嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第107話「実験したら色々あったゾ」

 4月26日、木曜日。

 通学途中の個型電車(キャビネット)の中にて、いつもの習慣で情報端末を手にニュースを確認していた達也が、呆れるような溜息を小さく漏らした。

 もちろん、すぐ隣に腰を下ろす深雪がその変化に気づかないはずがない。

 

「お兄様、何か気になるニュースでも?」

 

 深雪の問い掛けに、反対側に座る文弥・亜夜子・水波からも興味を含んだ視線を向けられる。達也は隣の深雪に顔を向けながら、正面の彼らにも聞こえる音量で答える。

 

「昨日手伝ってもらった実験が、さっそく記事になっているんだが――」

 

 達也が情報端末を傾けて、深雪が画面を覗き込む。

 その瞬間、深雪は小さな驚きで目を丸くした。

 

「これは……。ほとんどの記事で、お兄様と金有社長とのツーショットが使われてますね」

「それについては、私達も今朝早くに閲覧しました。そしてその写真が使われている記事の場合、大体が好意的な内容になっていることも確認済です」

「……そうか」

 

 亜夜子の報告を聞きながら、達也も複数の記事を流し読みする。確かに好意的な記事の方が圧倒的な割合を占めており、そうでない場合も、写真を使わず『神田議員“ら”が一高を訪問して実習を見学した』という事実のみを書くに留めている場合がほとんどだ。少なくとも『魔法科高校生、水爆実験に挑戦か』などと露骨に敵対視してくる記事は見掛けない。

 

「正直なところ、ここまで肯定的な方に偏るとは思っていなかった。俺の見込みでは一方的で断定的な記事を書いてくる所も多いと予想していたし、それならそれでカウンターの世論操作を仕掛けることも視野に入れていた」

「まぁ、お兄様もお人が悪い」

 

 深雪の本気で糾弾しているわけではない言葉に、達也は苦笑いで返す。

 

「しかし実際は、そんな必要は無いほどに肯定的な記事が並んでいる。昨日まで反魔法主義的な論調の記事を掲載していたはずなのに、あの実験をきっかけに大きく方向転換がされている」

「つまりそれだけ、お兄様の恒星炉に感銘を受けたということですね!」

「深雪さん、さすがにそれは短絡的に過ぎますわよ」

 

 当然とばかりに言ってのける深雪に、亜夜子がさすがにツッコミを入れた。

 そして達也に視線を移し、若干同情的な顔つきとなる。

 

「達也さん、まんまと金有社長に利用されてしまいましたね」

「社長というだけあって強かだなとは感じたよ。今回の一件で金有社長には、未来ある若者を応援して社会の繁栄に貢献しようとする善良なイメージが付いたことだろう」

「お兄様の実験にかこつけて、自身のイメージ戦略に利用したということですか!?」

「別に俺は気にしちゃいないさ。問題があるとすれば、ここまで目立ってしまって伯母上から何を言われるかだが――」

「それに関しては、ご心配なく。今朝ご当主様より連絡がありまして、好意的な内容である以上特に問題は無いとのことです」

 

 それを聞いて、達也は「そうか」と短く答えた。

 そして、心の中で思う。

 

 ――野党の若手議員と大手企業の社長では、マスコミもさすがに後者を優先するのか。

 

 

 

 

 金有電機は家電やエレクトロニクスの分野では日本でもトップクラスの企業であり、一般人に対する知名度も高い。そんな企業の社長が魔法科高校生を表敬訪問(既に世間ではそのような認識となっている)して生徒の実習に感銘を受けたという記事は、間違いなく世間に対する魔法師の印象に対して大きな影響を与えたことだろう。

 しかし魔法師の世界では、あるいは魔法に少しでも知識のある者達の間では、金有社長以上にこちらの人物の方に注目が集まっていた。

 

『高校生があれほど高度な魔法技術を操るとは予想外です。日本の技術水準の高さには驚かされました』

「見ろよ達也、またこのインタビューだぜ」

 

 昼休みの食堂にて、壁面ディスプレイに表示されたプッシュ型の動画ニュースを楽しそうに指差すレオに対し、達也はそれを黙殺してまっすぐ正面を向いて食事を摂るという反応に出た。

 その動画ニュースのインタビューに答えているのは、ローゼン・マギクラフトの日本支社長であるエルンスト・ローゼンだった。ドイツ出身の彼だが、キャスターの質問に答えるときは流暢な日本語を操っている。

 

