嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第114話「九校戦に向けて練習するゾ」

 魔法科高校各校に混乱と困惑を齎した通達から一夜明けた、7月3日火曜日。

 旧茨城県土浦市の霞ケ浦基地に置かれた国防陸軍第一〇一旅団の司令官室では、旅団長・佐伯広海(さえきひろみ)少将が、独立魔装大隊隊長・風間玄信少佐を呼び出していた。

 佐伯は今年で59歳になる女性将官であり、銀色にも見える総白髪から“銀狐”などと呼ばれた参謀畑の才女だ。見た目だけなら小学校の校長辺りにいそうな優しいものだが、国防軍内における十師族批判の最右翼として知られている。とはいえそこに感情的な理由は無く、国防が十師族という私的な枠組に強く依存していることへの警鐘を鳴らすためだ。

 

「風間少佐、今年の九校戦の競技種目が大幅に入れ替わっているのを知っていますか」

「そのような動きがあるということだけならば」

「少佐にしては鈍いですね。昨日、魔法科高校宛に正式な通知がありました」

 

 休めの姿勢で立つ風間に、佐伯は書類の束を差し出した。肉筆で追記した内容が漏洩しないようにという彼女なりの配慮であり、風間はそれを受け取って無言でそれを捲っていく。

 やがて最後のページまで辿り着いた風間が顔を上げると、佐伯が間髪入れずに問い掛ける。

 

「感想は?」

「これは軍事訓練のメニューです」

「……言い切ってしまうのもどうかと思いますが、私もほぼ賛成です」

 

 佐伯がデスクのボタンを押し、壁から現れた折り畳み式の椅子が風間の背後に滑り込む。

 話が長くなるという無言の合図に、風間は即座に座面を展開して腰を下ろした。

 

「今回の競技種目変更は、おそらく昨年の横浜事変に影響されたものでしょう」

「事実としてはともかく、誰もがそのように解釈すると思われます。――あ(・)の(・)方(・)は、国防軍の要請に抵抗しなかったのですか?」

「九島閣下は反対されませんでした」

 

 風間の質問に若干の微笑みを添えて答えた佐伯が、フッとその笑みを消した。

 

「国防軍総司令部から我が旅団宛に、今回の九校戦に協力するよう打診がありました」

「命令ではなく打診でありますか」

「そうです。ただこの話を真っ先に我が旅団へ、というよりも私に持って来た意味を考慮しなければならないでしょう」

「魔法協会が国防軍に対して発言力を強めているのが、上層部は気に入らないみたいですね」

「ようやくではありますが」

 

 佐伯のその言葉には、愚痴めいたニュアンスがあった。彼女がここまで自身の心情を晒すところに、この2人の強い関係性が窺える。勿論、断じて男女間の関係だという意味ではない。

 

「私はこの打診を受諾するつもりです。ただし、独立魔装大隊は使いません。九校戦の期間中、少佐の大隊には待機を命じます」

「――了解しました。独立魔装大隊は別命あるまで待機します」

 

 内心構えていた出動命令が無かったことでワンテンポの遅れはあったものの、風間は命令の復唱を行った。

 しかし佐伯の話は、ここで終わらなかった。

 

「先程の話ですが、九島閣下は今回の種目変更に反対しなかったばかりか、むしろ積極的な姿勢を見せたそうです。特にスティープルチェース・クロスカントリーに強い関心を示され、代表参加から全員参加への競技方法変更を指示されたそうです。コースも閣下の意向を受けて長く広くなったと聞いています」

 

 これを聞いた風間は、正直なところ意外の念を禁じ得なかった。

 正規の軍人ですら音を上げる厳しい訓練なうえに、コースの拡大はそれだけ完走が辛く困難なものになる。若い魔法師が軍事の犠牲になる姿を見たくないという烈の本音を風間は知っているし、それが簡単に宗旨替えできるはずもない“事情”も知っている。

