嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第12話「一高防衛隊ファイヤー! だゾ その1」

 生徒会での話し合いから2日後の放課後、あっという間に公開討論会の時間がやって来た。

 会場である講堂は、事前に全生徒の参加を呼び掛けただけあって非常に賑わっていた。前半分が一科生、後ろ半分が二科生といういつもの光景だが、いつも以上に両者の間でピリピリした空気が漂っているように思える。

 壇上には、向かって右側に有志同盟のメンバーが4人、ガチガチに緊張した様子でパイプ椅子に座っていた。左側には会長である真由美が悠然と座り、その傍で副会長の服部が付き従うように姿勢良く立っている。そして舞台袖には、鈴音やあずさといった生徒会役員、さらには森崎などの風紀委員も数人控えている。

 

「……同盟側の生徒が何人かいませんね。おそらくその者達が、別に控えている実力行使の部隊ということなのでしょう」

 

 客席を鋭い目つきで観察していた鈴音が、独り言のように、しかしその実周りの生徒に聞かせるように呟いた。それを聞いたあずさが緊張したように口を引き結び、風紀委員が今にも飛び出しそうに若干前のめりになる。

 と、そうこうしている内に、討論会の始まる時間となった。

 

『只今より、学内の差別撤廃を目指す有志同盟と生徒会の公開討論会を始めます。同盟側と生徒会は、交互に主張を述べてください』

 

 講堂中に響き渡るアナウンスの声に、同盟側の生徒達の表情が一層引き締まった。

 そしてそれは、真由美も同じである。我が儘を通して開催させてもらったこの討論会を、何としてでも実のあるものにしなければならない。彼女の感じているプレッシャーは、聴衆の想像しているものとはまったく別のところにあった。

 

「魔法競技系のクラブは、非魔法競技系のクラブよりも明らかに予算が多い! 一科生優遇が、課外活動にも表れている証です! 不平等な予算はすぐに是正するべきだ!」

「予算の割り振りにばらつきがあるのは、過去の実績を反映している部分が大きいからです。その証拠に、実績をあげている非魔法競技系のクラブには、実際に魔法競技系のクラブと遜色ない予算が与えられています」

「二科生はあらゆる面で、一科生よりも劣る扱いを受けている! 生徒会はその事実を誤魔化そうとしているだけだ!」

「あらゆる面でというご指摘がありましたが、一科生と二科生は同じ施設で授業を行い、またその内容も同様のものです。あくまで両者との違いは必要最低限のものであり、ほとんどはまったく条件が同じであることは、両者を丹念に比べてみれば自ずと分かることです」

 

 第一高校では生徒を指導する魔法師が慢性的に不足している(もっともこれは全ての魔法科高校で言えることだが)ため、授業における生徒への指導は一科生のみに限定されているのは事実だ。しかしそれはあくまで授業中だけの話であり、放課後など授業以外の時間帯ならば、教師の手さえ空いていれば二科生でも指導を受けることは可能なのである。教師だって熱心な生徒の方が教え甲斐もあるため、二科生だからとそれを無碍に断る者もまずいない。

 部活動においても、生徒会と部活連によって可能な限り施設の利用時間が平等になるように割り振っている。しかしそれは“1つの部活ごとに何時間”といった方法ではなく、1人当たりの機会の均等を図るため所属する生徒の数に比例して長くなっている。魔法競技系クラブの方が人気も高く所属人数も多いため、そちらの方が優遇されているように見えてしまうのだろう。

 

 討論自体は、生徒会の圧倒的有利で進んでいた。具体的な数字やデータを持ち出して反論する真由美に対し、“植えつけられた”感情だけで乗り切ろうとする同盟側では分が悪すぎる。

 しかし真由美の目的は、同盟側を言い負かすというものではなかった。

 

「ブルームとウィード。残念ながら、多くの生徒がこの言葉を使用しています。生徒の間に、同盟側が指摘したような差別意識があることは否定しません。――しかし、それだけが問題なのではありません。二科生の中にも自らを蔑み諦めと共に受け入れる、そんな悲しむべき風潮が確かに存在しています。その“意識の壁”こそが問題なのです!」

 

 仮にここで一科生を逆差別するような解決策を採ったとしても、それは根本的な解決とは言えないだろう。確かに学校の制度として明確に区別が存在している以上、“一科生”や“二科生”の垣根を越えて仲良く過ごしていこうというのは難しいかもしれない。しかしどちらも1人1人が第一高校の生徒であり、生徒達にとって唯一無二の3年間であることに変わりは無い。

