しんのすけと紗耶香がカフェで話してから数日後、放課後の風紀委員本部に達也としんのすけの姿があった。しんのすけは備品のソファーに寝転んで携帯端末でビデオ鑑賞、そして達也はパソコンに向き合って高速タイピングで文章を書き連ねていた。
いくら2人が風紀委員だからといって、別に毎日本部に寄らなければいけないわけではない。本来ならばオフのはずだった達也は、図書館にて魔法科高校でしか閲覧できない非公開資料を読む予定だったのだが、途中で摩利に捕まり「新入生勧誘期間の報告書を仕上げたいのだが、どうしても外せない用事ができたから代わりに作ってくれ」と頼み込まれてしまったのである。
仕方なく本部に来てみれば、既にしんのすけが部屋にいて現在のようにソファーに横になっていた。おそらく達也と同じように摩利に頼まれたから来たものの、まったくやる気が起こらずにサボっていたのだろう。最初は彼も手伝わせようと思っていた達也だったが、彼が報告書を纏める能力に関しては壊滅的だと知ると1人でやった方が早いと結論付けて現在に至る、というわけだ。
「そういえば、しんのすけ」
「んー?」
そろそろ報告書作りも仕上げに入ってきた頃、ふいに達也が画面から目を離さずにしんのすけに呼び掛けた。そしてしんのすけも同じように、携帯端末から目を離さずに返事をした。
「先日、カフェで壬生先輩から勧誘を受けたそうだな」
「みぶ先輩? ……あぁ、紗耶香ちゃんのことか。それがどうしたの?」
「そのときの会話を
達也の言葉を受けてそのときのことを思い出したのか、しんのすけが「あー……」と何とも要領を得ない声を漏らした。
「何か差別がどうのとか言ってたゾ……。何を言ってるのかよく分からなかったから、ほとんど憶えてないけど」
「レオ達から大体の内容は聞いた。――そこで、しんのすけの耳に入れておきたいことがある」
達也はタイピングしていた手を止めると、椅子を回転させてしんのすけへと向き直った。
「反魔法国際政治団体“ブランシュ”――という名前に聞き覚えがあるか?」
「全然」
実に簡潔なしんのすけの返事に、達也は予想の範囲内とばかりに頷き、説明を始めた。
ブランシュとは、魔法師が政治的に優遇されている行政システムに反対し、魔法能力による社会差別を根絶することを目的に活動する反魔法国際政治団体である。スローガンとして“社会的差別の撤回”を掲げ、魔法師の所得水準が一般より高いことを非難し、市民活動と称して様々な反魔法活動を行っている。
とはいえ、実際には“魔法師が政治的に優遇されている”という事実は無い。確かに魔法師を輩出する家系の中には強大な権力を有している場合もあるが、それは権力と引き換えに様々な“義務”を請け負っているからである。そしてそういった後ろ盾の無い魔法師はまるで道具のように使い潰されることが多く、むしろそれに対して非人道的だと非難の声があがっているくらいだ。
いや、ブランシュの正当性についてはこの場では横に置いておこう。問題はこのブランシュが警察省公安庁にも厳重にマークされているほどに危険な団体であり、そして幾つかの下部組織が存在しているということである。
「下部組織の1つに“エガリテ”というものがある。政治色を嫌う若年層を中心に構成された組織だ。――そして俺は先日、そのエガリテに所属していると思われる生徒を目撃した」
「…………」
しんのすけからの返事は無かったが、達也は気にせず話を進める。
「新入生勧誘期間中、俺は一科生と思われる生徒達から何度も嫌がらせ紛いの攻撃を受けてきた。大半は取るに足らないやっかみみたいなものだったが、その生徒の中に、白い帯に赤と青のラインを縁取ったリストバンドを付けている者がいた。――エガリテがシンボルマークとして掲げているデザインと一致する」
「…………」
