嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第ー102話「南の島の陰謀だゾ」

 ひょんなことから知り合った達也・深雪・しんのすけ・リーナ(とベン)は、近くの海の家からビーチバレーの道具一式を借りて2対2に分かれて試合形式で遊ぶことにした。丁度男女が2人ずつということで、達也&深雪としんのすけ&リーナにチームを分け、ベンは審判役ということで見学に徹している。

 その辺に落ちていた棒で線を書き即席のコートを作り遊び始めた4人だが、試合が進むにつれて大勢のギャラリーに取り囲まれるようになった。確かに深雪もリーナも絶世の美少女であり、そんな2人が水着姿で遊んでいるとなれば人目を惹いたとして何ら不思議は無いだろう。

 しかし実際のところ、注目される理由はそれだけではなかった。

 

「深雪!」

「はい、お兄様!」

 

 しんのすけによる強烈なスパイクを拾い上げた達也が呼び掛け、深雪が砂に足を取られるのも厭わずに宙に浮かんだボールの下へと駆け寄った。両手を開いてボール(あくまで遊戯用のためビニール製だ)をトスして打ち上げ、ネット際に待機する達也へと絶妙なパスを送る。

 それを受けて達也が砂浜を強く蹴って跳び上がり、上から叩きつける強烈なスパイクをお見舞いした。

 

「ほいほーい!」

「ナイス、シンちゃん!」

 

 しかしそのボールが地面に落ちる直前、しんのすけが地面に転がり込んでその間に手を割り込ませた。ギャラリーの歓声が沸く中、リーナが先程の深雪と同じようにトスの構えを取る。次に来るであろうしんのすけのアタックに備え、達也も深雪もその場に留まってそれを待ち構える。

 しかしそのとき、素早く立ち上がったしんのすけがリーナに向かって駆け出した。

 

「――――!」

 

 リーナがそれを見てニヤリと笑い、達也が何かに気づいて口を開きかける。

 上に打ち上げる構えだったリーナの手が握られ、手の甲でポンと軽く叩くように真横へとボールを弾いた。

 そして彼女の手からボールが離れたその瞬間、大きく跳び上がったしんのすけが目にも留まらぬ速さでボールを叩き込んだ。今までの攻撃のリズムとは大きく異なる速攻に深雪は動けず、ボールは線のギリギリ内側にめり込んでクッキリと跡を残した。

 

「Yeah! さすがシンちゃん!」

「リーナちゃんも、ナイスアシストだゾ!」

「申し訳ございません、お兄様……」

「気にするな、まだ勝負は終わっていない」

 

 元気良くハイタッチを交わすしんのすけとリーナ、気落ちする深雪を励ます達也とネットを挟んだ両側でのリアクションは対照的だが、それを眺めるギャラリーは両チームに対して賞賛と激励の拍手を贈っていた。もはやそれはプロチーム同士の試合かと見紛うほどの盛り上がりで、何なら近くの海の家からやって来た売り子がギャラリー相手に飲み物を販売している始末だった。

 

「さすがに目立ちすぎではないか、シールズ准尉……?」

 

 喧騒の声に包まれるベンが、苦笑い混じりにそう呟いた。

 

 

 

 

「ワタシ達の勝利よ、シンちゃん!」

「いやぁ、リーナちゃんもなかなかやりますなぁ!」

 

 結局試合は、しんのすけ&リーナの勝利で幕を閉じた。しんのすけの運動能力がかなり優れていたことに加え、リーナもその可憐な見た目とは裏腹にかなり動けるようであり、結果的に深雪が達也の足を引っ張る形となってしまったことが原因に挙げられる。

 とはいえ、彼女も同世代の女子と比べればかなり運動はできる方であり、けっしてあからさまに見劣りするような出来ではなかった。それを示すように、試合が終わった後はギャラリーから惜しみない拍手が贈られ、そして良い物を見たといった表情で三々五々にその場を離れていった。

 

「いやはや、とても見応えのある試合だったよ! 特にタツヤくんとシンノスケくんの動きは目を見張るものがあったね!」

 

 強く手を叩きながら賞賛の声をあげるベンに、しんのすけは「それほどでも~」と素直に喜びを露わにし、達也は逆に表情を変化させず小さく頷くに留めた。

 