「ローゼン家の方が日本のニュースに出演するなんて珍しいね」

「おっ、そうなの美月ちゃん?」

「そうだよ。そもそも、ローゼンの姓を持つ人が日本に赴任してきたこと自体、今まで無かったんじゃないかな?」

「へぇ、そうなのか。何か方針変更でもあったのかね」

 

 美月・しんのすけ・レオの会話に、達也は敢えて何も反応せずに黙々と食事を続けていた。エリカと幹比古の反応が気になるが、視線を向けることはしない。

 

『第一高校の生徒が成功させた昨日の実験は、魔法が人類社会に更なる繁栄をもたらす技術となり得る可能性を見せてくれました』

「凄いね達也さん、人類社会の繁栄だって」

 

 先程から沈黙を貫いているエリカの代わりというわけではないが、雫が裏も表も無く素直に感心した様子で達也を賞賛した。

 さすがにここまで水を向けられては、達也としても無視するわけにはいかない。

 

「……実験に参加したみんなが頑張ってくれたからな」

「うん、深雪もほのかも凄かった」

「わ、私は別にそんな――」

「ほーほー、そんなに凄い実験だったのかぁ。オラも少しは見れば良かったかな」

「ていうか、しんのすけはなんであのときいなかったんだよ。せっかくの達也の晴れ舞台なんだから、友人として見学しておくべきだろうが」

「いやぁ、オラも色々と用事がありまして」

「ったく、本当にマイペースだな」

 

 しんのすけの答えにレオは呆れるような言葉を返すが、別にレオは本気で怒っているわけではない。それは彼の苦笑いからも容易に分かることだった。

 

「しんちゃん、用事って何?」

 

 と、今まで黙っていたエリカが唐突に口を開いてそう尋ねてきた。ローゼン関連から少しでも話題を逸らしたかったのだろう、と達也は特に気にせず昼食を食べ進める。

 

「オラも達也くんと一緒で、ちょっとした実験をね」

 

 しかしその返答に達也の中で興味が生まれ、その手を止めた。

 

「実験? それはどういう内容だ?」

「博士から借りたヤツがちゃんと動くかどうか、人がいない場所で実際に動かしてみたんだゾ」

「博士? しんのすけくん、そんな人と知り合いなのかい?」

「起動実験ってことは、魔法関連のデバイスか何かか?」

「しんちゃん、それってちゃんと学校の許可は取ったの? 何かあってからじゃ遅いよ」

「何々! 想像以上に面白そうなことしてんじゃない! アタシ達にも見せてよ!」

「そのときになったらね」

 

 しんのすけの返事にエリカ辺りから「えー」と不満そうな声が漏れたが、彼もそれ以上は何も喋ろうとしなかった。どうやら“そのとき”になるまで、それを明かす気は一切無いようだ。

 彼にしてはなかなか珍しい行動に、達也はなぜか胸騒ぎを覚えた。

 

 

 *         *         *

 

 

 恒星炉実験に対する報道は、仕掛けた達也の予想をも上回るほどに好意的なもので溢れており、それによって一高生の心も高揚していった。自分が当事者でなかったとしても、同じ学校の生徒が社会から認められたという事実は、たとえ表面的なものであっても若い彼らの証人欲求を集団同一視の下に満たしていた。

 5時限目、本日最後の授業を終えた1年A組の教室でも、何度目になるか分からないくらいに雑談の話題に挙がっていた。A組で昨日の実験に関わった者はいないのだが、世界的に有名な企業の幹部から高い評価を受けたことについて、我が事のように興奮を覚える生徒がほとんどだった。

 ただ1人――七宝琢磨以外は。

 

「…………」

 

 苛立ちを隠そうともせず、琢磨が椅子を引く大きな音と共に立ちあがった。彼から伝わってくる剣呑な波動に、お喋りをしていた生徒達が一斉に静まり返る。しまった、と琢磨は思ったが、ここで申し訳なさそうな態度を取るのも負けたような気がして、彼はそのまま逃げ去るように教室を後にした。

 今日は風紀委員の当番ではないため、部活の方に顔を出すことにした。しかしそこでもモヤモヤした気分は消えず、普段ならしないようなケアレスミスを何度もして余計にフラストレーションを募らせていく。

 事務室に預けていた自分のCADを受け取って下校しようとしたそのとき、琢磨の苛立ちは最高潮に達していた。

 

 そんなとき、風紀委員の腕章をつける香澄と前庭でばったり出くわした。

 新入生勧誘期間を終えた風紀委員は普段の当番制に戻っており、見回りは基本的に1人で行うようになっていた。香澄も琢磨もしんのすけが当番のときには自主的に彼と一緒に回るようにしているが、自分が当番のときには1人で回っており、故に香澄も1人だ。

