嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第102話「入学式と役員勧誘だゾ」

 4月8日。国立魔法大学付属第一高校入学式当日の朝。

 達也と深雪、そして新入生である文弥・亜夜子・水波の5人は、入学式が始まる2時間ほど前に校門に到着した。去年も同じように2時間前に学校入りしていたが、去年は深雪が新入生総代として答辞をするため、今年は達也と深雪がスタッフとして入学式の準備をするためである。

 5人は校内に入ると、そのまま最終打合せを行う講堂の準備室へと向かった。部外者である自分達が入って良いのかと文弥達が気にしていたが、去年達也が時間を持て余した経験から強引に連れて来たのである。

 

「おはようございます、達也さん! 深雪もおはよう」

「おはよう、司波くん。時間通りだね」

 

 先に到着していたほのかと五十里と挨拶を交わし、初対面である五十里に文弥達3人が自己紹介をする。

 それが終わった頃に、あずさと花音、そして新入生総代である琢磨が部屋に入ってきた。花音は一通り会場の見回りを終えてきた後だが、あずさはまさに今やって来たためか少しだけビクビクしている。

 

「おはようございます……。あの、もしかして私が最後ですか?」

「おはようございます、会長。時間通りですよ」

 

 本当は3分ほどオーバーしてるのだが、深雪の笑顔はそれ以上の謝罪を許さない(逆の意味での)威圧感があった。

 あずさが予定していた謝罪文句を呑み込んでいる中、後ろから進み出た琢磨が五十里と達也に声を掛ける。

 

「おはようございます、五十里先輩、司波先輩」

「おはよう、七宝くん」

 

 五十里の返事に黙礼し、今度は深雪とほのかの方へ。

 

「司波先輩、光井先輩、おはようございます。本日は宜しくお願いします」

「おはようございます、七宝くん。今日は頑張ってくださいね」

 

 一昨日とは打って変わって殊勝な態度の琢磨に、深雪は可憐な笑みと優しい口調で返事をした。

 しかしこれは、深雪が琢磨を許したということではない。完璧な淑女の振る舞いはあくまで仮面でしかなく、態度を変えただけで先日の無礼を謝罪したわけではない琢磨に深雪の方から歩み寄るつもりはまったく無いのである。

 余所余所しくも文句の付けようがない笑顔に、あずさも五十里も困惑の表情を浮かべた。注意する点が無いため深雪を窘めることができず、かといって漂い始めた気まずいムードを放置するわけにもいかない。

 そんな雰囲気を狙っていたかのようなタイミングで、部屋のドアが勢いよく開けられた。

 

「やっほー、みんな。こんばんはー」

 

 間延びした声で挨拶するのは、しんのすけだった。全員が一斉に彼へと視線を向け、そしてその何人かは助かったとでも言いたげにホッとした表情を浮かべている。

 

「おはよう、野原くん。随分早いんじゃない? 風紀委員の集合時間はもっと後でしょ?」

「いやぁ、何だか目が覚めちゃって。せっかくだから来たんだゾ」

 

 そして真っ先に挨拶を返して雑談風に尋ねる五十里に、しんのすけはそんな答えを返した。ちなみに余談だが、五十里は彼の言い間違いについては早々にツッコむのを止めた派である。

 と、そんな2人の会話が切れた僅かなタイミングを狙って、琢磨が大股でしんのすけに近づいて直角に近い角度に腰を折った。

 

「おはようございます、野原先輩! 本日はどうぞ宜しくお願い致します!」

「お、おぉ……。気合い入ってるね、琢磨くん……」

 

 今までの誰に対してよりも一際力の籠もった挨拶をする琢磨に、若干引き気味のしんのすけ。

 そしてそんな琢磨に、完璧な笑顔を崩さないまま不穏のオーラを撒き散らす深雪。

 

「――全員揃ったようですから、まずは式次第を確認しましょうか」

「そうね! 時間を無駄にすることも無いわ!」

「まずは、開会30分前の配置から。来賓の誘導は深雪、放送室にほのか――」

 

 達也の提案を花音が即座に賛同し、そして達也がそのまま強引に打合せを始めた。

 あずさは本来自分が行うはずだった役目を後輩に取られて手持ち無沙汰になり、そして部屋の端っこに立つ文弥達については完全に忘れ去られたのであった。

 