 

「九島閣下の変節にも見える今回の一件ですが、あの方に限ってそんな単純な話であるはずがありません。それを裏付けるものかどうかは判断しかねますが、九島家と藤林家が最近歩調を揃えて何事か画策しているようです」

「待機の理由はそれでありますか」

「言うまでもなく、事態の推移によっては少佐の部隊にも働いてもらうことになります。出動に備えて、藤林少尉の動向に注意を怠らないでください」

 

 佐伯の命令に、風間は「ハッ」と答えた。人格を信じることと不測の事態に備えることは、少なくとも彼らにとっては別問題だ。

 それよりも風間が気になったのは、最愛の妹がその競技に出場することになるであろう達也、そして同じく競技に出場するであろう野原しんのすけのことだった。もし妹が危害を加えられそうになったときに達也がどう出るか、そして何よりしんのすけの“主人公補正”がどう働くか。

 その不安が、風間にベットリと纏わりついて離れなかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 達也ら生徒会役員と部活連有志は、1通の電子メールから始まった“九校戦ショック”の対応に追われていた。新競技用の器具を手配するために大会要項を読み込んで新競技のルールを把握するところから始まり、外された競技に出場予定だった選手や練習場貸出に協力するはずだったクラブ等への説明と謝罪、更には出場選手の選考見直しに伴う関係各所への協力依頼など、その内容は多岐にわたる。

 7月5日木曜日、例の通知から3日目。この日も昼休みを利用して選手の再選考が行われていた。生徒会役員と部活連会頭である服部が全生徒の実技テストの結果を網羅したデータを基に、差入れとして水波が作ったサンドイッチを齧りながら話し合いを進めていく。

 

「据置きの3種目については、既に決定していた選手の重複種目を調整するだけで良いだろうか」

「ミラージとモノリスはそれで良いと思いますが、アイス・ピラーズはソロとペアの組分けが必要です」

「女子は司波さんがソロ、千代田と北山がペアでどうだ?」

「女子はそれで良いと思いますが、男子はどうしますか? 自分は3人の間にほとんど力量差が無いので、実際に組ませてみて相性で決めるのが良いと思いますが」

「それで構わない。ロアー・アンド・ガンナーは、スピード・シューティングとバトル・ボードそれぞれの代表候補から選べば良いか」

「ペアはともかく、ソロは高いレベルでマルチ・キャストの技能が要求されますので、そこを考慮する必要があるのではないでしょうか」

「成程。射撃技能と漕艇技術のどちらを重視すべきだと思う?」

「今回の場合バトル・ボードよりも安定性が見込めますので、移動しながらの射撃技能をより重視すべきと思います」

 

 一応他の役員も選手再選考会議に参加しているのだが、達也と服部の会話に割り込むことができずにいた。とはいえ2人の決定に他の面々も賛成であり、時折サンドイッチに手を伸ばしながらそれを聞く態勢に徹している。

 

「射撃技能を重視となると、該当するクラブはSSボート・バイアスロン部に狩猟部、それと――」

 

 ここまで流暢に自身の考えを述べていた服部が、初めて言葉を詰まらせた。直接会話を交わしていた達也だけでなく、他の面々も彼へと視線を向ける。

 しばらく考え込む素振りだった服部が、改めて達也へと向き直る。

 

「司波、野原の射撃系統の実技テストの成績はどうなってる?」

「しんのすけ、ですか?」

 

 突然出てきたその名前に、達也は困惑した。服部の意図を理解したからこその困惑であるが、とりあえずカード形式に整理されたデータを漁ってサッと目を通す。

 

「前回のテストでは、深雪に次ぐ全体2位でした。命中率は深雪と同じ100%でしたが、魔法の発動時間の短さで深雪に軍配が上がった形ですね」

「とはいっても、私との差は100ミリ秒もありませんでした。なのでほとんど差は無いと言って良いと思います」

 

