章の全てを書き終えたわけではありませんが、自分の尻を叩く意図も含めて投稿させていただきます。
第113話「波乱の予感でいっぱいだゾ」
九校戦、全国魔法科高校親善魔法競技大会は、学校側のみならず生徒側にとっても重要な行事である。それは九校戦の成績が進路に直結することが珍しくないためであり、故に定期試験以上に力を注ぐのも当然のことなのかもしれない。
第一高校の生徒会長・中条あずさは、そんな生徒達の熱意を無駄にしないよう例年より1ヶ月も早く九校戦の準備に着手した。その甲斐あって試験直前にバタバタするようなことも無く、余裕を持って準備が整う――はずだった。
「失礼しま――」
7月2日、月曜日。
この日の放課後もいつものように達也と深雪が生徒会室を訪れると、生徒会長のデスクにて絶望のオーラを撒き散らしながら突っ伏すあずさの姿が目に入った。そして2人よりも早く来ていた五十里が、そんな彼女にどう声を掛けようか途方に暮れている。
あまりにも重たいその雰囲気は、2人が思わずその場で足を止めてしまうほどだった。そしてその気配の揺らぎで、五十里が振り返って助け舟が来たかのようにパッと笑みを浮かべる。
「あっ、2人共ご苦労様」
「……お疲れ様です、五十里先輩。いったい何があったんですか?」
「いや、それがね――」
「九校戦の運営委員会から、今年の開催要項が送られてきたんです」
達也の質問に答えたのは、デスクから顔を上げずに呻くような声を出すあずさだった。
「そういえば、もうそんな時期ですね」
「詳細も明日、公式サイトに公開するとのことでした」
「そうですか。それで、何が問題だったんですか?」
「何が? そんなの……」
プルプルと震え出したあずさが、ガバリと勢い良く起き上がってそのまま捲し立てる。
「何もかもですよ! 競技種目が変更されたんです! それも3つも!」
「それはまた……」
九校戦は全部で6種目なので、半数が入れ替わったことになる。長い期間を掛けて準備してきたあずさにとっては、確かに頭を抱えたくなるだろう。
具体的な変更点は、スピード・シューティング、クラウド・ボール、バトル・ボードが外されて、新たにロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウン、スティープルチェース・クロスカントリーが追加。しかも掛け持ちできるのは最後のスティープルチェース・クロスカントリーのみで、アイス・ピラーズ・ブレイク、ロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウンはソロとペアに分かれることとなった。
確かに頭を抱えたくなる変更だ、と達也はあずさの心境が理解できた。今回の変更は九校戦の戦い方に劇的な変更を強いるものであり、選手選考の方針から戦略・戦術も見直す必要がある。要は早めに準備していたのが完全に裏目に出てしまった形だ。
「こうなった以上、選手の選考をやり直すしかないですね」
「大丈夫だよ、中条さん! 幸いまだ時間はあるし、準備してきたことが全部無駄になったわけじゃないから! スティープルチェース対策も、きっと何とかなるって!」
達也の非情な一言に再びデスクに突っ伏してしまったあずさを励まそうと、五十里は彼女の背後に回り込んで肩を優しく揺すり、
「――啓、中条さんに覆い被さって何をするつもり?」
「花音!? 待って、これは誤解――」
風紀委員本部と繋がる階段から生徒会室にやって来た花音に何やら誤解され、よく分からない修羅場へと発展していった。
突然始まった痴話喧嘩を、処置無しの目つきで眺める達也と、苦笑いで本心を隠す深雪。
そのせいか、大会要項が書かれた紙をこっそり持ち去られたことに気づかなかった。
「6種目の内3種目が変更とか、運営委員も思い切ったことするねぇ」
「ロアー・アンド・ガンナーにシールド・ダウン、そしてスティープルチェース・クロスカントリーか。これは波乱が予想されるな……」
