夢の守り人の人理修復   作:クウキ

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スランプ気味になってて別作品が進まなくなったので、それの解消も兼ねていくつか考えてた妄想を書き連ねました。
ちなみにこれ以外だと異聞帯パラダイス・ロスト、異聞帯ヘルヘイムとか考えてました


1話 旅の再来

 鳥のさえずる声。草木が風になびく音。さわやかな風。

 その全てが心地良く感じられたし、それに合わせて感じる太陽のぽかぽかとした日差しもまた眠気を誘うものだった。

 

「……いい気持ちだ」

 

 男が呟く。両脇で寝ている仲間に目をやると、二人ともまたスヤスヤと眠っていた。

 顔がにやけているので、何かいい夢でも見ているのだろうか、とも思いつつ、男自身もまた目を閉じた。

 ああ。こんな時間が、ずっと続けばいいのに。そんな彼の願いが叶えられる事はない。

 

 彼はこれから、死ぬのだから。

 

「死にたくない、か。まさか俺が、そんな事を思うなんてな」

 

 思いを馳せたのは、いつかの間違った世界。

 死にたくないという自分の想いを利用され、しかし最後には自分自身でそれを否定した。

 何故今の自分がそれを覚えているのかも分からないが、まあ、そんな事もあるのだろうと深く気に留めない。

 

 

 妙に深い眠気が男を襲う。おそらく、その「時」が来てしまったのだろうと悟った。

 死ぬことに対して恐れがないわけではない。

 しかし、間違った世界で彼は知った。

 自身が死んだあとの世界を託せる存在──自身と同じ様に、仮面の宿命を背負った戦士たちがいる事を。

 

 ならば、男に恐れはあっても悔いはない。

 思う事があるとすれば、そう。

 せめて残された夢だけは叶ってほしいものだ。

 そんな事を思いつつ、彼はまた眠りに身を投じた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──塩基配列 ヒトゲノムと確────確認でき■せ──

 

 

 

 ──塩基配列 ヒトゲノムと確認

 

 ──霊器配列 善性・中立と確認

 

 

『ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。ここは人理継続保障機関 カルデア』

 

『指紋認証 声紋認証 遺伝子認証 クリア。魔術回路の測定……完了しました』

 

『登録名と一致します。貴方を霊長類の一員である事を認めます』

 

『はじめまして。貴方は本日最後の来館者です』

 

『どうぞ、善き時間をお過ごしください』

 

 

 

 

 昔々、あるところに男の子がいました。その男の子は、自分の夢を持っていませんでした。

 

 旅をしていた彼はあるとき、ささいな事から人間を襲う怪物と戦うことになりました。

 

 彼は戦いの中で色々なものをみました。身勝手な人間。優しい人間。身勝手な怪物。優しい怪物。

 

 その中で彼は戦いつづけ、戦いが終わった後には自分の夢を持つことが出来ました。戦いの中で知り合った大切な友達の語っていた、世界一優しい夢を。

 

 ──さて、その夢とはいったいなんでしょう? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬を伝う感覚に刺激されてか、男はゆっくりと目を開けた。

 視界に映ったのは見慣れない天井と、彼の顔を興味深そうに覗きこむ白い毛の小動物の顔。

 

「何だ……ここ、どこだ?」

「フォウ! フー、フォーウ!」

 

 完全に状況が飲み込めない様子の男の顔を、小動物がペロペロと舐める。

 眠っていた自身を起こした時と同じ感触。おそらく、この存在が自身を起こしてくれたのだろうと納得した彼はゆっくりと体を起こすが、直後に首筋に痛みが走った。

 

「痛っつ……!」

 

 寝違えた時の鋭い痛みに、寝ぼけ気味の頭が無理やり刺激される。

 そこまで変な姿勢で寝ていたのだろうかと思っていると、彼に声をかける存在があった。

 

「あの、大丈夫ですか、先輩?」

 

 

 声をかけられた方を振り向く男。そこにいたのは、男より二、三歳程年下であろう少女だった。薄紫色のボブヘアで、整った顔立ちの少女。

 人形のような印象を感じさせる彼女は、物静かな声で、しかし心配している様子で彼に話しかけた。

 

