嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第14話「学校に平和が戻ったゾ」

 エガリテのメンバーによる第一高校襲撃事件が終息し、さらにブランシュも一斉摘発されたことで、第一高校の平和は無事に取り戻された。

 ブランシュ日本支部壊滅のニュースは翌日の朝には一部のメディアで取り上げられていたが、そこでは摘発を取り仕切ったのは警察の公安ということになっていた。数年掛けた地道な調査によって内部事情が明らかとなったことで一斉摘発に踏み切り、見事グループの壊滅に成功した――というのが“表向きの事情”だ。

 しかし今回の件に関しては、十文字家の代表代理でもある十文字克人が裏で糸を引いていた。いくら洗脳で操られていたとはいえ、第一高校に対する工作に生徒も関与していたという事実は外聞が悪い。よって彼を含む魔法師達によってグループに対する粛正が行われ、魔法師のコミュニティの頂点に君臨する“十師族”からの指示を受けた十文字家がそれを隠蔽した――というのが“表向きの裏の事情”だ。

 国連直属の秘密組織であるSMLがこの事件に深く関わっている、という事実はこの二重の情報操作の裏に隠されることとなった。もし熱心なマスコミやジャーナリストがこの件を調査したとしても、『十師族が裏で動いていた』という情報を掴んだ時点で満足するだろう。こうしてSMLは、今回も自身の秘匿性を守ってみせたというわけだ。

 

 さて、そんなブランシュの下部組織エガリテで工作活動をしていた生徒達についてだが、司一からの洗脳魔法の影響下にあったということもあり、罪に問われることこそ無かったが経過観察と称した長期の入院を余儀無くされた。具体的な期間も生徒によってまちまちで、例えば壬生紗耶香は1ヶ月ほどで退院の目処が立ったのに対し、エガリテのリーダーだった司甲は洗脳の影響が深刻なこともあり最終的に自主退学という形が取られた。

 ちなみに図書館で紗耶香が言っていた、二科生だからと摩利に手合わせを拒絶された件については、しんのすけの言う通り勘違いであったことが後に判明した。摩利はあのとき「自分の腕では到底おまえの相手は務まらないから、もっとおまえの腕に見合う相手と稽古してくれ」と言ったらしく、つまり摩利は紗耶香の実力を二科生という色眼鏡抜きで認めていたことになる。

 しかし言われた直後ならいざ知らず、普通ならば時間の経過と共に頭も冷静になっていくことを考えれば、その勘違いを1年以上も続けていたのは不自然だ。事実、マインドコントロールによってその勘違いを意図的に持続させられ、同時に一科生やクラスメイトに対する敵愾心も増幅されていたことが病院での診療によって判明している。

 

「花束なんて、わざわざ持参しなくても良かったんじゃないか? デリバリーで届けた方が楽だったろう」

「いいえ、お兄様。こういう物は、自分の手で持っていくことに意味があるのです!」

「そーそー。達也くんったら、風情が無いなぁ」

 

 そして今日は、そんな紗耶香が退院する日。達也と深雪、そしてしんのすけの3人は、退院祝いの花束を携えて彼女のいる病院へと見舞いに向かっていた。ちなみにその花束は現在深雪が持っているのだが、ただでさえ人目を惹く容姿をしている彼女がそんな物を持っているとなればそれだけで著名な画家が描いた絵画のような光景となり、道行く人々が性別関係無く惚けた顔で振り返っていた。

 と、やがて3人は病院の中へと足を踏み入れた。入口正面のロビーには既に紗耶香の姿があり、入院着から普段着に着替えた彼女は多くの看護師や家族に囲まれてはにかんでいた。

 そして、そんな彼女のすぐ隣には、

 

「あれっ? あそこにいるのは、桐原先輩ではありませんか?」

「知らなかった? 桐原くん、毎日紗耶香ちゃんのお見舞いに行ってたんだゾ」

 

 しんのすけの口からもたらされた事実に司波兄妹が意外そうな顔をしていると、3人の存在に気づいた紗耶香と桐原が3人の所へと歩いてきた。

 

「3人共、来てくれたのね」

「はい。壬生先輩、退院おめでとうございます」

「ありがとう、司波さん」

 

