達也と琢磨が試合の準備をしている最中、演習室は困惑の空気に包まれていた。特に達也の
彼は基本的に、自分や深雪に厄介事が降り注ぐのを何よりも嫌う性格だ。最終的には色々と押し付けられる苦労人の性格をしているものの、自分から積極的に首を突っ込むような真似はしないというのが、彼をよく知る者にとっての共通認識だ。
なのに今は行司の格好で大銀杏のカツラを被りながら、しんのすけが持って来たパワードスーツについての簡単な説明を受けていた。魔法科高校に限らず、それこそ国技館辺りにでも行かない限り見ることの無いような恰好をしている彼だが、その表情はどこまでも真剣なのが逆にシュールで笑いを誘う。
「ねぇ深雪。達也さん、何を狙ってるんだと思う?」
「さすがに私もそこまでは……」
ほのかの問い掛けに深雪も戸惑いを隠せない表情で答えながら、同じく試合の準備をしている琢磨の方へと視線を向けた。
とはいえ彼の場合はそこまで準備することは無く、自身の鞄から普段使いのブレスレット型CADを身に付け、そして左脇には辞書のように分厚く大きなハードカバーの本を抱えている。
「そろそろ始めようかと思うんだけど、達也くん大丈夫?」
「分かりました」
今回の試合の審判を担当する花音が達也に呼び掛けると、彼は軽く頷いてから相撲取りを象ったパワードスーツへと近づいていった。
「――――! み、みんな! 後ろ向いて!」
その瞬間、ハッとなった深雪が全員に聞こえるよう大声でそう叫んだ。そしてギャラリーだけでなく審判の花音、更に試合相手である琢磨ですら一斉にバッと体ごと後ろを向いたことで、しんのすけ以外全員の視界から達也の姿が消える。
一瞬何事かと動きを止める達也だったが、すぐにその意図に気付いて軽い溜息と共にパワードスーツの尻部分にずっぽりと頭を突っ込ませ、そのまま中に入り込んで上へと登り、胴体の上から大銀杏のカツラを被った顔をヒョコッと出した。
「準備できた? それじゃ、ルールを説明するわね」
改めて花音が呼び掛け、双方が頷いて応える。琢磨が口元に手を添えて小刻みに震えていることについては、敢えて触れないことにした。
「今回の試合形式は接触あり。だから相手の体に触れるのも武器を使うのも、相手のエリアに侵入するのもオッケー。だけどフィールドを囲む赤いエリアに出るのは失格扱い。それと当然知ってるだろうけど、致死性の攻撃および治癒不能な怪我を負わせる攻撃も禁止とする。危険だと判断した場合は強制的に試合は中断、危険行為とみなして攻撃した側を反則負けにするからね」
目配せしながらの説明に、達也も琢磨も口を挟まない。今回のルールもこういった試合における一般的なものであり、説明自体がせいぜい形式的な意味合いしか持たないものだ。
「では、双方構えて」
花音の言葉に、達也はエリアの中央付近に、琢磨は境界線ギリギリに立って脇に抱えていた本を足元にドスンと落とした。
それを確認した花音が右手を頭上に挙げ、そして勢い良く振り下ろした。
「――――!」
その瞬間、仕掛けたのは琢磨だった。
手元で空気を圧縮し、それを弾丸のように撃ち出す“エア・ブリッド”という移動系魔法だ。シンプルでポピュラーな魔法だが、それだけ有効性が担保されていることを意味している。人間がまともに食らえばその勢いのまま吹っ飛ばされるであろう空気弾が、身長3メートルほどの力士と化した達也へとまっすぐ襲い掛かる。
しかし達也はそれが分かっていながら、何の構えも取らなかった。腰を落としてその場に踏み留まろうとすることも無く、ただ棒立ちで空気弾がこちらに到達するのを悠然と待ち構えている。
彼のことだから何か考えがあるのだろう、と思いながらも不安の色を拭い切れないギャラリーの見守る中、琢磨の空気弾が達也の体(パワードスーツ)に接触し、
「なっ――!」
その瞬間、パワードスーツの全身から爆発的な
他のギャラリーも驚愕に襲われる中、真っ先に声をあげたのは、