生徒会室の真下にある風紀委員本部のソファーに座る香澄と琢磨が、大会要項が書かれた紙に目を通しながら神妙な面持ちで各々の感想を口にした。
「ほうほう、それは大変ですな。――んで、それってどんな競技なの?」
そしてその紙を生徒会室から持って来た、もといくすねてきたしんのすけは、2人の感想に頷きながらも首を傾げるという器用な真似をしてみせた。この3人は4月に色々あってから風紀委員活動にて一緒になることが常態化しており、他の生徒達からも3人セットで見られることが多くなっている。
そしてこの3人の場合、先輩であるしんのすけに後輩である琢磨と香澄が何か教えることの方が多かった。今回も疑問符を浮かべるしんのすけに対し、2人が大会要項でルールを確認しながら競技の説明をしていくこととなる。
ロアー・アンド・ガンナー。
シールド・ダウン。盾を装備した選手が土俵の上で組み合って勝ち負けを競う格闘競技だ。盾に対してのみ攻撃が許され、相手選手自身に対する攻撃は反則となる。盾を破壊される、盾を奪われる、盾を5秒以上手放す、あるいは場外に落ちると負けとなる。
スティープルチェース・クロスカントリー。その名の通り、
「ふーん、盾を使うヤツはちょっと怖そうだけど、他の2つは何だか楽しそうだゾ」
「いやいや野原先輩、そんな楽しいモンじゃないですよ。他の2つだって、本物の軍隊でも実際に訓練として行われてるものなんですから」
「特にスティープルチェースの方は、正規の軍魔法師でも音を上げるほどに厳しい訓練だと聞いています。そのような競技を高校生にやらせるなど、運営委員は何を考えているのか……」
琢磨の言葉は、顔も知らない運営委員に対する猜疑心に満ちていた。普段ならば彼に対して嫌味や皮肉を添えることの多い香澄も、彼に賛同しているのか特に口を挟む様子は無い。
その代わり、というわけではないだろうが、先程から3人の会話を聞いていた幹比古と雫が会話に入ってきた。
「確かに、今回の種目はやけに軍事色が強い気がするね。おそらく、去年の横浜事変の影響だろうね。あの一件で国防関係者が改めて魔法の軍事的有用性を認識して、その方面の教育を充実させようとしてるんじゃないかな」
「反魔法主義のマスコミがアジってる通りになってる」
雫の容赦の無い一言は、琢磨と香澄でも反応に困るものだった。
その代わり、というわけではないだろうが、幹比古が雫に同意して言葉を続ける。
「時期が悪いとしか言い様が無いよ。なんでこんな分かりやすい変更を行ったのか……。今の国際情勢で、それほど焦る必要なんて無いと思うけど……」
「成程成程。つまり、これから大変になるってことですな!」
何も分かっていない様子で大きく頷くしんのすけに、苦笑いを浮かべる幹比古・琢磨・香澄と、無表情を貫く雫。
とはいえ、これから選手の選考からやり直すことになるあずさや達也たちのことを考えれば、彼の言葉も間違いではないだろう。
* * *
旧埼玉県春日部市。10年ほど前の“サザエさん現象”の発覚と消失以来、様々な研究員が原因を究明すべくこの地を訪れたり、マスコミが時々思い出したかのように取材したりといった光景が見られるが、それ以外は至って普通のベッドタウンである。
そう。今までは巨大ロボットに侵攻されたり大人だけが集団失踪したり墜落しかけた謎の飛行物体を奇妙な豚の生物が受け止めたりとハチャメチャな出来事が繰り広げられていたこの場所も、今は“平穏”と表現して差し支えない普通の日常が送られている。そしてそれは野原しんのすけという1人の少年が高校入学を機に上京した途端だというのは、ごく一部の人々にとっては周知の事実となっている。
「さぁ! 今年も九校戦の季節がやって来ましたわね! みんなでしん様の雄姿を見届けるための計画を立てましょう!」
「もしかして暇なんじゃないの、このお嬢様」
