嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第110話「悪巧みがいっぱいだゾ」

 周公瑾がオーナーを勤めるその店は、横浜中華街でも特に人気を誇る高級店だ。舌の肥えた富裕層も満足させる料理と酒が取り揃えられていることもあって、会社の幹部や経営者クラスの人間が接待の場として使われることも多い。

 その日も店の2階にある個室では、とある大企業の社長が別会社の社長を誘って酒も交えた食事会を行っていた。とはいえ2人は対等の関係とは言えず、誘われた方の社長は下請けのような立場であり、先程から額に汗を搔きながら相手に対するおべっかを並べるのに必死な様子だった。 

 そして誘った方の社長は、そんな彼の言動に終始上機嫌だった。しかしそれは、彼の言葉をそのまま信じているわけではない。相手が自分の機嫌を取ろうと四苦八苦している様子を見て優越感に浸るという、権力を持った人間としてはおおよそ最低の部類に入る理由によるものである。

 

「お久しぶりでございます、金有様」

「おう周先生! 相変わらず、ここの料理は絶品だな!」

 

 と、2人の個室に、周公瑾が腰を折って入室してきた。そしてそんな彼を、上機嫌な様子の社長――金有増蔵(かねありますぞう)が酒によって紅く染まった顔で迎える。

 

「お褒めに預かりまして、大変恐縮でございます」

「いやいや、そう謙遜することは無い! ここの店の味を知ってから、儂は他の店で中華を食べられなくなってな! やはり真の金持ちというのは、常に“本物”を口にするべきだと常々思っているのだよ!」

「は、はい……! まさしく金有社長の仰る通りかと……!」

 

 酒杯を傾けながら持論(というには些か薄い気もするが)を述べる金有に、相手の社長が大袈裟な身振りで手を叩きながらそれに同意する。

 周は仮面のような笑顔でその遣り取りを眺め、そして口を開いた。

 

「ところで金有様、先日のネットニュース、拝見させて頂きました」

「うん? どの記事のことかね?」

「国立魔法大学付属第一高校への表敬訪問の件ですよ。生徒の1人と握手されている写真を拝見致しました」

「あぁ、確かにそんなこともあったな」

 

 点心を数個口の中に放り込み、それを酒で流し込みながら、金有は今それを思い出したかのような口振りで周の質問に答えた。

 

「金有様が魔法に興味がお有りとは存じませんでした」

「興味? まぁ、確かに無いわけではないな。だが儂にとっての興味は、それが金になるかどうかだ。金になるならたとえ魔法だろうと構わないし、金にならない奴らに存在価値など無い。――君の会社も今は利益を出しているから良いが、少しでも儂の会社の利益を害すると判断すれば即座に切り捨てるから覚悟しておくんだな」

「は、はい……! 肝に銘じておきますので……!」

 

 アルコールの混じった息を吐きながら脅しを掛ける金有に、体を震わせながら懸命に言葉を返す相手の社長。

 そんな2人の遣り取りを横目に、周は揺らがない笑顔を浮かべながら小さく頷いた。

 

「成程、つまり金有様には魔法師に対する特別な想いは無いと」

「ハッハッハッ! 特別な想いだと? そんなもの、あるはずが無いだろう! あのときだって、金有電機のイメージアップのためにあの子供を利用しただけに過ぎんよ! 世間では色々と言われてるようだが、子供に対して大っぴらに非難を向けるには抵抗があるだろうしな!」

 

 金有はそこで言葉を一旦区切り、相手の社長がグラスに注いだ酒を一口で呷り、

 

「もっとも、あの子供は将来金になりそうだ。ならば、今から唾を付けておいても損は無いか。それこそ、儂の娘と――」

 

 その後ブツブツと金有が独り言のように呟く台詞に関しては、周にとってはどうでもいいことだったので耳に入ることは無かった。

 

 

 

 

 金有が店を後にし、周がバックヤードへと戻っていく。厨房の料理人やウエイターと簡単な確認作業を行うと、そのまま店を彼らに任せて自身は階段を下りて地下へと向かう。

 地下とはいえ照明のおかげで薄暗さは微塵も無く、むしろ装飾や調度品は店以上に凝っていると評せる力の入れようだ。しかしこのスペースがこのような変貌を遂げたのはつい最近のことで、それだけ現在この場所を根城にしている者達を重視していることの表れと言えるだろう。

 

「あら、お帰り。例の社長さんはもう帰ったのかしら?」

「えぇ。下請けの社長を引き連れて別の店へと」

 

