嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第111話「女優さんのおウチにお邪魔するゾ」

 霞ヶ浦基地に置かれた国防陸軍第一〇一旅団に編成された大隊、独立魔装大隊。

 魔法装備を主とした実験的な旅団の中でも特に新開発された装備のテスト運用を担う部隊であり、そのため機密の度合いが通常の軍事機密から5段階から6段階は跳ね上がる。よって人員数は2個中隊という、およそ“大隊”と定義される中でも最低限の人員で回っている。

 そんな大隊が何者かを監視する場合、人力という方法を用いるとは考えづらい。おそらく街路カメラの個人識別システムに侵入してターゲットを補足しているのだろう、と達也は予想している。公共システムの不正使用という思いっきり法律違反な行為なわけだが、彼は自分が今までやってきたことを棚上げして相手を糾弾するような性格ではないため特にそれを指摘することは無い。

 

 自宅で藤林からの報告を聞いた達也は、深雪達に自宅待機を言いつけたうえで愛車の自動二輪で、小和村真紀の自宅の最寄り駅までやって来た。そこに自動二輪を停めて徒歩で藤林と合流すると、彼女が乗ってきた大型セダンの後部座席に乗り込んで近くまで運んでもらう。

 とはいえ、それを運転しているのは藤林ではない。彼女は達也の隣に座り、卓上サイズの情報端末を膝の上に乗せて先程から熱心に操作している。

 

「中の様子までは窺えませんか?」

「……駄目ね。女優さんが雇ってるボディガードが思ったより優秀みたい。最低限の動きで雇い主にすら気取られず的確にこちらを牽制してるわ」

「もし魔法師ならば、それこそスカウトしたいくらいだよ」

 

 悔しそうに答える藤林の台詞を引き継いで冗談めかして答えたのは、フロントシートにて大型のタブレットを操作している大隊の幹部・真田繁留(しげる)大尉だった。

 

「ところで、なぜ真田大尉がここに?」

「いくら君とはいえ、そのままあの部屋に乗り込むわけにはいかないだろ?」

「別に乗り込むと決まったわけではありませんが……」

「何か方法があるの?」

 

 藤林が情報端末から僅かに逸らして尋ねると、達也は何でもないかのように自身の携帯端末を取り出した。

 

「別に今ここで彼女の目的を暴く必要はありません。適当な理由を付けてしんのすけをその場から離してやれば、とりあえずは問題無いでしょう」

「……まぁ、確かに」

「では」

 

 藤林の返事を作戦了承と受け取った達也は、携帯端末から目的の番号を呼び出した。

 

 

 *         *         *

 

 

「それじゃ、遠慮無く上がって」

「ほっほ~い! お邪魔シマウマ~!」

 

 玄関のドアを開けて中へと促す真紀に対し、しんのすけは言葉を額面通りに受け取ったのか本当に遠慮無く部屋へと上がっていった。靴を脱ぎ捨ててリビングへと走っていき、そして窓の向こうに広がる都会の夜景に目を奪われている。

 おおよそ彼女の客として招かれる人物がやらない行動を取る彼に対し、ボディガードとして雇われている女性2人のうち、片方は露骨に顔をしかめ、そしてもう片方は一瞬だけ肩をピクリと跳ね上げて体を固くした。

 

「いやぁ、さすが真紀お姉さん。お金持ちですなぁ」

「ふふっ、ありがとう」

 

 しんのすけの言動に対し、真紀は面倒見の良い年上の女性像を体現した笑顔を崩さずに短く礼を述べた。その笑顔の裏で何を考えているのかは、おそらく本人ですらあまり意識しないようにしていることだろう。

 

「それじゃご飯の用意をするから、そこのテーブルに着いて待っててくれる? 有り合わせだから簡単な物しか作れないけど」

「どもども、お気遣い無く~」

 

 窓から離れてダイニングのテーブルに着いたしんのすけに、真紀はどこかホッとしたような顔でキッチンへと歩いていった。

 

「おぉっ! 凄いゾ!」

 

