嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第ー100話「沖縄の脱出劇だゾ」

「我々国防軍は、野原しんのすけくんの保護を目的として動いている。まずは話だけでも聞いてくれないだろうか?」

 

 小規模なショッピングモールの屋上(関係者以外立入禁止)に突如現れた、国防陸軍大尉を名乗る風間玄信(はるのぶ)の呼び掛けに、水道タンクの陰に身を潜める達也たちが互いに目を見合わせた。どうするの達也くん、という無言の問い掛けをしんのすけから感じた達也が、ザッと周りに目を向ける。

 ショッピングモールは3階建てであり、この辺りは意図的に建物が低く制限されているのか、視界を遮るような建物は見当たらない。つまりそれは身を潜める場所が存在していないことを意味しており、少なくとも現在自分達を()()見張っているのは風間以外いないと結論付けて良いだろう。

 しかし屋上唯一の出入口である扉は、現在風間が陣取ってしまっている。彼は無害を主張する呼び掛けをしてはいるが、達也の目から見てもその所作に隙が見受けられない。不意を突いてその扉から脱出するという手段は取れないだろう。

 柵を飛び越えて地上に逃げるという手段も無くはないが、実戦的な訓練を受けている達也(とおそらくリーナ)、そして豊富な魔法を取り揃える深雪は無傷で着地できても、しんのすけを連れていくとなるとどうしても隙ができるし、その隙を風間が見逃すとも思えない。

 

「……言われた通り、話だけでも聞くとしよう」

 

 小さく溜息を吐いて答えた達也に、しんのすけは「ほーい」とお気楽な返事を添えて、深雪とリーナは緊張した面持ちを添えて水道タンクの陰から姿を現した。

 

「改めて、国防陸軍大尉、風間玄信だ」

「どもども。春日部防衛隊コンビニ隊長、野原しんのすけです」

「コンビニ隊長?」

 

 思わずリーナが漏らした疑問の声は他の面々にとっても同じだったが、風間は小さく咳払いしてしんのすけに向き直った。

 

「知ってる通り、今この周辺は野原くんを巡って大混乱に陥っている。おそらく警察も機能していないだろう。よって我々国防軍が野原くんの身柄を保護し、事態の解決を図ろうと考えている」

「国防軍が警察と同じように操られていないという保証はありますか?」

 

 横から割り込む形となった達也に対し、風間は特に不快感を示すことなく答える。

 

「明確な証拠を示すことはできない。しかし今こうして身柄を拘束しようとせず穏便に話し合おうとしていることが証明にはならないか?」

「なりませんね。そういった作戦かもしれません」

「確かに」

 

 風間が小さく頷いて一旦会話を途切れさせたことで、今度は達也が質問するターンに入った。

 

「現在国防軍がこの件に関して掴んでいる情報を開示してもらえれば、こちらとしても判断する材料にはなるかと」

「我々が虚偽の情報を与えるかもしれないぞ」

「聞いてからこちらで判断します」

「……君にはそれができると?」

「さぁ、どうでしょう」

 

 数メートルの間合いを空けて、鋭い目つきで互いを見つめる風間と達也。

 達也の傍で、固唾を吞んで2人の遣り取りを見守る深雪とリーナ。

 そして暇そうにあくびをするしんのすけ。

 約1名この場の雰囲気にそぐわない者がいる気もするが、とりあえずそれには触れないことにして風間が口を開いた。

 

「我々としても調査を始めたばかりで、把握している情報に限りがある。野原くんが泊まっているホテルの者達が何やら怪しい動きをしていることは掴んでいるが、いったいどういう目的で野原くんを狙っているのかまでは分かっていない」

「警察を掌握した手段については?」

「それについても不明だ。元々賄賂か何かで繋がっていたと考えられなくもないが、だとしてもこのような荒唐無稽なやり方を押し通せるとは思えない。精神干渉魔法でも使ったと考えるのが自然なほどだが……」

「――――」

 

 風間が口にした“精神干渉魔法”に深雪がピクリと反応するが、風間がそれに気づいた様子は無い。しかし彼女の傍にいたリーナは何か感じ取ったかもしれない。

 