「
達也と美月のクラスメイトである
しかしその感想は、彼のことをよく知らない者に限られる。
「さすが十三束くん、
「えっ? 彼も、術式解体が使えるのですか?」
深雪の言葉に幹比古が驚くのも無理はない。“術式解体”が超高等の対抗魔法とされているのは、並の魔法師では1日掛けても捻り出せないほどの魔力量を必要とするためだ。なので使い手がほとんどいないとされているのだが、それが同じ学校の、しかも同学年に2人もいるとなれば偶然どころの話ではない。
「僕の場合、頭に“接触型”を付けるべきだろうけどね」
十三束は体質的に自身のサイオンを引き付ける力が異常に強く、故に魔法を遠くに放つことができない。代わりにゼロ距離における魔法の強度は折り紙付きであり、敬称と蔑称を込めて“レンジ・ゼロ”という二つ名で呼ばれている。
そんな彼の使う“術式解体”は、体を分厚いサイオンの装甲で包み込む構造をしている。達也が砲弾で魔法を吹き飛ばすのに対し、彼はその装甲で自分の体に襲い掛かる魔法の侵入を拒んでいる。
ちょうど、先程のパワードスーツのように。
「成程! それが司波先輩の遠隔魔法対策ということですね!」
自分の魔法が防がれた動揺こそあるものの、琢磨はそれを振り払うように不敵な笑みを浮かべてみせる。
しかしその言葉に対し、達也は小さく首を横に振った。
「いや、今の“術式解体”は俺が発動したものじゃない」
「――――! ど、どういうことだ!」
先輩相手に敬語を使うことも忘れて、琢磨は思わずそう問い掛けた。
普通ならば試合中に手の内を明かすような真似はしないのだが、今回の試合は達也から琢磨に対する“指導”の意味合いも兼ねている。なので達也は勿体ぶることなく、素直にそのカラクリを説明し始めた。
「このパワードスーツ全体に“術式解体”の効果を齎す魔法式が
「な、何だって!? つまりそのスーツに“刻印型術式”が施されてるってことかい!?」
その説明に大きな反応を見せたのは、今度は五十里だった。
刻印型術式とは現代魔法が発展を見せた初期の頃に開発された魔法技術であり、あらかじめ物質に対して術式を幾何学紋様化して刻印し、サイオンを注入することで発動できるようにするものだ。古式魔法の符術を発展させた技術であり、五十里家がその界隈においては権威とされている。
そんな彼の問い掛けに、達也は再び首を横に振った。
「いいえ、それでは説明がつきません。先輩の言う刻印型術式では、術者がサイオンを注入しないと魔法が発動しません。しかし俺はそんなことをしていないにも拘わらず、自動的に“術式解体”が発動しました」
「何だそれは! どんな技術だ!? ――野原くん! 君はどこでこれを手に入れたんだ!? 発明者は!?」
「えっと、オラ、喋るなって言われてて――」
普段は大人しく後輩に対しても丁寧な物腰を貫く五十里が、明らかに取り乱した様子でしんのすけに詰め寄る光景は、婚約者である花音ですら困惑するほどに珍しいものだ。
しかし同じ技術者である達也からしたら、彼がそのような反応を見せるのもおかしいことではない。何なら達也自身も、平静を装うので精一杯なほどの大きな衝撃を味わっている。
何故ならこのパワードスーツに使われている技術は、それこそ達也が去年の10月に義母である司波小百合から預かった“
――それを秘かに再現した者がいるとなれば、五十里先輩の動揺も当然だろう。
「――ふざけるな!」
と、琢磨が突然その場で片膝をついてしゃがみ込み、試合前に足元に落としたハードカバーの本に手を伸ばす。
そしてその本の表紙を開いた瞬間、全てのページが4ミリ四方の正方形の紙片に裁断され、それらが一斉に紙吹雪となって宙を舞い始めた。本は変形B5版で720ページ、つまり1枚2ページにつき2880枚の紙片となり、全360枚で総数1036800枚の紙片が琢磨の制御下にある計算となる。