 そうして真紀が用意したのは、表面だけ焼き色の入った牛肉のステーキと野菜の付け合わせ、ステーキに掛けるためのソース、そしてスライスされたバゲットだった。高級なレストランでも普通に出てきそうな見た目のそれに、しんのすけは素直に賞賛の声をあげた。

 ちなみに真紀にとって彼の来訪は予想外の出来事なので、キッチンに向かったときの彼女の台詞は一切の誇張無く事実である。つまりそれだけ彼女の料理の腕が良い――というわけではなく、言ってしまうとバゲット以外は全て冷凍食品である。

 

「飲み物は果実水でも良いかしら?」

「良いゾ良いゾ、全然オッケー!」

 

 ニコニコ、というよりニヤニヤといった感じで笑うしんのすけに、真紀はニコリと笑みを保ったままその果実水をワイングラスに注いだ。2人分の料理と飲み物をテーブルに置き、しんのすけの正面に腰を下ろす。

 

「それじゃ、今日の素敵な出会いに乾杯」

「かんぱーい!」

 

 グラスを軽く突き合わせて、食事が始まった。ソースをたっぷり付けてステーキに齧りつき、果実水をガブガブ飲むしんのすけに、真紀は口元の笑みをほんの僅かに深くする。

 そうして半分ほど食べ進めた辺りで、真紀が話を切り出した。

 

「パーティーでも話したけど、去年の九校戦でのあなたの活躍を観させてもらったの。どんな相手にも臆することなく立ち向かうあなたの姿、とっても格好良くて見惚れてしまったわ」

「ホント? いやぁ、それほどでも~」

「大会の代表選手に選ばれるほどだもの、学校でも大活躍なんじゃない?」

「ま! オラ、天才ですから!」

 

 胸を張って堂々と言い切るしんのすけに、真紀は琢磨との違いを改めて感じ取った。

 琢磨は新入生総代が決まったときも、けっして笑顔を見せなかった。より大きな目標のためにこの程度で満足していられない、と自身を戒めている表れであるが、そんな彼が学校内での活動で満足している先輩に対して尊敬の念を抱くだろうか。

 もう少しこの辺りを掘り下げてみるか、と真紀は質問を続ける。

 

「しんちゃんって、学校では部活とかに所属してるの?」

「風紀委員をやってるゾ」

「それって生徒の模範になったり、悪いことをした生徒を取り締まったりするのかしら? 凄いじゃない!」

「まぁね~」

 

 褒め(そや)す真紀に対し、自慢げな台詞で答えるしんのすけ。

 しかし真紀は、そんな彼の僅かな違いを見逃さなかった。

 

 ――さっきまでと違って、本心から思ってるわけではない……?

 

「4月になって上級生になったなら、下級生が新しく風紀委員に入ったりしたのかしら?」

「うん。琢磨くんと香澄ちゃんが入ったゾ」

 

 その2人が風紀委員に入っていることは、真紀も既に知っている。そもそも琢磨本人から聞いたことであり、そしてその理由として目の前にいるしんのすけが関係していることも把握済だ。

 もちろん、そのようなことはおくびにも出さない。

 

「あら、その2人って十師族の七草香澄と師補十八家の七宝琢磨かしら?」

「ジュッシ……まぁ、多分それだゾ」

 

 惚けたようにも見えるしんのすけの返事だが、真紀から見た限りどうやら本気で“十師族”や“師補十八家”という言葉に聞き馴染みが無いようだ。魔法師に興味の無い一般人ならまだしも、実際に魔法科高校に通う魔法師の卵としては有り得ないと言っても良い。

 魔法師としての常識を知らない、魔法科高校で優秀な成績を修める生徒。

 成程、確かに琢磨が今まで出会ったことのないタイプだろう。

 となると、ルールを知らずに身勝手な振る舞いをしている彼を見て“自由”を勘違いしてしまったパターンか。

 もう少し話を聞いてみるか、と真紀が次の質問を――

 

 プルルルル――。

 

「おっ?」

 

 その音に真っ先に反応したしんのすけが、自身のポケットから携帯端末を取り出した。

 

「達也くんだ」

「それって、この前のパーティーにもいた?」

「そうそう。何か用かな?」

 

 しんのすけが何気なくそれに応対しようとした、そのとき、

 