「成程、情報が少ないのは理解しました。――だとしたら、疑問が生じるのですが」

「何だ?」

「あなた方国防軍は、何故情報が少ない状況で野原くんの保護に動き出したのでしょうか?」

「……警察が示す罪状が、あまりにも荒唐無稽だからだ」

「えぇ、確かにそうです。ですが、市民はそう思っていないようですね。野原くんの罪状と懸賞金が報道された途端、全員が目の色を変えて襲い掛かってきました」

「……成程、つまり?」

「仮にそのような魔法が使われたとして、自分達と市民との間に何かしら明確な差がある。そしてそれは、あなた方国防軍に対しても適用されている」

「…………」

「なぜ自分達は魔法の支配下に置かれなかったのか、何か心当たりはありますか?」

 

 数メートルの間合いを空けて、鋭い目つきで互いを見つめる風間と達也。

 達也の傍で、固唾を吞んで2人の遣り取りを見守る深雪とリーナ。

 そして暇そうにあくびをするしんのすけと、そのすぐ傍をフワフワと浮くドローン。

 

「……えっ、ドローン?」

 

 ヘリコプターのようなプロペラが4つ搭載された、掌に乗るほどに小さいサイズのドローンが、21世紀初頭の頃よりも格段に向上した静音性によってほとんど音も無く空中に留まっていた。

 あまりにも突然の乱入に、最初に発見したリーナだけでなく達也や深雪、更には風間までもがハッとした表情で向き直り、構えの姿勢を取る。

 

 ――いくら静かとはいえ、ここまで接近されて気づかなかっただと!?

 

 達也が内心で自分のミスを信じられずにいる中、そのドローンの下底部に設置されていた長い金属製の筒が動き、まっすぐしんのすけへと向けられたところでピタッと止まる。

 その金属製の筒は動きも相まって、まさしく機関銃の銃身のように見えた。

 

「――まずい!」

 

 達也の脳裏に過ぎる“可能性”に、彼はほぼ反射的に叫びながらしんのすけへと迫った。戸惑うしんのすけの襟首を掴んで無理矢理後ろへと引っ張り、その反作用の力を利用するように代わりに自分がドローンの眼前へと躍り出る。

 何かを察したリーナと深雪が口を開けて声をあげようとしたまさにそのとき、金属製の筒から弾丸が発射された。数発の弾丸がまっすぐ達也へと迫り、そして彼の額に命中する。

 

「――お兄様っ!」

 

 深雪の悲痛な叫び声に、リーナが顔を青ざめる。風間が目を丸くして達也へと駆け寄り、しんのすけが尻餅を突いて「あふん」と変な声をあげる。

 そんな中、額に弾丸を受けた達也はその衝撃で体を仰け反らせ――直後に地面を踏み締めてその場に留まった。

 そして達也が僅かに右手を動かしてドローンのいる方へと掲げると、次の瞬間、ドローンはまるで一斉にネジが弾け飛んだかのようにバラバラに分解され、部品1つ1つが屋上の床へと落ちていった。

 

「お兄様、お怪我は!?」

「……あぁ、大丈夫だ。痛みはあるが、怪我は無いな」

「普通の弾丸じゃなかった……ってこと?」

 

 リーナが戸惑いの声をあげる中、風間が床に散らばった数多の部品の中からそれを拾い上げた。おそらく弾倉に相当する箇所に収められていたであろう弾丸の正体は、

 

「これは……大豆だな。しかも生ではなく、()ってある」

「煎った大豆?」

「おぉっ。まるで節分ですな」

「セツブンって日本の行事よね? 豆を投げて鬼を追い払うってヤツ」

「確かにそれならダメージが無いのにも納得ですが……なんで大豆?」

 

 深雪の疑問に、その場にいる全員が一斉に首を傾げる。

 しかし、その疑問を追及する時間は残念ながら貰えなかった。

 

「何かいっぱい来たゾ」

 

 しんのすけが指差す先、周りの建物がほとんど見えない南国特有のスッキリした青空に、先程達也が破壊した物と同型のドローンが大群となって飛んでいた。ザッと数えて幾十にもなるであろうその光景は、まさしく群れで行動する虫か鳥のようである。