 

 *         *         *

 

 

「それじゃ、オラもお仕事に行ってくるゾ~」

「はい! 野原先輩、お気をつけて!」

 

 無事にリハーサルも終了したのを見届けたしんのすけは、本番30分前のタイミングで(琢磨の威勢の良い見送りの挨拶を受けながら)講堂を後にした

 本日の彼の仕事は、校内の警備という風紀委員のいつもの仕事に加えて、迷子となっている新入生の誘導も兼ねている。とはいえ、ボストンバッグを肩に提げたまま巡回する姿は、普通に在校生が荷物を持ったままウロウロしているだけに見えるかもしれない。

 

「いやぁ、今日は暖かくて良い天気ですなぁ」

「絶好の入学式日和って感じね」

 

 1人で巡回しているしんのすけの言葉に返事をするのは、ボストンバッグに身を潜めるトッペマだった。中からチャックを動かせるように改造が施されており、それを使って開けたチャックの隙間からひょっこりと顔を出しているのである。

 

「トッペマって入学式とか出たことあるの?」

「学校は行ったこと無いけど、王家直属の騎士隊の入隊式とかは出たことあるわよ。まぁ、出たっていうか出迎える側なんだけど」

「ほうほう、そういうのもあるんですなぁ」

 

 周りに人がいないのを何となく確認しながら、トッペマを連れたしんのすけは道沿いに歩いて前庭へとやって来た。彼は知る由も無いが、ちょうどそこは去年の今頃に達也が暇潰しで読書をしていて真由美と出会ったときのベンチが置かれた場所だった。

 と、そのとき、

 

「あらっ、しんちゃんに……トッペマ?」

「おっ、真由美ちゃん」

「久し振りね、ヘンダーランド以来かしら」

 

 2人がバッタリ顔を合わせたのは、真由美だった。もし近づいてくるのが別の人物だったらトッペマも鞄に隠れていただろうが、ヘンダーランドで共闘した彼女ならとそのまま挨拶を交わす。

 

「しんちゃんと一緒に行動してるのね」

「いつどこで、マカオとジョマの奴らに襲われるか分からないからね」

「……ごめんなさい。七草家でも調査してるけど、奴らについては今のところ何も情報が掴めていないの」

「あぁ、別に気にしないでちょうだい。そう簡単に奴らが尻尾を掴ませるとは思っていないし」

「ところで真由美ちゃん」

 

 ふいに会話に割り込んできたしんのすけが、まじまじと真由美を観察する。

 彼女はもう一高生ではないため私服姿なのは当然だが、胸元にフリルをあしらったブラウスに丈の短いジャケット、膝下丈のタイトスカートという、一高女子の制服からそれほどかけ離れた印象ではないスタイルだ。

 しかしヒールの高い真紅のパンプス、薄化粧でありながら彩りを増したメイク、大きなリボンに代わって髪を纏める鼈甲(べっこう)色のバレッタによるものか、今の彼女は先月までとまるで別人のように大人びている。

 

「いやぁ、しばらく見ない間に大人になっちゃって~」

「ちょっとしんちゃん、卒業式から1ヶ月も経ってないでしょ」

 

 まるで久し振りに会った親戚のようなことを言うしんのすけに、真由美は気の抜けた苦笑いを浮かべた。彼女の言う通り最後に会ってから1ヶ月足らずとはいえ、少しも変わったところの無い彼の姿に、真由美はなぜかホッとしたような心地になった。

 

「何だか制服じゃない真由美ちゃんって新鮮かも」

「そうかしら? 九校戦のときだって、行き帰りのバスでは私服だったでしょ?」

「でもあのときと違って、今日の真由美ちゃんは何だか大人っぽいゾ」

「そ、そうかな? 大学生になったからかしら? 一昨日に入学式を終えたばかりなんだけど」

「きっとそうだゾ! いやぁ、そうして見ると、何だか真由美ちゃんが年上に見えますなぁ」

「もう、しんちゃんったら! 自分よりも年上に見えるだなんて――ん?」

 

