まあ青バーにならない程度に頑張ります。
◇前回のあらすじ
じゃあもう一回だけ説明するね!
僕の名前は灰田 満、どこにでもいるヴィジランテの一人。
一般的な家庭に生まれた一般転生者、特典がスパイダーマンの個性だと思っていたら、鉄を纏う個性が発現しちゃった。
親に見られて個性届も出されたよ!(ヤケクソ)
スパイダーセンスで事件の発生が分かるから、学校の日でも悪事を倒すぞ!
始業式の日から出勤だ!イクゾ!
以上あらすじ終わり
思わず気が緩む春の気候、一昨日の雨からは燦々と太陽が顔を隠すこともなく、
時間にすると、太陽が真上からわずかに傾き、早いところならもう学校が終わって学生が帰路につきはじめたころだ。
「きりーつ、気を付けー、礼。」
言葉にはしなかったが「はい解散」とでも言いたそうな口ぶりで、日直の少年が帰りの挨拶を済ませた。
ガタガタと椅子が乱暴に直される音と、若干幼さが残る話し声がドッと湧き出し、教室の扉がガラリと開けられる。
学校で予定されていた時間ギリギリだったとはいえ、虫の知らせ――スパイダーセンス――が何かを訴えてから二分とそこら。あの後帰ってきた先生によりクラスが解散し、教室から階段を降り、下駄箱に手を突っ込んで靴を取り出すと、続々と流れる生徒に混じって僕は驚くほど速く学校の外へ抜け出した。
…勘違いされそうだから訂正、下校を始めた。
これでも学生の身として早退と欠席はなるべく避けているのだ…そう、なるべく。
どうも昼間からやらかす人が時々いるので、成績面においても僕は凡人極まる結果に落ち着いている。
なにがどうして白昼堂々と犯罪をしてしまうのか、なぜこう昼間から
特に最近回数が増えてきて、ヒーローさんサボってない?…とか、少し不安になっていたりいなかったり。
――平和の象徴がいるのに僕が出向く余地があるってダメじゃない?
というのは僕の率直な意見。
「灰田、じゃまた明日な」
「また明日」
さも退屈そうに装いながら街の方へ。
外はぽかぽかと日が差し、ぬるま湯に浸かったようなじわりと染みる温かさと、煌々と光る太陽の下、ベランダに布団がだらりと干さっていた。
人影は中年から老…もといお年を召した人が多く見受けられて、しわくちゃな顔に穏やかな表情を浮かべた人々が、やれゲートボールがどうのこうのと和やかな談笑に勤しんでいる。
まあ「個性を使ったゲートボール」らしく競技内容は和やかではなさそう…なんで球技の話題で『爆発』なんてワードが飛び交っているんだろうか。
その足元を数羽の鳩がパンを求めて回っている…
と、そんなどうにも気が抜かれる具合の、不穏な影を毛ほども感じられない平和そのものという時間の中でも、ボクの直感に誰かが呼んでいるような漠然とした不安がしんしんと響いていた。
不安といっても、絶え間なく響くそれが『一説によれば未来予知』、感覚の鋭敏化もあるいはその一環かもしれないが――要は第六感によるものであるのだから気が気ではない。
スパイダーマンの第六感もとい『スパイダーセンス』は、感じ取る距離も強さもその振れ幅は体調による所が大きく、作品によっても違うスパイダーセンスがボクの場合、人の悲鳴のようなものがよく聞こえた。
つんざく異変は吉報を運んではこない。
身の危険と違って相変わらず曖昧なこれが示すのは、交通事故か、火事か、はたまた殺人事件か。
残念ながらそこがとんと分からないが、何れにしても枕を高くして眠れなくなるだろう危機に違いない。
それも「感知できる距離で」という注釈付き。
手の届く場所で不幸が生まれるなんて冗談にもならないし、前世で言うところいわゆる『後味が悪いものを残すぜ(?)』である。
(それはちょっと嫌だ)
動機なんてそんなものだけど、結局ボクはそのために街に赴いたわけだった。
小石を蹴りながら歩く子供達を横目に、適当に
赤を基調に青の混じる下地に、蜘蛛の巣が広がるような黒い線が走った分厚い
手首の付け根あたりを少し引っ張って指先をスーツの端まで、全身の圧迫感と引き換えにとりあえず見てくれはすっかりスーパーヒーローだ。
…中身はともかく。
「よっ、と」
流れ作業でシュルと糸を適当なところに伸ばし、引っ張っていつも通りワイヤ線のように強い張りを確認する。
『安全第一』なんて誰が言い出したのか知らないけど、大賛成…うん、強度よし。弾性よし。僕自身体調も悪くない。
「隣の客はよく柿食う客…よっし完璧」
口もよく回るし、加えて空だって機嫌を悪くはしなさそう。
