嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第103話「センパイというのはめんどくさいゾ」

 新入部員勧誘週間2日目となる、4月13日。

 前日の放課後に続き、達也と深雪が部活連本部に待機していた。去年は真由美と服部が務めていたポジションで、勧誘活動のトラブルが発生した際に生徒会の立場で(実力行使を視野に入れた)対応をするためである。

 ちなみに部活連からも、実行部隊として人員が回されている。男女総勢20人を4交代ローテーションで本部に常駐させるスタイルで、人数だけを見れば生徒会や風紀委員すら上回る。

 昨日のメンバーは達也とあまり接点の無い顔触れだったが、今日は達也もよく知る人物がそこにいた。

 

「それにしても不思議だよな、去年は取り締まられる側だった俺が、今年は取り締まる側にいるなんてよ」

「先輩、それ自分で言います?」

「桐原、あまり余計なことは言わないでくれ……。変な勘違いをする奴が出たら困る」

 

 剣術部所属である桐原の言葉に、達也は少し、服部は大分呆れを表に出した反応を見せる。しかしそれに対し、彼の返事は「良いじゃねぇか、俺達以外誰もいないんだし」と呑気なものである。

 と、丁度そのタイミングで3年女子生徒が、小体育館の見回りから戻ってきた。時間的には剣道部の演武が始まったところであり、その1つ前を割り振られていた拳法部はキッチリ時間を守ったようである。

 

「そういえば、先輩は剣道部に出なくても良いんですか? 3月は剣術部よりも参加する時間が多かったじゃないですか」

「……よく知ってるな、おまえ」

「先月まで風紀委員でしたので、時々練習を見学してました」

 

 飄々と答える達也に、桐原は「気づかなかったぜ……」と戦慄と警戒を含んだ眼差しを彼へと向けた。

 

「別に移籍したわけじゃねぇよ。再来週にある剣道部の練習試合に出させてもらうことになってな、良い機会だから無駄にしたくなかったんだ」

「成程、そういうことですか」

「……とはいっても、まだまだ野原や代々木コージローに挑戦しようなんて気分じゃねぇけどな。どうにも俺の中では、中学時代の試合が思ったよりもトラウマになってるみてぇだわ」

 

 無理に笑顔を作っているような不自然さで歯を見せて笑う桐原に、達也も深雪もどう返事をすれば良いか分からなかった。

 と、服部のデスクに置かれた電話が鳴り、彼がそれを取って短い会話を交わす。

 

「司波、司波さん。ロボ研のガレージでトラブルが発生した。仲裁に入ってくれ」

「分かりました」

 

 ややこしい呼称で指示を出す服部に、達也と深雪が素早く椅子から立ち上がった。

 

「ロボ研のガレージですか……。あの辺りには確か、魔法競技系のクラブが無かったと記憶していますが……」

「争奪戦が主に行われるのが魔法競技系だというだけで、他の部活で衝突が起こらないわけじゃないということさ」

 

 ドアへと歩きながら、2人がそんな会話を交わす。

 しかし服部の耳はそれを拾い上げ、そして言いにくそうに口元を歪めながらそれに答える。

 

「いや、確かにきっかけはそうらしいんだが、現在トラブルを起こしてるのはどうやら違うみたいでな……」

「……はい?」

 

 

 

 

「いい加減にしなさいよ! スミスくんはロボ研に入るって言ってるでしょ!」

「プレス機の使いすぎで耳がおかしくなったの? スミスくんはそんなこと一言も言ってないし、先に声を掛けたのはウチなんだから、そっちこそちょっかい出さないでほしいわ!」

「早い者勝ちとか、小学生じゃあるまいし。時代遅れのレシプロエンジンに脳味噌までシェイクされちゃったんじゃない?」

「時代遅れですって!? さすが等身大メカ人形遊びに(うつつ)を抜かしてる最先端オタクは仰ることが違いますねぇ!」

 