 大きな花束を抱えて嬉しそうに笑う紗耶香の姿に、隣でそれを見ていた桐原の頬が仄かに紅く染まる。

 当然、それを見逃すしんのすけではない。

 

「いやぁ、桐原くんデレデレですなぁ」

「う、うっせぇぞ野原!」

「まーまー、別に良いじゃないの。せっかくこうしてお付き合いできるようになったんだしさ」

「付き合――えっ! なんでおまえがそれを知ってるんだよ! 告白したの、昨日なんだけど!」

「あっ、本当に告白してたんだ。テキトーに言っただけなんだけど」

「――てめぇ!」

 

 顔を真っ赤にした桐原がしんのすけに手を伸ばすも、彼は持ち前の運動神経と反射神経を駆使してあっさりとそれを避けた。ムキになった桐原が追撃しようと駆け出そうとするも、ここが病院であることに気づいたのか、すぐさま足を止めて彼を睨みつけるに留めた。

 そしてそのタイミングを見計らってか、第三の人物がしんのすけに声を掛ける。

 

「君が、野原しんのすけくんかね? 私は壬生勇三、紗耶香の父親だ」

「おぉっ、それはどーもご丁寧に」

 

 スーツをキッチリと着こなす壮年の男性に、しんのすけは頭を下げて定型文を口にした。

 一方達也はその名前を聞いて、即座に記憶の中の情報と結びつけた。元々は軍人であり退役してからは内閣府情報管理局に勤め、現在は外事課長で外国犯罪組織を担当しているのだったか。

 

「少し君と話がしたいんだが、良いかね?」

「おっ? 良いゾ」

 

 短い会話を交わして2人はその場を離れ、あまり人のいないロビーの隅へと移動した。

 改めてしんのすけへと向き直った勇三の顔は、子供を慮る親のそれだった。

 

「娘から聞いたよ。娘が自分の行動に疑念を持つようになったきっかけは、カフェで君に『それで差別意識が無くなるのか』と問われたことなのだそうだ。娘を立ち直らせてくれたこと、本当に感謝している」

「おっ? 別にオラ、そんな大したことしてないゾ。毎日病院にお見舞いに行って励ましてたのは桐原くんだし、ブラジャーの人達をやっつけたのも達也くん達だし」

「……情けないことだが、私はそれすらもできなかったんだ。娘が怪しい奴らと付き合うようになってもそれを止められず、娘が抱えていたものに気づくこともできなかった。内閣府で働く者として、そして1人の父親として、私は自分が情けなくて仕方がない」

「まぁ、過ぎちゃったことは仕方ないゾ。またやり直せば良いじゃない」

「――はははっ、やはり君は噂通りの人物なのだな」

「噂? オラのこと知ってるの?」

「あぁ、私だけに限らずね。君自身が思っている以上に、君は大物なのだよ」

「ほーほー、それは嬉しいですなぁ」

 

 口ではそう言って照れるような仕草をするも、その口振りはとても軽く、まだどこか他人事である印象が拭えない。

 勇三はそれも仕方ないと割り切り、しかしどこか歯がゆさも覚えながら、目つきを鋭くして「野原くん」と呼び掛けた。

 その顔は、内閣府情報管理局外事課長として外国犯罪組織対策に取り組む者のそれだった。

 

「世界はこれから、第三次世界大戦にも匹敵するような激動の時代を迎えようとしている。そしてその激動の中心にいるのは、おそらく君だろう」

「えっ、オラ? なんで?」

「申し訳ないが、君に詳しい情報を伝えることはできない。様々なシミュレーションを行った結果、君に対しての過度な干渉は却って事態を悪化させるという結論になっているのでね。しかし目には見えなくとも、我々は万一のときにすぐさま君に協力できるよう体制を整えている。もしも何か困ったことがあれば、遠慮無く私達を頼ってくれ」

 

 勇三はそう言って、メモの切れ端にペンでサラサラと何かを書いて、それをしんのすけに手渡した。おそらく彼の連絡先と思われる、十数桁の数字の羅列だ。

 そしてしんのすけはそれを一瞬だけ見ると、無造作にポケットに突っ込んだ。

 