 時間的に考えて、本部へ戻ろうとしていたのだろう。香澄も琢磨の存在に気づいたが、チラリと一瞥しただけで特に挨拶を交わすこともなく、そのまま擦れ違ってその場を去ろうとする。

 

「上手くやったもんだな、七草」

「……何の事?」

 

 しかし琢磨がそんな言葉を掛けてきたものだから、香澄としても立ち止まらざるを得なかった。

 訝しげに首を傾げる彼女はけっして演技ではなかったのだが、琢磨の目にはそれが惚けているように見えた。

 

「昨日の公開実験のことさ。ローゼンの支社長にまで注目されるなんて凄いじゃないか」

「公開実験? 何か勘違いしてない?」

「惚けるなよ。魔法師を目の敵にしている国会議員がやって来ることを知って、昨日のことを仕組んだんだろう? 司波先輩を利用して、上手く名前を売ったもんだぜ」

「利用ですって? 変な言い掛かりをつけないで」

 

 香澄の反論が、少し歯切れの悪いものになった。神田議員の来校をあらかじめ知っていたのは確かに事実だったからなのだが、琢磨はそれを自分の推理が全て正しい証左だと判断した。

 

「ほらな、俺の思った通りだ。さすが七草、抜け目が無い。姉に続いて色仕掛けで誑し込んだのか? おまえ達姉妹、見てくれだけは一流だからな」

「――ふざけるな!」

 

 いきなり怒りを爆発させた香澄に、さすがの琢磨も一瞬だけだが怯んだ。

 しかし、香澄が怒りを露わにしたのはそのときだけで、すぐさま冷静な口調で話を続ける。

 

「……誑し込むとか、七宝の考えることは随分と下品なんだね。私達七草には考えもつかないよ。アンタそこそこ可愛い見た目してるんだし、魔法師目指すの止めてツバメにでもなったら? もっとも、今時ツバメなんて飼ってるのなんて色ボケ芸能人くらいだろうけど」

 

 香澄の揶揄に深い意味は無く、“ツバメ”という言い回しも最近世間を騒がせた某ベテラン女優の少年売春事件から借用したものに過ぎない。

 だが琢磨にとってその言葉は、小和村真紀との関係を当て擦られたものとしか思えなかった。

 

「……喧嘩を売ってるのか、七草」

「先に喧嘩を売ってきたのは、アンタの方じゃない。それに言わなかったっけ? 二度と喧嘩を売ろうって気が起こらないくらい、安く買い叩いてあげるって」

 

 睨み合う2人。どちらも右手が、左の袖口に伸びていく。2人が使うCADは共にブレスレットタイプであり、操作に入った時点で一触即発のラインを踏み越えることを意味している。

 

「いやいやお2人さん、盛り上がっているようですなぁ」

「――――!」

「――――!」

 

 そして2人のすぐ傍に生える木の根元に座り込んでいたしんのすけが話し掛けたのは、まさに後ゼロコンマ数秒でCADの操作に入ろうというタイミングだった。冷や水を掛けられた形となった2人が、咄嗟にCADから手を離して彼へと向き直る。

 もしこれが普通の上級生ならば、ましてや風紀委員という学校の自治活動に従事する者ならば、未遂とはいえ2人の行為を咎めるべきだろう。

 しかしその予想に反して、いや、或る意味予想通りとも言えるが、しんのすけはニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

「んで、なんで2人は喧嘩してるの?」

「七宝くんが七草家を侮辱したんです」

「七草から許し難い侮辱を受けました」

 

 互いをけっして見ようとせず、堂々とした態度でそう言ってのける2人に、しんのすけは腕を組んで「成程成程」と納得する仕草を見せる。

 

「2人が納得するまで話し合った方が良い、って言っても2人は納得しないでしょ?」

 

 しんのすけの問い掛けに、2人は同時に力強く首肯した。

 その返答を予想していたように、しんのすけはウンウンと頷く。

 

「ならばこの喧嘩、オラが預かるとしましょう」

 

 その言葉に、2人は怪訝そうに首を傾げる。

 そんな2人に、しんのすけが更にこう続ける。

 

「花音ちゃんに怒られないように、思いっきり喧嘩すれば良いんだゾ」

 

 

 

 

「というわけで花音ちゃん、この許可証にハンコちょーだい」

「いや、何が『というわけで』なの、しんちゃん?」

 

 しんのすけが琢磨と香澄を引き連れて風紀委員本部を訪ね、風紀委員長の机に演習室の許可証をバンと叩きつけてそんな台詞を述べたことに、花音は条件反射とばかりにツッコミを入れていた。