「もちろん、それだけでエガリテの存在を立証することはできない。しかしこの前、しんのすけが壬生先輩に勧誘されたときのことをエリカ達から聞いて疑惑が深まってな、昼休み中に七草会長達から事情を聞いてみたんだ。――そしたら会長達も既に、校内にエガリテらしき組織の工作員が紛れ込んでいることを知っていたようだ。色々な事情があって、情報規制されているようだがな」
「…………」
「実はこの前のカフェでの会話を盗み聞きしている奴がいたらしくてな、エリカ達が学校のホームページとかを虱潰しに探していたら、どうやらその内の1人が剣道部主将の
「…………」
「しんのすけ?」
いくら何でも返事が無さすぎることを訝しんだ達也が背を伸ばし、しんのすけの顔を覗き込む。
「くかー」
「…………」
間抜け面で眠りこけていたしんのすけに、達也は口を引き結んで立ち上がり、つかつかと彼の眠るソファーへと歩み寄った。
そして彼の眠るソファーを、思いっきり蹴飛ばした。その衝撃で彼の体が一瞬だけ宙に浮き、すぐにボスンとソファーに沈み込んで彼の目を覚まさせた。
「うおぉっ、何だ何だ! 地震? 雷? 火事? オヤジ?」
「心配するな、地震でも雷でも火事でもオヤジでもない」
慌てふためいて辺りを見渡すしんのすけに、普段よりも低い声で達也が答えた。
すぐに達也が何かしたことを悟った彼は、唇を尖らせて不機嫌をアピールしながら、
「んもう、達也くんは話が長すぎるゾ。つまり何が言いたいの?」
「……壬生先輩の勧誘を断ったくらいで、そいつらがおまえを諦めるとは考えにくい。もしかしたら強硬手段に出るかもしれないから、しんのすけもそれとなく注意していてくれ。特に剣道部に関わっている奴らは念入りにな」
「ほいほい、分かったゾ」
どうにも投げやりな返事に一抹の不安を覚える達也だったが、特に身の危険を感じたわけでもない現状ではしんのすけの反応も止む無し、と達也も考えている。叔母である四葉真夜からしんのすけの力になってほしいと頼まれた(もとい命令された)のでなければ、わざわざ忠告することも無かっただろう。
なので達也はそれ以上何も言わず、報告書を仕上げるためにパソコンへと戻っていった。
と、そのとき、携帯端末の震える音が微かに聞こえ、達也は再びしんのすけへと目を向けた。
しんのすけは端末を取り出して画面をジッと見ていたかと思うと、恐ろしいスピードで立ち上がって部屋を出ていこうとする。
「どうした、しんのすけ? 急ぎの用か?」
「まぁね! じゃ、そーいうことで!」
普段マイペースな彼らしくない機敏な行動に、達也は無表情ながら首を傾げた。
* * *
「ごめんね、しんちゃん。放課後なのに急に呼びつけちゃって」
「全然気にしてないゾ! 遥ちゃんのためなら、火の中だって水の中だって駆けつけるゾ!」
達也からブランシュの話を聞いていたときよりもあからさまにテンションの上がっているしんのすけの返事に、保健室の主であるカウンセラーの女性・小野遥はニッコリと柔らかい笑みを浮かべた。それなりに美人であり、そしてそれ以上に愛嬌のある顔立ちは、男子生徒の中で秘かにファンがいるほどだ。
そして何より現在の彼女は、スーツのボタンが胸元まで開けられて意外にも豊満な胸の谷間がよく見え、しかもスカートは膝上までのかなり短いものなのでストッキングに覆われたスラリと長い脚が惜しげも無く披露されている。さらに彼女はその長い脚を組み、少し屈めばスカートの中が覗けるのでは、と思わず妄想を掻き立てられる姿勢で椅子に腰掛けている。
間違いなくそのせいだろうが、しんのすけはそれはもうデレデレになっていた。それこそ、それを狙ってやっていた遥が若干引き気味になるくらいに。
「ねぇねぇ遥ちゃん! もう今日は仕事が無いんでしょう? オラと一緒に、オシャレなレストランでディナーでも食べようよ!」
「うふふ、それも魅力的だけど、今日はカウンセリングとしてあなたを呼んだのよ」
「カウンセリング?」
首を傾げるしんのすけに、遥は頷いて一旦脚を組み替えた。
