嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第106話「実験のお披露目をするゾ」

 4月25日、午後最初の授業である4時限目が始まった頃に物々しい黒塗りの乗用車4台で押し掛けたその客人は、おおよそ全ての第一高校関係者にとって招かれざる客といえた。

 野党議員である神田、彼の秘書、彼の取り巻きであるジャーナリスト及びボディガードの面々、そして彼らに同行する形となった“金有電機(かねありでんき)”の社長である金有増蔵(かねありますぞう)とその秘書。

 彼らは何の予約も無しに、いきなり校長へと面会を求めてきた。普通ならば丁重にお断りしてお引き取り願うところだが、議員バッジを付けた神田にはそんな常識は通用しない。

 

「神田先生、既に申し上げました通り、校長の百山(ももやま)は京都出張で留守にしております。校長の居りますときに改めてお越しいただけないでしょうか」

「ほう。この神田に、子供の遣いよろしく出直せと言われるのか」

「そんな、滅相もございません」

「ならば教頭先生でも結構です。御校の授業を見学させていただきたいのだが」

「私の一存では承諾しかねます。それはやはり、校長に直接仰っていただかなければ」

 

 教頭の八百坂(やおさか)と神田の遣り取りは、かれこれ10分以上は続いている。どちらも同じ50代前半の同世代であるが、一方は居丈高に言い募り、もう一方は額に汗を滲ませながら反論できずに耐えている。

 ちなみに神田が校長不在のときにやって来たのは、完全に狙ってのことだ。

 第一高校校長、百山東(ももやまあずま)。現在71歳の彼は、第一高校の校長に就任して今年で11年目になる。魔法師の高等教育カリキュラム確立に大きく貢献したことで知られ、魔法教育に留まらず高等教育の権威として各界に広い人脈を有することから、神田議員としても正面から相手にしたくない人物である。

 こうなれば多少強引でも、と神田が考え始めたそのとき、カリヨンの音色を模した呼び鈴が校長室に鳴り響いた。

 

「校長!? 会議はよろしいのですか!?」

 

 壁に掛けられたディスプレイが映し出すリアルタイム映像には、京都の魔法協会本部で会議に出ていたはずの百山校長の姿があった。真っ白な髪に顔の下半分を覆う真っ白な髭、目の周りも深い皺に埋もれて細かな表情は読み取れないが、窪んだ眼窩の奥から放たれる刺すような眼光に、神田やジャーナリスト達が思わず顔を引き攣らせる。

 

『会議の途中だったが、少し時間を作らせてもらった。――それで神田先生、本日はどのようなご用件ですかな?』

「あぁいや、予定も確認せずお邪魔して申し訳ありません。しかし私にも少々思うところがありまして。ここ最近、魔法科高校のカリキュラムに関して『魔法科高校9校は生徒を軍人にすべく洗脳しているのでは』などという不穏な噂が流れておりまして」

『馬鹿馬鹿しい話ですな』

 

 百山は不快感を隠そうともせず、そう吐き捨てた。

 それに対する神田の反応は、肯定だった。

 

「えぇ、そうでしょうとも。だからこそ、魔法科高校が国防軍の出先機関であるなどという無責任なイメージを払拭するために、授業を見学させていただきたいと思い参上した次第です」

『困りますな。魔法の実技授業は繊細なものだ、いきなり押し掛けられては生徒が動揺します』

「ご迷惑は掛けません」

 

 神田の態度が、ここに来て高圧的になってきた。自分のペースを取り戻したというよりは、相手を言い負かせず意地になっている感じだ。

 画面の向こうで考える素振りを見せる百山が、やがて口を開いた。

 

『そこまで仰るなら、見学を許可しましょう。ただし、見学は5時限目だけとさせていただく』

「そっ――いえ、それで結構です」

 

 反射的に反論しかけた神田だったが、先程自分で「迷惑は掛けない」と言い切った手前それを口にすることはできなかった。

 

『教頭、5時限目に予定されている実習は?』

「実習を予定しているクラスはありませんが、2年E組の生徒から申請があった課外授業が校庭で行われる予定です』

『ということです、神田先生。それで宜しいですかな?』

「……分かりました。それを見学させていただきます」

『そうですか。――教頭、スミス先生を呼んで神田先生を案内させなさい』

 

 最後に教頭に指示を出して、おざなりな挨拶と共にディスプレイがブラックアウトした。百山の姿が消えたことで、神田達が本人でも意識しなかった緊張から解き放たれ溜息を吐く。