「ほーほー、よく分からないけど分かったゾ」

「もちろん、君の友人達も何かあれば君の助けになるだろう。――特に、司波達也くんはね」

 

 紗耶香と深雪が仲睦まじく喋っている横でチラチラとこちらの様子を窺っている達也を遠めに見遣りながら、勇三は意味ありげな笑みを浮かべた。

 達也のことを知っているのか、と疑問を口にしようとしたしんのすけだが、どうせ答えてくれないだろうと思ってそれを止めた。

 

「私が言いたいことは以上だ。時間を取らせて悪かったね」

 

 勇三がそう言って歩き出したので、しんのすけもそれについて行く。

 2人の視線の先では、近づく2人に気づいた達也たちが会話を止めてこちらを見つめていた。ほとんどは口元に笑みを浮かべて出迎えるが、達也だけは勇三に向けるその目に若干の警戒心を覗かせている。

 

「しんのすけ、そろそろ出るぞ」

「ほいほーい」

 

 達也の言葉に、しんのすけはお馴染みの返事をして応えた。

 

 

 *         *         *

 

 

「それにしても良かったです。壬生先輩がこうして退院して、また学校に通えるようになって」

 

 仕事があるからと病院前で勇三と別れた達也たちが数百メートルほど歩いた頃、唐突に深雪がホッとしたような口調でそう言った。

 それに対し紗耶香は若干ぎこちない笑みを浮かべ、隣の桐原は力強く頷いて応えた。

 

「確かにな。例の剣道部部長だけじゃなくて、他にも何人か辞めちまったみたいだしな」

 

 表向きは解決したかに見える今回の事件だが、その影響は今もなお続いている。

 前述の通り、洗脳の影響下にあった元エガリテメンバーである生徒にはメンタルケアが義務付けられ、紗耶香と同じように入院して治療を受けている。しかしいくら洗脳されていたとはいえ、学校を標的とした組織に加担していたという事実が消えることは無く、自責の念に耐えきれずに数人ほどが学校を去っていった。

 さらに付け加えると、魔法というのは本人の精神状態に大きく影響する。何かしらのトラウマによって今まで普通に使えていた魔法が使えなくなるというのも珍しくなく、洗脳されていた生徒の何人かに上手く魔法を行使できなくなる症状が見られている。学校のカウンセラーである小野遥もあの事件以来、毎日のようにそんな生徒の対応に追われているらしい。

 

「そういや壬生が入院している間、壬生のクラスでもエガリテの元メンバーで学校を辞めた奴がいたっけな。確か名前は……、えぇっと、何ていったっけなぁ……?」

「ひょっとして、酢乃物檸檬(スノモノ・レモン)という女子生徒ではないですか?」

「そう、確かそんな名前だったな。というかよく知ってるな、達也」

 

 喉の小骨が取れたかのようにスッキリとした表情の桐原に対し、その名前を出した達也は心持ち目つきを鋭くして、事件解決後に克人から聞いたその女子生徒について考え始めた。

 

 2年E組、酢乃物檸檬(スノモノ・レモン)

 名前こそ特徴的だが、成績は二科生の中でも実に平凡。クラスでも目立った言動は無く親しい友人もいなかったため、クラスメイトでさえ彼女の存在を即座に思い出せないほどに影が薄い。それこそ彼女が退学になったときでさえ、そんな生徒ウチの教室にいたっけ、と首を傾げるほどだったという。

 しかしエガリテ、さらにはブランシュの中での彼女の評価は、それとはまったく異なっていた。

 目立つようなスタンドプレーこそ無かったものの、エガリテの一員として工作活動に勤しむ彼女の仕事振りは堅実で、その甲斐あって上部組織であるブランシュへと引き抜かれた。そしてそこでも一定の評価を得た彼女は、次第にリーダーである司一からも大きな信頼を寄せられるようになった。今回の一高襲撃で実質的にグループを指揮する立場に抜擢されたのも、その信頼の大きさを物語っていると言えよう。

 しかし結果的に組織は壊滅、元々学校に馴染めていなかった彼女はそのまま消えるように学校を去っていった――というのが表向きの筋書きだ。

 