 豪勢な料理と洗練された酒杯が並ぶテーブルに舌鼓を打っているのは、若干アルコールが入って上機嫌な様子のマカオとジョマ、そして酒を口にしているが酔いが一切表に出ていないヘクソンだった。

 

「結論から申し上げますと、彼は“シロ”ですね。あくまで彼の目論見と私の工作活動が競合してしまった、謂わば事故のようなものです」

「せっかくあなたが頑張ってた情報工作も、例の社長さんの記事が出てから旗色が一気に変わったものねぇ」

 

 クスクスと面白がるように笑みを漏らすジョマに対し、周は表向きでも本心でも腹を立てることなく優雅な微笑みを崩さなかった。

 周が最近まで仕掛けていた情報工作。これこそが達也たちの学校に議員が押し掛ける原因ともなった、日本のマスコミ各社にて反魔法師的な報道を繰り返すというものだった。海外から呼び寄せた人間主義者なども使って日本社会全体に魔法師排斥の空気を作り出し、日本の魔法力(すなわち軍事力)の毀損、ひいては日本そのものの国力の毀損を狙っていたのである。

 しかし海外から呼び寄せた人間主義者は、不良のような恰好をした少女達の手によって拘束。マスコミを使った反魔法師的な報道も、例の記事以降はすっかり勢いを無くしている。

 

「本人の目的はともかく、結果的にはしんちゃんの仲間に都合の良い展開になったわけでしょ? それってつまり、しんちゃんの“主人公補正”ってのが働いたってことじゃないの?」

「確かに“主人公補正”の結果と取れますが、そうだとしても野原しんのすけ由来かどうかの断定はできません。――金有増蔵だって、能力を備えている“条件”は整っていますからね」

 

 周が金有と個人的に連絡を取り合い、来店の際は自ら接待するほどに重要視しているのは、何も彼が金払いの良い上客であることだけが理由ではない。

 金有増蔵、そしてその1人娘である金有タミコは、例の“サザエさん時空”によって約100年間まったく歳を取らない時期があった。それだけならばまだ問題は無かったのだが、この2人が春日部の住民ではないというその一点のみでまるで意味が違ってくる。

 春日部の住民ではない者が“サザエさん時空”に巻き込まれていた場合、間違いなく野原しんのすけと何かしらの関わりがあるからだ。

 

「でも結局のところ、しんちゃんとの繋がりは見つかっていないんでしょ?」

「えぇ。世界中の様々な機関が調査に当たっていますが、現時点で有力な手掛かりは何1つ見つかっていません。少なくとも、()()()の情報網には掛かっていません」

「世界中の調査機関でも掴めないほどに厳重な情報規制が敷かれているとか?」

「だとしても、その片鱗くらいはありそうなものですが――」

「あるいは、情報そのものが存在していない、か」

 

 と、ここまで一言も喋らず黙っていたヘクソンが口を開き、皆の視線を一斉に集めた。

 

「情報が存在しない? どういう意味ですか?」

「別に不思議なことではない。今ここにいる魔法使いも、元はこの世界とは別次元から来た者だ。その2人と野原しんのすけの因縁が、この世界とは違う場所で生まれたとしても何らおかしい事は無い」

「ふむ……。だとすると、本人に聞くのが最も手っ取り早いでしょうか」

「どうするの? 攫っちゃう?」

 

 マカオの冗談染みた提案に、周は一瞬、しかし割と本気で思考してから首を横に振った。

 

「いいえ、止めておきましょう。そこまでして手に入れるべき情報ならば話は別ですが、それほど旨味を感じませんし」

「情報工作の件はどうするの? あなたの立場を考えれば、ケジメは必要じゃないかしら?」

 

 裏工作には法的根拠を証明する契約書などは存在しないが、だからこそ彼自身の手で契約の効力を確保する必要がある。履行には報酬を、不履行には罰則を。それが裏社会で生きる者の口約束、謂わば不文律だ。

 

「今回の金有増蔵の介入は、世間からしたら劇的でしょう。マスコミを使った情報工作と言えど、世間の空気を完全に無視することはできません。なので例の記事以降の工作が進まなかったことについては、今後の付き合いも考えて不問としましょう」

「つまり、それ以前については問うということか」

 

 ヘクソンの指摘に、周はニコリと笑みを深めた。

 

「カルチャー・コミュニケーション・ネットワーク、通称“カル・ネット”。テレビ局を含む複数のメディア企業を傘下に持つこの会社は、例の記事が出るよりも前から契約を履行していないことを確認しました」

 

 そしてその笑みのまま、わざとらしく顎に手を添える。

 