「誰だ、お前」

「え、えっと、名乗る程の者ではないとか……コホン。どうあれ、質問よろしいでしょうか。何故先輩はこんな場所で眠っていたのですか?」

「……質問に質問で返すんじゃねえよ。お前、名前もないのかよ」

「いえ、名前はあるのです。あるのですが……すみません、口に出す機会がなかったもので」

「……?」

 

 少女の予想外の返答に、男はおもわず顔をしかめる。

 

「あの、失礼しました。改めて名乗らせて頂きます。私はマシュ・キリエライトと申します、先輩」

 

 マシュと名乗った彼女は、他人行儀な姿勢を一切崩すことなく男に一礼と共に自己紹介をする。「先輩」という独特な呼ばれ方に首を捻りつつも、彼は「まあいいか」と半ば無理やり納得した。

 すると、通路の奥からこちらに歩いてくる存在に気がつく。

 緑色のスーツに同じく緑色のシルクハットを被った糸目の男は、マシュを見つけると安心したような顔で彼女に近付いた。

 

「マシュ、ここにいたのか。あれほど勝手に歩きまわってはいけないと──おっと、先客がいたんだね」

「……あんたは?」

「私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人さ」

 

 自己紹介を済ませたレフは、誰にでも安心感を与える様な曇りない笑顔を男に向ける。

 それが、どこか気味の悪い印象をおぼえる。本人は社交的な面をアピールしている「つもり」なのだろうが、男にはそう感じられなかった。

 まるで笑顔という仮面の下から「警戒心」を向けられている様な。少なくとも、現時点でこの緑衣の男に対して良い印象を抱くことは、男にはできなかった。

 

「ところで君は……?」

「先輩はここで熟睡していたのです。それはもう、すやすやと」

「熟睡していた? ここで? ああ、さてはシミュレートを受けたね? 霊子ダイブは慣れていないと脳にくる。ということは、君は新人さんかな」

「……シミュレートとか、新人とか、何の事だよ」

「ん? 記憶に無いのかい? 新人さんとはいえ説明は受けている筈だが……ふむ。君、名前は?」

「俺の、名前……」

 

 一般的に、誰でも答えられる簡単な問い。そんな問いに男が答えようとしたその時。

 答えようとした男の頭を、ガン、と殴られたような気がして。途端に、声がでなくなった。

 

「! ……!! んだこれ、なんで……!」

「先輩? どうかされましたか?」

 

 いくら声を出して名前を答えようとしても、男の口から出るのは掠れた息の音だけ。だというのに、それ以外の声は何の以上もなく発声される。

 ──そもそも、自分の名前は何だったのかという疑問に至った時、男は脳内に起こっている違和感に気がついた。

 そう、それはまるで声として発しようとした単語が「頭の中から抜け落ちている」様な。

 

 その様子を見て、レフは「やはりね」と呟き、続けて言葉を重ねる。

 

「霊子ダイブが余程脳に来たのだろうね。珍しい反応だが、ありえない話ではない──おそらく一時的に記憶が混濁しているのだろう」

「……はあ」

 

 レフの説明が理解できないのは、自分が馬鹿だからなのか、それとも専門的な知識が絡んでいるからなのか。とにかく自分の脳に何かしらの負荷がかかってしまった、という事だけが男は理解できた。

 

「おい、ちゃんとその混濁っていうのは治るんだろうな? 自分の名前も分からないなんて状態、やってられるかよ」

「記憶の方は安心したまえ、ここには優秀な医療チームがいるからね。それに、君は正式にここに招かれた48人目のマスターだ。ならば……」

 

 レフはどこからか取り出した端末を開くと、それを手慣れた手つきで操作。

 いくつかのウィンドウを経由した後、男の顔写真と共に名前が表示された。

 

「ほらね。君の名前も書いてある」

「──乾、巧」

 

 乾巧。その響きに、男はどこか馴染みのある愛嬌の様なものを感じる。例えるならそう、長年使っていた道具の様な、ピッタリと手の馴染む感覚。

 これが自分の名前なのだろうと、男……否。乾巧は、確証のない確信を得ていた。

 