「2人共、何かスポーツをやっているのかい?」

「スポーツ? オラは特に何もやってないゾ」

「そうなのかい? せっかくあれだけの運動能力があるのだから、何か始めてみると良い。きっと良いところまで行けると思うよ」

「ふーむ、そういうものですかぁ」

 

 しんのすけが顎に手を当てて考え込む仕草になったところで、ベンの視線が達也へと移る。

 

「タツヤくんは、何かスポーツでも?」

「いいえ、特には」

「そうなのか。ということは、普段からよく体を鍛えてるということだね」

「そういうあなたこそ、よく体を鍛えてるようで」

「そうかい? 君のような若者に褒められるとは、一生懸命ジム通いしている甲斐があるというものだ」

「ご謙遜を。あなたのその体つきは、けっしてジムに通うだけで身につくものではないですよ。――最初に会ったときなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()かと思ったくらいですから」

「……成程、ただ体を鍛えてるだけじゃないようだ」

 

 温和な笑顔を浮かべたままのベンに対し、達也の視線は冷ややかなものだ。兄がそんな様子だからか、その背後に控える深雪は戸惑いながらもベンに向ける目に懐疑的な色が浮かぶ。

 しかしそんな空気を、リーナがぶち破った。

 

「そうだ、パパ! もうすぐお昼ご飯の時間だし、みんなも一緒にどうかしら?」

「あぁ、それは良い考えだね。どうだろう、こうして知り合ったのも何かの縁ということで」

「おぉっ! それは良い考えですなぁ!」

 

 リーナとベンの誘いに、しんのすけは特に考える素振りも無く即答した。

 

「大丈夫なのか、野原くん? ご家族の所に戻らなくて」

「うーん……、別に大丈夫でしょ」

「いや、一応連絡くらいはした方が良いだろう」

「そう? 達也くんがそう言うなら」

 

 しんのすけは渋々といった感じで携帯端末を取り出し、電話を掛け始めた。

 リーナが達也に対して不満そうな表情を向けている気がしたが、達也が視線を向けると彼女はニコニコと笑みを浮かべるのみだった。

 

「そう言うタツヤは、ご家族の所に戻らなくて良いの?」

「まるで俺達には帰ってほしそうな物言いだな」

「そんなこと無いわ。ワタシはもっとタツヤやミユキと親交を深めたいもの」

 

 絶世の美少女から至近距離でそんなことを言われれば、男ならば大なり小なり惹かれずにはいられないだろう。達也の傍でそれを眺めている深雪も、達也が何と答えるか気が気じゃない様子だ。

 そんな彼女の笑顔を真正面に見据えながら、達也は口を開いた。

 

「――そういうことなら、ぜひともご一緒させてもらおう」

「お兄様っ!?」

 

 リーナの誘いを受ける返事をした達也に、深雪が悲痛とも取れる叫び声をあげる。まさか兄が彼女の美貌に絆されてしまったのでは、と思ったのだろう。

 しかしすぐに、深雪は気がついた。

 彼女の美貌に絆されたにしては、その表情が真剣味を帯びていることに。

 

「……桜井さんに、お昼はいらないと電話してきます」

 

 深雪はそう言ってその場を離れ、電話を掛け始めた。

 そしてそのタイミングで、先に電話を掛けていたしんのすけが「うーん」と唸り声をあげる。

 

「どうしたの、シンちゃん?」

「さっきから何回も電話を掛けてるのに、全然出ないんだゾ。――まぁ良いや、その内向こうから掛かってくるでしょ」

「そう? それじゃミユキの電話が終わったら出ましょ、パパ」

「あぁ、そうだな――おっと、すまない」

 

 と、今度はベンの携帯端末が震えて着信を知らせてきた。彼は一言断りを入れてからそれを取り出し、画面を見遣る。

 

「――――!」

「…………」

 

 その瞬間、ベンが息を呑むのが雰囲気で伝わった。表情にほとんど変化は無かったので普通ならば見逃すところだが、それとなく注意を向けていた達也がそれに気づかないはずがない。

 

「……すまない。急に会社の同僚からメールが来て、少しそちらに掛からなきゃならなくなった。誘った立場で申し訳ないが、リーナと君達だけで昼食を楽しんでくれたまえ」

「大丈夫なの、パパ?」

「あぁ、心配はいらないよ。後でリーナの端末に電子マネーを送っておくから、それで支払いは済ませておいてくれ。――それじゃ、私はこれで」

「ほいほーい。またねー」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

 なるべく平静を装っている様子だったが、立ち去っていくその足取りは速かった。小さくなっていくベンの背中を、鋭い目つきの達也がジッと見つめている。

 電話を終えた深雪が戻ってきたのは、その直後だった。

 