 そんな彼女が実はSMLと協力関係にあったスパイであり、最初からブランシュに潜入するのが目的で第一高校に入学していたなんて情報は、もちろん公にはされていない。

 今回の一件において、彼女が担っていた役割はとても大きかった。

 武装集団を迎え撃った生徒や教師にこれといった怪我が無かったのも、武装集団の人数から襲撃する施設とその侵入経路、そいつらの所持している武器、魔法師ならばどんな魔法を得意としているか、などといった事細かな情報を事前に彼女から得ていたからだ。それは真由美を介して教師を交えた会議で提出されたのだが、あまりにも詳細なその情報に、教師の1人が「これはテロリストが学校を襲撃するという設定の訓練ですか?」と尋ねたほどだった。

 そして実際に武装集団が襲撃してきたときも、彼女はブランシュに作戦が順調であると嘘の情報を流すことによって一を油断させた。それが結果的にブランシュ摘発に一役買ったという事実も、その場に居合わせた克人を含め数人しか知りえないことだ。

 

 ――俺と同じくらいの年齢にして国際的な組織の潜入捜査を任されるスパイ、しかもどこかに所属しているわけではないフリー、か……。

 

 この100年の間で世界はずっと狭くなった、とよく評されるようになった。

 その言葉には、2つの意味がある。非魔法師にとっては、単純に交通技術の発達によって気軽に海外旅行ができるようになったため。そして魔法師にとっては、人材・技術の流出を防ぐために海外への渡航を著しく制限されているため。

 しかし達也は、ここ最近特に強く思うようになった。

 どうやらこの世界は、自分が感じているよりもずっと広いのだと。

 

 そしてふと、達也は思った。

 国連直属の秘密組織・SMLと個人的な繋がりを持つ野原しんのすけの“世界”とは、はたしてどれほどの大きさを持つものなのかを。

 達也の目は、自然とグループの先頭を歩くしんのすけへと向けられた。

 普段なら率先して喋り出す彼には珍しく、黙って前を向いて歩いていた。

 まるで、下手に口を開いていらないことを喋らないようにしているかのように。

 

 

 *         *         *

 

 

 しんのすけ達のいる場所から数百メートルほど離れたビルの地下1階。

 普通の人間ならばそもそも地下が存在していることすら認識できないそこにあるのは、何の変哲も無い居酒屋だった。提供される料理も酒も普通のそれと変わらず、さらに言うと特別美味いわけでもない。普通の居酒屋と違うところを強いて挙げるならば、それはSMLが所属している者のために造った“保養所”の1つであり、特殊な手段で予約しなければ利用できないことくらいだろう。

 そんな居酒屋は現在、3人組のグループのためだけに営業されていた。

 

 1人は、お色気。私服姿の彼女ではあるが、線の細いジーンズにスカジャン、そしてデザインよりも機能性重視のスニーカーという、男性が着ていても違和感の無いファッションをしている。

 1人は、スノモノ・レモン。つい先日まで第一高校の生徒であり、そのときは黒髪黒目をしていたはずだが、今の彼女は名前を体現するかのような瑞々しい果実のごとき明るい金色のボブカットと、宝石のように鮮やかな碧い目をしていた。とはいえ本来の姿がこちらであり、黒髪黒目の方がカツラとカラコンで偽造したものである。ちなみにレモンというのも偽名であり、お色気ですらその本名は知らない。

 

 そしてお色気の隣に座るのは、2メートル近い大柄な体とボディービルダーのように鍛え上げられた筋肉が迫力満点な金髪角刈りの男性だ。その見た目から“筋肉”という直球すぎるコードネームを持つ、SMLの一員である。

 ちなみにお色気と筋肉は過去に結婚して子供を授かり、一度離婚してから紆余曲折を経て再婚したという経緯がある。ちなみに一度離婚した原因は、筋肉の浮気である。「正義の味方が浮気って……」とか思ってはいけない。

 

 そんな3人がこのような場所で顔を合わせて何が目的なのか、と思われるかもしれないが、何てことはない。

 このような場所で行われることなど、だいたい相場が決まっている。

 

「それじゃブランシュ日本支部壊滅を祝して、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「……乾杯」

 