複雑に回転しながら舞う1片1片の紙切れは曲がることも折れることも無く、まるで硬質の素材で作られた正方の薄い刃と化し、琢磨の意思によって一斉に達也へと襲い掛かる。
群体制御によって百万の紙片を操り、刃の叢雲と成して敵を切り裂く魔法。
七宝家の切り札の1つである“ミリオン・エッジ”を前にして――それでも達也の表情が揺らぐことは無かった。
「――――」
それどころか、達也は一瞬腰を落としたかと思うと、それこそ力士が取組を始めるかのように正面へと跳び出していった。まっすぐ琢磨を目掛けて向かっていくその様は、迫り来る百万の紙片など最初から存在していないかのようだ。
3メートルほどの巨体が迫って来る恐怖に琢磨は顔を強張らせるものの、紙片に指示を出すかのようにその右腕をまっすぐ達也へと伸ばし、そしてそれに応えて紙片が達也に突っ込んでいく。
そうして達也(のパワードスーツ)に触れた紙片から、宙を舞う力を失っていった。風に煽られてヒラヒラと逃げ惑い、曲がったり折れたりしながら床へと落ちていく。
「だったら――」
琢磨が狙ったのは、唯一パワードスーツに守られず剥き出しになっている頭部。半分ほどの紙片が無効化された辺りで残り約50万の紙片を操って達也の頭上へと撃ち出し、そして白い蛇が食らいつくように彼の頭へと襲い掛かる。
しかしその白い蛇も、達也の頭まで数十センチというところで突如見えない壁に阻まれたかのように動きを止め、意思を持たない単なる紙片となってチラチラと雪のように床へと降り注ぐだけとなる。
「そんな――」
呆然とする琢磨の正面から、3メートルの巨体と化した達也の右腕が迫る。
その現実から、そしてこの後に待ち受ける結末から逃げるように目を閉じる琢磨。
しかし達也の右腕は、あと数センチというところで突如その動きを止めた。先程のように魔法で止まったのではない。単純に、達也が自分の意思で寸止めしただけのことである。
「それまで。勝者、司波」
花音の言葉により、試合は決した。
死の恐怖から解放された安堵感からか、琢磨がその場に崩れ落ちるように膝をつく。
「七宝、立てるか?」
「……はい」
「ならば壁際に移動しろ」
達也の指示の意図が分からないまま、琢磨は壁際へと移動した。
そしてそれを確認してから、達也はパワードスーツを脱ぐ仕草を見せることなく、しんのすけへと視線を向ける。
「しんのすけ、手本を見せてやってくれ」
「へっ?」
まるで他人事のように先程の試合をボケーッと眺めていたしんのすけは、突然自分の名前を呼ばれたことでピクンッと肩を跳ね上げた。
どういう意味か分からずキョトンと首を傾げる彼に、達也が改めて説明する。
「しんのすけならば今の俺相手にどう戦うか、七宝の手本として示してやってくれないか?」
「えぇ? つまり、オラと達也くんが戦うってこと?」
「戦うってほど深刻なものじゃない、遊びの延長線みたいな感じだよ。そうだな……。ルールとして、おまえは魔法を使わずに戦うなんてどうだ?」
「司波先輩! それはさすがに――」
琢磨が思わず口を挟むが、達也が視線だけでそれを黙らせた。
「俺も魔法は使わない。このパワードスーツに仕込まれた“術式解体”は使わせてもらうが、魔法禁止のルールの前じゃ有って無いようなものだろ」
「ほうほう、それはなかなか面白そうですなぁ。別に良いゾ」
「野原先輩!」
呑気な声で達也に応じるしんのすけに、力士状態の達也を目の当たりにした琢磨が悲痛な声で呼び止める。ギャラリーとして観戦していた香澄、そして泉美の2人も、しんのすけに対して心配そうな表情を向けている。
しかし他の面々は、元々気弱な性格のあずさを除けばあまり心配している様子は無かった。しんのすけの実力、そして達也の信頼に拠るものだろう。
「よし。それじゃ、まずはこの紙を片付ける必要があるが……」
「お任せください、お兄様」
