嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第ー99話『今明かされる衝撃の事実だゾ」

 クルーザーとは船種の定義として明確な区分があるわけではなく、サロンクルーザー・メガヨット・ギガヨットと呼ばれるタイプの総称とされている。一般的には25フィート以上の船舶で、サロンまたはラウンジ、トイレ、キッチン(ギャレー)、ベッドルーム、シャワーなどといった居住空間と居住設備のあるレジャー用のそれを指す場合が多い。

 そして深夜(みや)の乗るクルーザーはザッと見積もっても40フィートから50フィートはあり、内装はそれこそ都内の高級ホテルにも見劣りしない立派なテーブルやソファーが置かれ、先述の居住設備は一通り揃えられている。

 

「…………」

 

 彼らが座るのは、中央のテーブルを囲むようにCの形をした豪奢なソファー。通常の直線型と違って明確に顔を突き合わせるタイプではないが、今は彼らの精神状態を表すかのように、達也・深雪・リーナと深夜・しんのすけとのグループ間に若干の距離が空いている。

 ちなみに桜井はバーカウンター越しのキッチンにいて、客人であるしんのすけ達の飲み物などを用意している。そして彼らをここまで連れて来た亜夜子は、全員がクルーザーに乗って出港するのをマリーナから見送ったため姿は無い。

 

「間に合わせで申し訳ないけど、良かったらどうぞ」

「おぉっ、チョコビだ! いってきまーす!」

 

 市販のパッケージそのままではなく、わざわざ洒落たガラス製の大きな容器に入れて桜井が持って来たチョコビの山に、しんのすけは目を輝かせてそれに手を伸ばした。

 

「それと飲み物をどうぞ。――まずは、しんちゃんのプスライト」

「どもども~」

「奥様は、こちらのシャンパンで宜しいでしょうか?」

「えぇ、構わないわ」

「達也くんと深雪ちゃんは特に要望が無かったから、とりあえず麦茶ね」

「……はい、ありがとうございます」

「お手数をお掛けします」

「いえいえ。――そちらのお嬢様は、本当に何もいらないのですか?」

「……えぇ、ワタシは遠慮するわ」

 

 桜井が(リーナを除く)それぞれの飲み物をテーブルに置いて、深夜の背後に控えた。

 そうして話をする体勢が整ったものの、リーナは立場上迂闊に口を開くことはできず、達也と深雪も口を引き結んで出方を窺っている様子だった。深夜は微笑を浮かべるのみで口を開かず、しんのすけはチョコビをボリボリと頬張っている。

 やがて小さく溜息を吐いた達也が、最終的に口火を切る運びとなった。

 

「……野原くんは、母と知り合いだったのか?」

「うん、そうだゾ。っていうか、ミヤちゃんに子供がいただなんてビックリだゾ! そもそも結婚してることすら知らなかったし! ――ねぇねぇ、ミヤちゃんの旦那さんってどんな人?」

「別に、取るに足らない男だったわ。もう離婚してるし」

 

 吐き捨てるようにそう言い放つ深夜に、しんのすけは「ほうほう」と頷いた。自分から訊いておきながら、彼も深夜の夫に対する興味は薄そうだ。

 その証拠に彼はそれ以上何も訊かず、深夜と深雪の間で視線を行ったり来たりさせる。

 

「でも確かにこう見ると、深雪ちゃん、出会った頃のミヤちゃんにソックリですな!」

「えっ? お母様と出会った頃? でもそれって――」

「あぁ、深雪には話してなかったな。野原くんは春日部出身で、例の現象に巻き込まれた影響で歳を取らない時期が長かったんだ。――もっとも、それが中学生の頃の母上と面識がある理由にはならないのですが……」

 

 言葉を紡ぎながら、達也の視線は深夜へと向けられる。

 そして深夜はそんな彼に対し、優雅に微笑んでシャンパンを口にする。

 

「普通に考えて、母上が見ず知らずの野原くんを助ける義理はありません。しかし亜夜子達まで動かしてこうして野原くんを保護したということは、それだけ彼に対する義理が存在することになります」

「……聞きたいかしら?」

「ぜひとも」

 