コンディションは抜群。
「パパっと終わらせよう」
呟き、赤い影が壁を蹴って空へ跳び上がる。
スウィングで空を切り、道を横切りビルを跨いで直感の導く方向に進む。
手に握った糸をグイと引き下げれば、その分振り子の軌道を内側にグンと加速できるのだ。
することは簡単で、体を捻ってギリギリ狭い場所に体を通したり、信号機を蹴って高度を稼いだり、アクセルをベタ踏みしたような加速をしながら街を横断する。
そしてしばらくの後、トンとなるべく音を消しながら光照らす屋上の縁に足をかけた。
瞬間的にビルの上から見下ろせば、ビルの根本は丁度周りの影になっているのか、こんなに日差しが明るい日なのにもう暗闇に沈んでいる。そこの中に大きな異形型と壁に頭を預けながら倒れ伏した少女がおり、現場はココと見て間違いなさそうだ。
眼下の行き止まりは何と言い表せばいいのか、典型的なヴィラン犯罪の現場っぽいというのが大雑把な印象で、暗くてよく見えてはいないが、殺気立った擬人化アメンドーズは見るからにヴィランというしかない姿だ。
トンだ輩なのか、感情の薄さが脳無を思わせる。
埃がいくつかついている、しかし全体を見ても
(あっちがヴィランじゃないかな)
という考えが薄れることはなかった。
なんとなく間違っていない
状況的にも…異形は少女にのしのしと近づいて覆いかぶさるような姿勢で、少女の頭に向けて大きな手を伸ばしている。
少女の方は意識が消えかかっているのか、呆けたような様子で目が泳いでおり随分と眠そうだ。
…どうやら、思ったよりギリギリだ。
(次はもっと早く…)
思考を巡らすうちに次第に慣性で前方に身体が持っていかれ始める。
結構ついていた速度を膝で大きく弱め、
随分遅れてしまったが…しかし間に合った!
「暗い所は目が悪くなる、よっ!」
軽口とともに影へ飛び込み、側頭部に思い切り踵を叩きこむ。
ヴィランが「ナンだお前」と台詞を言い切るか否か、張り裂けんばかりの衝撃音が鳴り響き、巨体が浮かび上がった。
ぐわりと上体が泳ぐ姿をマスク越しに眺めている。
◇SideOut
その街には、一本の裏道があった。
昔からある建物がそのまま残った一部で、バイク一つがやっとこさ通り抜けられそうなその道は、日が真上から少し傾いたころにはぎゅう詰めに並ぶビルから仄暗い影が注がれている。
いや、道というよりビルの隙間と表現するほうが良い。ともかく暗く、しんと静まり返った場所だった。鼠が足音もなくちょろちょろと駆け回っては、溶けるようにどこか暗闇へ紛れて消える、人の影がないということからも道と言うにはふさわしくない。
そんな場所である。
見ているとなんだか地面にぽっかり空いた穴を眺めているような気分になる、妙に不気味な場所だった。
ただ凡庸な街の一角なのだが、手前から奥まですっかり見渡せるように見えるそこの脇、よくよく見れば小さなくぼみが存在し、そこから葉脈のようなか細い通路が一本だけ続いている。
――そこにあると思って見なければ凹みにしか見えないようで、なんだか妙に認識しづらい。
そこから絡み合うパイプを何度かくぐったり乗り越えて細い道をいくと、あるところでぷつりと管が消えて一際暗闇の深い空間に出た。
コンクリで四方を囲まれた縦横で十数メートルはある広場で、少し駆け回ることぐらいできそうな、そしてほんの小さな抜け道が唯一出入口である行き止まり。空は四角に開けていたが、四方を取り囲む灰色の荒んだ壁には指先をかけるちょっとした凸凹もないため、出入りには使えそうもない。
そもそもの人通りの少なさにくわえて、まず普通に暮らしていれば気が付かない場所、空からも見えづらいそこは事実上の密室だった。
ものの見事に人の視線から隔離されたそこは今まで訪れる者もおらず、よほどな個性か不運の主でもなければ迷い込むこともなく。
表に出ようにも出られない日陰者であったり、免許を持たぬまま個性を使おうとするような人目を避けたい者。一部の人間にとっては都合が良い。
ヒーローの姿もない奥まった場所ともなれば、ここで起こる事柄が碌なことになるはずもない。
いつ犯罪があってもおかしくない火薬庫だった。極論、火種が入り込めばいつでも事が起こる地雷である。
その在り方はこんな平穏の日でも変わらないはず。
例えばヴィランに追われて運悪く迷い込んだりしたりすれば、それは堪ったものではないだろう。
事実、眼前に屹立する灰色の壁は、正しく"私"へ絶望を植え付けるには十分だった。
(行き止まり…!?)