 達也の説明に、他ならぬ深雪が補足を加えた。ちなみにこれが、服部と達也以外のメンバーが初めて発言したタイミングである。

 

「しんのすけを、ロアー・アンド・ガンナーの代表選手にすると? しかしアイツは――」

「確かに野原はモノリスの代表に内定していた。しかしそれは、最後まで候補に残っていた三七上(みなかみ)と交代することで対応する」

 

 モノリス・コードは元々、しんのすけと服部、そして幹比古の3人で内定していた。突破力のあるしんのすけを前衛に置き、戦法の幅が広い残り2人が彼のサポートに付くという構想だ。2年生であるしんのすけを中心としたチーム構成であり、それだけ彼の期待が大きいことが窺える。

 しかし服部が提案したのは、しんのすけの代わりに三七上ケリーという3年生を代わりに投入するというものだ。金髪に黒褐色の肌をしたインド&ブリテン系の三七上は個々の魔法に関する知識が豊富で、一度見た魔法を把握し改変の結果同士が相殺する魔法を放つ特技を持っている。三七上と幹比古を後衛や遊撃に据え、服部が前衛として動くという構想は、最終候補の1つとして挙がっていたものだった。

 

「確かに野原はモノリスの選手としても優秀だが、他の競技でも優秀な成績を収められると考えている。スティープルチェース以外の掛け持ちができない状況で、ソロ競技に出場させないというのも勿体ない。――それに野原は、直接相手に魔法をぶつけるような競技はやはり不向きではないか、とも思ってな」

 

 達也を見据える服部の目には、若干窺うような色も含んでいた。しんのすけの担当エンジニアは既に達也で内定しており、種目競技の変更はそのまま達也の負担になると考えてのことだろう。

 

「……分かりました。とはいえ、実際にやらせてみてからの判断にはなると思いますが」

「勿論だ。ではそれで」

 

 服部が力強く頷き、達也も納得して次の種目へと話題を移す。

 結局問答があったのはこれくらいであり、選手再選考の方針はこの昼休みの内に全て決まった。

 

 

 *         *         *

 

 

 生徒会と部活連、そして各クラブの協力によって、金曜日の放課後には一時の混乱からほぼ脱却しつつあった。

 ロアー・アンド・ガンナーの練習はバトル・ボードの水路をそのまま使い、的はバイアスロン部と狩猟部から調達することになった。運動場にはシールド・ダウン用の即席リングが縦横20メートル、高さ1メートルの規格で2つ作られ、レギュレーションに沿った盾も速達で届けられた。

 スティープルチェース・クロスカントリーに関しては仕掛けが大掛かりすぎて準備が整っていないが、それ以外の種目はひとまず落ち着いたといえる。すると選手の方から、一度模擬戦をやってみたいという話が挙がった。土日にも練習するとはいえ、一刻も早く新ルールのイメージを掴みたいという思いがあるのだろう。

 ちなみにしんのすけは(単純にサボりたいという理由で)難色を示していたが、賛成多数ということで黙殺された。

 

「くっ、速い――!」

 

 ロープと柱が無いボクシングのリングに見えるシールド・ダウンのリングでは、女子ソロ代表の3年生・千倉朝子(ちくらともこ)と、彼女の練習相手として達也が招集したエリカが対戦していた。

 しかし先程から自己加速術式で変則的な動きを見せるエリカに対し、朝子の“偏倚解放”がまるで追い付いていなかった。あまりのスピードに朝子がエリカの姿を見失い、そして次の瞬間に朝子がシールドごとリングの外へ弾き飛ばされていく。“山津波”の応用で自分のシールドを相手のシールドに叩きつけるエリカに為す術無しといった感じだ。

 

「うわっ――!」

 