 達也の力強い返事に、深夜は「そうねぇ……」と言って視線を逸らす。

 いや、先程から顔を青くして全身で緊張を露わにするリーナに視線を向ける。その瞬間、リーナの体がビクンと跳ねた。

 

「彼女は何者なのかしら?」

「詳しいことは本人からも聞いていませんが、おそらくUSNA軍の魔法師部隊“スターズ”の隊員候補生と思われます」

 

 あっさりと彼女の正体を口にする達也にリーナが思わず「ちょっ……!」と口を挟みかけ、すぐに深夜の面前であることを思い出して口を閉ざす。

 

「あぁ、確か“スターライト”だったかしら? どうしてそんな人間が日本にいるのか、そしてしんちゃんに近づいたのか、それについては聞いているかしら?」

「日本に来た目的については、野原くんが泊まるホテルの運営会社である“スウィートボーイズ”から逃げ出した1人の男の亡命を手助けするためだそうです。それがなぜ野原くんと接触することに繋がるのか、それに関してはまだ聞いていません」

「成程。――で、どうしてなのかしら?」

 

 まっすぐこちらの目を見つめて尋ねる深夜に、リーナは思わず逃げるように視線を逸らした。

 しかし深夜は彼女の態度に機嫌を損ねるどころか、クスクスと楽しそうに笑みを漏らす。

 

「あらあら、随分と怖がられてるわね。それじゃ、訊き方を変えましょうか。――あなたが彼に近づいたのは、彼を助けるためかしら? それとも、彼を害するためかしら?」

「……私は、彼の身の安全を守るため、と聞いています」

「つまり、詳しいことは何も聞いていないと?」

 

 深夜の問い掛けに、リーナはコクリと小さく頷くことで答えた。誰1人味方がおらず敵に囲まれ、しかも周りは海で逃げ出す方法も無いという状況を考えれば、まともに会話が成立するだけでも褒められたものだろう。

 深夜は少しの間考える素振りを見せ、そして再び口を開き――

 

「ミヤちゃん、さっきから何だか怖いゾ。リーナちゃん、怖がってるじゃない」

 

 と、ボリボリとチョコビを咀嚼して炭酸飲料で胃の中に流し込んでいたしんのすけが、ふいに会話に割り込んで深夜に苦言を呈してきた。

 深夜の視線が、リーナからしんのすけへと移る。

 その瞬間、ジワリと醸し出されていた剣呑な雰囲気がフッと消えた。

 

「ごめんなさい。初めて会った子だから、つい警戒しちゃって」

「んもう、人見知りな性格は相変わらずですなぁ。リーナちゃんはここに来るまでに、何度も変な人達からオラを助けてくれたんだゾ。そんなに心配しなくてもダイジョーブだって」

「そうね。しんちゃんがそう言うのなら、信じることにしましょう」

「えっ!?」

 

 深夜がそう発言した途端、達也が微かに、そして深雪が露骨に驚きの表情を浮かべた。特に深雪など、思わず声をあげてしまったほどである。

 

「深雪さん、何をそんなに驚いてるのかしら?」

「い、いえ、その……。随分とあっさり信じるなと思いまして……」

「信じる、とは少し違うかもしれないけれど……。まぁ、彼がそう言うのならそうなんでしょう」

「はあ……」

 

 深夜の答えに、深雪は要領を得ないといった感じに首を傾げた。達也も変化に乏しいながらも眉を寄せて怪訝そうな表情を見せているが、口を挟む様子は無い。

 それを確認してから、深夜は仕切り直しとばかりに手をパンと叩いた。

 

「さてと、それじゃ私としんちゃんがどうやって出会ったかについてだけど」

 

 頭の中で文章を組み立てているのか虚空に視線を遣って話す深夜に、達也も深雪も、そして先程まで精神的に追い詰められていたリーナも興味津々な様子で身を乗り出す。

 

「といっても、私がしんちゃんと直接的に何かあったわけではないのよね。私が初めてしんちゃんと顔を合わせたのは日本の本邸だったし、そのときには()()()()()()()()()だったから」

「そうそう。日本に戻ったときにお礼がしたいって言われて、お(ウチ)にお呼ばれしたときにミヤちゃんと初めて会ったんだゾ」

「それが、お母様が今の私と同じ中学生くらいだったときってこと?」

 