 しんのすけに褒められて良い気分になっていた真由美だが、ここに来て彼の発言に違和感を覚えて笑みを消した。

 

「いやいや、ちょっと待って。しんちゃん、私の方が普通に年上よね?」

「えっ? 真由美ちゃんも、オラみたいに100年くらい生きてるの?」

「……あっ、そ、そういう意味ね! そりゃしんちゃんの実年齢からしたら、私どころか九島閣下すら年下になっちゃうものね! けっして『高校2年生としての自分から見て』って意味ではないわよね!」

「いや、普通にそういう意味だけど」

「はあああああああっ!?」

 

 もしも達也が見れば『怒髪天を衝くとはこのことか』などと考えそうな勢いで、真由美はしんのすけへと詰め寄った。

 

「ってことは何!? しんちゃんはずっと、高校1年生の立場で私のことをずっと年下だと思ってたって言いたいわけ!?」

「うん」

「『うん』って! そんなアッサリと認める!? っていうか、私の方が2つも学年が上なんだから、普通に考えて私の方が年上でしょ!?」

「そりゃそうなんだけど、真由美ちゃんと話してると、何だか妹のひまわりを相手にしてるような感じになってたゾ」

「……ちなみに、そのひまわりちゃんの学年は?」

「今年、小学6年生になるゾ」

「小学生!?」

 

 その発言で彼女の何かが切れたのか、ただでさえ近くなっていた間隔を更に詰めてきた。もはや“至近距離”と表現して差し支えないほどにまで近づき、身長差から睨め上げるような目つきへと変化する。

 当人達は意識していないだろうが、第三者の誤解を招きかねない距離感である。

 

「ほら、よく見なさいよ! 背は少し低いけど別に童顔ってわけじゃないし、体つきだってむしろ同世代の中ではメリハリのある方なんだからね!」

「おぉっ、どうしたの真由美ちゃん、テンション高いね」

「しんちゃんって、年上のお姉さんが好きなんでしょ!? ほら、目の前に年上のお姉さんがいるわよ! ほら! ほら!」

「今日の真由美ちゃん、すっごく面倒臭いゾ……」

 

 ほとんど怒り顔でズイズイと詰め寄ってくる真由美に、ウンザリしているという感情を一切隠す気の無いしんのすけ。いくら互いに密着しそうなほどに距離が近いといっても、その表情も込みで見れば“良い雰囲気”だと表現できる者はまずいない。

 しかしそれは裏を返せば、遠巻きに見ればそう表現できなくもないということで、

 

「こらーっ! お姉ちゃんから離れろ、このナンパ男!」

 

 その叫び声がしんのすけの耳に届き、彼は声のした方へと目を向けた。ちなみにその瞬間、トッペマは即座に鞄の中に身を潜めていた。

 甲高い声に相応しい小柄な少女が、桜並木に挟まれた道をこちらへと一直線に駆け抜けてくるのが見えた。癖の無い髪をショートカットにした一高制服に身を包むその少女は、駆け寄る姿も相まって活発で体育会系の印象を抱く。

 

「――えっ、香澄(かすみ)ちゃん!?」

 

 そんな彼女に、真由美は驚きと共に彼女の名前を口にした。そして先程の彼女の言葉を思い返し、顔をしんのすけへと戻して、慌てた様子で勢いよく1歩後退した。顔を紅くしたその様子から、どういう誤解をされたのか思い至ったのだろう。

 だがしんのすけは、どうやら真由美の妹らしい香澄という少女をジッと見つめるだけで、彼女が何をそんなに怒っているのか未だに見当もついていない様子だ。そしてそれは、香澄の体がフワリと浮き上がり、小柄な体が空中で加速しながら放物線を描かず一直線に飛び、突き出された膝が彼の顔面めがけて襲い掛かってきても変わらない。

 そうして彼女の膝はしんのすけの顔面に――当たらなかった。

 

「えっ――」

 

 しんのすけの両足が地面から離れるどころかズレることもなく、上半身だけを仰け反らせて香澄の飛び膝蹴りをアッサリと避けた。彼女の口から困惑の声が漏れる中、彼女の体は元々彼の頭があった空間の目前で急激に減速し、そして空中でピタリと静止した。

 

「このっ――!」

 