 自走二輪(バイク)部は走ることよりも自走二輪車を作ったり改造することを目的とする部活であり、元々はロボット研究部と1つだった。しかし移動手段に脚を使うかバイクを使うかで揉めて袂を分かった経緯があり、よって2つのクラブは日頃から大変仲が悪い。

 そんなわけで、ロボ研のガレージ前でロボ研と自走二輪部が1人の新入生を挟んで罵り合いを行うというのは、むしろ自然なことなのかもしれない。もちろん、巻き込まれた新入生には堪ったものではないのだが。

 騒動の中心となったその新入生は、プラチナブロンドに銀の瞳に白い肌と大層目立つ外見をし、小柄な体躯と愛嬌のある顔立ちは確かにとても可愛らしい印象を受ける。それこそ女子生徒辺りがマスコットとして狙いそうな“男の子”であり、現に罵り合いの中心は女子部員だ。

 しかし彼女達の背後に控える男子部員も、“時代遅れ”だの“オタク”だのといったワードに青筋を立てている。このままでは遠くない内に、全部員を巻き込んだ大乱闘(魔法込み)に発展するかもしれない。

 

「えっと、あの、僕は……」

 

 そもそもの原因である、新入生を置き去りにして。

 まさに一触即発の空気が充満してきたそこに、真っ先に駆けつけたのは、

 

「ロボ研もバイク部も落ち着いてください!」

「双方話を聞きますので、まずはそれぞれCADから手を離して!」

 

 新入りらしく張り切った表情の琢磨と香澄が、2つのクラブの間にほぼ同時に割って入った。あまりの勢いに、新入生が弾かれるように集団の輪から外れていく。

 そこにやって来たのは、歩いてこの場にやって来たしんのすけだった。新入生が彼の存在に気づき、そしてハッとした表情になって駆け寄っていく。

 

「あ、あの! もしかして、野原しんのすけ先輩ですか!?」

「おっ? オラのこと知ってるの?」

「はい! 去年の九校戦でのモノリス・コードを拝見しました!」

「ほうほう、それでオラのファンになったということですな」

「いいえ! 僕は司波達也先輩のファンで、野原先輩は司波先輩のチームメイトとして()()()に憶えてただけです!」

「随分ハッキリ言うね」

 

 あまりにも正直すぎる新入生の言葉は、しんのすけを思わずツッコミ役に回らせるほどだった。

 

「あっ! すみません、自己紹介が遅れました! 自分は1年G組の隅守賢人(すみすけんと)といいます!」

「スミス? もしかして、達也くんのクラスのスミス先生と……」

「はい、そうです! 僕の母です!」

「やっぱりね、どうりで似てると思ったゾ。――んで、なんでここにいるの?」

 

 しんのすけとしては単純に尋ねただけなのだが、ケントは「すみません!」と突然謝ってきた。

 

「まだどのクラブに入るか決めてなくて、今日は見学だけさせてもらうつもりだったんですけど、それで詳しい話が聞けるというので中に入ろうとしたら、いきなり後ろから……」

「ほうほう。……つまり、どういうこと?」

「ええとですね――」

 

 動揺しているためにまるで整理されていないケントの証言にしんのすけが首を傾げていると、まさしく部員達が集まっている場所から言い争う声が飛んできた。

 

「先に声を掛けたのはバイク部だ! それを考慮すれば、新入生を勧誘する権利があるのはバイク部というのが自明の理だ!」

「何言ってんの。バイク部はロボ研の見学希望者をかっ攫っただけでしょうが。だったら先に勧誘できるのはロボ研に決まってるでしょ」

「ロボ研のガレージに入っていたならそうかもしれないが、バイク部が声を掛けたときはまだ入っていなかったんだろう? 部活動の実演エリア外で勧誘することに何の問題がある!」

「だーかーらー! いくらエリア外だろうが、明確に目的地を目指してた新入生を呼び止めて奪い取るのはマナー違反でしょうが! この頭でっかちが!」

 