 そんな中、ジャーナリストやボディガードの中に紛れて一言も発していなかった金有が、誰にも気づかれずニヤリと笑みを深めていた。

 

 

 

 

「先生、何か変じゃありませんか?」

 

 5時限目が始まり、ジェニファーに先導されて放射線実験室へ向かう途中、ジャーナリストの1人が神田に小声で問い掛けた。

 

「実習がまったく無いなんて、まるで我々が来るのを知っていたかのようですよ」

「……偶然だろう。党にさえ報告していないんだ、我々の動きを知っていたなど」

「ですが、そもそも最初から妙でした。魔法関係の取材なんて普段なら計画しただけであれこれ横槍が入るのに、今回に限ってどこからも何も言ってこないなんて」

 

 それは当然だ、と神田は言いかけて口を閉ざした。今回のパフォーマンスに魔法協会が介入してこなかったのは協会の上の方に手が回っていたからだ、などと知っているのは不自然だからだ。

 とはいえ、神田としても腑に落ちない点はある。

 神田は反魔法主義者ではあるが、あくまで大衆のウケ狙いでその立場にいるだけだ。今回協会に手を回した人物もそれを知っているからこそ、本気で魔法師を嫌悪している政治家を台頭させないために自分のスタンドプレーを黙認しているのだと考えていた。

 しかしそれだけで、自分のパフォーマンスを見逃す理由になるだろうか。十師族全体がそのような考えとは限らないし、あの人物は十師族の絶対的な支配者ではない。

 

「あーっと、ジェニファー先生、だったかな?」

 

 と、自身の背後から聞こえてきたその声に、神田は反射的に後ろを振り返った。金有電機の社長である金有が腕を挙げており、周りの記者やボディガードがそんな彼に注目していた。

 腑に落ちない、という意味では金有もそうだ。彼とは元々個人的な付き合いはあったのだが、魔法関係の取材に同行させてくれと頼んできたのは今回が初めてだ。魔法に興味はあるが伝手が無いので、などと言っていたが、彼が金儲け至上主義であることを知る神田にはどうにも納得し難いものがある。

 

「何でしょうか?」

「我々が今から見学させてもらう課外授業は生徒からの要望だと聞いたのだが、今日その生徒も授業に参加しているのかね?」

「……はい、その生徒もメンバーの1人なので」

「そうかそうか、それは楽しみだ」

 

 それきり金有からの質問が無くなったため、記者もボディガードも再び視線を前へと戻す。

 神田もそれに倣い、しかし頭の中では今の質問の意図を探り続けていた。

 

 

 

 

 放射線実験室に1歩足を踏み入れた途端、神田達は非友好的な視線を感じて立ち竦んだ。まるで彼の来訪を知っていたかのように生徒達が一斉に冷たい目を向けられ、しかし一瞬後には彼らの存在に気づいていないかのように手元の作業に集中していた。

 代わりに声を掛けてきたのは、生徒の作業を監督していた教師・廿楽だった。

 

「スミス先生、そちらの方々は?」

「当校の見学に来られた神田先生と記者の方々です」

「取材には事前の許可が必要なはずですが」

「先程電話にて、校長が許可されました」

「そうですか」

 

 納得したのか、それともさほど興味が無いのか、それだけの言葉で済ました廿楽に神田達は拍子抜けを味わった。

 無闇に敵視されるよりはやりやすい、と納得させて神田が廿楽に問い掛け――

 

「先生、準備が出来ました。実験装置を移動させても良いですか」

 

 ようとしたところで、表向きこの実験のリーダーである五十里から声が掛かり、廿楽はそちらへの対応に移った。送信されたチェックリストをA4サイズの情報端末で確認して許可を出すと、サポーターのロボ研部員が壁のスイッチを操作した。放射線実験室の壁一面が音も無く開いて行き、混合水が半分まで満たされた直径2メートルの球形水槽を台座ごと押していく。

 それを追い掛けながら校庭へと出たところで、記者の1人が廿楽に質問する。

 

「正規の授業ではない実験を授業時間中に行うというのは、よくあることなのでしょうか?」

「いいえ。元々この実験も放課後に行う予定でしが、詳細を知った職員の間から『自分の担当している生徒に見学させたい』という声が多く挙がったので、この時間の実習を全て中止して希望する生徒は自由に見学できるようにしたのです。校庭で実験するのもそのためです」

「生徒が言い出した実験なんですよね?」

「学問的にも実用的にも、意義の高い実験ですから」

 

 廿楽の答えに、別の記者が嫌らしい笑みと共に質問する。

 