 お色気の音頭に合わせて筋肉が声をあげ、2人はビールをなみなみ注いだ大ジョッキを互いにぶつけ合った。そして少しだけ遅れて、レモンがその後に続く。

 景気づけとばかりに半分ほど一気に呑んだ筋肉が、「ぷはー!」とジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いた。そして同じテーブルに乗った、濃いめに甘辛く味付けされた鶏の手羽先へと手を伸ばす。

 

「ほれ嬢ちゃん、俺達の奢りなんだから遠慮しないで食え」

「……お2人とは何回か仕事したことがありますけど、こうして仕事終わりの打ち上げとか未だに違和感があるんですよね。私達、一応スパイですよね?」

「そうか? 俺達、結構な頻度でやってるけどな。この前だって一頻り呑んだ後、カラオケで朝まで歌いまくってたし」

「SMLは大学のサークルか何かですか?」

 

 レモンは呆れるようにそう言ったものの、手羽先を1つ摘んで囓ると飲み物で流し込んだ。ちなみに飲み物はレモンスカッシュだが、お色気から「自分の名前で選んだの?」という質問には強く否定の返事をしていた。

 

「それにしても、今回はレモンちゃんがエガリテに潜入してくれて本当に助かったわ。レモンちゃんくらいの年齢でスパイを生業にしてるのってほとんどいないし、仕事ぶりもSML(ウチ)の奴らと比べても優秀だし。――ねぇ、やっぱしウチに来ない?」

「せっかくですけど、しばらくはフリーでやらせてもらいます。こっちの方が性に合ってるので」

「“しばらく”って、もう何十年もそれじゃないの。フリーで専業スパイって大変じゃない? それとも、どこか1つの組織に所属することに抵抗があるとか?」

「…………」

 

 お色気の質問にレモンは答えず、レモンスカッシュを一気に飲み干した。備え付けのタッチパネルで追加の飲み物を注文すると、今度は別の皿に盛られたフライドポテトに手を伸ばす。

 若干雰囲気が重くなりかけた中、ジョッキのビールを空にしてから筋肉が彼女に問い掛けた。

 

「そういや、嬢ちゃんは1年以上あの学校に通ってたわけだろう? どうだった? 日本でも有数のエリート校なんだろ?」

「そうですね……」

 

 レモンは考える素振りをしながら空のジョッキをテーブルの端に寄せ、そして口を開いた。

 

「二科生には教師がつかないことを差し引いても、魔法を学ぶことに関して不自由はしないでしょうね。学校の掲げる理念は生徒の間にも広まっていますし、生徒達も自分の与えられた役割をしっかりと認識しながら勉学に励んでいます。そしてこの間の襲撃事件から、実戦においても一定の成果を挙げられることが分かります」

「確かに俺の目から見ても、アイツらの動きはあの歳にしちゃかなり統率が取れてるように感じた。いざとなったら助けに行く手筈だった俺達が、結局出番無しだったくらいにはな。どこに行ったとしても、アイツらならまず即戦力になるのは間違いないだろうな」

 

 手羽先に食らいつきながら、筋肉がウンウン頷きながらそれに賛同した。

 そのような評価の後に、レモンはこう続けた。

 

「なので正直、私はしんちゃんにあの学校に通ってほしくありません」

「……それはまた、なんで?」

 

 お色気の疑問はもっともだ。レモンの先程の評価は、まさに魔法を学ぼうとしているしんのすけにとって最高の環境であることを示すもののはずだ。そしてそれは彼女の隣で、手羽先の肉と骨を分ける作業の手を止めてレモンを見つめる筋肉も同じだった。

 2人の視線を一身に受けながら、レモンが口を開いた。

 

「第一高校を卒業した生徒達の進路、ご存じですか?」

「ええっと、確か……。国立魔法大学が大半で、防衛大学校もそれなり、後は一般大学に進学したり公務員に就職するのが多いんだっけ」

「えぇ。しかし実際は国立魔法大学に進学した生徒の大半は軍関係に就職しますし、公務員と言ってもその内容は警察の機動隊や消防、あるいは山岳警備隊などです。要するに“命の危険を伴う職業”が大多数ということです。さらに言うとこれは“一科と二科を合わせた比率”ですので、優秀な成績を残した者に限定するとこれらの職業に就職先がほぼ限定されているのが実情です」