 その例えに則るなら、一斉に向けられているカメラはさながらトンボのような複眼といったところか。

 だとしたら、1機残らずこちらに向けられた銃身は、何に例えられるだろうか。

 

「逃げろ~!」

「えっ、ちょっ――」

「しまった!」

 

 風間が達也の傍まで移動したことで空いた扉に向かってしんのすけが走り出し、リーナ達が一瞬遅れてそれに続く。そして深雪と達也が一緒に走り出した辺りで、風間が自分の犯した失態に気づいた。

 先頭のしんのすけが扉を潜り、階段を数段飛ばしで駆け下りていく。踊り場でUターンして再び駆け下りていき、関係者以外立入禁止の看板を通り過ぎて3階のフロアに下り立つと、私服姿ながら屈強な体つきをした男達が一斉にこちらを振り返り、そして一様に驚いた表情を見せる。

 

「――なぜ対象が1人で!?」

「大尉はどうした!?」

「どうする!? 俺達で止めるか!?」

「おっ? おっ?」

 

 おそらく風間の部下であろう彼らが戸惑いの表情を見せ、しかしほぼ一瞬で真剣なそれへと切り替えてしんのすけへと1歩足を踏み出した瞬間、

 

「ドローンの大群がモール内に侵入!」

 

 誰かの報告を兼ねた注意喚起が合図だったかのように、下の階段から、エスカレーターから、スタッフ専用通路の扉から先程と同じドローンが一斉にフロアに飛び込んできた。

 初めてそれを見た男達が構える中、それらドローンに取り付けられた銃身から(大豆の)弾丸が発射される。

 

「うわっ! 何だこれ!」

「痛てぇ! けど怪我は無ぇ!」

「でも単純にウゼェ!」

 

 雨どころか豪雨とも言えるほどの勢いで一斉射撃される大豆の猛攻撃に、男達が苦悶の表情を浮かべた。ダメージこそ少ないものの彼らの言う通り動きを制限するのには充分であり、腕で顔などを庇ったりその場から動くことすら儘ならない状況となっている。

 そうして男達を攻撃するドローンもいれば、しんのすけに銃口を向けるドローンもいる。

 

「おっとっと!」

 

 だがしんのすけは全方位からの大豆の豪雨に対し、まるで全身に目でも付いているのかと思うほどの反射神経で避けた。まるでコンニャクか何かのように体をグネグネと不規則にうねらせるその様は、おおよそ人間の為せる動きとはかけ離れた不気味さを思わせるほどだ。

 と、数秒ほど避けていると、しんのすけの周辺を飛ぶドローンだけが突然部品ごとにバラバラになってその場に崩れ落ちていく。

 

「野原くん! 外まで走れ!」

「おぉっ! 達也くん!」

 

 後ろから階段を下りて来た達也の呼び掛けにしんのすけが反応し、そして即座に言われた通りその場から走り出した。

 

「マズい! 誰か彼を捕まえて――うわっ!」

 

 中央のエスカレーターへと続く通路を走るしんのすけに男達が腕を伸ばそうとするが、ドローンの猛攻に阻まれてその場を動くことができない。そうして動けずにいる男達の脇を擦り抜けて、しんのすけはエスカレーターから下のフロアへと下りていった。

 もちろんドローンの標的はしんのすけ、そしてその後を続く達也たちも含まれている。だがしんのすけを狙うドローンは達也の魔法によってバラバラに分解され、そして達也・深雪・リーナの3人は自身を取り囲む魔法障壁によって1粒の大豆も3人に届いていなかった。

 そうして国防軍とドローン両方の追撃を躱したり防いだりしながら、しんのすけと達也たちは1階へと辿り着いた。

 

「おぉっ! 出口が見えたゾ!」

 

 ショッピングモールの正面出入口を視界に捉えたしんのすけが喜びの声をあげるが、同時にその出入口の正面に1人の男が立っているのに気づいた。

 まるで番人かのように立ち塞がるその男は黒い肌に大柄な体格で、薄手の布では隠しようもないほどに鍛えられた筋肉をしていた。

 