「お待たせしました。午後の予定の時間までに戻れば問題無いとのことです」

「よし! それじゃパパはいなくなっちゃったけど、さっそくご飯を食べに行きましょ! シンちゃん、何を食べたい?」

「そうだなぁ……、分厚いステーキが食べたいゾ」

「ステーキね。それじゃこの近くにあるステーキハウスでも――」

 

 しんのすけのリクエストに応えようと端末の地図アプリを開こうとしていたリーナだが、

 

「野原くん。やはり一度ご家族の所に戻らないか?」

「……えっ?」

 

 達也が横からそう言ってきたことで、リーナの手が自然と止まった。

 

「もしかしたらご家族が昼食の店を予約してるかもしれないし、出会ったばかりの人間と食事することに難色を示すかもしれないぞ」

「えぇっ、そうかなぁ? 普通に笑って許すと思うけど」

「念のためだよ。――リーナも、それで良いよな?」

 

 達也の質問に、リーナはすぐに答えなかった。顔を伏せて口を引き結び、思いつめた様子で何やら考え込んでいる様子である。

 ジッと見つめて答えを待つ達也に対し、リーナが顔を上げて正面から見据えて口を開いた。

 

「……えぇ、別に構わないわよ」

「よし。それじゃ野原くん、ホテルに案内してくれないか?」

「ほいほ~い。それじゃ、出発おしんこ~」

「……お新香?」

 

 高らかに右腕を挙げて歩き出すしんのすけに、その際の言い回しに首を傾げる達也と深雪。

 

「まぁ良いわ。いざとなったら、そのときは――」

 

 そして一番後ろを歩きながら、リーナがボソリと言葉を漏らした。

 

 

 *         *         *

 

 

 恩納瀬良垣にある司波家の別荘にて。

 冷房の効いた部屋のソファーに座って本を読む深夜(みや)の下に、携帯端末を片手に持つ桜井がやって来る。

 

「奥様。先程深雪さんから電話がありまして、今日知り合った同世代の女の子とお昼を食べるそうです。達也くんも一緒みたいですよ」

「あら珍しい。あの子達、旅先でそんなにアグレッシブになる性格だったかしら?」

「よほど気が合ったんでしょうね。なのでお昼は、奥様と私だけということになりますね」

「そう……。まぁ、別に良いけど」

 

 そう言って、再び手元の本に視線を戻す深夜。

 そんな彼女に、桜井がクスリと笑う。

 

「大丈夫ですよ、奥様。まだまだ旅行は続くんですから、一緒に食事をする機会なんてたくさんありますよ」

「あら、別に気にしてないけど?」

 

 

 *         *         *

 

 

「ここがオラ達の泊まってるホテルだゾ」

「昨日はパーティーホールに直行だったから気づかなかったけど、中ってこんなに広かったのね」

「へぇ、凄いじゃない。こんなホテルにタダで泊まれるなんて、シンちゃんったらラッキーね」

「確かに、これは豪華だな……」

 

 しんのすけが泊まっているリゾートホテルに1歩足を踏み入れた達也たちは、想像以上に広大で豪華なその造りに素直な感嘆の溜息を漏らしていた。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、まるで町が丸々1つ入ったかのようにズラリと並んだ建物だ。その1つ1つが高級ブランドの直営店であり、ガイドブックによればそういった店がザッと100店舗以上はあるようだ。それだけでも、ここの宿泊客が如何に金を落とす上客か分かるというものだ。

 もちろん、楽しみはショッピングだけではない。ホテルの敷地内には趣向を凝らしたプールが子供用も含めると6エリア存在する。県内最長のウォータースライダーや本物の滝のように岩や植物が配置されたプールなど、プール巡りだけでも1日遊べるほどの充実ぶりだ。

 お腹が空いたら、敷地内のレストランへ。和洋中多種多様な料理の専門店があちこちに並ぶ飲食店の数は、露店形式を含めると30以上にもなる。もちろんホテルが提供する料理も一流で、ビュッフェ形式の朝食・夕食はこのホテルの名物となるほどだ。