 そこから香澄がしんのすけに向かって懸命に蹴りを繰り出すが、体重を預ける場所も無い空中では単に脚を伸ばしただけでしかない。故にスピードもほとんど乗らず、よってしんのすけも簡単に彼女の蹴りの軌道上に左手を滑り込ませることができた。

 その左手は、猫の手のように指が折り曲げられていた。

 

 ぼよんっ。

 

「わーっ!」

 

 可愛らしいとはあまり言えない悲鳴をあげて、香澄は蹴りを繰り出した勢いそのままに後ろに吹っ飛んだ。とはいえ蹴り自体がそこまでではなかったため、ほんの数メートルほどの距離でしかない。

 しかし彼女がバランスを崩すには充分で、このままソフトコート舗装の地面に激突すれば、頭を打つことは無くても体のあちこちに出血を伴う打撲痕を刻むことになるだろう。そのまま入学式に臨んだとなれば、高校生になったばかりの少女にとって辛い経験となるに違いない。

 だがそれは、香澄の体に貼りついた魔法式によって防がれた。彼女の身を守る情報強化の防壁であるエイドス・スキンを一切損なうことなく展開された魔法によって、彼女の落下速度が緩やかになっていく。

 自分自身に対して魔法を掛けたのなら有り得る話だが、当の香澄がワタワタと慌てている様子から、その魔法が第三者によるものだと推測できる。もっとも、しんのすけがそのような推測をすることは一切無いが。

 

「香澄ちゃん、大丈夫ですか!?」

「助かったよ泉美(いずみ)、ありがとう」

 

 そうしてゆっくりと地面に下り立った香澄の傍に、髪型以外は彼女とまったく同じ顔、同じ体格の少女が駆け寄った。誰が見ても香澄と一卵性の双子だと分かる光景だが、ストレートの髪を眉の高さと肩に触れる長さで切り揃えるその少女・泉美は、香澄と比べて文学少女というかインドアの印象を受ける。

 

「泉美、こいつナンパ男のくせに強いよ」

「えっと、香澄ちゃん? というか、この方は――っ!」

 

 瞳に敵意を燃え上がらせる香澄に困惑しながらも泉美はしんのすけへと視線を向けて、そして次の瞬間にその顔を引き攣らせた。

 

「ボクの直感が告げてる、こいつ只者じゃないよ! こうなったらアレをやるしか――」

「ま、待ってください香澄ちゃん! この方は――」

 

 何やら慌てた様子で止めようとする泉美に、聞こえていないのか1人で盛り上がる香澄。

 そしてこの辺りが――真由美の堪忍袋の限界だった。

 

「いい加減にしなさいっ!」

「――――!」

 

 香澄の後ろに立っていた真由美が、彼女の頭上に拳を叩き落とした。その威力は香澄が声も出せないほどに悶絶するほどで、しんのすけはなぜか視界いっぱいに“げんこつ”の文字が広がる光景を幻視した。

 

「お姉ちゃん、いきなり何をするのさ!」

「それはこっちの台詞です! 香澄ちゃん、あなたいきなり何してるの!? 魔法の無断使用は犯罪だって何度も教えたでしょう! それを高校入学の初日から……いったいどういうつもり!?」

「だ、だって、あいつがお姉ちゃんにやらしいことをしようとしてたから……」

「そ、そんなわけないでしょう!? 何言ってるの、あなたは!」

「そうだゾ! むしろオラの方が真由美ちゃんから迫られて――」

「しんちゃん! 話がややこしくなるから今は黙ってて!」

 

 姉妹の話に割り込むしんのすけに、見事なツッコミを入れる真由美。

 そしてその会話を聞いていた香澄は、彼女の発言に含まれていた“しんちゃん”という単語を拾い上げて――サッと顔を青くする。

 

「……えっ? しんちゃん? それって、まさか――」

「そうです。先程香澄ちゃんが襲い掛かったあの方こそが、()()野原しんのすけ先輩です」

 

 泉美がそう答えた瞬間、香澄の目がこれ以上無いほど見開かれた。口をあんぐりと開いてブルブルと震える様子は、まるでリゾート地で凶器を携えた大量殺人鬼に遭遇したかのようである。

 