当然ながら、その脚の行方をしんのすけはバッチリ目で追っていた。しかし彼自身はそれを全然隠そうとしていないので、一周回って嫌らしさをあまり感じない、と思われる。
「生徒のみんなの精神的傾向は、毎年変化しているわ。例えば3年前の佐渡侵攻事件での勝利以降、一人称に“自分”を使う生徒が増えたようにね。そうやって社会情勢の変化が生徒のメンタリティにも影響を及ぼすから、毎年度新入生の生徒の中から1割くらい無作為に選んで、カウンセリングを受けてもらってるの」
「えぇっ? つまりオラは、色んな生徒の中の1人に過ぎないってこと? そんなぁ! せっかく遥ちゃんの特別になれたと思ったのにぃ!」
「ごめんね、しんちゃん。ある程度の数を診ないと、ちゃんとした結果が出ないから」
困ったように両手を合わせて頭を下げる遥に、しんのすけは「んもう、仕方ありませんなぁ」と残念そうに言った。
そんな遣り取りを交わした後、カウンセリングが始まった。当たり障りの無い質問から少し踏み込んだ質問まで、答えようか迷う素振り込みで観察しようとする遥だが、しんのすけは彼女からの質問に一切躊躇無く、しかも正直に答えてみせた。
「はい、それじゃ質問は以上です。こんな時間まで付き合ってくれて、ありがとうね」
「お安いご用だゾ、遥ちゃん! またいつでも呼んでね! もちろん、カウンセリングじゃなくてお食事のお誘いでも全然オッケーだゾ!」
「ありがとう。――ところでしんちゃん、これはカウンセリングとは関係無いんだけど……」
「おっ、どうしたの?」
口元に手を当てて内緒話をするように身を乗り出す遥に、しんのすけも自然と身を乗り出して彼女に顔を近づける。
「2年生の壬生さんとカフェで痴話喧嘩したって噂があるんだけど、本当なの?」
「チワワ喧嘩?」
「痴話喧嘩。恋人同士でやる喧嘩ってこと。んで、どうなの?」
「恋人ぉ? 全然違うゾ。オラ、子供には興味ありません」
「子供って、あなたよりも年上――あぁっと、それじゃ、壬生さんとはどんな会話をしたの?」
遥の質問に、しんのすけは「どんなって言われても……」と前置きして、
「オラが剣道やってたときの話とか、この前紗耶香ちゃんを助けたときの話とか……。あぁ、後は、一緒に差別がどうのこうのって……」
「差別? それってもしかして、一科生と二科生の確執のこと?」
「うん、そんな感じだったゾ。――んもう、遥ちゃんも達也くんも、なんでそんなことをそんなに気にしてるの?」
しんのすけの口から飛び出した“達也”という単語に、遥の肩がピクリと跳ねた。
「達也くん? それって二科生で風紀委員になった、司波達也くんのことかしら?」
「うん、そうそう。ついさっき達也くんとその話になって、達也くんから『剣道部の人達に気をつけろ』って言われたんだゾ」
「……へぇ、どうして?」
「何だっけ? えっと、ブラジャー? 江頭? 確かそんな名前だった気がするゾ……」
「ひょっとして、“ブランシュ”と“エガリテ”?」
「おぉっ! そんな感じの名前だった気がするゾ!」
パンッ! と手を叩いて「それだ!」とばかりに指を差すしんのすけに、遥は口角を上げてニッコリと笑みを浮かべた。しかし口元に反して、その目は何か獲物を狙っているかのように鋭さを残している。
もっとも、遥の魅力にデレデレのしんのすけがそれに気づくはずもないのだが。
「うん! ありがとう、しんちゃん! とっても助かったわ! また何かあったら呼ばせてもらうわね」
「おぉっ! 寂しくなったら、いつでも呼んで良いからね! 待ってるゾ、遥ちゃん!」
しんのすけは大きく手を振ってはしゃぐように飛び跳ねながら、上機嫌で保健室を後にしていった。その仕草はまさに、そのまま体を小さくすれば幼稚園児そのものに見えることだろう。そんな彼が部屋からいなくなったことで、先程までの喧騒が嘘だったかのようにシンと静まり返った。