 深雪の問いに「そうそう」としんのすけが頷いたところで、達也がハッとした表情になって彼へと身を乗り出した。

 

「野原くん。その『お礼がしたいから』っていうのは、どういう意味だ?」

「えぇっと、ミヤちゃんの妹の“マヤちゃん”が変な人に誘拐されて、それを偶々オラが助けたんだゾ。その後も()()()()()()()()んだけど、あちこち逃げ回ってる内にどうにかなって、何とか日本に帰って来られたんだゾ。いやぁ、あのときは大変でしたなぁ」

「『日本に帰って来られた』ってことは、それまで海外にいたってことだな。どこだ?」

「えぇっと……。ミヤちゃん、あのときの中国って何て呼ばれてたんだっけ?」

「――――!」

 

 直接的な答えではなかったが、それだけで達也の中で1つの確信が生まれた。

 

「……大漢(だいかん)か」

「おぉっ、確かそんな名前だった気がするゾ。よく知ってるね」

「本当、私の息子は優秀ね。――今は存在しない国のことも、すぐに思い出せるんだから」

 

 第三次世界大戦が勃発して早々、東アジア大陸国家(中国がビルマ北部・ベトナム北部・ラオス北部・朝鮮半島を征服してできた国)が分裂した。北部は大亜細亜(あじあ)連合、南部は大漢を名乗り、中華統一を懸けて激しく対立していた。

 物量では大亜連合に分があったが、この地域で大戦前より魔法開発をしてきた崑崙方院(こんろんほういん)が大漢側についたことで軍事力的には拮抗していた。しかし大戦末期、その崑崙方院が突如壊滅する事件が発生、それにより軍事力の中核を失った大漢はたちまち崩壊、最終的に大亜連合に併合されることで決着がついた。

 崑崙方院が壊滅した原因については、今もなお詳しい事実は分かっていない。しかし崑崙方院では前々から内部で激しい権力争いが行われており、それの激化による自滅との見方が有力視されている。

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!」

 

 と、ここでリーナが大声をあげて会話に割り込んできた。

 

「ミヤ、マヤ、中学生、大漢――」

「どうしたの、リーナちゃん?」

「シンちゃん。まさかとは思うけど、そのミヤって人の苗字って……」

「え? “四葉”だけど、それがどうかした?」

「――――!」

 

 リーナはあまりのショックに、一瞬意識が揺らぐ心地がした。先程まで精神的に追い詰められていたとき以上に、彼女の顔色は悪い。

 

「ミヤ・ヨツバ……! まさかあなた、“忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)”なの……!?」

「あら、私のことを知ってるの? 活動してた時期は、随分と昔だったはずだけど」

「あなたのことは、今でもUSNA軍の中では語り草となってるわ。……まさか、まだ生きていたなんて思いもしなかったけど」

「死んだなんて、誰も言ってないわよ」

 

 おどけた様子でそう答える深夜に、リーナは顔が歪んで笑みにも見える表情を達也と深雪へと向けた。

 

「あなた達、只者ではないとは思ってたけど、まさか四葉家の人間とはね……」

 

 達也は軽く肩を竦めるに留め、深雪は逃げるように目を伏せる。どちらも四葉家であることに対する自負といったものは見られないが、四葉家の評判などを考えればそのような反応も無理ないかとリーナは納得する。

 

「あれ? そういえば達也くんと深雪ちゃん、最初に自己紹介したとき別の苗字じゃなかった?」

「あぁ、離婚したことを周りには公表してなくてな、対外的には父親の苗字を使ってるんだ」

「ほうほう、大変ですなぁ」

 

 いや、そんなことよりも、今は四葉家と野原しんのすけとの繋がりについてだ。USNAですら把握してなかった彼の協力者がいただけでも大ニュースだというのに、それがかの悪名高き四葉家ともなれば世界がひっくり返るだろう。

 なぜなら四葉家こそが、世間一般では権力争いの末の自滅と言われる崑崙方院を壊滅に追いやった“首謀者”なのだから。

 

 それは2062年4月のこと。

 当時の台北(タイペイ)にて行われた“少年少女魔法師(マギクラフトチルドレン)交流会”にて、当時12歳だった四葉家の次女・四葉真夜(まや)が誘拐される事件が発生した。彼女は事件から数日後に崑崙方院の支部研究所にて発見、救助されたが、彼女はそこで人道に反する実験の被験体としての扱いを受けていたという。