「えっと、あの、その……! も、申し訳ございませんでした! その、お姉ちゃんが絡まれてると思ったら、居ても立ってもいられなくて、その――」

「私からもお詫び申し上げます、野原先輩。香澄のご無礼をどうかお許しください」

「本当にごめんね、しんちゃん。妹にはキツく言っておくから……!」

 

 見目麗しい美少女3人から一度に謝罪を受けるという、人によっては居心地の悪さを覚えるであろう状況で、しんのすけは真剣な表情で目を瞑り、腕を組んで考え込む素振りを見せる。

 まるで裁判所で判決を待つ被告人のような気分で彼の言葉を待つ、七草3姉妹。

 やがてしんのすけは目を開き、真剣な表情のまま口を開いた。

 

「――三つ子?」

「みみみみみ、三つ子!? 言うに事欠いて三つ子ですって!?」

 

 その一言で再度激昂した真由美が、しんのすけに詰め寄って再び自らの大人っぽさをアピールし始めた。先程のように体を密着させる2人だが、今度は彼らの表情もよく見えるため香澄が勘違いすることも無い。

 

「お姉様、そうやって必死にアピールするところが子供っぽく見られる所以(ゆえん)では?」

 

 泉美の痛烈な指摘に、香澄は隣で苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

「まさか開式30分前の巡回の間に、七草の双子と一悶着起こして顔見知りになるなんて……」

「彼の“主人公補正”の賜物かしら? だとしたら、あの2人も“登場人物”に加わったことになるけど……」

 

 しんのすけ達がいる前庭から少し離れた場所で彼らの遣り取りを盗み見るのは、文弥と亜夜子だった。しんのすけが巡回に出た少し後に「式に参加するため」と称して達也たちの傍を離れ、こうして尾行しつつ様子を窺っていたのである。

 と、文弥が携帯端末を取り出して画面を操作し始めた。

 

「あら? データを消してあげるの?」

「このままだと、たとえ野原先輩が黙っていたとしても、校内に設置された観測装置からいずれ学校側にバレちゃうからね」

 

 説明しながら、文弥が携帯端末を操作する。まるで校内の監視システムにハッキングしてデータを抹消できるかのような口振りだが、それは紛れも無く事実であった。

 達也も深雪も、そして文弥も亜夜子も、色々と探られたくない後ろ暗いところが多い。よって監視システムへの介入手段を構築する必要があると判断した文弥は、春休みいっぱいを掛けて監視システムにハッキングする準備を整えてきた。そしてその結果、第一高校の内部システム限定ではあるが、監視システムに侵入してデータを書き換えるだけの技能を身につけたのである。

 

「よし、オッケー。そろそろ僕達も、入学式の会場に行こうか」

「あぁ、可愛い弟がどんどん腹黒くなっていく……」

 

 憐憫の情を携えた声色で呟く亜夜子を、文弥がジトッとした目で睨みつけた。

 

 

 *         *         *

 

 

 入学式は、特にアクシデントも無く予定通り終了した。琢磨の答辞も無難なものであり、去年のように会場全ての目を釘付けにすることも無ければ、一昨年のように在校生・新入生がハラハラしながら見守ることも無かった。

 とはいえでそれで仕事が終了というわけではなく、来賓の出欠チェックや祝辞の整理、業者との撮影データの受け渡しなど様々な雑務を終えたうえで、ようやく達也たちスタッフは解放された。現在は校門から最寄り駅の間にある喫茶店“アイネブリーゼ”に集まり、コーヒーを片手に(しんのすけだけはジュースとパフェも添えて)雑談に興じている。

 ちなみに参加者は、しんのすけ・達也・深雪・ほのか・雫・幹比古の2年生に加え、今日めでたく一高生となった水波・文弥・亜夜子も顔を並べている。

 

「そういえば、主席くんの勧誘はどうなったの?」

「それが、駄目だったんだよね。本人としては、しんちゃんと同じ風紀委員に入りたいんだって」

「生徒会の勧誘を断ってまで風紀委員入りを希望するなんて、よっぽどしんのすけくんを慕ってるんだね」

 

 感心した様子でそう言う幹比古に、しんのすけは「男にモテても意味無いゾ」と大きく溜息を吐いた。

 