そんな平和な春日部にある教育施設の1つであるふたば幼稚園にて、世界を股に掛ける大企業である酢乙女ホールディングスの跡取り娘にして“代表取締役副社長”という立派な肩書も持つ酢乙女あいが拳を握り締めて言い放ち、そしてそれを桜田ネネにツッコまれていた。
あいとネネ、そして風間・マサオ・ボーの5人が集まっているのは、ふたば幼稚園の教諭室。九校戦に出場するしんのすけを応援するための旅行を計画するのが目的であるが、なぜわざわざここを選んだのかというと単純にそういう気分だったからである。もちろん許可は取ってあり、園児を家に送り届けた園長を始めとした教諭陣が微笑ましげに5人の様子を見守っている。
「今年はいつ開催なんだっけ?」
「8月5日~15日の11日間。前夜祭は3日」
「あれっ? 去年は10日間じゃなかったっけ?」
「競技の変更があったんだよ。かなり大幅に変わったみたい」
風間の言葉に、あいが持って来た大会要項の書かれた紙を全員が覗き込む。ちなみに公式サイトにそれが掲載されるのは明日なのだが、何故彼女がこれを手に入れることができたのかを気にする者はいない。
「何だか危ない競技が増えたね、特にこの盾を使うヤツとか」
「いや、一番危ないのはこのスティープルチェース・クロスカントリーって競技だよ。道の無い森の中は、ただ歩くだけでも慣れてないと危険だからね」
「しかも今回はそんな森の中でのレース、更に魔法での妨害もあるからより危ない」
マサオの感想に風間とボーが意見を挿み、それを聞いていた園長達が不安げに表情を曇らせる。
そんな中、彼らの会話に入ってきたのは、教諭陣の中では新参の部類となる“ふかづめ竜子”こと桶川竜子だった。
「でもよ、所詮は高校生の大会だろ? さすがに安全対策くらいはやってんじゃねーか?」
「甘いですわよ。今回の競技種目の変更には、明らかに国防軍の介入が見て取れます。おそらく、去年の横浜事変の影響でしょうね。国防軍はこれを機に、戦力として有望な魔法師を見極めようとしてるのではないでしょうか?」
「横浜事変って、あいちゃんとボーちゃんが巻き込まれたヤツだよね? 何だか物騒な世の中になったなぁ」
「しんちゃん、大丈夫かしら……?」
ネネの言葉を最後に、職員室が重苦しい沈黙の空気に包まれる。
そんな雰囲気を破ったのは、思わぬ来訪者だった。
「お久し振りです、皆さん。……どうかなさったんですか?」
「あらっ! 大原さんじゃない、久し振り!」
おそらくお土産が入っているであろう紙袋を片手に入口から顔を出したのは、艶のある長い黒髪がよく映える、人目を惹くほどに容姿の整った女性だった。
その女性の登場に、真っ先に声をあげた石坂みどりを始めとした古参教諭がにこやかな笑みを浮かべ、竜子ら旧埼玉紅サソリ隊の面々はピンと来ない表情で女性を見遣り、風間ら旧春日部防衛隊の面々は何度か会ったことのある彼女にハッとした顔となり、そしてあい1人だけが不機嫌そうにムッと唇を尖らせる。
これほど多彩な反応を生み出すこの女性の名は、大原ななこ。
現在32歳である彼女は元々春日部出身であり、保育士志望だった彼女は大学卒業後にふたば幼稚園の一員として働いていた。しかしその働きぶりを見た1人の男性から「ぜひ自分の運営する幼稚園に来てほしい」とスカウトされ、彼女の父親の静養(ちなみに症状はギックリ腰だ)も兼ねて現在は山梨の田舎にある幼稚園に勤めている。
そして彼女は、普段から綺麗な女性に対して目移りの多いしんのすけが、生まれて初めて本気で恋をした相手でもあった。そして彼のその想いは、今もなお続いている。
「こんにちは、ななこさん!」
「みんなも久し振り。みんなで集まって何してるの?」
「しんちゃんが出る九校戦の観戦ツアーを計画してました」
「九校戦って、魔法を使った運動会みたいなのだっけ? 去年はお仕事があったからテレビで観るしかなかったけど、今年は現地で観戦したいなぁ」
あいの「運動会って……」と呆れ果てる独り言に反応する者はおらず、話は進んでいく。
「ななこさんも、良かったら僕達と一緒に行きませんか?」