「実用的と仰いますと、例えば“灼熱のハロウィン”で使用された秘密兵器のような、敵艦隊を一網打尽にする兵器の開発に繋がるとかですか?」

「……加重系魔法の技術的三大難問の1つに挑む実験です」

 

 冷たい眼差しで廿楽が答えた直後、ジェニファーから「始まりますよ」と声が掛かった。マスコミとしての職業意識からか、彼らの視線が校庭に固定された実験装置へと吸い寄せられる。

 恒星炉の実験装置は球形の水槽を台座に乗せた簡単な構造をしており、ポンプも放射性実験室で既に取り外されている。水槽には赤道部分に幅15センチの金属環がはめられ、台座から伸びた4本の支柱がこの金属環を支えている。真上の注水口は直径30センチの円盤でふさがれ、反対の極にも同じ円盤が取り付けられていた。

 先程あった廿楽の話の通り、校舎の窓から多くの生徒が実験装置に注目している。おそらく授業はまともに進んでいないようで、それを予想したからこそ実習を中止して端末での座学に切り替えたのだろう。

 それどころか、窓から見るだけでは満足できない生徒が校庭に下りてきた。2年E組など実験に参加していない生徒も含めて全員がこの場に立ち会っているし、去年の1年E組のメンバー、去年の九校戦・新人戦女子メンバーは全員が顔を揃えている。また生徒だけではなく、教師の姿も少なくない。

 

「……あれっ? しんちゃんは?」

 

 エリカが疑問の声をあげ、レオ・幹比古・美月が釣られて周りに視線を遣る。こういうお祭り騒ぎのときには真っ先に駆けつけそうな少年の姿が無いことに、4人は首を傾げていた。

 

「実験を開始します」

 

 しかしそんな状況を横目に、達也が拡声器でアナウンスをした。生徒達がお喋りを止め、シンと静まり返る。

 生徒と教師が固唾を呑んで見守る中、達也から合図が放たれた。

 

 深雪の重力制御魔法により、水槽の内面にレンジを限定せず方向のみ定義した重力場が発生し、半分まで入っていた混合水が中心部を空洞にして水面の内側全面に張りついた。

 香澄と泉美の第四態相転移魔法により、空洞の水面上から重水素プラズマと水素プラズマ、更には酸素プラズマが発生する。

 水波が2つの魔法領域の間に中性子バリアを挿入し、ほのかがそのバリアと相転移力場の間にガンマ線フィルターを挿入する。これによってガンマ線が散乱され、熱エネルギーを取り出して可視光線に変換されていく。

 深雪が2回目の重力制御魔法を発動し、水槽の中央に直径10センチの高重力領域が出現した。水槽に嵌められた金属環は特化型CADに使われる照準補助装置を60個繋いだものであり、先程の高重力領域に存在する物質の質量と分布状況を魔法の照準に利用可能なデータに変換する役割を果たす。そのデータは水槽を保持する支柱内のケーブルを通して大型据置CADへと送信され、高度な演算能力によって統合された照準補助データが起動式と共に深雪へと送られる。これにより、深雪は時々刻々と変化する対象領域内の質量に対応した魔法式を組み立て、実行できるのである。

 五十里のクーロン力制御魔法により、高重力領域の電気的斥力が1万分の1に低下する。これだけで核融合は起こらないが、核融合反応を点火するのに必要な熱エネルギー=プラズマの運動エネルギーはその分だけ小さくなる。

 

「おぉっ! 光り出したぞ!」

 

 球体水槽から淡い光が生まれ、見学している生徒の間からどよめきが駆け抜ける。光は明るさを増しながら輝き続け、やがて中の水が激しく沸騰し始めた。

 水槽の隣にあるデジタル温度計は300度に達していることを示しており、これは球体内部の平均圧力が約100気圧に達している計算となる。重力制御魔法が維持されている限り容器が割れることは無いとはいえ、魔法による補強効果を除けば容器本体の耐圧性能はそろそろ限界に近づいていた。

 

「実験終了」

 

 実験開始から3分後、達也の口から実験の終了が告げられた。クーロン力制御魔法と2番目の重力制御魔法が停止し、容器内の光が消える。核融合反応が完全に停止していることを確認して、中性子捕獲によるガンマ線発生に備えたガンマ線フィルターが解除される。

 中性子バリアはそのままに、最初の重力制御魔法が解除される。容器内部を覆っていた水の壁が重力に従って容器の底に落ちた。ロボ研の操る機械アームが容器の頂上にダクトを繋ぎ、バルブを開けたときの気圧差を利用してダクトの先にあるガス成分分析器へと流し込む。