 ちなみに風紀委員本部にやって来たのはその3人だけでなく、生徒会室で仕事をしていたあずさ・達也・深雪・五十里・ほのか・泉美、そしてたまたま生徒会室に来ていた雫もゾロゾロと後ろからついて来ていた。しんのすけが演習室の使用許可を求めて生徒会室を訪れ、あずさが許可証の様式を出した遣り取りを眺めて気になったからである。

 

「やっぱりさ、琢磨くんも香澄ちゃんも1回キチンと喧嘩しないと納得しないと思うんだゾ。だから周りに迷惑掛けないように、演習室を借りて2人の気が済むまで喧嘩してもらおうと思って。ほら、あそこだったら幾らでも喧嘩し放題でしょ?」

「しんちゃん、演習室は喧嘩をするための施設じゃないからね?」

「えっ、そうなの? でも去年、達也くんが風紀委員に入るとき、納得してないって反対してたはんぞーくんと喧嘩してたゾ」

「しんのすけ、アレは喧嘩じゃなくて実力を確かめるための試験みたいなものだ」

 

 後ろから達也が訂正の言葉を添えるが、そんな彼の言葉にも“名目上は”という注釈が言外に含まれているような雰囲気ではあった。そしてそれを感じ取った深雪が、苦笑いを浮かべている。

 達也は妹のそんな仕草に気づきながら、花音に対して意見を述べる。

 

「宜しいのではないですか、千代田委員長? 話し合いで解決できないことは実力で決めるのが手っ取り早いと、前委員長も仰っていたことですし。特に今回は互いの誇りが懸かっているようですし、実力で白黒付けておいた方が後々引きずることも無いかと」

「まぁ、確かにそうかもしれないけど……」

 

 達也の意見を受けての花音の反応は、明朗快活である彼女らしくない歯切れの悪いものだった。

 

「……ちなみにルールは、しんちゃんが決めるの?」

「そうだゾ」

「……審判も、しんちゃんがやるの?」

「モロチ――じゃなくて、もちろんだゾ」

 

 自信満々に胸を張って答えるしんのすけに、花音は顔に浮かぶ不安の色を濃くした。

 そして彼女の視線が、しんのすけの背後にいる達也へと向けられる。

 

「達也くん、この後って時間空いてる?」

「……えぇ、閉門時間までなら」

「分かった。――演習場の使用許可は出すわ。試合のルールもしんちゃんに一任する。ただし、試合の審判は達也くんに任せること。これが条件よ」

「えぇっ? 花音ちゃん、オラが信用できないの?」

「しんちゃんよりも達也くんの方が、試合状況の見極めとかに長けてると判断したまでよ」

「ダイジョーブだって。ちゃんと2人共、怪我1つ無く終わらせるから」

「とにかく! 達也くんに審判をやらせることがアタシの条件だから!」

 

 頑なな花音の態度にしんのすけは口を尖らせて不満な様子だったが、小さく溜息を吐いて達也へと向き直った。

 

「達也くん、お願いして良い?」

「……まぁ、構わないさ」

 

 軽く肩を竦ませて了承する達也の態度には、この1年で培われた巻き込まれ体質に対する諦観が見て取れた。

 

「それで、どの演習場にする?」

「別に空いてる所ならどこでも良いゾ」

「それじゃ、第二演習場にするわね。中距離魔法を想定した演習場だし、2人ならその方が良いでしょ」

「んじゃあ、それで」

 

 花音が許可証に文章を書き加えると、おもむろに机の引き出しを片っ端から開け始めた。どうやら許可証に押す承認印を探しているようで、見かねた雫が花音へと歩み寄っていく。

 そんな遣り取りをしている間、それまで口を挟まず黙り込んでいた琢磨が意を決したようにしんのすけへと近づく。

 

「野原先輩。七草との試合に関して、お願いがあります」

「おっ?」

 

 琢磨は本来、条件を付けられる立場に無い。本人もそれを自覚しているのか、若干遠慮気味だ。

 花音・雫以外の注目を集める中、琢磨がそのお願いを口にした。

 

「相手は七草香澄ではなく、七草香澄・七草泉美の2人にしてほしいのです」

「七宝。アンタ、私のこと馬鹿にしてるの?」

 

 香澄が思わず詰問するが、しんのすけが「なんで?」と純粋に理由を訊いてきたのでとりあえず黙って耳を傾けることにした。

 

「これは七宝家と七草家の誇りを懸けた試合です。それに『七草の双子は2人揃ってこそ真価を発揮する』というのはよく知られた話です」

「達也くん、そうなの?」

 