 他にも様々な施設やアクティビティが用意され、スパやエステからフィットネスジム、映画館や沖縄文化を体験できる教室、果ては結婚式も挙げられる教会やイベント開催にも使える会議室など、ホテルから1歩も出ずに旅行を完結できるほどの勢いだ。とはいえ実際には、ホテル前に島内各地を巡るシャトルバスやコミューターの乗降車ができる広めのターミナルなど、周辺の観光事業にもその恩恵は広がっているようである。

 

「オラ達が泊まってるのは、この建物ね」

 

 町のようなショップエリアを抜けてしんのすけ達がやって来たのは、全部で6棟あるタワーホテルの1つで、値段的にはちょうど中間層に位置する建物である。野原家はその中でも中層階に客室を取っているようで、まさにこのホテルに泊まる平均的な部屋といった感じだ。

 とはいえ、けっして手が抜かれているような印象は受けない。海沿いの立地だけあって眺望は良く、1階のフロントには専属のコンシェルジュが常駐している。しんのすけが達也たちを伴ってフロントに入ったときには笑顔で「お帰りなさいませ」と丁寧な所作で出迎え、部屋の鍵であるカードキーをしんのすけに手渡した。

 彼らを乗せたエレベーターが上へと進んでいく間、達也がしんのすけに話し掛ける。

 

「……野原くんは、商店街の福引でここの宿泊券を貰ったんだよな?」

「そう! しかも8泊9日! 凄いでしょ!?」

「あぁ、確かに凄いな。それだけの景品を用意できるとは、その商店街はよほど賑わっているんだろうな」

「うーん、そうかな? オラは普通の商店街だと思うけど」

「……そうか」

 

 そこで会話は途切れ、達也は黙り込んで考えに耽る。

 そんな彼を深雪が、そしてリーナが見つめていた。

 

 ――これだけのリゾートホテルに長期間、しかも家族全員分の宿泊券を交通費込みで。福引の目玉景品とはいえ、普通の商店街が用意できるものか……?

 

 しんのすけがこのホテルに泊まることになった経緯を聞いたとき、達也が真っ先に疑問に感じたのがこれだった。しかも今の時期は観光真っ盛りのオンシーズンであり、その分飛行機の交通費もホテルの宿泊料金も跳ね上がる。いくら客引きのための景品とはいえ、そこまで身銭を切ることができるものだろうか。

 とはいえ、彼らは実際にそうして沖縄にやって来ている。達也が疑問に感じたところで、実際にそうなっている以上は考えても仕方ない。なので達也も、最初はその疑問を切り捨てた。

 しかしここで、再びその疑問を拾わざるを得ない状況になってきた。

 

「どうしたの、タツヤ? ワタシの顔に何か付いてるのかしら?」

「眉と目と鼻と口が付いてますな」

「それはシンちゃんも一緒よ」

 

 外国の観光客として自分達に近づいてきた、ベンと名乗る男と、リーナと名乗る少女。

 親子を自称する2人だが、達也はそれが嘘だと既に見抜いている。彼の眼は少々“特殊”であり、目の前にいる人間のDNA配列の情報すら読み取ることができる。2人の間に親子関係が無いことは一目見たときから分かっていたし、よく一緒に旅行するにしては余所余所しさが隠し切れていないことも見抜いている。

 更に問題なのは、彼女達が自分達に接触してくるときと前後して、自分達を監視するような視線を複数感じるようになったことだ。西洋風の奴らと日本人風の奴らに大きく分けられるそいつらが、同一のグループなのか別々なのかは今のところ判断がつかない。しかしそいつらが自分達、正確にはしんのすけに注目していることは明白だ。

 だとすると、商店街の福引自体がそいつらの差し金である可能性も否定できない。しんのすけ達が現在ここにいることすら、そいつらの計画の一端だとしたら――

 

「着いた着いた、ここがオラ達の部屋だゾ」

 

 ドアが幾つも並ぶ廊下にてふいに立ち止まったしんのすけが、先程フロントで貰ったカードキーをドア横のパネルにかざした。ドアのロックが解除され、しんのすけが部屋の中へと入り、他の3人がドアの前で立ち止まる。

 そのまま彼が出てくるのを待っていようとした達也が、

 

「――――!」

 