 

「気体成分、水蒸気、水素、重水素、及びヘリウム。トリチウムほか放射性物質の混合は観測されません!」

 

 分析器の前に陣取ったケントから、甲高い声で簡易測定の結果が告げられる。簡易とはいえ存在する物質を観測不能とすることは無く、見学者のあちこちから興奮を伴うざわめきが生じた。

 達也の指示でダクトに注水ホースが繋がれ、容器内冷却の注水が始まる。内部に濃い靄が生じるが、それはすぐに消えて水槽は透明な水で満たされた。ホッと肩の力を抜く水波が、最後まで残された中性子バリアを解除した。

 達也の労いの目が、水波、ほのか、香澄、泉美、深雪の順に向けられる。最後に五十里を目を合わせて互いに頷き、実験中複数の測定機器へ忙しなく目を走らせていたあずさへとマイクを手渡した。勢いよく首を横に振ってマイクを押し返すあずさだったが、にこやかに笑う五十里と無言で見つめる達也の圧力に屈し、泣きそうな表情でマイクを受け取った。

 

「常駐型重力制御魔法を中核技術とする継続熱核融合炉実験は所期の目標を達成しました。“恒星炉”実験は成功です」

 

 校庭で、校舎で、一斉に歓声があがった。

 暴力的とも思える熱狂は、まるで“魔法”の可能性と未来を称えるようだった。

 

 

 

 

「あの、今のは何だったんですか?」

 

 生徒達の歓声に圧倒されていた神田達が我に返ったのは、球体水槽が実験室に戻され生徒達が教室へと帰っていく頃になってのことだった。

 

「常駐型重力制御魔法式熱核融合炉の実験です」

「それはどのような物ですか? 核融合炉の実用化は断念されたはずですが」

「断念されてなどいません」

 

 記者の質問に答えたのは、直接尋ねられた廿楽ではなく横で聞いていたジェニファーだった。

 

「太陽光エネルギーシステム群が先に完成したために優先度が後退しましたが、研究自体は魔法学以外の分野でも続けられています。電磁気制御魔法によるシステムは複雑すぎて放棄され、比較的シンプルな重力制御魔法によるものが魔法学の世界では研究されてきました」

「核融合の研究とは、魔法による核融合爆発の実現を目指すのですか?」

「例えば“灼熱のハロウィン”で使用されたような?」

 

 あからさまに悪意に満ちた質問に、ジェニファーの顔がしかめられる。

 しかしその直後、廿楽が「ハッハッハッ」と笑い声をあげる。

 

「失礼ながら、先程まで何をご覧になられてたのかな? 大規模核融合爆発はブラジル国軍のミゲル・ディアスによる戦略級魔法“シンクロライナー核融合”の成功例が報告されているだけで、ディアスの術式を再現することすら誰1人できていないのですよ。大規模な爆発を起こすだけで良いのなら、このような回りくどい術式は使いませんよ」

 

 廿楽はそう言って、神田へと向き直った。

 周りにいる“世論の代弁者”を自称するジャーナリスト達など、眼中に無いかのように。

 

「本日の実験は、社会基盤たるエネルギー源としての核融合実験です。まだまだ解決すべき問題は数多くありますが、恒星炉が実用化されれば人類は太陽光サイクルにより供給されるものより遥かに豊かなエネルギーを利用できるようになるでしょう。――如何ですか、神田先生? 我が校の生徒達の平和的社会貢献の精神は」

「そ、そうですな……」

 

 いったいどこでスイッチが入ったのか、臆面も無い廿楽の台詞に圧倒された神田がどうにか感想を絞り出そうとした、そのとき、

 

「――いやはや、実に素晴らしい!」

 

 声を張り上げて響き渡るほどに大きな拍手を鳴らすのは、金有増蔵だった。

 

「確かに今回の実験は、実用化には色々と壁はあるだろう。――しかし! 魔法によって社会の在り方を変えようとする生徒達のチャレンジャー精神は、技術的な完成度に関係無く価値のあるものだろう! 社会に対する自分自身の意味を変えようとする“心意気”に、私はとても感動した!」

 

 金有はそう言うと、実験の後片付けをしている五十里やあずさ達が集まる一画へと歩き始めた。神田の取り巻きである記者達も彼の動きに釣られて移動を始め、更にそれに釣られるように神田もその後を追う。