「でもお兄様、今年って生徒会の推薦枠は空いてませんよね?」

「あぁ、確か教職員の枠しかなかったはずだ。とはいえ主席だし、本人が希望すればおそらく通るだろう」

「だとすると問題は、七宝くんの代わりに誰を生徒会に勧誘するかだね」

「新入生が誰も生徒会に入らないというのも、後々を考えると具合が悪いしな」

「そうだ! お兄様、水波ちゃんを役員にするのは如何でしょう?」

 

 深雪の思いつきに、それまで黙って上級生の会話を聞くだけだった水波の表情が強張った。

 

「深雪、それでは水波が可哀想だ」

 

 そして達也が即座にそれを却下したことで、水波はホッと胸を撫で下ろした。

 

「主席を生徒会に勧誘するのが慣例なのだから、代わりの候補も入試成績から選ぶのが良いんじゃないか?」

「次席って誰だっけ?」

「七草泉美さんだね、七草先輩の妹さんの。3位も同じく七草先輩の妹さんの香澄さんで、上位3人は本当に僅差だったから誰が1位になってもおかしくなかったんだって」

「ほうほう、あの2人ってそんなに成績良かったのかぁ」

「あれっ? しんちゃん、2人に会ったことあるの?」

「今朝学校の見回りをしてたときにね。いやぁ、真由美ちゃんと話してただけなのに、香澄ちゃんがいきなり襲い掛かって――」

「そ、それで達也兄さん! 生徒会役員についてはどうするのですか!?」

 

 しんのすけの言葉を遮って尋ねる文弥に、達也は(気になりはしたものの)フムと腕を組み、

 

「近日中に2人を勧誘してみるしかないな。もちろん決めるのは会長だが、最終的には本人のやる気次第だ」

 

 結局のところ達也をもってしても、そのような当たり障りの無い考えに帰結するしかなかった。

 

 

 

 

 達也がトイレで手を洗っていると、幹比古が中に入ってきた。偶然タイミングが重なっただけだろうと達也はそのまま出ていこうとするが、彼の「達也」という呼び止める声に達也はその足を止める。

 

「どうした、幹比古? 向こうじゃ話しにくい話題か?」

「……達也は話が早くて助かるよ」

「あまり長居しない方が良い。しんのすけ辺りにからかわれるぞ」

 

 達也の言葉に、幹比古は慌てた様子で本題に入った。

 

「今日の式に、新任のローゼン日本支社長が来てたのは知ってる?」

「あぁ、一言だけ挨拶させてもらった。今日は()()()()時間が無かったからな」

 

 幹比古の言う“ローゼン”というのは、酢乙女家と魔法工学機器メーカートップの地位を争っているドイツの企業“ローゼン・マギクラフト”のことだ。達也は昨年夏の九校戦後夜祭にて、当時の日本支社長から熱心な勧誘を受けていた。

 

「名前はエルンスト・ローゼン。ローゼン本家の人間らしいな」

「そうだね、久々の大物だって業界紙が騒いでる。――そして彼は、エリカのお母さんの従弟に当たる人物だ」

 

 迷いを振り切るような、少し自棄になったような目つきで話す幹比古に、さすがの達也もポーカーフェイスを保てなかった。

 幹比古の話によると、エリカの母方の祖父が日本人女性と恋に落ち、親族の反対を押し切って日本に逃げてきたらしい。それ以来本家とは断絶状態で、女性の実家も2人の関係をよく思わなかったこともあり、娘であるエリカの母親は相当苦労したようだ。

 そしてその一件以来ローゼン本家は日本に良い印象を持っておらず、商売上日本に拠点を置くことはあっても本家の人間が籍を置くことは無かったらしい。

 

「僕の考えすぎかもしれないけど、エルンスト・ローゼンの来日はエリカと無関係じゃない気がするんだ」

「それで、俺にどうしろと?」

「具体的に何かしてほしいわけじゃないよ、ただ気に掛けてほしかったんだ。――いや、そうじゃないね。僕1人が抱え込むには少し重すぎるから、達也を巻き込んでおきたかったのかな」

「ひどい話だ」

 