 崑崙方院が壊滅を始めたのは、それからだった。国中に散らばっていた支部が1つ1つ、蓄積された研究成果ごと徹底的に破壊された。当時関わっていた研究員達は揃って凄惨な目に遭い、軍政府関係機関が入居しているビルに戦闘機が突っ込むなど閣僚や官僚すらも当事者となる大惨事へと発展していった。

 そうして誘拐事件からおよそ半年後、最後に残った本部も落ち、中華大陸における現代魔法の研究成果が全て破壊し尽されたのである。

 

 正確に述べるなら、四葉家が一国を崩壊させたテロ事件の首謀者だと断定されたわけではない。しかし当時の事情、そして事件現場周辺にて四葉家の者と思われる人物に関する記録が多く残されていたことから、今もなお最有力容疑者として疑われている。

 そしてそれ以来、四葉家は“触れてはならない者達(アンタッチャブル)”と呼ばれ恐れられるようになった。

 四葉に手を出せば破滅する、という戒めを込めて。

 

「――――ん?」

 

 と、ここまで考えを巡らせたところで、リーナの口から疑問の声が漏れた。

 

「シンちゃんが四葉真夜を助けたって、さっき言ってたわよね? ということは、四葉家が崑崙方院に乗り込んだとき、シンちゃんも一緒だったってこと?」

「ううん、違うゾ。マヤちゃん以外の四葉の人達と初めて会ったの、日本に帰る直前だもん」

「えっ? それじゃシンちゃんは四葉真夜と一緒に崑崙方院の研究所に連れていかれて、自力でそこから脱出したってこと?」

「その回鍋肉院(ホイコーローいん)とかいうのに捕まったことは無いゾ。鬼ごっこで逃げるのは得意ですからな!」

「崑崙方院ね。――えっ? ちょっと待って」

 

 頭の中が混乱してきたらしいリーナがしんのすけに掌を差し出しながら、こめかみにもう片方の手の指を当てて考えを整理する。

 

「つまり四葉真夜は、研究所に連れていかれてない?」

「だってオラが助けたもん」

「ってことは彼女はシンちゃんと一緒に逃げていて、でもそれを知らなかった四葉家が報復として崑崙方院を襲撃して壊滅させた?」

「いいえ、早々に真夜の無事は確認していたわ。でも2人の動きが激しくて、なかなか合流できなかったの。運良く近づけても何かしら起こってまた離れ離れ、の繰り返しでね」

「いやぁ、元造おじさん達もアイツらの仲間かと思って、だから頑張って逃げてたんだゾ。味方なら味方って初めから言えば良いのに」

「父の話だと、結構激しく主張してたみたいだけど」

 

 しんのすけと深夜との会話が、何やら思い出話のような雰囲気になっていく。

 しかしそれは、リーナによる問い掛けによって阻止された。

 

「えっ? それだと、四葉家が崑崙方院に報復する理由が無いんじゃ?」

「どうしてそう思うのかしら? 仮にも当主の娘が誘拐されたのよ? いくら無事だったとはいえ、ハイそうですかで許せると思う?」

「確かにそうかもしれないけど、だからって徹底的に滅亡させようとは思わないわ。崑崙方院を相手にするということは、すなわち一国をそのまま相手取るのと一緒よ。いくら四葉家の戦力が高いからといって、さすがに一国を相手に無傷で済むなんて思えない」

「でも実際には、大漢に行った者全員がそっくりそのまま日本に帰ってきた。――達也さん、そうよね?」

「はい、その一件で四葉家の誰かが犠牲になったという話は聞きませ――」

 

 深夜からの突然の質問にもタイムラグ無しで答えていた達也が、プツリとその発言を途切れさせた。不思議に感じた深雪が彼へと視線を向け、そして驚愕する。

 今の達也の表情は、普段から冷静沈着な彼らしくない、愕然という感情がピッタリなほどに驚きを露わにしていたからである。

 

「ど、どうしたの、タツヤ?」

「お兄様?」

「達也さん、何かに気づいたようね。聞かせてもらえるかしら?」

 