「ねぇ、しんちゃん。せっかく私とお喋りしてるのに、他の人の電話に出ちゃうの?」

 

 若干顔を俯かせて自然と上目遣いになるようにして、やりすぎない程度に甘えた声色でしんのすけに問い掛ける。

 たったそれだけで、しんのすけの動きがピタリと止まった。

 

「せっかくこうしてしんちゃんと出会えたんだもの、私はもっと一緒にお喋りしたいわ。――あなたと、2人っきりでね」

「オラもだゾ、真紀お姉さん!」

 

 ほとんど思考を介することなく、しんのすけは携帯端末の通話を切った。

 

 

 *         *         *

 

 

「……切られたわね」

「……切られたみたいだね」

 

 ツーツーと通話が切れたことを示す電子音が虚しく流れる携帯端末をジッと見つめる達也に対し、藤林と真田が若干緊張した面持ちでそう声を掛けた。

 小さく息を吐いて、達也が携帯端末をしまう。

 そして、2人に呼び掛けた。

 

「突入します」

「分かった、準備するわ」

「スーツは用意できてるよ」

 

 藤林と真田の反応は、実に迅速なものだった。

 

 

 *         *         *

 

 

「――魔法を使った喧嘩は駄目だって言うから、魔法を使わなくてもいい相撲で勝負しようってことになったんだゾ。でも2人共相撲したこと無いから全然決着がつかなくて、そしたら何故か達也くんと琢磨くんが勝負を始めちゃって、しかも何故か今度は達也くんとオラが勝負することになっちゃって――」

 

 しんのすけの話に耳を傾けながらも、真紀は彼の一挙手一投足を冷静に観察していた。役を演じながら周りの状況に対応する女優の仕事で培った技術によるものであり、彼の言動から少しでも情報を読み取ろうと神経を研ぎ澄ませる。

 だからこそ、真紀は彼の背後にあるベランダのサッシが微かな音をたてて開くのに気がついた。

 確かにシャッターは閉めていなかった。しかし鍵はちゃんと掛かっていたし、ベランダには法で許されるギリギリの攻撃力を備えた防犯装置が設置されていたはずだ。

 しかし窓は開けられ、防犯装置は作動していない。故に警報装置も鳴っていない。

 

「――誰っ!?」

「おっ?」

 

 真紀の叫び声にしんのすけが後ろを振り返り、そして賊の姿を認めるよりも早く、賊が彼の顔面に向けて何かを投げつけた。それは片手で覆い隠せるほどに小さなスポンジボールであり、着弾した瞬間にあらかじめ染み込ませた極めて即効性の高い睡眠薬が飛散する。

 これを顔面に受けたしんのすけは、相手が誰なのかも認識する暇も無く意識を失って床へと崩れ落ちる――はずだった。

 

「――――!」

 

 スポンジボールとしんのすけとの間に突如割って入った、緑を基調として黄色の星模様が散りばめられた半透明のシールド。それがボールから飛散した睡眠薬の行く手を阻み、彼は意識を失うことなく賊の姿を確認するに至った。

 折り畳まれた翼のような物を背負った、全身黒ずくめ・黒覆面の人影。一見するとコウモリをモチーフにした古い映画の怪人をコスプレしたかのようであり、電波吸収素材を使ったステルス装備だなんて分かるはずもない。

 しんのすけが無事なのを悟った賊が僅かに見える口元を歪めたのと、ほぼ同時、

 

「お嬢様、ご無事ですか!?」

 

 女性のボディガード2人がリビングに飛び込んできた。

 そして1人が大声をあげて真紀の安否を確認するその間に、もう1人が既に掌に収まる小さなサイズの拳銃を抜いて発砲していた。

 

「――――!」

 

 警告も無しにいきなり発砲してくると思わなかったのか、賊は口元を引き攣らせて驚きを露わにした。ちなみにそれは同僚のボディガード、そして彼女の雇い主である真紀も同じようで、どちらも信じられないといった表情でその女性へと顔を向ける。