 一方隣のリングでは、男子ペア代表である桐原と十三束チームと、こちらも達也に招集されたレオと男子ソロ代表の3年生・沢木翠(さわきみどり)がペアで対戦をしていた。桐原の刺突を冷静に受け止めたレオに十三束が攻撃を仕掛けるが、沢木が拳で突風を巻き起こして十三束をリングに転がした。

 それを横目に桐原が“高周波ブレード”を自身のシールドに掛け、レオのシールドに文字通り揺さぶりを掛けた。しかしレオの硬化魔法の方が強固であり、それによって桐原のシールドが半壊、すかさず追い打ちを掛けたレオの攻撃により桐原のシールドは完全に破壊された。

 代表選手が揃って練習相手要員に敗北したことで、模擬戦を観ていた服部が小さく頭(かぶり)を振る。

 

「……司波、やはり千葉と西城を選手にした方が良かったんじゃないか?」

「攻撃部位の縛りが無ければ、それでも良かったのですが。――水波」

「はい、達也兄様」

 

 服部の疑念を達也は否定し、女子の模擬戦を眺めていた水波に声を掛けた。即座に駆け寄ろうとする彼女を手で押し留め、自分からそちらへと赴く。

 

「エリカ、水波の相手をしてやってくれ」

「ソロでってこと? 良いわよ」

 

 足の爪先から頭の天辺まで値踏みするように見回しながらエリカが了承し、緊張した面持ちの水波がそのままリングに上がろうとする。

 しかしそこで達也が「水波」と彼女を呼び止め、耳元で何かを囁いた。明らかに何かを吹き込まれている様子に、エリカがニヤリと物騒な笑みを浮かべる。

 

「お待たせしました、千葉先輩」

「どんな作戦を授かったのかしら、楽しみ」

「2人共、構えて」

 

 達也がホイッスルで試合開始を告げた瞬間、エリカがまっすぐ水波へ襲い掛かった。フェイントを入れないのは彼女を侮っているからではなく、単純に達也の作戦に興味があったからである。

 そんなエリカに、水波は冷静にCADを操作した。

 そして次の瞬間、エリカの体がその場に停止した。反動が無かったのは慣性中和の魔法を自分に掛けているからだが、止まったのはエリカの意思ではなく、水波が展開した対物障壁に行く手を阻まれたからである。

 対物障壁は地面に対して垂直ではなく、斜めに展開されていた。よってエリカの体がそれに乗り上げ、足場から切り離されたまま抵抗のしようも無く場外に押し出されていく。

 

「あわわわっ――!」

 

 朝子が手も足も出なかったエリカ相手に、1年生の水波が見事に勝利を収めた瞬間だった。

 

「今のはまさか、十文字先輩の“ファランクス”か?」

「いいえ、今のは単層の対物障壁を連続的に移動させただけです。原理は単純な移動魔法と同じですよ」

 

 達也の説明を受けてなお、服部は信じられないといった表情だった。

 もっとも、これで克人の“攻撃型ファランクス”を再現できるわけではない。持続性を重視した水波の魔法では、戦車すら圧し潰すほどの強度と速度は望めない。

 

「いやぁ、やられたわ。あんなあっさり落とされるとは」

「あんな見え見えの突撃じゃ、カウンターを食らうに決まってる。エリカの技は相手に視認されないことが必須だからな」

「……よくご存知で」

 

 奥義の弱点を容赦無く指摘されて鼻白むエリカの横で、朝子がおずおずと手を挙げる。

 

「アタシはあんな障壁、使えないんだけど……」

「千倉先輩はベクトル反転術式が得意でしたよね? 盾が接触する前にベクトル反転で相手を浮かせて、そのまま移動魔法で場外に飛ばせば良いんです。肉弾戦を仕掛けてくる相手には有効なはずですよ」

「わぁ、さすが司波くん。凄ーい……」

 

 感心を通り越して若干引き気味の朝子に、エリカが同意するように頷いているのが見える。

 

「ピラーズ・ブレイクの準備ができたようなので、失礼します」

 