 言葉だけ見れば先程のように互いの主張を言い争っているように思えるが、問題はそれを発言しているのが部員ではなく喧嘩を仲裁しに来たはずの風紀委員だという点だ。琢磨はバイク部に、香澄はロボ研にそれぞれ肩入れしたらしく、風紀委員同士で代理戦争を始めた形となっている。

 

「定められたルールは厳格に守るべきだ! コロコロと解釈を変えていたらルールを定める意味が無い!」

「画一的に処理するだけじゃ風紀委員の意味が無いでしょうが! その場その場のケースに応じて頭を使って考えなよ!」

「貴様! 俺が頭を使っていないとでも言いたいのか!?」

「あらぁ、ボクは別にそんな意図は無かったけどぉ? そっちがそう解釈したってことは、自分でもそう感じてたってことじゃないのかなぁ?」

「ふざけたことを抜かすな! 俺は貴様みたいに、自分の都合の良いようにルールをねじ曲げる卑怯な考えは持ち合わせていないだけだ!」

「ひ、卑怯だぁ!?」

 

 最初は自分に味方する風紀委員を応援していた部員達も、その喧嘩が個人的な内容にシフトするにつれて戸惑いの方が大きくなっていく。

 しかし背後にいる部員達のそんな雰囲気も無視して、2人の言い争いはどんどんヒートアップしていった。

 

「七宝くんさぁ、昨日も思ったけど、事あるごとにボクに突っ掛かってくるの止めてくんないかなぁ? それで取り締まりの仕事が中断して、みんなが迷惑に感じてるのが分かんない?」

「突っ掛かってるのは七草、おまえの方だろうが。俺の言うことに何でも反対しやがって、俺に喧嘩でも売ってるのか?」

「別に売ってるつもりは無いよ。――買うのはやぶさかじゃないけどね」

「ほう……。七宝(おれ)の喧嘩を七草(おまえ)が買うってのか」

 

 琢磨が左袖を軽く引っ張り上げると、ブレスレット形態のCADが姿を表した。生徒会役員と風紀委員のみが携行を公式に許される、競技用に場所と使途を制限された物ではない、戦闘行為も可能な自分用のそれである。

 

「そうだね、目一杯買い叩いてあげる。二度と七草(わたし)に喧嘩を売ろうなんて考えないくらいに」

 

 一方香澄も、右手で左袖を押し上げる。手首の少し上に巻かれている、琢磨のそれよりも小振りでオシャレな、しかし性能的には劣るところの無い最新型のCADをちらつかせる。

 

「片割れがいないようだが、1人で良いのか?」

「何? 2対1にして負けたときの言い訳が欲しいの?」

 

 琢磨も香澄も、もはや目の前の相手以外目に入っていない。自分達が仲裁しようとしていたロボ研もバイク部もすっかり言い争いを止め、剣呑な2人を前にむしろ冷静さを取り戻していることなど気づく様子も無い。

 

「の、野原先輩! 何だか凄く危ない雰囲気になってませんか!?」

「ダイジョーブ。“アレ食って痔重なる”ってヤツだゾ」

「悪化してるじゃないですか! “雨降って地固まる”ですよ!」

 

 そして2人を監督する立場にあるしんのすけは、慌てふためくケントを横目に腕を組んでその場を動こうとしなかった。

 ロボ研とバイク部、そして騒ぎを聞きつけて集まってきた多数のギャラリーが見つめる中、互いがCADに手を伸ばして魔法による戦闘が始まろうとしていた、まさにそのとき、

 

「――ちょっと待ったぁ! 2人共、落ち着いて!」

 

 2人の間に割って入ったのは、部活連執行部として校内を見回っていた2年生の十三束鋼だった。一科生の中でも上位の成績を修める優等生ながらも、試験を受けて今年度から工学科に転籍となっている。

 