 それが真由美にとって、第一高校生徒会の会長である彼女にとって、嘘偽らざる本音であった。

 とはいえ、それでは現状の制度には何の問題も無いかというと、そうは考えていない。

 なぜなら今の生徒会には、一科生と二科生を明確に差別する制度が1つだけあるからだ。

 

「その制度とは、生徒会長以外の役員の指名に関するものです。現在生徒会役員は一科生のみから選ばれており、これは生徒会長改選時の生徒総会においてのみ改定可能です。――よって私は、この規定を退任時の総会で撤廃することで、生徒会長としての最後の仕事にするつもりです」

 

 その言葉に、一科生だけでなく二科生も驚きの声をあげた。それは会場中へと伝播し、やがて大きなどよめきへと変わっていく。

 

「私の任期はまだ半分ありますので、少々気の早い公約となってしまうでしょう。人の心を力ずくで変えられないし変えてはいけない以上、それ以外のことでできる限りの改善に取り組んでいく所存です」

 

 その瞬間、会場が拍手の音で溢れかえった。堂々とした真由美の演説に、一科生や二科生に関係無く心からの拍手を彼女に贈っている。

 一方壇上や客席の同盟メンバーは、ほとんど負けを認めたかのように悔しそうな表情を浮かべていた。元々討論は生徒会有利でこのまま押し通すこともできた中で、或る意味生徒会長が“自分達の要求を汲む”ような公約を掲げてみせたのだ。こちらとしては、これ以上の解決を望むことはできないだろう。

 こうして討論会は、特に混乱が起こることもなく幕を閉じ――

 

「みんな、窓から離れて!」

「――――!」

 

 穏やかな笑みを浮かべていた真由美が途端に目つきを鋭くし、講堂の天井付近に設置された窓を指差した。

 そして壇上にいた生徒会や風紀委員のメンバーが臨戦態勢に入り、そちらへと顔を向けた次の瞬間、窓ガラスを破る音と共に講堂へと飛び込んできた“それ”は、ごとりと床に落ちて自身を回転させながら白い煙を猛烈に噴き出した。

 

「ガス弾か!」

 

 誰かがそう叫んだそのとき、最初に動き出したのは服部だった。

 彼がガス弾に向けて腕を伸ばすと、撒き散らされていた煙は魔法によってガス弾の周りに集まっていき、やがてガス弾は白い塊のようになった。服部は慎重に操作しながら、それを割れた窓ガラスから放り出した。

 気体という実体を掴みにくいものに対して、瞬時に収束系と移動系の魔法を用いて会場から隔離するという芸当は、相当の実力者でないと難しい。達也にはその驕りから負けてしまったものの、やはり生徒会副会長の名は伊達ではないということだ。

 突然の出来事にパニックになりかけ、席を立って講堂を出ていこうとする生徒も見られる中、

 

「生徒の皆さん、どうか落ち着いてその場に待機してください! ここは我々、生徒会と風紀委員が守ります!」

 

 真由美の力強い言葉と毅然とした態度に、生徒達も徐々に落ち着きを取り戻してきた。舞台袖に控えていた生徒会役員や風紀委員が次々と姿を現し生徒達の座る観覧席の通路へと配備されていくことも、生徒達に安心感を与えている要因であるのは間違いない。

 そんな中で未だにステージに立つ真由美は、一見すると何もせず彼らを見守っているだけのように思えるが実はそうではない。彼女には“マルチスコープ”という、離れた場所を様々な視点から同時に知覚することのできる知覚系魔法を先天的に有しており、それを使って講堂周辺の様子を多元レーダーのように見張っているのである。先程ガス弾が飛んでくるのを真っ先に探知できたのも、この魔法によるものだ。

 

 ――頑張ってね、みんな……!