「えっ? でも迷惑じゃないかしら?」
「そうですわね。なので――」
「大丈夫です! 泊まる部屋もかなり広いので、今更1人増えたって何てことないですよ!」
何か言おうとしていたあいの口を思いっきり押さえつけて、ネネが満面の笑みでそう答えた。あいがネネを睨みつけてムームーと呻いているが、ネネは笑顔を崩さぬまま手を離さない。
そんな遣り取りを知ってか知らずか、ななこは顎に指を添えて考える素振りを見せる。
「それじゃお言葉に甘えて、私もご一緒させてもらおうかな? 向こうの幼稚園の園長さんに確認しないといけないから、全日観られるかは分からないけど」
「本当ですか? しんのすけの奴、喜ぶと思いますよ!」
「ムー! ムー!」
未だに口を押さえつけられたままのあいだが、彼女が何を言いたいのかはこの場にいる全員が理解できた。
結局ななこが部屋を去るまで、あいの口を塞ぐネネの手が緩むことは無かった。
* * *
旧埼玉県に本社を構える“金有電機”は、電化製品やエレクトロニクスの分野で日本トップクラスの業績を誇る大企業である。具体的には酢乙女ホールディングスの系列企業、ホクザングループの系列企業に次ぐ国内第3位であり、社長である金有増蔵は積極的にメディア出演していることから一般層の知名度も高い。
そんな金有は、苛烈なまでの成果主義者で知られている。少しでも利益が見込めないと判断すれば容赦無く切り捨てる経営スタイルは一部企業評論家から“拝金主義”と非難されているが、ビジネスチャンスを見極める力は本物のようで年々着実に事業を拡大している。
そしてこの金有増蔵、そしてその1人娘である金有タミコは、本人達すら知らないところで一部の有力者から注目を集めていた。
この2人は春日部に発生していた“サザエさん現象”によって、約100年もの間まったく歳を取らなかった。それだけならばまだ問題は無かったのだが、この2人が春日部出身ではないというその一点のみでまるで意味が違ってくる。
春日部の住民ではない者がサザエさん現象に巻き込まれていた場合、ほぼ間違いなく世界中の有力者が注目する人物・野原しんのすけと何かしらの関わりがある。なのでこの2人もそうではないかと様々な機関が秘かに調査しているのだが、何故かこの2人に関しては彼との繋がりがまるで見当たらない。
「失礼します」
「おぉ、来たか」
そんな2人は今、金有電機本社の社長室にいた。どこか陰のある表情で部屋に入ってきたタミコに、デスクに座っていた増蔵がパソコンのモニターから目を離して顔を上げる。
調度品の1つ1つは高価だが調和などまるで考えられていないため下品にも見える広々とした社長室を歩き、タミコは増蔵が座るデスクの前までやって来る。
「それで、どのような用事でしょうか?」
「タミコ、おまえは今年で何歳になったかな?」
増蔵の問い掛けは本題に入るための前置きのようであり、本当に娘の年齢を忘れているようでもあった。どうやらタミコは後者だと判断したようで、形の良い眉を顰めながら口を開く。
「……17歳です」
「おう、そうだったな。おまえもそろそろ結婚相手を考える歳になったというわけだ」
増蔵の言葉に、タミコの表情に怪訝の色が加わった。大戦終結直後は不安定な社会情勢もあって早婚の傾向は確かにあったが、それも30年以上過ぎた現代ではさすがに10代で結婚を意識する者はほとんどいないだろう。
しかしそこまで考えて、タミコは理解した。おそらく父は、自分に結婚話を持ち込んできたのだろう、と。
タミコは生まれてから今まで、目の前にいる父親から“親子愛”と呼べるものを受けた記憶が無かった。大企業の社長令嬢だけあって生活に不自由したことは無かったが、それは将来自分に利益を
そしてタミコの予想通り、増蔵はキーボードを操作して仮想モニターに1人の少年の画像を映し出した。それはネットニュースに添付されたものであり、高校生らしき制服を着た精悍な顔立ちではあるが、増蔵にむりやり肩を組まれてるからか若干表情が固いように見える。