 戸惑うリーナと深雪、そしてなぜか楽しそうな様子の深夜に促されて、達也が恐る恐るといった感じで口を開く。

 

「まさかとは思いますが……。大漢崩壊は、四葉家によって引き起こされたものではない?」

「――――!」

 

 達也の“仮説”は、深雪に大きな衝撃を齎した。四葉の後継者候補として育てられた深雪だからこそ、その衝撃は大きいといえる。

 なぜなら達也が現在与えられている“守護者(ガーディアン)”というのは、そもそも四葉真夜の誘拐事件があって作られたものだからだ。あのような“悲劇”を二度と繰り返さないために、絶対に裏切らない忠実なボディガードを必要としたのである。

 なのでその元凶である“悲劇”自体が嘘だった、そしてそれに対する報復も四葉家の仕業ではなかったとなれば――

 

「では達也さん。仮にそうだとすれば、四葉家の人間は大漢で何をしていたのかしら?」

「……“真の首謀者”のサポート」

「具体的には?」

「……首謀者が自分達であると捏造するための裏工作」

「なぜ、それをする必要があると?」

「……その“真の首謀者”に恩義があり、自分達が泥を被ってでも守ろうとしたため」

「では、我々がそうまでして守ろうとした“真の首謀者”とは?」

 

 深夜の問い掛けに達也は答えず、代わりに視線を“そちら”に向ける。

 深雪が、リーナが、その後に続く。

 その視線の先にいたのは、

 

「穂波ちゃん、チョコビとプスライトお代わり~」

「そんなに食べると夕飯が入らなくなっちゃいますよ」

「ダイジョーブ! 育ち盛りですから!」

 

 今まさにおやつと飲み物を桜井に催促している、しんのすけだった。

 

「えっ――! ちょ――――」

 

 リーナが体を跳ね上げるようにソファーから立ち上がり、その際にガシャン! とテーブルに膝か脚をぶつけた。しかし彼女はそれに痛みを覚える余裕も無いのか、顔を引き攣らせてしんのすけを恐怖に染まった目で見つめている。

 

「おっ? どうしたの、リーナちゃん?」

「シンちゃんの“主人公補正”って、国1つ滅ぼすほどの力を秘めてたの!? そ、そんなの、世界を救うも滅ぼすも思いのままじゃない!」

「大漢崩壊は、別に彼の意思で行われたことじゃないわ。ただ単に彼は自分に降り掛かる災難に対処しただけであって、その結果国が1つ滅んだだけよ」

「そんな『自宅に出たゴキブリを駆除するために自宅を全焼させました』みたいなことある!?」

「実際に起こったのだから仕方ないわ」

 

 シレッと言い放ってシャンパンを呷る深夜に、リーナは納得できないといった表情で口をパクパク開いたり閉じたりを繰り返した。とはいえこれ以上の問答に意味は無いと悟ったのかゆっくりとソファーに座り直し、そして今になって痛みを感じてきたのか膝の辺りを手で擦っている。

 

「リーナちゃん、大丈夫? チョコビ食べる?」

「……えぇ頂くわ、ありがとね」

 

 もそもそとチョコビを食べ始めるリーナを横目に、達也が深夜に問い掛ける。

 

「大漢崩壊の真相を知っているのは、四葉家の者だけですか?」

「四葉家の中でも当時の作戦に参加していた者、そしてその親族だけね。ただ親族とはいっても、私達より下の世代には話していないし、しんちゃんと四葉家の繋がりも知らないわ。黒羽家の文弥くんと亜夜子ちゃんは知ってるけど、それはあくまで“任務”の都合上例外的にって感じね。――だから達也さんと深雪さんだけ仲間外れにしてたわけじゃないのは理解してちょうだい」

「……いえ、そこは別に気にしていませんが。つまり、四葉家以外でこれを知る者はいないと?」

「えぇ、そうよ。――()()()()以外はね」

 

 意味ありげな視線を向けるだけで最低限の単語に留めた深夜の台詞だが、達也はそれだけで誰のことを指すのか理解したようで特に訊き返すことはしなかった。

 代わりに、別の疑問を口にする。

 

「それでは、なぜそれほどまで厳重に秘匿されていることを、部外者であるリーナがいるこの場で話したのですか?」

「――――!」

 