 ふいに達也の目が僅かに見開かれ、ジワリと剣呑な雰囲気が漏れ出した。最初に深雪がそれに気づき、彼女の反応でリーナが達也の異変に気づく。

 と、一通り部屋を確認したしんのすけが戻ってきた。

 

「うーん、まだ帰ってないみたい。とりあえず、オラ達だけでご飯食べに行かない? オラ、もうお腹ペコペコ――」

「悪い、野原くん。部屋に入らせてもらうぞ」

「お、お兄様?」

 

 しんのすけの返事を待たず、達也は彼の脇を擦り抜けて部屋の中へと入っていった。達也らしからぬ行動に深雪が戸惑いながらも後に続き、しんのすけとリーナが首を傾げながらそれを追う。

 リビングにはダブルベッドが2つ置かれ、バルコニーの眼下からはプールで遊ぶ子供の笑い声が微かに聞こえてくる。トイレと洗面所、そしてバスルームが付いた、4人で泊まるには充分な広さを誇る一般的な部屋だ。

 

「どうしたの、達也くん? ――はっ! もしかして、オラのプライベートな空間がそんなに気になる~? イヤ~ン、達也くんったらエッチ~」

「野原くん達がここに来てから、ホテルのスタッフはこの部屋に入ったか?」

「……んもう、ノリ悪いんだからぁ。えっと、部屋の掃除とかは頼んでないから、多分入ってないと思うゾ」

「そうか……」

「さっきからどうしたの、タツヤ?」

 

 リーナの質問にも答えずに達也は一頻り部屋を見渡すと、おもむろにテレビの裏を覗き込んだ。

 テレビ本体から延びるコードが、壁のコンセントと繋がっている。

 しかし、直接ではなかった。

 壁のコンセントには立方体の電源タップが差さっており、テレビのコンセントはそこに繋がっていた。しかしテレビ以外に、その電源タップに繋がっているコードは無い。

 

「お兄様、まさかそれは……!」

「あぁ、古典的な盗聴器だな。しかもこれだけじゃなく、部屋中の至る所に仕掛けられている」

「――――!」

 

 達也の返答に深雪は息を呑み、リーナは目を丸くする。

 事の重大性を理解していないのは、しんのすけだけだった。

 

「おっ? 盗聴器がなんでオラ達の部屋にあるの?」

「それを確認するためにも、フロントに電話をして事情を説明するべきだな。それと警察にも電話だ。――もしかしたら、野原くんのご家族が何か事件に巻き込まれてる可能性がある」

「えぇっ!?」

 

 しんのすけが驚きの声をあげる中、達也は部屋の電話へと手を伸ばし――

 

「……どういうつもりだ、リーナ?」

 

 受話器を取る直前にその手首を掴んだリーナに対し、達也は冷たい視線を投げ掛けた。いや、その鋭い目つきは“突き刺した”と表現する方が適切なくらいだ。

 普通ならば、ましてや年頃の少女が間近でそれを直視すれば、思わず背筋を凍らせて動けなくなってもおかしくない。しかしリーナはそれでもなお、まっすぐ達也を見つめ返したまま彼の手首から手を離そうとしない。

 

「……リーナ、とりあえずお兄様から手を離してくれないかしら?」

 

 しかし深雪が優雅に微笑みながらプレッシャーを発するという器用な行動に、リーナはハッと我に返って後退り達也から距離を取った。

 

「……タツヤ、もしかしてワタシのこと疑ってる?」

「この状況で疑うな、という方が無理がある」

「まぁ、確かにそうだけど……。とりあえず、ホテルに電話するのはお勧めしないわ」

「なぜだ。理由を説明しろ」

 

 達也の簡潔な要求に、リーナは少しだけ考える素振りを見せる。

 深雪は緊張した表情で達也を見つめ、そして自分の泊まる部屋で何やらシリアスな遣り取りをされるしんのすけは困惑頻りだった。

 そんな雰囲気の中、リーナが意を決したように口を開く。

 

「分かった、正直に話すわ。実はこのホテル――」

 

 ピンポーン。

 

「――――!」

 

 来客を知らせるチャイムの音に、その場の全員がドアへと顔を向ける。

 

「野原様、突然失礼致します。スタッフの者ですが、少しお時間宜しいでしょうか?」

 