「また会ったな、ボウズ。まさかおまえが今回の保護対象者だとは――」

「おじさん誰?」

「少し前におまえに喧嘩を売ったばかりだろ! もう忘れたのかよ!」

 

 その男は、昼前にビーチでしんのすけ達に因縁を付けてきた“取り残された血統(レフト・ブラッド)”の1人である桧垣だった。彼はしんのすけのお惚けに調子を崩されそうになりながらも、何とか持ち直して構えの姿勢を取る。

 

「おまえが逃走を図ったときには確保するよう命令されている。悪いが恨むんじゃねぇぞ」

「ほーほー」

 

 桧垣の脅しとも取れる言葉に、それでもしんのすけは一切動揺する素振りを見せず、出入口へ駆けていくその足を緩めることもしない。

 それを確認した桧垣は、小さく息を吐くと懐に忍ばせていたCADのスイッチを入れた。そこに登録されていた自己加速術式を発動させると、人間の常識的な範囲内で想定するそれを大きく超えるスピードでしんのすけへと向かっていった。

 しんのすけ自身のスピードと、術式で底上げした桧垣のスピード。その2つが合わさることで、しんのすけが体感する相対速度は常人の反応速度を大きく凌駕する。

 それと同じ相対速度を体感しながら、桧垣がしんのすけへと鍛え上げられた太い腕を伸ばし、

 

「――――!」

 

 しんのすけに触れるかというその瞬間、彼の姿が搔き消えた。

 目を見開いた桧垣が立ち止まって気配を探り、そして自身のすぐ足元で床スレスレまで体勢を低くするしんのすけに気がついた。

 

「この――」

 

 桧垣は咄嗟にしんのすけへと拳を振り被り、

 

 ごちぃんっ!

 

 辺りに響いたその音は、桧垣が拳をしんのすけに叩きつけた音――ではない。

 しんのすけが魔法を発動させた音――でもない。

 後ろから追い掛けてきた達也たちが攻撃を繰り出した音――でもない。 

 

「あっ、ごめんね。そんなつもりは無くて、ただ起きようとしただけで……」

 

 立ち上がろうとしたしんのすけの頭が、見事なまでに桧垣の急所――つまり、股間にクリーンヒットした音だった。

 

「●※〒∞◆∴♂■♀¥℃▲$¢£#▼&*@★§!」

 

 声にならない声をあげて苦痛の表情と脂汗を浮かべながら、桧垣はその場に崩れ落ちていった。

 そうして意識が薄れていく中、彼は思った。

 出自とかそれ以前に、自分はまだまだ修行が足りなかったんだな、と。

 

「大丈夫か、野原くん!」

「ヒューッ! さすがねシンちゃん、一切容赦が無いわ!」

 

 桧垣が気絶した数秒後に駆けつけた達也が状況を確認し、リーナが興奮した様子でしんのすけを褒め称える。ちなみに深雪は目の前の光景に色々な意味でドン引きしていた。

 しかし今は桧垣に構ってる暇は無いと、4人は彼を素通りして外の駐車場へと飛び出した。カー・シェアリングが浸透している地域の駐車場は個別駐車の区画が狭くなり、代わりにロータリーを多く設置してコミューターを乗り降りする人々が多く見られるようになった。

 なので4人を出迎えたのは、そんな買い物前・買い物終わりの家族連れだった。勢いよく飛び出した4人にギョッとした顔を向け、そしてその中の1人が先程テレビで報道された凶悪犯(懸賞金付き)であることを知るや、全員が目の色を変えて1歩足を踏み出した。

 

「凶悪犯がここにいるわよ!」

「何っ!? 俺の1000万がっ!?」

「いや、俺の1000万だ!」

「おぉっ! こんな所にも!」

 

 一斉に襲い掛かって来る大勢の一般客に、しんのすけが驚きの声と共に足を止めた。

 後ろにいる達也たちも構えの姿勢こそ取るものの、魔法師ではない人々に魔法を向けるべきか判断しかねていた。たとえ魔法師だろうと自分の身に危険が迫っていれば正当防衛が成立するが、警察ですら操られているこの状況ではそれも通じないだろう。

 いや、だからこそ応戦すべきか、と達也の思考が一瞬危ない方向に行きかけた、そのとき、

 

 ブ――――ッ!