「先輩、邪魔しないでください」

「だから落ち着いて、七宝くん!」

「十三束先輩、七宝くんを庇うんですか?」

「そんなんじゃないって! 七草さんも落ち着いて!」

 

 十三束を挟んだおかげか最悪の事態は免れたものの、険悪な雰囲気は晴れる気配が無い。もはやロボ研もバイク部も、自分達はどうすれば良いのか分からず互いの顔色を窺っている始末だ。

 そしてそんな状況になっても尚、しんのすけはそれを眺めるばかりで動こうとしない。

 

「……しんのすけ、これはどういう状況だ?」

「おっ、達也くんに深雪ちゃん」

 

 部活連本部から出動した達也と深雪が現場に辿り着いたのは、そんなタイミングだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 部活連本部へと連行された琢磨と香澄は、多くの先輩に囲まれて針のむしろ気分を味わっていた。現在2人以外に同席しているのは、部活連からは会頭の服部と執行部の十三束、生徒会からは2人を連行した達也と深雪、そして風紀委員からは委員長の花音が呼ばれている。

 ちなみにしんのすけもこの場にいるのだが、彼の場合はどちらかというと2人と同じ立場だ。しかし居心地悪そうに立っている2人に対し、しんのすけは平然とした表情で椅子に座っている。

 

「香澄も七宝も何やってんのよ……。風紀委員が当事者そっちのけで、しかも魔法を使って喧嘩を始めようとするなんて……」

「2人共、風紀委員が魔法の使用を許されているのは、あくまでも騒動の鎮圧に実力行使が必要だと認められた場合だけだよ。単なる喧嘩の場合、普通に校則違反となる」

 

 花音が溜息混じりで嘆き、十三束が淡々と説明すると、2人は決まり悪げに視線を逸らした。

 

「まぁ、今回はCADも起動していない完全な未遂、それに入学して間も無いということで厳重注意で済ませるけど、風紀委員としての責任を充分に理解してしっかりと反省しなさいよ」

「……はい、申し訳ございませんでした」

「……申し訳ありませんでした」

 

 花音の決定に、香澄と琢磨が揃って頭を下げた。同席している他の面々からも、特に反対の声は挙がらない。

 

「2人についてはそれで良いとして……。――野原、なんで2人を止めなかったの?」

 

 普段は“しんちゃん”と呼称する花音が苗字を呼び捨てにしたのは、これが公的な場であることを示したからだ。そのときの声色も、2人に話し掛けたときよりもむしろ鋭さを増している。

 もっとも、それで怖がるようなしんのすけではないのだが。

 

「喧嘩したいんだったら、好きにやらせてあげれば良いんだゾ。達也くんと森崎くんも、桐原くんと紗耶香ちゃんも、そうやって喧嘩をしたからこそ仲良くなったでしょ?」

「なんで魔法の使用を制限してるか分かってるの? 周りに大きな被害が及ぶ危険があるし、何より本人達が危ないでしょうが」

「そうやって色々と失敗して人は学んでいくんだ、って父ちゃんも言ってたゾ」

「それで取り返しの付かないことになったらどうするの!」

「んもう、心配性だなぁ。2人共、子供じゃないんだから」

「高校生は世間一般的には普通に子供なのよ!」

 

 花音が声を荒らげても、しんのすけには暖簾に腕押しとばかりにまるで堪えた様子が無い。それは開き直っているというよりも、本気で自分のやってることを間違っているとは思っていない、まさしく本来の意味での“確信犯”だった。

 頭痛を覚えたのか、花音が自分のこめかみに指を当てて大きく溜息を吐いた。

 

「……とりあえず3人共、今日のところは上がって。七宝と香澄は、明日から別の班で動いてもらうから。――そして野原は、新入部員勧誘期間中のシフトから外すことにするわ」

「つまりクビってこと?」

「勧誘期間中はね。それが終わったら、また風紀委員として活動してもらうから」

「ほいほーい。んじゃ、そゆことでー」

 