 

 次の攻撃に備えながら、真由美は心の中でここにはいない“仲間”にエールを贈った。

 

 

 *         *         *

 

 

 講堂にガス弾が飛び込んできたのとほぼ同時、ガスマスクを装着しマシンガンを持った武装集団が一斉に建物の陰から飛び出し、講堂の扉目掛けて一斉に走り出した。いくらこの学校の教師が国内トップレベルの魔法師ばかりであり、小国の軍隊程度ならば単独で退けるほどの実力を持っているとはいえ、生徒を人質に取られた状態では下手に抵抗することもできないだろう。

 扉まであと数メートルにまで迫り、彼らがガスマスクの下で作戦成功を確信してニヤリと笑みを浮かべた、まさにそのとき、

 

「悪いが、おまえ達にはここで眠ってもらおうか」

「――――!」

 

 少女にしては少し低めで凛々しい声が聞こえるや、彼らは襟首を押さえつけて一斉に苦しみ出し、手に持っていた武器を落としながらその場に崩れ落ちていった。

 そんな彼らを冷たい目で見下ろしながら姿を現したのは、講堂の中にはいなかった摩利だった。

 彼女が用いた魔法は、“MIDフィールド”という気体分子の分布に干渉する魔法だ。ガスマスク内の狭い空間における酸素濃度を操作し、彼らの顔付近の酸素を極端に少なくすることで急激な酸素欠乏症を生み出し、筋力低下や意識混濁を引き起こしたのである。

 そうして武装集団の全員が地面に倒れたのを確認した摩利が小さく息を吐いたタイミングで、彼女の後ろから数人の風紀委員がそれぞれやって来た。

 

「何だ姐さん、全部倒しちゃったんですね。俺達の出る幕が無いですよ」

「油断するな鋼太郎、1人もここに賊を侵入させるなよ」

「もちろん、油断なんてしちゃいませんよ」

 

 摩利の言葉に風紀委員達は改めて表情を引き締め、蟻1匹見逃さないとばかりに辺りを睨みつけ始めた。

 

 

 *         *         *

 

 

 武装集団が現れたのは講堂だけでなく、現場作業員か何かに変装した連中が学校内の幾つかの施設を一斉に襲撃し始めた。完全に不意を突いた形で先制攻撃を仕掛けたとなれば、いくら荒事を想定していたとしても相当な混乱を生むに違いない。

 と、彼らはそう考えていたに違いない。

 

装甲(パンツァー)!」

 

 実技棟の入口前にて、肘まで覆うグローブ型のCADを左手に装着したレオが、それを振りかぶりながら大声で叫んだ。その瞬間、彼のCADが起動して魔法式を展開、そのまま彼は眼前の敵を思いっきり殴り抜けた。

 すると別の角度から、金属の棒を振りかぶった敵が襲い掛かってきた。しかしレオは慌てることなくCADでそれを受け止めると、空いている右の拳を相手の鳩尾に叩き込んだ。相手は苦しそうに呻き声をあげながら、その場に崩れ落ちていく。

 

 ――プロテクターを兼ねたCADか……。確かにレオの能力にぴったりだ。

 

 相手の攻撃を防御する以上、可動部分やセンサーが露出している通常のCADでは何かと都合が悪い。なので分厚い装甲の下でそれを隠し、直接触れなくても操作できる音声認識を採用しているのだろう。

 しかしいくらCADがプロテクターを兼ねているとはいえ、魔法で飛ばしてきた瓦礫を殴り壊すような使い方をすれば、普通ならすぐに壊れてしまうだろう。そこでレオは、CAD自体に硬化魔法を掛けることで強度を上げているのである。

 ちなみに、硬化魔法が掛けられているのはCADだけではない。レオの着ている服にも魔法が掛けられており、これによって後ろからナイフで刺されたとしても刃が服を通らないのである。さながら今のレオは、全身プレートアーマーで覆われているようなものだ。

 

「何だおまえら、全然張り合いねぇな! もっとがんがん来いよ! パンツァー!」

「だあぁ、もう! さっきからうっさい! なんでそう何回も叫んでんのよ!」

「仕方ねぇだろ、エリカ! 途中で叫ばないと魔法切れるんだからよ!」

「だったらもっと離れて戦いなさいよ! さっきから耳がキンキンして仕方ないんだから!」

「あぁ? それって、自分の声でキンキン鳴ってんじゃねぇのか?」

「何だって!」

 

 レオとエリカがいつものように口喧嘩を始めているが、2人はその間にも片手間で周りの敵を倒していた。

 エリカの戦い方は実にシンプルで、自己加速術式で相手が反応するよりも早く懐に潜り込み、警棒型のCADで一撃を与えてすぐさま離脱するという戦法を採っていた。武道を嗜んでいるだけあって、相手の攻撃は防御するか破壊するかというレオとは対照的に、彼女は相手の攻撃を見切ってひたすら“避け”に徹している。

 

「あらあら、あの2人ったら、戦闘のときくらい戦闘に集中した方が良いのでは?」

 