 幹比古に対する達也の率直な感想は、言葉に反して非難する色合いを持たなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 4月10日。新入生にとっては入学3日目の昼休み。

 達也は生徒会室で、香澄と泉美と向かい合っていた。こちらは達也1人ではなく他の生徒会役員も一緒なのだが、彼としては既視感を刺激されるシチュエーションである。あのときは深雪の付き添いでこの部屋にやって来て、そしてあれよあれよと風紀委員に入る羽目になってしまった。

 もしあのときこの部屋に来なければ、自分は平和な高校生活を享受していただろうか。

 達也はそんな疑問を覚え、

 

「おぉっ! 達也くん、今日のメニューはチーズハンバーグだゾ!」

 

 すぐにそれが甘い考えであるという結論に至った。

 

「それでは、私達のどちらかを生徒会役員として取り立ててくださるということですか?」

「やる気があるなら、もちろん2人一緒でも構わないが」

 

 泉美の発言で意識をこの場に引き戻した達也がそう返事をすると、泉美はうっとりとした表情で頬に手を当て、そして香澄は真剣な表情で考え込む仕草を見せた。

 

「深雪先輩とご一緒に仕事できますなんて……夢のようです」

「……深雪、彼女とは既に会っているのか?」

「えっと、入学式が終わった後に少し……」

「九校戦の中継で拝見しておりましたが、こうして直にお目に掛かりますとその何倍もお綺麗で、まるでこの世に降臨なされた女神様のようです……。それはもう、ぜひとも私のお姉様になっていただきたいくらいで……」

「泉美ちゃん、本物のお姉ちゃんが悲しむよ」

 

 泉美は香澄の言葉も無視して、深雪の美貌を目に焼き付けるのに夢中だ。今の彼女にとっては、深雪が何の感情も読み取らせない鉄壁の愛想笑いであってもまったく問題無いのだろう。

 

「では泉美さん、生徒会に入っていただけますか?」

「はい、喜んで!」

 

 できれば彼女を敬遠したいという本音をひた隠しにして問い掛ける深雪に、泉美はますます熱を帯びた眼差しをまっすぐ彼女に向けて答えを返した。

 そうして愛想笑いを貫く深雪を横目に、達也は香澄へと視線を移した。

 

「それで、君はどうする?」

「……お誘いいただいて申し訳ございませんが、生徒会入りは辞退させていただきます」

 

 わざわざ椅子から立ち上がって深く頭を下げる香澄に、達也としても「そうか」と答えるだけで無理強いすることは無かった。他の役員からも残念そうな雰囲気を感じるが、本人にその意思が無ければどうしようもない。

 そうして勧誘の話もこれで終わり――と思いきや、香澄は椅子に座らず体の角度を少しズラして向き直る。

 その先に座るのは、しんのすけだった。

 

「無礼を承知でお願い致します。野原先輩、私を風紀委員に入れていただけないでしょうか?」

「えっ?」

 

 我関せずといった態度でハンバーグを頬張っていたしんのすけはキョトンとなり、他の役員や泉美は思わぬ展開に目を丸くする。

 

「入学式のとき、野原先輩の実力を拝見する機会がありました。ぜひとも野原先輩の傍で勉強させていただきたいのですが」

「……だそうだ。しんのすけ、どうする?」

「どうするって言われても、オラはどっちでも良いゾ」

 

 琢磨と違って女子からの申し出だが、しんのすけのテンションは変わらないようだ。

 

「当校の風紀委員のシステムは知ってますか?」

「はい、姉から聞いてます」

「なら話は早いですね。今年は教職員推薦枠が()()空いてるので、先生方と千代田委員長からは私の方から話を通しておきますね」

 

 あずさの提案に、香澄は「ありがとうございます」と頭を下げた。一連の遣り取りを泉美がポカンとした表情で眺めているところを見るに、彼女にも自分の意思を伝えていなかったのだろう。

 

 ――しかし“七”の家系が同級生になるだけでなく、どちらも風紀委員入りするとは……。

 

「いやぁ、生徒会でも新入生を確保できて一安心ですよ。今年は何事も無く勧誘期間に入れそうですねぇ」

 

 のほほんとそんなことを言うあずさだが、残念ながら達也はそれに同意できなかった。

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