そして彼がいたときは常時ニコニコと笑っていた遥が、今は真剣な表情で口元に指を添えて何やら考え込んでいる。
「司波達也くん、か……。まさかエガリテの存在に自力で辿り着く高校生がいるなんて……、これはちょっと注意が必要かしら……?」
そんなことを呟いた後、遥は机の上に置いていた携帯端末へと手を伸ばし、
こんこん。
それを掴みかけたそのとき、保健室のドアを軽くノックする音が聞こえた。
「小野先生、まだいますか?」
「えぇ、まだいるわよ。入ってきて」
ドア越しに掛けられた遠慮がちな女子生徒の声に、遥は即座に先程までの柔らかい笑顔に戻って返事をした。
それを受けて、ドアを開けて1人の女子生徒が「失礼します」と言って中へと入ってきた。艶のある黒いおかっぱ頭に同色の大きな瞳、そしてそれを囲む赤縁の眼鏡、そして制服にはエンブレムが無いことから二科生と思われる彼女に、遥は内心「こんな生徒いたかしら?」と訝しむ。
しかし彼女はそれをおくびにも出さず、目の前の椅子を指し示し「どうぞ、座って」と声を掛けた。女子生徒は小さく頭を下げて、その椅子へと静かに腰を下ろす。
「それで、今日はどうしたの? 何か悩み事があるのなら、遠慮無く私に言って」
「はい、分かりました。――さっきここで先生が話してた男子生徒のことなんですが」
「野原しんのすけくんのこと? 彼がどうかした?」
先程までは彼のことを“しんちゃん”と呼んでいた遥だが、他の生徒の手前、今はフルネーム呼びである。
しかし彼女は、クスリと笑い声を漏らし、
「小野先生、さっきまで“しんちゃん”って呼んでたじゃないですか。今更誤魔化さなくても大丈夫ですよ」
その瞬間、遥の両目がスッと細められた。
「……あら、盗み聞きしていたのかしら? おかしいわね、ここは他の部屋よりも特に防音対策をしっかりしているはずなのに。カウンセリングでは他人のプライベートに深く関わることもあるんだから、あまり盗み聞きしたらその人が可哀想よ」
「ごめんなさい、これが私の“仕事”なんで」
「……仕事? どういう意味かしら?」
「別に、そのままの意味ですよ。あなたも同じでしょう、小野遥先生? いや――
――“ミズ・ファントム”」
「――――!」
その瞬間、遥は勢いよく椅子から立ち上がって彼女から距離を取り、警戒心を顕わにして構えの姿勢を取った。その表情はつい先程までの“カウンセラー・小野遥”とはかけ離れた、まるで様々な修羅場を乗り越えてきた歴戦の兵士のような雰囲気を醸し出している。
そしてそんな彼女の変わり身の早さに、女子生徒はショーでも観るかのようにパチパチと拍手を贈っていた。
「さすがですね、小野先生。その身のこなしも、公安の人に教えてもらったものですか?」
「……あなた、どうやって私のことを調べたの?」
「さぁ、どうやってでしょうか? まぁ、そんなことは置いといて、今日は
「……お願い?」
オウム返しに問い掛ける遥に、少女はにっこり笑って「はい」と頷き、
「さっき話してた野原しんのすけくんに、あんまりちょっかいを掛けないであげてほしいんです。彼、綺麗なお姉さんを見るとすぐにナンパするくせに純粋で
「あら、別に私は彼を騙すつもりなんて無いし、あなたには関係の無いことでしょう?」
「たとえ関係無かったとしても、あなたみたいな人に体よく利用される彼を想像すると不憫でならないんです。というわけで、私のお願いを聞いてくれませんか?」
「へぇ、わざわざそんなことを頼みにやって来るなんて、もしかしてあなたは彼のことが好きなのかしら?」
「ええ、彼のことはとても好きですよ。もちろん、あなたの言う意味ではなくてね」
この程度の揺さぶりは無意味か、と考えながら、遥は女子生徒の右手首辺りに目を遣った。
そこには、
「それで? そのお願いを拒否したら、どうするつもりかしら?」
「うーん、そうですねぇ……。具体的な措置については“上”に指示を仰ぐとして、例えばあなたの過去に犯した“悪戯”の数々を暴露する、とかどうですかね?」
