのか、正直なところは分からない。
「心配してくれてありがとう。でもこれは私の問題だから」
「……分かりました。いずれ、お話してくれることを待ち望んでおります。その時はこのピピン、親身にもただの不満のはけ口にもなりましょう」
「うん。ありがとう」
本気で心配してくれることに申し訳無さを覚えながら、私は耳に着港の準備を始める威勢のいい船員たちの声を聞いていた。
港についてさらに北上すれば、見えてきたのは私の記憶と大差ないアルカパの街並みだった。
人間界一の接客と部屋数を誇る宿屋へ向かえば、そこに母はいた。
今や若くして女将となった眼前に立つ母ビアンカは、当然のように私を接客した。
そう、私を一客として認識したのだ。当たり前かもしれないがなんだか寂しい。
そうやって気を落とした私の表情を読み取ったらしいピピンがこちらを見るが、何も言わないでいてくれた。ごめん。
母に泊まるつもりがないことを告げ、ティムアル兄さんがいないかだけ訊いたが、そもそもそんな人物知らないとの返答だった。
母と一緒にいる可能性にもかけていただけに残念である。
アルカパでは特に兄さんの情報も得られそうになかったため、一度東へ進んで次の村を目指す。
お父さんの育った村でもあるサンタローズ。第二の故郷だと、穏やかな目で父は語っていた。それ故に村が襲われたことには相当のショックだったらしい。
私もあの凄惨な様をよく覚えている。何が行われたかを想像すると少し吐き気がしたが、お父さんはその比ではなかったと思う。
復興後も何度か訪れた。まだ葉の青い草木が初々しく、だが決意を持って空へ伸びている姿が希望の象徴のようで眩しかった。
だがここにはそれがない。復興前の、いや、壊されることのなかったサンタローズがここなのだろう。清らかな風を運ぶ緑が心までも穏やかにする。
好きだ。
直感でそう思った。
「やあ、ポピーじゃないか」
大きく空気を吸い込んでいると、声をかけられる。爽やかに笑顔を見せたその男性は、逞しい肩に桑を担いで、頭に紫色のターバンを巻いていた。
「お父さん!」
「お、お父さん!? ……あはは、確かにそれくらいの歳の差があることは承知しているけど」
しまった、失言だ。
しかし父に会えたことによる喜びを抑えきれなかったのは仕方がない。その後ろで祖父がいたことで、私の興奮度にも拍車がかかっている。
「それに、君は王女で僕は農民。身分の差だってある。それでも二人で乗り越えるって誓ったじゃないか」
「ち、誓った……?」
一体、なんのことを言っているのだろう。
いや、考えれば私が知らないのは当たり前の話なのだけど、今の発言はまるで……
「まさか、忘れてしまったのかい? ああ……やっぱり下賤な者とは嫌だから全てなかったことにしたんだね……」
「狼狽するな、リュカ。王女の様子がいつもと少し違うのに気がつかないか」
祖父が鋭い眼光で父の隣に立つ。流石のお祖父ちゃんは洞察力が他人とは段違いのようだ。
「うん。雰囲気はいつもと違うけど、それでもポピーはポピーだからさ」
例え外見や性格が変わったとしても、その魂が同じなら何度だって愛せるよ、と続ける彼。
魂ってなに。
「しかしリュカ、その魂にも僅かな差が見受けられます。この方はポピー王女に限りなく近い何者かですが、私達の知っているポピー王女ではありません」
そこへ割っていったのは穏やかな口調で父を諌める女性だった。あの姿は……おばあちゃんだ。
生きている。私の家族はみんな生きているんだ。
「……本当だ。よく気がついたね、母さん」
「こういうことには長けていますからね。リュカはもう少し見る目を養うべきです」
「やれやれ、私には何のことかさっぱりだ」
父と祖母は何やら私を見ながら魂論議に花を咲かせるが、ここは祖父の意見に賛同するばかりだ。
後ろでは「姫はこんな男のどこがいいのか……」とピピンが勝手に嘆いているし、もうどうしたらいいんだろう。
うぅ……ええい! この際だ。全て話してしまおう。世界は違えどこの人達は私の家族だし、大丈夫!
「あの、お話があります! お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん!」
私が声を上げると、突然のことに三人は驚いたようだが、大事な話ならとおばあちゃんが家へ入るように勧めてくれた。
事情をまだ一切話せていないが、全て包容してくれそうな優しさに涙が出そうだ。
そして、ついでにピピンとベネットお爺ちゃん、その場にいたサンチョにも加わってもらい、私はここに来た経緯を知り得る範囲で話したのだった。
その反応はやはりというか、皆一様に驚いていた。
「ふむ……未だ理解が追いついていないがつまり、ここは本来辿るはずだった未来ではなく、家族だった私達も別々の場所で暮らしているというわけか」
「大体それで大丈夫だよ、おじいちゃん!」
「……その呼び方、慣れんな」
「僕とポピーが恋人じゃなくて親子だなんて信じられないよ」
「私としてはお父さんが恋人っていうのが信じられないけど……」
確かに結婚するならお父さんみたいな人と、みたいな考えはあったけど本当にそうしたいわけじゃない。
ただ、私がもう少し早く生まれていたら、なんて考えなくはない。結ばれたいわけじゃないけど。
そもそも親子で結婚なんかできないし……あ、でもこの世界では他人だから大丈夫か。別に羨ましいなんて思わないけど。
ここの私はお父さんにウェディングドレスを着せてもらえるのか……そっか。
「ポピー、顔赤いけど大丈夫? 横になるかい?」
「っ! 平気平気! とにかくっ、お父さんはこの世界の私とどこまでっ……じゃなくて、勇者の居場所について知っていることはありませんか?」
あ、動揺しすぎて話が飛躍した。まあ、訊きたい事でもあったしいいか。
その言葉を聞いて祖父とサンチョさんが反応を示した。そして一言ついてくるように命じられたのだった。
「ごめんピピン。これは私の問題だから」→すぐ話す(しかも他人に)
彼には件の話がそれだとは伝わってないためまだ大丈夫です。ポピーに関することは家族にも話していないですし