 

 盛大なクラクションの音が辺りに鳴り響き、達也は咄嗟にそちらへと顔を向けた。自分達を捕えようとしていた人々もそちらへと顔を向け、そして一斉にギョッと目を丸くする。

 猛スピードでこちらに突っ込んでくる黒塗りのワゴン車に、人々が慌てた様子で車の進路から跳び退いた。ワゴン車はアスファルトに転がる人々の横を掠めながらキュルキュルとタイヤを鳴らしてブレーキを掛け、ちょうど足を止めていたしんのすけの正面でピタリと停まる。

 後部座席のドアが自動で開かれ、助手席の窓が下がっていく。

 

「早く乗ってください!」

「えっ?」

 

 ワゴン車よりはベンツやリムジンの方がよほど似合いそうなお嬢様然とした少女の呼び掛けに、しんのすけはキョトンと首を傾げ、

 

「野原くん、彼女は味方だ!」

「ほっほーい!」

 

 後ろからの達也の言葉に、しんのすけは勢いよく後部座席に飛び込んだ。

 

「達也さんたちも早く!」

「リーナ、乗るぞ」

「えっ――ちょっ!」

 

 そしてしんのすけに続いて深雪、何か言いたげだった様子のリーナ、そして周りの人々を目で牽制しながら達也が乗り込むと、ドアが閉じ切るよりも前にワゴン車がキュルキュルとタイヤを鳴らして急加速で走り出した。

 人々が残念そうに溜息を吐くのをバックに、ワゴン車はモールの駐車場を後にした。

 

 

 

 

「いやぁ、助かったゾ~」

 

 3列あるシートの内で最後部のそれを丸々1つ占領して、しんのすけがゴロリと寝っ転がって大きく息を吐き出した。疲れた体を休めるという意味もあるが、外から彼の姿を見られないようにするためでもある。

 

「すまない亜夜子、手を煩わせてしまったな」

「いえいえ、達也さんが気にすることではありません。いつも我々がお世話になっているんですもの、これくらいの手助けは当然ですわ」

 

 2列目の端に座る達也が助手席に座る少女・亜夜子に礼を述べると、彼女はニッコリと優雅な笑みを添えてそれに答えた。その際、ほんの一瞬だけ深雪の方をチラリと見遣り、そして深雪は一瞬だけ不機嫌そうに唇を尖らせる仕草を見せた。

 そうして亜夜子の視線は深雪から、彼女の隣で緊張を隠す余裕も無いほどに表情を固くしているリーナへと向けられ――

 

「んで、あんた誰?」

「これは申し訳ございません、自己紹介が遅れてしまいましたね。私、達也さんと深雪さんの再従妹(はとこ)に当たります黒羽亜夜子と申します。お2人のご友人であるしんのすけ様の身に危険が迫っていると知り、こうして馳せ参じた次第です」

「ほーほー。んで、今からどこに行くの?」

「それは行ってみてのお楽しみということで。もちろん、悪いようには致しませんわ。――そちらのアンジェリーナ=クドウ=シールズさんも、そんなに緊張なさらないでください」

「…………」

 

 亜夜子の言葉に、リーナは口を固く引き結んだまま返事をしなかった。

 そして彼女の言葉はリーナだけでなく、達也の表情にも変化をもたらす。

 

「亜夜子達がこうして来たのは、母上の差し金か? 母上はどこまで把握している?」

「それも含めて、これから話し合うことになります」

「……分かった」

 

 亜夜子の返答に何かを感じ取ったのか、達也はそれ以上何も訊かなかった。そんな彼に深雪が慮るような視線を向けようとし、助手席から何やら視線を感じて直前で踏み留まる。

 若干の重苦しい雰囲気に包まれながら、ワゴン車は街頭カメラが設置されていない道路を選んで走っていく。

 

「ねぇねぇ、おトイレ行きたいんだけど」

「……シンちゃん、少しは空気を読んで」

 

 

 *         *         *

 

 