「しかし残念ながら、当の社長である小和村喜夫(さわむらよしお)はパリに出張中。日本にいるのは、娘の小和村真紀だけなのです。さて、どうしたものか」

「どうせ決まってるくせに」

 

 ジョマの茶々に、周は敢えて答えなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

「小和村真紀?」

 

 横浜でそのような会話が交わされるより少し前、達也の自宅。

 少し前に頼んでいた琢磨の身辺調査の結果を文弥と亜夜子から聞いていた達也が、聞き覚えのあるその名前に思わずオウム返しをした。

 

「えぇ。先日の北山家でのパーティーにも参加していた女優ですね」

「それは俺も憶えているが……。確かその女優は雫の従弟と婚約していたはずだが、まさか七宝と()()()()()()にあるということか?」

 

 “そういう関係”の辺りで、隣で聞いていた深雪の表情が露骨な嫌悪感に彩られた。特に彼女の場合、自身の父親が不貞行為を働いていたこともあり、そういったことには人一倍拒否反応があるのだろう。

 達也の問い掛けに対し、亜夜子は首を横に振った。

 しかしそれは、問い掛けに対する否定ではなかった。

 

「残念ながら、その目的までは判明しておりません。七宝琢磨が小和村真紀の自宅に出入りしていることまでは突き止めたのですが、中で何を話しているのかまでは調査できておりませんので」

「調査()()()()()ではなく、()()()()()()? それほどまでに、彼女の家はセキュリティが厳重なのか?」

 

 達也の疑問は深雪も、そしてキッチンでコーヒーを淹れていた水波も抱いたものだった。いくら芸能人の住まいとはいえ国家の機密組織とかではない以上、四葉家の中でも諜報の技術に長けた黒羽家が手こずるとは思えない。

 そしてその評価はけっして過剰ではなく、文弥も亜夜子も自負するところだった。だからなのか、達也の問い掛けに2人共悔しそうに口元を引き結ぶ。

 

「機械的なセキュリティに関しては一般家庭の域を出ませんが、問題は彼女に雇われているボディガードの方でして……。2人のうち片方が、どうやら我々の存在に勘づいているようなのです」

 

 ほう、と達也はそのボディガードに対して素直に感心した。そのような“逸材”が民間業者の中にも存在しているとは、と達也はむしろ小和村真紀の企み以上にそちらへと興味が湧いた。

 もちろん、そんなことは文弥達には言わないが。

 

「小和村真紀の動きから推測することはできないのか?」

「そちらについては、ある程度は。どうやら彼女は、個人的に動かせる魔法師を欲しているようです。そのために七草家に赴き、七草弘一氏と何らかの密約を取り交わしているのも確認済みです」

「七草殿が!?」

 

 深雪が思わず声をあげてしまったのも無理はない。魔法師を攻撃対象とした情報工作に関与していると聞いた矢先に、マスコミと深い関わりを持つ女性と接触していたとなれば、その2つに何かしらの繋がりを感じるのがむしろ自然だろう。

 当然それは達也も同じで、考え込むその表情も先程と比べて真剣みが増している。

 

「……小和村真紀が何かしらの組織に関わっている可能性は?」

「我々が監視していた限りでは特にそういった動きは見せませんでしたが、断定はできません」

「仮に背後にブランシュのような組織があれば、七宝をどうにかしたところでイタチごっこになるだけか……。単なる芸能人と未成年との不純異性交遊ならば、大した問題ではないと思うが……」

「あの、達也兄さん。七宝家や第一高校へのダメージを考えると、普通に大した問題だと思うんですが……」

 

 文弥が苦笑い混じりでそう言うが、そんなことは達也だって分かっている。しかしブランシュのような組織が関わっているのと比べれば、間違いなくそちらの方が後々()()()()()()にならずに済むというだけだ。

 と、頭に過ぎった“面倒臭いこと”に対し、達也の動きがピタリと止まる。

 

 ――先日のパーティーで彼女としんのすけが出会ったが、まさかそれで“主人公補正”が発動したりはしないよな……?