 しんのすけが達也に視線を向けて問い掛け、達也が香澄と泉美へと視線を向ける。

 2人が小さく首を縦に振ったのを確認し、達也はしんのすけへと視線を戻した。

 

「あぁ。2人は()()()()()()ことによって、単独では不可能な高威力・高難度の魔法を行使することができる。だからこそ彼は、2人を同時に相手して勝たなければ真の勝利にならない、と考えているんだろう」

 

 2人で協力して、より強大な魔法を行使する。魔法に詳しくない人間ならば特に疑問に思わないことだが、これは魔法師にとって異常ともいえる現象だ。

 複数の魔法師が1つの儀式を行うことで魔法を行使する技術自体は存在するが、この種の儀式は詠唱・舞踊など五感で共有できる媒体またはプロセスが必要となる。複数の魔法師がただ同じ魔法を発動するだけでは、最も魔法力が強い魔法師の術式が効力を顕すだけで、それ以外はむしろ事象改変の邪魔ですらある。

 しかし香澄と泉美の場合、通常の魔法と同じようにCADのサポートを受けるだけで魔法力を増幅させる。これは2人が肉体的に同一の遺伝子を有するのみならず、精神内の魔法演算領域の特性までもが完全に一致しているからだ。“七草の双子”という何の変哲も無い名称が二つ名として機能しているのは、そういった理由によるものである。

 もちろんしんのすけは、ここまで深い事情は分からない。しかし、双子が揃って初めて真の魔法的な実力を発揮できるということは理解した。

 そのうえで、しんのすけは答えた。

 

「ダメだゾ、琢磨くん。2対1じゃ公平にならないでしょ」

「しかし! ……いえ、分かりました」

 

 反論しようと身を乗り出した琢磨だったが、すぐに自分の立場を思い出したのか即座にそれを取り下げた。もっとも、彼がそれに不満を持っているのは誰から見ても明らかだ。

 それを見かねてか知らないが、達也がしんのすけに意見する。

 

「だがしんのすけ、これは互いに禍根を残さないための試合だろ? だったら本人の望む通りにさせてやるのが良いんじゃないのか? もちろん、香澄と泉美の了承が大前提だが」

「私は構いません、野原先輩。その思い上がりを後悔させてやります」

「私もそれで良いですよ。面倒臭いことは、これで終わりにしましょう」

 

 香澄と泉美が揃って了承の返事をしたことで、琢磨もしんのすけに対して希望の籠もった視線を向ける。

 それでもなお、しんのすけは乗り気ではなかった。

 

「えぇっ? でもそれって魔法の話でしょ? だったら意味無くない?」

「――――ん?」

 

 その言葉に、その場にいる全員が違和感を覚えた。

 代表して、達也が問い掛ける。

 

「なぜ意味が無いんだ? もちろん殺傷性の高い魔法は使用禁止になるだろうが、それ以外にも2人の特性が活かされる局面は数多くあるだろう?」

「だからそれって、魔法の話でしょ? だったら意味無いゾ」

「……なぜ、そういう結論になる?」

「当たり前でしょ、達也くん。だって――

 

 

 ――今からやる喧嘩は、魔法を使わないんだから」

 

 

「――――えっ!? 魔法使わないの!?」

「そうなんですか、野原先輩!?」

 

 思わず大声を出して問い掛けたのは、ようやく承認印を見つけて許可証に押印したばかりの花音と、まさにその試合の当事者である琢磨。他の面々も魔法の使用を前提として成り行きを見守っていたため、前提をひっくり返すしんのすけの発言に目を丸くしていた。

 

「なんでそんなに驚いてるの? 魔法を使った喧嘩は危ないからダメだって、花音ちゃんが言ったんでしょ」

「あのときは確かにそう言ったけど、それはあくまで第三者の監督と明確なルールが無い状況での喧嘩であって――」

「だがしんのすけ、魔法を使わずにどうやって優劣を決める? まさか殴り合いをさせるわけじゃないだろうし、魔法を使わない純粋な体力勝負となると香澄の方がどうしても不利になるぞ」

 

 達也のもっともな疑問に、話を聞いていた他の面々も無言で同意する。先程まではやる気満々だった琢磨と香澄も、思わぬルールに不安を隠せない様子だ。

 それでもしんのすけは、やたらと自信満々に胸を張ってこう答えた。

 

「ダイジョーブ! 魔法が使える人も使えない人も、運動できる人もできない人も、みーんなが公平に勝負できる方法を思いついたゾ!」

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