「つまり嬢ちゃんは、あの小僧が将来そういう職業に就くのが心配だって言いたいのか? 仮にそうだとしても本人が決めたことなら周りがとやかく言うことじゃないし、それが嫌なら最初から本人が拒否すりゃ良いってだけの話だろ?」

「えぇ、確かにその通りです。――()()()()()()()()()()()、の話ですが」

 

 最後に付け加えられた、というより強調するために倒置されたその言葉に、お色気と筋肉が揃って目つきを鋭くした。

 

「――それってどういう意味? しんちゃんを洗脳してでもそういう職業に就かせようって奴らが出てくる、とでも言いたいのかしら?」

「しんちゃんに対してかどうかは別にして、そのようなことは既にこの社会で行われてるじゃないですか。『魔法師は国家から様々な恩恵を受ける代わりに、国益のために奉仕する義務がある』という謳い文句でね」

 

 数字付き(ナンバーズ)、二十八家、そして十師族。

 優秀な魔法師を多く輩出する家系であるほど、国家から様々な特権を与えられている。それこそ十師族ともなると“日本を裏から牛耳る”と称されるくらいにだ。そうでなくとも魔法に関する国立機関や研究所は国家から様々な便宜を図られているため、魔法師達はそれを通して利益を享受していると解釈することもできる。

 しかしそれは、魔法技術によって国益を創出したり、有事の際に魔法師が矢面に立つことを前提としたものだ。そしてそういった仕組みは日本に限らず、魔法という概念が発見されてから世界中の国家で見られるようになったものである。

 

「スポーツや芸術の才能があると分かった子供に、親がプロにさせようと練習を強要させる。伝統芸能の家元に生まれた子供を後継者にするべく、物心付く前から厳しい稽古を付けさせる。――あの学校に通う子達を見ていると、どうにもそれを連想してしまうんですよ。……本人達が何の疑問も無くそれを受け入れている、ということも含めてね」

「嬢ちゃんから見たらそうかもしれんが、実際には本人も納得したうえでその道を選んでるかもしれないぞ? それに魔法師の場合、色々な試行錯誤のうえでそういった仕組みが作られたっていう歴史的な背景もある。あんまり決めつけるもんじゃねぇと思うけどな」

 

 筋肉のその声色は、まるで自分の子供に言い聞かせるようなものだった。実際、この2人は親子ほどの年齢差があるため自然とそうなるのかもしれない。そう考えると、黙ってそれを見守っているお色気はレモンの母親のようにも感じられる。

 一方レモンも、実の親に叱られたような居心地の悪さを覚えながら、テーブルに置いたレモンスカッシュに視線を落とした。何とも言えない表情をした自身の目が、レモンスカッシュに反射してこちらを見つめ返している。

 

「……すみません、この話は忘れてください。()()()()()()()()()()こともあって、こういったことに対して過剰反応していることは自覚しています」

「いや、別に責めてるつもりは無かったんだが……。それじゃこの話はこれで打ち切りにするとして、最後に1つだけ訊いて良いか?」

 

 レモンが顔を上げて筋肉をまっすぐ見据えるのに合わせて、彼はその疑問を口にした。

 

「それじゃ嬢ちゃんは、なんでこの仕事を続けてるんだ?」

 

 その疑問に対し、レモンは考える素振りをしてから、自身に言い聞かせるようにこう言った。

 

「私の仕事によって確実に救われている人がいる、と思えるからです」

 

 

 *         *         *

 

 

 セイロン島スリランカから南東でおよそ500キロ、ほぼ赤道上に浮かぶ四国ほどの面積の島にあるのが、立憲君主国家の“ブリブリ王国”である。建設当時のまま(一部水没した箇所もあるが)綺麗に残っている古代遺跡は学術的にも価値が高く、その歴史を肌で感じようと毎年多くの観光客が訪れている。

 さらに政治的な面、特に軍事に関してもよく注目されている。

 CADの機能を無力化するサイオンノイズを作り出すアンティナイトは高山型古代文明の栄えた地で産出されるのだが、それほど高い山が無いはずのブリブリ王国でもなぜか採れ、しかも質も量も他より一段優れた一級品だ。アンティナイトはかなりの高値が付くので莫大な利益を得ることも可能だが、それを海外に輸出することによる混乱を考慮した国王が産業化を禁じたのである。