 チョコビをモソモソと咀嚼していたリーナが、自分の名前が出たことで咄嗟に口の中の物を飲み込んだ。

 そして達也の質問に対し、深夜はニッコリと笑みを浮かべた。

 その笑顔に、なぜかリーナは背筋に寒気が走る心地がした。

 

「答えは簡単。――彼女は既に、しんちゃんに“仲間”として認識されているからよ」

「へっ?」

「おっ?」

 

 予想外の答えに素っ頓狂な声をあげるリーナと、自分の名前が出たことに(チョコビをボリボリ食べながら)首を傾げるしんのすけ。

 達也も深雪も反応できない空白の間を狙い撃つように、深夜がリーナに向けて発言を続ける。

 

「あなた、さっき“主人公補正”って発言したところを見るに、それなりにしんちゃんのことを知ってるのでしょう? だったらその能力が()()()()()、そして()()()()()作用するかについても、それなりに知ってるはずよね?」

「それ、は――」

「私の経験則から言わせてもらうと、達也さんも深雪さんも、そしてあなたも、既に野原しんのすけを中心とした“物語”に組み込まれているわ。しかも彼からの信頼を得た“仲間役”としてね」

「ワ、ワタシはまだ彼と出会って数時間ほどしか――」

「時間は関係無いわ。既にあなたは私達と同じ、野原しんのすけの仲間なの。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わよね? 仮にそんなことをしたとしたら、()()()()()()()()()()()()()だもの」

「ひぃ――」

 

 顔を青ざめて小さく悲鳴を漏らすリーナの態度は、完全に幽霊か怪物の類に出会ったときのそれだった。違いがあるとすれば、恐怖の対象は目の前にいる深夜ではないというところか。

 だが、その説明で納得できるのは、あくまで“主人公補正”という言葉だけである程度意思の疎通が取れる者だけであり、

 

「母上、さっきから何を言ってるのか俺達にも分かるように――」

『緊急連絡! 本島方向より、所属不明のヘリを確認!』

 

 達也の声を遮るように船内に響いたのは、運転手による緊迫した声だった。

 

 

 *         *         *

 

 

 20世紀中盤にアメリカで開発され、ベトナム戦争などで活躍した汎用ヘリコプター、UH-1(愛称:ヒューイ)。日本でも長らく軍に正式採用されていた歴史があり、今でも多くの国で現役を続けている、おそらく“軍用ヘリ”と聞けば真っ先に思い浮かべるであろうほどに有名な機体だ。

 そんなヘリが現在、沖縄の海を見下ろして飛行していた。

 

「今度は逃がさないわよ。――野原しんのすけ」

 

 鋭い目つきでボソリと呟く、1人の女性の運転によって。




Q.大漢崩壊って大まかにどういう流れだったの?

A.しんのすけと真夜が逃亡生活をしている中、色々あって崑崙方院の研究所に辿り着く。
  →研究所の魔法師による攻撃に対応する中、色々あって研究所が爆発、データは木端微塵に。
  →四葉家が騒ぎを聞きつけて現場に駆けつけて事情を察知、裏工作を開始する。
  →その間に2人は現場を離れて再び逃亡生活を始める(そして最初に戻る)

Q.『軍政府関係機関が入居しているビルに戦闘機が突っ込む』って具体的に何があったの?

A.2人が逃走先として軍事基地に忍び込む(当然真夜は猛反対)
  →逃走手段として格好良い飛行機を見つけて乗り込む(当然真夜は猛反対)
  →発進したは良いもののまともに動かせるはずもなく、更に敵側の猛攻撃に遭い、やむなく緊急脱出。
  →運転手を失った格好良い飛行機は近くのビルへ(これには真夜もドン引き)

Q.厳重な情報規制を敷かれていた崑崙方院の研究所にどうやって辿り着いたの?

A.さあ。




(2022年8月19日追記)

【作者からのお知らせ】

 現在「追憶編」が途中となっておりますが、現状のペースでは完結の目処が立たないため、先に「ダブルセブン編」を公開させていただくことに致しました。「追憶編」についても続きが完成次第、挿入投稿させていただきます。
 読者の皆様には混乱を招く形となってしまい申し訳ございませんが、何卒ご了承のほどをお願い致します。

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