 深雪は呆れた様子でそう言いながら、ほとんど相手に視線を向けることなく一瞬で魔法式を展開した。

 彼女の戦い方は、実に多彩だ。加重魔法で数人を一度に拘束してそのまま地面に叩きつけることもあれば、襲い掛かってくる相手の武器を冷却魔法で破壊したりと、その場その場に合わせて臨機応変に戦略を変えていく。卓越した魔法技術と頭の回転の早さによって実現可能な、まさに新入生総代に相応しい戦いと言える。

 

「いくら実力的に余裕があるとはいえ、戦闘には集中してほしいものだがな。――下手に怪我でもして、しんのすけに何か言われても知らないからな」

 

 達也は呆れたようにそう吐き捨てながら、相手の後頭部に手刀を叩き込んだ。彼の戦い方はエリカと同じく一撃離脱の白兵戦だが、魔法を使わない独力だけの移動に武器を使わない素手での戦闘という違いがあり、その光景は魔法科高校の生徒とは思えないものだった。

 ちなみに達也の言葉を耳にした深雪が、彼をチラリと見遣ってクスリと微笑んでいた。2人の立場を考慮しなければ、それはまるで我が子を見守る母親のようだった。

 

「それにしても、こんだけ仲間がいながらまともに反撃もできないとは……。こいつら、魔法師としては三流もいいところだな」

 

 レオが目の前の敵を殴り飛ばしながら、つまらなそうにそう言った。確かに数の利がありながら一撃も加えられない相手側が情けないのは事実だが、そもそも多人数を相手に立ち回れるレオやエリカの方が珍しい。学校の基準に照らせば二科生ではあるものの、実戦的な実力に関してはその枠に収まらないレベルであるようだ。

 

 ――やはり、この2人を協力者にして正解だったな。

 

 2人がこうして達也たちと襲撃者を撃退しているのは、もちろん偶然出くわしたからなどではない。エガリテが第一高校を襲撃する計画を事前に知ることができたとはいえ、さすがにあのとき生徒会室に集まっていた6人だけではとても手が回らない。なので荒事に長けた教師達に(SMLなどについては伏せたうえで)事情を説明して協力してもらうのはもちろん、各々で信用に足る人物に協力を要請することにしたのである。

 そうして達也が選んだのが、レオとエリカの2人だった。美月は残念ながら戦闘向きではなく、深雪のクラスメイトであるほのかや雫も成績こそ優秀だが実戦経験については未知数ということで候補から外した。お色気から襲撃者の人数や使用する武器など詳しく聞いていたため、これだけの人数でも充分対処できると判断したというのもあった。

 

 と、襲撃者が全員その場に倒れ伏したことで戦闘が終了した。立ち上がることすらできずに苦痛で顔を歪める彼らだが、せいぜい骨にヒビが入った程度で深刻なダメージを負った者は1人もいない。現在の治癒魔法を用いた医療技術ならば、入院する必要すら無いだろう。

 そして多数の襲撃者を迎え撃った達也たち4人は、掠り傷1つ無い完全勝利だった。

 もっとも、エリカの顔にはありありと不満の感情が浮かんでいたが。

 

「まったく、問答無用でぶっ飛ばせればもっと早く片付いたのに」

「そう言うな、エリカ。相手は生徒、それに洗脳されてる可能性もあるんだからな」

「分かってるって、しんちゃんの頼みだものね。――さてと、ここら辺は粗方(あらかた)片付いたようだし、どっか別の場所に加勢してこようかしら?」

「この様子だと、あまりその必要も無さそうだがな。どうせこの騒ぎも、所詮はただの“陽動”に過ぎん」

 

 達也たちが守っていた実技棟は、せいぜい型遅れのCADが置かれているくらいで、たとえ建物を破壊したところで少しの間授業ができない程度のダメージしかない。おそらく少しでも“本命”である図書館から意識を逸らすための時間稼ぎであり、他の施設を襲撃している部隊も同じ役割なのだろう。

 しかしそれは、こちらとて同じことだ。こうして襲撃者を迎え撃つために敷地内の至る所に戦力を配置しているが、奴らにとっての本命である図書館の周辺は敢えて手薄にしておいた。おそらく今頃は、この騒ぎに乗じて数人ほど図書館に忍び込んでいることだろう。

 自分達が、わざと誘い込まれているとも気づかずに。

 

 ――さてと、上手いこといってくれると良いが……。

 