「保護対象は?」

「はっ! 突然乱入したワゴン車に乗り込み、そのまま離脱しました! 現在A班とB班で、その行方を追っています!」

「分かった。A班とB班はそのまま、それ以外は先程のドローンの出所を探れ」

「はっ!」

 

 モールから外に出た風間が部下からの報告を受け、そして指示を受けた部下が敬礼して走り去っていく。

 小さく溜息を吐く風間だったが、その表情は任務に失敗したにしては悲壮感の類が見られない。

 それよりも彼の関心を占めていたのは、先程のモール内での出来事についてだった。

 

「あの魔法障壁は、おそらく黒髪の少女だな……。あの歳で多くの敵に囲まれて走りながら、自身を起点とした障壁魔法をあれほど正確に維持できるとは……。少年が使う魔法は見たことも無いが、状況判断のスピードと的確さは目を見張るものがあるな……」

 

 顎に手を当てて考えに耽るその様子は、何かを値踏みしているようにも見えた。

 

 

 *         *         *

 

 

 道中2回ほど車と運転手を入れ替えながら亜夜子達がやって来たのは、数多くのクルーザーや高級帆船などが停泊するマリーナだった。ショッピングモールほどではないが観光客もそれなりに見られる場所であり、指名手配されているしんのすけが来るのは不都合だと思われたが、ここの人々はニュースを見ていないのか特に反応は無かった。

 そうして亜夜子の先導でしんのすけ達4人が連れられたのは、1艘のクルーザーだった。一般的なファミリータイプよりも大きいそれは、船酔いを防ぐためにスタビライザーと揺動吸収システムが搭載され、さらには空気抵抗や過剰な光線をカットするために甲板全体が流線型の透明なドームで覆われている。

 当然それだけの機能を備えるだけあって、かなりの高価格だと思われる。しかし亜夜子も達也も深雪も慣れたものだし、リーナも達也の家族がそれだけの財力を持つことに内心驚きはしたものの、クルーザー自体に対する物珍しさといった反応は無い。

 

「おぉっ! 豪華なお船だゾ!」

 

 だがしんのすけだけは、目の前のクルーザーに対して素直な興奮を露わにしていた。あれだけ豪華なホテルに泊まっているのに、と達也たちは一瞬疑問に感じ、そういえば福引の景品で宿泊券を貰ったのだったと思い出して納得した。

 

「こちらのクルーザーにて奥様がお待ちです。沖縄の海を遊覧しながら、ゆっくりと今後について話しましょう」

 

 にこやかに案内する亜夜子の言葉に、リーナが改めて緊張感を覚えた。逃げ場の無い海のど真ん中に連れて行かれることを意味しているからである。

 そうして皆がクルーザーに乗り込もうとした、まさにそのとき、

 

「あら、やっと到着したみたいね」

 

 呑気にも聞こえる声色で独りごちるようにそう言いながらクルーザーのデッキに姿を現したのは、達也・深雪の母親にしてこのクルーザーの所有者でもある深夜(みや)だった。真夏の炎天下ではあるが透明なドームの中にいるからか、ほとんど黒に近い色合いのロングドレスを身に纏う彼女は、異性を妖しく惹きつけずにおかない妖艶な魅力と、思春期の少女を連想させるような可愛らしさという相反した印象を同居させている。実年齢は40歳を超えているはずなのに、どう上に見積もっても三十代前半くらいにしか見えない。

 あまりの美貌に、リーナは自分の境遇も忘れて思わず彼女に見惚れていたほどだ。そして我に返ってすぐに、しんのすけの反応が気になって彼へと視線を向けた。ビーチで水着の美人な女性をナンパしていた彼のことだ、即座に彼女に対して誘い文句の1つや2つは並べ立てるに違いない。

 

 しかしリーナの、そして同じことを考えていた司波兄妹の予想に反して、しんのすけは彼女に見惚れる様子は無かった。

 むしろ、キョトンとした顔で首を傾げていた。

 

「あれっ? なんでこんな所にいるの――ミヤちゃん?」

「――――はっ?」

「久し振りね、しんちゃん。まさかこんな所で会うなんて思わなかったわ」

「――――はっ?」

 

 しんのすけの、そして深夜の遣り取りに、達也の口から漏れたのは困惑の声だった。

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