 しんのすけはそう言って軽やかに立ち上がり、そのままドアへと歩いていく。

 

「ま、待ってください! 野原先輩!」

「し、失礼します!」

 

 慌てた様子で琢磨と香澄もその後に続き、3人はそのまま部屋を出ていった。

 一気に静かになった部屋に、花音の大きな溜息が響いた。

 

「……達也くん、今からでも風紀委員に復帰してくれない?」

「既に定員が揃ってるので無理ですね」

 

 達也の返事に、花音はガックリと項垂れた。

 

 

 *         *         *

 

 

 その日の夜。

 

「――っていう感じで、すっごく感じ悪かったんだよ」

「はぁ、それは災難でしたね、香澄ちゃん」

 

 七草家の本宅にて、父から「今日は来客があるから」と言われて子供達だけで夕食を済ませた(とはいえ長兄と次兄はまだ帰宅していない)後、香澄は泉美の部屋を訪れて昼間の出来事を愚痴っていた。プリプリと不満をアピールする香澄に、泉美は当たり障りの無い返事をする。

 しかし一通り不満を吐き出した後、香澄は途端にシュンと気落ちした仕草を見せる。

 

「でもさぁ、アイツと喧嘩になっちゃったせいで、野原先輩が風紀委員の仕事を外されちゃったんだよねぇ……。それが凄く申し訳なくてさぁ……」

「ご本人からは、何か?」

「それ自体は先輩も特に気にしてる様子は無かったかな。でも風紀委員の仕事に関しては何だか思うところがあるみたいで……」

「思うところ?」

「生徒会の司波達也先輩、いるでしょ? 3月までは風紀委員にいて、野原先輩とコンビを組んでたんだって。その人が抜けてから風紀委員の活動がつまらなくなった、みたいなことはあの後に言ってたよ」

「別に風紀委員は面白いからやるものでもない気がしますが……」

「うーん、野原先輩が風紀委員辞めちゃったらどうしよ……。あの人がいるから風紀委員に入ったのになぁ……」

 

 香澄がそのような台詞を呟いたことで、泉美はここ数日ずっと気になっていたことを本人にぶつけることにした。

 

「香澄ちゃん、そもそもなんで野原先輩と一緒に風紀委員の活動をしようと思ったのですか? まさかとは思いますが、野原先輩に近づいて“力”を利用しようなんて思ってはいないですよね?」

「そんなの当たり前でしょ? 今までの野原先輩の“逸話”をざっくり聞いてるだけでも、下手に関わっちゃいけないなんて誰でも分かるよ。――ほら、入学式のときにさ、野原先輩が魔法も使わないでボクを軽くあしらったでしょ?」

「そうですね。お姉様にお尋ねしましたら、“ぷにぷに拳”という功夫(カンフー)の一種だと教えてくださいました」

「いくら魔法師とはいえ、魔法を使わない戦い方っていうのも勉強した方が良いのかと思ってさ。そうすれば、今日みたいなときにも誰にも怒られずにアイツをボコボコにできるでしょ?」

 

 琢磨に対する怒りがぶり返してきたのか、香澄は近くにあるクッションを引き寄せて軽く数発拳を叩き込んだ。そんな双子の姉の姿に、泉美は苦笑いしながら「魔法を使わなければ良いというわけではないと思いますよ……?」と呟く。

 

「今日のことを反省してるのなら、少しは七宝くんと仲良くしたらどうですか?」

「それとこれとは話が別だよ! そもそもアイツがやたらと喧嘩を売ってきてるんだから!」

「話で聞いてる限りでは、単純に2人の馬が合わないだけのようにも思えますが……」

「いいや、違うね! あれは“七宝”として“七草”に喧嘩を売ってる感じだよ!」

 

 さすがに飛躍しすぎでは、と思ったが、今の香澄に何を言っても聞く耳持たないだろうと口には出さなかった。

 