走って乱れた呼吸が止まるような錯覚に見舞われて、今の今まで止まっていた冷汗がドッと噴き出した。
薄暗闇の中見上げたまま頭が真っ白に染まっていく感じ。
痛い程熱くなった心臓と死ぬほど血の気の引いた体で、肩で無理やり息を詰め込めば、空ぶるように苦しさだけが増していく。
「冗談、きっつい…」
口から零れた言葉はまさしくその通り、胸の内をジュクジュクと侵食する心象を言い表していた。
身に覚えのない理由で追われて、ヒーローにも会えず、逃げた先が行き止まりなんてツイてないとか笑い話じゃ済まない不幸だ。
きっと私は今ひどく怯えた顔をしているだろうなんて、どうでもいい考えだけがグルグル回っていた。
痛みを訴える腕を抑えながら、ただグルグルと無為に回る。
(だめだ、どうにかしないと…)
逃げなければと、なんとか出した思考は既に無駄なもので
「みぃつゖタ」
その背後にはもうソイツは来ていた。
びくりと肩が跳ねて、声に弾かれ振り向いた先、行き止まりの入り口に手をかけた追手は3メートルを優に超える異形のヴィランだった。
頭がマイクのような鈍色の球体で、網目が張り巡らされたそれは肩幅よりも大きく無機質に。そのくせソレを支える首から下は骨の形状が浮き彫りになったみたいにヒョロリと細くて、まるで蜘蛛みたいに長い手足がだらりと地面に伸びている。
この細い道で擦ったのかところどころ皮が剥げかけているのに、気にした様子もなくゆっくり動くソイツは…見た目で判断するべきではないけど如何にもヴィランとして人から逸脱した姿で、
(前世でフロム患者であったなら、まず間違いなくアメンドーズを思い出すだろう不気味な姿だった)
薄暗闇と相まってその不気味さに拍車をかけている…神話の怪物だってああもおどろおどろしい姿をするものか。
ソレが細い道にあちこちをぶつけながら、ぬらりと顔を出し、腕が痛む気がした。
「たのしいなァ?タのしイよナァ?なあ、ナア?」
ぶつぶつと身じろぎ一つせず言葉を垂れ流している姿が堪らなく恐ろしくて、もつれる足で無意識に一歩後退った視界が、見上げる巨体からあっという間に掴まれた。
一歩踏み出し思い切り伸ばされただけの手に距離が喰い潰されたのだ。
それを認識しきる頃には頭をまるごと、脳の奥まで突き刺さる酸っぱい腐臭と、眼球の先数センチもない荒れた手のひらからすっぽり頭の後ろまで指が回っていた。
黒く変色を始めた肉片にえづくような悲鳴が漏れ出て、乱雑に引っ掴まれた頭から粟立ちが走る。
瞬時に力が加わる指からザクロが潰されるようなイメージが過り、痛みで上がるべき叫び声が恐怖で喉元につっかえた。
明確な死の気配。
時間の流れが緩まるような錯覚。
――いやだ。
そんな願いも声にはならなかった。
それでも鋭い鈍痛に空回る頭で咄嗟に使った個性は効果てきめんで、途端に「ギゃっ!」と悲鳴とともに放り投げられる。
平衡感覚がすっかり消え失せたかと思った次の瞬間には、硬い地面が背中を打ち付ける激痛に肺の空気が軒並み口から零れ落ちた。
体が軋む音が聞こえる最中を何度かバウンドして壁にぶつかった。
全身を駆け巡る痛みに微かに身を捩じると、後頭部を打ち付けたのか目が眩み始めた。
バチバチ視界が明滅して、世界が回った。
…だんだん何もかもが朦朧と。
身体が動かない、声が出ない、頭の後ろから熱が流れ出る…
(あ、意識が、切れ――…)
――死にたくない!
意識が暗闇に落ちる寸前に私が見たものは、私に覆いかぶさろうと伸ばしたヴィランの手のひらと…その指の隙間から覗いた赤い蜘蛛。
「暗い所は目が悪くなる、よっ!」
衝撃音が鳴りひびき、同時に意識はすとんと暗闇に落ちた。
はい。