 もっとも、達也は一切気にした様子は無かったが。

 

 

 

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクの練習には、演習林の奥にある50メートルの野外プールが使われる。流体制御魔法の練習用であるそこに水を入れ、魔法で氷の柱を24本作り、魔法でそれを立てることでようやく練習を始められる。

 しかし今年は深雪の協力もあって、例年の4分の1以下の時間で準備ができるようになった。水の柱を24本同時に作って一気に凍らせるという力業であり、深雪が感覚的に使用した魔法を達也が相似形複写理論を応用して形にしたのだという。

 

 そうして始めた模擬戦は、女子ソロ代表の深雪に対し、女子ペア代表の花音と雫というハンディキャップマッチ。一見2人の方が有利に見えるが、基本的に魔法は合成ができず、コンビネーションが上手くいかなければ一方の魔法しか発動しないどころか両方とも不発に終わることもある。

 アイス・ピラーズ・ブレイクは特にこの問題が予想される競技であり、だからこそこの模擬戦でどこまでやれるか見ようということになったのだが、

 

「…………」

 

 折り畳み椅子に座ったまま不機嫌なオーラを撒き散らす花音に、立ったままの深雪と雫が困惑の表情を浮かべていた。

 模擬戦を5回やって、5回とも深雪の勝利。しかも彼女はその都度氷柱の設営を行っており、つまりそれだけ魔法力を消耗しての勝利ということになる。確かにこれは、花音でなくとも不機嫌になる結果だろう。

 とはいえ、達也にとっては話し掛けるのを躊躇う理由にはならないのだが。

 

「千代田先輩が攻撃、雫が防御。この戦術は基本的に間違ってないと思います」

「……じゃあ何が間違ってたの?」

「連携の練習不足ですね。今日が初日ですから当たり前ですが」

「……どこが悪かったの」

「先輩の魔法発動領域と雫の情報強化領域が少し重なり合っていました」

「すみません先輩、私のミスです」

 

 即座に頭を下げた雫に、花音がピクリと反応する。

 しかしそれに触れることなく、達也は雫の謝罪に頷いた。

 

「そうだな。深雪の魔法に対抗するために強化対象を自陣全体に広げたんだろうが、情報強化は領域ではなく個々に掛けるべきだ。それにルール上、柱が1本でも残っていれば負けにならないんだから、強化対象を絞り込むのも考慮すべきだな」

「うん、分かった」

 

 2人がそのような会話を交わす間、花音は居心地の悪さを感じていた。

 先程の模擬戦では、確かに雫は領域全体に情報強化を掛けていた。しかし彼女は最初、自陣の氷柱に対して情報強化を掛けており、花音の振動魔法が自陣にまで波及したために自陣全体への情報強化に切り替えたのである。

 達也ほどの人物が、それに気づかないとは思えない。

 おそらく彼は、気を遣っている。

 花音に対してではなく、このまま練習が滞ってしまうことに対して。

 

「お兄様、私にはアドバイスをくださらないのですか?」

「深雪が負けたらな。ただし、手を抜いたらお仕置きだ」

「お仕置き……そ、そんなことはしませんよ。お2人に失礼ですから」

 

 なぜか急にイチャイチャを始めた司波兄妹に、不機嫌だった花音は何だか毒気が抜かれる心地になった。

 

 ――まぁ、練習の担当エンジニアが啓じゃないからって不機嫌になるのも大人げないし、アタシが本番まで我慢すれば良いか。

 

 これも可愛い後輩のためだ、と花音は苦笑い混じりで溜息を吐いて自省した。

 元来の性格もあって、素直にそれを口には出せなかったが。

 

 

 

 

「達也さんっ!」

 

 飼い主を見送る子犬のような表情を見せる深雪を置いて次に達也がやって来たのは、ミラージ・バットの練習場。本戦代表選手の1人であるほのかの担当エンジニアが達也であり、その練習の様子を観に来たことに気づいたほのかがパァッと分かりやすく晴れやかな笑みを浮かべて彼へと駆け寄っていく。