 しかし賊はその間に、発砲してきた女性に向けてほぼ反射的に手を差し向けた。その手にも真っ黒な手袋が嵌められており、拳銃から飛び出してきたであろう弾丸を受け止めるかのように拳を握り締める。実際賊に怪我をした様子は無く、拳を開くと細かい粒子と化した弾丸が床へと落ちていった。

 だがその粒子の最初の1粒目が床に到達するよりも前に、しんのすけが賊へと飛び掛かった。

 

「ちぃっ――!」

 

 初めて賊から声が漏れ、懐のCADを右手で抜いてしんのすけへと向けた。

 しかしその瞬間、正面から迫っていたはずの彼の体は既にCADの射線上から外れていた。それは意識的に行ったというよりは、まるでタンポポの綿帽子が突き出す腕の気流に乗って移動したような錯覚すら生まれるほどに自然な動作だった。

 その直後、彼の体が現れたのは、正面に向けて右腕を伸ばす賊の右側だった。

 

「っ――!」

 

 声になる直前の空気を漏らしたような音を口から出しながら、賊がCADを打撃武器としてしんのすけの側頭部へと横薙ぎに振り抜く。

 しんのすけはそれを、その場にしゃがみ込むことで回避。

 賊が目を追った先にあったのは、猛スピードで迫り来る彼の足裏だった。

 一瞬で蹴りだと判断した賊が、腕を構えて防御の姿勢を取りながら後ろへと跳んだ。

 

 バチィッ――!

 

「なっ――!」

 

 蹴りを腕で防御しつつ後ろに跳ぶことでダメージを軽減させようと目論んでいた賊だったが、しんのすけの足が触れた瞬間に全身を走った衝撃に、賊は思わず驚きと痛みで声をあげた。

 賊が戸惑いながら目を向けたのは、先程までしんのすけが食事していたテーブルの足元に置かれたボストンバッグ。そこから人形のような人影が顔だけ出して、こちらに向けて腕を突き出していた。真紀もボディガードもこちらに目を向けているため、その人形の存在には気づいていない。

 

()()()()()、そのまま!」

 

 立ち上がりかけていたしんのすけがその呼び掛けに反応して動きを止め、その瞬間に先程発砲したボディガードが賊に向けて何かを投げつけた。賊はすぐにそれが先程自分も使ったスポンジボールであると気づいたが、未だ全身に残る痺れによって回避の行動を取るのに一瞬の遅れが生じる。

 

「くっ――!」

 

 賊は腕を伸ばしてなるべく自分の顔より遠い位置でスポンジボールを弾き飛ばすと、そのまま窓を飛び出してベランダを駆け抜け、そして手摺りを飛び越えてそのまま外へと身を投げた。

 

「おぉっ!?」

 

 一瞬でベランダから姿を消した賊に、しんのすけが驚きと戸惑いの入り混じった声をあげてベランダへと駆け寄った。

 しかし予想に反し、賊の体は宙でピタリと静止し、背中の翼から僅かに煙を吐き出してロケットのように真上へと飛んで行った。しんのすけが体を仰向けにして空を見上げると、賊が屋上に体を滑り込ませるのが見える。

 

「追い掛けて!」

「ほい!」

 

 女性ボディガードの呼び掛けにしんのすけが威勢良く返事するや否や、先程の賊と同じように何の躊躇いも無く手摺りに足を掛けてそのまま外に向かってジャンプした。

 部屋から「ひぃっ!」と真紀の悲鳴が聞こえる中、

 

「――“変身”! そして“アクション・フライ”!」

 

 魔法師のみが知覚できるサイオンの青白い光がしんのすけの体を包み込み、重力に引っ張られて落下しかけていた彼の体がフワリと浮き上がった。そして次の瞬間、彼の体も先程の賊と同じように空へと飛び立っていく。

 空を飛ぶという如何にも人間ができない芸当を見せつけた彼に対し、ダイニングテーブルの傍で腰を抜かす真紀と、結局何もできず立ち尽くすしかなかった女性ボディガードが唖然とする中、

 

「私は屋上へと向かいます! あなたはここでお嬢様の警護を!」

 

 発砲した方のボディガードが、相方の返事も待たずに部屋を飛び出していった。

 喧騒に包まれていた部屋の中が一転、シンと静まり返る。

 そうして数秒経って、ようやく真紀がポツリと呟く。

 