「へぇ、私のことを脅すの? こうして私の前に姿を現した以上、こっちもあなたのことを調べ上げることだってできるのよ?」
「どうぞご自由に、できるものならね。――それじゃ先生、また明日」
女子生徒は丁寧な所作でお辞儀をすると椅子から立ち上がり、ゆっくりと保健室を出ていった。彼女がいなくなったことで、保健室が再び静寂に包まれる。
しかしその静寂は、先程しんのすけが出ていったときのそれとはまるで違っていた。
少なくとも、遥はそう感じていた。
「まったく、今年は厄介な生徒が多いわね……」
吐き捨てるように呟かれた遥の言葉は、紛れもなく本心からのものだった。
* * *
それから数日後。
その放送は、授業を終えた生徒が帰り支度をしたり部活に向かおうとしている最中に行われた。
『全校生徒の皆さん! 僕達は、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!』
校内中のスピーカーから聞こえてきたその声に、生徒だけでなく教師までもが何事かと動きを止めてスピーカーを見上げた。普段このような呼び掛けが放送されるようなことは無く、どう考えても校内放送の不正使用と思われる。
『僕達は生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します! この要求が受け入れられるまで、僕達は放送室から出るつもりはありません!』
「わわっ、何々?」
1年A組の教室に備えつけられたスピーカーもそれは同じで、声をあげて困惑を示すほのかと同じように、深雪や雫も同じような表情を浮かべている。
そしてそんな中でも、しんのすけは相変わらず自分のテーブルに突っ伏して惰眠を貪っていた。
『魔法教育は実力主義、それを否定するつもりは僕達にもありません! しかし校内の差別は、魔法実習以外にも及んでいます! 僕達は魔法師を目指して魔法を学ぶ者ですが、それと同時に高校生でもあります! 魔法だけが僕達の全てではありません!』
「どこの馬鹿だ、こんなことしてるのは!」
「どうせウィードの奴らだろ! 嘗めた真似しやがって!」
A組の生徒がスピーカーに向かって口々に叫ぶ中、深雪の携帯端末が震えてメールの着信を知らせた。
メールの差出人は達也だった。エガリテと思われる集団が放送室を不法占拠しており、風紀委員・生徒会双方で方針を話し合うために集合を呼び掛ける、という内容だった。そのメールには、不法占拠のメンバーと目される生徒の名前も記されている。
そしてその中に、壬生紗耶香の名も書かれていた。
「深雪、呼び出しのメール?」
「そうみたい。ちょっと行ってくるわね」
深雪はそう言って教室を出ていこうとして、風紀委員が集まるのだからしんのすけも連れて行った方が良いと踵を返した。
「しんちゃん。私と一緒に――」
しんのすけを起こそうと彼の席に視線を向けた深雪は、彼が既に目を覚まして自分の携帯端末を見つめているという光景に、本人には失礼だと分かっていながら若干の驚きを覚えた。
そしてそれ以上に、深雪が驚きだったのが、
――しんちゃんのあんなに真剣な表情、初めて見たわ……。
「おっ? どうしたの、深雪ちゃん?」
携帯端末から視線を外して深雪を見上げるしんのすけの表情は、いつも通り気の抜けた彼らしいものに戻っていた。
それこそ、先程までの表情が見間違いだったかのように。
「しんちゃんも呼び出しがあったでしょう? 一緒に行きましょう」
「ほいほーい」
独特の返事をして席から立ち上がったしんのすけは、深雪の脇を通り過ぎて教室を出ていった。
何やら胸に引っ掛かる心地を覚えながら、深雪も彼の後に続いて教室を出た。
「しんちゃん、携帯端末を弄りながら走ると危ないわよ」
「ほいほーい」
「……誰かにメールを打ってたの?」
「んー、ちょっとね」
「…………?」