 そしてそんな彼女に、新人戦代表である亜夜子が苦笑いを浮かべ、そして亜夜子の担当エンジニアである平河千秋が達也を睨んでチッと舌打ちをした。

 

「調子はどうだ?」

「はいっ! 去年もやった競技なので、新競技に対応しなきゃいけない人達よりは幾分楽だと思います。――まぁ、まったくルールが同じってわけじゃないですけど」

 

 去年のミラージ・バットにて(色々な意味で)達也によって投入された飛行魔法は、まさにそれまでの常識をひっくり返すものだった。大会運営も当然ながらそれを座視するわけにもいかず、結果『1回の飛行魔法につき1分以上連続使用してはいけない』というルールが追加された。

 とはいえ、競技中に飛行魔法の使用時間がリアルタイムで表示されるわけではない。つまり選手自身が使用時間を管理しながら競技をしなければならないということであり、当面はこれに対応することが課題となりそうだ。

 

「術式自体に時間制限を加えるアレンジを施すのも有りだが、時間の感覚を体に染み込ませる練習も無駄ではないだろう。数をこなしながら、追々方針を固めていこう」

「はい、分かりました」

 

 ほのかが力強く頷いたところで、達也に近づく者の気配に彼がそちらへと振り向く。

 

「達也さん、少しご相談が」

「亜夜子か。どうした?」

 

 お嬢様然とした笑顔を浮かべる亜夜子に返事をしながら、達也の視線は別の方へと向いていた。具体的には、ここに来たときから鋭い目を向け続ける千秋の方へと。

 

「私が得意とする“疑似瞬間移動”を、どうにかミラージ・バットでも使えないかと思いまして」

「アレを、か……」

 

 “疑似瞬間移動”とは、自分や味方を空気の繭で覆い、慣性を中和し、真空チューブの中を一瞬の内に移動するという魔法だ。この真空チューブが相手選手への妨害とされてしまうため、実際に使うと反則で失格となってしまう。

 

「つまり真空チューブを作らなければ良い、ということか。進行方向の空気を“拡散”させながら跳べば、おそらく反則にはならないだろう」

「簡単に言ってくれるじゃない、司波達也」

 

 達也が自分の考えを口にしたところで、それまで黙ったまま睨んでいた千秋が口を開いて割り込んできた。

 

「“疑似瞬間移動”でわざわざ真空チューブを作るのは、余計な工程を挿んでもそっちの方が魔法としても容易だからよ。第一“拡散”は分布を均一化する魔法だから、進行方向の空気が移動する術者の纏う空気の繭に圧されて密度が上がると機能しなくなる。それじゃ普通に空気を押し退けて跳ぶのと変わらないわ」

 

 千秋自身は“疑似瞬間移動”を使えない。つまりこれは魔法に対する純粋な知識によるものであり、その知識の深さと分析の鋭さに達也は素直に感心の念を抱いた。

 しかし達也としても、異論が無いわけではない。

 

「真空チューブが無くても、慣性は残るだろう。“疑似瞬間移動”は、移動魔法と慣性中和魔法の速やかな同期が鍵になる魔法だ。空気抵抗があったとしても、亜夜子の移動速度についていける女子高校生は俺の知る限りでは存在しない」

「そ、それはつまり、深雪さんでも無理ということですか!?」

 

 今までの落ち着いた態度はどこへやら、嬉しさを隠せない様子でニヤニヤと口元を歪ませる亜夜子の姿に、初めて見たのだろう千秋がギョッと目を丸くする。

 そして達也は、そんな彼女を敢えて無視して千秋へと向き直る。

 

「空気抵抗の問題をクリアして“疑似瞬間移動”をダウングレードすることに成功すれば、ただ“跳躍”するよりも速く的に辿り着くことができる。もし平河が無理だというのなら、代わりに俺が考えてみても――」