「さすが、モノリス・コード優勝チームのメンバーね……」

 

 口では平静を装う彼女だったが、しんのすけのボストンバッグから人形が抜け出したことに気づかない時点で無意味な強がりなのは明白だった。

 

 

 

 

 ベランダから文字通り飛び上がった賊が、屋上に体を滑り込ませるように着地した。即座に背中の翼を折り畳んで収納し、顔を隠していた仮面を外して一息吐く。

 そうしてその賊――達也は、先程から騒がしい通信機のスイッチを入れる。

 

『ちょっと! 何があったの、達也くん!?』

「しんのすけから反撃を受けて撤退したところです」

『撤退!? 達也くんが!?』

 

 慌てているのが顔を見なくても分かる藤林に報告している間も、達也は警戒するように辺りに視線を飛ばしていた。屋上ではあるが特に施設があるわけでも展望台があるわけでもなく、よって住民の姿も見掛けない。出入口は住民が行き来する正面玄関と比べると随分簡素なもので、つまり住民が出入りするような場所ではないことが見て取れる。

 そうして達也がついでとばかりに空を見上げたそのとき、向かってくる気配を察知して即座に視線をそちらに移した。

 

「怪しい奴め! もう逃げられないゾ!」

 

 達也と違って生身のまま空を飛んで屋上へとやって来たしんのすけに対し、達也は特に驚きの表情を浮かべることは無かった。その魔法を開発したのは自分であり、彼のベルト型CADにそれを登録したのも自分であり、だからこそ彼がここに来るように誘導したのだから。

 

「食らえ! “アクショーン――」

「落ち着け、しんのすけ! 俺だ!」

「――って、あれ? 達也くん?」

 

 脚を突き出した姿勢で弾丸のように突っ込んできていたしんのすけだが、達也が仮面を外して自身の正体を明かすと慌てた様子で急ブレーキを掛け、達也のすぐ目の前へと降り立った。

 

「そんな……! 女優さんのお部屋に忍び込む変態の正体が達也くんだったなんて……!」

「確かにそう思われても仕方ない状況だが誤解だ、しんのすけ」

「どうしてこんなことしたの、達也くん! 深雪ちゃんが知ったら、多分すっごく怒るゾ!」

「話を聞け、しんのすけ」

 

 客観的にはこちらの分が悪いと自覚しているためか、弁明する達也の語気もどことなく強くなれなかった。とはいえ通信機の向こうから漏れ聞こえてくる含み笑いについては、素直に苛立ちを覚える達也であった。

 と、そんな2人きりの屋上に、新たな乱入者がやって来た。

 

「観念しなさい、不審者! 神妙にお縄につきなさい!」

 

 先程目を向けた簡素なドアを勢いよく開けた女性ボディガードが、拳銃をこちらに向けて時代劇のような台詞を吐いた。

 そしてそんな彼女に対し、しんのすけが達也を庇うように前に躍り出て頭を下げる。

 

「この子、オラの友達なんだゾ! 普段はこんなことするような子じゃなくて、きっと出来心だったんだゾ! 後でオラがきつく注意しておくから、今日のところは見逃してほしいゾ!」

「いいえ、それはできないわ。人の家に勝手に入るのは立派な犯罪、たとえどこの誰であろうとそれを見逃すわけにはいかないわ」

「そこを何とか、お代官様~!」

 

 しんのすけのせいでどうにも茶番めいた印象に聞こえる2人の遣り取りに、達也は頭痛を覚える心地がしてこめかみに指を当てて顔をしかめた。

 そして女性ボディガードに向かって、言い放つ。

 

「まさかこんな所で会うとは思わなかったよ。――スノモノ・レモン」

「えっ?」

 

 達也の呼び掛けにしんのすけが女性の方へと振り向くと、彼女は軽く肩を竦めて自身の髪を掴んで引き上げた。

 どうやらカツラだったらしいそれを脱ぐと、先程達也が呼び掛けた名前を体現するかのような、瑞々しい果実のごとき明るい金色のボブカットが露わとなる。

 