 ドア越しから聞こえてくるのは、女性の声だった。

 しんのすけ・深雪・リーナの視線が自然に達也へと集まり、達也はドアを睨みつけながら思案顔となる。

 そのドアには、このホテルの企業ロゴがプリントされていた。

 そこには、“沖縄・スウィートボーイズ・ホテル・ヴィレッジ”と記されていた。

 

 

 *         *         *

 

 

 ベンやリーナ達が滞在するホテルは、野原家が滞在するホテルから少し離れた場所に存在する。野原家のホテルが幾つものタワーホテルやショップで敷地内に多くの建物があるのに対し、こちらは森に囲まれた広い土地に戸建てのコテージが最低限建っているだけだ。コテージは互いに離れているため滞在者同士で顔を合わせることは無く、ルームサービスが充実しているため、滞在していることを悟られたくない要人などに好まれている。

 

「…………」

 

 部下から緊急事態発生のメールを受け取ったベンが、緊張した面持ちで自身が滞在するコテージへと向かっていく。これまで誰とも擦れ違わなかったのはホテルの特色を考えれば普通のことだが、遠くで鳴く鳥の声すら聞こえるほどの静寂にベンの表情が自然と強張っていく。

 そしてそれは、彼の周りを囲むように歩く彼の部下達も同じことだった。ベンの補佐としてしんのすけ達から距離を空けて動向を見守っていた者達であり、現在は最低限の人員のみを残して全てこちらに回されている。

 もう少しでコテージが見えるという所で、ベンは一度立ち止まって腰に手を当てた。上着に隠れて見えないが、そこにはCADを収納するホルスターが巻かれている。そこから拳銃型のCADを抜いて右手に構えた状態で、ベンは再びコテージへと歩き始めた。

 そして、

 

「――――!」

 

 コテージが視界に入った瞬間、ベンは驚きで目を見開いた。

 彼らが泊まるコテージにはウッドデッキがあり、1階リビングの大きな窓からそのまま外に出ることができる。ウッドデッキにはテーブルや椅子だけでなくバーベキュー用のコンロなども設置され、ホテルが用意した素材を調理して食べることもできる。

 そんなウッドデッキの椅子に座っているのは、自分の部下ではなかった。ソフト帽にグラサンという出で立ちをしたその男は、右手に文庫本、テーブルにはウイスキーの入ったグラスと、まるで自分がこのコテージの滞在客かのような寛ぎっぷりだった。

 そしてその男は、ベンが動揺したのを肌で感じ取ったかのようなタイミングで文庫本を閉じ、そしてその場に立ち上がってベンへと顔を向けた。

 

「意外と遅いお着きだな、ベンジャミン・カノープス」

「――――! 成程、私のことも知っているというわけか」

「当然だ。USNA魔法師部隊スターズの第一部隊隊長にして、総隊長シリウスが空席の現在は総隊長代行として実質的なトップも担う重要人物を、俺が把握していないとでも思ったか」

 

 ウッドデッキを歩き、そのまま短いストロークの階段を下りてコテージ前の広場へと降り立つソフト帽の男に、ベン改めカノープスは警戒心を露わにした表情でCADを構えている。拳銃で例えれば安全装置を外して銃口を向けられている状態だというのに、ソフト帽の男はまるで意に介した様子が無い。

 

「悪いが、君達が軟禁していた()()()は我々の方で保護させてもらった」

「保護だと? あの男は、おまえ達からも逃げていたんだろう? それと私の部下も一緒にいたはずだが、どこにやった?」

「安心したまえ、殺してはいないよ。我々は“戦争”をしに来たのではないのでね」

 

 と、周りで動く気配に、カノープスは視線だけを辺りに遣った。クリーム色のワイシャツに茶色のズボンで統一された男達が一定の距離を空けて彼の周りを取り囲み、いつでも飛び掛かれるように構えの姿勢を取っていた。

 鋭い目つきで睨みつけるカノープスに対し、ソフト帽の男は不敵な笑みを浮かべた。

 

「俺だけ正体を一方的に知っているというのもフェアじゃないな。――俺の名は堂ヶ島。かつてはおまえと同じ戦場に立っていた人間で、そして今は”スウィートボーイズ”という民間企業のしがない中間管理職さ」

「……奇遇だな。中間管理職という点では、私も同じだよ」

 

 カノープスの言葉に、ソフト帽の男――堂ヶ島はフッと笑みを漏らした。


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