「――――はあっ?」

 

 表情を見なくても声色だけで怒気が含まれていることがよく分かる声で、千秋が達也の言葉を遮った。

 

「ふざけんじゃないわよ、司波達也! 私がいつ無理だって言った!? やってやろうじゃないの! ――黒羽さん、起動式見せて!」

「はい、分かりましたわ」

 

 いつの間にか普段通りの様子に戻った亜夜子が、怒り散らす千秋にまるで委縮することなく自身のCADを彼女に渡した。千秋はそれを受け取って、力強い足取りでCAD調整用の機材が並んだテーブルへと歩いていく。

 亜夜子もそれについて行く直前、チラリと達也を一瞥して意味ありげな視線を向けた。

 彼女にしか気づかれないほどに小さく、達也が肩を竦めてみせた。

 

 

 

 

 そうして達也が最後に訪れたのは、ロアー・アンド・ガンナーの練習場である野外練習場の水上コースだった。蛇行しながら楕円を描くその水路は、去年までバトル・ボードの練習に使われていた場所だった。

 こうして改めて見ると、学校の敷地内だけで実に様々な設備が整っているのが分かる。非常時を除き、学校の外で魔法を使うには本(・)来(・)複雑で面倒な手続きが必要なので必然的にそうなってくる。

 

「ホイホイ、ホイッと!」

 

 現在水路でボートを走らせているのは、昨日代表に選ばれたばかりのしんのすけ。昨日話した通り実際にやらせてみることにしたのだが、いきなりボートを魔法で走らせながら的を狙い撃つのは厳しいと思い、まずは水路をボートで走らせることから始めようということになったのである。

 現在この場でそれを観ているのは、女子ペア代表である明智英美と3年生の国東(くにさき)久美子、そして新人戦代表の1人である香澄、そしてエンジニアである達也だった。

 

「しんちゃん、ヤッバ……」

「野原先輩、スゴ――」

「噂には聞いてたけど、まさかここまでとはね……」

「…………」

 

 そしてその全員が、彼の走りに息を呑み、目を奪われ、そして驚嘆していた。

 競技に使われるボートは、大戦前に存在していた競艇というスポーツに使われるそれほど細長くはない。なのでシートから腰を浮かせることができないわけではないが、ただでさえ不安定な水面上で走行すると少しの波で大きく揺れることになるため、膝立ちの姿勢ですら多くの練習を必要とする。

 だがしんのすけは、そんなボートの一段低くなっているシートに片足を、背もたれ代わりの床部分にもう片方の足を乗せた両足立ちの姿勢でボートを走らせていた。しかもそのスピードはバイアスロン部の部員ですら追いつけないほどであり、そのせいで水路の壁に反射した波が不規則な揺れを生むが、彼はまるでサーフィンでもするかのような体重移動で軽やかに乗りこなしていく。

 そうして一度も転覆することなく、最後の大カーブも難なくクリアしたしんのすけがゴールライン=スタートラインにまで戻ってきた。

 

「ボートの操作については問題無いな。それでしんのすけ、実際に動かしてみた感触はどうだ? スピードを重視するか安定性を重視するかで、喫水の深さを調節することになるんだが」

「あ~、達也くんに任せるゾ」

 

 ほとんど濡れていないライフジャケットを脱ぎながら、しんのすけが投げやりな態度で返事をした。去年も大体そんな感じだったので、達也は気にした様子も無くA4サイズの端末でボートの発注を行う。

 と、しんのすけの走行を観ていた英美が、何やら体をウズウズさせ始めた。

 

「――司波くん! やっぱりアタシ、立射(スタンディング)やってみたい!」

「どうしたエイミィ、昨日の会議で膝射(ニーリング)にすると決めたじゃないか」

「だって、しんちゃんが実際に立ったままボートを走らせたんだよ! 魔法射撃の場合は視界を確保できる立射が一番良いんだから、やってみたいって思うでしょ!」

「いや、だからって――」

「クーちゃん先輩、行くよ!」

「分かったわ、エイミィちゃん」

 