「しかしこれは重症だな。一度、自室に向かって休んでいるといい」

「ああ、どうにも頭が冴えねえ。そうさせてもらうぜ」

「そういうことでしたら、私がご案内します」

 

 手を挙げ、マシュが申し出る。

 それを見たレフが、興味深げに「ほう」と口に出す。

 

「君がここまで積極的に他人と関わろうとするのも珍しいね。マシュ、彼のどこが気に入ったんだい?」

「そう……ですね。強いて言うなら、人間らしいところでしょうか」

「なるほど。カルデアの人間は一癖も二癖もある人間ばかりだからね! 私も乾君とはいい関係が築けそうだ!」

「……そーかよ」

「おや、私は嫌われてしまったかな? ハッハッハ、では私は退散しようかな」

 

 

 

 その様なやりとりの後、レフはマシュに巧を任せ、彼が来た通路の方向にへと戻っていった。

 レフの後ろ姿を巧が意味ありげに見つめている事にマシュが気付くと、レフが去った事を確認して巧にそれを尋ねる。

 

「あの、先輩。レフ教授がどうかしたのですか?」

「……どうにも気に入らないんだよ、あいつ」

「はあ……?」

 

 ただ一言、そう吐き捨てられた言葉から感じられるのは不信感。

 単に相性の問題だろうか。マシュはそこまでそれを気に留める事もせず、行きましょうかと巧に告げると歩き出す。

 面倒くさそうな素振りを見せつつ、巧も付いていった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 マシュに案内された巧は、カルデアにある一室の扉の前まで来ていた。

 

「こちらが先輩用の個室となります」

「……そうか。じゃあ、俺は適当に眠らしてもらうぜ」

「お大事にしてください。では、私はこれで。またどこかでお会いしましょう」

 

 マシュは巧に大きく礼をした後、踵を返して立ち去ろうとする。

 大きな欠伸をしながら部屋に入ろうと一歩踏みだそうとして、巧はその動きを止め。通路の奥に消えようとしているマシュの方へ向き直った。

 

 

「──マシュ」

「っ、はい?」

 

 巧に初めて自身の名前を呼ばれたことに身体をビクッとさせながらも、マシュは巧の方を向く。

 難しい顔をしている巧が、言いづらそうに一言。

 

「その……ありがとな、色々」

「……はい!」

 

 一瞬の驚きの後、素直な感謝の気持ちに顔を朗らかにさせながら、改めてマシュは去っていった。

 残された巧は頭をくしゃくしゃに掻きながら、どこか恥ずかしさを覚えていた。慣れないことをしてしまったような、そんな気恥ずかしさ。

 

「……寝るか」

 

 少し考えたあと、結論はそれに至る。軽い様子の巧だが、記憶が無いことに対して思うことがないわけではない。

 しかし、どうせ自分が悩んでも仕方ない事なのだ。一時的なものであるなら心配する事もない──レフの言葉を信用したわけではないが。

 ならば今はこの眠気に従い、惰眠を貪るのが一番だろう。

 

「──は?」

「──ん?」

 

 そうして巧が部屋に入ったところで、その出会いは訪れた。

 部屋に入って第一に巧が目にしたのは、正に今食べていたであろうケーキを乗せた皿を片手にベッドで怠けている男。

 

「うえええええぇ!? 誰だ君は!?」

「あんたこそ何者だよ。ここ、俺の部屋らしいぞ」

「君の部屋? ここが? あー……そっかあ、とうとう最後の子が来ちゃったわけかぁ」

 

 肩をガックシとさせて項垂れながら「さようなら、僕のサボり場……」と呟く様子の男を、巧は呆れた様子で見つめる。

 程なくして元気を取り戻した男は、改めて巧に向き直ると自己紹介をした。

 

「ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。何故か皆からはDr.ロマンと呼ばれたりしているけどね」

「……乾巧だ。あんた、こんな所でサボってていいのか?」

「うっ、それを言われると正直色々と……そういう君はどうなんだ? 確か説明会があった筈だけど……所長のカミナリでも落とされたかい?」

「説明会?」

「あれ? 説明を受けてなかったのかな? それなら今からでも行ったほうがいいと思うけど」

「──実は」

 