 未だに遠くで誰かの叫び声が聞こえる中、達也は空を見上げて心の中でそう呟いた。

 

 

 *         *         *

 

 

 外で侵入者と魔法師との戦闘が繰り広げられている中、第一高校の図書館内はそんな喧騒とは無縁の静かな空間となっていた。外では魔法の撃ち合いで様々な音が鳴り響いているのだろうが、この部屋の中では特別閲覧室へと向かう侵入者の足音と話し声しか聞こえない。

 

「いよいよ、この国の最先端資料にアクセスできるときが来たな!」

「あぁ! これを盗み出すことができれば、我々の“悲願”に大きく近づくことができる……!」

 

 武装したその男達は、今回の襲撃の目的である魔法研究に関する機密文献へと近づく喜びで興奮していた。彼らは第一高校の生徒ではなく、エガリテの実質的な上部組織であるブランシュから派遣されたメンバーだ。まさに今回の作戦の要である役目を任されただけあって、気合十分な様子である。

 

「…………」

 

 一方、そんな彼らを案内する役目を仰せつかった紗耶香は、1人悩んでいた。

 彼女はただ、二科生に対する差別を撤廃したかっただけだ。しかしエガリテの代表であり剣道部主将でもある司甲に彼の義兄・司一を紹介され、その一から()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、自身の思惑と実際の行動に大きなズレが生じるようになった。学校外にまで活動を広げるつもりは無かったし、ましてや法に触れるようなことをするつもりは無かったはずなのに、図書館の鍵を無断で持ち出して、ハッキングの片棒を担ぐような真似までしてしまっている。

 そもそも、魔法による差別撤廃を目指す自分達が、なぜ最先端の魔法研究資料を必要とするのだろうか。一は魔法研究の成果を一般公開することが差別撤廃に繋がると言っていたが、そもそも魔法を使うことができない人々がそれを知ったところで何の役に立つのだろうか。

 

 ――いいえ、きっとこれは大きな意味があるのよ……。きっと魔法を使えない人達にも応用できる技術が、あの中に隠されているのよ……。

 

 そして紗耶香はそのような疑問を抱く度に、こうして自分に言い聞かせるように自分を納得させていた。それはまるで、今の自分の行動に対して疑問を抱かないよう誰かに誘導されているかのようだったが、彼女自身がそれに気がつくことは無い。

 と、紗耶香達一行が1つの扉の前へと辿り着いた。対戦車ロケットの直撃にも耐えられる造りとなっているその扉こそ、図書館に貯蔵された資料の中でも一際機密性の高い情報にアクセスできる特別な端末が存在する“特別閲覧室”の入口である。

 

「ようし、この部屋だな! おまえら、記録用キューブは用意してあるな!」

 

 リーダーと思われる男の呼び掛けに、他のメンバーも喜色満面の笑みで頷いた。その笑顔は、例えば慈善事業に熱中しているときのような晴れやかな達成感に満ちたそれではなく、自身にもたらされる様々な利益を皮算用しているときのような、ハッキリ分かりやすく言えば“欲”に充ち満ちた笑顔だった。

 その笑顔を視界から外したくて、紗耶香はそこから目を背けた。しかし彼女の耳は、特別閲覧室の扉が彼らの手によって開かれる音をけっして聞き逃してくれなかった。

 そうして侵入者達が特別閲覧室へと足を踏み入れて、

 

「発射!」

 

 プシュッという小さな射出音と共に撃ち出されたそのネットは、突然のことに思わず足を止めた彼らの眼前で蜘蛛の巣のように大きく広がり、そして彼らを纏めて包み込んで体中に絡みついていった。誰かが足を取られたのか大きくバランスを崩し、他の侵入者を巻き込んで床に倒れ込む。

 

「な、何だ!」

「ネットランチャーだと! 魔法師のくせに小癪な真似を!」

 

 侵入者達は慌ててそのネットを引き千切ろうとするが、パラシュートの糸にも使われているそれは鉄の10倍以上の強度を誇るためびくともしない。それどころか下手に暴れるほどますます糸が体に絡みつき、彼らはみるみる無理な姿勢の状態で固定されていく。

 

「ほいっと!」

 

 そして駄目押しとばかりに、もがく侵入者達に向けてボールのようなものが投げつけられた。それは片手で持てるほどの大きさで、彼らの顔付近に差し掛かった辺りで突然破裂し、中からピンクに着色された煙が撒き散らされた。