 

「お兄様、如何なさいましたか?」

 

 兄の僅かな変化に目敏く気づいて心配そうに声を掛ける深雪に、達也は答える。

 

「いや、何でもない。――要らぬスイッチを押したかもしれない、と思っただけだ」

「…………?」

 

 さすがの深雪も兄の真意を読めず、首を傾げるしかなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 自宅である高層マンション街に向けてコミューターを走らせながら、運転席に座る真紀はその綺麗な顔を不機嫌そうに歪めていた。普段から人に見られることを意識して感情を隠すことに長けている彼女だが、今は誰も見ていないのを良いことに一切を隠さず全てを露わにしている。

 彼女がここまで不機嫌になっている理由、それは先程掛かってきた電話にあった。

 

『悪いが真紀、しばらくそちらに行けなくなった』

 

 その電話の主・琢磨は、開口一番こう話を切り出した。

 

『野原先輩は今の十師族を中心とした魔法師社会に身を置きながら、それには囚われない考え方で自分のやりたい事を実現しようとしている。俺は野原先輩の考えの一端に触れたことで、今の自分の目標が本当に正しいのか疑問に思うようになった』

 

 野原先輩? あぁ、パーティーで会った野原しんのすけか。と真紀が記憶から該当の生徒を思い起こしている間にも、琢磨の話は続く。

 

『俺はしばらく野原先輩の下で学びながら、これから自分が為すべきことを模索していくつもりだ。そんな中途半端な状態で真紀と会い続けるのは、真紀にも野原先輩にも失礼だと思ってな。――真紀には色々と世話になった。もし俺が力になれることがあったら、できる限り力になりたいと思っている』

 

 電話口の向こうからでも意思の固さを感じさせる声色に、真紀はとりあえず当たり障りの無い言葉を並べて電話を切った。

 十師族に次ぐ権力者である師補十八家の跡取りが自分と距離を取るという選択を採った事実に、真紀が真っ先に思ったこと。それは、

 

「いや、なんで私が振られたみたいになってんのよ」

 

 真紀にとって琢磨は、ハッキリ言ってしまえば“御しやすい男の子”だった。本人は真紀のことを“仕事上のパートナー”だとか“同じ目的を掲げた同志”だとか思っていただろうが、そんな彼でも真紀の艶やかな所作に見惚れる瞬間があることはバレバレだった。

 女優業で培ってきた観察眼と表現力によって幾らでも簡単に操ることのできる、多少魔法が得意なだけの普通の男の子。長いとは言えないまでもけっして短くない期間顔を合わせてきた彼女にとって、琢磨という少年の印象はどこまで行ってもその程度でしかなかった。

 そんな少年からの、突然の裏切り行為。そしてそれは自分との同盟関係を一方的に解消したこと以外の意味合いもあるのだが、それを彼女が自覚しているかどうかは不明だ。

 

「これからどうする……? いや、完全に関係が絶たれたわけじゃないから、琢磨を呼び出すなりして説得すればどうとでもなるかしら? ――まったく、その“野原先輩”って奴も余計な真似をしてくれたわね……!」

 

 真紀は苛立ちを口から吐き出すように大きく溜息を吐いて背もたれに寄り掛かり、気を紛らわせるように視線を投げた。自宅に近づくにつれて輸入食品スーパーや店構えが立派な飲食店などが並び、少し遅めの夕食を求めて幅の広い歩道を行く人々がちらほらと見られる。

 と、そのとき、

 

「――――!」

 

 その人々の中に“或る人物”の姿を認めた真紀が、ほぼ反射的に運転席の停止ボタンへと手を伸ばした。自動運転技術によってコミューターがハザードランプを点滅させ、乗客に衝撃が伝わらないよう緩やかに減速して路肩へと移動して停止する。

 人通りが少ないとはいえ皆無ではないため変装用の帽子を被ってからコミューターを降り、その人物に向かって歩いていく。

 そして内心の感情を表に出さないよう意識しながら、笑顔を浮かべて声を掛ける。

 

「こんばんは、野原しんのすけくん」

「おっ?」

 

 声を掛けられてこちらに振り返ったその人物とは、ボストンバッグを肩に提げたしんのすけだった。如何にも客単価が高そうなイタリアンのレストランの前に立ち、メニューが表示された電子ボードと前のめりに睨めっこしていたところを、真紀が運転席から偶々見つけたのである。

 

「おぉっ! 真紀おね――」

「悪いけど、少し静かにね。ほら、私がいることが周りにバレると……ね?」

 

 人差し指を立てて唇に添えて、茶目っ気を含ませてウインクをする。自身の魅力を知り尽くした彼女の仕草に、しんのすけはすっかりデレデレした様子で口元を両手で押さえてブンブンと首を縦に振った。

 琢磨よりも数段分かりやすく好意を表す彼の態度に、真紀は先程まで渦巻いていた負の感情が薄れていくのを自覚する。

 