 そこで巧は、自分の身に起こったらしき一連の出来事について説明した。その中には記憶喪失、マシュとレフとの出会い等のここまでの経緯も含めてある。

 全てを話し終わったあと、ロマニはどこか納得出来ない様子で首を傾けた。

 

「変だなあ。レイシフト候補として呼ばれたって事は適正が高いんだから、普通はそんな事起きないんだけど……って言っても巧君が覚えてないなら分からないか」

「正直ここがどこなのかも分からないんだが、ここはどこなんだ?」

「ああ、その説明をしておいた方がいいね。じゃあ、順を追って説明していこう」

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア。それが、巧の現在居る施設の名前だった。

 簡単に言ってしまえば、カルデアの使命は世界の未来を守る事。カルデアスと呼ばれる発明によって、未来に人類が自ら築き上げていく文明の光を観測する事で、現代の世界の存続を保障する。

 しかし、その観測結果に突如異変が起きた。それによると2016年に世界が滅びているという結果が知らされ、どうやらその原因は過去での時間の歪みにあるという事が判明した。

 

「それを防ぐために、レイシフトと呼ばれる方法で時間旅行して、時間の歪みである特異点を直しに──おーい、巧くん?」

「……頭が痛くなった。おとぎ話か何かかよ?」

「ああ、そっか。最初にこんな話聞かされたらそりゃ困るよね。しかしこれは事実なんだ」

 

 先程までの柔らかな笑みから一転、真面目な顔でロマニは語る。

 その様子からしてどうやらからかわれているわけではないらしいと巧は思うが、それならそれでこの空想じみた話に自分が巻き込まれている、という事になる。

 

「……ったく、どうすりゃいいか分からねえ」

「あはは……しかし、記憶喪失とは大変だ。僕が少し診て──うん? 通信?」

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』

 

 ロマニの腕に取り付けられた機器からの声の主は、先ほど出会ったレフだった。

 彼からの要請を聞いたロマニは、どことなく焦った様子で話す。

 

「やあレフ。何かあったのかい?」

『Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下数名に若干の変調が見られる』

「なら、麻酔をかけにいこうか」

『急いでくれ。いま医務室だろう? そこからなら二分で到着できるはずだ』

 

 レフからの通信は切れた。

 同時に、巧の容赦無い言葉が飛びかかる。

 

「ここ、俺の部屋だぞ。 俺は知らねえからな」

「あわわ、何も言わないでくれよ……僕たちは友達だろう?」

「勝手に俺の部屋をサボり場にしといて、友達ヅラするんじゃねえよ」

「ガーン……うう、酷いぞ! 何も言い返せないけど!」

 

 不機嫌そうにしながらバッサリと切り捨てる巧に、ブーブーと抗議するロマニ。

 

「と、とりあえずミッションが終わった後にでも、医務室に来てくれよ。ここで会ったのも何かの縁だ、今度は僕からケーキを──」

 

 そしてそれは、唐突に起こった。

 

「……停電か?」

「まさか、カルデアで停電なんて……!」

 

 突然二人が居た部屋の電気が消える。そして次の瞬間、爆音がどこかで鳴り響く。その少し後に、薄暗くなった部屋に警報が鳴り響く。

 記憶のない巧にも分かる。それは、危険を意味するものであると。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました』

『中央区核の障壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから避難してください』

 

「今のは爆発音か!? 一体何が起こっている……!?」

 

 薄暗かった部屋は、警報と共に光るサイレンのライトで真っ赤に照らされている。それは正しく、今の状況を表しているのだろう。

 腰掛けていたベッドから立ち上がり、驚愕を浮かべると共に焦るロマニ。その横で、巧は一つの事が気がかりになっていた。

 またどこかでお会いしましょう。そう自身に告げた、彼女の事を。

 

「ッ──!」

「巧くん!? おい、どこに行くんだ!」

 

 居ても立ってもいられず、巧は駆け足で部屋を飛び出した。

 ロマニの静止が聞こえる気がしたが、そんなものを聞いている余裕はなかった。

 