「おぉっ! レモンちゃんだったのかぁ!」

「1年ぶりね、しんちゃん。まさかこんな短い期間で再会するとはね」

 

 それまで警備会社に所属し人気女優のボディガードを務める女性を演じてきたレモンが、旧友に再会した1人の人間として自然な笑みを浮かべてしんのすけに向き直った。

 しかしその笑顔はあくまで彼限定のものであり、達也に視線を向けるときは若干その目に警戒の色を含ませている。

 

「――で、なんであなたが女優の部屋に侵入するなんて真似をしたのか聞かせてもらえる?」

「俺は単純に、魔法科高校の生徒と人気女優とのスキャンダルを防ぐために、しんのすけを部屋の外に連れ出そうとしただけだ。――そういう君こそ、なぜ女優のボディガードをしている?」

「そうそう。レモンちゃん、スパイのお仕事辞めちゃったの?」

「辞めたわけじゃなくて、まさにそのスパイのお仕事の真っ最中なのよ」

 

 まぁ2人なら良いか、とレモンは説明を始めた。

 

「私は今とある組織との合同任務で、とある奴の素性を探ってるんだけど――」

「何1つ具体的な情報が無いゾ」

「仕方ないでしょ。――でまぁ、そいつが仕掛けてるマスコミ工作にあの女優さんのお父さんが経営してるメディア企業が関わってるみたいだから、色々な方向からそいつに繋がる情報が無いか探ってたの。あの女優さん自身も色々と企んでるみたいだから、それとの関連があるかどうかも併せてね」

「そのマスコミ工作については、こちらもある程度は把握している。魔法師排斥運動に繋げるのが目的のネガティブキャンペーンだろう?」

「さすが、といったところね。だったら例の第一高校で行われた実験の記事も、それに対するカウンターパンチだったとか?」

「想定外のこともあったが、概ねその通りだ」

「ねぇねぇ、何の話?」

 

 しんのすけの問い掛けに、レモンは「後で説明するわね」と軽く流して続きを口にする。

 

「達也くんの思惑通り工作自体は頓挫したらしいけど、そしたら今度はその会社周りがちょっとキナ臭い雰囲気になってきてね」

「工作不履行に対する制裁、というわけか」

「そういうこと。当然そうなれば娘である女優さんも狙われるから、ここ数日は特に周りへの警戒を強めてたのよ。そしたら案の定こちらを探る変な奴らがうろちょろし始めて、挙句の果てに変なコスプレした奴が襲撃してきたから、ついに来たかと思ったんだけど……」

 

 責めるような目を達也に向けながらそう話すレモンに、達也は若干申し訳ないと思いながらもそれを表に出すことはしなかった。

 というよりも、それ以上に優先すべきことに意識を向けた。

 

「あれは……」

「おっ?」

 

 微かに星が煌めくのみでほとんど黒に塗り潰された空に紛れて、黒い小型飛行船がゆっくりとした動きで達也たちのいるマンションの方へと近づいてくるのが見えた。国防軍諜報部が使うステルス飛行船を髣髴とさせるが、形状から見るに報道機関や映画会社が使う空撮用のそれにも思える。

 そこまで考えて、達也はイヤホンの向こう側へと呼び掛けた。

 

「藤林少尉、マンションに接近中の飛行船について何か分かりますか?」

『えぇ、芸能ゴシップを得意とするテレビ局のものね。小和村真紀のスキャンダルを狙って盗撮しに来たと考えることもできるけど……』

 

 藤林の意見に耳を傾けながら、達也は無言でレモンに視線を向ける。

 レモンは、真剣な表情で小さく頷いた。

 

「5分ほど、この地区の想子(サイオン)レーダーをオフにできますか?」

『さっき話してた制裁の可能性があると?』

()()()()()()()()、可能性は低くないと踏んでいます」

『――3分で片づけてくれ』

 

 最後の呼び掛けは藤林ではなく真田だったが、達也は「了解です」と即座に返事をして通信を切った。

 

「サポートは?」

「迎撃は俺1人でやる。別動隊の動きが無いか注意してほしい」

「了解。じゃ、頑張ってね」

 

 ニコリと笑みを浮かべて手を振るレモンに、達也は小さく溜息を吐いた。

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