 

 

 

 香澄と泉美がそんな話をしていた頃、七草家の食堂では当主の弘一が客人を相手にしていた。

 

「冷めない内にどうぞ」

 

 テーブルの上には前菜から主菜までの料理が並んでいる。1皿ずつ持って来る形式にしないのは内密の会談だという意識があるからであり、だからこそ普段ならば食事の世話をする家政婦すら下げている。

 

「ありがとうございます。頂戴致します」

 

 そんな内密の会談の相手というのが、女優の小和村真紀だった。

 政治家や実業家が相手ならば、特に不思議には感じないだろう。芸能人が魔法師の力を借りるというのも、有り触れているとまでは言えないが珍しいほどではない。しかし単なる芸能界のトラブルに使うには、十師族の力は大きすぎるものだ。

 軽い世間話を交えながら、弘一と真紀はメインディッシュまで食べ終えた。彼女としてはもっと何気ない雰囲気で用件を切り出したかったのだが、食事中に彼女が切り込む隙を弘一が見せなかったのである。

 

「実は七草様のお耳に入れたいことがありまして、本日はお時間を頂戴致しました」

 

 結局は居住まいを正してそのように本題を切り出すしかなく、そこでようやく弘一も話を聞く姿勢を見せた。彼女が話している間も声を挟むことは無く、話が終わったタイミングでワイングラスを手に取った。

 4分の1ほど残っていたルビー色の液体を飲み干し、軽い音をたててグラスをテーブルに置く。

 

「つまりお父上は、反魔法主義者との密約を反故にされるおつもりだと?」

「はい。反魔法主義は非現実的で有害なプロパガンダだと私は思います。そんなものに(くみ)しても自分の首を絞めるだけだということを、父にも分かってもらいました」

「ありがとう。あなたは理性的な判断ができる方のようですね」

 

 弘一は軽く頭を下げて、視線で続きを促した。

 

「魔法の有用性は社会的にもっと評価されるべきだと思います。現在でも産業や映像娯楽などの分野に実戦レベルに達してない魔法師を登用する動きがありますが、残念ながら社会全体ではなく限定的であるのが実情です」

「酢乙女ホールディングスのことですね。確かに世界有数の大企業の力をもってしても、社会全体の動きに波及させられないというのは色々と考えさせられます」

「私としても、活躍の機会を得られずにいる魔法師の方々に、貴重な才能を存分に奮っていただきたいのです。そのために、きっとご満足いただける報酬も用意しています」

 

 真紀はここで言葉を切って、弘一の顔色を窺った。

 小さく息を吸い、勇気を振り絞っている()()()()()()表情で訴えかける。

 

「私は魔法師の立場から見れば部外者です。親しくお付き合いさせていただくご縁もまだ持っておりません。ですが私は魔法師の皆様の良き隣人、親しい友人でありたいと思っています。そのことをぜひご理解いただきたいのです」

「だから反魔法主義者の謀略の邪魔をしていると?」

「微力かもしれませんが、少しでも誠意を見せることができればと」

「その代わり、魔法師をスカウトすることを認めてほしい、と?」

「認めろなどと厚かましいことを申し上げるつもりはありません。黙認していただくだけで充分ですわ」

 

 相手に要求を先取りされても動揺を見せない真紀に、弘一は面白そうに笑みを漏らした。

 

「小和村さん、あなたは女優(アクトレス)としてだけでなく、交渉人(ネゴシエーター)としても有能な方のようだ」

 

 褒めているように聞こえる台詞だが、真紀は額面通りにそれを受け止めなかった。

 そしてそれは、正解だった。

 

「ただ、本音を隠すのが上手すぎる。時と場合によっては、自分から本音をさらけ出した方がより多くの譲歩を引き出せるものだ」

「…………」

「あなたの言葉に嘘は無い。だが、それだけが目的ではない。もしそれのみが目的ならば、先にその活動をしている酢乙女ホールディングスと協力する道を選ぶはずだ。しかし実際にそれをしないのは、もっと直接的な力としても魔法師を集めたいと思っているから。――違いますか?」