「ところで……しんのすけくん、で良いかしら?」

「オラのことは“しんちゃん”って呼んで良いゾ」

「そう? それじゃ、そう呼ばせてもらうわね。――しんちゃんは、何をしていたのかしら?」

「せっかくだし、偶には違う場所でご飯食べようかと思ったんだけど、ここら辺のお店って高いのが多くて困ってたんだゾ」

「この辺りは近くにある高層マンションの住民をターゲットにしたお店が多いから、学生のあなたには少し厳しいかもしれないわね」

「うーん、やっぱりそうかぁ。面倒だけど少し戻ろうかな」

 

 しんのすけがそう言って駅の方へと視線を向けたところで、真紀の頭にふとアイデアが浮かぶ。

 

「しんちゃん、良かったら今から私の家に来ない?」

「えっ? 真紀お姉さんの?」

 

 台詞こそ疑問形ではあるが、その目は期待で爛々と輝いている。

 あまりの分かりやすさにいっそ清々しさすら感じる彼の反応に、真紀の笑顔に自然と自信が滲み出る。

 

「さっき言ってたマンションが私の家なんだけど、簡単な料理で良いならご馳走できるわよ。この前のパーティーで言ってたように、あなたの話も色々聞かせてもらいたいの」

「うーん、そういうことなら仕方ないですなぁ」

 

 そう口にするしんのすけは台詞とは裏腹に微塵も仕方なさを感じさせない、喜色満面を全身で表したかのような態度だった。

 そんな彼を目の前にして、真紀は笑みを保ったまま頭を巡らせる。

 

 ――まぁ、どうせ彼自身は優秀でも大したコネは無さそうだし、彼を説得して琢磨との関係を戻すのが賢明かしらね。

 

 

 *         *         *

 

 

「それで達也さん、七宝琢磨の件については如何致しましょうか?」

「そうだな……」

 

 亜夜子に尋ねられた達也が考え込むのを、深雪と文弥が固唾を吞んで見守っている。

 

「黒羽の力を頼っておいて何だが、正直なところこれ以上本腰を入れて調査するほどの事かという迷いはある。ましてや伯母上に助力を請うわけにもいかないだろうしな」

「しばらくは放置しておく、ということで?」

「碌なことにならないのは分かっているが、下手にこちらから首を突っ込んで巻き添えを食らう羽目になるよりは、しばらく様子を見てから判断するしかないと思っている」

 

 ちょうどキッチンから水波がコーヒーを持ってやって来たこともあり、その場にいる全員からこの話題を打ち切りにする雰囲気が漂ってきた。

 しかしどうやら、そのようなことは()()()()許されないようで、

 

「――電話か」

 

 通話の着信を知らせるメロディが流れ、リビングのディスプレイに相手の名前が表示されたことで、その場にいる全員が一斉に眉を顰めた。

 その電話の相手は、達也も所属する独立魔装大隊の幹部にしてハッキングを用いた調査のスペシャリストでもある藤林響子だった。

 

『達也くん、こんばんは。今、話せるかしら?』

「えぇ、構いません」

 

 挨拶もそこそこに話を切り出そうとする藤林に対し、達也はそう返事をしながら深雪達に目配せする。

 

『あっ、一緒に聞いてもらって大丈夫よ。深雪さんも水波ちゃんも、――黒羽のお2人も』

「そうですか。では、遠慮なく」

 

 しかし深雪達が腰を上げようとしたタイミングで、藤林が先回りして引き止めてきた。文弥と亜夜子に対して意味ありげな視線を向ける彼女に、亜夜子も売り言葉に買い言葉とばかりに目を細めてソファーに座り直す。

 

『達也くんたちは、七宝琢磨の“後援者”に関してどこまで知ってるかしら?』

「…………」

 

 あまりにもドンピシャすぎるタイミングに、達也は一瞬この家が盗聴されているのではないかという疑心に駆られた。もちろんそんなことがあれば達也が気づかないはずが無いし、逆に彼女もこんなあからさまな電話の掛け方はしないだろう。

 

「小和村真紀という女優であることは。その狙いまでは正確には知りませんが」

『それで充分よ。それで、その女優さんなんだけど――』

 

 藤林がそこで一旦言葉を区切り、視線を逸らした。

 そのときに彼女の表情に浮かんだのは、端的に言えば“面倒臭い”という感情。

 

『ついさっき、街中で出会った野原しんのすけを逆ナンして自宅に連れ込んだんだけど……』

「…………」

 

 達也は背もたれに体を投げ出し、天井を見上げるほどに体を仰け反らせて大きく溜息を吐いた。

 深雪は両手で顔を覆い隠し、文弥と亜夜子は膝に肘を立てて頭を抱え込んだ。

 ただ1人水波だけが、そんな主人達を戸惑いの目で眺めていた。

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