 しかし手段を選ばない国家や犯罪組織の中には、ブリブリ王国のアンティナイトを狙って攻撃を仕掛けることもしばしばだった。しかし王国直属の軍隊は世界最高峰の練度を誇っており、特別魔法師の数が多いわけではないにも拘わらず、それらの(ことごと)くを返り討ちにしている。それが宣伝効果を生んだのか知らないが、今やブリブリ王国に安易に喧嘩を売る者はまずいない。

 

「以上のルートで日本に入国した後は、日本政府が派遣した大使の案内で富士演習場まで向かいます。大会期間中は演習場内にあるホテルに滞在することになります」

「向こうが派遣する大使については、何か聞いてる?」

「おそらくは九島将軍になるだろう、と聞いております」

「九島将軍か……。“生ける伝説”をこの目で見られるなんて、楽しみがまた1つ増えたね。――うん、分かった。報告ありがとう、ルル」

 

 王都のほぼ中央に位置する王宮には、王子専用の執務室が存在する。彼の父である国王は存命でバリバリ働いているのでしばらくは王位継承も無いだろうが、聡明で勉強家として知られる王子も既に政治に関わっており、主に外交関係で海外を飛び回りながら国王の手助けをしている。

 そして現在その執務室では、1人の少年と1人の女性が先程の会話を交わしていた。1人の少年はその部屋の主であるスンノケシ王子であり、1人の女性はかつて王室親衛隊に所属した軍人で、現在は彼の秘書として働くルルという名の美女だ。

 と、先程まで手帳を片手に真剣な表情で報告していたルルが、ふいにその表情を和らげて優しい笑みを浮かべた。それは彼女の上司に対して向けるには相応しくない、それこそ昔からその成長を見守ってきた親愛なる子供に対するそれだった。

 

「いよいよですね、王子」

「うん、本当に楽しみで仕方がないよ」

 

 ルルの言葉にスンノケシは口元に笑みを携えながら同意し、その視線を机へと落とした。

 そこにあるのは、情報媒体と言えば電子機器が当たり前となった現代ではかなり珍しい、紙に印刷されたパンフレットだった。表紙には『全国魔法科高校親善魔法競技大会』という日本語がでかでかと書かれ、ページを捲ると開催日時や競技に関する詳しい説明が記されている。

 そのパンフレットは、よく読み込まれていることが分かるくらいヨレヨレにくたびれていた。

 

「ごめんねルル、僕の我が儘のせいで色々と迷惑を掛けて」

「王子はお気になさらないでください、私も彼らとの再会を心から楽しみにしているのですから」

「公務が無ければ海外に出るのも一苦労となると、どうしても“王子”という肩書きを煩わしく感じてしまうよ」

「ご容赦ください、王子。今回の“旅行”が明るみに出れば、我が国と日本との軍事的な繋がりを邪推される恐れがあります」

「もちろんそれは分かっているよ、僕だって無用なトラブルは避けたい。――ただ時々、どこまでも自由な“彼”のことを風の噂で聞く度に、ほんの少しだけそれを羨ましく思ってしまうだけさ」

「……“彼”に会えるのが、とても楽しみですね」

 

 穏やかな笑みの裏に本当の感情を隠すスンノケシに対し、ルルは心の中に浮かんだ言葉ではなく、それだけを口にした。

 しかしその甲斐あってか、スンノケシは笑みを深くして弾んだ声でこう言った。

 

「うん、本当に楽しみだよ。それに彼には、報告しなければいけないことがあるしね。――彼はどんな反応をするかな? 普段は驚かされてばかりの僕だけど、もしかしたら彼を驚かすことができるかもしれないね」

「…………」

 

 若干悪戯っぽく笑いながらそう言う王子に、ルルは何も答えなかった。

 その代わり、心の中でこんなことを思った。

 そうやって悪戯っぽく笑うと、ますます“彼”そっくりだと気づかされる、と。




「しんのすけは、酢乃物檸檬っていう女子生徒について何か知らないか?」
「へっ!? ぜ、全然知らないゾ! レモンちゃんなんて会ったことも無いゾ!」
「……そうか」

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