深雪がそう応えてCADを操作すると、一瞬のタイムラグも無く室内の気流が緩やかに動き始めた。それらは複雑に渦巻きながら部屋のあちこちを移動し、床に散らばった百万以上もの紙片を1つ残らず拾い上げると、そのまま部屋の隅に備え付けられた掃除機の目の前へと運んでいった。
掃除機が自動的に紙片を吸い込んでいく光景を、琢磨は唖然とした表情で見つめていた。今の深雪の魔法は紙片を硬化するプロセスを除けば“ミリオン・エッジ”と同じ魔法であり、しかもその技術力は自分を上回っていることが明白だったからだ。
「準備は良いか?」
「まぁ、魔法使わないし」
しんのすけの言葉通り、最初から魔法を使わないのであればCADの調子を確認する必要も無い。パワードスーツを身に付けた達也と生身の状態のしんのすけが、それぞれのエリアの中央辺りに立って互いに見合った。
先程と同様に審判を買って出た花音が、改めてルールを説明する。先程の項目に『互いに魔法を使用しない』という魔法科高校の試合ではまず聞かないであろうルールが加えられ、2人が同時に頷いて了承する。
そうして花音が右腕を頭上に挙げ、そして勢い良く振り下ろした。
「――――!」
瞬間、今度は達也が先に仕掛けた。巨体を感じさせないスピードで一気にしんのすけとの距離を詰め、突っ張りの要領で彼の体を目掛けて右腕で突きを繰り出した。
丸太のように太い腕が迫り来る光景に、しんのすけは動揺1つ見せず、それどころか自分から前に跳び出して更に距離を詰めた。
「野原せ――」
琢磨が思わず声をあげる中、しんのすけは猫のように指を折り曲げた手を正面に差し出し、目の前に迫るスーツの右腕を横から軽く小突いた。
その瞬間、しんのすけを捉えていたはずの右腕がカクンと軌道を逸らし、彼の脇をギリギリ紙一重で通り抜けていった。行き場を失った右腕に釣られるようにスーツ全体もバランスを崩し、達也の体(パワードスーツ)が前傾姿勢となったことで後ろに引いていた右足が爪先立ちとなる。
それを見計らっていたかのように、しんのすけは達也の股の下に飛び込んでいった。そうして俯せのまま床に転がると、まるで尺取虫のように体をウネウネと動かして猛スピードで達也の下を潜り抜けていった。途中で達也が左手で捕まえようとするも、俯せという低い姿勢によって避けられてしまう。
そうして達也の背後を取ったしんのすけは、尺取虫の姿勢から一転、人体では絶対に不可能と思えるほどに完全な球体と化した。ゴムボールのような伸縮性を手に入れた彼は、見えない手で床に押し付けられるかのようにギリギリとその球体を歪めていく。
達也が後ろを振り返ろうとするも、その瞬間にゴムボールが撃ち出されたかのような勢いでしんのすけは床から飛び上がった。そしてコンマ数秒にも満たない時間の中で、完全な球体から両脚を突き出した逆立ちの姿勢へと早変わりする。
「あっ――」
誰かが何かに気付いた声を漏らした次の瞬間、しんのすけの両脚は達也の尻部分(勿論パワードスーツだ)に深々と突き刺さった。
「――――!」
達也が目を見開くのと同時、達也の座っていた座席がビヨヨーンと大きく上に跳ね上がった。座席にシートベルトは存在していないため達也がその勢いのまま宙に放り出され、天井スレスレまで浮かび上がってから重力に引っ張られて床へと落ちていく。
「お兄様!」
深雪が血相を変えて重力に対する減速魔法を発動させなければ、達也はそのまま床に衝突して大怪我を負っていたかもしれない。いや、実際には彼女以外にもCADに手を伸ばしていた者は何人かいたので、最悪の事態は回避されていたとは思うが。
ゆっくりと落ちていく中で姿勢を整えて床へと着地した達也に、しんのすけが慌てた様子で駆けつける。
「達也くん、ダイジョーブ!?」
「あぁ、平気だ。――それにしても、まさか一撃で緊急脱出装置が作動する威力の攻撃を決められるとは思わなかった。もう少しは粘れると思ったんだが、俺もまだまだだな」