 どうやら久美子もしんのすけの走りに中(あ)てられたようで、英美の呼び掛けに若干気合の入った表情でボートへと歩みを進めていった。

 チラリと、しんのすけに目を遣る。どうやら彼からアドバイスを貰っているらしい香澄が、真剣な面持ちで腰を落とした姿勢で膝をクネクネと動かしている。足元にサーフボードを置けば、まさしくサーファーそのものといった感じだ。

 達也が頭に手を当てて、大きく溜息を吐く。

 

「ウギャーッ!」

「エイミィちゃん!?」

 

 英美の悲鳴と久美子の叫び声が聞こえ、激しい水飛沫が上がったのはその直後だった。

 

 

 *         *         *

 

 

「エイミィちゃん、その後も5回くらいボートから落ちて、結局達也くんに怒られて立つのは諦めたんだゾ」

「まぁ、それが普通でしょ。立ったままボートを動かせるしんちゃんの体幹が異常なのよ」

 

 ボストンバッグの中に潜んでいるトッペマとそんな会話を交わしながら、しんのすけは学校から駅までの道のりを歩いていた。

 トッペマは周りを気にして声量を絞っているため、傍目にはしんのすけが独りで喋っているように見える。しかし周りの通行人はハンズフリー通話をしていると思っているのか、特に奇異の目を向ける様子は無い。

 と、トッペマが更に声量を小さくして問い掛ける。

 

「ねぇ、しんちゃん。話で聞いてる限りだけど、何だかその大会変じゃない?」

「変? 何が?」

 

 首を傾げて問い返すしんのすけに、トッペマがほんの僅かにバッグから身を乗り出した。

 

「だってしんちゃんが出場する競技も、それ以外の新競技も、明らかに軍事訓練染みてるじゃないの。そりゃ軍事基地を借りて行われる大会だから多少はそうかもだけど、それにしたって露骨すぎるわよ」

「おぉっ、トッペマも達也くんと同じこと言ってるゾ」

「つまりそれだけ、同じことを思ってる人がいるってことね。――ねぇ、しんちゃん」

 

 歩みを進めたまま「なーに?」と尋ねるしんのすけに、トッペマがペイントされた眉を寄せて口を開く。

 

「しんちゃんは魔法を学んで、将来どうするつもりなの?」

「えぇっ? 別に、そんなの考えたこと無いゾ」

「それじゃ、もし『沢山お給料をあげるから軍隊に入ってくれ』って言われたらどうする?」

「うーん、それってリーナちゃんと同じお仕事ってこと? 別にオラは興味無いですなぁ」

「そう。――向こうがそれを素直に聞いてくれれば良いけど」

「トッペマ、何か言った?」

「いいえ、別に――」

 

 しんのすけの問いに答えようとしていたトッペマが、不自然な箇所で台詞を打ち切った。

 

「誰か来る。私は隠れてるわね」

 

 返事も聞かずにバッグの奥へと引っ込む彼女に、しんのすけが首を傾げる。

 

「野原しんのすけくん」

 

 その直後、背後から名前を呼び掛けられ、しんのすけは後ろを振り返った。

 かなりの歳に見えるが背中はピンとまっすぐ立ち、スリーピース・スーツを隙無く着こなし、白髪を綺麗に撫でつけているため見た目より若々しい印象を受ける老人。

 

「えーっと……、誰だっけ?」

「……九島烈だよ、去年の九校戦で一緒に観戦した」

 

 日本に十師族という序列を確立し、かつて世界最強の魔法師の1人と目され、元国防陸軍の軍人として現在も国防軍魔法顧問に就き、魔法師のコミュニティに多大な影響力を与え続ける“老師”こと九島烈がそこにいた。

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