「……お見逸れしました」

 

 真紀の顔に動揺が走るのも一瞬、彼女は持ち前の演技力で心の乱れをねじ伏せると謝罪の言葉を口にした。弘一の目から見ても、誠意が籠もっているように思えた。

 

「あなたが我が七草家に所縁(ゆかり)の魔法師に手を出さない限り、私はあなたの妨害はしません」

「――本当ですか?」

「約束しましょう」

 

 弘一の言葉に、真紀は「ありがとうございます」と頭を下げた。

 駆け引き自体は彼女の判定負けだが、結果を見れば彼女は賭けに勝ったのだった。

 

 

 

 

 真紀を送り出した後、弘一は自室に戻って厳重に鍵を掛けてから電話機を取った。

 コールボタンを押して待つこと10秒、卓上のディスプレイに表示されたのは九島老人だった。

 

「先生、夜分遅くに失礼します」

 

 弘一が九島烈を“先生”と呼ぶのは、かつて彼が四葉深夜・四葉真夜と共に烈の私的な教えを受けていた頃からの名残だ。

 

『構わんよ。重要な話があるのだろう?』

「はい、極めて重要なご相談です」

 

 弘一は心持ち身を乗り出してから、話を切り出した。

 

「実はつい先程までマスコミ関係者の客を迎えておりまして、その話を聞いた感じからするとマスコミに対する工作はかなり進展しているようです」

『君のことだ、今日初めて知ったわけではあるまい。――とりあえず訊いておくが、何を企んでいるのだね?』

 

 昨日今日の仲ではないからか、烈の問い掛けは様々な過程をすっ飛ばしたものだった。

 そして弘一も弘一で、まるで動揺を見せずにその問いに答える。

 

「四葉の力は強すぎる。遠からず十師族の、そして国家のバランスを崩してしまうほどに。先生はそうお思いになりませんか?」

『……反魔法主義者を利用して、四葉の力を()ごうというのか?』

「一高に第一〇一旅団と縁の深い生徒がいます。十代の少年を預かる高校と軍の癒着、マスコミや“人道派”の政治家が好みそうな題材だと思いませんか?」

『一高には、君の娘達も通っているだろう』

「この場合、生徒は被害者で済みます」

『同じ一高に通う野原しんのすけに対しても、同じことが言えるのかね?』

 

 それまで淀みなく烈の言葉に返事をしていた弘一が、ここで初めて空白の間を生んだ。

 そしてその空白に、烈がスルリと言葉を滑り込ませる。

 

『野原しんのすけと四葉家との間には、何らかの繋がりがある。君がやろうとしていることがどのような結果を生むか、君には予測ができるのかね?』

「それならば尚のこと、野原しんのすけが四葉家に取り込まれないようにすべきでしょう。彼が何者にも縛られず自由でいられるために、四葉を弱体化させる必要があるのです」

 

 弘一の主張に、今度は烈が空白の間を生む番となった。

 そしてその隙に、弘一が言葉を畳み掛ける。

 

「それで、如何でしょうか? 限定的なネガティブキャンペーンを容認することで、反魔法主義の風潮のガス抜きにもなると思います。奴らの狙いはまだ高校生、上手く立ち回れば世論の矛先を反魔法主義に向けることも可能でしょう。()()()()()()()メリットのある計画だと思いますが」

『私は君の計画を認可する立場ではない。そのような権限を手にしたことは一度も無い』

「権限は無くとも影響力はお持ちです」

『……君の計画に反対はしない』

「それで充分です。ありがとうございます」

 

 弘一は満足げに感謝の意を示し、電話を切った。

 消える直前の画面に映っていた烈の顔は、年相応に覇気の無いものだった。


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