「――あっ! 勝者、野原!」
その遣り取りを眺めていてようやく自分の役割を思い出した花音が試合結果を宣言し、他のギャラリーも一斉に2人の下へと駆け寄っていく。
「凄いじゃないか、野原くん! 本当に今のって魔法じゃないのかい!?」
「そうだゾ。魔法じゃなくて“ぷにぷに拳”って言うカンフーだゾ」
「えっと、確か最初に達也の攻撃を逸らしたのが“
「股下を潜り抜けたのが“
「その前に“
ぷにぷに拳について見覚えのある者がワイワイと談笑している中、初めてそれを目の当たりにした1年生はしんのすけに対して未知の生物にでも遭遇したかのような目を向けていた。
「ぷにぷに拳って、あんなパワードスーツ相手にあっさり勝てるほどなの……?」
「いえ、さすがに野原先輩だけが特別だと思いたいですけど――」
「し、司波先輩!」
七草の双子が困惑した様子で話していると、琢磨が顔を強張らせながら上級生同士の会話に割り込んでいった。
「魔法を使わずとも魔法師を倒せる相手がいるというのは分かりました。しかしこのパワードスーツのような事例は、そうそう起こらないのではないでしょうか!?」
琢磨の問い掛けに達也は少しだけ考える素振りを見せ、しんのすけへと視線を向けた。
「しんのすけ、これは誰から貰ったんだ?」
「貰ったんじゃなくて借りたんだゾ。誰から借りたのかは言えないけど」
「ふむ……。言えない理由は?」
「えっ? えっと、それは……」
「別にそれは口止めされてないんだろう? だったら理由を教えることくらいは構わないんじゃないか?」
いやそれはどうだろう、というのがこの場にいるほぼ全員の意見だったが、心の中で思っただけで口には出さなかった。
なのでしんのすけも「おぉっ、確かに」と簡単に騙されてしまった。
「あの発明品が自分のだって知られるとマズい、みたいなことは言ってたゾ」
「成程、よく分かった。おそらくこれを発明した人物は、現代魔法研究にそれなりに関わっているんだろう。“術式解体”を仕込んでいることからも推測することができる」
「そうだとして、なんで発明したのが自分だとバレるとマズいんだ?」
レオの問い掛けに、達也が平静な表情のまま答えた。
「このパワードスーツが明らかに、非魔法師が魔法師を相手に戦闘することを想定して造られているからだ」
「――――あっ!」
達也の言葉と先程までの試合の光景が結びついたのか、合点がいったという感じでエリカがポンと手を叩いた。一瞬遅れて、他の者達も納得と驚愕の入り混じった表情を浮かべる。
先程は達也が装着したので分かりにくいが、試合中の“術式解体”は達也のサイオンによって発動したのではない。魔法を検知して自動的に発動するシステムから分かる通り、魔法を使えない者でも問題無く扱えることを考えて設計されている。
「こんなふざけた形をしているが、パワードスーツ自体の技術も相当なものだ。特に訓練もせず自分の体のように動かせ、しかも物理的な衝撃にもある程度耐えられる」
「しかも“術式解体”を保存する技術によって、魔法攻撃に対する耐性も備えていると。――いや待てよ。その魔法を保存する技術の応用力次第では、魔法の存在を前提とした防衛に対する考え方が根本から覆りかねないんじゃないか?」
「少なくとも俺の見立てでは、この形式のパワードスーツ自体はおそらく5年も経たず実戦に投入されることになると思う。そうなると、兵士として活動している魔法師の大半は苦境に立たされることになるだろう」
それは琢磨のような純粋に魔法で戦うタイプだけでなく、エリカ達のような近接戦闘主体の場合でも同様だ。彼女達もあくまで身体能力や威力を魔法によって底上げしているのであり、それが無効化されるとなると普通の人間と大差無いからである。
「そうなると、今後は魔法に頼らずとも戦える人材の育成により重きが置かれることになると考えられる。しんのすけが見せた
「まさか、そんな人物が――」