 

「ぐっ! 何だ――」

 

 警戒心を顕わにする侵入者達だが、両腕はネットが絡まって動かせないため煙をモロに吸い込んでしまった。

 すると次の瞬間、まるでパソコンを強制シャットダウンしたかのように突然彼らが動かなくなり、体を重ね合わせて床に倒れ伏した。しかしよく耳を澄ませてみれば規則的な呼吸音が聞こえてくるので、単純に眠っていると思われる。

 ちなみにピンク色の煙は1メートルほど広がったところで急激にその色が薄れ、数秒もすると影も形も無くなっていた。

 

「な、何があったの!」

 

 その頃になってようやく、事態の異変に気づいた紗耶香が部屋の中へとやって来た。そしてネットで捕獲されたうえ眠りこけている男達の姿に目を見開き、キッと目つきを鋭くして犯人がいるであろう前方を睨みつける。

 すると、そこにいたのは、

 

「おぉっ! さすが“貫庭玉球(ぬばたまたま)”! お色気のお姉さんの言う通り、効き目バッチリだゾ!」

「うわ、マジかよ。ここまで見事に嵌ると、却って憐れみすら覚えてくるな」

 

 その2人は紗耶香にとって、非常に見覚えのある者達だった。

 1人は、一度は自分の所属する部活や活動に勧誘し、そしてすげなく断られてしまった新入生・野原しんのすけ。

 そしてもう1人は、剣道と剣術という別の道に分かれてしまったものの、かつては共に剣技を磨いてきた幼馴染みの少年・桐原武明だった。

 

「桐原、くん……?」

「よう壬生、剣術部(ウチ)の部長と一緒に謝罪したとき以来だな」

 

 彼女の呟きは囁くように小さなものだったが、桐原はそれを聞き取り、そして口元に不敵な笑みを浮かべてそう答えた。

 しかしそれに反して、彼女に向けるその目つきは力の籠もった、まさに真剣なものだった。

 

 

 *         *         *

 

 

 第一高校の敷地内にある建物の中で最も高い、教室や職員室などがある“本棟”。その建物には入口に鍵が掛けられているものの屋上が存在し、敷地のほぼ中心に位置しているためにそこから校内をほぼ一望することができる。

 つまり、校内のあちこちでテロリストが制圧されている様子も、ここからならば一目で見ることができる。

 

「ふーむ、予想以上に捕まるのが早いな……」

 

 そんな光景を見下ろしながらそう呟くのは、艶のある黒いおかっぱ頭に同色の大きな瞳、そしてそれを囲む赤縁の眼鏡という出で立ちの女子生徒だった。双眼鏡を左目だけに当てながらあちこちにレンズを向ける彼女の手首には、エガリテの証である赤青白(トリコロール)のリストバンドが巻かれている。

 そんな中、レンズを向ける彼女の手がふと止まった。

 その視線の先にいるのは、先程まで実技棟前で乱闘を繰り広げていた生徒の1人。目を惹くほどではないが精悍な顔立ちをしており、制服に隠されたその体は見る人が見ればなかなか鍛えられたものであることが分かる。

 

「あの子が、司波達也か……」

 

 少女がその生徒の名を呟いたそのとき、後ろからキィッと金属の鳴る音が聞こえ、少女はそちらへと振り返った。

 屋上唯一の出入口であるドアを開けてやって来たのは、十文字克人だった。分厚い胸板に広い肩幅、制服越しでも分かる隆起した筋肉、肉体だけでなく彼を構成する全ての要素が桁外れに濃い存在感を放つその姿は、未だに未成年であることが信じられないほどの威圧感を放っている。

 そしてその威圧感は現在、先客である少女1人のみに注がれている。

 

「――成程、おまえがこの武装集団の纏め役ということか」

「これは十文字会頭、意外に遅いお着きでしたね」

 

 克人の視線を真正面から受け止めながら、少女は不敵な笑みを浮かべて彼を出迎えた。




~紗耶香達が部屋に到着する数分前~

「野原、そのボールが例の睡眠薬入りの煙玉ってヤツか?」
「そ。お色気のお姉さんが『ウチで共同開発した道具の試供品だから大事に使ってね』ってくれたんだゾ。名前は“貫庭玉球(ぬばたまたま)”だって」
「お色気のお姉さん……? てか、随分言いにくい名前だな」
「そう? じゃあ縮めてタマタ――」
「言わせねーよ!」

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