「、はぁ、はぁ……!」

 

 息が切れそうな事などどうでもいい。

 困っていた自身を助けてくれたあの少女の事が頭から離れない。見捨てる事など出来るはずがなかった。

 ああ、そんな事出来る筈がない。目の前で誰かが傷付くのを、優しい面を秘めている彼は嫌う。

 少なくとも「今」の乾巧とはそういう人間なのだから。

 

「フォウ!」

 

 今尚全速力で走っている巧の前方から、小さな影が鳴き声と共にこちらを呼んでいるのを見つけた」

 わしゃわしゃとした白毛の小動物。巧が目覚めた時にいたのと同じ動物だった。

 

「お前……!」

「フォウフォーウ!」

 

 小動物が座っていたのは、とある一室の扉の前。小動物が示していたのも、何となくここの様な気がしていて。

 とりあえず入ろうと、巧が扉を開けた先に待つのは──地獄だ。

 

「──」

 

 今なお広がろうとしている火災。崩れた瓦礫。ちらほらと見える、瓦礫の下敷きになった人影。

 部屋の中央に鎮座する赤い球体。あれが、話に聞いたカルデアスなのだろう。

 

「おい! 誰かいないか!」

 

 精一杯巧が叫んでも、返事はない。ここにいないだけなのか、それとも──犠牲になったのか。後者を選びたくない巧は、夢中で火中に踏み入った。

 

「くそ、熱……!」

 

 自分が本能的に苦手なものなのだろうか。何となく火からなるべく離れつつも、巧は辺りを探す。

 

「……おい!」

 

 そうして、彼は探し求めていたものを見つける。頭部からは血を流し、巨大な瓦礫に下半身を覆われたマシュを。

 それを目撃した瞬間、彼の中で何かが壊れた気がして。無我夢中で、マシュに駆け寄った。

 

「あ、せん、ぱい」

「しっかりしろ!」

 

 血相を変えた巧が、励ましの言葉と共に瓦礫を持ち上げようとする。

 しかし、現実は非常だ。あまりにも巨大な質量を備えるそれは、巧の腕力を持ってしても持ち上がる事はない。

 

「……いいんです。私は、助かりませんから」

「うるせえ、黙ってろ!」

 

「自分を助けた少女を助けられない」自分への苛立ちから、思わず出る非情な言葉。

 荒い口調を恥じつつ再度思考。どうすれば助かる。どうすれば持ち上げられる。

 ──無理だ。そう結論が出たことには、何の不思議もなかった。

 悔しさから瓦礫を掴む手に力がこもり、血がポタ、ポタと地面に垂れる。

 

「クソ……!」

『中央障壁 封鎖します。館内洗浄開始まで あと 180秒です』

「あ……しまっちゃい、ました。これじゃあもう、外には」

 

 少女の悲観の表情に、悔しがる巧はどうしてやる事もできず、ただ目の前で立ちすくむしかなかった。

 その内、マシュの前で座り込む。俯く顔をマシュが覗きこむと、ただひたすらに悔しそうな表情が伺えた。

 どれほどの時が立ってからか。ポツリと、巧が喋り始める。

 

「……今の内に言っとく」

「え……?」

「借り、返せなかったな。悪い」

 

 何の事なのか一瞬マシュには理解出来なかったが、すぐ後に先ほど礼を言われた事だと察する事が出来た。

 そんな事を気にする必要はない。そう口にしようとしたマシュだが、一瞬口を噤んだ後に一言。

 

「……あの、では、一つだけ」

「なんだ」

「手を、にぎって、もらえませんか……?」

「……」

 

 一瞬考えたあと、自身を見上げるマシュの顔を見た巧は何も言わずに手を伸ばした。

 

「せんぱいの手、ゴツゴツしてますね」

「……男だからな」

「そういう、ものなのです、ね。しらなかった──」

「……ッ」

 

 安心した表情のマシュの目が、どんどんうっすらと閉じていく。

 声をかけてやるべきか、巧が迷ったその時。

 青白い光が、彼らを包み込んだ──

 

『全工程完了。ファーストオーダー実証を開始します』

 

 


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