感情によって反射的に達也の言葉を否定しようとする琢磨だったが、それよりも早くエリカとレオが「あぁ」と心当たりに思い至ったのか若干顔を青ざめて声を漏らした。
「確かに、真っ先に1人思いついたわ……。1人で百家本流の道場に殴り込んで壊滅に追い込んだ少年剣士が……」
「あいつ、将来は指導者になりたいとか言ってたな。あんなバケモンがこれから何人も生まれるのかと思うと寒気がするぜ」
「そんなっ――!」
達也の友人だからテキトーに話を合わせたわけではない、嫌に真実味を帯びた2人の言葉に、琢磨は絶望的とも表現できるほどに顔を強張らせた。
そんな彼の肩に、同情的な表情をした香澄がポンと手を置いた。
「七宝くん。ぶっちゃけコレ、私達で内輪揉めしてる場合じゃないと思うよ。下手すりゃ七草家ですら立場危ういもん」
「軍事力だけが魔法師の存在意義ではないにしろ、社会の需要的には軍事関連に傾いているのが現状だからな」
達也の補足を聞いても尚、琢磨は即座に返事をすることができなかった。頭の中を駆け巡る情報を整理しようとするも追いついていない、といった感じに頭に手をやって考え込んでいる。
と、ふいにその目をしんのすけへと向けた。表情も相まって、まるで無力な子供が親に縋りつくかのような印象を覚える。
「野原先輩は、どのようにお考えですか……?」
「へっ? 何が?」
「今の、今後魔法師の立場が危うくなるかもしれない、という意見についてです」
「えぇっ? そう言われましてもなぁ……」
考え込む素振りを見せるものの早々にそれを止めたしんのすけが「どうなるの?」と達也に助けを求める。
「様々な影響が予想されるが、少なくとも現在の魔法師が持つ社会的な意義や地位というのは大きく揺らぐことになるかもな」
「うーん……。よく分かんないけど、オラには特に関係ありませんな。別に魔法師になってやりたい事とか無いし」
「えっ!?」
しんのすけの答えに、琢磨が悲鳴のような声をあげた。
「そうなの、しんちゃん? それじゃ、魔法大学とかにも進学しない感じ?」
「うーん……。そもそも大学に行くかどうかも分かんないゾ」
「おいおい、勿体ねぇな。今の成績なら魔法大学は確実なんだし、せっかくだから行っとけって」
「そうだよ。魔法大学出身だからって、魔法関連の仕事に就かなきゃいけない決まりがあるわけじゃないんだし」
「うーん、そう言われましてもなぁ……」
しんのすけがエリカ達とそんな会話を交わしている間も、琢磨は聞こえているのかどうかも分からない呆然とした表情をピクリとも動かさなかった。
さすがに心配に思った達也が声を掛けようと動き出したその瞬間、琢磨がユラリと力の籠もっていない動作で達也へと向き直る。
「……少し、考える時間を貰えますか」
「あぁ、そうだな。今日はもう帰ってもらって構わない」
「はい、失礼致します。――先輩方も、付き合っていただいてありがとうございました」
「えっ? あ、まぁ、気を付けて帰りなさいね」
思わず花音がそう言ってしまうくらいに打ちひしがれた様子の琢磨に、さすがの香澄も軽口を叩く気持ちにはなれず、彼の弱々しい背中が演習室の外に消えていくのを黙って見送ることしかできなかった。
「しんちゃんって、将来的にこんな人になりたいとかあるの?」
「うーん、アクション仮面みたいな“救いのヒーロー”になりたいゾ」
将来を語るしんのすけの明るい声とは、どこまでも対照的だった。
「それにしても達也くんの行司姿、本当に様になってるわね」
「というか、よく一式を用意したな。あれも、パワードスーツと一緒に借りたのか?」
「ううん、あれはオラが自分で作ったやつだゾ」
「えっ!? しんちゃんの手作り!?」
「マジかよ! 普通に市販だと思ってたわ!」
「というか司波先輩、いつまであの恰好なんだろ」
「色々と話をしてくれましたけど、正直それが気になってあまり頭に入ってきませんでしたわね」