「彼の名前は司波達也くん。国立魔法大学付属第一高校の2年生で、将来立派な魔法師になるであろう少年だ。――タミコ、彼と結婚しなさい」
「……向こうはそれを了承しているのですか?」
「いいや、だが問題は無い。おまえは彼と交流を深めることに専念すれば良い。――儂は来月の九校戦に、特別招待客として招かれている。彼も出場するそうだから、おまえも一緒に来い」
増蔵はそう言ったきり、タミコに視線を向けることもなく仕事を再開した。彼女の返事を聞く気が無いということに他ならないが、彼のその行動は今に始まったことではない。
「……分かりました。失礼します」
タミコは振り絞るような声で、それだけ答えた。
* * *
市場規模こそ小さいものの、軍事上の重要性からどの国家も無視できない魔法工学製品。その分野で日本の“酢乙女魔工製作所”、USNAの“マクシミリアン・デバイス”と世界首位の座を争うドイツの魔法機器メーカー“ローゼン・マギクラフト社”の日本支社長であるエルンスト=ローゼンが、日本支社の経営以外で負っている役目は現在3つある。
1つ目は、飛行術式デバイスを実現させたFLT(フォア・リーブス・テクノロジー)に所属するトーラス・シルバーの秘密を探り、可能であればローゼンに引き抜くこと。そのためにエルンストは、ローゼンの持つ経営資源を最優先で利用する権限を与えられている。
2つ目は、最近になって急遽与えられたものだが、先月96歳で亡くなったローゼン本社の前社長であるバスティアン=ローゼンの遺留分権利者である1人の日本人と話を付けること。バスティアンの曾孫に当たるその少女の名は“千葉エリカ”といい、正直なところエルンストはこの仕事に関しては気が重いが、交渉自体は秘書と弁護士に押し付けることができると自分を慰める。
そして3つ目は、今まさにエルンストが見つめていた動画にあった。
「何度見ても、素晴らしい能力だ」
それは去年夏に日本で開催された九校戦の競技の1つ“モノリス・コード”の一幕。具体的には、第一高校の代表選手の1人である野原しんのすけに関する試合光景であった。
刃が潰された模擬刀のような代物に魔力を込め、刃先を分離させて疑似的に刃渡りを伸ばすシーン。決勝戦で柔らかいマントに魔力を込めて1枚の黒いシールドへと変化させるシーン。カメラでも追うのがやっとなスピードで走り回るシーン。マントのシールド越しに爆風を受けて吹っ飛びながらも、前転しながら着地の衝撃を逃がして何事も無く立ち上がるシーン。
それはまさしく、ローゼン・マギクラフトが開発した調整体魔法師“
それは世界で最初に作られた調整体魔法師のシリーズ名であり、ドイツ軍の科学者が発案し、研究を委託されたローゼン・マギクラフトが開発に携わった。
そこには過度の試行錯誤があり、特に最初期の研究は大概が非人道的である魔法師開発の中でも殊更に許されざる内容だった。人道や尊厳という近代的なモラルよりも根幹だろう宗教的な禁忌を想起させる技術によるものか、その技術を投入された調整体魔法師は若くして精神的に壊れた。自殺、狂乱、任務中の死亡、あるいは逃走により、結局ローゼンの手元には1人も残らなかった。
それでも研究データは残り、その
しかしローゼンが理想としている性能をまさに体現している野原しんのすけがいれば、今後の調整体魔法師開発自体が大きく変わる。
未だ明確な因果関係は確認されていないが、元の遺伝子から大きく離れた調整を行うほどに狂死の可能性が上がることは判明している。彼の遺伝子を基に開発することで、性能を下げず、かつ安定的に調整体魔法師を
もしもこれを実現することができれば、エルンストはローゼン本家での後継者レースで1歩先んじることができる。
――さて、どうやってこの少年を手に入れるか……。
エルンストは頭の中でそのようなことを考えながら、デスクの引き出しを開けた。
そこには、九校戦の招待状がしまわれていた。