 しかし彼は五十里やあずさのすぐ脇を通り過ぎ、十三束やケント達と一緒に実験器具の解体を進めていた達也へとまっすぐ狙いを定めている。達也がそれに気づいて振り返り、深雪と水波、そして観衆に紛れて様子を窺っていた文弥と亜夜子が彼を注視する。

 

「君がこの実験のリーダーだね? 名前は?」

 

 達也はその質問にはすぐに答えず、ジェニファーに視線を向ける。彼女は小さく首を横に振って、それを確認した達也は再び視線を金有へと戻す。

 

「……司波、達也といいます」

「成程、司波達也くんか! 社会の繁栄に貢献しようとする君の姿勢は実に素晴らしい! ぜひともその調子で日本の、いや、世界を背負って立つ男になってくれたまえ!」

「……ありがとうございます」

 

 当たり障りの無い返しだけを口にして、その場をやり過ごそうとする達也。

 しかしその直後、金有の腕がグンと伸びて達也の肩を巻き込み、自分へと強引に引き寄せた。

 

「な、何を――」

「君達! 彼とのツーショットを撮ってくれたまえ! そうだな、タイトルは『若者の挑戦~22世紀に向けて~』なんてのはどうだ!?」

 

 達也と肩を組みながら金有が呼び掛けると、記者達が条件反射とばかりに一斉にシャッターを切り始めた。元々は神田議員の取り巻きのはずだったのだが、神田は完全に蚊帳の外という雰囲気になってしまっている。そのような状況に、先程まで神田に狙いを定めて言質を取ろうとしていた廿楽も、その意図を読んでいたジェニファーも困惑している。

 一方、写真撮影に巻き込まれた達也はハッキリ言って迷惑しているのだが、魔法科高校に対して好意的な雰囲気になっているこの状況で無理矢理金有を跳ね除けるなんて真似をできるはずも無く、大人しくされるが儘となっていた。

 

「いやいや、今日はとても良い物を見せてもらった! さてと、我々はそろそろお暇させてもらうとしよう! ――君達、良い記事に仕上げてくれることを期待しているよ!」

 

 金有はそう言い残して愉快そうに笑いながら、秘書を引き連れて校庭を後にして正門へと向かい始めた。記者達は去っていく金有と残された神田との間で忙しなく顔を行ったり来たりさせ、やがて神田が金有の後を追い始めたのをきっかけにゾロゾロと動き始める。

 国会議員と大企業の社長を中心としたお騒がせな一団は、こうして一高を後にしていった。

 

 

 *         *         *

 

 

 多くの生徒が校庭に目を奪われている中、学校の敷地内でも外れに位置しているため常に閑散としている林の中にて、しんのすけもまた1つの“実験”を行っていた。

 とはいえ、彼の実験の内容は達也が行うような複雑なものではない。先日大袋博士から借りてきたアイテムの起動実験であり、満足そうに顔を綻ばせる彼の様子からそれが成功裏に終わったことが容易に窺える。

 

「これでオッケー、っと。もしものことがあっても、これなら安心ですな」

 

 先程まで起動状態となっていたそれをジュラルミンケースにしまい、簡単に持ち運べる状態にしながらしんのすけがふいに言葉を漏らした。

 彼の周りには誰の姿もおらず、強いて挙げるなら近くの樹の根元に鞄が置いてあるのみ。普通に考えれば独り言の類だと結論づけるのが普通だろうが、生憎と彼(とその周り)はその普通の範疇に収まらない。

 

「大丈夫なの、しんちゃん? 学校の先生方とかに持ち込んで良いか訊かなくて」

 

 鞄から顔を出した命ある操り人形――トッペマの問い掛けに、しんのすけはそれほど思案に時間を掛けずに答えを返す。

 

「えぇ? 別に平気でしょ。そんなに危険な物じゃないんだから」

「……危険な物じゃない、ねぇ」

 

 トッペマが視線を向けた先にあったのは、根本付近からボッキリと折れて地面に横たわっている樹の幹。切断面がボロボロに逆立っていることから、少なくともチェーンソーの類で切られたものでないことは分かる。

 

「……本当にそうかしら?」

「さてと、今日は自習らしいから、カフェで何か甘い物でも食べよーっと」

「しんちゃん、自習はそういう時間じゃないからね?」

 

 結局誰にも見つかることなく2人はその場を去ったため、2人がここで何をしているのか知る者はいなかった。




「姉さん、野原しんのすけを見張らなくても大丈夫かな?」
「今は達也さんから頼まれた件に集中しましょう。彼だって、別に何か良からぬことを企んでるわけじゃないんだし」

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